からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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誠実

信仰の人・ヒゼキヤ王の生き方

テーマは 『 信仰の人・ヒゼキヤ王の生き方 』 です

【第2歴代誌31章20-21節】

ヒゼキヤはユダ全国にこのように行い、その神、主の目の前に、良いこと、正しいこと、誠実なことを行った。

彼は、彼が始めたすべてのわざにおいて、すなわち、神の宮の奉仕、律法、命令において神に求め、心を尽くして行い、その目的を果たした。

数少ない良い王として記録されたヒゼキヤ王の生き方は、神が喜んだ生き方でした。


間違えた生き方をすると 失敗の人生になりますが、神が喜ぶ生き方をすると、勝利の人生になります。


神に喜ばれる生き方をした ヒゼキヤ王の生き方を、今日は学びます。





主の目の前を歩んだ生き方




すなわち、常に “主を意識した生き方” でした。

これが 主と共に歩む人生です。


口先だけで 『主よ。主よ』 と言う人は、この生き方は出来ないです。


自分の思いのままに生きる人は、主の存在を重たく感じるので、出来るだけ神を避けて1人で歩むことを好みます。


しかし 主を愛する人、信仰ある人は、神から離れて生きることは考えられないので、いつも主に近付き、主と共に人生を歩みます。


そして 主の御心を求め、主の御心を行うことを喜びとします。

『良いこと、正しいこと、誠実なこと』 は、主が喜ぶことです。


【ピリピ4章8節】

最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。

これらのことが主に喜ばれることだから心に留めなさい、と言われました。

ヒゼキヤ王も、これらのものを心に留めて生きましたので、それが神によって評価されました。


自分たちの人生の評価は、自分でも他人でもなく、神がなさいます。


高い点数を受けるのは、神のみこころを行う人であることは間違いないです。




神の国とその義とをまず第一に求める生き方




王としての第一の仕事は、神の仕事だと思いながら生きました。


多くのクリスチャンは、それは無理だと思いながら、世の仕事を第一にします。

そのために神の働きをないがしろにしながらも、何とも思いません。


王の仕事はたくさんあります。

国の最高統治者なので、責任も重く、毎日決定しなければならない重要な課題もたくさんあります。


しかし彼は、それもないがしろにすることなく良い統治者として国民からも愛され、国も繁栄しました。


第一にすることは 量の問題よりも、“質の問題” です。

何に重点を置くかです。


何かと理由をつけて、神の命令と働きを ないがしろにしないことです。


なぜなら神が私たちを造り、私たちを闇の中から、呪いと滅びから救い出した目的があるからです。


【エペソ2章10節】

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。

ここでいう良い行いの一番は、『神の国とその義とを第一に求めること』 です。


これこそが神の秩序です。

その秩序に従って生きる人の人生が狂うことはありません。




目的を果たすまで怠けず 忠実に生きる生き方




良い計画を始める人は多いです。

高い目標を立てる人も多いです。

勢いよく始める人も多いです。


しかし目標を達成するまで続ける人は少ないです。


目的を達成するまで続けることは、その働きを任せた神を喜ばせたい心が強いから出来ることです。


自分を喜ばせる人は、自分の感情に忠実です。
自分の心に従います。


しかし神に従う人は、どんな困難があっても神を求めながら、神を喜ばせるために励みます。


パウロ自身も このような生き方をしました。


【ピリピ3章13-14節】

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

そして、それを また他の聖徒たちに勧めました。


【ピリピ3章15節】

ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。

目的を達成するまで、忍耐しがら忠実に働くことは、働きを任せて下さった方を喜ばせることです。

それによって良い実を見ることが出来ます。


葉っぱばかりで 実りがない木が呪われたように、実のない人生は失敗した人生です。


『怠けた悪いしもべだ』 という評価を主から受けますが、実りが多いしもべは 『良い忠実なしもべだ』 と、高い評価を受けます。


皆さんは今、どのような生き方をしていますか?


