からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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孤独

最悪の人生を最高の人生に変える方法

テーマは 『 最悪の人生を最高の人生に変える方法 』 です


私たちは生きている上で、苦しいこと、つらいこともたくさん経験します。


特に、仲の良い人や、家族、大切な人、毎日顔を合わせる人から 受ける傷や苦しみの方が多いのです。

そのような苦しさ、つらい思いをする中で、私たちは一体どうしたら良いのでしょうか。


今日はある人の人生を通して、その答えを探っていきましょう。




ヨセフの人生に起きた5つの最悪な出来事




① 父には溺愛されたが、兄たちに嫌われ憎まれた


【創世記37章2-4節】

これはヤコブの歴史である。ヨセフは十七歳のとき、彼の兄たちと羊の群れを飼っていた。彼はまだ手伝いで、父の妻ビルハの子らやジルパの子らといっしょにいた。ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。

イスラエルは、彼の息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。それはヨセフが彼の年寄り子であったからである。それで彼はヨセフに、そでつきの長服を作ってやっていた。

彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。

ヨセフは12人兄弟で、それぞれ4人の違うお母さんから生まれ、ヨセフは お父さんのヤコブが一番愛していた妻、ラケルの息子で、お父さんの一番のお気に入りとして、兄弟たちの中で特別な扱いを受けていました。


兄たちの悪い行いを素直にお父さんに話したこと、お父さんからのえこひいき、自分が見た夢を話したせいで、兄たちに嫌われ、いじめられ、普通に会話をすることさえもできず、ひどい言葉で傷つけられる日々が続いていました。






② 17歳の時、兄弟たちに殺されそうになった後、外国の地であるエジプトに売り飛ばされた


お父さんのお使いで、100キロ離れたドタンまで兄たちに会う為に行きました。


兄たちのところに着いた時、兄たちは彼を殺す計画を練り始め、最終的にはイシュマエル人に奴隷としてヨセフを売り飛ばしました。

ヨセフは家族に「死んだ者」として報告され、お父さんのヤコブは悲しみに打ちひしがれました。






③ エジプトで奴隷生活をした


異国の地で誰も知り合いもいない中、一人だけ味方がいました。


【創世記39章2-5節】

主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。

彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。

それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。

主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、主はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を、祝福された。それで主の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。

たった一人の味方は神様でした。

神様がともにおられたのです。


孤独の中で、奴隷生活の中で、ヨセフは神様とずっと一緒にいたのです。


自由も自分の意思や権利もまったくないはずの奴隷という身分だったのですが、神様がヨセフを見ておられ、共におられ、ヨセフを祝福したので、奴隷としてはありえないような待遇で成功していったのです。






④ ようやく認められてきた中で、主人の妻ポティファルにはめられ、濡れ衣を着せられて牢獄生活に


【創世記39章6-10節】

彼はヨセフの手に全財産をゆだね、自分の食べる食物以外には、何も気を使わなかった。しかもヨセフは体格も良く、美男子であった。

これらのことの後、主人の妻はヨセフに目をつけて、「私と寝ておくれ」と言った。

しかし、彼は拒んで主人の妻に言った。「ご覧ください。私の主人は、家の中のことは何でも私に任せ、気を使わず、全財産を私の手にゆだねられました。

ご主人は、この家の中では私より大きな権威をふるおうとはされず、あなた以外には、何も私に差し止めてはおられません。あなたがご主人の奥さまだからです。どうして、そのような大きな悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。

それでも彼女は毎日、ヨセフに言い寄ったが、彼は、聞き入れず、彼女のそばに寝ることも、彼女といっしょにいることもしなかった。

神様の存在を認め、いつも神様が自分をどう思っているのか、神様中心の生活を生きていました。

それは、すべてを手に入れた後も変わらずにそうしていました。



偉そうにすることはなく、自分の主人のことを大切にして 任された仕事をしっかりこなした上で、何よりも神様が自分にどう見られているのか、神様に対して罪を犯さないようにすることを大事にしていました。


それなのに、この主人の妻が 嘘をついてヨセフに濡れ衣をかぶせ、牢屋に入れられました。


【創世記39章20-23節】

ヨセフの主人は彼を捕らえ、王の囚人が監禁されている監獄に彼を入れた。こうして彼は監獄にいた。

しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。

それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。

監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。

牢屋の中、暗い中、孤独の中、ここでもたった一人の味方がいました。

それは神様でした。


いつも神様を認め、神様の前で罪を犯さずに神様の目にかなった生活をしようと心掛けたヨセフのそばに、神様がおられ、監獄の中でさえも成功するように働いてくださったのです。






