からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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態度

忠実な管理者ヨセフ

テーマは 『 忠実な管理者ヨセフ 』 です

【創世記39章23節】

監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。


ヨセフに関する内容は、創世記37章から50章まで とても長いです。

彼が悪い者であったならば、短い話で終わったと思います。


しかしヨセフの信仰と人柄、任された責任と使命に対する忠実な姿勢は 信じる人たちの模範です。


そして主がそのようなヨセフになさったことを今日はみたいと思います。

ますます世の中は不誠実な人と、人を騙す者が増えていますので、ヨセフのような人は本当に貴重です。



ヨセフの運命は兄たちの企みによって、突然奴隷に転落しました。

奴隷として外国であるエジプトに連れて行かれ、パロ王の侍従長ポティファルの家で奴隷の生活を始めました。


そこでヨセフは奴隷でありながらも誠実と忠実な態度で仕えました。

他の奴隷とはまったく違う態度を見せていました。



また主が彼と共にいて彼に恵みを与えました。


主は誠実で忠実な者を喜ぶ方で、ヨセフを見て祝福と恵みを与えました。

ヨセフの主人もすべてを見ていました。



【創世記39章2-5節】

主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。

彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。

それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。

主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、主はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を、祝福された。それで主の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。


ヨセフの人柄だけで、主人に愛されたわけではないです。

主がヨセフを祝福するのを見て、ヨセフを信頼し、ヨセフに全財産を任せました。


奴隷に売られた者でも、主が祝福したので、運命と環境が変わりました。








次にヨセフは、主人の妻から性的誘惑を受けましたが、拒んだことで嘘をつかれ、性犯罪人にされて監獄に入れられました。


しかし監獄の中でもヨセフは変わらない態度を見せたので、今度は監獄の長の目にとまり 監獄を管理する者になりました。

そこでも主は彼を祝福しました。



どこに行っても、誰と共にいても誠実さと忠実さが変わらないので、主から祝福を受けることが出来ました。


主の祝福は、追いかけて捕まえられるものではなく、自分がいるところで誠実に忠実に自分に任された使命と責任を果たす時に、主が人の心を動かし、環境を変えて下さいます。



【創世記39章21-23節】

しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。

それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。

監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。


ヨセフの運命はさらに主の恵みによって大きく変わりました。

今度は、当時の超大国であるエジプトの管理者になりました。


そこでも彼の誠実さと忠実さは変わりませんでした。


主は彼に恵みを与えて、ヨセフは主から受けた知恵と行動力によって素晴らしい管理者としての働きが出来ました。



信頼と祝福、地位を得ると変わる人が多いですが、ヨセフの場合は、信仰も人柄もまったく変わりませんでした。

もっと器の大きい人間に変わりました。


謙遜な人、愛と赦しの人、あわれみ深い者に変わりました。

主はそういう人を豊かに祝福して下さいます。


誠実さも忠実さもない人間、責任も使命も果たさない人間が受ける祝福はないです。




聖書では管理者に求められる第1のものが忠実であると教えています。

才能や能力ではないです。


また小さなことに忠実な人に、大きなことを任せると言われました。


奴隷や囚人として良い管理の仕事をしたヨセフは、奴隷の身分から自由になり、一国の総理になり、国を管理する者になりました。


ヨセフの誠実さと忠実さ、そしていつも共にいて助けて下さった主の恵みによって、ヨセフはみんなから尊敬され、主に愛され、また人々を助けた素晴らしい信仰の人でした。

見習うべき姿です。


変わらない誠実さと忠実な態度に祝福はやってきます。

環境や運命を呪う必要がないです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2022.10.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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聖徒が取るべき神への礼儀

テーマは 『 聖徒が取るべき神への礼儀 』 です

【詩篇30編1-6節】

主よ。私はあなたをあがめます。あなたが私を引き上げ、私の敵を喜ばせることはされなかったからです。

私の神、主よ。私があなたに叫び求めると、あなたは私を、いやされました。

主よ。あなたは私のたましいをよみから引き上げ、私が穴に下って行かないように、私を生かしておかれました。

聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。

まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。

私が栄えたときに、私はこう言った。「私は決してゆるがされない。」

良い人間関係を作るためには、それにふさわしいことばや行動が必要です。


もし礼儀がない行動や悪いことばを使うならば、相手を傷つけるだけでなく、人間関係も壊れてしまいます。

そして自分の印象もとても悪くなります。


ですから人間関係で 皆がその部分では気をつけます。



クリスチャンには、人間関係よりも優先しなければならない関係があります。


それは自分を救い、恵みを与えておられる神との関係です。

神との関係を良くするためにも、神にふさわしい礼儀が必要です。


しかし神に無礼な態度をとる人も多いです。

そういう人は、もちろん神との関係が悪いですね。



皆さんは神との関係が良いですか、微妙ですか。それとも悪いですか?



