からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

八戸ノ里キリスト教会より メルマガ配信中!

メルマガ購読・解除

読者購読規約
毎朝7時に配信しています! 1日の始まりを神様の恵みで満たしてくださいね
powered by まぐまぐ!
 
         

誘惑

イエス様のライフスタイル

テーマは 『 イエス様のライフスタイル 』 です

【ルカの福音書21章37節】

さてイエスは、昼は宮で教え、夜はいつも外に出てオリーブという山で過ごされた。

新しく生まれ変わったクリスチャンならば、イエス様抜きの生き方はしてないと思います。


いつも、どうしたらもっとイエス様に近づけるかを考えると思います。

どうしたらもっと信仰ある者になれるのかを考えます。


なぜなら自分の姿が きっと主の目には「信仰の薄い者」に見えると思うからです。


良い信仰を持つために努力する人もいると思います。

しかし、うまくいかなくて悩む時もあります。


なぜ努力しても良い信仰、主が喜ぶ人間になれないのでしょうか?


イエス様が地上にいた時は、私たちと同じ “人間” として生活しました。

同じように弱さを持っていました。


しかしイエス様は世の中でも、世に染まらず、偉大な救いのわざを成し遂げました。


なぜそれが出来たでしょうか。

イエス様のライフスタイルを見たら分かります。


そして私たちが努力してもうまく行かない原因も、私たちのライフスタイルにあります。

主のライフスタイルと私たちのライフスタイルがあまりにも違うからです。






本来ならば、イエス様のライフスタイルをマネしなければならないのに、私たちは自分のライフスタイルを優先にします。


主のライフスタイルに従わないです。


それでは いつまで経っても、私たちの信仰生活はうまくいかないです。

もちろん勝利することも難しいです。


毎日習慣的にやることが、その人のライフスタイルです。



イエス様のライフスタイルはどうでしたか?

今日のことばにあります。


「夜はいつも外に出てオリーブという山で過ごされた。」


イエス様のライフスタイルは、夜になると静かな所で一人になることでした。


毎日大勢の人に囲まれ、昼は多くの働きをしました。

誰よりも忙しかったです。


早朝から人々が集まるので、食事する暇もないほどで、それが毎日繰り返されていました。


しかし夜になると、いつも人からも 弟子たちからも離れて一人になりました。

休むためではなく、父なる神に祈りをささげ、交わりをするためでした。


父なる神と二人で過ごす時間が、イエス様にとってはもっとも貴重な時間で、それが主の働きの原動力になっていました。






「もし明日死ぬならば、今日何をしますか?」
という質問は、みなさんも聞いたことがあると思います。


皆さんなら何をしますか?

いま考えてみて下さい。



イエス様は何をしましたか。


ルカの福音書22章39節は十字架にかかる前日の姿です。

イエス様は自分が次の日に死ぬことも知っていました。


【ルカの福音書22章39節】

それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。

人生最後の日でも、いつもと同じようにオリーブ山に行かれ、その晩もいつものように父なる神と時間を過ごしていました。


弟子たちも一緒にいましたが、彼らのライフスタイルは いつも主の近くで寝ることでした。


ですから「目を覚まして祈りなさい。」と何度も聞いたにも関わらず 出来ませんでした。

そして誘惑に負け、倒れました。


しかしイエス様のようなライフスタイルで生きた人たちは、みな勝利の人生を生きました。


もしイエス様のように静かに神と共に過ごすライフスタイルがなく、昼も夜も世の中にどっぷり浸かって、神との時間もまったく持たず、好きなことばかりしたり、眠りをむさぼるライフスタイルならば、誘惑が来た時に倒れてしまいます。


信仰も薄いままです。

もちろん成長も出来ません。


人としてのイエス様は そのライフスタイルを通して、私たちに生き方も教えて下さいました。


自分のライフスタイルを早く変えることが、誘惑の多い世の中で倒れない秘訣でもあります。

アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.8.11
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

悪魔が喜ぶ人、嫌いな人

テーマは 『 悪魔が喜ぶ人、嫌いな人』 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

悪魔の存在は 堕落した御使いです。

もともとは良い者だったのに、神に逆らって堕落すると、とんでもない悪い者になりました。


その悪魔は、人間に罪を犯すようにそそのかす者です。


神は、人間を神のみこころに従って生きるように造りました。


それなのに悪魔は絶えず、人間が神に逆らって生きるように誘惑します。

この悪魔の誘惑から逃れる者は1人もいません。



イエス様さえも悪魔の誘惑に会いました。

信仰ある人たちも みんな悪魔の誘惑を受けました。


悪魔は、(神を)信じる者の敵なので 立ち向かいなさいと主から言われました。

勝利するためには敵のことをよく知っておかなければいけないです。


今回は、敵を知るために、悪魔が好きな人と嫌いな人を学びます。




悪魔が喜ぶ人




悪魔は罪を犯す人を喜びます。


京都の放火事件で、人々はことばを失うほど悲しんでいますが、悲しまないのは、犯人と悪魔ですね。

もちろん悪魔の心を持っている人間は喜んでいると思います。


人間ならば 人間の心が必要ですが、犯人には人間の心がありません。

人の死を喜ぶ悪魔の心しかないです。


悪魔は悪魔の心を持って罪を犯す人間をとても喜びます。

神は罪を忌み嫌いますが、悪魔は罪が大好きです。


悪魔は、神が忌み嫌うことを行う者が大好きです。



箴言6章には、神の忌み嫌うことが書かれてありますが、これらを行う者は悪魔に喜ばれています。


【箴言6章16-19節】

主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。

高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、

邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、

まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いをひき起こす者。

罪を犯す者は絶えず、悪魔に餌を与えて悪魔に力を与える者です。

悪魔を獅子と表現しましたが、獅子も餌を得ないと力が出ないし、最後は死にます。


悪魔が喜ぶ罪を犯して餌を与えながら悪魔に勝つことは可能でしょうか?