⑤ せっかく助けてあげた牢屋仲間に自分も釈放してもらえるように助けを求めたが、すっかり忘れられ、2年も牢獄生活を送った


【創世記40章8-15節】

ふたりは彼に答えた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいない。」ヨセフは彼らに言った。「それを解き明かすことは、神のなさることではありませんか。さあ、それを私に話してください。」

それで献酌官長はヨセフに自分の夢を話して言った。「夢の中で、見ると、私の前に一本のぶどうの木があった。

そのぶどうの木には三本のつるがあった。それが芽を出すと、すぐ花が咲き、ぶどうのふさが熟して、ぶどうになった。

私の手にはパロの杯があったから、私はそのぶどうを摘んで、それをパロの杯の中にしぼって入れ、その杯をパロの手にささげた。」

ヨセフは彼に言った。「その解き明かしはこうです。三本のつるは三日のことです。

三日のうちに、パロはあなたを呼び出し、あなたをもとの地位に戻すでしょう。あなたは、パロの献酌官であったときの以前の規定に従って、パロの杯をその手にささげましょう。

あなたがしあわせになったときには、きっと私を思い出してください。私に恵みを施してください。私のことをパロに話してください。この家から私が出られるようにしてください。

実は私は、ヘブル人の国から、さらわれて来たのです。ここでも私は投獄されるようなことは何もしていないのです。」

【創世記40章20-23節】

三日目はパロの誕生日であった。それで彼は、自分のすべての家臣たちのために祝宴を張り、献酌官長と調理官長とをその家臣たちの中に呼び出した。

そうして、献酌官長をその献酌の役に戻したので、彼はその杯をパロの手にささげた。

しかしパロは、ヨセフが解き明かしたように、調理官長を木につるした。

ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。

献酌官長の夢を解き明かして三日後、ヨセフは夢が解き明かした通りに現実になったことを聞き、ようやく自分もこの牢屋から出ることができると期待しながら待っていましたが、結局釈放されないまま、牢獄生活が2年続きました。


【創世記41章46節】

──ヨセフがエジプトの王パロに仕えるようになったときは三十歳であった──ヨセフはパロの前を去ってエジプト全土を巡り歩いた。

最終的には、ヨセフがパロの夢の解き明かしをしたことによって、ようやく釈放され、パロの右腕になり、エジプト全国をつかさどるようになりました。



17歳の時に、エジプトという外国の地に無一文で奴隷として売り飛ばされ、何もないところからスタートした暗闇の人生から、二年間の投獄生活を送ったのち、30歳の時にようやく人生が回復してきたのでした。


そこからパロの夢の解き明かしの通りに、7年の豊作の間にききんを備え、残りの7年のききんを乗り越えることができました。



そのききんの際に、ヨセフの兄弟はヨセフと知らずに、食料を買いに来て、結局は兄弟もお父さんとも再会を果たします。

ヨセフを通して、家族みんながききんで死なずに助かったのです。


また、ヨセフは久しぶりに再会した兄弟たちのことは責めずに赦し、それどころか信仰の言葉、慰めの言葉をかけました。


【創世記50章19-21節】

ヨセフは彼らに言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。

あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。

ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたや、あなたがたの子どもたちを養いましょう。」こうして彼は彼らを慰め、優しく語りかけた。

ヨセフはどんな目にあっても、神様を呪うこともせず、人を呪うこともしませんでした。

もちろん、苦しみを感じなかったわけではありません。


でも、その苦しみがある中で、最悪な人生を送っている中で、たった一人の味方の神様がいたからこそ、人生を諦めずにその時々で出来ることをしながら生きることができたのです。


ヨセフは神様のことをいつも認め、神様の目に適った生き方を心がけ、悪いことも含め すべてを益としてくださることを信じ、実行して生きたのです。



私たちも、いつも神様にゆだね、神様が今のつらい経験、苦しみさえもすべて益としてくださることを信じ、神様を認めて一緒に生きていきましょう。


アーメン (*・ω・)ノ


2021.11.28
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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肉の人から霊の人ヤコブへ

