からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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懲らしめ

天と地が揺り動かされる

テーマは 『 天と地が揺り動かされる 』 です

【へブル12章25-29節】

語っておられる方を拒まないように注意しなさい。なぜなら、地上においても、警告を与えた方を拒んだ彼らが処罰を免れることができなかったとすれば、まして天から語っておられる方に背を向ける私たちが、処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。

あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。「わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。」

この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。

こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。

私たちの神は焼き尽くす火です。

教会の中でも “惑わしのことば” を語る教会があります。


旧約の神は厳しく罰を与える神であるが、新約の神は恵みの神で、罰を与えることはないという教えは信じてはいけないです。


本文のことばに はっきりと書いてあります。


旧約では神はモーセに律法を与えました。

そして律法に違反すると必ずそれに相当する罰を受けました。


天からの警告を与えた方はイエス様ですが、その方の警告を聞かず、背を向けるならば「処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。」と言われています。

それはもっと厳しい罰を受けることを意味します。


主の警告のことばは、特に信じる者に対して、目を覚まして、主に立ち返り、悔い改めて慎みと恐れを持って、神に喜ばれる生活をしなさいと言うことばです。



旧約では多くの預言者を遣わして警告しました。

イエス様が来られてからは主が直接警告しました。


しかし人々の態度は、昔も今もあまり変わらないです。


【エレミヤ書16章11-12節】

あなたは彼らにこう言え。『あなたがたの先祖がわたしを捨て、──主の御告げ──ほかの神々に従い、これに仕え、これを拝み、わたしを捨てて、わたしの律法を守らなかったためだ。

また、あなたがた自身、あなたがたの先祖以上に悪事を働き、しかも、おのおの悪い、かたくなな心のままに歩み、わたしに聞き従わないので、

このように主を捨て、主のことばも守らず、悪事を働くものをいつまでも神が見て見ぬふりをすることはありません。


神は様々な災いを与えて彼らを懲らしめます。

自然災害(大雨、地震、干ばつ、雹など)、戦争、飢饉、疫病などで懲らしめます。


神が与える災いは、人間の力では絶対止めることも解決も出来ないです。


力ある神の手に落ちることは本当に恐ろしいことです。






私たちが災いに会わず、幸せに生きる道も主は教えて下さいました。


【申命記6章24節】

それで、主は、私たちがこのすべてのおきてを行い、私たちの神、主を恐れるように命じられた。それは、今日のように、いつまでも私たちがしあわせであり、生き残るためである。

幸せになるために気を付けるべきことも教えて下さいました。


【申命記4章23-24節】

気をつけて、あなたがたの神、主があなたがたと結ばれた契約を忘れることのないようにしなさい。あなたの神、主の命令にそむいて、どんな形の彫像をも造ることのないようにしなさい。

あなたの神、主は焼き尽くす火、ねたむ神だからである。

しかし幸せになる道を捨てるならば、主の怒りの災いに会います。


主のことばに背いた国、民、個人に対して主はどのようなことをなさったのかは聖書にたくさん書いてあります。

  • ウジヤ王、ミリアム(らい病)
  • エジプト(10の災い)
  • イスラエルの民(燃える火との蛇、疫病)
  • コラの事件(地震、焼き殺される、疫病)

これ以外にもたくさんあります。

これらのことは神が地と天を揺り動かす中で起きたことでした。



今は終わりの時代でもありますので、神はさらに地と天を揺り動かします。


すべてが揺り動かされます。

恐ろしい災いが次々と起こります。






今回のコロナウイルスで世界が受けたショックは想像以上です。

病気だけでなく、経済もダメになりました。


これから生活出来ない人がたくさん出てきます。


主は預言者たちを通して昔から次のことを警告しました。


【エレミヤ書16章4節】

「彼らはひどい病気で死ぬ。彼らはいたみ悲しまれることなく、葬られることもなく、地面の肥やしとなる。また、剣とききんで滅ぼされ、しかばねは空の鳥や地の獣のえじきとなる。」

【エレミヤ書23章19-20節】

見よ。主の暴風、──憤り──うずを巻く暴風が起こり、悪者の頭上にうずを巻く。

主の怒りは、御心の思うところを行って、成し遂げるまで去ることはない。終わりの日に、あなたがたはそれを明らかに悟ろう。

【ハバクク書3章5-6節】

その御前を疫病が行き、熱病はそのうしろに従う。

神は立って、地を測り、見渡して、諸国の民を震え上がらせる。とこしえの山は打ち砕かれ、永遠の丘は低くされる。しかし、その軌道は昔のまま。

天も地も神が揺り動かす理由は何でしょうか?


