からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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金持ち

天国と地獄からのメッセージ

テーマは 『 天国と地獄からのメッセージ 』 です

【ルカの福音書16章19-31節】

ある金持ちがいた。いつも紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。

ところが、その門前にラザロという全身おできの貧しい人が寝ていて、

金持ちの食卓から落ちる物で腹を満たしたいと思っていた。犬もやって来ては、彼のおできをなめていた。

さて、この貧しい人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。

その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。

彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』

アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。

そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。』

彼は言った。『父よ。ではお願いです。ラザロを私の父の家に送ってください。

私には兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』

しかしアブラハムは言った。『彼らには、モーセと預言者があります。その言うことを聞くべきです。』

彼は言った。『いいえ、父アブラハム。もし、だれかが死んだ者の中から彼らのところに行ってやったら、彼らは悔い改めるに違いありません。』

アブラハムは彼に言った。『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」

本文の内容は、生きている人たちの地上での話ではありません。


死んだ人たちの会話の内容をイエス様が私たちに語って下さいました。

死んで天国に行った人と、死んで地獄に行った人の会話の内容を通して 主は “天国と地獄に行った人たちが送るメッセージを聞いてほしい” と願っています。


物乞いであったラザロと、名前が書かれていない金持ちの人がいました。

地上での生活はどうでしたか?


金持ちは 金がありますから、いつもいい服を着ていました。

全身ブランドものを着て、毎日贅沢に遊び暮らしていました。

庶民の生活とは かけ離れた生活でした。


ドバイやモナコとかの国の風景を見ると、金持ちの生活がどんなに贅沢かわかりません。

その人たちが着ているもの、乗っている車、住宅などがすごかったです。


人生楽しんでいて、自分たちは特別に祝福された者だと思っています。

彼らの目には貧困層など見えません。

なぜなら日々付き合う人はみんな似たような金持ちや権力者ばかりだからです。


今日の本文の金持ちも、地上であふれる祝福を受けました。


金持ちは 地上でこんなに祝福されているから、死んでも祝福がある天国にいけると思ったに違いありません。


まさか自分が地獄に行くとは考えたこともなかったでしょう。

もし考えたならば、そんな生活はしなかったと思います。

ですから立派な棺とお墓、たくさんの人が集まる葬儀、そして荘厳な儀式、まるで天国へ凱旋でもするかのような姿だったでしょう。


しかし死んで連れて行かれた場所は 真っ暗な地獄で、永遠に消えることもない火が燃えており、地上では見たこともない恐ろしい悪魔がたくさんいるし、そこには数えきれない魂が様々な苦しみの中で叫んでいました。


見たこともない空間にいて、悪魔に囲まれ、そこから出ることすら不可能であることも知りました。






一方、ラザロはどうでしたか?


