テーマは 『 感動を与える人 』 です
【使徒の働き9章36-42節】
ヨッパにタビタ(ギリシヤ語に訳せば、ドルカス)という女の弟子がいた。この女は、多くの良いわざと施しをしていた。
ところが、そのころ彼女は病気になって死に、人々はその遺体を洗って、屋上の間に置いた。
ルダはヨッパに近かったので、弟子たちは、べテロがそこにいると聞いて、人をふたり彼のところへ送って、「すぐに来てください」と頼んだ。
そこでペテロは立って、いっしょに出かけた。ペテロが到着すると、彼らは屋上の間に案内した。やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスが一緒にいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。
ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起き上がった。
そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。そして聖徒たちとやもめたちとを呼んで、生きている彼女を見せた。
このことがヨッパ中に知れ渡り、多くの人々が主を信じた。
皆さんは最近、誰かに感動を与えたことはありますか。
また誰かに感動させられたことがありますか。
“感動” は私たちの人生において とても大切なエッセンスで、私たちを幸せにさせるものです。
先日、感動したことがありました。
韓国にいる知り合いの牧師からのメールでした。
ネパールの大きな地震でたくさんの被害がありました。
現地で宣教師をしている知り合いの牧師家族が、たまたま健康診断のため韓国に帰国していた時に 地震が起きました。
現地の信徒たちとはまったく連絡が取れません。
それで、その宣教師家族は色々な予定を全てキャンセルし、「今、ネパールに戻る準備をしている」との報告でした。
そして、その宣教師に献金を送ったとの内容でした。そうしたら他の人たちも献金を捧げていました。
食べ物もなく何もないので、市民も皆 街を離れている中で、戻るということは感動的な姿です。
自分のことだけを考えるならば、戻らないと思いますが、信徒たちのことが心配で戻りました。
魂を愛する心に感動しました。
ニュースを見てもあまり感動的な話はないです。
ですから 私はYouTubeで感動的な映像を探してよく観ています。それを観ながら感動し泣くことが多いです。
悲しい涙よりは感動の涙です。共感する涙です。
それを見ると励まされたり、幸せな気分になったり、また学んだりします。
また小さい感動がどれほど人を幸せにするかも学びました。
5月はこどもの日があり、母の日もあります。
そして5連休中に家族や親族、友人などと共に時間を過ごす人もたくさんいると思います。
再会による多くの感動があると思います。
昨日はメッセージを準備する前に、『戦争に派遣されていたアメリカの軍人たちが家族と再会する』という映像を見て、とても感動し涙が出ました。
その再会はすべてサプライズで、突然帰って来たパパや夫や息子の姿をみて、全員泣きながら抱き合っていました。
戦場は危険がいっぱいあるので、生きて帰るだけでも、家族には最高の感動であり、一番のプレゼントです。
母親たちが一番泣きながら喜んでいました。いつも こどもに対する心配がありますね。
ですから感動も大きいです。軍人たちが手ぶらで帰ってきても、みんな幸せいっぱいでした。
ある調査機関で大学生1000名を対象に「一番受けたいプレゼンは何か?」を調査すると、1位が「感動」でした。
物ではありません。
多くの人々が、感動に飢え渇いています。
豊かで便利な世の中になりましたが、人間関係が薄くなり、愛や憐れみの心もなくなり、関心もなくなって感動することも減ったと思います。
ですから豊かになればなるほど、幸せ度は 反対に低くなります。
イエス様は偉大な救いの計画を持ってその働きをしましたが、会う人々に感動も与えた方でした。
私たちを愛し幸せになってほしいと誰よりも願っていました。
罪人と呼ばれた人たち、やもめや孤児、弱い者たちが、「主の関心と憐れみ、愛と恵み」に感動しました。
イエス様の温かい言葉やその態度で感動し、それを見て学んだ弟子たちもそのように感動を与える人になりました。
私たち主を信じる者たちは今どうでしょうか。
イエス様や弟子たちのように人に感動を与える人でしょうか、それとも迷惑をかけ人に嫌がられているでしょうか。
そのことを考えながら、メッセージを聞いてほしいです。
今回読んだ箇所にはタビタという女性の弟子が出てきます。
ドルカスの名前で呼ぶ人がクリスチャンの中では多いので、今回はドルカスの名前で話します。
彼女は弟子としてどんな人生を送ったでしょうか。
一言で言うならば「人に感動を与えた人」でした。