不可能です。




悪魔が嫌いな人




悪魔を落胆させ、餌を与えない人を悪魔は嫌います。


私たちが悪魔に勝利するためには、絶えず悪魔を落胆させ、悪魔を飢え死にさせなければなりません。

悪魔が嫌いなことがあります。


それは私たちが神のみこころを行うことです。


すなわち神を喜ばせることをするならば、悪魔は怒り狂います。

嫉妬、妬みに燃え、攻撃もします。


しかし 私たちはそんな悪魔を恐れず、さらに神のみこころを行うことです。



どのように生きたら悪魔に嫌われる人になるでしょうか?


【第1テサロニケ5章15-18節】

だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

人に悪を行い人間関係が壊されることを悪魔は好みますが、私たちがいつも善を行うならば悪魔はその人を憎みます。

悪魔の心を受け入れる人は、他人に平気に悪を行います。


しかし神のみことばに従って善を行うならば神は喜び、悪魔は嫌います。



いつも喜ぶ人は、悪魔に嫌われます。

誘惑しても倒れないからです。


クリスチャンが悪魔の誘惑に陥りやすいのは環境を信仰の目で見ず、人間的な目(不信仰な目)で見るからです。


環境を見てつぶやいて罪を犯す場合が多いです。

悪魔は次のような人が嫌いです。


【ハバクク書3章17-19節】

そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。

しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。

私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。指揮者のために。弦楽器に合わせて。

環境よりも大切な主が私たちを愛し、私たちを救って下さったことを考えるならば、どんな環境の中でも喜ぶことが出来ます。

ハバククも 厳しい環境の中で、このことばを告白しました。



どんな環境の中でも喜ぶ人を悪魔は嫌います。

私たちが神を呪い、神から離れることを願って様々な攻撃をするのに、効き目がないので嫌います。






また悪魔は、祈る人が大嫌いです。


私たちが落胆したり、疑ったりして祈らないことを願っているのに、絶えず神の前に出て祈ると 自分たち(悪魔)の作戦が無効になるので嫌いです。


悪魔は、私たちが神の助けなしに生きるように仕向けますが、それに騙されてはいけないです。



また悪魔はすべてのことについて感謝する人が嫌いです。


悪魔はつぶやく人が好きです。

つぶやく人の中に入りやすいからです。

つぶやく人は悪魔から見ると使いやすいです。


しかし感謝すると出番がなくなります。

悪魔の力が無力になります。



“霊的力がないから悪魔に立ち向かえない” と嘆く必要はありません。


感謝するならば、悪魔の力を奪い取ることが出来ますし、無力化することが出来ます。


感謝せずに、つぶやく人は悪魔を巨人にする人です。

しかし感謝する人は悪魔をイナゴにする人です。



悪魔との戦いで、悪魔を倒したいならば、悪魔から嫌われる人になり、悪魔を失望させる人になることです。

そして神に喜ばれる人になるならば、悪魔は次のような状態になります。


【申命記28章7節】

主は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。

悪魔を恐れるのではなく、神を恐れる者になって、悪魔に勝利する者になりましょう。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.7.21
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

信仰の競走を続ける

テーマは 『 信仰の競走を続ける 』 です

【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

駅伝で走る選手たちが何よりも心掛けているのは、早くタスキを次の選手につなぐことです。


お正月になると、多くの人々がテレビを通して箱根駅伝を二日間視聴します。

ハラハラドキドキしながら観ています。

その中で一番心が痛むのは、遅れてタスキを渡した選手たちが泣き崩れる場面ですね。


誰もがいのちを懸けて必死に走ります。

周りを見ながら、休みながら走る選手は 今まで見たことがありません。

全選手が全力で前に向かって走っていきます。






この姿は私たちが信仰に適用しても良い姿です。


私たちには、私たちよりも先に走った信仰の先祖たちがいます。

そして、その先祖たちの前には 私たちの主イエス様がいのちを懸けて走りました。


イエス様からタスキをもらった先祖たちも 必死に走って、そのタスキを私たちに渡しました。

ですから私たちも、それを次の選手たちに渡すために必死に走らないといけないですね。


辛くてやめたくなる時もあります。

疲れて休みたくなる時もあります。

ですから忍耐が必要です。


忍耐できないならば その競争に失敗します。



日本各地でマラソン大会が開かれていますね。

それに参加する人たちはすぐに分かります。

昼でも夜でも街をよく走っています。


夏の暑い時も汗をかきながら走っています。

マラソン大会に参加してゴールするためには 日々体を鍛え、走り続けないと、参加してもゴールまでは とても難しいです。

誰もが本当に必要なものだけを身に着けて走っていました。


競争するのに まとわりつくものがあるならば、どんなに不便でしょうか。

ですから最小限のものだけを身に着けます。



信仰の競走を邪魔するものには何があるでしょうか?


