テーマは『キリストの復活の目的』です
【ローマ10章9節】
神様を知らない人を導く時に、9ー10節はよく伝える箇所です。
私たちの口でイエス様が復活したことを信じて告白するならば救われるという言葉が出て来ます。
イエス様の十字架だけを告白したら救われるということではないです。
ここにはっきりと書いているのは、
「死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら」ば、復活があります。ということです。
『十字架の死、そして復活。』それが完全であります。
十字架だけで終わったら、神様は、その信仰は虚しい信仰であると語ってあります。
イエス様が死んで蘇ってくださらなかったら、私たちが信じても先に希望がないです。
イエス様は復活した理由を色々と語ってあります。
― イエス様が復活した目的はわかりますか?
ただ私たちに永遠の命を与えるために復活をしたのでしょうか。 ―
復活のことを知るには福音書を開くことが多いですが、今回はあえて福音書は開かず、
ローマ書はキリスト教の教理がすごく書かれてあります。
キリスト教とはこういうものなんだ、キリストを信じるということはこういうものであるんだ。
そして復活に対してもローマ書が一番多く書かれてあります。
①【ローマ書1章4節】
神の子であることを神様は復活によって人々の前に示しました。
これはイエス様が十字架になぜ架かったのか、どんな罪を被せられて十字架に架かったのか。
ユダヤ人達、律法学者、パリサイ人、祭司たちはイエス様が死ななければならない大きい罪は
自らを「神の子だ」と言っていることでした。彼は神を冒瀆する者である、と。
神聖冒瀆罪でイエス様は罪にされました。
そのまま死んでしまったならば彼らの言葉通りになっていましたが
(やはり神の子ではなくただの人の子だったんだ)
ですから神様は、復活をさせて神の御子であることを示しました。
死者から復活した者はいませんが、イエス様は神の子であるので復活できました。
②【ローマ書4章24-25節】
私たちが義と認められる為です。
イエス様が十字架に架かるということは、私たちの罪の為であります。
そこで流した血によって私たちは洗われました。
それだけではなく、蘇ったことを信じる者(十字架を信じ、復活も信じる者)は信仰を義と認められます。
神様が認める義がないと私たちは天国に入ることはできないです。
自己義では入れないです。「私はこういう良いことをしました。だから私は罪のない者です。」
これでは天国には入れません。
【ローマ書3章28節】
十字架を信じる、復活を信じる。これだけで神様は私たちを義と認めて下さいます。
③【ローマ書6章4節】
私たちも、命にあって新しい歩みをするためです。私たちも古い物ではなく、新しい物で復活しました。
イエス様もそうでありました。十字架の前に歩んだ姿と、十字架があり復活もあった後の歩みが違うものでした。
十字架の前の歩みは人間として生きていました。
しかし、復活によってイエス様は再び元に戻り、神として生きます。
人の子として生きることはしないで、神様から力を受けて勝利し、今も神の右の座に座っておられます。
クリスチャンも同じであります。イエス様に出会った後からは歩みが全然違います。
天国に向かって命の道を歩んでいる者であります。
それ以前は全て滅びに向かって死の道を歩んでいた者でした。
しかしイエス様の十字架に出会った時に、
私たちは死んで命を受けて新しい歩みをするために復活の命が与えられてあります。
④【ローマ書6章5節】
将来、私たちも復活します。それの為に、イエス様は復活してくださいました。
前もってイエス様は復活はどういうものであるのかを見せてくださいました。栄光の姿でありました。
「あなたたちも将来、復活する時は私と同じ身体に復活するんだ」
⑤【ローマ書6章9-11節】
死がキリストを支配することができないように、死が私たちを支配することができません。
復活の命を持っている者の上には死は何も力がないです。
神に対してあなた達は生きた者だと思いなさいとおっしゃいます。
これは私たちが死んだ時に経験すると思います。今は肉体が生きているので、
「今生きている」としか考えませんが、肉体を脱ぎ捨てた時には命ある者と命のない者の行く道は
全然違います。
ですからキリストにあって命をもらっていない人は、第2の死が待ってあります。永遠の死です。
永遠の死は無くなって消えるものではなく、永遠に苦しみを受けることです。
しかし私たちが受けているものは永遠の命であります。
死がどんなに力を振って私たちを第2の死に落とそうとしてもできません。
復活の命はそれに飲み込まれません。
⑥【ローマ書7章4節】
目的は「神のために身を結ぶようになるため」です。
神様を信じる人は自分の為に生きるのではないです。聖書に神の栄光の為に生きなさいという言葉があります。
私たちが枝として、ブドウの木であるイエス様に繋がっている状態であります。