テーマは 『 肉の人から霊の人ヤコブへ 』 です

【イザヤ書41章8節】

しかし、わたしのしもべ、イスラエルよ。わたしが選んだヤコブ、わたしの友、アブラハムのすえよ。

【イザヤ書41章14節】

恐れるな。虫けらのヤコブ、イスラエルの人々。わたしはあなたを助ける。──主の御告げ──あなたを贖う者はイスラエルの聖なる者。


今日のことばは神がイスラエルの民に向かって語ることばですが、そこにヤコブという名前が出てきます。

ヤコブとイスラエルは同一人物です。


元々の名前はヤコブですが、神が彼に「イスラエル」という名を与え、それが後に国の名前にもなりました。


ヤコブという名前がイザヤ書には何度も出てきます。

神はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼ばれました。






ヤコブは最初から霊の人ではありませんでした。

肉の人でした。


神は彼を霊の人にするために厳しい試練の中に導きました。


ヤコブは遠くに住むおじラバンの家で20年間労苦しました。

ヤコブが愛したラバンの娘ラケルを得るために14年間も働きました。


また羊の世話に6年間も仕えました。

重労働の日々でした。


その時の苦しさをヤコブはこのように言いました。


【創世記31章38-42節】

私はこの二十年間、あなたといっしょにいましたが、あなたの雌羊も雌やぎも流産したことはなく、あなたの群れの雄羊も私は食べたことはありませんでした。

野獣に裂かれたものは、あなたのもとへ持って行かないで、私が罪を負いました。あなたは私に責任を負わせました。昼盗まれたものにも、夜盗まれたものにも。

私は昼は暑さに、夜は寒さに悩まされて、眠ることもできない有様でした。

私はこの二十年間、あなたの家で過ごしました。十四年間はあなたのふたりの娘たちのために、六年間はあなたの群れのために、あなたに仕えてきました。それなのに、あなたは幾度も私の報酬を変えたのです。

もし、私の父の神、アブラハムの神、イサクの恐れる方が、私についておられなかったなら、あなたはきっと何も持たせずに私を去らせたことでしょう。神は私の悩みとこの手の苦労とを顧みられて、昨夜さばきをなさったのです。」

神はなぜヤコブをおじラバンの家に送ったでしょうか。

母の提案でしたが、神がその中で働きました。


ヤコブを孤独にさせ、誰にも頼らず、神だけに頼る霊の人にするための計画でした。


神は誰とも歩む方ではありません。

神から顔をそむける人、自分の力に頼って生きる人とは共に歩まない方です。



ヤコブは労苦と孤独の中で、離れた故郷や両親のことを思いながら、神を求める者になりました。


霊の人、神のしもべになる人は神に目を向け、神を慕い求めないといけないです。

自分の肉を十字架につけないといけないです。


そして神が与えた使命の十字架を負って狭い道、厳しい道を歩まないといけないです。


それが神の栄光のために生きる人生であり、神の御心に従って歩む道です。




虫けらのヤコブは自分の肉の弱さやみじめさを知り、神を切に求める者になりました。


ヤポクの渡しで夜通し、ある人と格闘しました。


神の使いでしたが、その時、ヤコブはこう言いました。

「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」


切に神を求める姿がありました。

そこで虫けらのヤコブはイスラエルという名を神からもらいました。



神を知れば知るほど、求めれば、求めるほど、神はその人に患難も苦しみも与えますが、その中で霊の人に変え、祝福の道具として用いて下さいます。


神は神の計画や神のみこころを霊の人を通して行いますし、神を現します。


強い者にして、世の権力者の前でも大胆な者にさせます。


霊の人はこの世に勝つ信仰ある人です。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2020.11.1
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主の小道とみこころとは?

テーマは 『私たち1人1人に対する 主の小道と主の御心について』 です

【詩篇25編4節】

【ミカ書6章8節】

【申命記10章12-13節】

【ホセア書6章5節】

イエス様を愛している私たちは、誰でも、主のみこころを知り、それに従い栄光を表わす者に
変えられたいと心から願っていると思います。

しかし、神様が私たちを知り尽くしておられるほどに、私たちは神様を知っているでしょうか。
生涯をかけて知ろうとしても知り尽くす事は出来ないでしょう。

主の御思いを知る事は、なんと広く深い事でしょう。と、みことばにあるように、
私たちの思いをはるかに超えたお方だからです。

また、主は、どんなお方でしょうか?
柔和でへりくだり、憐れみ深く、情け深く、怒るのに遅く、恵み深いです。【出エジプト記34章6-7節】
また、私たちをねたむほどに愛してくださっているお方です。【ヤコブ4:5】