なぜ物乞いになったかわかりませんが、食べ物、着るもの、住むところもないホームレスの人でした。

金持ちの家ならば残飯でも もらえると思って、門前に座っていますが、残飯をもらったという記録もありません。


ラザロは、金持ちをみて羨ましかったと思います。

すべてをもっている金持ちは、毎日が贅沢三昧の生活、ラザロは食べるものすらない辛い生活をしていました。

ラザロの願いは金持ちの残飯でも腹いっぱい食べることでした。


彼はある日、力尽きて門前で死んだでしょう。

彼のために悲しむ者も 涙を流す者もいないと思います。


ラザロ本人は天国に行けるとは思わなかったかも知れません。

もちろん天国はだれもが行きたい場所です。


自分は神から見捨てられて食べ物もろくに食べられない超貧乏生活をしているので、地上で祝福されてない者が天国で祝福されるわけがないと思っていたでしょう。


しかし死んだ後に、思ってもいなかった所に連れて行かれました。


そこは地上とはまったく違う美しい天国でした。

何の不自由も不足もない素晴らしい所でした。


ラザロが天国に着いた時に 彼はそれが現実ではなく、夢のように思われたでしょう。

あまりにも自分が生きた世界とは違っていました。

苦しみも悲しみも痛みも すべて消えていました。


天国に入った時の喜びは半端ではなかったと思います。

汚かった自分の姿もきれいな姿に変わりました。


2人がそれぞれ死んだ後に、天国と地獄での対面がありました。

普通は(対面は)出来ませんが、神の特別な恵みならば このようなことも出来ると信じます。


天国では ラザロが信仰の先祖アブラハムと共にいました。

それを見た金持ちがアブラハムを呼びました。




・地獄からのメッセージ




【ルカの福音書16章24節】

彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』

私たちはイエス様の言葉で 地獄が実際に存在することを知りました。


作り話だと思っている人は、これこそが現実であることを知る必要があります。

この 地獄からのメッセージを聞かなければなりません。


地獄に落ちた金持ちは、自分がいる地獄の状況を話しました。

まずは、自分をあわれんで下さいと叫びました。


地上では自分をあわれな者と思ったことは一度もなかったと思います。

反対にラザロのような人をあわれな人と思って生きていたでしょう。


しかし地獄に行く人が一番あわれな人間です。


そして地獄から出られないことも訴えました。

炎の中で焼かれていても、“死ぬことも出来ない” と地獄にいる者が 地獄の様子を語っています。


地獄の火は「永遠に消えることのない火」であるとマタイの福音書25章41節にあります。

そして黙示録19章20節には「火の池」であると書いてあります。


金持ちは苦しくてたまらないと叫びました。

地獄のような苦しみは生前では体験することが出来ません。


すべてが耐えられない苦しみですが、そこでは “永遠に受け続けなければならない苦しみ” です。


水一滴もない所です。

何の楽しみも、休みも、遊びもなく、そこにあるのは 苦しみと惨めさとあわれな姿、絶望しかない所です。

水一滴の願いも叶えられない場所です。


その人はアブラハムに2つの願いをしました。


1つは自分のためにラザロをよこして水で舌を冷やしてほしいと願った事です。

次には家族のための願いでした。


金持ちの家族は、彼が天国で何の心配もなく、地上の延長線のような贅沢な暮らしをしているだろうと思っているでしょう。


地上にいる人は彼の心配などしていないですが、地獄にいる彼は、生きている兄弟のことを心配していました。

生きている人が死んだ人をかわいそうに思って悲しむことはありますが、地獄に行ったと思って心配することはないですね。

日本だけではなく、他の国の人でも 死んだら天国に行けると思っている人が多いです。


しかし全く違うことを知った金持ちは、その現実を まだ生きている自分の兄弟に知ってほしくて、ラザロを彼らの所に遣わして、“自分がいる地獄には来てほしくないと伝えてほしい” と願いました。


良い所ならば みんな来てほしいと願いますが、あまりにも苦しい所ですから、特に家族は誰一人来てほしくないと願いました。


そして地獄に行った人は、自分が地獄にいる理由を地獄に行って やっと悟りました。

その理由は、悔い改めがなかったことでした。


悔い改めることは決して難しいことではないですが、世を愛する心が強いと悔い改めが出来ないです。

金持ちの生活を見ると世を愛し、快楽を求め、彼の思いは地上の事だけでした。


神のことばが耳に入って来なかったですし、心は高慢になって弱い立場の人に手を差し伸べることもしませんでした。


本当に必要な “神を愛し、隣人を愛すること” が完全に抜けていましたし、罪に対しても無感覚で、むしろ罪を楽しんでいましたので 彼の人生は地獄という恐ろしい所に送られてしまいました。


神様は (神様のことを)信じない者だけではなく、信じていて自分は間違いなく天国に行けると思っている人の中でも、実際は天国には行けない人もいることを教えています。


金持ちの地獄からのメッセージは 震えながら、苦しみながら語っている警告のことばです。


「ここに来たら駄目だよ!とんでもない苦しみの場所だよ!奇跡をみて信じるのではなく、神の言葉を聞いて悔い改めないといけないよ!」と必死の思いで叫んでいるメッセージです。