恵みと祝福は、神との良い関係の中で生まれます。

悪い関係は壊れた関係なので、良いものを受けるためには修復が必要です。


クリスチャンとって、神は絶対的な存在でなければならないです。


人間関係よりも関係が薄いならば、それは深刻な問題です。

「本当にクリスチャンですか?」と言いたくなります。


そういう人は、神を自分の必要のために利用できる存在として考えている人にしか思えないです。

神は利用されるほど愚かな方ではないです。



神は偉大で全知全能なる方で、絶対的な存在なので、それにふさわしい態度や礼儀が必要です。


聖書から神への礼儀を調べます。




いつも主を崇めること




【詩篇30編1節】

私はあなたをあがめます。

あがめることは、心から神を褒め称えることです。


憧れの人に会った時の人々の反応は 感動、感激で言葉も出ず、涙を流したりもします。

そしてその人に対してはすべてを称えますね。

その人をあがめていることが その態度によって分かります。


神を崇める態度には、“神を褒め称えること、神を喜ぶこと、神に感謝すること” があります。


【詩篇7編17節】

その義にふさわしく、主を、私はほめたたえよう。いと高き方、主の御名をほめ歌おう。

【詩篇30編4節】

聖徒たちよ。主をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。

【詩篇89編16節】

彼らは、あなたの御名をいつも喜び、あなたの義によって、高く上げられます。



いつも主の御名を誇り、栄光を主に捧げること




主の御名を誇り、栄光を主にささげる理由があります。


主は全能者であり、宇宙と歴史を支配する絶対的な存在であるからです。


主にまさる者は存在しません。



【詩篇20編7節】

ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。

【詩篇29編1-2節】

力ある者の子らよ。主に帰せよ。栄光と力とを主に帰せよ。

御名の栄光を、主に帰せよ。聖なる飾り物を着けて主にひれ伏せ。



主を愛し、主に頼ること




神を愛し、神に頼ることは神中心に生きることです。


その人はすべてを神にかけて生きています。

神と共に歩みます。


【申命記7章9節】

あなたは知っているのだ。あなたの神、主だけが神であり、誠実な神である。主を愛し、主の命令を守る者には恵みの契約を千代までも守られるが、

【イザヤ書26章3-4節】

志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。

いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。



主の御名を語り告げること




すべての人々に神の偉大な御名を語り告げることは生涯すべきことです。


主の御名は隠すべき名ではありません。

すべての人が主を知るように、その前にひざまずくように語り告げることです。


【詩篇22章22-23節】

私は、御名を私の兄弟たちに語り告げ、会衆の中で、あなたを賛美しましょう。

主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。ヤコブのすべてのすえよ。主をあがめよ。イスラエルのすべてのすえよ。主の前におののけ。

私たちが日々神様に対して、このような姿勢を見せるならば、神様が喜ばないはずがありません。

神との関係が悪くなるはずもありません。



いつまでも良い関係で、神の恵みと救いと助けと守りを受けます。


神がそうすると約束して下さったからです。


【詩篇37編3-6節】

主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。

主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。

あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。

主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。

アーメン (*・ω・)ノ

2019.4.28
聖日礼拝メッセージ

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働く態度と実

テーマは『 働く態度と実 』です。

【ローマ12章10-11節】

私たちは1年間、どのような気持ちで働いてきたでしょうか?どのような実を結んだでしょうか?
年末になると感謝はもちろんですが、反省もしなければならないです。

神様が喜ぶ態度で自分は働いてきたのか、考えなければならないです。

労働は人間としてすべきことです。
私たちはそれにプラスして、神様に仕える働きもあります。これはクリスチャンにとって大切なことです。

神様は「主のために○○をしなさい」と、私たちに与えておられます。
教会に来て何もしていないという人は1人もいないと思います。

働きの中でも、神様はその人の心を見ておられます。その人がどんな態度で仕事をしているのか ――です。
心の態度がとても大切で、それができていないと一生懸命働いたとしても、神様はある者は退け、
ある者はやっていても何も報いがない。ある者はやっていても何も実が結びません。

働く態度の姿は3つあります。

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①感動の心で使命感を持って働く姿

神様から受けた恵みに常に感動して、「どうやったら私が主を喜ばせることができるか。」
「神様は私の為にイエス様を送ってくださったので、私は何をもって神様に仕えることができるでしょうか。」
「主よ、私は何をしたら良いでしょうか。」
仕事をする前に神様の感動があります。