神の裁きであることを知らせるためです。

また 神の力を知らせ、神が世界を支配しておられることを知らせるためです。


神は災いを下して人間を統治する神ではなく、神に逆らっている人間であるにもかかわらず、私たちを愛してすべての人が救われることを願って、愛の懲らしめを与えます。


私たちがそれを知って 謙遜に主の前に進み、自分がどんなに悪い人間であるのかを認め、罪を悔い改め、主こそ神であることを認め、主を恐れ、主の御心の中にとどまりながら主が喜ぶ生き方をすることです。


主はそのような人を守って下さいます。


【詩篇91編14-16節】

彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。

アーメン (・∀・)

2020.4.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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忘れてはならないこと

テーマは『 忘れてはならないこと 』です

【詩篇106編6-15節】

私たちは先祖と同じように罪を犯し、不義をなし、悪を行った。

私たちの先祖はエジプトにおいて、あなたの奇しいわざを悟らず、あなたの豊かな恵みを思い出さず、かえって、海のほとり、葦の海で、逆らった。

しかし主は、御名のために彼らを救われた。それは、ご自分の力を知らせるためだった。

主が葦の海を叱ると、海は干上がった。主は、彼らを行かせた。深みの底を。さながら荒野を行くように。

主は、憎む者の手から彼らを救い、敵の手から彼らを贖われた。水は彼らの仇をおおい、そのひとりさえも残らなかった。

そこで、彼らはみことばを信じ、主への賛美を歌った。

しかし、彼らはすぐに、みわざを忘れ、そのさとしを待ち望まなかった。

彼らは、荒野で激しい欲望にかられ、荒れ地で神を試みた。

そこで、主は彼らにその願うところを与え、また彼らに病を送ってやせ衰えさせた。

旧約聖書はイスラエルの歴史と言っても過言ではないです。
しかし 神様はイスラエルという国のことを私たちに知らせるためではなく、
≪彼らの姿を通して あなたの姿を見なさい。≫ということであります。

クリスチャンは、今の時代に選ばれた選民たちであります。罪から贖われて恵みによって救い出された者であります。
ですから、あなたと同じように選ばれたイスラエルの民たちの歴史を通して、「あなたの人生の歴史を振り返ってみなさい。」と神様はたくさんのメッセージを送っています。

決して「昔の歴史であって、今とは違う。私の国の話ではなく、イスラエルの歴史の話は(私には)関係がないでしょう?」ではないです。


教科書ではなく、聖書に書かれているということは、クリスチャンに対して神様が教えたいことであります。

読んでみると、私たちの姿がそこにあります。「こんな姿は見た事がない」と、誰が言えるでしょうか ――。
(自分の姿が)双子のように、そっくりなのです。

神様は歴史を通して、神様に喜ばれた者は1~3人と 本当に数少ないです。その他の者は、好き勝手に生きている姿がそこにあります。
逆らったり、罪を犯したり、神様に敵対心を燃やしたり、あらゆる姿がそこにあります。

私たちはこのような姿を見て、「これは私の姿だ。私もこのようにしている。」と思いながら読まないと
聖書が 自分とは関係のない書物になってしまいます。
神様はいつも「そこにあるのは、あなたの為の教訓である」と語っておられます。

私たちは彼らの姿を見て、何かを忘れている姿があるのです。
神様が忘れてはいけないと言うのに、平気に忘れていくのでそれによって様々な問題が生じます。




①私たちを憐み、苦しみと罪の中から救ってくださった神様の恵みは、絶対に忘れてはならない

イスラエルの民たちは、神様から恵みを受けました。
奴隷生活が何代にも渡って430年ほど続き、圧迫され自由がなく 人間扱いされない生活だったので(彼らは)当然のように その苦しみの中で神様を叫び求めました。

その叫びが天まで届き、神様は彼らの叫びの声を聞いてモーセを立てました。それは素晴らしい恵みであります。
そして彼らをその苦役の中から救い出しました。これは100% 自分たちの力ではないです。

神様が彼らを憐れんで解放する者を送り、そして神様ご自身の御手で彼らを救い、紅海を渡ってカナンの地へ導くと約束をし 連れ出しました。
しかし紅海を渡った瞬間に神様の恵みを忘れました。既にその前にも パロの軍隊が後ろから迫ってきた時にパニックに陥り、神様やモーセに対して文句を言いました。

