からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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迫害

反キリストの現れ

テーマは 『 反キリストの現れ 』 です

【ヨハネの黙示録13章7-10節】

彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

耳のある者は聞きなさい。

とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。

キリストの再臨の前に 必ず起こることの一つが、反キリストの出現です。


今までも反キリストの働きをした多くの偽キリストが出ましたが、キリストの再臨の前に現れる反キリストは その力や影響力がそれまでとは全く違うので、人々は惑わされ、またはそれに支配されるので大患難が到来します。


信仰を守るためには殉教を覚悟しないと守れないほどの患難が来ます。


これはサタンの最後の作戦で、聖徒たちを攻撃するために準備をし、準備が出来た時に現れて、自分の手下である反キリストを世に送り、世界を支配させ、聖徒たちを迫害します。



サタンは自分にある権威をその者に注ぐので、キリストの復活を真似し、人々を驚かせ、自分を拝ませ、思いのまま権力を振るい、神の聖徒たちを激しく迫害します。


反キリストの力は小さな力ではなく 全世界の政治、軍事、経済、宗教、社会の覇権をすべて握って人々を自分たちの支配下に置きます。

それが着々と進んでいます。



「陰の政府」と言われる超エリートたちによって新世界秩序のシステムが造られていきますが、多くの人はこれにあまり気付いていないです。

彼らが目指すのは世界単一政府で、世界を支配する計画です。


目を開けて見るならば、世界のあらゆるところで、彼らの動きを見ることが出来ます。


彼らの姿は黙示録17章、18章にある 大淫婦の姿です。

その特徴を見ると、その者たちが誰であるのかが見えてきます。




大水の上にすわっている大淫婦



【ヨハネの黙示録17章1節】

また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。

世界のすべての国家と人々の上に君臨する




緋色の獣に乗っているひとりの女



【ヨハネの黙示録17章3節】

それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。

反キリストの守りの中で力を発揮する




華麗に体を飾っている女



【ヨハネの黙示録17章4節】

この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。

物質主義と快楽主義で世を惑わす




手に金の杯



【ヨハネの黙示録17章4節】

この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。

憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになる




額にバビロンという名



【ヨハネの黙示録17章5節】

その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」という名であった。

人々を誘惑し、自分のしもべにする




聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っている



【ヨハネの黙示録17章6節】

聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。

神の民を迫害するのを楽しみにする姿として現れています。

調べると、このようなことを実際にやっていることが見つかっています。



反キリストが現れるために、政治と経済、メディアとエンターテイメント界の中で活躍する者が多いです。

その内幕を知らないと惑わされていきます。


【マタイの福音書24章24節】

にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。


目を覚ましてキリストの再臨を待ちましょう。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2020.5.24
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神の足し算

テーマは 『 神の足し算 』 です

【マタイの福音書19章27-29節】

そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

先週は神の引き算について学びました。

私たちの中から肉のものを取り除く神の引き算は、私たちを祝福するためのものであることを学びました。


神は引き算の後に、足し算を始めます。

どのような足し算をなさるのかを今回は見たいと思います。



本文でペテロは「私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」と質問しました。


弟子たちは未来の保証と何らかの報いが欲しかったです。

何も得るものがないならば、悲惨な人生になりますね。


主は彼らに明確に何が与えられるかを語って下さいました。



神が私たちに与えて下さるのが “神の足し算” です。

神が下さらないと得られないものが色々あります。


ですから、引き算をする神は 足し算もします。


質問を受けた主は、弟子たちに未来の保証になることばを明確に語りました。


どのようなものが与えられるのかを見たいと思います。

神の足し算の内容です。




人の子が栄光の座に着く時、彼らも十二の座に着いて、イスラエルの十二部族をさばく




弟子たちはこの時、これを霊的に考えたのではなく、世的に考えました。

すなわち主が イスラエルの王になった時に、自分たちも良い地位に就くと思っていたでしょう。


しかし主が与えるものは はるかに価値あるものでした。


主の最後のさばきの時に従って来た者たちも、裁判官としての権威と役割を与えると約束しました。

さばかれる立場ではなく、裁く立場です。


自分たちを苦しめ、迫害した者たちを立場が変わってさばくことは何と素晴らしいことでしょうか。


【ルカの福音書22章28-30節】

けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。

わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。

それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

【第1コリント6章2節】

あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

【ヨハネの黙示録2章26-27節】

勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。

彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。



世のものも豊かに祝福して下さる




捨てた者はその幾倍をも受けると約束しました。

別の福音書のことばにもあります。


【マルコの福音書10章29-30節】

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、

その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。

“幾倍” も “百倍” も満ち溢れることを意味します。

この祝福は迫害と共に受けます。


ものやお金があり余ることが満ち溢れることではないです。


必要なものが必要な時に与えられることが満ち足りる祝福です。


【ピリピ4章17-18節】

私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。

私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。



永遠のいのち



永遠のいのちは神の御国で生きるために得るものですから、御国を相続する祝福もあります。


自分のいのちを捨てた時に、神はそこに永遠のいのちを注ぎます。


物質よりも はるかに価値ある永遠のいのち、神の足し算で最高のものです。


人間が罪を犯して失ってしまった永遠のいのちを 神を信じる者、主のためにいのちを捨てた者たちに与えて下さいます。


【ローマ2章7-8節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。

【マタイの福音書18章9節】

また、もし、あなたの一方の目が、あなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい。片目でいのちに入るほうが、両目そろっていて燃えるゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

永遠のいのちは神の国に入る者に与えられます。



永遠のいのちがない人は永遠の死がある地獄に行きます。

地獄ほど悲惨な場所はないです。


そこに行った人たちが一番欲しがるものは何でしょうか?