みこころを知るには、みことばを通し、聖霊様を通し、預言の言葉を通し、周りの人の助言の中から
教えられることがありますが、それを聖書から見てみようと思います。


①みこころを知る為に、みことばを読む

聖書は、重要な問題の全てを網羅していますが、色々な問題や状況に直面した時に、
「こうしなさい」と細かくはっきりとは書いていません。

ですから、生活をしていく中で、色々な事が起きた時、みことばの中に主の導きを求めます。
すると、みことばをどのように適用していくのかを教えられます。
そして、そこに答えが見つかり、みことばが生きたものとなり、みことばを体験できます。

【詩篇119篇105節】

【エペソ5章17節】


②内におられる聖霊様が、語って下さったり、導きを与えてくださる

【ピリピ2章13節】

私たちの内に思いを与えて、神様が実現させてくださるという みことばです。

ですから、私たちはみことばを心と魂に刻みつけておく必要があります。
すると、聖霊様が時に適ったみことばを思い起こさせて下さり、決断する事を助けてくださいます。


③預言の言葉を通して、みこころを教えられ、励ましを与えられる


④周りの人からの助言で、聖霊様が気付かせてくださる

【箴言12章15節】

【Ⅰ列王記12章8節】

ソロモンの子レハブアムが王になり、民のことで、ソロモンに仕えていた賢明な長老に相談をしましたが、
長老の助言を退け、自分の意見に同調をしてくれるような若者に相談し、決断を下しました。
結果、民たちの心は離れていきました。
私たちは信頼できる人の助言を聞くべきだと思います。

このようにして、みことばを通し、聖霊様を通し、預言、周りの人の助言など、色々な方法で
主のみこころを悟らせて下さいます。




~みこころに従うことを、妨げてしまうもの~

私たちはみことばに従い、みこころに沿って歩みたいと願いますが、うまくいかない事があるのは、
どうしてでしょうか?

それは、私たちの古い人が反応し、それを妨げてしまったり、サタンがみことばに従わないように
妨げるからです。

妨げてしまうものには、どのようなものがあるのかを 一緒に考えてみたいと思います。

  1. 自分の願いと神様の思いが違うならどうしようと、不安になってしまう古い自分
  2. 自分の生き方を変える事を恐れてしまう。 ―― これは自分の考え方から出ようとしない古い自分
  3. 全てを委ねたくても、委ね切ることができない自我。そこにはいつも葛藤があります
  4. 祝福は望んでも、犠牲を払うことを嫌う心。 ―― 肉は犠牲を払うことを嫌います
  5. 世の物に対する色々な執着がないか

このように様々な自我との戦いがありますが、皆さんはいかがでしょうか?

神様の1人1人のご計画は違います。そして弱さも違います。
神様は、私たちが自分の自我と戦い 日々内なる人が強められて、造り変えられていくことを願っておられます。

どのようにして、主のみこころを知る事が出来るでしょうか?


①主に委ねる時に、主のみこころを明らかにしてくださる

【詩篇37編5節】

【詩篇55編22節】

【Ⅰペテロ5章7節】

【箴言16章1-3節】

自分の思いや方法ではなく、神様の導きや方法で従うということです。
人は心に自分の道を思いめぐらしますが、その人の道を確かなものにするのは主です。

私たちは自分にはどうすることも出来ない問題が生じた時に祈ります。
祈ってその問題を主に委ねる決断をします。そして、祈りながら待ちます。

しかし、待っている間に色々な思いがやって来ないでしょうか?
恐れが来たり、心配になったり、不安になったり、自分に対して安心できるものを置いておきたいという
ことはないでしょうか?
この肉との戦いは、生涯あるかと思います。
しかし、神様は私たちが思っている以上のことをしてくださるお方です。
もはや私が生きているのではなく、キリストが私の内に生きておられるのです、とあります。


②日々、自分に死ぬ

「私の願いや思いはこうです。」と思う事は間違いではないです。
しかし、「主のみこころはどうでしょうか?」と祈る事は、とても大切です。
イエス様ご自身も「私の願うようにではなく、あなたのみこころのようになさって下さい。」と、
祈っておられます。

私たちは、時として犠牲を払わなければならない事もあるかも知れません。そして失うこともあるかも
知れません。
しかし、失うことによって得る恵みもあります。失うことによる恵みが大きいかも知れません。
私たちの肉は、難しく考えたり、律法的になったり、壁を作り、神様の働きを止めてしまう事があります。
また、自分の思いや考えを押し通そうとするなら、神様は決して働く事が出来ませんし、用いることも出来ません。

意外と自分の姿には気付かないことがありますが、聖霊様が気付かせてくださいます。
その時に、素直に従う者に神様の祝福があります。

また、思いこみが強く、自分の思いをしっかりと持っていると、自分の姿を知ることすら出来ません。
ですから聖書にある通り、砕かれた心、柔らかい心、鳩のように素直な心、また教えられやすい心をもって、
いつも心を開いて、主の御前に出る者となりたいです。