イエス様に復活の命がありますので、その力が私たちに流れてきますので聖霊の実を結ぶことができます。
聖霊の実は、イエス様から聖霊の力をもらって命をもらわないと結ぶことができないです。
離れたら命は消えてしまいます。
地上にいるときは命をもって神様のために実を結ぶ者にならなければいけないです。
⑦【ローマ書8章11節】
目的は「あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださる」のです。
イエス様がなさったことは全部私たちの為であります。自分の為ではないです。
自分を通して全ての恵みを私たちに流すために、イエス様は十字架の死も復活もこの世に来られたことも
再臨することも全部私たちの為であります。無関係のことは1つもなさらないです。
復活したことも私たちの中にイエス様は御霊を送ってくださいました。その方は命であります。
その方が自分の命の中に住んでおられるならば死ぬことがないです。
サタンが持っているのは死の力であります。
死の力ということは私たちが罪を犯した時に入ってきた力であります。サタンは必ず死を持ってきます。
魂、肉体を殺していきます。ですから悪霊を受け入れている人には死しかないです。
聖霊様は命であります。命が入ってくるならば私たちの肉体が死んだとしても、その命にあって必ず生きます。
魂だけ生きるのではなく、死んだ身体さえも命を与えて栄光の姿に変わっていきます。
⑧【ローマ書8章34節】
罪に定められないようにするために、イエス様は復活されました。
罪に定めようとするのは、サタンであります。
サタンは神の前で訴える者であります。それは私たちに対して弁護士の役割をするのではなく、
まるで裁判にある検事と弁護士の検事です。
弁護士は罪を犯したことを知っていても、弁護をしてくれる存在です。検事と弁護士はいつも対立します。
私たちのとりなしをしてくださるのはイエス様であります。
神様は裁き主であります。サタンは「この者はこんな悪い事をしました。
あんな悪い事をしました。」と私たちが生まれた時から犯した罪のことを言って、
サタンは自分のことは棚に上げて私たちを地獄に落とそうとします。
そこで立ち上がって私たちをとりなして弁護をしてくださるのはイエス様であります。
「この者は罪を犯しました。しかし私を信じて罪が赦されました。私を見てこの人を赦してください。
私はこの人の為に十字架に架かりました。」
私たちが罪に定められることがないように、イエス様がずっと言ってくださいます。
イエス様が死んだままなら、誰も私たちを弁護してくれる人はいないです。
⑨【ローマ書10章9節】
私たちを救うために。私たちが救われることは、ただ罪が赦されるだけではないです。
それは2つあります。罪が赦され、そして永遠の命を受けることであります。
イエス様が死んでくださったと信じる時に罪が赦され、
イエス様が復活したことを信じる時に私たちは永遠の命を受けます。
この両方であります。これが本当の救いであります。
ですから苦難から救われる、病気から救われる。それが私たちの救いではないです。魂の救いのことです。
私たちが神様と交わりをして霊が救われないと、私たちは神様と何も関係のない者になり、
永遠の死を迎えるしかないです。
ですので私たちの信仰にはキリストの復活も入っていなければいけません。
その復活を信じなければいけません。
「十字架は信じても、復活は誰かの作り話でしょう?」 それならばその人の信仰は命とは関係がないです。
それは本当の信仰ではないです。
⑩【ローマ書14章9節】
目的は「死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるため」です。
この地上の真の神様はキリストです。キリストは人々に命を与える方ですが、裁き主でもあります。
肉体は生きていてもキリストから命をもらっていない人は既に死んであります。
「私の肉体は生きているけど?」 神様はそれは塵に過ぎないものだとおっしゃいます。
中に命を持ってある人こそが「生きている」者であります。キリストは全ての物に対する主であります。
命の主でもあり、死んだ者たちに対しては裁き主であります。
死んだ者には何も力がないです。命を得ている者が弱そうに見えても一番強い者であります。
キリストはこのような目的で復活しました。
ですから復活を信じる皆さんは、何故イエス様が復活したのかをローマ書で今日挙げた言葉を覚えてください。
人に伝える時に十字架だけ伝えたら、それは50%しかなっていないです。
必ず復活を言わないといけないです。十字架の目的と復活の目的を両方語って、
それが完璧な福音であります。
それを聞いて人々が信じるならその魂は救われます。
自分の中にそれをしっかりと留めておいてください。(⌒∇⌒)
2012.4.8
イースター礼拝メッセージ
八戸ノ里キリスト教会
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