からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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2022年03月

【水曜礼拝】祝福と呪いに対する神様の約束

テーマは 『 祝福と呪いに対する神様の約束 』 です

【第2歴代誌7章11-22節】

こうしてソロモンは、主の宮と、王宮とを建て終え、主の宮と自分の宮殿に対して実施しようとソロモンが思っていたすべてのことをみごとに実現した。

すると、主が夜ソロモンに現れ、彼に仰せられた。『わたしはあなたの祈りを聞いた。また、わたしのために、この所をいけにえをささげる宮として選んだ。

もし、わたしが天を閉ざしたため雨が降らなくなった場合、また、いなごに命じてこの地を食い尽くさせた場合、また、もし、わたしの民に対して疫病を送った場合、

わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。

今や、わたしはこの所でささげられる祈りに目を留め、耳を傾けよう。

今、わたしは、とこしえまでもそこにわたしの名を置くためにこの宮を選んで聖別した。わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。

あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定めとを守るなら、

わたしが、あなたの父ダビデに、『あなたには、イスラエルを支配する者となる人が絶えることはない』と言って契約を結んだとおり、あなたの王座を確立しよう。

しかし、もし、あなたがたがそむいて、あなたがたに授けたわたしのおきてとわたしの命令とを捨て去り、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、

わたしが彼らに与えた地から、彼らを根こぎにし、わたしがわたしの名のために聖別したこの宮をわたしの前から投げ捨て、これをすべての国々の民の間で、物笑いとし、なぶりものとする。

かつては並びもなく高かったこの宮も、そのときには、そのそばを通り過ぎる者がみな、驚いて、『どういうわけで、主はこの地とこの宮とに、このような仕打ちをされたのだろう』と言うであろう。

すると人々は、『あの人たちは、エジプトの地から連れ出した彼らの父祖の神、主を捨てて、ほかの神々にたより、これを拝み、これに仕えた。そのために、主はこのすべてのわざわいをこの人たちに下されたのだ』と言うようになる。


祝福と呪いに対する神様の約束に対して語ります。


旧約聖書の申命記28章には、祝福と呪いの言葉がたくさん書かれてあります。


『主の命令に聞き従うならば、これらの祝福があります』という言葉から始まっています。

その後に『聞き従わないなら、こういう呪いが来るんだ』という内容がたくさん書かれてあります。


この申命記28章が一番有名な箇所であります。



その他にも神様はいつも『呪い』と『祝福』を同時に語っていますね。

『あなたたちがこうするならば、わたしはこうするんだ』と。


ある意味で神様の私たちに対する契約(約束)でもあるのです。

主は語った通りのことを必ずなさいます。




神様は『わたしの命令に従わないならば、わたしの民であっても、わたしが以前に祝福の約束をしても、必ずわたしはあなたを呪うのだ』ということも語りました。


クリスチャン達が勘違いしてはならないことがあります。

『神様から救われた私達は絶対に捨てられることがないんだ』ということです。


私たちが主の御心に従って神様の子どもらしく生きるならば、絶対に捨てられることはないと思います。



しかし私たちが口先だけで神様を信じてあらゆる悪を行い、神様に逆らって生きるならば、話はまた別です。

神様はそういう人を神の子どもとは認めないです。


口先で『主よ、主よ。主の名によってこれもあれもしたではないですか?』


でもイエス様はそのような人にハッキリと言いました。

『不義をなす者たち。わたしはあなた達を全然知らない。』


イエス様は『わたしは、わたしの羊を知っている。わたしの羊はわたしの声に従ってきます。』と語りました。




ですから、口先で『信じます。私は救われました。』と、自分だけが勘違いをして、後は以前と何も変わらない生活をそのまま続けています。

神様が見たらとんでもない事ですね。


自分で勝手に『救われた』、『神様の子どもだ』と言うのですが、神様は『わたしはあなたを子どもと認めたことがない』と語ります。

『神様、どうしてですか?私は神様を信じて教会にも通ったし、奉仕もしました…』と。



でも神様は『わたしと心が一つではない。わたしの言葉を全部無視して自分が好きなように生きておいて、何でそんなこと言うんだ』となるんですね。








ですから神様は、私たちに前もって祝福と呪いに対して全て語りました。


祝福された後でも私たちが神様に反抗して罪を犯して偶像崇拝をしてやりたい放題悪いことするならば、神様は全てのものを呪いに変えます。

祝福が呪いに変わったり、呪いが祝福に変わったりするのです。


呪われた者であっても、その者が主に立ち返って神様を必死に求めるならば回復を与えます。


ソロモンが神の宮を完成させましたが、その夜、神様がソロモンに現れ、

『わたしはあなたの祈りを聞いた。』という言葉が出てきます。


ソロモンのどのような祈りを聞いたのでしょうか?