世のものに対する人間の欲、人生の悩み、罪、私たちを縛る様々な規則などです。


これらは私たちにまとわりついて自由を奪い、邪魔をして競争が出来ないようにします。

これらに気をつけないといけないです。






信仰の競走は それらの障害物を乗り越えて、神の所に走っていくことです。


ゴールにはすでに競争を終えて勝利した勝者たちが次の勝者たちを心待ちにしています。


十字架の苦難を乗り越えて その道を走り終えた信仰の完成者であるイエス様が喜びをもって待っていらっしゃいます。


その手には栄光の冠を持ってくださっています。

イエス様は勝利者として神の右に着座されました。



主の弟子ステパノが反対者たちに迫害されていた時に、ステパノは聖霊に満たされ、人々を見ず、天を見つめイエス様を見ていました。

実際に神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見ました。


イエス様は彼が信仰の道を走り終えようとしていることを知りました。

そして迎えるために立ち上がっていました。


これを見たステパノはどんなに嬉しかったでしょうか。

ステパノは主に叫びました。


【使徒の働き7章59節】

主イエスよ。私の霊をお受け下さい。

イエス様こそ、私たちが到達しなければならない目標点です。


そこに行くためには右にも左にも逸れてはいけないですし、そして後ろに退くことがあってもいけないです。



絶えず信仰の競走をする時に疲れることもあります。

それでも聖徒たちは座り込んだり、疲れ果ててしまったりしてはいけないです。


その時にこそ、イエス様がどれほど忍耐しながら私たちに模範を見せて下さったのかを考えながら、自分たちも苦難と逆境を乗り越えるように励まなければなりません。


怠けたい誘惑、走りたくない誘惑、罪からの誘惑によって広い道に戻って行く人も多いです。

一度その道に入ってしまうと、なかなかそこから戻ることが難しいです。


しかし私たちは忍耐して昔のことは忘れて、ひたすら前のことだけを考え、決して後ろには退かず、他の競争者たちと励まし合い、勇気を与えながら共に走れるように最善を尽くすことです。



箱根駅伝一つを見ても、彼らは一年間 毎日多くの距離を走り続けています。

毎日最善を尽くしています。

永遠のいのちが懸かってもいないのに、あのようにいのちを懸けています。



それなのに永遠のいのちが懸かっている私たちが適当に走っていながらも 簡単に永遠のいのちが入ってくると思うならば、それは間違いです。


召して下さった方のことをいつも思いながら、信仰の競走を続けることです。
アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2018.11.3
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい訳で!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

神に願った二つの事

テーマは 『 神に願った二つの事 』 です

【箴言30章7-9節】

二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。

不真実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。

私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

貴重な真理を学ぶためには、神のことばを聞くことが一番です。

次に、神と深い交わりをした信仰の人々の姿勢から学ぶことです。


本文はアグルの祈りですが、祈りの内容から神への信仰の姿勢を学ぶことが出来ます。

アグルが願った二つのことで、私たちは真理を学ぶことが出来ます。



神のみこころにふさわしく生きることを願う




それは物質的なものよりは、精神的なものに より大きな価値を置いていることがわかります。


【箴言30章8節】

不真実と偽りとを私から遠ざけてください。

このように願いました。

不真実と偽りは、永遠に価値のないものを求めて生きる時に出て来るものです。


むなしい心で生きると、人間は不真実な者になりますし、自分の利益ばかり求めると 相手に嘘をつきます。


それによって罪が生まれ、神の御心にふさわしく生きることが出来ないです。


神を自分の主人として いつも思って生きる人は、神のみこころにふさわしく生きることを第一に求めます。




神を敬い、神に栄光をささげる人生を願う




【箴言30章8-9節】

貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。

私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

アグルは、富と貧しさから来る誘惑とつまずき、危険性を知っていましたので、それに自分か引っかかることがないように祈りました。


富を得ることは悪いことではないですが、誘惑と危険性がたくさんあります。



まずは物質の豊かさによって高慢になりやすく、自分に恵みを与えた神を忘れやすいです。


すでにこの危険性に対して神は警告しました。


【申命記8章12-14節】

あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、

あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、

あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そういうことがないように。

【申命記8章17節】

あなたは心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」と言わないように気をつけなさい。

豊かになると過去の苦しかったことを忘れて 高慢になりやすいですし、小さいことへの感謝も忘れてしまいます。






また貧しい者は、貧しさのために他人を騙したり盗んだりして罪を犯し、罰を受けて神の御名を汚すことがあります。

または貧しさのために神につぶやき、つまずいたりすることもあります。


貧しさの中でずっと生きると、神に敵対する人々から嘲られることがあります。


ですから、日々の糧が与えられるように神に祈ることです。


また貧しい生活の中で落胆して悲しい顔つきで生きるのではなく、希望をもって熱心に働いて立ち上がるように努力も必要です。



アグルはこれらのことを知っていたので、富や貧しさで神を敬い、神に栄光をささげる生活に支障が出ないように神に願いました。


富と貧しさによって神を忘れることもあれば、信仰生活がなまぬるくなる傾向もあります。


ですから私たちも、アグルがそれらを警戒して神に願ったように 自分たちも警戒し、神に願うことが必要です。


人間は環境の支配を受ける存在です。

環境の変化によって腐敗し堕落し、罪を犯し、高慢になり、神を忘れることは いくらでも起こります。


ですから、いつも神が喜ぶことが何かを考え、御心にふさわしく生きることを心掛けなければなりません。
(*゚∀゚)っ


2018.6.24
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい訳で!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

勝利の三つの要素

テーマは 『 勝利の三つの要素 』 です

【エペソ6章10-15節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪魔に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

キリストは、人類を贖う計画を持って地上に来られた時に サタンの激しい抵抗と妨害を受けました。

キリストの働きは サタンにとって一番嫌なことでした。


汚れた悪霊に取りつかれた人が、イエス様を見た時に大声でこのように叫びました。


【ルカの福音書4章34節】

「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」

イエス様は次のように言いました。


【ルカの福音書4章35節】

「黙れ。その人から出て行け」

このように言うと、悪霊はすぐに出て行きました。

サタンは 人間のことは恐れないですが、イエス様には恐れていました。


イエス様は サタンに勝利して救いを完成し、人類が救われる道を備えることが出来ました。


私たち信じる者にとって、勝利は 世の基準の勝利とはまったく違います。


神は世の人々が考えている勝利を “勝利” と認めたことは一度もありませんでした。


大統領になったから、金持ちになったから、教授になったから、ノーベル賞をもらったから、その人たちが勝利者でしょうか?

