テーマは 『 霊的不感症 』 です

【ヨハネの黙示録3章14ー17節】

また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。

「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。

このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。

あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、 乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。』

今回は霊的不感症について語りたいと思います。


多くのクリスチャンたちを見て感じることがあります。
もちろん自身も含めてですが、いかに霊的不感症が多いでしょうか。

神様は今日 私たちがあまり気付いていない、この霊的不感症について悟ることを願っています。


皆さんもよく知っているように、今年 韓国では船の事故や、他にも様々な事故が起きました。

そこでよく言われたのが、危機管理が出来ていない“安全不感症”でした。


クリスチャンはどうでしょうか?

霊的なことにおいて しっかりと危機管理が出来ているでしょうか?
それとも霊的安全不感症になっていないでしょうか?


日本や韓国でも霊的安全不感症にかかっている人はとても多いです。


今回、私は神様の臨在を強く感じた1つの出来事がありました。

それによって さらに霊的不感症の問題の重要さを感じました。


私は韓国に行く前に教会で3日間断食をしました。
その目的は悔い改めでした。自分のこと、韓国や日本のこと、また世界のことを想いながら悔い改めをしました。

3日間祈りましたが、腹の底からの深い祈りにはなりませんでした。


しかし私が韓国行きの飛行機に乗り、窓から韓国の地を見た時に、突然涙が出てきて、激しい悔い改めが始まり深いうめきと共に涙と鼻水が出てきました。


それは自分の思いからではなく、神様の悲しみでもありました。

その思いが伝わってきて、神様に泣きながら悔い改めました。


「この国を赦してください。教会や信徒たちの罪を赦してください」と。
仁川空港に着くまで ずっと泣きながら悔い改めました。


隣の席の人が分からないように顔を隠しながら泣きました。
そのような経験は初めてでした。今まで泣きながら行ったことはありませんでした。

災いが迫って来ているのに、そんなことも知らないで、のほほんと生きている人たちを見て、神様は嘆き悲しんでいました。


韓国には教会がたくさんあり、クリスチャンもとても多いです。昔は貧しい国でした。

アメリカから宣教師たちが来て福音を伝えました。迫害され殺された者も多かったです。

日本からの独立運動に参加した人たちの中にもクリスチャンが多く、激しい拷問を受けて獄中で死んだ者もいました。


神様は韓国を祝福して豊かになり、教会も大きくなり、クリスチャンもたくさん増えました。


しかし、今はどのような状態でしょうか?

国の中は不正と腐敗、国だけではなく、多くの教会と信徒たちが堕落してしまいました。
背教が起こっており、形だけの信仰が増えました。

この姿はイザヤ書に出てくるような姿です。


【イザヤ書1章2節】

子らはわたしが大きくし、育てた。しかし彼らはわたしに逆らった。

祝福してくださった神様から離れ、自分勝手な道を進んでいます。

クリスチャンたちは礼拝に参加することや什一献金を捧げるなど、教会に通うだけで満足をし、それだけで間違いなく天国へ行けると自信を持っています。
そして「豊かになった。乏しいことはない。」と言っています。

しかし、その信仰生活はなまぬるい信仰生活であります。


昔は霊的であった教会や信徒たちが、今は肉的に変わっています。

これはラオデキヤ教会の姿と同じです。自分たちの状態を錯覚しています。

ラオデキヤ教会は豊かな教会でしたので、彼らは「私たちは平和だ。何も不足するものはない。乏しいものはない。」と言っていました。

霊的にもそうだと思っていました。しかし実際にはそうではなく、霊的感覚が錯覚していました。


もし彼らが本当に霊的に豊かな者であるならば、神様は何も言うことがないです。


しかし、彼らが正しくないので問題であります。

「私は救われているから大丈夫。神様が私に厳しいことを言わないから大丈夫。別に問題もないから大丈夫。」
「毎週教会もちゃんと行っているから大丈夫。聖書の知識もたくさん持っているから何も問題はない。私は必ず天国に入る。」

神様がそうだと言ってもいないのに、このように感じ方が違います。


神様は「あなたの感じ方は間違えている。あなたは霊的不感症にかかっているから何も感じないのだ。あなたの霊的状態をあなたは知らない。あなたの霊の状態は惨めだ。」と おっしゃいます。


惨めとは、何もなく欠乏しています。“富んでいる”どころではなく、惨めで哀れだと主はおっしゃいます。

霊的にも人格においても真理においても彼らは惨めでした。
真理に従うどころか偽りに従っていました。

彼らは偽りの道を歩んでいるのに、自分たちは真理の道をまっすぐに歩んでいると確信をもって信じていました。

しかし神様が見た時に、彼らの信仰状態はなまぬるい状態でした。


なまぬるいということは、信仰が曖昧な状態です。

神様に従わないわけではなく、神様を否定するわけでもないですが、実際の生活では神様を否定しています。


「神様に従います。」と言いながら、よく見ると世に従っています。(神様と世を)行ったり来たりしています。


このような信仰生活を神様は喜ぶでしょうか。

生活が常に迷っていて、どっちつかずの生活はなまぬるい状態です。


救いと天国を求めながらも、世を愛する心も捨てきれずにいます。
このようなラオデキヤ教会の姿は、今も教会で見られています。

このようななまぬるい信仰で、終わりの時代に勝利することが出来るでしょうか?