永遠のいのちだと思います。



神はもっとも大切なものを迫害されても信じて従う者たちに与えて下さいます。


神の足し算の中にあるものはすべて私たちにとって最も価値あり大切なものです。


価値のない小さいものが与えられていないからと言ってつぶやく人は愚かな人です。

無知な人であり、神のみこころを知らない人です。


最も大切なものを先に受け取らないといけないです。


他のものは神が必要に応じて、必要な時に与えて下さるので忍耐して待つことです。
アーメン ( ・Д・)


2020.2.2
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圧倒的な主の愛

テーマは 『 圧倒的な主の愛 』 です

【ローマ8章35-39節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、

高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

キリストの愛は世界にある すべての愛を全部合わせた愛よりも 大きな愛だと私は思っています。

ですから、その愛を “圧倒的な愛” と表現しました。


この “圧倒的な愛” に勝てるものは一つもないです。


その愛で私たちを愛するために、キリストはこの世に来て下さいました。


罪がないことを除いては、私たちと同じものになりました。

そしてその愛を余すところなく表して下さいました。


神はキリストを通して、どれほど私たち人間を愛しているかを見せて下さいました。

その圧倒的な愛を私たちは知らなければなりません。




救いの根源は圧倒的な主の愛である




【ヨハネの福音書3章16-17節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

【第1ヨハネ3章16節】

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。

ひとり子イエス様を、罪人である私たちの “救い” のために与えて下さった愛は 普通の愛ではなく、人間には存在しない “圧倒的な愛” です。


それによって救いを可能にしました。


「なぜ私のような者のために そんなことをしましたか?」と聞くならば、主はこのように答えるでしょう。


―― あなたを愛しているから ――



愛するのに条件があるならば、それは条件的な愛であって、純粋な愛にはなりません。


神の愛は純粋な愛で圧倒的な愛です。

そしてその愛にはものすごいパワーがあります。
引き離さないパワーです。


その愛を知っているならば、この世でどんな患難や苦しみがあっても恐れる必要がありません。


なぜならば離さないほどの強い神の愛で愛されているからです。


キリストの愛は、皆さんが抱えている患難、苦しみ、危険、剣よりも決して小さなものではありません。

すべての問題を圧倒する愛です。



自分が抱えている苦しみや問題によって 主から離れようと考えているならば、それは主の愛にまだ気付いていないです。


しかし反対に、放蕩息子のように問題の中で、主の愛に気付くならば幸いです。


主が話された放蕩息子の例えは、皆さんも知っています。

お父さんの愛に改めて目覚めたのは彼が無一文になってからでした。


すべてに恵まれていた時には まったく気付いていませんでした。

ですから財産をもらって遠くに離れて行きました。



すべてを失って誰からも愛されることなく、1人で困っていた時に、お父さんの愛を思い出しました。

それで家に帰ることを決心しました。もちろん不安と恐れもありました。

お父さんが自分を受け入れてくれるかどうかは分からないので、しもべの1人になっても良いと思って帰りました。


彼が帰った時に、思っても見なかったお父さんの愛溢れる歓迎を受けて彼はびっくりしました。

その時、やっとお父さんの愛が どれほど強い愛であるのかを実感しました。




聖徒は主の愛を実体験によって
確信することが必要である





患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣などは、実際に救いを妨害するためのサタンの攻撃によるものとして現れることも多いです。

また信じる者を倒す目的でそのような試練が来ます。


そのような厳しい状況の中でも、神の愛を確信する人だけが、自分の救いと信仰を守って勝利することが出来ます。


主の愛に対しての確信がない人は、厳しい状況の中で耐えることが出来ず、主の愛を疑って、主から離れて行きます。


愛よりも強いものはないです。

神様がひとり子キリストをお与えになったほどに自分を愛しておられると思うならば、目の前の患難が主の愛より大きく見えることはないです。


迫害が主の愛を奪い取るような強力なものには見えません。



殉教した人たちは、自分を愛する主の愛をどこでも感じるので、むしろ死ぬことも喜んでいました。

神の絶対的な愛と天国への確信を持っていたので、彼らはいのちが取られてもキリストから離れませんでした。


私たちを愛しておられる主が、苦しみの中にいる愛する者たちを見捨てることなどありえないことです。


それを彼らもみな信じていました。


【第1ヨハネ4章7-11節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

福音を異邦人に伝えたパウロは、コリントの信徒たちに手紙の最後にこのように言いました。


【第1コリント16章24節】

私の愛は、キリスト・イエスにあって、あなたがたすべての者とともにあります。

主の圧倒的な愛を体験した人は、人もこのように愛することが出来ます。

アーメン (。・ω・)ノ゙


2018.9.2
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宣教は霊的戦いから始まる

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
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勝利した人たちが使うことば

テーマは 『 勝利した人たちが使うことば 』 です

【ピリピ4章13節】

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

環境が 人に勝利をもたらすのではなく、
“健全な信仰と思考を持って勝利のことばを使う人” が勝利を勝ち取ります。


今日のことばは、使徒パウロが語ったことばでした。


パウロの置かれた環境は、常に “最悪な環境” でした。

福音を伝えるのが彼の使命ですが、常に反対、妨害、迫害の環境での働きでした。


肉体的にも死の連続の状況でしたが、なぜ そのような中でも、彼は福音によって世界を変える勝利の働きが出来たでしょうか?

もちろんパウロだけではなく、聖書にはパウロと同じく勝利を得た人々が多く出てきます。


彼らに共通するものは、健全な信仰と思考、そして常に勝利のことばを使ったことでした。


私たちは、主のことばに関心があります。


主のことばで力を受けたり、慰めを受けたり、励ましを受けたりします。

そして主のことばに頼ります。


主はどうでしょうか?


主は、私たちのことばに関心があります。

ことばを聞いて、私たちの信仰や考え方を知ります。


勝利を得た人たちのことばには とても力があり、自信があり、希望があり、神への信頼がありました。

パウロは困難に直面しても、弱音を吐きませんでした。


なぜなら、共におられる主に 完全に信頼していたからです。


自分が受けた使命は、主からの使命なので、そこに失敗があるとは考えていませんでした。

どんなに環境が悪くても、自分は必ず勝利すると宣言して働きました。


ローマでは、次のように勝利について語りました。


【ローマ8章35-37節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、剣があるから と、主から離れる人は勝利者ではなく、“敗北者” です。