当時の社会は女性の地位が低く、活躍する場もあまりありませんでした。
しかし彼女は自分に与えられた賜物と 人を愛する心で、苦しい立場にいる多くのやもめたちを助けていました。
やもめたちがドルカスの死を悲しんで泣いている姿を見ても、ドルカスが人にどれほど多くの感動を与えていたのかが分かります。
そしてその人たちに愛されていたことも分かります。その死をみんな惜しんでいました。
ドルカスがしたことは決して大きなことではありませんでした。
不思議なことに、人は大きなことではそれほど感動を受けないですが、小さな親切や小さいことに対してとても感動しやすいです。
なぜかと言えば、大きなことは力がある人にしか出来ないので、自分とは無関係に思われ共感しにくいですが、小さなことは日々の生活の中で感じることが多いので、共感しやすく、まるで自分のことのように思われます。
またそれが自分の身に起きた時にはさらに感動は大きくなります。
人生の三大主題は「人生、人、愛」であると言われています。
人間はそれに一番関心があります。その部分で感動を受けると人は幸せを感じます。
ドルカスの行動で人々はそのすべてを感じたことでしょう。
希望のない人たちが、他人の親切な行為によって絶望から解放され、希望を取り戻しました。
受けることを期待し、(受けるのが)当たり前のように思う人には 感動の心はないです。
たったこれくらいで という冷えた心があります。
しかし感動は、どんなに小さいことに対しても、開かれた心と感謝の心がある時に生まれてきます。
やもめたちはドルカスの良いわざと施しに感謝し感動しました。
ですから作ってもらった下着や上着を全部持ってきて泣きながら、彼女の死を悲しんでいました。
この姿も感動的です。もし私が死んだドルカスであるならば、彼女たちの姿にすごく感動したと思います。
≪大したこともしていないのに、こんなに喜んでくれているとは――≫
感動を与える人と感動する人。私たちは両方が必要です。
人は感動すると、自分も同じことをしたくなります。感動の力は決して無視できない力です。
神様は私たちに人間を取る漁師になりなさいと命令しました。
自分には特別な力もないし、口下手だから出来ないと思うのではなく、ドルカスのように人に感動を与える時に、立派な弟子としての働きが出来ます。それは人間を取る力になります。
ドルカスの親切と施しによって多くのやもめたちがイエス様を信じました。
韓国の駅前で路傍伝道する教会の人たちがいました。
大きな声で賛美をするので、うるさくてそれをよく思わない人たちがいて、その人たちが不満を言いました。
そうしたら路傍伝道する人たちは「信じないと地獄に行くのであなたたちのためにやっています。」と言いました。
皆さんは この言葉をどう思いますか?
これでは相手にますます反感を買うだけです。相手の立場に何の配慮もありません。
「うるさくて申し訳ないです。」とまず相手の気持ちを理解しないといけないですね。
そして不快感を与えないように工夫しないといけないです。
魂を救いたい熱い思いがあるならば、相手が感動するような行動をしないと効果がないです。
弟子としてのドルカスは感動を与えることで、人々に良い影響を与えました。
イエス様がなさった方法でやりました。
【マタイの福音書5章44-45節】
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
敵を憎み、迫害する者に対して敵対するならば、彼らに何の感動や影響も与えることはできません。
私たちが もし敵を愛し、迫害する者のために祈るならば、その人たちにはそれがどのような姿に映るでしょうか。
きっと最初は理解出来ないでしょう。愚かな者に見えるでしょう。
しかし後には、彼らたちとは違う 敬虔な姿として感動されます。
実際そのような人たちを見てクリスチャンになった人は歴史の中にたくさんあります。その証もたくさん聞きました。
ですからイエス様は魂の救いのためにも、感動を与える人になるように語っておられます。
新郎新婦の誓いのことば
最近あるアメリカ人の結婚式の映像を見てとても感動しました。
今までの結婚式の中で一番感動的でした。美男美女でした。それだけではなく、とても清さを感じました。
一番の感動は2人が相手に語る「誓いのことば」でした。
司会者に答える形式ではなく、自分たちが用意したものを相手の目を見て話しました。
その内容が素晴らしかったです。2人ともクリスチャンです。世界一幸せに見えました。
≪ 新郎の誓いのことば ≫
「ステファニー。あなたは神からの贈り物で、私が長く待ち望んだ約束です。
あなたの中で私は私の魂が望む魂のパートナーを見つけました。
あなたは私の人生に太陽の光のようで、多くの愛と喜びの光を照らします。