彼らは都合の良い者たちなのです。自分たちが発した言葉を忘れています。
助けてくださいと散々言っておきながら、神様が助け出した途端に「あの時の方が良かったのに。なぜ私たちをここへ連れ出し、ここを墓場にする気なのか!」と呟きました。

恩知らずで恵みを忘れているのです。このような姿が私たちにもあります。
(恵みを)受けた時だけ「ありがとう」と言って、すぐに顔を変えます。


恵みを忘れる人は高慢であります。まるで自分の力でやってきたかのように、自分の力でそこから救い出されたかのように恵みをすっかり忘れます。

私たちは他人から裏切られると とても心が痛み、長い間苦しむ人が多いですが、一番痛めているのは神様であります。神様から見たら、裏切り者があまりにも多すぎます。ほとんどの者がそうなのです。

皆さん、振り返ってみてください。神様の恵みがどれほどたくさんありましたか?


イエス様はラオデキヤ教会を批判しました。彼らはなぜ批判されなければならなかったのでしょうか。
それは、恵みを忘れている者たちだったからです。
「自分は富んでいる。豊かになった。何一つ乏しいことがない。」と明言しました。
「これは神様のおかげです」と栄光を捧げる言葉がなかったです。

もしも私たちが神様の恵みを忘れて「私の努力で恵みを受けた」と散々言うならば、
「恵みを忘れた者よ、あなた自身の力か」と神様から叱責を受けます。

自分の姿を見た時に、どちらなのかを見なければならないです。

「神様の恵みによって今はこのようになりました」と言える者なのか、「大きなお世話です。神様がいなくても
自分の力で出来ます」と言う者なのか ――。

人は覚えなければならないことを忘れて、覚える必要のないものは しっかり覚えていることがすごく多いです。
神様はどうでもいいことは忘れなさいとおっしゃいます。


神様から一番大切な救いと恵みを受けて 苦しみから助け出されたことを死ぬ時まで忘れてはならないです。

天国へ入っても忘れてはならないです。
神様の恵みで天国へ入ってこられたことを、神様に栄光を捧げなければならないです。
神様の恵みを一つも忘れてはならないと心に刻まなければいけないです。




②無限なる神様の力を忘れてはならない

イスラエルの民たちが救われたのは神様の力なのです。

なぜ私たちがこの力の業を忘れてはならないのかと言うと、小さな問題にぶつかるとすぐに神様に対して疑い、
不信仰の心が出てくるからであります。

それは神様が過去にどれほど大きな力をもって自分たちを導き 救い出してくださったのか、と それを忘れるので(疑いや不信仰の心が)出てくるのです。


(神様の力の業を)しっかりと覚える人たちは「あの時は自分の力ではどうにもならなかったのに、神様の力によって
私はそこから助け出され、それで問題が解決されました。自分の力でも、他人の力でもなく、神様の力によって出来ました。」と、このことが いざ問題にぶつかった時に思い出すのです。

あの時にしてくださった神様の力は「昨日も今日もいつまでも同じ力である。この力がまた働いて神様が私をまた助けてくださる。」となります。

しかし私たちがそれを忘れてしまうと、問題の前で倒れるのです。
「どうしよう、どうしよう」と明日の事を心配し、神様に呟くのです。

イスラエルの民たちも、あれほど大きな恵みや力を見ながら、目の前にある本当にわずかなことで
つまずいたのであります。私たちもそうでしょう?

他人に語る時は「神様は力ある神様だから信じなさい。」と言うのですが、いざ自分が問題を抱えてしまうと
急に信仰がどこかへ消えてしまいます。そして、いつの間にか無能な神様と思ってしまいます。