【第2ペテロ2章19-20節】

人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。

主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。

環境に左右される人は 信仰があったとしても、結局は環境に倒されて勝利することが出来ません。


勝利する人たちは 環境ではなく、主に信頼し、みことばに信仰を築き上げ、健全な思考をもって、環境に向かって勝利のことばを使います。


「私は必ず勝利者となる。圧倒的な勝利者となる。私は私を強くして下さる方によって、どんなことでも出来る。

決してサタンが喜ぶようなことばは使いません。


他に勝利した人たちのことばも聖書にありますので紹介します。




ヨセフ




ヨセフが語ったことばです。


【創世記45章5節】

今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。

もし このようなことばではなく、恨みのことばで彼らを恨んだり、復讐したならば、ヨセフは勝利者にはなりませんでした。




カレブ




【民数記13章30節】

そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

多数が否定的な思いで、絶望的なことばを使っても、
カレブは最後まで勝利のことばを言いました。


神は カレブのことばを心に留め、彼には勝利を与えました。


しかし絶望的なことば、つぶやきに対しては このように語りました。


【民数記14章28-29節】

あなたは彼らに言え。これは主の御告げである。わたしは生きている。わたしは必ずあなたがたに、わたしの耳に告げたそのとおりをしよう。

この荒野であなたがたは死体となって倒れる。わたしにつぶやいた者で、二十歳以上の登録され数えられた者たちはみな倒れて死ぬ。

私たちは自由にことばを使うことが出来ます。

しかし、自分が使ったことばの実を刈り取るのは、自分自身であることを忘れてはいけないです。




ダビデ




戦う前に、すでに勝利宣言のことば使ったダビデのことばです。


【第1サムエル記17章47節】

この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」

全イスラエルが恐れていたゴリヤテに対して、恐れなかったのは ダビデだけでした。

神は彼に勝利を与えました。


ゴリヤテを恐れていたサウル王のことばと比較してみましょう。

使うことばが違いました。





サウル




【第1サムエル記17章33節】

サウルはダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」

普段どのようなことばを神様に、自分自身に、他人に使っていますか?


あなたが使ったことば通りの将来が あなたを待っています。

そして蒔かれたことば通りのことを刈り取ります。


勝利したいならば、環境が変わるのを待つのではなく、あなたの信仰、思考、ことばを変えて下さい。


そうするならば勝利の人生を送ることが出来ます。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.4.8
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迫害の中でつまずかないためには

テーマは 『 迫害の中でつまずかないためには 』 です

【ヨハネの福音書15章18-25節】

もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。

もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。

しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します。もし彼らがわたしのことばを守ったなら、あなたがたのことばをも守ります。

しかし彼らは、わたしの名のゆえに、あなたがたに対してそれらのことをみな行います。それは彼らがわたしを遣わした方を知らないからです。

もしわたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかったでしょう。しかし今では、その罪について弁解の余地はありません。

わたしを憎んでいる者は、わたしの父をも憎んでいるのです。

もしわたしが、ほかのだれも行ったことのないわざを、彼らの間で行わなかったのなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今、彼らはわたしをも、わたしの父をも見て、そのうえで憎んだのです。

これは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と彼らの律法に書かれていることばが成就するためです。

イエス・キリストの十字架の死は 初めから予定されたものでした。


イエス・キリストは 自分がどのような死を迎えるかを知っていたので、弟子たちに事前に話しました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

そして、そのことば通りのことが実際に起こりました。

宗教指導者たちの迫害によって殺されました。


この迫害は、イエス・キリストだけに限定されたものではなく、長い歴史の中で いつの時代にもキリスト者にありました。


イエス様は天に上る前に、弟子たちに使命を与えました。


【マルコの福音書16章15-16節】

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

そして主は聖霊を遣わして下さいました。


宣教は聖霊が主導し、聖霊が力を与えたので、弟子たちは勇気をもって大胆に出て行って福音を伝えました。


聖霊の奇跡も たくさん起こったので、救われる魂が多く起こされました。

イエス・キリストを殺した人間から見たら “想定外” のことで、福音は勢いよく広がっていきました。


それでイエス・キリストを迫害した同じ人間たちによって、再び迫害が 使徒たちや信じる者たちに始まり、そこで殉教者も出て来ました。

その様子を次の箇所で見ます。


【使徒の働き5章17-18節】

そこで、大祭司とその仲間たち全部、すなわちサドカイ派の者はみな、ねたみに燃えて立ち上がり、

使徒たちを捕らえ、留置場に入れた。

【使徒の働き5章33節】

彼らはこれを聞いて怒り狂い、使徒たちを殺そうと計った。

【使徒の働き5章40節】

使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。

これ以外にも激しい迫害がありました。



しかし、その中でも弟子たちは福音を宣べ伝え、ローマやアジヤでも多くの信じる者が生まれました。


ローマでは最初は迫害がなかったですが、信じる者が増えるにつれて迫害が始まりました。


イエス・キリストを信じる者が握っている “確信” (福音のメッセージ、唯一の神、救い主はキリストだけである) という排他性が 多くの人々を惹きつけましたが、それを認めない人たちは、そこにつまずき、敵対者になり、キリスト者を非難しました。

そして福音を妨げる力も強く働きました。


本格的なローマでの迫害は、ネロ皇帝の時に始まりました。

先月ローマへ行き、その現場を自分の目で見ることが出来ました。


ネロの放火によってローマ市の大半が焼かれた時に、ネロはその罪を、キリストを信じる者たちに転嫁しました。

そして “キリスト者” として知られている者たちに 罪を着せ、処刑しました。


クリスチャンたちは、動物のぬけがらを着せられて 犬に食い散らされたり、十字架につけられたり、夜になれば たいまつの代わりに燃やされました。


ネロは これらの見世物のために、自分の庭を解放して見せました。

ライオンや熊の餌食になる者も多かったです。



コロセウムの中にも入りましたが、5万人近く入る闘技場で、クリスチャンたちは 猛獣の餌食になっていきました。

このような迫害は長く続きました。


ドミティアヌス帝は、「キリスト教を告白することは死刑に値する罪」としました。

そして、ある人がキリスト者であることを知ると、その人に信仰を捨てる機会を与えます。

もしそれを拒否すれば処刑されました。


皇帝トラヤヌスは「だれでも自分がキリスト者であることを否定し、それを行いで証明するために、われわれの神々を拝むなら、その過去がいかに危険なものであろうとも その悔い改めによって赦されなければならない」と言いました。


激しい迫害を避けて、人々は地下に潜って行きました。



ローマには、カタコンベがあります。

現在知られているカタコンベは35です。


“地下埋葬所” とも言いますが、そこはクリスチャンたちが迫害を逃れるために身を隠した場所でもあります。


彼ら自身が地下に潜ってすべて掘りました。

今回はプリスキラカタコンベに行きました。


複雑に入り組んだカタコンベの廊下の総延長は、800キロとも言われます。

その規模には本当にびっくりしました。


真っ暗闇の中、息苦しい場所、湿気があり、そして死んだ人たちをそこに埋葬してあるので、においも相当あったと思いますが、それらと一緒に暮らすことは想像するだけで苦しくなりました。


しかし激しい迫害の中でも 彼らはその中で信仰を守っていました。



どのようにして彼らは激しい迫害の中で、つまずかずに信仰を守り通したのでしょうか?


