テーマは『わたしの証人となります』 です
【使徒の働き1章8-9節】
ほとんどの人は「聖霊があなたがた~力を受けます。」に関心があり日々そのことを祈りますが、
「わたしの証人となります。」には関心がいかないです。「私には無関係です。」と言います。
それは、証人とはどういうものなのかを知らないので言う言葉であります。
証人は自分の努力や力ではできないです。
証人とは、先生でもなく誰かを教えるのでもなく、自分が努力してなるわけでもないです。
証人とは、自分が体験したことをそのまま語ることです。
自分がイエス様に出会って体験したことを語ることであります。
私たちは本を通しても知識を得ることができます。
しかし本を通して得た知識を語る人と、自分が実際に経験して得たことを語る人とでは次元が違います。
証人はイエス様を直接体験した人であります。
【使徒の働き4章20節】
十二弟子に対して、祭司たちが「語るな」と止めましたが、それに対して十二弟子が語った言葉です。
「弟子たちはイエス様の近くで直接奇跡を見たので、彼らは証人になっても
2000年以上も前のことを、私は直接イエス様に出会ったこともないし聞いたこともないから、
私は証人にはなれません。」 こういう話ではないです。
イエス様は聖霊を送ってくださいました。「聖霊様が下ると、自然とあなたがたは証人になります。」
なぜなら、聖霊様は今も生きて 私たちの内側で働いてイエス様を体験できるようにしてくださいます。
みことばを体験できるようになります。今も昔も変わりがないです。
私たちもイエス様を体験したでしょう? 目でイエス様の姿を見たから信じた人は誰もいないです。
みことばを聞いて、(ある時には)感動が出てきます。みことばを聞いて、悔い改めの心が出てきます。
自分が救われた時、急に涙が出た人達がいます。
それは悲しくて泣く涙ではなく、自分でも何で泣くのかわからないです。
それは聖霊様が触れてくださっているからです。
私たちはその方(聖霊様)のことを知らないのですが、
聖霊様によらなければ、私たちは神様を体験することはできないです。
(聖書の)文字を読んで「信じる」と言った人と、自分で(神様を)体験した人では違うのです。
その時から聖霊様の力が働きますので、みことばを読んだ時に昔話には聞こえないです。
今の言葉として自分の心に落ちてきます。
私はイエス様を信じてもそんな経験が無いんだという人は自分の救いを疑わなければならないです。
「本当に私は生まれ変わったのか?」と。
伝道するから証人ということではないです。知識だけで語るなら(相手は)何も感じることができないです。
私たちはキリストの証人であって、自分の証人ではないです。
誰かに話をする時は、自分の話ではなく、キリストの話をするのが証人であります。
イエス様が重要であり、自分達は重要ではないです。
私たちは死ぬ時まで、キリストの証人にならなければいけないです。
そして証人が証言を変えてはいけないです。正しく語り続けなければならないです。
時には命をかけなければならないです。
今は全世界でクリスチャンがものすごく迫害をされています。
昔は日本でクリスチャンが迫害されてキリストのことを語る者がいれば殺されていました。
それが今は世界中で起こっています。
特にアフリカと中東ではひどいです。イスラム教がどんどん勢力を広げています。
そして政権をイスラム教が握っています。
しかし、それは(今の)クリスチャンのせいでもあります。クリスチャン達が証人にならなかったからです。
信仰があまりにも弱いです。
イスラム教が増えたのは、彼らはとても大胆で、ある意味では証人であるからです。
命をかけて働きをします。そのようにサタンがどんどん奪い取っていきます。
日本でも他の宗教は勢力を増してきています。その人達は団結して働いています。
クリスチャンは「自分は忙しい」と、自分とは関係のないことだと思っています。
中国でも地下教会で行うのは命がけです。中国では「復活」や「王の王、主の主」とも語ってはいけないです。
そして捕まると裁かれます。証人(殉教者)の思いがないとできないです。
「キリストに出会って私はこういう風に変わりました」と、自分が変わったことを人々に堂々と語る言葉は
命をかけないとできないです。
自分が非難され、脅迫が来て、そんなことをしたら殺してやると言われても(はっきりNo!と、)
クリスチャンとしての方法を言える。こういう人達のように私たちもならなければならないです。
ネヘミヤは苦労しならが長い間働きをする者であります。彼からとても学ぶことが多いです。
命をかけているのでビクともしないです。
私たちの信仰が成長していくためには、聖書に出てくる立派に働きをした人たちが目標にならなければ
ならないです。
私たちは今、何に命をかけているでしょうか?
イエス様より大事に思っているものを、イエス様の隣に置いてみてください。
それほどの価値が(それには)あるでしょうか?
自分の計画がイエス様と交換できるほどのものでしょうか。
お金だとしたら、お金が天国へ連れて行ってくれるのでしょうか。
証人の人生は、聖霊様に導かれる人生であります。聖霊様に導かれないと証人にはなれないです。
(自分の計画ではなく)いつでも聖霊様に全ての主権を求めて、
そして聖霊様の導きがあるならばどこに行っても証人としての働きをします。
聖霊様に導かれる事は、一番素晴らしいことであります。(仕方なくやるのではないです)
聖霊様が(自分の)先を行って道を開いてくださる、これほど素晴らしいことはないです。
証人は神様がやりなさいと言う時に、「出来ません」と言うことはないです。
神様の力を受けて従って行動をします。
今、やっていることが神様が喜んでくださるのかを計算しなければならないです。
常に悔い改めが必要です。
真理の中に留まるために、(悔い改めることによって)ズレている部分を元に戻します。
キリストの証人になるには、キリストを直接体験し、聖霊様を体験し、言葉ではっきりと人々に詳しく伝えます。
偉そうな言葉ではなく、親切な言葉で相手に尊敬をもって丁寧に語る時に相手は心を開いてくれます。
また、あまりにも真面目だと相手は引いてしまうので、神様に知恵を求めます。
「生真面目に」とは聖書には書いていないですね。
<今週の目標>
【キリストの証人として働いてください。知り合いなど誰でも、メールでも良いので伝えてください。】
2012.8.19
聖日礼拝メッセージ
八戸ノ里キリスト教会
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