テーマは 『 何を感謝するのか 』 です
【詩篇103章1-5節】
わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。
詩篇103編は、波乱万丈の人生を生きた ダビデ王が書いた箇所です。
103編は全部で22節ありますが、1節はこのように始まりました。
【詩篇103編1節】
わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。
そして22節は、次のことばで終わりました。
【詩篇103編22節】
主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。
これで分かるように、詩篇103編は「神の恵みに対する感謝の賛美」です。
ダビデは、どんな時にも 絶えず神に感謝の賛美をささげた人物でした。
感謝の賛美は、神がとても喜ぶいけにえなので、ささげるように言われています。
【ヘブル13章15節】
ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。
神の恵みを知っている人は誰でも、神に感謝の賛美をささげることが出来ます。
それも絶えずささげることが出来ます。
私たちは何を 神に感謝すべきでしょうか?
すでに受けた恵みに感謝すること
地上で神の恵みを受けていない人は、1人もいません。
すべての人は神が造った世界で、色々な恵みを 生まれながら受けています。
たとえ過酷な環境の中で生まれたとしても、神が最初からそのような環境にしたのではなく、良い環境だったところを人間が破壊して悪くしましたし、人間の罪と悪によって良いものを得られなくなったことが多いです。
信じる者は、“特別な恵み” を神から受けました。
本文にもあるように、
罪が赦されたこと、死から命に移され救われたこと、神の裁きの代わりにあわれと恵みと愛を受けたことに感謝しなければなりません。
そして、霊肉とも癒されたこと、サタンから解放されたことも、私たちが受けた恵みです。
このことを忘れず、絶えず神に感謝をささげることです。
感謝を忘れる時から罪が始まります。
イスラエル人が そのことを見せました。
長い間、エジプトで苦しんでいた民を 神はあわれんで、エジプトに厳しい災いを下して、イスラエル人を救い出しました。
そして追跡して来たパロとその軍勢に対しても裁きを下し、イスラエル人が無事に紅海の海を渡れるようにしました。
完全な救いでした。
その恵みを受けた直後に、モーセとイスラエル人は神に感謝の賛美をささげました。
【出エジプト記15章1-3節】
そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。
主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。
主はいくさびと。その御名は主。
このように主が喜ぶ感謝の賛美をささげました。
しかし3日後には別の姿がありました。それは “主の恵みをすっかり忘れた姿” でした。
3日間、荒野を歩きましたが、水がなく、マラに来ましたが、その水は苦くて飲めませんでした。
すると民は次のようになりました。
民はモーセにつぶやいて、『私たちは何を飲んだら良いのですか。』と言いました。
受けた恵みのことは すっかり忘れて、現実の問題を見て つぶやきました。
これが人間の弱さであり、罪深さです。
受けた恵みをすぐに忘れることが多く、すぐ つぶやくので、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」と言われてあります。
「受けた恵みなんか無い」という人は 大ウソつきであり、目が見えない人であり、良心が麻痺した人です。
今受けている恵みに感謝すること
現在受けている恵みに感謝するためには、満ち足りる心を伴う “敬虔” が必要です。
【第1テモテ6章6-10節】
しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。
私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。
衣食があれば、それで満足すべきです。
金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。
毎日、様々なニュースに接する度に 感謝することが多いです。
自然災害や事件、事故がない日はありません。
悲惨な目に遭った人が、特別に悪い人で 罪深いからでしょうか?
そんなことはないです。そういうことは誰にでも起こることです。
たまたま その人たちが そういう目に遭っただけで、自分たちも いつ どんな目に遭うかは誰も知らないです。
ですから、苦しみに遭っている人には 憐れみの心を持ち、いま自分が守られていることに対しては、感謝をささげないといけないです。
日々の食べ物があることが本当に感謝です。
家があることも感謝です。
トイレがあることも感謝です。
インドでは、トイレのある家が53%です。
他の貧しい国に行けば、もっとひどく トイレも水道も何もないです。
そこに生まれた人は、一杯の水でも感謝します。
それも また人々と分け合います。
快適な環境にいながら感謝しないと、本当に罰が当たりますね。
信仰の自由がある今、生きていることも感謝です。
この状況が いつ変わるか分かりません。
大きな患難がないこともすごく感謝です。
感謝できる恵みがいま存在しているのに、欲張りの心が働いて感謝出来ずにいるならば、その人は結局、悲しい末路を迎えることになります。
これから受ける恵みに感謝すること
これから受ける恵みに感謝するためには、神の約束を信じる信仰が必要です。
神の約束は保証された祝福であり、恵みです。
たとえ苦難の中にいる人でも、神の約束を知り、その約束を信じるならば 希望が出て来ます。
希望ある人は その保証された約束を信じて、苦難の中でも感謝することが出来ます。
苦難の中には、絶望だけがあるのではありません。
神は そこに “約束” という恵みを送って下さいます。
それを受け取る人は、恵みに感謝し、それによって勝利することが出来ます。
アブラハムの例を見ます。
【ヘブル11章17-19節】
信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。
神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、
彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。
アブラハムは約束を信じたので、イサクをささげるように 神から言われた時に、パニックになることもなく、神のことばに従順しました。
神は彼の信仰を祝福し、イサクの代わりになる一頭の雄羊を用意していました。
アブラハムは初めからそのことは知りませんでした。
祭壇の薪の上にイサクを載せ、刀を振り上げた時に 神が知らせて下さいました。
神が良いことをして下さったので、アブラハムはその場所をアドナイ・イルエ(主の山には備えがあるという意味)と名づけました。
約束に対する信仰、感謝を伴う従順があったので、神は特別な祝福を与えて下さいました。
神は特別な祝福を与えると約束して下さいました。
どのような人に与えるでしょうか?
【詩篇103編11-13節】
天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。
東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。
主を恐れる人に特別な祝福を与えます。
次の箇所にもあります。
【詩篇103編17-18節】
しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、
主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。
そして主は主を恐れる者に恵みと憐れみとの冠をかぶらせ、一生を良いもので満たされます。
過去に受けた恵み、いま受けている恵み、これから受ける恵みに感謝する私たちになれますように。
アーメン (*´∇`*)
2017.11.19
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