ペテロもパウロも、ネロの迫害の時代に殉教しました。

私たちは同じ時代、迫害の中にいる信徒たちに対して イエス様が使徒ヨハネを通して語ったことばで、彼らの中にあるものを知ることが出来ます。


迫害の中で彼らを支えたものが何かを主が教えて下さいました。

その部分だけを聖書の箇所で伝えます。




主の名のために耐え忍んだ




【ヨハネの黙示録2章3節】

あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れたことがなかった。



主の励ましと報い




【ヨハネの黙示録2章10節】

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。



主に対する信仰




【ヨハネの黙示録2章13節】

「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住むあなたがたのところで殺されたときでも、わたしに対する信仰を捨てなかった。



愛と信仰、奉仕と忍耐




【ヨハネの黙示録2章19節】

「わたしは、あなたの行いとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっていることも知っている。



罪から離れ主とともに歩む




【ヨハネの黙示録3章4節】

しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからである。



忍耐のことばを守った人に対する主の守り




【ヨハネの黙示録3章10節】

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。





外から来る激しい迫害に耐えるための信仰と愛、忍耐と奉仕、主のことばに対する信頼があったので、彼らはイエス様を捨てることもなく、つまずくこともありませんでした。


そして、彼らには強力な復活信仰がありました。


よみがえった主を実際に目撃し、見ていなくても信じたので、彼らは試練の中で耐えることが出来ました。



今も世界の様々な所で、迫害を受けている信徒たちがいます。

そして後には、全世界に迫害が必ず起こると預言されています。


“目を覚まして準備していなさい” と主から言われてあります。


準備せずに信仰を守ることは不可能です。

忍耐も出来ないです。


簡単につまずくと思います。


主のことばは必ず実現しますので、他人事のように思ってはいけないです。
(; ̄Д ̄)


2018.2.4
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信仰によって大胆に生きる人々

テーマは 『 信仰によって大胆に生きる人々 』 です

【ヘブル10章32-39節】

あなたがたは、光に照らされて後、苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、思い起こしなさい。

人々の目の前で、そしりと苦しみとを受けた者もあれば、このようなめにあった人々の仲間になった者もありました。

あなたがたは、捕えられている人々を思いやり、また、もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っていることを知っていたので、自分の財産が奪われても、喜んで忍びました。

ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。

あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。

わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」

私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。

最近、感動的な映像を観ました。


モスルで イラク軍とISの激しい戦闘がある最中に、IS側の地域で 死んだお母さんのそばで座って泣いている6歳のイラク人の女の子を見つけた、デビット・ユベンクというクリスチャンの人が 命を懸けて爆弾が落ちる地域に走って行き、その女の子を救出しました。


彼にも小さい子どもがいますが、死を覚悟して、救出に向かったと言いました。

彼は 英雄と呼ばれることに対して、自分は決して英雄ではなく、すべきことをしたと言われました。


“隣人を愛しなさい” ということばを実行したと思います。

実際いま、中東では、自分のいのちを懸けて福音を伝える多くのクリスチャンたちがいますし、良き働きをしているクリスチャンたちも多いです。


中東のほとんどの国は、イスラム教の世界なので、そこには数少ないクリスチャンがいて激しい迫害を実際受けている人々もいますので、まさに苦難の火の中で信仰を守っているような状態です。

その彼らが、どれほど大胆な信仰をもっているのかを色々と聞きました。


今日の本文でも、激しい苦難の中で戦いながら信仰を守っている人たちがいたことを語っています。


どの時代にも、クリスチャンに対する迫害はありました。

その中で大胆な信仰をもって殉教した多くのクリスチャンたちがいました。


しかし信仰の自由があり、苦難も迫害もないのに、意外と弱々しく不安と恐れの中にいるクリスチャンが多いです。

祝福があるのに、将来に対する恐れ、苦難と迫害に対する恐れがあります。


激しい迫害と苦難があっても、恐れもなく 大胆に生きるクリスチャンがいるのになぜでしょうか。


以前、シリアでもイスラム教徒によって破壊された教会の前で、牧師が大胆にも「壊れたこの教会から離れず、ここでまた礼拝をささげる」と言いました。

恐れはないと言いました。殉教も覚悟しているように見えました。


そのようにシリアやイラク、他の国々でも苦難と迫害の中にいるクリスチャンたちは あまり恐れず、その中で生きていました。


目の前でISの人々や他のイスラム教徒がクリスチャンたちを十字架につけたり、首をはねたりと残虐な行為を繰り返しても、彼らは信仰を守りながら大胆に彼らの中で生活しています。


どうして そのようなことが出来るでしょうか?


彼らは未来だけを見るのではなく、今日という日を熱心に生きています。







アメリカで発行された 「Standing in the fire」 という本の著者が話した内容も少し話します。


西洋の教会では 恐れながら生きている人が多いのに、なぜシリアなど迫害を受けている教会では そういうことがないのかを調べました。


恐れがある主な理由は、“信じる者たちがこの世のTVや放送局で流れるニュースばかり聞きながら考えるからだ” と言いました。


毎日ニュースはテロ、事件、事故、災害など衝撃的なものがほとんどです。

テレビの前で座りながら、それらのニュースの爆弾を受けています。


否定的な知らせ、ムスリム世界のことばかりを聞くと、心に不安と恐れが生じます。

そうすると、だんだんと信仰も弱くなり、恐れ退いていきます。


しかし、信徒たちは恐れ退いてはならないです。


中東の信徒たちは、ムスリム背景から出て来ましたが、そのようには生きていないです。



「使徒の働き」 を読んでみると、聖霊を受ける前の弟子たちも恐れおののいて 隠れていましたが、聖霊を受けた後は 聖霊と力に満たされ、迫害の中でも、大胆に福音を伝えました。