神の目には、それはどうでも良いくらい何の価値もないものです。


神が考える勝利とは、世に勝ち、サタンに勝ち、自我に勝って 自分に与えられた “神からの使命” をまっとうすることです。


勝利を目指している信徒たちに、主は勝利に必要な要素を教えて下さいました。




堅く立つ




13節に、『 堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』

14節には、『 しっかりと立ちなさい。』


と書かれてありますが、
堅く立つ姿は 服従する姿ではなく、抵抗する姿であり 戦う準備が出来た姿です。


誰に向かって堅く立つべきでしょうか?
―― サタンです。


信徒たちが、いつも攻撃してくる悪魔を恐れて抵抗しないならば、サタンの奴隷になります。


堅く立って抵抗しなければなりません。


信徒が最初から悪魔に手を出すことはないです。

平和を愛する国が、初めから他国を攻撃することはないです。


人を愛する人が、他人を先に攻撃することもないです。


ですが、攻撃されても 抵抗せずにいるのが良いことでしょうか?

―― そうではないです。


抵抗しないならば、征服されてしまいます。


その時は、しっかりと立って 勝利のために抵抗し (サタンを)追い出さないといけないです。

主のように「黙れ。出て行け。」と厳しく対抗することです。


ことばだけでは力がないので、神の武具をしっかりとつけてから戦います。


善を行っていてサタンの攻撃を受けた時も、堅く立ってそのサタンに抵抗しないといけないです。


ダニエルと3人の友が そのようにしました。

まことの神を捨てて、人間が建てた金の像を拝むことは出来ないと はっきりと断りました。


断る者は、火の燃える炉の中に投げ込まれることを知っていても 抵抗しました。


いのちを懸けて抵抗しました。

そして燃える炉に投げ込まれましたが、結果は彼らの勝利で終わりました。


ありえない光景を 人々が見ることになりました。


【ダニエル書3章24-25節】

そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」

すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

勝利者の姿が そこにありました。


彼らは信仰の上に堅く立って、サタンに抵抗したので、神の助けを受け、神の偉大さを人々の前で現しました。


【第1ペテロ5章9節】

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

しかし悪を行うように 誘惑された時には、ヨセフがしたように そこから逃げなければなりません。


誘惑は 甘いもので、肉の思いをそそります。

ですから、そこから早く逃げることです。


【創世記39章12節】

それで彼女はヨセフの上着をつかんで、「私と寝ておくれ」と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に渡し、逃げて外へ出た。



祈り求める




勝利は、自分だけの力で獲得できるものではありません。


勝利は簡単に手に入らないので、助けと協力が必要です。


大きな大会に出る選手が、1人で すべてをしてメダルを取れるでしょうか?

監督、コーチ、家族、仲間の協力と助けによってメダル獲得を目指します。


私たちの信仰、霊的生活、人生の勝利のためには 神の助けと協力は、なくてはならないものです。


助けを、祈りによって神に求めます。


イエス様も弱い弟子たちを助けるために神に祈りました。

その祈りを 神が聞いて下さったので、弟子たちは失敗から立ち直ることが出来ました。


【ルカの福音書22章31-32節】

シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

【マタイの福音書17章21節】

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。

【ピリピ書4章6節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。



目を覚ます




目を覚ますことは 見張りをしていること、用心していること、準備された状態です。


泥棒や強盗が来ることを知って、万全の警備をしているならば 持ち物は安全です。


しかし隙があるならば、やられてしまいます。

サタンは盗人であり、強盗です。


魂やいのちを盗みます。信仰を盗みます。平安と希望を盗みます。財産や健康を盗みます。

人間が持っているものを何でも盗みます。


ですから、盗まれないように目を覚まして見張ります。

(サタンは私たちを)誘惑して目をくらませ、眠らせます。


誘惑されて眠ってしまったサムソンは、すべてを失いました。

サタンの奴隷にされてしまいました。



目を覚ましていないと、一番困ることは何でしょうか?


主の空中再臨の時に、主がおられる所に上げられず、地上に残され 恐ろしい患難を受けますし、信仰生活も出来なくなります。


このように、最悪な状態 になります。

ですから “目を覚ましていなさい” と、主は繰り返して語っておられます。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【第1コリント16章13節】

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。

【使徒の働き20章31節】

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

【第1テサロニケ5章8節】

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

【ヨハネの黙示録3章2節】

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

【ヨハネの黙示録16章15節】

――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――

私たちの人生は、地上だけで終わりではなく、霊の世界が次に待っています。

それも現実です。


ですから主は、私たちに 地上では “旅人、居留者” として生活しなさい と言われました。


そして、神の国は勝利者が入る国なので、勝利を目指して歩むように言われました。


また勝利者が得る報いがどんなに素晴らしいものかも教えて下さいました。

黙示録2章から4章の中に書かれてありますので、確認のためにも読んでみて下さい。


“堅く立つ、祈り求める、目を覚ます” ことは、キリストに仕えるためのチャンスを得るためにも そうしないといけないです。


祈らない人、眠っている人、サタンに負けている人が 主のために働くことは出来ないです。


役に立つしもべになるためにも、この三つの要素は必要です。
( ̄‥ ̄)=3


2017.10.8
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

岩のように揺るがない信仰が必要

テーマは 『 岩のように揺るがない信仰が必要 』 です

【第1テサロニケ3章7-8節】

このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。

あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。

信仰については今までたくさん話してきました。

信仰にも色々な信仰があるからです。


どんな逆境にも乗り越える信仰があれば、小さな試練にも すぐ倒れる信仰もあります。


ある信仰は主に褒められましたが、ある信仰は主に非難されました。

力ある信仰があれば、死んだ信仰もありました。


深く根を下ろした信仰もあれば、根が浅く すぐ消えていく信仰もあります。


なぜ私たちは主にあって堅く信仰に立つ必要があるでしょうか?