そうする時に、日々 自我に死ぬ者とされます。


③神様に全き信頼を置く者に、道を開いてくださる

神様は、しばしば試練を通して、いっさいを主に委ねる事を、分からせようとして下さいます。
しかし、私たちの気持ちを無視して 何かをすることはせずに、私たちが気付くようにしてくださいます。
じっと待ってくださるお方で、愛と忍耐の主です。

たとえ、自分の願い通りにならなくても、主は最善を成してくださるお方だと信頼し、委ねる時に
私たちが思っている以上の素晴らしい恵みを体験し、主の御業を見ることができます。

主に信頼する者は、失望させられることがありません。
そして、私たちは「自分が信じている方を知っています。」と告白することができます。


【Ⅰテサロニケ4章3節】

【ローマ12章2節】

どんなに素晴らしい神様のメッセージを聞いたとしても、古い革袋に入れるならば
恵みとして残らずに、どんどん漏れてしまいます。

「古い革袋」とは、生まれながらの性質そのものであり、「新しい革袋」とは、考え方を変えることです。

新しい革袋に入れて、恵みが漏れないように気をつけなければなりません。
つまり、≪自分の生き方を変える≫ ということです。


④神様に従順する時に、私たちが歩むべき小道へと導いてくださる

【ヨブ記23章8-10節】

試練の道、涙の道、曲がりくねった道、先が見通せない道・・・どんな道も知ってくださっています。
私たちの歩む道もすべて主が知って下さっています。

なんと幸いなことでしょうか。

【イザヤ書43章2節】

私たちは、神様が遠くに感じてしまう時や、孤独を感じる時こそ、主は最も近くにいてくださいます。

【詩篇142編3節】

【詩篇138編7節】

主のみことばの約束は満ちています。

盲目のテノール歌手・新垣勉氏

皆さんは この方をご存知でしょうか?
アメリカ人の父と、日本人の母との間から生まれてすぐに、助産婦の手違いで、
目に劇薬を入れられて失明しました。
その後 両親が離婚し、彼は父を恨み、中学生の時に自殺をはかりました。
しかし、その時にラジオから流れて来た賛美歌を聴いて 教会へと導かれました。
牧師との温かい交わりの中で、そこで彼はイエス様に出会い、そして信じました。
その後、様々な良き出会いを通じて、テノール歌手として多くの人々に生きる希望を与えておられます。

彼の名言:  ナンバーワンにならなくても良い。オンリーワン。(自分にしか出来ない生き方)
SMAPの「世界に一つだけの花」は、新垣勉氏の「オンリーワン」から出来た歌だと言われています。


私たちも世界に一つしかない花です。
私たちにしか出来ない生き方を、主は用意してくださっています。

他人と比べる必要はありません。
また、(自分に)無いものを捜すのではなく、与えられているものに感謝する者は幸いです。
私たちの内に働く力によって、私たちが願い、想いを超えて豊かに恵みを注いでくださる主です。

【詩篇143編8節】

【エレミヤ書10章23節】

【箴言3章6節】

【イザヤ書30章21節】

【Ⅰ列王記13章】

Ⅰ列王記13章には、騙されて神様のみこころから離れてしまった人のことが書かれています。

みこころを求め、神とともに歩む時に主が用意してくださった小道へと導かれます。
自分が何かをしようとするのではなく、いっさいを成し遂げて下さる主に明け渡して、信頼し
主が与えてくださる小道を真っ直ぐに歩みたいものです。

私たちがこの地上で生きている間、誘惑もあると思います。また、惑わされることもあるでしょう。
しかし、みことばをしっかり心に蓄えて、内におられる聖霊様に導かれて右にも左にもそれず
私たち1人1人に与えられている小道を歩んで行く者になりたいと思います。

命に至る道は、細く狭いとありますが、主の小道は 「天国へと通じる道」 です。

自分の将来も計画も主に委ね、自我を十字架につけ、信頼し従順する者に、
神様のみこころの道を歩むことの喜びと祝福があります。

主は1人1人の歩むべき道、最善の道を知ってくださっています。

大切なことは、何かをしてきたか ではなく、どのように主に仕えてきたか ではないでしょうか。

聖霊様に導かれ、日々自我を十字架につけ、
御心を求めながら 主が用意してくださっている それぞれの小道を歩んでいきましょう。 ( ̄‥ ̄)=3

2013.5.26
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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