【第1列王記9章1-3節】

ソロモンが、主の宮と王宮、およびソロモンが造りたいと望んでいたすべてのものを完成したとき、

主は、かつてギブオンで彼に現れたときのように、ソロモンに再び現れた。

主は彼に仰せられた。『あなたがわたしの前で願った祈りと願いをわたしは聞いた。わたしは、あなたがわたしの名をとこしえまでもここに置くために建てたこの宮を聖別した。わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。


【第1列王記8章27-39節】

それにしても、神ははたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。

けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが、きょう、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。

そして、この宮、すなわち、あなたが『わたしの名をそこに置く』と仰せられたこの所に、夜も昼も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください。

あなたのしもべとあなたの民イスラエルが、この所に向かってささげる願いを聞いてください。あなたご自身が、あなたのお住まいになる所、天にいまして、これを聞いてください。聞いて、お赦しください。

ある人が隣人に罪を犯し、のろいの誓いを立てさせられることになって、この宮の中にあるあなたの祭壇の前に来て誓うとき、

あなたご自身が天でこれを聞き、あなたのしもべたちにさばきを行って、悪者にはその生き方への報いとして、その頭上に悪を下し、正しい者にはその正しさにしたがって義を報いてください。

また、あなたの民イスラエルが、あなたに罪を犯したために敵に打ち負かされたとき、彼らがあなたのもとに立ち返り、御名をほめたたえ、この宮で、あなたに祈り願ったなら、

あなたご自身が天でこれを聞き、あなたの民イスラエルの罪を赦し、あなたが彼らの先祖たちにお与えになった地に、彼らを帰らせてください。

彼らがあなたに罪を犯したため、天が閉ざされて雨が降らない場合、彼らがこの所に向かって祈り、御名をほめたたえ、あなたの懲らしめによって彼らがその罪から立ち返るなら、

あなたご自身が天でこれを聞き、あなたのしもべたち、あなたの民イスラエルの罪を赦し、彼らの歩むべき良い道を彼らに教え、あなたの民に相続地としてお与えになったあなたの地に雨を降らせてください。

もし、この地に、ききんが起こり、疫病や立ち枯れや、黒穂病、いなごや油虫が発生した場合、また、敵がこの地の町々を攻め囲んだ場合、どんなわざわい、どんな病気の場合にも、

だれでも、あなたの民イスラエルがおのおの自分の心の悩みを知り、この宮に向かって両手を差し伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、

あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください。ひとりひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心を知っておられます。あなただけがすべての人の子の心を知っておられるからです。


ソロモンは宮を完成した後に、神様の前で必死にお祈りしていました。

ただ宮を捧げて終わったのではないです。


人々が神様を礼拝する為に宮に集まって来ます。



でもソロモンは、人々の心がいつも悪に傾く事を知っていました。

神様の前で罪を犯すことを知っていました。


もし人々が罪を犯した時には神様は黙っていないです。

立ち返らせるために色んな病気、飢饉、わざわいを神様は与えます。



しかし、その中で『民があなたのもとに立ち返って悔い改め、自分たちの罪を告白して立ち返るならば赦してください』と、ソロモンの長い祈りを神様が全部聞いてくださいました。


それで、神様が第2歴代誌7章に出てくるように『わたしはあなたの祈りを聞いた』と神様が語りました。


そしてあなた達が本当にへりくだって立ち返り、わたしの名を呼び求めるならば、わたしはその罪を赦し、彼らの血を癒そうと語りました。


ソロモンが祈った内容を見ると人間が犯すあらゆる罪があります。

そして実際、人間社会の中で起こる様々な問題があります。








今、私たちはそれら全ての問題を見ています。


敵の国が攻めてきて、ひどい目に遭う戦争が起きました。飢饉がありました。そして疫病が起こりました。

色々なことが起こると人々はその中でパニックになります。


そこで多くの人たちは『神様、何で助けてくださらないんですか?何で守ってくださらないんですか?』という言葉が出てきます。

その中で多くの人々は助けを求める祈りをします。


『神様、助けて下さい。私たちの命を守って下さい。神様、敵を追い出して下さい』と色々祈ります。




神様は、私達がただ『助けてください』と求めるから助けるのではないです。


神様の助けの方法はいつも決まっています。

あなたたちがこうするならば助けるんだ。という方法があります。


ただ困っているから神様に助けを求める、それでわたしが動くのではないと神様が語りました。



神様は敵の悪さを知っています。でも神の子どもたちの悪さも知っているのです。


『あなたには罪がないのか?』なのです。

あなた自身の事を、まずわたしに悔い改めて立ち返らない限り、これらのことが消え去らないんだ。


その災いがなぜ来たのか?ということです。

“自分は何も悪いことはしていなくて、敵だけが悪い”、そうではないです。




神様は、特に神様を信じる者に対しては厳しいですね。

裁きは神の教会から始まると語りました。


神様は、神の子どもたちが罪を犯すと、悪者を必ず用います。

悪者を用いて迫害させたり問題を起こして私たちが目覚めるようにするのです。


何故このことが起きたんだ?と原因を探るのではなく、『罪を悔い改めなさい』です。



ヨナが神様の言葉に不従順して逃げました。

そのヨナのせいで嵐が起きました。


一緒に船に乗っている人達も罪がない人ではないです。

彼らは神様を信じない者たちです。


ですから本来ならば、彼らの方が滅ぼされるところです。


でも神様は彼らのために嵐を起こしたのではなくて、神の言葉に不従順して逃げて行ったヨナを立ち返らせるために嵐を起こしました。


ですからヨナのせいで他の人たちも酷い目に遭ったのです。








神の目はいつも誰に向いているでしょうか?それは、神様の御心を知っている者たちです。

神の言葉を聞きながらも神様に背いて罪を犯して平気な顔をして生きている姿を見て、神様は黙ってはおられないです。


神様の関心は『わたしの名を呼び求めているわたしの民』 という言葉を使っています。

たとえご自分の民であっても不従順なら呪うと語りました。


イスラエルの民は選民でした。


小さな国を神様が選んで神様の民にしました。

でも、このイスラエルはその後滅ぼされました。



エルサレムが滅亡したのは不従順に対する神様からの呪いでした。

それを見て人々はびっくりします。


『彼らは神様の選民ではないのか?神様があらゆる奇跡を行ってエジプトから救い出したあの民は、カナンの地で神様の導きを受けて生活していたけど、今度は敵に全て捕らえられて捕虜になってしまった。宮も滅ぼされて酷い目に遭っているんだ。』