恐れが何もない所に住んでいるクリスチャンが恐れているのに、大きな危険の中に生きているクリスチャンは、それとは反対に 非常に大胆です。


中東にいるクリスチャンに出会って驚いたことは、彼らに恐れがなかったことだと言われました。

彼らは戦争が早く終わるように、迫害が止まるように祈ってはいないそうです。


かえって自分たちが いま経験している すべてのことを通して学ばせて下さいと祈っています。


試練から学び、大胆に苦難を受け、主のために喜んで いのちをささげることが出来るように祈っています。


自分の祝福ばかり祈っているクリスチャンとは 全く違う姿です。


彼らは 神を求めていますが、自由の国のクリスチャンは 祝福を求めます。


信仰よりも自分の生活が守られるように祈っています。

ですから試練に弱く、大胆な信仰も足りないのです。






ニジェールは、世界でも貧しい国の下から二番目のアフリカにある国ですが、そこもイスラム教が多く、教会に対する迫害が強い国です。


そこで20年間宣教している宣教師の報告でも、パリで2015年に起きた新聞社テロの影響を受けて ニジェールでも教会が次々とイスラム教徒らに襲撃されて教会が放火されたり、壊されたりしました。


信徒たちもいやがらせを受けたりしたので、別の所に移った人もいましたが、しばらくすると信徒たちが教会に戻って来ました。

教会が燃えて椅子一つ残されていないので、自分たちの家から椅子を持って来て礼拝しました。


またいつ襲われるか分からないので、死を覚悟して信仰生活をしています。

その国は、ボコハラムというイスラム過激派が活動している危険な所です。

彼らはナイジェリアでも、4千人のキリスト教徒を殺害しました。



しかし、そのような苦難と迫害の中でも 大胆に信仰をもって生きる人々がいるので、私たちは彼らから学ぶ必要があります。


大胆な信仰はどこから来たのでしょうか?


神のことばに耳を傾けることです。


信仰は キリストのことばを聞いて始まりますし、信仰によって生きることも神のことばによります。


迫害の中で生きる人たちは、いつも神のことばを優先に聞きました。

神のことばで力を受け、神と永遠の世界を知り、真の希望と誰に頼って生きるべきかを学びました。


彼らの世界観は神のことばから来ました。

この世のニュースばかり聞いて、それで判断し、右往左往するならば、信仰によって生きる人ではなく、世に頼って、世の価値観で生きる者になります。


ですから 大胆な信仰のためには、世の騒音を消して、神のことばを聞かなければなりません。



祈祷院で1週間 神に向き合って、ニュースをいっさい聞かなかった時に、本当に心が平安になり、聖霊に満たされました。


山から下りると騒がしいニュースばかりで、心が乱された経験がありました。


今、戦闘地域に住んでいる人たちは 自爆テロや爆弾が落ちたりすると、そこに家族が巻き込まれているかも知れないという不安と恐れを持って、すぐニュースに耳を傾けますが、そこにいるクリスチャンたちは ニュースよりもまず ひざまずいて、「神は真実な神です。神はあわれみ深い方です。神は御民を守って下さる方です。大丈夫だと信じます。」 と祈った後に、詳しいことを調べるらしいです。


しかし自由の世界にいる多くのクリスチャンは 心配と恐れで、まずニュースを聞き、後になって祈ります。


世のすべてのことは、まず信仰の目で見て神に祈ることが優先です。


恐れの目で見てはいけないです。

大胆な信仰によって生きている人は 絶望的な時に、必ず祈ります。

その時、必死に神を求めます。


彼らは、「神に信頼する者は決して失望させられることはない」 ということばを信じています。

そして苦難に耐える時は、神から受ける大きな報いを信じています。


苦難もなく、肉を喜ばせるものが多い所に住む人は、世を愛して いつまでもこの世が続いてほしいと思いますが、苦難や迫害、様々な困難が多い所では、この世よりは天の御国へ行きたい思いが強くなるので、この世のことで くよくよ悩んだり、未来のことで心配ばかりすることはしないです。

その分、恐れも少なくなります。


迫害があり、戦闘がある所では 明日が問題ではなく、今日生きるか死ぬかが問題です。

ですから、“今日” と言う日を神に頼って精いっぱい生きます。


「今日、信仰によって生きないと天国に行けないかも知れない」 という思いで生きています。


ソファーに座ってテレビを観ながら未来に対して不安と恐れを感じて生きるクリスチャンと、必死に祈りながら今日生きている人は、どちらが大胆に生きる人でしょうか?


昔から大胆な信仰を持って生きた人たちは、信仰の戦いが強い時代に生きた人々でした。

今も変わりません。






アメリカで高齢者たちに、「今、後悔していることは何か」 のアンケートを取りました。

結果、「挑戦しなかったことを一番後悔している」 という回答でした。


安全な道、楽な道ばかり求めて生きた結果だと思います。

そして新しいことへの不安と恐れがあるので、挑戦を諦めたと思います。


信仰の道は楽な道ではないです。

その道は せまく険しいと主が語りました。


自分がしたいこと全部しながら歩める道ではないです。

反対に神の声に聞き従いながら歩む道です。


悪の力と戦いながら歩む道です。


しかし、信仰の道を走り終えると 大きな報い、永遠のいのちが得られる素晴らしい道でもあります。


これからの時代は、信仰を守るのが難しくなる時代になると聖書でも預言しました。


大胆な信仰がないと、信仰で生きることが出来ない時代になります。

いま小さい試練の中で訓練して下さい。


忍耐すること、大胆になることを――。
( ̄‥ ̄)=3


2017.7.30
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反キリストの姿が見られる旧約の人物

テーマは 『 反キリストの姿が見られる旧約の人物 』 です

【第1ヨハネ4章3節】

イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。


カイン
(神から義と認められた弟アベルを殺した)



【第1ヨハネ3章12節】

カインのようであってはいけません。彼は悪い者から出た者で、兄弟を殺しました。なぜ兄弟を殺したのでしょう。自分の行いは悪く、兄弟の行いは正しかったからです。



ニムロデ
(神に敵対するためにバベル塔を建てた)