永遠に生きるために




イエス・キリストに対する信仰は 神の恵みを受け、その魂が救われ、いのちを得ます。


それから その人は “義人は信仰によって生きる” という主のことばのように、信仰によって生きなければなりません。


主に対して変わらない信仰をもって、主の前に立つ時まで生きると 主から永遠のいのちを受けます。


過去にあった一時的な信仰で 将来の永遠のいのちを受けるのではなく、人生の最後まで主にあって変わらない信仰を持つ者だけが永遠のいのちを持ちます。




罪に勝つために




罪は、たましいに対しては “致命的” なものです。

それは のろいと死をもたらします。


聖徒たちに罪を犯させるために、サタンが日々どれほど巧妙に しつこく強く働いているか分かりますか?


何とかして聖徒を倒そうと、サタンは日々奮闘しています。

良いことならば問題ないですが、その反対に とにかく信じる者を誘惑して 罪に倒すことだけを考えています。


それなのに聖徒が それに気づかないならば、その誘惑に敵対することも出来ず、必ず倒れてしまいます。


私たちが目をさまして身を慎んでいないと、このサタンに勝つことは不可能です。


罪の誘惑は 飽くことを知りません。

一度警戒して勝利しても、それで終わりではありません。


形を変えて すぐ違う誘惑が来ます。

誰でも罪の誘惑に陥るならば、深刻な結果をもたらします。


【箴言11章19節】

このように、義を追い求める者はいのちに至り、悪を追い求める者は死に至る。

死ではなく、命を得るためには “サタン と 世” に勝たないといけないです。


勝つためには 堅く信仰の上に立つことです。 “信仰” という 大盾が必要です。




患難の中で揺れないために




私たちの人生は、いつも平坦な道ばかりを歩くのではないです。

悲しみの道、苦しみの道、笑いの道、平坦な道を歩く時があります。


しかし、いつも私たちを助けておられる力ある主に頼り、信仰の上に堅く立つ時に、聖徒たちは どんな苦難や患難の中でも 信仰が揺るがされず勝利することが出来ます。


激しい苦難や迫害の中でも忍耐出来た聖徒たちは 何によって耐えることが出来たでしょうか?


彼らが特別に強い人間だったからですか?
それとも、何か特別な力があったからでしょうか。

彼らも普通の人間でした。


彼らが持っていたものは、“揺るがない信仰” だけでした。


それが彼らを激しい迫害の中でも 忍耐出来るようにさせました。


信仰をもって生きる時に、サタンは必ずその人を狙います。

それを恐れるならば、信仰生活を維持することは出来ません。


主が語ったことばを思い出しましょう。


【ヨハネの福音書16章33節】

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」


患難の中でも 主のみこころを行いながら耐えているならば、主は必ずその人を新しい天と地に導いて下さいます。

それが主の約束です。


目に見える宗教儀式だけに熱心で、神との深い関係がない “形式的な信仰” では いのちを得ることは出来ません。


主の中にある まことの信仰の中に深い根をおろした人だけが “勝利者” になります。


その信仰を見せる人だけが主に認められます。
(☆゚∀゚)


2017.4.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会


~ 新たなブログが仲間入り ~

Bible66のブログ

みことばサプリ


~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

貪欲な心

テーマは 『 貪欲な心 』 です

ハレルヤ。

主の守りが今日もありますように祈ります。


他の神々に使えることだけが偶像礼拝ではなく、それよりも警戒しなければならない偶像礼拝があります。

それは “貪欲” です。


神の人たちが、この貪欲によって、たくさん倒れましたし、今も多くのキリスト教の指導者や信徒たちが、それで倒れています。

本人たちは、なかなかそれに気付いていないですね。

実際は貪欲の深みにはまっています。


この貪欲に対して、ソロモンは次のように言いました。


【伝道者の書1章8節】

すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。

知恵の王と呼ばれたソロモンさえも、この貪欲に倒れてしまいました。

妻とそばめが千人もいました。


金や銀、宝石は数えきれないほどありました。

ありとあらゆるものを手に入れました。

それでも満足しなかったと言われました。


アダムとエバが罪を犯したのも貪欲でした。

食べてはならないと神が命じたにも関わらず、欲しくなって善悪の知識の木から採って食べました。

そのことで祝福に満ちたエデンの園から追い出され、死と呪いと労働と、女には産みの苦しみが入ってきました。


ロトは、罪に染まったソドムの豊かさに誘惑されて、そこに定着しました。

ソドムが神によって滅ぼされたときに、彼はすべての財産を失い、命からがらで その町から逃げました。

それもアブラハムのとりなしがあったので助かりました。


生活に困ることなく、十分なものを持っていたにも関わらず、貪欲な心があったので、罪に染まった町であっても、豊かさをさらに求めてその町に移り住んで後にひどい目に遭いました。


アカンは、神に捧げるべきものを欲しがり、自分のために残したことで神から捨てられました。

イエス様の弟子であったイスカリオテ・ユダもお金が欲しくなって、イエス様を金で売りました。

後になって苦しくなり自殺しました。


貪欲にも、2つのパターンがあることを知らないといけないです。


積極的な貪欲は、欲しくて誘惑されて取りに行く貪欲があります。

もう1つの、消極的な貪欲は、もったいないと思う惜しむ心です。


サウル王やアカンがそうでした。

戦いの勝利で、多くの家畜や家や物などが手に入ったのに、それに手を付けず、“生き物は全部殺すように、あとは燃やしたり、壊すように” と神から言われたのに、それをもったいないと思い、それを横取りしました。


“もったいない” は、節約精神のように思われまが、裏を返せば そこに潜んでいるのは、物に執着する貪欲な心があります。


貪欲な心は、自分だけ富ませ、他人に与え、他人を祝福することが出来ません。

貪欲には警戒が必要です。
。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

2016.3.5
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

罪の始まりと死の始まり

テーマは 『 罪の始まりと死の始まり 』 です

ハレルヤ。

主の豊かな恵みによって今日も守られますように。


人々に 人間の罪の始まりと、死の始まりを教えるためには、必ず最初の人間として神に造られたアダムとエバの話をしないと説明ができないです。


聖書を知らない人たちにとって、この話は初耳になりますね。

ですから、ノンクリスチャンに罪の話をはじめる時は、その部分から説明をはじめます。

最近もこの話をしたことがあります。


なぜ、アダムとエバは “採って食べると必ず死ぬ” という言葉を、あらかじめ神から聞いていたにも関わらず、手を伸ばして ≪善悪の知識の実≫ を採って食べたのでしょうか?