神様は恥をかく事を覚悟で神の言葉通りのことを行います。



何故エルサレムが滅亡したのか?神様はご自分の民がエジプトで奴隷生活をした時と同じようにバビロンに捕虜として連れて行かせ70年間苦労をさせました。

なぜそうなってしまったのかは次の箇所にあります。



【第2歴代誌36章11-21節】

ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。

彼はその神、主の目の前に悪を行い、主のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。

彼はまた、ネブカデネザルが、彼に、神にかけて誓わせたにもかかわらず、この王に反逆した。このように、彼はうなじのこわい者となり、心を閉ざして、イスラエルの神、主に立ち返らなかった。

そのうえ、祭司長全員と民も、異邦の民の、忌みきらうべきすべてのならわしをまねて、不信に不信を重ね、主がエルサレムで聖別された主の宮を汚した。

彼らの父祖の神、主は、彼らのもとに、使者たちを遣わし、早くからしきりに使いを遣わされた。それは、ご自分の民と、ご自分の御住まいをあわれまれたからである。

ところが、彼らは神の使者たちを笑いものにし、そのみことばを侮り、その預言者たちをばかにしたので、ついに、主の激しい憤りが、その民に対して積み重ねられ、もはや、いやされることがないまでになった。

そこで、主は、彼らのもとにカルデヤ人の王を攻め上らせた。彼は、剣で、彼らのうちの若い男たちを、その聖所の家の中で殺した。若い男も若い女も、年寄りも老衰の者も容赦しなかった。主は、すべての者を彼の手に渡された。

彼は、神の宮のすべての大小の器具、主の宮の財宝と、王とそのつかさたちの財宝、これらすべてをバビロンへ持ち去った。

彼らは神の宮を焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。その高殿を全部火で燃やし、その中の宝としていた器具を一つ残らず破壊した。

彼は、剣をのがれた残りの者たちをバビロンへ捕らえ移した。こうして、彼らは、ペルシヤ王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。

これは、エレミヤにより告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。この荒れ果てた時代を通じて、この地は七十年が満ちるまで安息を得た。


ソロモンが一生懸命祈りました。

それに対して神様は答えました。


『もし呪いが来た時にあなた達がへりくだり立ち返ってわたしの顔を求めるならば癒す』という言葉を語りました。


でも彼らは祈らないですね。

神様が忌み嫌うことをずっとやりながら、そして神様の言葉を全部無視しました。


預言者を通して語った言葉も全部無視しました。


虚しい預言、偽預言者が語る言葉は、『そんなことは起こりません。平和が来ます。平和になりますから、そんなエレミヤが語ることは聞かなくて良いです。』みたいなことを言いました。

そして反対に多くの者がエレミヤを迫害しました。


ですからエレミヤは涙の預言者だったのです。

滅びが目の前に迫っているのに、民が言うことを聞かないです。


ですから、ある時は神様の子ども達の方が心がすごく悪いです。




ニネベの町は違法の国でしたが、ヨナが『40日後には滅びるんだ』と伝えましたが、その言葉で彼らは全員断食しながら神様の前にお祈りをしたので、神様が思い直しました。


でもイスラエルの民たち、神の民たちは預言者の言葉を無視し迫害しました。

時には命まで狙いました。


王であるゼデキヤは言うことを全く聞かなかったです。

預言者の言うことも聞かず、強い敵の王が言うことにも聞かず守らないです。


それは自分の身、自分の国に滅びを招いたことになります。








これは、私たち個人にも自分の国にも世界にも、全部当てはめることができるんです。


今戦争があるところも同じです。


誰かのせいにして神様にただ『助けてください。滅ぼしてください』とか、そういう祈りをする前に、神様が私たちにどんな祈りをして欲しいのかを考えないといけないです。


悔い改めることなんです。みんなが悔い改めることです。



自分たちが招いた部分も色々あります。

敵も悪いし、自分たちも悪い。


神様は『わたしの前に来て、へりくだりなさい』と語ります。


なぜならば問題を解決してくださるのは神様だからです。



人間が解決できることではないです。

人間の手で平和をつくることではないですね。


最初は平和のように見えます。

しかし、その中でもそれぞれが持っている苦い根がいっぱいあります。


苦い根をいつまでも持ち続けて互いに悔い改めないですね。

互いに責め合うことはしていきます。


その姿を見て、神様が平和をくださることはないです。




神様は『みんなが罪人であるんだ。悔い改めなさい。わたしの前で本当に悪かったです、私たちも神様の言うこと聞かないで自分勝手に歩みました。罪を犯しました。神様の御言葉に反することをしました。』