私たちが結婚式を挙げる今日、私はあなたを一生愛し、尊く思い、恋い慕うことを約束します。
私はあなたの中でいつも最善のものだけを見、神があなたに与えた才能が美しく花咲くように助けます。
私はあなたを大切にもてなし、仕え、あなたの平安を私自身の平安よりもまず求めます。
私はふたりの中で愛を育てて行きますし、キリストの花嫁に対する愛と同じ愛をあなたに捧げます。
私はあなたの人格を尊び、尊敬の光で満たし、神とあなたに献身します。
私は家族を力と憐れみで導きます。あなたは私の愛、パートナー、最高の友です。
あなたは私が夢見たすべての望みです。
未来にどんなことがあっても私たちは毎日一緒にいます。それが一番大切です。
あなたと共にいる毎日が私の人生で一番最高の日です。私は何事も恐れずあなたを愛します。
そして私はこの愛が私の生涯でたった一度の愛である事実を忘れません。
どんな難関があっても、私の働きにどんな挑戦があっても、いつも一致を追及します。
私はあなたを私の心を超えて、神様とあなただけが留まる魂の中で愛します。私は永遠にあなたのものです。」
それに対して美しい花嫁は次のように誓いました。
≪ 花嫁の誓いのことば ≫
「マシュー(マタイ)。あなたの名前は神の贈り物の意味です。あなたは本当に神が与えて下さった贈り物です。
私はあなたが特別な男子であることがわかりました。あなたは本当のジェントルマンです。
あなたは私のいのちで、安全な場所です。
あなたは私を完全な者に感じさせ、理解されていると感じさせる愛を与えています。
あなたが長い間待ち望みながら夢見た結婚式に私が生涯守る約束をささげます。
私はあなたを恐れずに愛します。あなたの胸の中であふれる幸せを見つけるでしょう。
あなたと共に働き、手をとって夫と妻として神様に仕えます。
あなたの長点と弱点すべてを愛することは神が私に与えた特権です。共に成長し、変わり、あなたから学びます。
あなたを支え、私たちの家庭の幸せと福祉を一番重要に考えます。
私はいつもあなたの今の姿とあなたの未来の姿を尊敬し尊く思います。
私は絶えず愉快に愛し、楽しい笑い声が家庭に満ち溢れるようにすることを誓います。
わたしはあなたの無二の友、最高の友になっていつもあなたを励まします。
あなたの目標と才能を大切に思います。
私は霊感と利己的ではない愛を私たちの心の中心に置き、尊く思うことを誓います。
あなたは私を自由にさせます。私自身の歌を歌える自由を与えます。
私もまたあなたがあなたの歌を歌えるように助けることを誓います。
最後にあなたの心を私の心の中にいつも保ちます。
あなたが行くところには私も行き、あなたがとどまるところに私もまたとどまります。
あなたはわたしのものであり、わたしの真実な愛です。」
みなさんはこのような結婚の誓いのことばを聞いたことがありますか?
また、結婚式で2人はお互いの足を洗ってあげました。
本当に美しい結婚式でした。結婚式の前に新郎は友達みんなと神に真剣に祈っていました。
すべてに感動しました。
そこで思ったことは この内容をイエス様に対しての愛の告白にしても良いなと思いました。
夫婦ならば、もう一度自分たちに何が欠けているのかを見直したら良いと思います。
若い2人でしたが、結婚に対する考えは神様の教えに沿ったもので素晴らしかったです。
神の前での真剣さも見えました。涙を浮かべながら誓っていました。集まったみんなも感動していました。
相手に何かを要求するのではなく、相手に自分を捧げる姿でした。
相手を変えるのではなく、自分が変わっていくという誓いでした。
自分が変わらないと周りの人に感動を与えることは出来ません。
自分は変わらないで文句ばかり言いながら、周りの人を責めるならば、それは醜い姿です。
それでは人を得るどころか、人を失っていきます。私たちは人を得る者にならないといけないです。
そのためにも人に感動を与えることはとても大切です。
自分が今まで人に与えた感動はどのようなものですか。また、どういうことで感動をしたでしょうか。
あまり記憶にないならば、これから小さな感動を与える人になって下さい。
ドルカスは、感動を受けた人たちの彼女を惜しむ心を見た神様によって、もう一度いのちをもらって生き返りました。これはすごい祝福です。
たとえ生き返らなくても感動を受けた人々はいつまでも心の中で思い続けるでしょう。
私たちもそのような人になりましょう。
(⌒-⌒)
2015.5.3
聖日礼拝メッセージ
八戸ノ里キリスト教会
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シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤
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