これは罪の始まりですから、私たちに大いに参考になります。

自分たちが罪を犯す時も、同じ原理から罪が始まります。


彼らは神様のことばを聞いたにも関わらず、神の言葉を軽く考えました。

真剣に受け止めたのではなく、 “軽く” 考えました。

これが彼らの重大なミスでした。


“必ず死ぬ” と言われたにも関わらず、“死ぬかもしれない” くらいな感じで受け止めていました。

これは 私たちにもよく見られる姿です。

「こんなことで 神様が殺すわけがないだろう。神は愛なんだから。恵みの神は赦してくれるでしょう。あとで悔い改めたし」と軽く考えます。


神はそのように思っていないのに、自分で勝手に神の心を変えてしまいます。


【マタイの福音書5章18節】

まことに、あなたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。

【箴言13章13節】

みことばをさげすむ者は身を滅ぼし、命令を敬う者は報いを受ける。

神の言葉をさげすんで、勝手な思いで罪を犯すと 自分の身に滅びを招くことになります。

そして、アダムとエバの中に 神の言葉に対する疑いが生じました。

それは、そそのかすためにサタンがついた嘘の言葉を聞いた後でした。


【創世記3章4-5節】

あなたがたは決して死にません。

あながたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることは知っているのです。」

耳に甘い言葉が、サタンの口から出てきました。

昔から「甘い言葉には気を付けなさい。

この世の中、そんなに甘くない」とたくさん聞かされていても、人間には欲があるので甘い話にコロッと騙されます。


その言葉がエバの心を誘惑しました。

神以外の者から、初めて違う言葉を聞きました。

そして、その言葉は耳を喜ばせる言葉でした。


このような状態が、次の言葉にあります。


【ヤコブ1章14-16節】

人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。

欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。

愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。

エバが誘惑されて見ると、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。」ので、その実を採って食べ、アダムにも与えたので2人とも食べてしまいました。


神は嘘を言わない方なのに、サタンは神を嘘つきにしました。

そして、嘘つきの自分(サタン)を 親切で真実な者のように偽装しました。

これがサタンが最も使う策略です。


これに騙されると罪が生まれます。

さらに神のようになろうとしたことは、神の領域を侵害したことでした。


神の言葉を信じず、それに従わないことは、自分が神になっている姿です。

これらの部分を注意しないと、いつでも私たちは罪の奴隷になります。

気を付けましょう。
( -д-)ノ

2016.1.21
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

新しい人として生きていますか

テーマは 『 新しい人として生きていますか 』 です

【第1テモテ1章5節】

この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標としています。

キリストの血潮によって罪赦され、聖霊によって生まれ変わった人を “新しい人”と呼びます。

新しい人にふさわしいのは当然新しい生き方です。


皆さんは新しい人ですか?
そして、いま新しい生き方をしていますか?


今日のテーマは「新しい人として生きていますか」です。


まずは新しい人の身分と、それにふさわしく生きることの内容を聖書で調べます。




・新しい人とその生き方




新しい人は以前とは違う状態に変わったことを次のことばが説明してあります。


【第1ペテロ2章9-12節】

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。

あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり、寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。

異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのそのりっぱな行いを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります。