イスラエルの民たちが悔い改めたことはなく、神様につぶやきました。

『私たちは選民でしょう?神様、どう見てもあちらの方がもっと悪いんです。それなのに何で私たちがこんなに酷い目に遭うんですか?』


神様は相手が悪いことも知っています。



『でも、あなたはわたしの言葉を知ってる者であり、約束も知ってる者である。わたしがこうしなさいと語ったのに全部無視したのではないか。』


ですから神様は、『あなたの罪によってあなたがこんな目に遭うんだ。だからわたしに解決してほしいと願うならば、あなたが先にわたしの前に来てへりくだりなさい。悔い改めなさい。わたしに助けを求めなさい。癒しを求めなさい。』と言います。


神様が敵に向かって『悔い改めなさい』と言っても、敵が悔い改めるはずがないです。

敵は人間の力で戦います。




でも神様は神の子どもたちを見て、『あなたが先に悔い改めなさい。あなたが悔い改めるならば、わたしは立ち上がり、わたしがその時からあなた達の味方になって、あなた達を助ける。しかし、あなたが悔い改めないならば、わたしはあなたを助けることができない。』と、神様の心もすごく苦しいです。


神様がそれをした理由は、ご自分の民が立ち返って欲しいからなんですね。

神様の御心に適う者になってほしいです。


神様は赦したいです。回復させたいです。


しかし、彼らがそれを全て無視して相変わらず神様につぶやきます。

ずっとそれが続くならば神様は『まだ悟っていないのか。悔い改める気がないのか。祈らないのか』となるのです。




神様につぶやくことは『祈り』ではないです。


祈るということは、神様の御顔を求めることです。

御心を求めることです。悔い改めることです。


だから、『こんなに助けてくださいと祈ったのに』と言っても、神様は私たちの口の言葉を聞くのではなくて、祈りの“中心”を見ます。


どんな心で祈るのか?その祈りが真実な祈りであるならば、神様は私たちの祈りや願いを聞いてくださいます。


そして問題を神様が解決してくださいます。








神様はソロモンに対して『あなたの父ダビデが歩んだように』と語りました。


ダビデも完璧な人間ではなく、失敗や弱さもありました。

しかしダビデは神様に本当に忠実な者でした。


神の言葉を本当に恐れていた者ですね。そして努力しました。


罪を犯して、そのことを示された時には徹底的に彼は涙を流しながら断食して神様に祈りました。


『主よ。私が悪かったです。本当に私は神の前で罪深い者です。』

そのように徹底的に悔い改めてから神と共に歩みました。


その姿を神様が見て、どんな王に対しても必ずダビデと比べました。




私たちは『祈っても祈っても答えられない』と、よく言いますが、神様から見たらゴミのような祈りが多いです。


悔い改める気がなく、立ち返る気がないのです。

謙遜になる気がなく、ただ助けを求めるだけなのです。


そして神様や誰かのせいにします。



私たちが立ち返った時に、私たちの心がへりくだった時に、神の国がその心に臨みます。

その者と共に神様が歩みます。


私たちが神様から離れて自分勝手に歩む時には呪いが消えることはないです。


でも『私は呪われているみたい。何で問題がたくさん起こるのだろう。何でわざわいが来たのだろう?』と感じるなら、その時はあれこれ言う必要がないです。


『神様。きっと私の中に神様が喜ばない罪があると思います。それを示してください。へりくだりますように。』

へりくだるならば見えてくると思います。




高慢になった時は『私が、私が、私が…』『私が何を悪いことしたんですか?』この言い方はすごく高慢です。


自分ではどんな悪いことしたかを思い出せなくても、『神様。神様は正しい方です。公平に公正に扱う方です。ですからきっと私の中で問題があると思います。それが分からないんです。教えてください。私が徹底的に主の前で悔い改めることができるように、へりくだることができるように示してください。』


それを願う事なんですね。

そうしたら神様は喜んで教えると思います。


神様はその人が立ち返るならば、全ての呪いを祝福に変えてくださいます。


しかし私たちが祝福を受けている中でも、自分勝手に歩み、このままだと滅びると思った時に、神様はその祝福を呪いに変えます。


イスラエルの民たちを見て、私は学ぶことができます。




これから自分たちの所に災いが来るかも知れないです。

飢饉や戦争が起こるかもしれないです。


そこで『私たちのところでそんなことは起こりません』と誰が確信を持って言えるでしょうか?

突然色んなことが起こるんです。


日本もいつどこで何が飛んでくるか分からないです。

いつ戦争が起こるかも分からないです。大きな地震が起きて滅びるかもしれないんです。



その時に私たちクリスチャンは1つの道しかないです。


神様の前で悔い改めることです。



へりくだって神様に『祈れなかったです。私が祈りを怠けたから、私が目を覚ましていなかったから、私は罪の中に留まっていたから、悔い改めなかったからこんな酷い事が起こりました。助けて下さい。私の罪を赦してください。』