【創世記10章8-12節】

クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。

彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。

彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。

その地から彼は、アシュルに進出し、ニネベ、レホボテ・イル、ケレフ、

およびニネベとケラフとの間のレセンを建てた。それは大きな町であった。


【創世記11章2-9節】

そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。

彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青(れきせい)を用いた。

そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」

そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。

主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。

さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」

こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。

それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。



パロ王
(神の民を過酷に抑圧し、神に敵対した)




【出エジプト記1章13-14節】

それでエジプトはイスラエル人に過酷な労働を課し、

粘土やれんがの激しい労働や、畑のあらゆる労働など、すべて、彼らに課する過酷な労働で、彼らの生活を苦しめた。



コラ
(神が立てたしもべモーセに反発した)




【民数記16章3節】

彼らは集まって、モーセとアロンとに逆らい、彼らに言った。「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、主がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、主の集会の上に立つのか。」

【ユダ1章11節】

ああ。彼らはカインの道を行き、利益のためにバラムの迷いに陥り、コラのようにそむいて滅びました。



バラム
(貪欲な人物で、イスラエルを呪おうとし、偶像崇拝をさせた)




【民数記23章1-30節】

バラムはバラクに言った。「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊をここに用意してください。」

バラクはバラムの言ったとおりにした。そしてバラクとバラムとは、それぞれの祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一頭とをささげた。

バラムはバラクに言った。「あなたは、あなたの全焼のいけにえのそばに立っていなさい。私は行って来ます。たぶん、主は私に現れて会ってくださるでしょう。そうしたら、私にお示しになることはどんなことでも、あなたに知らせましょう。」そして彼は裸の丘に行った。

神がバラムに会われたので、バラムは神に言った。「私は七つの祭壇を造り、それぞれの祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一頭とをささげました。」

主はバラムの口にことばを置き、そして言われた。「バラクのところに帰れ。あなたはこう言わなければならない。」

それで、彼はバラクのところに帰った。すると、モアブのすべてのつかさたちといっしょに、彼は自分の全焼のいけにえのそばに立っていた。

バラムは彼のことわざを唱えて言った。「バラクは、アラムから、モアブの王は、東の山々から、私を連れて来た。『来て、私のためにヤコブをのろえ。来て、イスラエルに滅びを宣言せよ。』

神がのろわない者を、私がどうしてのろえようか。主が滅びを宣言されない者に、私がどうして滅びを宣言できようか。

岩山の頂から私はこれを見、丘の上から私はこれを見つめる。見よ。この民はひとり離れて住み、おのれを諸国の民の一つと認めない。

だれがヤコブのちりを数え、イスラエルのちりの群れを数えようか。私は正しい人が死ぬように死に、私の終わりが彼らと同じであるように。」

バラクはバラムに言った。「あなたは私になんということをしたのですか。私の敵をのろってもらうためにあなたを連れて来たのに、今、あなたはただ祝福しただけです。」

バラムは答えて言った。「主が私の口に置かれること、それを私は忠実に語らなければなりません。」

バラクは彼に言った。「では、私といっしょにほかの所へ行ってください。そこから彼らを見ることができるが、ただその一部だけが見え、全体を見ることはできない所です。そこから私のために彼らをのろってください。」

バラクはバラムを、セデ・ツォフィムのピスガの頂に連れて行き、そこで七つの祭壇を築き、それぞれの祭壇の上で雄牛と雄羊とを一頭ずつささげた。

バラムはバラクに言った。「あなたはここであなたの全焼のいけにえのそばに立っていなさい。私はあちらで主にお会いしいます。」

主はバラムに会われ、その口にことばを置き、そして言われた。「バラクのところに帰れ。あなたはこう告げなければならない。」

それで、彼はバラクのところに行った。すると、モアブのつかさたちといっしょに、彼は全勝のいけにえのそばに立っていた。バラクは言った。「主は何とお告げになりましたか。」

バラムは彼のことわざを唱えて言った。「立て、バラクよ。そして聞け。ツィポルの子よ。私に耳を傾けよ。

神は人間ではなく、偽りを言うことがない。人の子ではなく、悔いることがない。神は言われたことを、なさらないだろうか。約束されたことを成し遂げられないだろうか。

見よ。祝福せよ、との命を私は受けた。神は祝福される。私はそれをくつがえすことはできない。

ヤコブの中に不法を見いださず、イスラエルの中にわざわいを見ない。彼らの神、主は彼らとともにおり、王をたたえる声が彼らの中にある。

彼らをエジプトから連れ出した神は、彼らにとっては野牛の角のようだ。

まことに、ヤコブのうちにまじないはなく、イスラエルのうちに占いはない。神のなされることは、時に応じてヤコブに告げられ、イスラエルに告げられる。

見よ。この民は雌獅子のように起き、雄獅子のように立ち上がり、獲物を食らい、殺したものの血を飲むまでは休まない。」

バラクはバラムに言った。「彼らをのろうことも、祝福することもしないでください。」

バラムはバラクに答えて言った。「私は主が告げられたことをみな、しなければならない、とあなたに言ったではありませんか。」

バラクはバラムに言った。「さあ、私はあなたをもう一つ別の所へ連れて行きます。もしかしたら、それが神の御目にかなって、あなたは私のために、そこから彼らをのろうことができるかもしれません。」

バラクはバラムを荒地を見おろすペオルの頂上に連れて行った。

バラムはバラクに言った。「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊をここに用意してください。」

バラクはバラムが言ったとおりにして、祭壇ごとに雄牛と雄羊とを一頭ずつささげた。

【ヨハネの黙示録2章14節】

しかし、あなたには少しばかり非難すべきことがある。あなたのうちに、バラムの教えを奉じている人々がいる。バラムはバラクに教えて、イスラエルの人々の前に、つまずきの石を置き、偶像の神にささげた物を食べさせ、また不品行を行わせた。



サウル王
(祭司職を侵害し、神のしもべダビデを殺そうとした)




【第1サムエル記18章29節】

それでサウルは、ますますダビデを恐れた。サウルはいつまでもダビデの敵となった。



ゴリヤテ
(神の民を冒涜し敵対した)