新しい人は神のあわれみを受けて、神に選ばれた者であり、祭司として神に仕え、罪赦され聖なる者になり、神のものになった人です。


古い人とはまったく違う状態になりました。


人の知恵や力によるものではなく、すべて神のみわざと力によって新しくされました。

肉体が変わったのではなく、その人の魂や身分が変わりました。


ですから新しくなった人は 肉に従って歩むのではなく、御霊の導きと神のことばに従って歩まなければなりません。


そのために必要なのが 新しい生き方を学ぶことです。

新しい生き方を学ばずに 新しい人として生きることは出来ないです。


信じた後でも何も変わらず以前と同じ生き方をする人が多いですが、それは問題です。

それは古い人のままで生きている姿です。


新しい生き方で歩もうとする時に、それを邪魔する強い敵に私たちはすぐ遭遇しますが、それは外部の敵ではなく、自分の中に長く住みついた “肉の欲” です。


これが なかなか消えません。

また、自分でもこれに執着して 何もせず礼拝出席や奉仕だけで信仰生活をしようとします。

クリスチャンの中で一番多いタイプです。


救われたのに、相変わらず広い道を歩んでいますし、間違えた教えをする牧師たちは さらにその道を広げて信徒たちが古い人の姿のまま生きるようにさせています。


「救われた人はそんな事を気にせずに自由に生きたら良い」と甘い言葉をかけます。

これが最悪のサタンの策略です。


神からのことばは 次のように言われています。


【第1ペテロ2章11節】

たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。

古い人の中にあるものは肉の欲です。


古い人は、肉の欲に従って歩みました。

それが何の問題でもありませんでした。

肉の欲がないと成功しないし、金持ちにならないし、祝福もされないと教えられたので、肉の欲があることが自然体だと考えていました。






しかし新しい人に “肉の欲” は癌細胞のように危険です。


私たちを再び罪の中に引き込もうとする誘惑であり、魂を汚すものであり、世に関心を持たせ、神から引き離そうとするものです。


せっかく新しく生まれ変わったのに、古い人に再び転落する恐ろしい誘惑なので警戒が必要です。


この肉の欲を遠ざけるために必要なのが、神のことば、きよい心、正しい良心と偽りのない信仰です。


私たちの内面が それらのもので満たされないと、以前からの古い生き方を変えることは出来ません。

古い人の時は 肉の欲を誘惑とは思っていなく、“それくらい皆もやっているから“ と嘘や不義なやり方で自分の利益を先に求めていました。


しかし新しい人になった後に そのやり方をすると、私たちの中にある良心は騒ぎ出します。


「そんなことして良いの?」と胸騒ぎがします。

また、心の中におられる聖霊様が悲しみます。


「聖霊を悲しませてはならない。」と言われたのは、私たちが霊的に無感覚になって 不義を行う時に、神様は私たちを見て心を痛めるからです。

良心が麻痺されると嘘をついても不義を行っても心があまり痛くないです。


良心の声よりは、利益のために少々のことは言い訳をして平気にやります。

しかし新しい人の道徳観、倫理観、生き方は そのレベルであってはいけないです。


主が主の祈りの中で教えて下さった祈りの中に次のことばがあります。


【マタイの福音書6章13節】

私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。

と、ありますが、これが「たましいに戦いをいどむ肉の欲を避けなさい。」という言葉と繋がりがあります。


私たちが一番試みにあっている部分が “肉の欲” です。

口では「主よ。主よ」と言うのに、心にある主人は肉の欲です。


世を愛し、金銭を愛する心がある人が 一番誘惑に弱く、一番惑わされやすいです。


その人たちは良心までも麻痺されています。




・肉の欲の危険性




【第1テモテ4章1-2節】

しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。

それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、

この言葉のように、肉の欲には “惑わしの霊と悪霊の教え” が入りやすく、もし入ると、この世と妥協して自分の利益を優先するので良心が汚れ、悔い改めすら出来ないように心が麻痺していきます。


麻痺とは “無感覚” になったことを意味します。不義を行っても悲しくも苦しくもならないです。

反対に「何が悪いの?」と開き直ります。


パウロのことばを聞きます。


【使徒の働き20章33節】

私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。

サムエルのことばも聞きます。


【第1サムエル記12章3-5節】

さあ、今、主の前、油そそがれた者の前で、私を訴えなさい。私はだれかの牛を取っただろうか。だれかのろばを取っただろうか。だれかを苦しめ、だれかを迫害しただろうか。だれかの手からわいろを取って自分の目をくらましただろうか。もしそうなら、私はあなたがたにお返しする。」

彼らは言った。「あなたは私たちを苦しめたことも、迫害したことも、人の手から何かを取ったこともありません。」

そこでサムエルは彼らに言った。「あなたがたが私の手に何も見いださなかったことについては、きょう、あなたがたの間で主が証人であり、主に油そそがれた者が証人である。」すると彼らは言った。「その方が証人です。」

二人のことばで明らかになったのは、神のことばをしっかり守りながら生きていることと、人の前でも自分の良心にとがめがない生き方をしていました。


しかし外側は敬虔に見えるパリサイ人たちに対して、主は彼らを “偽善者” と呼び、次のように語りました。


【マタイの福音書23章28節】

おまえたちも外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。

神の子どもたちが 不法なやり方で利益を得たり、他人に被害を与えたり、嘘を言ったりすると、正義と公義の神様が 自分の子どもがそのような生き方をしているのを いつまでも黙って見ているわけがありません。




・神は神の子どもたちに何を願っているのか




【ミカ書6章8節】

主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。

“公義” とは「律法にかなった正しい行動」です。

公義を行うことが良いことで、神が喜ぶことです。


肉の欲のために、罪に足を一歩でも踏み入れると 私たちは一つの罪だけではなく、律法全体を犯すものになります。

箴言のことばを三つ開きます。


【箴言1章19節】

利得をむさぼる者の道はすべてこのようだ。こうして、持ち主のいのちを取り去ってしまう。

【箴言20章10節】

「異なる二種類のおもり、異なる二種類の枡、そのどちらも主に忌みきらわれる。

【箴言20章17節】

だまし取ったパンはうまい。しかし、後にはその口はじゃりでいっぱいになる。

政治家たちのことを思い出してみて下さい。

自分の利益のためにわいろを取ったり、支出をごまかしたりして職を失い、恥をかき、反対にもっと大きなお金を失くしたりもします。


もしクリスチャンである私たちがそれと似たようなことをすると、誰よりも聖霊が悲しみます。


新しい人の自覚をもって生きることは、楽ではなく反対にしんどいです。

生き方を修正することはとても難しいし疲れます。


戦いも楽ではありません。負ける時が多いです。

それで「昔の方が楽だったのに」と思います。


しかし新しい人として生きるためには、嫌でも肉の欲を遠ざけないといけないです。


肉の欲と戦いもせず、好きなように生きると それは古い人のまま生きることを選んだことになるので、神の子どもとして生きることを辞めたことになります。

きっといつか後悔するでしょう。


戦いに負けることがあったとしても あきらめず、神の言葉の基準や良心のとがめがない生き方を選びましょう。


私たちが信仰を持ったのは、新しい人として生きるためです。

神の愛を受けたので、自分も神を愛して生きることを選びました。


ですから神を愛することをやめると、信仰生活は維持できないです。

信仰生活はみことばの上に立ち、神を愛し、新しい生き方をすることです。


古い人は、十字架の上でキリストと共につけられて死んだことを再確認して 新しい生き方を実行していきましょう。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2016.8.7
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

