テーマは 『 もし愛がないならば 』 です
【第1コリント13章1-3節】
たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。
今日のことばは、心にしっかりと止めないと 後に大変なことになります。
愛がすべてのいのちの源で、愛があれば価値があり、命があるのに、愛がないなら いのちも価値もないことを教えています。
みことばを知って本気にしていましたか?
それとも、今まで頭に入れただけでしたか?
この愛の価値と重要性は すでにイエス様から聞いています。
【マタイの福音書22章36-40節】
「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」
そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」
このように、“大切な愛” に対して、人々は軽く考えますが、主は決して愛を軽く考えたことがありません。
いつか私たちは、主の前に立って、主から裁きを受けます。
その時、神の裁きの基準も、“私たちが神を愛したのか、隣人を愛したのか” が一番の裁きの対象になります。
そこで人々は戸惑うでしょう。
愛が裁きの対象になるとは考えなかったからです。
この世では そういうものが裁きの対象には全くならないです。
しかし神は 人の心を見る方です。
行動の内側にある目的や動機に目を向ける方です。
そして、しっかりと調べる方です。
もし、私たちが熱心に主の働きをしても、そこに愛がないならば どうなりますか。
“異言、預言、知識、完全な信仰” などは、聖霊の賜物であり、“善行、献身” などは それによって現れた実でもあります。
神が下さった素晴らしい賜物で、良い実を結ぶことは主が喜ぶことです。
主が喜ぶことをしたにも関わらず、ある人々の働きは評価されません。
その理由として挙げられたのが「愛」でした。
本文にもあるように、その人の中に愛がないならば、何の値うちもないものと評価されます。
聖徒は神の働きをすれば、当然良い報いを受けるものだと期待しますが、神は みんなが同じ報いを受けることはないと教えました。
反対に厳しい目に会う者もいることを語りました。
【マタイの福音書7章22-23節】
その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』
しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』
大いに期待した者たちが報われることもなく、悲惨なことに追い出されることになりました。
どのような理由で追い出されたと思いますか?
彼らに愛がなかったからです。
彼らは最初から愛がなかった者でしたか?
―― そうではないです。
彼らはみな、神を愛して神に従いました。
しかし、主の働きをしていく中で、彼らの愛が変わっていきました。
最初は主を愛し、魂を愛して一生懸命働きました。
しかし働きが続く中で、教会が大きくなるにつれて、彼らの愛が変わってしまいました。
そして心が主から離れるようになりました。
彼らは、教会や働き、自分自身をもっと愛する者になりました。
また ある者は富、ある者は世のもの、ある者は権力、ある者は快楽 を愛するようになりました。
表の働きには変化はありません。
しかし彼らは主への初めの愛から離れてしまいました。
エペソ教会に語った主のことばで確認することが出来ます。
エペソ教会は立派な働きをした教会でした。
信徒たちも熱心で、奇跡や賜物、みことばへの理解、霊的戦いなど すべてが揃った教会でした。
自分たちには 何の問題もないと思っていました。
しかし意外なことで主から非難されました。
【ヨハネの黙示録2章4-5節】
しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
それで、あなたは、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行いをしなさい。もしそうでなく、悔い改めることをしないならば、わたしは、あなたのところに行って、あなたの燭台をその置かれた所から取りはずしてしまおう。
恐ろしいことばです。
燭台を取り外すことは、“教会を消す” という意味です。
なぜ、そこまですると思いますか?
教会はキリストの十字架の犠牲の愛によって出来た “愛の共同体” であり、神の愛を伝え、愛を実践する所なので、その力を失ったならば存在する目的がないからです。
なぜ、よく働いたクリスチャンたち、牧師たちの中で地獄に行く者がいますか?
彼らも最初は主を愛する者でした。
愛によって良い働きをしました。
しかし、途中から 彼らの愛が変わってしまいました。
イエス様よりも違うものをもっと愛する者になりました。
そして、死ぬまで それを愛し、悔い改めなかったので、彼らは地獄に行きました。
あり得ないことだと思ってはいけないです。
イエス様を一度裏切ったペテロに、再び使命を与える時に イエス様は何を彼に確認したでしょうか。
ヨハネの福音書21章15-18節 のことばの中にあります。
三度も主が彼に確認したことは、「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」でした。
主を一番に愛する心があるかどうかを確認しました。
主を一番に愛さず、働きをするならば、そこには別の目的があり、その人は結局 その目的のために働いたことになります。
ですからその働きは、主の働きにはならないので、主はそれを認めず、彼らは主とは関係のない働きをした者になります。
いま誰を一番愛していますか?
主ですか?
それとも、違うものですか ――。
この教会でも、主を愛さなくなった人たちがいます。
教会からも遠ざかりました。今、どこに向かっているでしょうか。
主を愛して奉仕をしていますか。
それとも別の目的があってやっていますか?
自分の心を点検してみて下さい。
あとで嘆くことがないように、初めの愛に戻るために悔い改めましょう。
役に立たないしもべにならないように、愛によって働きをする者になりましょう。
(・∀・)
2017.7.23
聖日礼拝メッセージ
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