【第1サムエル記17章10節】

そのペリシテ人はまた言った。「きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。」



ヤロブアム
(神の恵みを忘れ、金の子牛を造って拝ませた)




金の子牛を二つ造って、ベテルとダンに置いて、それを礼拝するように民に強要し、民に罪を犯させた。

【第1列王記12章25-32節】

ヤロブアムはエフライムの山地にシェケムを再建し、そこに住んだ。さらに、彼はそこから出て、ペヌエルを再建した。

ヤロブアムは心に思った。「今のままなら、この王国はダビデの家に戻るだろう。

この民が、エルサレムにある主の宮でいけにえをささげるために上って行くことになっていれば、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し、ユダの王レハブアムのもとに帰るだろう。」

そこで、王は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」

それから、彼は一つをベテルに据え、一つをダンに安置した。

このことは罪となった。民はこの一つを礼拝するためダンにまで行った。

それから、彼は高き所の宮を建て、レビの子孫でない一般の民の中から祭司を任命した。

そのうえ、ヤロブアムはユダでの祭りにならって、祭りの日を第八の月の十五日と定め、祭壇でいけにえをささげた。こうして彼は、ベテルで自分が造った子牛にいけにえをささげた。また、彼が任命した高き所の祭司たちをベテルに常住させた。


イゼベル
(北イスラエルにバアル宗教を広げ、エリヤ預言者を殺そうとした。




【第1列王記19章2節】

すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」



ハマン
(神の民を絶滅しようとした)




【エステル記3章6節】

ところが、ハマンはモルデカイひとりに手を下すことだけで満足しなかった。 彼らがモルデカイの民族のことを、ハマンに知らせていたからである。それでハマンは、アハシュエロスの王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしようとした。



ネブカデネザル王
(自分の黄金の像を建てて崇拝させた)




【ダニエル書3章1節】

ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。

【ダニエル書3章6節】

ひれ伏して拝まない者はたれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」

☆終わりの時にはこれらすべてを揃えた反キリストが現われて、世界を支配し、自分を神だと言い、自分を拝ませます。


拝まない者は殺します。


目を覚まして信仰を守らないと、その迫害に耐えることは難しいです。
(≧ヘ≦)


2017.5.7
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岩のように揺るがない信仰が必要

テーマは 『 岩のように揺るがない信仰が必要 』 です

【第1テサロニケ3章7-8節】

このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。

あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。

信仰については今までたくさん話してきました。

信仰にも色々な信仰があるからです。


どんな逆境にも乗り越える信仰があれば、小さな試練にも すぐ倒れる信仰もあります。


ある信仰は主に褒められましたが、ある信仰は主に非難されました。

力ある信仰があれば、死んだ信仰もありました。


深く根を下ろした信仰もあれば、根が浅く すぐ消えていく信仰もあります。


なぜ私たちは主にあって堅く信仰に立つ必要があるでしょうか?




永遠に生きるために




イエス・キリストに対する信仰は 神の恵みを受け、その魂が救われ、いのちを得ます。


それから その人は “義人は信仰によって生きる” という主のことばのように、信仰によって生きなければなりません。


主に対して変わらない信仰をもって、主の前に立つ時まで生きると 主から永遠のいのちを受けます。


過去にあった一時的な信仰で 将来の永遠のいのちを受けるのではなく、人生の最後まで主にあって変わらない信仰を持つ者だけが永遠のいのちを持ちます。




罪に勝つために




罪は、たましいに対しては “致命的” なものです。

それは のろいと死をもたらします。


聖徒たちに罪を犯させるために、サタンが日々どれほど巧妙に しつこく強く働いているか分かりますか?


何とかして聖徒を倒そうと、サタンは日々奮闘しています。

良いことならば問題ないですが、その反対に とにかく信じる者を誘惑して 罪に倒すことだけを考えています。


それなのに聖徒が それに気づかないならば、その誘惑に敵対することも出来ず、必ず倒れてしまいます。


私たちが目をさまして身を慎んでいないと、このサタンに勝つことは不可能です。


罪の誘惑は 飽くことを知りません。

一度警戒して勝利しても、それで終わりではありません。


形を変えて すぐ違う誘惑が来ます。

誰でも罪の誘惑に陥るならば、深刻な結果をもたらします。


【箴言11章19節】

このように、義を追い求める者はいのちに至り、悪を追い求める者は死に至る。

死ではなく、命を得るためには “サタン と 世” に勝たないといけないです。


勝つためには 堅く信仰の上に立つことです。 “信仰” という 大盾が必要です。




患難の中で揺れないために




私たちの人生は、いつも平坦な道ばかりを歩くのではないです。

悲しみの道、苦しみの道、笑いの道、平坦な道を歩く時があります。


しかし、いつも私たちを助けておられる力ある主に頼り、信仰の上に堅く立つ時に、聖徒たちは どんな苦難や患難の中でも 信仰が揺るがされず勝利することが出来ます。


激しい苦難や迫害の中でも忍耐出来た聖徒たちは 何によって耐えることが出来たでしょうか?


彼らが特別に強い人間だったからですか?
それとも、何か特別な力があったからでしょうか。

彼らも普通の人間でした。


彼らが持っていたものは、“揺るがない信仰” だけでした。


それが彼らを激しい迫害の中でも 忍耐出来るようにさせました。


信仰をもって生きる時に、サタンは必ずその人を狙います。

それを恐れるならば、信仰生活を維持することは出来ません。


主が語ったことばを思い出しましょう。


【ヨハネの福音書16章33節】

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」


患難の中でも 主のみこころを行いながら耐えているならば、主は必ずその人を新しい天と地に導いて下さいます。

それが主の約束です。


目に見える宗教儀式だけに熱心で、神との深い関係がない “形式的な信仰” では いのちを得ることは出来ません。


主の中にある まことの信仰の中に深い根をおろした人だけが “勝利者” になります。


その信仰を見せる人だけが主に認められます。
(☆゚∀゚)


2017.4.30
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空中再臨と地上再臨

テーマは 『 空中再臨と地上再臨 』 です

【使徒の働き1章9-11節】

こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。

イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。

そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

キリストの誕生、キリストが受けた苦難、十字架、キリストの死、そして 復活は、すでに過去に起きたことなので、キリスト者はもちろん知っていますが、未信者の中でも多くの人が知っています。


しかしキリストの再臨はどうでしょうか?