こういう者に対して、神様は喜んで働きを与えてくださいます。
それが、その人にとって使命なのです。「神様、与えてくださり感謝します。」

パウロは神様に出会った時から、死ぬ時まで感動の心で自分の使命を果たしました。
これは、神様が一番喜ぶ姿であります。

感動が消えると、それは「形式」になります。神様はこの形式的なのを嫌います。

パリサイ人は言葉や知識をよく知っていますので、その点では神様は彼らをけなすことはないです。

語る言葉は神様のことなので間違いはないのですが、彼らの心は恵みに対する感動がないです。
ですので、結局自分のための働きになります。

神様が喜ぶか 喜ばないか、それを考えながら聖書を読まなければならないです。
霊に燃えるということは、使命に燃えることであります。知識ではないです。
このような人たちがたくさんの実を結びます。そのような態度でしますので、実が落ちることがないです。

いつも同じ心で取り組むので、どんどん大きい木になって、そこにたくさんの実が結ばれ、
神様はそれをすごく喜びます。


②義務感で働く人の姿

私たちは義務感を持つ必要がありますが、それだけで働く人たちがいます。
その人たちはしたくないのに、「しなければならない」という思いでしています。
義務感で働くと、働きはきちんと出来ています。
しかし、働いている人の心には喜びがないです。

普段 喜んで働いていても、時々身体が疲れたり、心が落ち込んだりする時は「したくないな」という
気持ちになるのは当然出てきますが、
義務感で働く人たちは常に「したくないな」という思いを持ちながら、「自分に与えられたことだから、仕方がないな。」と働きをします。

義務感で働く人は、働きをしていますが神様に喜ばれない姿であります。
その働きが終わったら、サッと消えます。そして、それ以上のことはする気がないです。

神様の前で、義務感を持って働く人が意外と多いです。

例えば、したくないこともあると思います。「これは私の仕事でしょうか?」ということがあるかも知れませんが、
神様は私たちの中にある「別のもの」を見ておられます。別の可能性を見て、神様はそれを花咲かせる為に、
私にやらせるんだ、と。  人間にはたくさんの才能があります。
ですが、私たちは自分がしたいことをするので、自分に見えていない可能性は埋もれてしまいます。

光に当たることもなく、一度も芽を出すこともなく、消え去って行きます。

神様の素晴らしいところは、私たちの中にあるものを、引き出すのがとても上手いのです。

「出来ないです」と逃げることを考えるのではなく、
「神様、これが与えられました。どうか出来る力をください。出来るように守ってください。
出来るように神様が恵みをください。知恵をください。」
このように祈った時から、出来ないと思っていたことが光に当たっていきます。
自分でも知らなかった部分が、どんどん凄いものになっていきます。

神様によって1つのチャンスが与えられる事、それに出会うことは、私たちにとって恵みであります。
初めは義務感でしていたことも、それをずっと続けていることで義務感でなくなります。

神様から与えられたことは、義務でするのではなく、どうせやるならば主に喜ばれる実をしっかりと
結ぶものにして、神様に「私はこれを通して栄光を捧げました。」というものを持ったら良いです。

多くの場合は、「そんなことできません」という義務感から始まると思いますが、
「私のような者に与えてくだっさって感謝します。」という思いですると、たくさんの恵みを受けると思います。
主の働きは全て良いものであります。


③イヤイヤしながらする姿

逃げたいのに逃げられないという思いで、義務感もありません。

いつも逃げることを考えて、そして突然やめてしまいます。
その人たちからは1つも実を結ぶことがありません。「これ以上無理!」と投げ出し、
神様のことを全然考えないで自分がしたいようにするのは、ある意味役に立たない姿であります。

このような人たちはいつも不平不満が出てきます。牧師や周りの人たちにも不平不満を言います。
それは神様の恵みに気付いていない姿であります。

神様はいつも私たちの心をやわらかくしなさいとおっしゃいます。
そして、日々新しい恵みを備えてありますので、常に新しい革袋を用意しなさいと語ります。

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まず私たちが愛の心から出発していることで、
神様に喜ばれる態度で、良い実を結ぶためには「兄弟愛」が必要です。

兄弟愛があるので互いに仕えあうことができるのです。愛があると心に感動が出てきます。
愛と義務は全く違うものです。義務には愛がないです。
愛があると、「しなさい」と言われなくても、「仕えたい」、「ある人を喜ばせたい」と、その思いが出てきます。

愛がないと相手をけなして、相手を踏みつけます。

「愛してる」と言いながら相手を踏みつけたり、暴言を吐いたりするなら、それは愛ではなく執着心であります。
愛は、相手を大切にして、相手を自分よりも勝っていると思う心であります。そして、そういう人たちは
一生懸命、喜んで働きをします。神様はその人の上に祝福を与えてくださいます。

この1年の自分の姿がわかると思います。本音は自分の心の中にあります。
もし自分の心がどこかに当てはまるならば、それを改善すべきであります。
同じ心で来年も仕えていても、実が結ばれることはないので、確実に実が結ばれるように働くと、
神様には「栄光」、自分には「祝福」。
その人たちにはますます素晴らしい実を結ぶ人生になります。  v( ̄∇ ̄)v

2012.12.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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