・天国からのメッセージ




物乞いラザロは、地上では良いことは何もありませんでした。


人が寄って来ることもない孤独な人生で、惨めで、ひもじい思い、悪いことしかない生活をしました。

人から見ても本当にあわれな人生でした。


だれがこの人が天国に行けると思ったでしょうか。

反対に天国には行けないと思ったでしょう。
彼の悲惨な生活は 神にのろわれていると思うからです。

しかし人々の予想とは違って、ラザロは天国に行き、信仰の先祖アブラハムのふところにいました。


何の苦しみもなく、平安で、食べ物や着るもの、住む所で心配する必要も完全に消えました。
そして愛されていました。


ラザロも自分は天国に行けないと思ったかも知れません。

何も良いこともしていないし、神に文句も言ったこともあったでしょう。

彼は物乞いの人生を感謝したことはないと思います。


彼のどの部分が良かったかはわかりませんが、彼はきっと自分の罪を悔い改めたに違いないです。


金持ちが悔い改めなかったので天国に入れなかったのですから、ラザロが天国に入ったことは確かに悔い改めがあったと思います。


天国は悲しみも苦しみもなく、地上の生活がどんなに惨めであったとしても、その延長線で苦しみを受け継ぐことはない場所です。


天国は 神と信仰の先輩たちと仲良く暮らす場所です。

信仰の先祖アブラハムがそこにいました。


天国には燃える火も悪魔も存在しません。

天国は慰められる所で、涙もなく平安がある所です。


もし自分が神を信じ、悔い改め、神の御心にそった生活をしているならば、地上でたくさんの苦労があっても天国に望みを置いて下さい。


神は必ず天国に迎え入れて下さいます。


地上での豊かな生活が祝福ではないです。

多くの金持ちの姿をみると、神を求めず、快楽に更けて肉を喜ばせる生活をしています。


ラザロは天国で何も話してはいないですが、代わりにアブラハムが天国からメッセージを送りました。


まずは希望のメッセージです。

警告ではなく希望のメッセージです。


地上で悪いものを受けていたラザロが、今はいいものを受けていると伝えました。

そして天国で慰めを受けていると伝えました。


苦しみも、悲しみも、飢えも、貧困もない天国であると伝えました。


“天国に入りたいならば、神のことばの教えを聞いて信じて、悔い改めなさい” と天国に入る方法も教えました。


信仰と悔い改めは死ぬまで継続しなければなりません。


やめてしまうと天国には入れません。

私たちは両方のメッセージを聞かなければなりません。


地獄に行かないために地獄のメッセージ、天国に入るために天国のメッセージを聞かなければなりません。


「地獄に行ってもいい」 とは決して言わないで下さい。

ありえないほどの苦しみが永遠に続く場所ですから、目指すなら天国です。
ヽ(TдT)ノ

2016.7.24
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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幻と啓示~天国と地獄~

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聖徒が警戒すべきもの

テーマは 『 聖徒が警戒すべきもの 』 です

【ルカの福音書12章1-3節】

そうこうしている間に、おびただしい数の群衆が集まって来て、互いに足を踏み合うほどになった。イエスはまず弟子たちに対して、話しだされた。「パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです。

おおいかぶされているもので、現されないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。

ですから、あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。

【ルカの福音書12章13-21節】

群衆の中のひとりが、「先生。私と遺産を分けるように私の兄弟に話してください」と言った。

すると彼に言われた。「いったいだれが、わたしをあなたがたの裁判官や調停者に任命したのですか。」

そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」

それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。

そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』

そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。

そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。 さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』

しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』

自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

9月5日(金)に、スマホを使用していた最中に、突然大きな音とともに表示画面が変わったので、びっくりしました。
きっと、大阪に住んでいる皆さんも同じ体験をしたと思います。