日本は地震や津波・噴火で終わりの時代に災いが来ますが、韓国は戦争によって災いが来ます。

今回、私はそのことを韓国に行った時に家族や友達などに伝えましたが、皆まったく危機感がありませんでした。


なぜならば、教会でそのようなメッセージがほとんどされていないからです。とても悲しかったです。“どうして?”と思いました。

本来ならば危機感をもって悔い改めながら生活していかなければならないのに、牧師がそのことを語りません。

余計なことを言うと、信徒たちが不安になるし、混乱するからと。


信徒も「そんなことを言わないでください。戦争が起こると言うなら土地代が下がるので困ります。」と言います。

そして「教会がこんなにたくさんあるし、祈っているから神様が私たちを見捨てることはしないでしょう。きっと大丈夫です。」と心配もせず、本当に霊的不感症になってしまいました。

そして「何を食べるか、何を飲もうか、どこに遊びに行こうか」と、なまぬるい信仰生活を送りながら、不安も感じていない様子でした。


戦いが迫って来るのに何も感じていないのでびっくりしました。

語るべき牧者たちが語らないのが一番の問題です。







【エレミヤ書50章6節】

わたしの民は、迷った羊の群れであった。その牧者が彼らを迷わせ、山々へ連れ去った。彼らは山から丘へと行き巡って、休み場も忘れてしまった。

本来なら聖徒たちを みことばの道、神様へと導かなければならないですが、このような牧者は、牧者の服を着てイエス様のことを語り、正直で聖なる者に見えますが、聖徒たちを迷いの道(世の幸せ、世の成功、出世の道)につれて行きます。


その道は滅びの道です。信徒たちも惑わされてその道に入って牧者について行きます。


終わりの時にはこのような牧者がたくさん出てきます。

なまぬるい信仰の人は霊的鈍感なので、惑わされて このような牧者について行きます。

そしてその牧者も霊的に盲目な者であり、それについて行く信徒たちも盲目であります。

両者とも行ってはならない道に入り滅びていきます。


私たちが霊的不感症であるならば、分別も出来ないのでこういう牧者について行きます。
そして問題がないと思いながら信仰生活をしていきます。


今は終わりの時代です。
足元がだんだん危なくなってきました。


終わりの時に、終わりの時代について語った主のことばを教会では、はっきりと語らなければならないですし、聖徒たちもそのメッセージを聞きたくないと 思うのではなく、聞かなければなりません。

霊的不感症は命取りになります。


イエス様が終わりの時代には次のようなことが起こると語りました。


【マタイの福音書24章21節】

そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。

これはイエス様が語ったことばですから、必ず起こることです。

これからの時代が平和になることはありません。
今まで経験したこともない苦難が来ます。これは偽りではなく真実です。


神様は前もって語った後に事を行いました。それは今も同じです。







ソドムとゴモラの町に対して さばきを下す時にも、アブラハムに話しました。

アブラハムは次のように神様に言いました。


【創世記18章23-24節】

あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。

もしや、その町の中に五十人の正しい者をがいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。

アブラハムの考えでは、ソドムの町に正しい者が50人はいると思いました。

全員が悪いとは思っていませんでした。
しかし、よくよく考えると(正しい者が50人も)いないのではないかと思ったので、次には45人、さらに40人、終いには10人と言いましたが、ソドムの町には10人も正しい者がいませんでした。


ロトとその家族6人がいましたが、2人の婿はソドムが滅ぼされるという話を冗談だと思って受け入れず信じませんでした。

そしてロトの妻も町を出ましたが、後ろを振り返ったので、その場で塩の柱になりました。
彼女も神のことばを信じませんでした。

ソドムから救い出された者は たったの3人だけでした。


ノアの洪水の時は、いくらノアが民たちに警告をしても誰もその話を信じず、ノアの家族だけが洪水の時に救い出されました。

滅ぼされたすべての人たちに共通するものは、霊的不感症の姿です。

いくら警告のことばを聞いても「大丈夫、安全だよ。平和だからそんなことが起こるはずがない。」と言って、普段通りの目先のことしか関心がありませんでした。


今、自分たちはどうでしょうか?

警告のことばに反応していますか?霊的に危機感を感じていますか?


神様は霊的不感症を見て、次のように語っておられます。


【エレミヤ書5章30-31節】

恐怖と、戦慄が、この国のうちにある。

預言者は偽りの預言をし、祭司は自分かってに治め、わたしの民はそれを愛している。 その末には、あなたがたは、どうするつもりだ。」

霊的不感症にかかってなまぬるい信仰生活をしていくなら、終わりが来た時にどうするつもりですか?

主の再臨の時に、悲しみの涙を流さないために、また不幸な者とならないために 私たちは目を覚まして真理の道を歩まなければなりません。


危機管理もせず、何もしていないならば、苦難がきた時にどうするつもりでしょうか?

その時に慌てても もう遅いです。その苦難に耐えることが出来ません。


私たちは自分にとって都合の良いことば、耳に良いことばを聞くのではなく、この時代に必要なことばに耳を傾けなければなりません。

そしてしっかりと危機管理をして霊的に目を覚まさなければいけません。
(((( ;゚д゚)))


【エレミヤ書2章31節】

あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。

2014.11.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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