今の生き方で 神から良い評価を得る自信がありますか。


それとも、いつか後悔する生き方をしていますか。
Σ(=゚ω゚=;)


2017.7.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会


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今日は何をもって主の前に出ますか

テーマは 『  今日は何をもって主の前に出ますか 』 です

ハレルヤ。

主の平安と守りがありますように。


【ミカ書6章6-7節】

私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。

主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。

この言葉を聞いて、皆さんはどのような印象を受けましたか?

自分の姿と重なりますか。
それとも、まったく違う姿ですか?


神を神とも思わず、尊敬もせず、恐れることもしない人からは思い浮かぶことすらない言葉だと思います。

神を軽く考え、神を必要な時だけ利用する人からは、こういうことばは死んでも口から出ないと思います。


今日の聖書の言葉は、“神に受け入れられるためには、どうしたらよいか” を真剣に考えている言葉です。


皆さんは、このように真剣に考えたことがありますか?

礼拝に出る時に、「今日は何をもって主の前に出ようか」と考えていますか?


それとも、「何で礼拝がこんなに早く来るのか ( =1週間が経つのか ) 」 と
嫌な思いになりますか?

そして行かなくても良い理由はないかなと考えたりしますか?


人の思いは主が見ておられます。


【エレミヤ書17章9-10節】

人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれその生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。

と、はっきりと主が語りましたので、私たちが主に対して持っている思いで、良い物か悪い物かを受けるようになります。


ヒゼキヤ王が、主から死ぬことを宣告された時に、彼は大声で泣きながら主に祈りました。

「ああ、主よ。どうか思い出してください。
私がまことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたが良いとみられることを行ってきたことを」


普段から主が喜ぶ生き方をする人は、苦難の時に強いです。

神に祈ります。

そして主は、その人の祈りに耳を傾けます。


ヒゼキヤの祈りに、主は15年もいのちを延ばしました。


主を本当に恐れる人は、自分よりも神の命令、みこころを優先にします。


1人息子を全焼のいけにえとして主にささげなさいと神から命令を受けたアブラハムは、その通りささげました。

殺す寸前に神は、彼が神を恐れていることを確かめて中止させました。


神に受け入れられるために何をしたら良いかを考えている姿を見て、主が答えてくださいました。


【ミカ書6章8節】

主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。

この言葉は、いま私たちに本当に必要なことばだと思います。


よく見えるところに書いて貼っておいて、日々それを実行するように努力してみてください。

神はその人を喜んで受け入れてくださいます。
(・∀・)


2016.10.27
3分テレフォンメッセージ

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主が求めておられること

テーマは 『 主が求めておられること 』 です

【ミカ書6章8節】

主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。

2016年がスタートしました。

心を引き締め、身を慎むことが必要です。


スタートから何も考えず ダラダラと生きるならば、神にとっても人にとっても役に立たない者になります。


新しい一年をしっかりと信仰持って神と共に歩むためには、神が何を喜び、何を私たちに要求するのかを知って、それに合わせて生きる時に、その信仰は生き生きとした信仰になり、神に喜ばれる人になれます。