それは、大阪府民880万人に一斉送信された緊急地震速報の避難訓練のお知らせメールで、2度もありました。

自宅はマンションの9階なので、たとえ津波が来ても安全な場所ですが、1階に住む人たちはどうしているのかと思い、外の訓練の様子が気になり 窓から見下ろしましたが、何一つ変わっておらず避難訓練に参加している人は、1人もいませんでした。


南海トラフ巨大地震は、近い将来 必ず起こると言われていますが、いつも情報を聞きながらも、「まだまだ大丈夫だろう。」と思ったり、どうしたら良いのか分からないからと、考えないようにしている人が意外と多いかも知れません。

私は必要なものは備えましたが、何の対策も警戒もしていない人は地震が起きた時、本当に大変だと思います。
私たちはこれらのことも気にしながら、知恵を用いて対策をしなければなりません。


本文のことばは、イエス様が弟子たちに教えられた大切な戒めですが、これは私たちの信仰生活に対する警告であり、私たちを倒そうとするものからの避難訓練でもあります。

この訓練は、日々していかなければならないもので、何かが起きてからでは遅いのです。


これは、いつか起きる巨大地震のようなものではなく、日々私たちを襲ってくる、あらゆる誘惑から自分自身を守るために必要な訓練のことです。


今回は、何をどのように警戒して訓練をしていくのかを学びます。




(1)外側と内側とが違う信仰生活を警戒する




外側と内側とが違う信仰生活のことを一言で言うならば、偽善的な信仰生活のことです。

ルカの福音書12章1-3節で主が語りました。

パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです。

おおいかぶさっているもので、現されないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。

ですから、あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。

この人たちは宗教的に敬虔に見えますし、祈りも奉仕も熱心にしますので、すごく信仰があるように見えますが、心の中には貪欲、嫉妬、高慢、憎しみや汚れた思いがそのまま残っています。 

肉の思いを捨てることをせず、見える部分だけを、きよく見せようとしても、それは偽善に過ぎません。

イエス様は、いつもそのように生きているパリサイ人たちに「目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。」と語っていました。


パリサイ人は当時、宗教に一番熱心な保守的な人たちでした。
人々は彼らを尊敬していましたが、イエス様は彼らの偽善を知って暴露し、人々が騙されないようにしました。

偽善は本心を隠しての行動ですが、いつか主の前に立った時には裸にされるように、すべてのおおいが取り除かれて全てが明るみに出されます。

そして偽善的な行動には、神からの報いもありません。反対に さばきが待っています。


【マタイの福音書6章1節】

人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。

ですから、自分の信仰生活の中に偽善的な要素があるかどうかを、よく調べるのが重要です。


主の前に真実な姿で生きるように心掛けなければなりません。




(2)所有物に対する貪欲にも警戒する




所有物に対する貪欲にもよく警戒をしなければなりません。(13-21節)

本文は、財産分配の問題解決のために来た人を通して、イエス様は人間がどこに価値を置くべきかを教えています。

イエス様は、財産分配の問題の解決よりは、その後に続く金持ちのたとえ話を通して、すべての人の心にある貪欲を指摘して根本的な問題の解決を提示しました。

私たちが根本的な問題を解決しないならば、1つの問題が解決されたとしても、また新たに似たような問題が起こります。

「何で次から次へと同じ問題が起きるのか?」と困惑しますが、自分の中に常に問題の根本的な原因があるからです。


クリスチャンの中でも、この根本的な問題が解決されず、貪欲な心のままで生きている人が多いです。
それがあるので神様を第一に出来ませんし、誘惑に弱いですし、神様が恵みを与えても、その恵みの価値を知らないでこぼしてしまいます。

お金のほうがもっと大切だと思うようになります。

イエス様の教えから、発見される教訓は何でしょうか?