神様は全世界を見て、そして悔い改める者に目を留めます。



わざわいがある中でも、そこでひざまずいて一生懸命悔い改める者を神様が見つけた時には、神様はその人を助けますね。その人に手を差し伸べます。


周りで多くの者が倒れていても神様は悔い改める者に対しては目を留めて助けてくださる方です。

それが回復するための一番の近道です。




悔い改めて、神の御顔を求め、へりくだって神を求めているのに、神様は『あなたを受け入れない』と、そういう事は一度もないです。








これから何が起こるか分からないですが、私たちは神の言葉の前でへりくだることです。


しかし私は何も悪いことをしていません。と高慢になるなら回復はないですね。

平和がなく祝福もないです。


ですから祝福を本当に受けたいならば、いつも神様の前にへりくだることです。



神様が私たちに求めること喜ぶことをするならば、私たちの人生は本当に神様によって守られ導かれ、祝福されていきます。ものすごく単純です。




いつも私たちの前には『呪いの道』と『祝福の道』があります。


私たちは祝福されたいならば、祝福の道を選んで歩むことです。

すると、そこには祝福だけあります。


でも自分が呪いの道を選ぶならば、呪いがきても誰かのせいにすることはできないです。

自分で選んだ道です。



これからも色んなことが起こると思います。

もっともっと厳しい事が起こると思います。


でもその中にあっても主の守りの中で祝福を受けて生活したいと思います。

この世のものが祝福ではないです。


心の平安、そして神様が私たちの避け所になってくださるならば、それは私たちにとって一番の祝福です。


人々が不安と恐れの中で震え上がる時に、私たちはその中でも主が共におられるから私は平安である。神様が今日も守ってくださる。

そういう風に安心していられるならば、それが一番の祝福なんです。


そしてミサイルが飛んだり爆発が起きたとしても、主の中に自分がいるんだと思うそれだけでも、その人たちは不安で心がパニックになることはないと思います。



神様は私たちの避け所ですが、自分がその避け所に飛び込まないと命は無いですね。

私たちはそのまま呪われてしまいます。



聖書の創世記からヨハネの黙示録まで見ると、祝福と呪いが2つあります。


ある者たちは呪いの道だけを選ぶ者がいて本当に呪われています。

ある者は知恵と信仰があって祝福の道だけを選びます。


ですからその人の人生が豊かに祝福されて主にあって恵まれた人生を生きるようになります。


アーメン (*・ω・)ノ


2022.3.23
水曜礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会


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毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

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聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
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神の時間

テーマは 『 神の時間 』 です

【伝道者の書3章11節】

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。


聖書には『時』の話がたくさん出てきます。

伝道者の書3章には『時』の話がたくさん出てきます。


【伝道者の書3章1節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。


と書いてあります。


三つの『時』があることが分かります。

時計やカレンダーの時間があります。


次に生物的な時間です。

すべての生き物に与えられる時間です。


そして、時間を超越した神の時間があります。



カレンダーの『時間』と生物的な『時間』は、古代ギリシャ語で『クロノス』と言います。

物理的に流れる時間です。


毎日時計が知らせる時間、私たちが普通に言う時間です。

人間が止めることも捕まえることも出来ない時間です。


流れた時間は取り戻すことが出来ないです。



神の時間は『カイロス』と言います。

私たちが図ることが出来ない時間です。特別な意味が与えられた時間です。


ある出来事が起こる時間です。

人間が機会を狙って掴むことが出来る時間です。


そして永遠の時間です。

カイロスは過去、現在、未来にとらわれない神様の次元の時です。



聖書には両方の 『時』 が出てきますが、神様は私たちが時を正しく理解し、時を賢く用いることを願っています。


神様が一番願うのは 『クロノス』の世界で、『カイロス』を生きることです。


神様は人間に永遠への思いを与えて下さいました。



私たちがこの世界で生きている時には時間の支配を受けています。

時間に追われ、忙しく生きています。


毎年 自分の歳を考えます。

何かをしようとしても時間がないと言って時間を気にします。

この歳だから出来ないとも言います。








イエス様の人生は33年で終わりました。

その中でも神の働きは3年ほどで、とても短かったです。


しかし十字架の上で死ぬ前に語ったことばは、『完了した。』でした。

私たちの時間で計算すると とても短い時間ですが、イエス様はその時間の中で、すべてのことをなさいました。



そこでイエス様がなさったことは救いのわざだけではないです。


十字架を通して 人間の時間と神の時間をつなげました。
クリスチャンは、新しい時間の概念をもって生きる人たちです。


肉体のいのちがある時には 相変わらず人間の時間の中を歩んでいますが、それと同時に永遠の時間、神の時間の中で生きています。



イエス様ご自身、二つの時間の中で生きた方でした。


そして主の中にいる者も二つの時間の中で生きています。

二つの時間が理解できるならば、次のことばが理解できると思います。



【ヨハネの福音書11章25-26節】

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』


永遠のいのちはカイロスの時間です。

救いの中にカイロスがあります。


神様はいつもカイロスの中で働く方です。


すなわち私たちの時間に合わせて働くことはないです。

神の時間表の中で働きます。



アブラハムに子供を与えると約束しましたが、アブラハムは待ちきれず サラではなく、ハガルを通してイシュマエルという息子を設けましたが、神様はそれを認めませんでした。


100歳になった時にイサクが生まれました。

神が決めた『時』は、アブラハムが100歳になった時でした。


私たちが願う時間クロノスと 神が願うカイロスが一致する時にわざが起こります。

奇跡が起こり、祈りが答えられます。



私たちは自分が願う時間に 祈りの答えが来ることを待っています。


しかし答えられないことが多いので失望し不満を言って自分勝手にします。

すると悪い結果を見る時が多いです。


神様と時が一致しないときはどうしたら良いでしょうか?


