テーマは 『 キリスト、神の愛―その愛を伝えるのがクリスチャン 』 です
本当の意味でクリスチャンとは?
イエス・キリスト(神)を愛する人、人々(互い)を愛する人
だれでもイエスを愛する人は、イエスのことばを守ります。
【ヨハネの福音書14章23節】
イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちは その人のところに来て、その人とともに住みます。
【ヨハネの福音書14章15節】
もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。
【ヨハネの福音書14章21節】
わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を 彼に現します。」
【ヨハネの福音書15章10節】
もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、 わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。
【ヨハネの福音書15章12節】
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
イエス様のことば(戒め)とは?
【ヨハネの福音書15章17節】
あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。
【ヨハネの福音書13章34-35節】
あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
もし互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。
イエスへの愛、人々への愛を通してこの世にイエス、その愛、そして私たちがイエスを愛するクリスチャンということを知ってもらう
なぜこの世に知ってもらうのか?
【ヨハネの福音書3章16-17節】
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、 永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
イエス様がこの世に来た意味、そして神様がわざわざ自分の愛するひとり子をこの世に送ってくださったその意味は、つまりこの世が救われるため。
この世とは?
この世界のすべての人。全員。つまりあなたの周りの人々、家族、友達、同僚、知り合い、近所の人、道端を歩いてる人、すべてです。
人々が救われなければならない。
人々がこのイエス様が来てくださったこと、それほどまでに神様が私たちを愛してくださっていることを知らなければならない。
日本に生きていること、そのことのすごさ
キリストの愛を伝えたくても周りにいなくて伝えられない人もいる。日本に来て福音を伝えたくてたまらなくて、お祈りをささげて、日本語を一生懸命勉強し、お金も一生懸命ためている人がたくさんいる
あなたは本当に隣人を愛していますか?
本当に愛するのならばその人々が滅びていくのを見て平気でいられるわけがない。
イエス様が望んでおられることは、私たちだけがイエスを信じ愛し 救われるのではなく、この世のみんながイエス様を知り、その愛を知り、人々が救われること。
その愛を伝えるのがクリスチャンである。
どうしたら伝わるのか?
【ヨハネの福音書13章34-35節】
あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたが私の弟子であることを、すべての人が認めるのです。
愛を通してこの世はイエスの愛を知る
【ヨハネの福音書15章5-9節】
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。
あなたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。
あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。
イエスの愛にとどまり、またわたしたちが求めることでこの世はイエスの愛を知り、実が結ばれ、神様を栄光をお受けになる。
どれだけうまく伝えるか、どれだけ知識がいるかではない。
もちろんうまく伝えること、たくさんの知識を持って伝えることも大切である。
だけど一番大切なのは愛である。その人、人々を愛すること。
つまりその愛する人々すべてが救われること。
自分の楽しみ、自分の喜びのために生きるのではない。
この世のすべての人々が救われてほしいと思っている神様
ひとり子イエス・キリストをこの世に送り出し、十字架で死なせるほどの自分の中の最大限、ベストをしてくださった神様、また自分のいのちをわざわざこのような罪深く、自分のことばかりを愛している私たちのためにすててくださったイエス様。
今もすべての人が救われてほしいと思い、祈ってくださっているイエス様。
その大きな愛のために私たちも もっと神様を愛し、人々を愛し、その救いを伝えていかなければならない。
愛を持ってすること。
それがすべて。(・◇・)ゞ
2015.1.4
聖日礼拝メッセージ
八戸ノ里キリスト教会
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毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」
シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝
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