これは神様の力を忘れたことであります。


【エレミヤ書32章17-22節】

「ああ、神、主よ。まことに、あなたは大きな力と、伸ばした御腕とをもって天と地を 造られました。あなたには何一つできないことはありません。

あなたは、恵みを千代にまで施し、 先祖の咎をその後の子らのふところに報いる方、偉大な力強い神、その名は万軍の主です。

おもんばかりは大きく、みわざは力があり、御目は人の子のすべての道に開いており、人それぞれの生き方に したがい、行いの結ぶ実にしたがって、すべてに報いをされます。

あなたは今日まで、 エジプトの国で、イスラエルと、人の中で、しるしと不思議を行われ、ご自身の名を今日のようにされました。

あなたはまた、御民イスラエルを、しるしと、不思議と、強い御手と、伸べた御腕と、大いなる恐れとをもって、 エジプトの国から連れ出し、

あなたが彼らの先祖に与えると誓われたこの国、乳と蜜の流れる国を 彼らに授けられました。

神様の大いなる力の姿が書かれています。
それを体験したイスラエルの民たちが この後どのようにしたでしょうか。次の聖書箇所に続きがあります。




③不義を行う者に対しては必ず神様の懲らしめがある


【エレミヤ書32章23-24節】

彼らは、そこに行って、これを所有しましたが、あなたの声に聞き従わず、あなたの律法に歩まず、 あなたが彼らにせよと命じた事を何一つ行わなかったので、あなたは彼らを、このようなあらゆるわざわいに 会わせなさいました。

ご覧ください。この町を攻め取ろうとして、塁が築かれました。この町は、 剣とききんと疫病のために、攻めているカルデヤ人の手に渡されようとしています。あなたの告げられた事は 成就しました。ご覧のとおりです。

神様がエジプトの国に対して多くの災いを下したこと、そしてパロとその兵士たちを紅海の海の中に沈めたことを イスラエルの民たちは全て忘れてしまいました。

神様は、神様に敵対する者・不信仰な者・高慢な者に対しては、たとえそれが選ばれた選民であっても
神様は正しく裁く方でありますので同じようになさるのです。
信じない者だけに災いを下して、自分が選んだ民たちが悪い事をたくさんしていても それを黙認する神様ではないです。

彼らの高慢な姿が出てきます。
「私たちは悪いことをしていても 神様が愛して選んだ者であるから、私たちにはそんなものは来ないのだ。」という特別意識があります。
祝福は来ても、災いを下す神様ではないと思いました。これは彼らの大きな勘違いであります。

災いを下さないと、それは甘やかすことになります。
それこそ父(=神様)に逆らう子になるので懲らしめるのです。
イスラエルの民たちが神様に逆らった時は、異邦人よりもひどい目に遭いました。


神様の裁きの時は、神の家から始めると語りました。まずは毒麦とヤギを取り除いて、そこから聖めます。

聖書の言葉は、信じる者にも信じない者にも同じく当てはまるのです。

神様は真理の言葉で私たちを正しく裁く方であり、そこで違反している者に対しては(神様が)同じようになさいます。
ですから、免れることがないです。

神様は 苦難がある時にはすぐに立ち返りなさいと語りました。
イスラエルの民を見て、自分の姿を見ることなのです。

私たちの内側が、神様が願うように いつも恵みを覚えて感謝し、神様の力に完全に頼り、そして神様が喜ばないことはしないことです。神様がおっしゃったことに喜んで仕えるならば、何一つ心配することがないです。


私たちは皆、足りない者で まだまだ失敗が多いですし、弱い者であり、知恵のない者であります。

ですから私たちは言葉を聞いて「神様、赦してください。恵みを忘れてしまいました。神様の力を信頼しませんでした。神様がこんなに良くしてくださったのに、私は自分勝手にそれに甘えて勝手な道を歩みました。主の声を無視しました。自分には災いが来ないと偉そうにしていました。赦してください。恵みを忘れません。神の力を忘れません。不義な者に対する神様の懲らしめも忘れません。」と悔い改めます。

これが今回の本文を通して神様が私たちに教えることであります。


耳のある者は聞きなさい、と私たちは主の前で本当に謙遜になる必要があるのです。
私たちは朝霧のように消え去っていく者であります。

今、平気でやっている小さなことによって 後で大きな代償を払わなければならない時が来たら、多分耐えられないと思います。
ですから私たちは、神様を 本当に恐れなければならないです。
神様という存在を軽く見てはいけないということであります。

受けた恵みに心から感謝して、この神様から絶対に離れないで信頼するならば、主は喜んでくださいます。


私たちが悔い改めをするのは、不義な者に対して神様の懲らしめがあるからなのです。

地上の小さなものばかりを頭の中に入れておいて、神様の存在を遠いところに投げ出して形式的な信仰生活をしているならば、後で 主の手の中で潰されます。

今回の言葉はしっかりと心に留めてください。これは忘れてはいけないことであります。
神様の道が一番安全であり、命の道、将来が保証される道であります。 .。゚+.(・∀・)゚+.゚

2013.10.27
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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