『神様が願うカイロスに、まだ私が満ちていないな。

カイロスの時間は私の願いが叶えられない時間ではなく、かえって神様が私のために耐え忍びながら待っておられる時間であり、私を励ましている時間だと思わないといけないな。』と悟ることです。


自分の歳、自分の時間、自分のクロノスに敏感な人が多いです。



モーセやヨセフ、アブラハムなどを見て下さい。


神の時間と自分の時間の間で葛藤があり、苦しみもありましたが、神の時間が来るまで忍耐しました。

その間に砕かれて自分の肉の思いや欲が死んで、神の人に成長しました。


『時が満ちて』 ということばが聖書にありますが、その時が一番適切な時、完璧な時という意味です。








人間にとって一番の祝福は何でしょうか?

神様の招きにすぐに応えて、神様からの恵みである救いを受け 永遠の時間の中に入ることです。


十字架の死を通った聖徒は クロノスの時間ではなく、カイロスの時間を生きる人になります。



【第2コリント6章2節】

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。


すべての時間は神様の手の中にあります。

時間を造ったのも神様です。


ルカの福音書12章には金持ちの人が出てきます。

その人は自分の時間がたくさん残っていると思いました。


しかし神様はその人に宣言しました。

『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。』 と。


あなたの時間は終わったと言われました。



時間は売るところもなければ、貯蓄も出来ないです。

失った時間は戻ってきません。


神の時間の中で生きるためには、自分の時間を忘れることから始めないといけないです。


神の時計を見て、その時計に私の人生を合わせ、時間の優先順位を決めることです。



【エペソ5章15-17節】

そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

アーメン (*゚∀゚)っ


2022.3.20
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ソロモンの人生から学ぶべき3つのこと

テーマは 『 ソロモンの人生から学ぶべき3つのこと 』 です

今日はソロモンの人生を通して、神様と生き続けることは どういうことであるかを学んでいきましょう。


[ ソロモンのバックグラウンド ]

・ダビデ王の息子であり、イスラエルの王であった

・生まれた人の中で誰よりも知恵があり、箴言など聖書も書いた


【第1列王記4章29-34節】

神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。

それでソロモンの知恵は、東のすべての人々の知恵と、エジプト人のすべての知恵とにまさっていた。

彼は、すべての人、すなわち、エズラフ人エタンや、ヘマンや、カルコルや、マホルの子ダルダよりも知恵があった。それで、彼の名声は周辺のすべての国々に広がった。

彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。

彼はレバノンの杉の木から、石垣に生えるヒソプに至るまでの草木について語り、獣や鳥やはうものや魚についても語った。

ソロモンの知恵を聞くために、すべての国の人々や、彼の知恵のうわさを聞いた国のすべての王たちがやって来た。


・初めは父ダビデのように神様のおきてに従って歩み、神様のために神殿も建てた


【第1列王記6章11-14節】

そのとき、ソロモンに次のような主のことばがあった。

「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。

わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」

こうして、ソロモンは神殿を建て、これを完成した。


・ソロモンが神様の目にかなった願い(富よりも何よりも人を治めるための知恵を求めた)をしたので、神様が金銭的に祝福し、かなり裕福であった


どんなに知恵があり、信仰があり、神様からの祝福があり、裕福であり、満ち足りていても、信仰の道を踏み外し、神様から離れてしまうことがあるのです。

このソロモンさえもそうでした。


【第1列王記11章1-10節】

ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。

この女たちは、主がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。

彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。

ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。

ソロモンはシドン人の神アシュタロテと、アモン人のあの忌むべきミルコムに従った。

こうしてソロモンは、主の目の前に悪を行い、父ダビデのようには、主に従い通さなかった。

当時、ソロモンは、モアブの、忌むべきケモシュと、アモン人の、忌むべきモレクのために、エルサレムの東にある山の上に高き所を築いた。

彼は外国人の自分のすべての妻のためにも、同じようなことをしたので、彼女たちは自分たちの神々に香をたき、いけにえをささげた。

主はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、

このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は主の命令を守らなかったからである。




ソロモンの人生から学ぶべき3つのこと




① 今何を一番愛しているかを知る


ソロモンは初め主を愛し、主の目にかなった生き方をしていました。

いつも主を礼拝し、主だけが神であることを認めていました。


【第1列王記3章3節】

ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいたが、ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた。


しかし、ソロモンは知恵の通りに神様を礼拝し、神様を愛しながら生きていた後に、神様よりもより愛するものに出会ってしまったのです。

それは女性でした。


【第1列王記11章1節】

ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。


女性の誘惑に負け、たくさんの異国の女性との結婚により、偶像崇拝をするようになってしまいました。


ソロモンは神様だけが唯一の神であるということを知りつつ、その知恵を持っていたのにも関わらず、そこから落ちてしまい、神様以外のこの世の神々のためにも祭壇を築いたのです。


知恵を持っていても、その知恵を実行しない者になりました。


それは、自分の心が神様から離れ、たくさんの女性の方に奪われてしまったのです。

女性を神様よりも何よりも愛する者になってしまったのです。



家族、配偶者、子ども、孫、仕事、キャリア、勉強、お金、趣味、ギャンブル、お酒、異性、自分自身への愛など、あなたが一番大切にしているもの、愛しているものは何ですか?


