からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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詩篇

私の証の主題は何か

テーマは 『 私の証の主題は何か 』 です

【詩篇27編1-14節】

主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。

悪を行う者が私の肉を食らおうと、私に襲いかかったとき、私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。

たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。

私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。

それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。

今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう。

聞いてください。主よ。私の呼ぶこの声を。私をあわれみ、私に答えてください。

あなたに代わって、私の心は申します。「わたしの顔を、慕い求めよ」と。主よ。あなたの御顔を私は慕い求めます。

どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。

私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。

主よ。あなたの道を私に教えてください。私を待ち伏せている者どもがおりますから、私を平らな小道に導いてください。

私を、私の仇の意のままに、させないでください。偽りの証人どもが私に立ち向かい、暴言を吐いているのです。

ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら──

待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。


詩篇を読んでいると、ダビデほど多くの苦難を受けた人も少ない気がします。

苦難の津波に何度も襲われた人生でした。


しかし彼が最後まで信仰の道を歩むことが出来たのは、苦難に会う度 神に苦難を訴えながら助けを求めました。


すると神は、彼の切なる訴えを聞いて下さいました。

祈りが聞かれると、彼は自分を助けて下さった神を証しました。


イエス様が受けた あらゆる苦難をダビデも受けました。



偽りの証人や敵対する者、理由もなく いのちを狙う者、子どもさえも自分のいのちを狙いました。

子ども同士で殺し合ったり、生まれた子どもが亡くなったりと あらゆることがありました。


ダビデが苦しみの中で神に不平ばかり言ったならば、私たちは彼の証も聞かないし、詩篇も読まないと思います。

詩篇は、ほとんどダビデの証です。


苦しみの中で神から離れず、さらに神を求めている姿、さらに愛する姿を見ました。


苦しみがあると、この世から早く消えたいと思う時があります。

しかしダビデは私たちと違って、苦しみの中で一つの願いを神にしました。



【詩篇27編4節】

一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさに目を注ぎ、その宮で思いを巡らすために。


自分の息子に 命と王座を狙われ、王宮を離れていた時に、このような願いをしていました。

普通ならば、自分のいのちと王座のために祈ると思いますが、ダビデは違っていました。


なぜこのような時に そのような願いを神に伝えたでしょうか?


それは彼が自分のいのちよりも王座よりも神を愛していたからです。

神を愛したので神の臨在がある宮にいたかったのです。


いつも神に祈りをささげる生活をしたので、神の所にいたいと願いました。

愛さないと共に生きることが出来ないからです。



神への愛が彼に確信を与え、どんな時にも神様に賛美をささげることが出来ました。

賛美出来ない時も、彼は賛美をささげました。


神がいつも自分の祈りに答えておられる方であると信じたからです。


ダビデの代表的な証が詩篇23編です。

すべて彼が体験した神を証しています。


暗闇の中にいたので光の主を体験し、死の陰の谷を歩いたから、いのちの力は自分から出るのではなく、神から来ることが分かりました。


悪人をさばく公義の神を体験したので、自分で復讐せずに神の手に任せました。



神がイスラエルの牧者であることを知っていたので主の導きを願いました。

そこで主を体験したから『主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」と証しました。


証は自分が体験した神のことを話すことです。


アーメン (*´∇`*)


2021.12.5
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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1年間の感謝

テーマは 『 1年間の感謝 』 です

【詩篇23篇1-6節】
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

12月になると1年があっという間に過ぎた感じがします。

「1年ってこんなに長いの?」と言われた人に、今まで会ったことがありません。


今年も あと2週間ほど残っていますが、来週がクリスマス礼拝で、その次は新年になりますので、今日は一年間受けた主の恵みに感謝したいと思います。


今日の聖書のことばは詩篇23篇です。

詩篇の中でも一番よく知られてあります。


23篇には感謝という言葉はありませんが、感謝の気持ちがにじみ出てあります。

感謝の思いなしにこの詩篇は書けないですね。


今日は何に対する感謝があるのかを考えてみたいと思います。

すると自分たちも何に対して感謝すべきかがわかります。




神様が共におられたことに対する感謝




23篇全体には常に主が共におられるのがわかります。

これこそが最大の感謝です。


主は私から遠く離れた所におられる方ではなく、いつも共におられる方です。


私たちの手を握って私たちを導き、守って下さる主です。


ダビデにはそのような信仰があったので、前向きで健全な人生を生きることが出来ました。


彼の人生は決して平凡で順調な人生ではなく、波乱万丈な人生でした。

しかし、その中でも神が自分と共におられるという信仰を持っていたので、苦しみの中でも、神の慰めと勇気を受けて勝利することが出来ました。


神が共におられるという事実から目をそらすと私たちは絶望し、常に不安と思い煩いに支配されます。


主はいつも共にいて下さる方です。
それが神の約束でした。


【マタイの福音書28章20節】

見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。

主が共におられることがどれほど感謝かわかりません。

主がいない生活は考えられません。


今年も主が共にいて下さったことが何よりも感謝です。




主の助けと導きと守りが感謝




ダビデは 主が羊飼いとして自分を緑の牧場、いこいの水のほとり、義の道に導き、敵からも守って下さったことをすべて思い出して感謝しました。


ダビデは多くの戦いを経験した勇士でもありました。

ですから命が取られるような場面がたくさんあったにもかかわらず、生き延びたことは自分の力でなく神の助けと守りがあったからと彼は信じていました。


わたしたちも同じです。

主の守りと助けがなかったならば、どうなったでしょうか。


皆さんも自分の人生を振り返ってみて下さい。

思い出すと危険な場面が色々ありました。

助けられた、守られたという場面が色々と思い出されます。


一つ間違えたら死んだかも知れない場面があります。

車を運転する人は、事故を起こしたかも知れない場面があります。


地震などの自然災害も今年も多かったです。

色んな病気も流行っています。

テロも毎日のように世界の様々な場所で起きています。


これらは自分で自分を守ることが出来ないです。

神様の守りと助けなしには生きていけないです。


ですから無事に過ごせたことが大きな感謝です。




衣食があったことに感謝




【第1テモテ6章7-8節】

私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。

衣食があれば、それで満足すべきです。

衣食は人間生活の一番の基本です。

不足があると生活が不便になりとても困ります。

世界に目を向けると家もなく、食べるものもなく、着る物もない人がたくさんいます。


日本人口の何倍も困っている人がいます。

難民のことを考えると一瞬にしてすべてを失い、どこに向かったら良いのかも分からず困っている人がたくさんいます。


それを見た時も本当に衣食があることに感謝が出てきます。


日本も貧困層が年々増えています。

その人たちは衣食住を確保するだけで毎日必死です。


不自由なく一年過ごせたことは本当に感謝です。


“良いことが何もなかったから感謝したくない” ではなく、それでも守られて、助けてもらったので感謝することです。


感謝は、自分自身の活気ある生活のために、他人に喜びをプレゼントするために、神の祝福の手を握るために必要です。


感謝は、神様に明日の恵みを期待します。

6節のことばに恵みへの期待と信仰があります。


まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。


ある牧師が書いた「ありがとう」です。


「ありがとう。窓よ。ありがとう。カーテンよ。ありがとう。床よ。ありがとう。壁よ。ありがとう。天井よ。ありがとう。木々よ。ありがとう。庭よ。ありがとう。空よ。ありがとう。友よ。ありがとう。兄弟よ。ありがとう。みんなよ。見回しても、見回してもありがたいことばかり。朝も夕もすべてを見てもありがたいことばかり。」
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2016.12.18
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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