私たちが神のみこころを知って、それに共感しないと 神と共に歩むことはとても難しいので、今回はみこころを知って、共感してこの一年を神と共に歩みたいと思います。


今回のテーマ箇所の 主のことばには、主が求めるものがあります。




公義を行うこと




この “公義” とは どのような意味でしょうか。


神のことばに従って正しく生きることです。


これは罪人である者として、真の悔い改めなしには不可能です。


なぜならば真の悔い改めなしに、神の前に正しく歩むことが出来ないからです。


神に逆らう態度や、神が忌み嫌うものから離れ、神の言葉に従うことが “公義を行う” ことです。

真の悔い改めもない状態で、他のものでごまかしても 神がそれを知らないわけでもないですし、喜ぶわけでもありません。


クリスチャンの中でも自己流信仰の人がとても多いです。

自分だけが良いと思うやり方で信仰生活して、それを正しいと主張します。

そして他の人を裁きます。


それが正しいですか?それが公義でしょうか?
―― それは違います。


ヨブという人物を見ると、公義を行うとは どういうことかが分かります。


【ヨブ記1章1節】

ウツの地にヨブという名の人がいた。この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた。

【ヨブ記1章4-5節】

彼の息子たちは互いに行き来し、それぞれ自分の日に、その家で祝宴を開き、人をやって彼らの三人の姉妹も招き、彼らといっしょに飲み食いするのを常としていた。

こうして祝宴の日が一巡すると、ヨブは彼らを呼び寄せ、聖別することにしていた。彼は翌朝早く、彼らひとりひとりのために、それぞれの全焼のいけにえをささげた。ヨブは、「私の息子たちが、あるいは罪を犯し、心の中で神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにしていた。

公義を行う人は 神を恐れていますので、悪から遠ざかり、常に罪から聖別します。

罪に対して敏感で 罪を放置せず、すぐに悔い改めます。


これは形式的な信仰態度では出来ないことであり、心を引き締め、身を慎みながら生きている姿です。


ヨブのように真剣な態度で神を恐れ、神の前で生きようとする人が公義を行う人です。


新約聖書では公義を行う姿を次のようにも教えました。



【ローマ12章1-2節】

そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

日々 聖くなることが公義を行う姿で、それが霊的礼拝になります。


これは、神が私たちに常に求めておられる姿です。

真実な主の前で、偽りや形式で固めたものを差し出しても 主が喜ぶはずがありません。


それは神の前に礼儀ある姿ではないです。

私たちも礼儀のない人は好きではないですね。

神様に対しても礼儀がないならば嫌われます。


公義を行うことは神への礼儀です。




誠実を愛すること




“誠実” とは真心があることです。

真心で人や物事に対応することです。


それをさらに “愛すること” はそれに集中して心をすべて注ぐことです。


人はうわべを見ますが、神様は心を見ます。


何をするにも 神様は心の状態を見て判断します。

死に至るまで忠実な姿が、“誠実を愛する姿” です。


人間ほど変わりやすい者はいません。
手の平を返すように 心を変えることが多いですね。


神様は、誠実を愛する人を求めています。


神様は 愛していたイスラエルの民からいつも裏切られました。

彼らは簡単に神を捨てて、他の神々を求めて離れて行きました。

誠実さがなく、姦淫を行いました。


・神様だけを愛し続ける人が 神に誠実な人です。

・迫害があっても信仰を捨てず、主を信じる人が誠実を愛する姿です。

・奉仕がしんどくてもやり続けることが 誠実を愛する人です。

・誠実な人は、聞くだけで済ませる人ではなく実行する人です。


儒教の生みの親である孔子が ペルシヤ王の招きを受けた時に、馬鹿っぽい弟子1人だけを連れて行きました。

王は愚かに見える弟子を見て、孔子に「なぜあんな人を連れて来ましたか。」と尋ねると、孔子は答えました。


「私には一つ教えると十を悟る賢い弟子は多いですが、彼らは頭で理解するだけで実践しないですが、この弟子はあまりにも足りないので、一つ教えると それを忘れてはいけないと思って、すぐに実践する人だから私が一番愛して傍に置いています。」


聞いても何もしない人は、誠実な人ではないです。


心を込めて実行する人、そして それを継続する人は誠実で忠実な人です。

これは本当に必要な姿です。

神の民に求められるのは、頭に知識だけをいっぱい詰める人ではなく、誠実を愛する姿です。




へりくだって神と共に歩むこと




へりくだっている人は、己を知っている人です。


人生で一番難しいことは 自分自身を正確に知ることです。

へりくだっている人は、自分が無知であることを知って、絶えず変わろうとします。

そして自分の弱さを恥ずかしがらずに認めます。


自分の間違いも認め、自分の限界も知っているので努力をします。

そして自分の弱さを知っているので、人の弱さも理解し、人の間違いにも寛大です。

自分が弱い存在であることを知っているので、神に頼り、神と共に歩みます。


従順は へりくだる者が出来ます。

このような人と 主は共に歩みます。

これが今年目指すべき姿です。
(・∀・)つ


2016.1.2
新年礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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