もしそれが神様ではないなら、このソロモンのように初めの愛から離れてしまっているのではないでしょうか。



私たちの心が今それぞれどこに向かっているのかを考え、もしそれが神様以外であるのならば、軌道修正をしないといけません。


そうしないと気づかぬうちに罪を犯し、そこから逃れられなくなり、むしろ好き好んでそれをするようになってしまうのです。






② 誘惑に陥らないように自分の弱さを知り、神様に立ち返る


そもそも神様以外のものや人を愛する前に、私たちは自分たちが何に弱いのか、どういうことに誘惑されやすいのかに気づく必要があります。


ソロモンは元々女性に引っかかってはいけないことを知っていました。

箴言でも何回も女性のことについて、注意しています。


いけないことと知っているのにも関わらず、ソロモンはたくさんの女性を愛し、外国人の女性を愛し、偶像崇拝をするようになったのです。


【箴言5章1-14節】

わが子よ。私の知恵に心を留め、私の英知に耳を傾けよ。

これは、分別を守り、あなたのくちびるが知識を保つためだ。

他国の女のくちびるは蜂の巣の蜜をしたたらせ、その口は油よりもなめらかだ。

しかし、その終わりは苦よもぎのように苦く、もろ刃の剣のように鋭い。

その足は死に下り、その歩みはよみに通じている。

その女はいのちの道に心を配らず、その道筋は確かでないが、彼女はそれを知らない。

子どもらよ。今、私に聞け。私の言うことばから離れるな。

あなたの道を彼女から遠ざけ、その家の門に近づくな。

そうでないと、あなたの尊厳を他人に渡し、あなたの年を残忍な者に渡すだろう。

そうでないと、他国人があなたの富で満たされ、あなたの労苦の実は見知らぬ者の家に渡るだろう。

そして、あなたの終わりに、あなたの肉とからだが滅びるとき、あなたは嘆くだろう。

そのとき、あなたは言おう。「ああ、私は訓戒を憎み、私の心は叱責を侮った。

私は私の教師の声に聞き従わず、私を教える者に耳を傾けなかった。

私は、集会、会衆のただ中で、ほとんど最悪の状態であった」と。


ソロモンにとっての誘惑、弱さは女性でした。


その誘惑に負け、たくさんの女性と関係を持ち、神様の御言葉には耳を傾けずに彼女たちの言葉に耳を傾けるようになり、神様ではないものを拝むようになりました。

あなたは誰の言葉に一番耳を傾けていますか。



私たちは人それぞれ誘惑に陥りやすいもの、弱さは違います。


神様から私たちを遠ざけるもの、心を離そうとするものはすべて誘惑なのです。


私たち自身がそれに気づき、注意して私たちの心が奪われてしまっていないか、気づかぬうちに誘惑に陥っていないかを常に点検する必要があります。






③ 自分の生き方は後世に影響を与える


私たちの人生は私たち自身だけのものではなく、周りの人、特に家族や子どもたちに大きな影響を与えます。


父ダビデがずっと『主のために宮を建てたい』という願いを持ち、思い続け、それに対して神様は父ダビデではなく息子(ソロモン)がそれを建てるという言葉を父ダビデに与えたことをずっとソロモンは知っており、実際に主のために宮を建てました。


【第1列王記8章17-21節】

それで私の父ダビデは、イスラエルの神、主の名のために宮を建てることをいつも心がけていた。

ところが、主は、私の父ダビデにこう仰せられた。『あなたは、わたしの名のために宮を建てることを心がけていたために、あなたはよくやった。あなたは確かに、そう心がけていた。

しかし、あなたがその宮を建ててはならない。あなたの腰から出るあなたの子どもが、わたしの名のために宮を建てる。』

主は、お告げになった約束を果たされたので、私は父ダビデに代わって立ち、主の約束どおりイスラエルの王座に着いた。そして、イスラエルの神、主の名のために、この宮を建て、

主の契約が納められている箱のために、そこに一つの場所を設けた。その契約は、主が、私たちの先祖をエジプトの地から連れ出されたときに、彼らと結ばれたものである。」


父の生き方を見ていたからこそ、主の言葉に従い、生きていました。

しかし、父ダビデと同じように女性関係で罪を犯しました。


ダビデの場合は罪を犯した後、預言者ナタンを通して自分の罪に気づき、悔い改めました。


一方、ソロモンは多くの妻や、そばめを取り続け、偶像崇拝もし始めましたが、すぐに悔い改めず、神様に立ち返らなかったのです。



ソロモンは父ダビデの信仰によって守られましたが、逆にソロモンの罪によって、ソロモンの子どもには 王国が引き裂かれ、分断し、繁栄がないという滅びの宣告がありました。


【第1列王記11章11-13節】

それゆえ、主はソロモンに仰せられた。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約とおきてとを守らなかったので、わたしは王国をあなたから必ず引き裂いて、あなたの家来に与える。

しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたの存命中は、そうしないが、あなたの子の手からそれを引き裂こう。

ただし、王国全部を引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与えよう。」


【第1列王記15章1-5節】

ネバテの子ヤロブアム王の第十八年に、アビヤムはユダの王となり、

エルサレムで三年間、王であった。彼の母の名はマアカといい、アブシャロムの娘であった。

彼は父がかつて犯したすべての罪を行い、彼の心は父ダビデの心のようには、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。

しかし、ダビデに免じて、彼の神、主は、エルサレムにおいて彼に一つのともしびを与え、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられた。

それはダビデが主の目にかなうことを行い、ヘテ人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことにそむかなかったからである。


