テーマは『善悪の知識の木から取って食べた理由』です

【創世記2章16-17節】、【創世記3章1-6節】

なぜ食べたのか、その理由をみことばを通して知りたいと思います。
エデンの園にある実の中で、この木だけは食べてはいけないことを人間に命令を与えました。
人間が自分の意思で神様に従順するか、しないかを試すためでした。理由はこれでした。

神様が主権者なので、それに従うのが秩序であります。
ですが、それに従うかは(神様は)人間に意思を与えています。
蛇の中にサタンが入って誘惑をしに人間に近づいてきました。

それまでは中央にある木を気にしていませんでしたが、サタンが違う思いを入れました。
それは神様と全く違う言葉でした。

しかしサタンの攻撃が来る以前に、神様は人間に注意しなさいと言葉を伝えていました。
なので人間はそれを守れば良いだけであります。しかし人間の言葉も曖昧になっていました。

「死ぬといけないから」と言いましたが、神様は「必ず死ぬ。」と語ってありました。
この言葉の意味には天と地の差があります。

神様は中途半端な言葉は語らないです。

蛇の言葉を聞いてから、その実がすごく美味しそうに見えるようになりました。食べたい欲が出てきました。
私たちは何かをする時には欲が出てきます。

罪というものは、見た目(包装紙)が美しい物であります。私達を誘惑するものですので、
誘惑されやすい「良いもの」に見えてきます。 

【箴言5章3-4章】

すごく見た時は甘いものなので誘惑されていきますが、一緒になってしまった後で大変なことになります。
見てはいけないものをずっと見ていると、だんだん自分の欲が出て来て、肉の欲、目の欲が出て、
自分では抑えられなくなります。

【ヤコブ1章14-15節】

誘惑されると必ず私たちは行動に移します。全てのものがそうです。
しかし誘惑された瞬間、なぜ人間はそれを止めることができなかったのでしょうか。
神様の言葉があるにも関わらず、なぜ手を伸ばしてそれを食べたのか――。

私たちは神様の言葉があるにも関わらず我々は罪を犯します。
それは私たちと言葉の関係に問題があります。
人が誘惑されるまでは、その言葉が生きてあります。
ですが、サタンにそそのかされてサタンが流した嘘が支配し、思いが支配されるとサタンが働きます。
サタンが働いた時から、みことばがおかしくなります。
みことばに対する自分の態度が(反応が)変わってきます。

アダムとエバの中には、神様の言葉を軽く考える思いが出てきました。
心が汚れたことによって神様の言葉が力を失っていきました。
神の言葉を軽く考えた時から罪が生まれます。罪は神様の言葉から離れたことが罪であります。

【Ⅰサムエル2章30節】

エリ祭司も神の言葉を軽く考えました。
神様が勝手に変わるのではなく、私たちが神様を変えなければならないようにしています。
私たちが罪を犯すなら、神様は約束を果たす義務がありません。

【マラキ書3章14-18節】

主の言葉は「必ず死ぬ」という厳しい言葉です。
サタンは「死ぬどころか、神のようになる」という言葉でした。
アダムとエバは神様の事を軽く考えていたので神様の言葉を疑いました。

罪を犯す者は、判断力、分別力、良心までもがマヒされます。
嘘を信じると、真実を嘘のように思います。

聖徒とは、聖書で神様が語っている約束を信じる者であります。
聖徒とは、聞いて信じて受け入れる人で神様の言葉によって生きる人です。

神様は嘘をつかないです。サタンは初めから嘘です。偽りの父です。

もともとサタンは自分が神になろうとしていましたが、失敗しました。
天使として造られた時は霊的な存在でしたので、人間の力は及びません。
そして神様を直接見た者であります。神の世界のことを全部知っています。
サタンが神になれなかったのに、人間が(神に)なれるわけがないです。
ここに人間の愚かさがあります。
誘惑されると善悪がわからなくなるので、悪いものが良いものに見え、良いものが悪く見える。
真理が嘘のように思え、そして 嘘が真理のように思えます。

欲を持っている人が一番騙されやすいです。無欲であるならば、
どんなに誘惑がきても私には関係がないと思えます。

詐欺師は欲を持っている人達を探します。

もし誘惑されたなら、自分は欲張りだということです。そこには既にサタンが住んでいます。
人々が福音を聞いても信じない理由は、サタンが心に住んでいるからです。
サタンが福音を受け入れることはないです。

エデンの園の「これは食べてはいけない」と言った場所は神様の領域でした。
しかし、そこに人間が足を踏み入れました。人間は許された領域の中でいなければならないです。
神様の領域に入ってタダで出てくることはないです。そこは禁じた場所だからです。
神様は人間をエデンの園から追い出しました。

今も私たちが神様の言葉を無視し、約束を疑って従わないでアダムとエバと同じように領域を侵害するならば
天国から追い出されることになります。

教会に来る人でも2種類の人がいます。
神様の言葉を恐れる人。人間は、人間として自分の領域を守りながら生きる人。
神様の領域を勝手に汚い足で踏みつけて「何が悪い」と、生きる人。

神様は正しい者と悪者をはっきりと区別するんだと語りました。
その部分で私たちは今も善悪の知識の木、私たちを誘惑して倒そうとしている その木、
それがたくさんあるということです。

パウロと共に働いたテマスは、善悪の知識の木の実を食べた者であります。
一緒に働いた者ですが、その道はとても苦しい道でありました。
他の人達は一緒に闘って最後の勝利を得ましたが、テマスは違っていました。
パウロを通して神の言葉を聞いていましたが、世を愛していました。

私たちが神様の言葉を聞いていても、それを軽く考えて疑って、神様の領域に勝手に入ってくる。
その理由は何でしょうか――?
自分の中にすごく欲があるからです。神様は「持ってはいけないものなんだ。それを何故捨てないのか。」と。
悪魔がもたらしたものなのに、それが自分にとって悪いものかもしれない。
それは自分にとって手放したくないものかもしれません。
すごく甘く見えて、すごく素晴らしく見えます。

神様は、サタンが出したものは見える部分だけではダメなんだと語ります。
その後ろには何を隠してあるのか。後ろに隠しているものが必ずあります。
それは私たちを殺す剣であったり、美味しそうに見えても口に入れた瞬間、毒が出てきて――。
それで良いのでしょうか?

神様の言葉は今の私たちにとって命の木の実であります。これをたくさん食べる人は命が豊かであります。

これは神様が私たちに教えたいことであります。
人間はとても愚かな者です。愚かな者であるからサタンが来て騙されてしまいます。

ですから私たちが誘惑されるものをよく見てください。
「あれを食べたら私はどうなるんだろう?」「食べて腹の中でも甘いだろうか?」
「あれを私が食べてしまうと、それが私にすごく益になるだろうか?」
見た目だけで判断するのではなく、中身、結果まで考えることです。
そして自分が取って食べるなら、それは食べた人の責任であります。

神様は「これは食べてはいけないよ」と聖書の中で親切に教えてくださっています。

私たちは彼ら(アダムとエバ)の姿を見て、同じことを真似してやっているのか?と彼らを鏡にして
絶対に誘惑されないぞという思いがあれば、神様は「エデンの園にそのまま住みなさい。」と
天国まで導いてくださいます。

2012.9.2
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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思いの中にある時は私たちは止めることが出来ますが、
心にその思いが入ってきて願うと自然と身体が動いていきます。