①人生の真の価値は財産にあるのではなく、永遠のいのちを所有することにあります。

皆さんのいのちは何でしょうか?お金ですか?

すべての人に共通するものが1つあります。
私たちの人生は、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。どんなに長生きをしても、100年ちょっとです。

先日、交通事故で死亡した韓国ガールズグループのウンビさんは21歳で、まだ若いです。
死は何の前ぶれもなく、突然起きました。


私たちも、明日のことは分かりません。生きているか、死んでいるか――

金持ちでも貧しい者でも、死の前では無気力な存在です。

財産が私たちの命を守るために、死を止めることができるでしょうか?

それにもかかわらず、財産を人生の目的として貪欲になっているのは愚かなことですが、それに気づかない人も多いです。


②すべての富も命も、主の手の中にあり、私たちの人生は、神の管理人としての使命があります。

豊かさは神の恵みと祝福によるものであり、いのちも神の主権的な手にかかっているのです。


③自分に与えられた富を貧しい者のために使う人は、天に宝を積む人で、神さまはその人のことを豊かな人だと語りました。

愚かな金持ちのように、自分のためだけに使うならば、必ず神さまのさばきにあいます。
なぜなら、神の目的に逆らって生きたからです。

“貪欲”とは、愚かな金持ちを通しても分かったように「自分の所有や感情の満足を追求するために、絶えず生まれる欲」です。


貪欲におちた人は霊的に見えない者になり、霊の世界も分からず、自分の肉の欲のままに歩むようになり、信仰生活もつまらないです。

物質世界の中で、もっとも私たちが警戒しなければならないものは この貪欲です。






ですから、貪欲に対して聖書の多くの所で教えています。


【詩篇39編6節】

まことに、人は幻のように歩き回り、まことに、彼らはむなしく立ち騒ぎます。人は、積みたくわえるが、だれがそれを集めるのかを知りません。


【ハバクク書2章9節】

わざわいだ。自分の家のために不正な利得をむさぼり、わざわいの手からのがれるために、自分の巣を高い所に据える者。

将来の不安対策として蓄えるので、「これでも足りない」と、いつも不満足な状態です。


【Ⅰテモテ6章9-11節】

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。

しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。

貪欲はあらゆる悪の根であると教えます。


【コロサイ3章5節】

ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。

貪欲はそのまま偶像礼拝になります。

偽善的な信仰生活をしている人の中にあるものは、この貪欲が原因です。

神様を第一に求める人のように見せかけながら、心の中では別のものを熱心に求めています。

イエス様のところに来て財産分配の問題を解決して下さいと頼んだ人も、イエス様をメシアとして崇めたのでもなく、イエス様を利用して自分が財産をもっと貰いたいという貪欲の思いの方が強かったのです。


また貪欲は、使うべき所にも使わず、ひたすら集める人だけが持っているものだと思ってはいけないです。

自分の欲望や物欲のために自分の収入以上に使う人の中にも貪欲があります。借金までして手に入れます。
この貪欲は、そのまま偶像崇拝になりますので、本当に私たちが警戒をしなければなりません。


偽善的な信仰生活と貪欲には深い関係があります。この世と神を求める二股状態です。

うまく続けられると自分で思っていても、結果は「愚かな者」と主から言われるようになります。


他にも聖書には警戒すべきものがありますが、今回は最も警戒が必要な偽善と貪欲について話しました。
貪欲は私たちの中で持っていない人はいないほど、根が深いものです。

(自分の中には)存在しないと思っていても自分の心を掘っていけば、どんどん出てきます。


探し出して捨てていくのが、警戒して訓練をしている姿です。

私たちがみことばに従って、神を喜ばせるならば、神様は私たちに必要なものを備えてくださる方です。
欲しい物よりも、生きる為に必要なものを与えて下さいます。それを信じて、必要なものは神様に求めましょう。

そして、偽善と貪欲は捨てましょう。
(*・ω・)ノ

2014.9.7
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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