テーマは 『 十字架のイエスをののしった人たち 』 です
【マタイの福音書27章37-44節】
また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。
そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。
道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、
言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」
同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。
「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。
彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」
イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。
【ルカの福音書23章35節】
民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」
いつも主がおられる所にはたくさんの人々が集まっていました。
教えを聞くために、癒してもらうために、奇跡を見たいために、そして訴える口実を見つけるために群衆が集まっていました。
しかし、その時は誰一人イエス様に向かってののしった人はいませんでした。
「おまえ」と呼んだ人もいませんでした。
「主よ、ダビデの子よ。先生」などと呼んでいました。
その人たちが一夜にしてイエス様をののしる人々に変わってしまいました。
イエス様は肉体の苦痛の中でも彼らが吐き出す ののしりのことばを聞いていました。
それが最も辛かったと思います。
自分に対して完全に背を向けた人たち、そして十字架の意味を知らない人たち、主の苦しみに共感出来ず、さらに侮辱する人たち、恵みを忘れた恩知らずの人たち。
それを眺める主の心はどうだったでしょうか。
彼らを見て主は言われました。
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
主の口からは祈りのことばが出ました。
「自分で何をしているかわからない人たち」が哀れでした。
彼らが嘲り、ののしるつもりで言った次の言葉に主の正体が現れていました。
「ユダヤ人の王イエス」、「神殿を壊して三日で建てる人」、「神の子」、「他人を救った人」、「イスラエルの王」、「彼は神に拠り頼っている」、「神のお気に入り」、「私は神の子だ」、「神の子キリスト」、「選ばれた者」
そのままイエス様を信じればみんな救われるのに、信じず自分たちの救い主をののしっていました。
ですから主は「自分で何をしているか分からない」と言われました。
その通りに無知で愚かで悟りのない者たちでした。
後になった1人だけがまともになり、恵みを受けた人がいました。
主の右側にいた犯罪人です。
あいかわらず主をののしっている犯罪人に対して、次のように言いました。
【ルカの福音書23章40-43】
ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」
そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」
イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
ののしった時とはまったく違うことばを語りました。
「イエス様」と丁寧なことばで言いました。
主はすぐに彼に言われました。
「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
1人の魂が立ち返ったことで、主はすごく喜んだと思います。
悲しみいっぱいの主の心を神が慰めて下さったと思います。
ここで私たちは 真理を知っていながらも、信じることもなく、主をののしった人たちがなぜそのような愚かなことをしたのかを考える必要があります。
私たちもそのようになる危険性がいっぱいあります。
主はそうならないように すでに教えて下さっていましたが、それを心に留めなかったために失敗しました。
どのような注意点を主が与えたでしょうか?
惑わされないように
【マルコの福音書13章5-6】
そこで、イエスは彼らに話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそそれだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。
「宗教家に惑わされないようにしなさい」 と言われました。
イエス様のことを悪く言って人々を惑わした者たちはみんな宗教家でした。
その者たちが無知な群衆を惑わしました。
自分たちが人を惑わしたのに、反対にイエス様のことを「人を惑わす男だ」とピラトに言いました。
終わりの時も宗教家が人々を惑わして主を裏切るようにします。
祭司長たちは自分たちの利益のために人々を惑わしイエス様を十字架につけました。
心配したり、恐れたりしてはならない
【マルコの福音書13章11節】
彼らに捕らえられ、引き渡されたとき、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です。
人々は権力を恐れます。
自分のいのちのことも心配します。
それで迫害があると信仰を捨てる人が多いです。
人々は権力を振るう人の前ではおとなしくなり、言われた通りにします。
権力に服従したり妥協する教会や信徒も迫害の時に多くなります。
忍耐しなさい
【マルコの福音書13章13節】
また、わたしの名のために、あなたがたはみなの者に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。
信仰の試練に耐えられないと、主を裏切るようになります。
どんなに善を行っても、隣人を愛しても、真理を行う人は 闇の中で生活する人に憎まれます。
彼らは良いことや愛することに対して攻撃するのではなく、真理に従って生きるので攻撃します。
闇と光は一致することが不可能です。
ですから闇が光を憎みます。
誰かの支持を受ける時もあれば、誰かの憎しみを受けることもあります。
そこで耐えられない人は信仰生活が難しくなります。
終わりの時に、自分の信仰を守りながら、主を愛していくためには、主のことばを心に留め、そのみことばをよく黙想し、神の約束を信じ、日々神様と交わりをすることです。
それを通して霊的力を蓄えることです。
そして神の守りと導きも信じることです。
信仰を守り通すために、日々何をしたら良いかを考えながら忠実に生きましょう。
アーメン (。・ω・)ノ゙
2020.4.5
聖日礼拝メッセージ
八戸ノ里キリスト教会
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