ダビデの信仰は息子ソロモンを滅びから守り、ソロモンの信仰は息子レハブアムを滅びに導きました。


私たちの信仰の歩み、人生は、私たち自身だけではなく、私たちの周りの人、家族、特に子どもたちや孫たちにも大きな影響を及ぼします。



誘惑にあった時は自分のことだけではなく、周りの人のことも考えてください。



小さな誘惑に負け、罪を犯していくことがどのような影響を及ぼすのか、自分だけではなく周りの人にまで影響があることを忘れないでください。


私たちは弱い人間であり、罪を犯してしまう人間です。

それでも、ダビデのように罪を悔い改めながら、心を神様から移り変わらずに生きていくこと、天の御国に行くその日まで神様と一緒に歩み続ける人生を歩むことが大切です。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2022.3.13
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義を求める生き方

テーマは 『 義を求める生き方 』 です

【第2サムエル記22章21-25節】

主は、私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさに従って私に償いをされた。

私は主の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。

主のすべてのさばきは私の前にあり、そのおきてから私は遠ざからなかった。

私は主の前に全く、私の罪から身を守る。

主は、私の義にしたがって、また、御目の前の私のきよさにしたがって私に償いをされた。


神様は私たちの義に従って報いを与える方です。


しかし神の前で義人はひとりもいないと聖書に書いてあります。

それならダビデが 自分の義に従って神が報いてくださったと言うことばは間違いでしょうか。


神の基準で義人はいませんが、神様が人間のある姿を見て「義」と認めてくださる部分があります。



それは どこにいても主を認め、主の御心に従って歩もうとする “努力” を 「義」 と認めてくださいます。


自分が置かれた状況の中で いつも神のことをまず考え、その方のみことばを基準にし、それに従って歩む時に 神様はその人を見て祝福してくださいます。


神の御心を知って、神が喜ぶことに熱心な者、その者が義を求めて生きる人です。



神の御心に従って歩むことを わかりやすく説明するならば、車のカーナビに例えることが出来ます。


行き先を決めて目的地を設定するとカーナビは目的地まで案内してくれます。

運転する人は何も疑わずに安心して案内通りに運転します。



神のみこころとみことばは、私たちの人生を導く案内です。

疑わずそれに従って歩むならば義を行う者になります。


私たちがみことばの導きを受けるならば、多くの誘惑と落とし穴や罠を避けて通り、安全な道を歩むことが出来ます。



ダビデはそのような生き方をしました。

もちろん彼がみことばから離れた瞬間、彼は誘惑され、罠に引っかかり敵の笑いものになったことはありました。


神様もその時は彼を祝福することが出来ませんでした。

不義を行った代償は大きかったです。


その後に徹底的に悔い改めたので神様は彼を回復させました。








今、ロシアが戦争を起こしてウクライナと戦っています。

毎日悲惨なニュースを聞いています。


戦争を起こしたことは不義です。

それは神の御心に反することだからです。



【マタイの福音書5章9節】

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。


平和は自然に生まれるものではないです。


平和を作るためには各自の違い、個性、そして自由と独立性、生存権を互いに尊重し 保証しないといけないです。

個人、社会、国家も同じです。



それを破壊するのが不義であり、侵略であり、独裁です。

同時に正義の神に敵対することです。



ダビデは戦いの勇士であり、国力があっても弱い国を侵略して戦争を起こしたことはありませんでした。


神様の計画がある戦争に対しては、命令に従って戦いましたが、神のみこころを無視して自分の欲望や目的があって戦いを始めたことはありませんでした。



神様は、世界が神の国になることを願っています。

国というのは領土ではなく、神様を自分たちの主人にし、その方の主権による統治を受けることを意味します。


その方の保護と導きを受けながら、その方から受けた召命通りに生きることです。

そのように生きるのが義を求めて生きることです。



【マタイの福音書6章33節】

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。


この内容を理解するためには、前後の内容を読めばわかります。


異邦人は富を主人にして、富ばかり求める生き方をしますが、神を信じる者は その生き方を捨てて、義を求めて生きる生き方をしなさいと言われました。



今、ロシアのプーチン大統領に対して腹を立てる者が多いです。

ウクライナに対しては同情が集められています。


しかしそれで問題が解決されるのではないです。



自分たち人間みんなが いかに不義な者なのかを知ることです。

平和を作るための努力をどの国もしていないし、国民もみんな同じです。


義を求める生き方をバカにし、自分たちの利益だけを求めて生きてきたので、さらに利益が欲しい者が戦争を起こします。


みんなが平和を作る努力をしないと、戦争はいつでも起こります。



【イザヤ書56章1節】

主はこう仰せられる。「公正を守り、正義を行え。わたしの救いが来るのは近く、わたしの義が現れるのも近いからだ。」


【詩篇9編8節】

主は義によって世界をさばき、公正をもって国民にさばきを行われる。


【ヨハネの黙示録19章11節】

また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。


今、世界に対して神のさばきはまだ行われていないです。

もちろん個人に対してもそうです。


ですからみんな自分の判断でさばきを行っていますが、神のさばきが行われるまでは すべてが不完全です。



神様は正義をもって正しいさばきを行います。


その時に、自分が義なる者として認められるかどうかを真剣に考えないといけないです。


その日は近いと主は言われます。

ダビデのように自分の義を言える者になりたいです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2022.3.6
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