未信者の人は、ほとんど知らないと思います。


キリスト者の中では 再臨を信じて、日々 主の再臨を待ち望んでいる人もいれば、信じない人もいますし、頭では知っていますが、あまり関心もなく 準備をしない人も多いです。


しかし “再臨” は必ず起こることで、すべての終わりを意味します。


いのちと死、救いと滅び、天国と地獄 に分かれていきます。

(その時になってからでは)チャンスがないです。


再臨に対して 主ご自身が何度も語り、主の弟子たちも聖霊によって語りました。


主の再臨は二度あります。


一度だと思っている人は間違えています。

なぜならば 空中再臨と地上再臨は、“目的と再臨の時の様子” が全然違うからです。


今回は、空中再臨と地上再臨の目的と、その時の様子、そして空中再臨の時に起こる 聖徒の携挙について学びます。

携挙されるためには どうしたらよいのかも話します。


再臨の間にある様々なことは、内容が膨大なので、また別の礼拝の時に伝えます。




空中再臨の目的と主の姿、聖徒の携挙




主は、主の再臨を待ち望んでいる聖徒たちを迎えるために 空中再臨をします。


キリストは、そのことを “花婿が花嫁を迎えに行く姿” だと語りました。


主が空中再臨するので、その時に聖徒の携挙が起こります。

空中の主の所に、地上から引き上げられ、主に会います。


【マタイの福音書24章30-31節】

そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。

【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いたちのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

この時に携挙される聖徒たちにとっては、この日は 最高の喜びの日であり、祝宴の日であり、愛する主に会う最高に幸せな日になります。


結婚式に望む花嫁の姿になります。

その時に、朽ちない体に変えられ、地上を離れて永遠の御国に入ります。


(※携挙のことは、とても奥が深いので また別の日に話します)


空中再臨の時の主の様子は、大能と輝かしい栄光を帯びて雲に乗った姿です。


その時のイエス様の姿は、十字架で死んだときのような悲惨な姿ではありません。

勝利した王の王、主の主の姿です。



空中再臨の時、地上では かつてないほどの大患難が始まっています。


長い間、人間の悪に対して忍耐した神の怒りの裁きが始まっています。


信じない者、悔い改めない者、にせ預言者、サタンに従って あらゆる悪を行った者、そしてこの世と妥協し堕落した信徒、警告を無視し生ぬるい信仰で準備が出来なかった信徒たちは、地上に残されて激しい迫害を受けます。


しかし目を覚まして主の再臨を迎える準備が出来た信徒たちは、すでに引き上げられているので その苦しみを受けることはありません。




地上再臨の目的と主の様子




空中再臨の後に、地上再臨があります。

地上再臨の目的は、世界を完全に滅ぼすためです。


悔い改めることもなく 主を信じず、偶像崇拝をし、あらゆる悪を行った者に対する裁きです。


この時の主は、厳しい裁き主として来られます。

どのようなことをするのか、次の聖書のことばにあります。


【ヨハネの黙示録19章11-21節】

また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。

その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。

その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。

天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。

この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。

その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。

また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、

王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」

また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。

すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。

残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

この時は雲ではなく 白い馬に乗って、一人ではなく 勝利した聖徒たちと共に来られます。


【ゼカリヤ書14章3-5節】

主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。

山々の谷はアツァルにまで達するので、あなたがたは、わたしの山々の谷に逃げよう。ユダの王ウジヤの時、地震を避けて逃げたように、あなたがたは逃げよう。私の神、主が来られる。すべての聖徒たちも主とともに来る。

主が地上再臨する時が世界の終わりです。


それまでに地上では すでに多くの災難や戦争や疫病などで、多くの人々が死んでいます。


黙示録に詳しいことが全て書かれてあります。




携挙されるためにどんな準備をすべきなのか




携挙される聖徒はわずかで、多くの聖徒たちは残されると言われてあります。


信仰告白した人ならば、全員携挙されると言われることばは、事実ではありません。


目を覚まして用意していない人は残されます。

口先だけの信仰で良い実を結んでない人も残されます。


聖くなければ、だれも主を見ることは出来ません。




二重生活 (信仰と生活が別々)




生活の中に 信仰の実がなく、死んだ信仰、むなしい信仰、無価値な信仰生活をしている人は、悔い改めない限り 携挙はないです。


神の御心に適う信仰、神が認める信仰 (不平、不満、つぶやき、不安、絶望、怒り、悲しみの生活、世を愛して世に従うのではなく、


主を一番に愛すること、福音にふさわしく生きる、光と塩の生活、真実で偽りのない生活、聖別された生活、


いつも喜び、絶えず祈り、すべてに感謝する生活、主に従う生活をする、みことばに従う生活、祈りの生活、罪の悔い改め(聖さ)、罪から離れる生活、偽善を捨てる)を持って、再臨を準備する人を 主は患難の時に引き上げて下さいます。



黙示録の七つの教会のうち、五つの教会から非難と悔い改めが命じられました。


非難されていない教会に対しては、主の約束のことばがありました。

それは携挙とも思われます。


【ヨハネの黙示録3章10節】

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。

主のことばを守って生きている者に対して、主も守って下さると約束してくださいました。




主の再臨はとても近い




再臨の前兆に対して聖書は啓示しました。

いま すべてが成就されました。


その啓示には、イスラエルの建国、ロシアの浮上、信仰からの離脱、背教、旅行と知識の増加、新世界政府の計画、戦争や内戦などがありますが、すべて預言通りになりました。

これ以外にも様々な前兆があります。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

空中再臨も地上再臨も 作り話ではありません。


今 世界は混乱があり、たくさんの問題があります。

以前とは違いますね。


聖徒に対する残忍な迫害もあります。

多くのクリスチャンたちは、この時代がどれほど深刻であるのかを全然知らないです。


教会は 時代を分別出来ず、沈黙しています。

再臨の話をすると、まるで異端や頭のおかしい人のように見ています。


主のことばに耳を傾け、この世を見て下さい。

主のことば通りになってあります。


信じて行動する者になりましょう。

主の再臨への準備がとても必要です。
Σヾ( ̄0 ̄;ノ

2017.3.26
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