私たちのための主の祈り

テーマは 『 私たちのための主の祈り 』 です

【ヨハネの福音書17章15-22節】

彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。

わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。

真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。

あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。

わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。

わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。

それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。

またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。

今月はキリストの受難、十字架の死、復活があります。

その流れを今月のテーマとして語ります。


イエス様は いつも祈りをささげる方でしたが、特に自分の死が迫って来た時に、弟子たちのためにいつもより長い祈りをしました。

聖書に書かれたイエス様の祈りで、ヨハネの福音書17章の祈りが一番長いです。


その内容は弟子のため、また私たちのための祈りでした。

その祈りには、主の深い愛と主の願いがありました。


そして私たちに対する主の期待も反映されています。


今回は 祈りの内容に心を向けたいと思います。




・悪い者からの守りを祈る




悪い者に出会って良いことはありません。

サタンはいつも聖徒たちを狙います。


罪を犯させるために誘惑して、サタンがどれほど策略をもって働くか分かりません。


それに気付かず眠っている聖徒が多いのは事実です。

皆さんは目を覚ましていますか?
悪い者に いつも警戒していますか?


3年間、弟子たちと共にいたイエス様は 弟子たちの姿をよく見ていました。


肉の欲と思いで 互いに妬んだり、高慢になったり、争ったりする姿を見ました。

主と共にいながらも サタンの誘惑に負け、罪を犯していました。

そのことを深刻に考えている弟子はいませんでした。


悪者を警戒するように教えても、実行できていない弟子たちを見て、死が迫った時でも主は彼らのために祈りました。

主は 彼らの活躍、健康、幸せ、成功などは祈りませんでした。


なぜなら それより大切なことは、彼らが罪を犯さないことでした。


“罪” は神との関係を悪くし、いのちに関わることです。


人は罪を犯すと “罪の奴隷” になってしまいます。
それが神との関係を壊す要因になります。


“ 罪から来る報酬は死 ” ですので、悪の道へと誘う悪い者から守って下さるように祈りました。


この祈りはいつも必要な祈りです。

私たちも 神様に、悪い者から守って下さるように祈らないといけないです。

イエス様がそのように祈ったならば、私たちもそのように祈ることです。


実際に十字架にかかる前の晩に悪い者が近付くことを知っている主は 必死に祈りました。


そして弟子たちにも 「誘惑に陥らないように目を覚まして祈りなさい。」 と何度も命じました。

しかし眠気に負けた弟子たちは、誰も祈ることができず寝てしまい 祈りが出来ませんでした。


その結果、祈りがなかったので 人を恐れて、信仰から離れ、自分たちを愛し育てたイエス様をみんな裏切りました。


もし彼らのためのイエス様の祈りがなかったならば、彼らは誰も立ち直ることが出来なかったと思います。

そして主のための働きも出来なかったと思います。


ある時に、弟子たちが “祈りを教えて下さい” と言われた時に、「私たちを試みに会わせないで、悪からお救い下さい。」と祈るように教えました。

しかし彼らは その意味が分からなかったですが、あやまちを犯した後に その祈りの重要性をすごく実感したと思います。


弱い私たちも 主が私たちのために「悪い者から守って下さい」と祈ったように同じく祈ることです。




・聖別されること祈る




ヨハネの福音書17章17節にある 「真理によって彼らを聖め別ってください。」 と祈りました。


【ヨハネの福音書8章32節】

そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」

このような みことばがありますが、“真理を知ることは キリストを知ること” で、“ 自由になることはキリストを信じて信頼し服従すると罪から解放され罪に支配されることがない” ということです。


罪は私たちを汚しますが、罪赦され、真理の支配を受けると聖くなっていきます。


神の願いは 私たちが聖なる者になることです。

“聖” は神の属性です。


そして信じる者がますます聖化されることを主は願っています。

新しく生まれ変わった者にはこれが必須です。

次の箇所は “聖化” に関することばです。


【エペソ4章23-24節】

またあなたがたが心の霊において新しくされ、

真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。

“聖化” は、聖霊抜きにして出来ることではありません。


聖霊が信徒の中に働いて、罪の汚れから解放し、新しい人にして、みこころに従うように、良い行いが出来るようにして下さいます。


“救われたので それで万事OKという事はない” です。


ますます聖なる者となるために、罪から離れ、真理に従うことが大切です。

聖め別たれることは、聖別されることですから、そのためには神の言葉に従うことが必要です。


みことばは 教えと戒めと矯正と義の訓練とに有益で、私たちを聖め、良い働きが出来るようにします。




・一つとなるように祈る




ヨハネの福音書17章21-22節で  一つになるように祈りました。


これは信徒たちが一つになることは もちろんですが、教会が一つになることを祈りました。


イエス様と父なる神は いつも一つでした。


教会はキリストの体で、かしらはキリスト、私たち信徒は 体である教会の各部分です。

そして教会が一つになることは、全世界の教会が連合するという意味ではなく、本質的な側面での統一性を意味します。


父なる神とイエス様はすべてにおいて いつも一致していました。


互いが愛し尊重していましたし、互いに高めていました。

それは素晴らしい関係でした。


それと同じように、私たちが 主と一致すること、聖徒たちもキリストにあって一つになることを祈りました。

教会の体の一部分になった信徒たちが “一つ” になることで、神とキリストを伝えることが出来ます。


分裂したり、争ったりすると キリストを伝えることが出来ません。

そんな所にたましいを導きたいとは誰も思わないですね。


年齢や出身、考えが違っても 互いに愛し合い、人を自分よりも優れた者と思い、互いに重荷を負い合う時に “一つ” になれます。


非難したり、壁を造ったり、差別することは みことばに背くことです。

主は私たちに合わせるために卑しい人間の姿になりました。

それが模範です。


大した者でもない私たちが高ぶった思いをもって一つにならないと、主もその人と一つになることが出来なくなります。


主が与えて下さった新しい戒めが、次の箇所にあります。


【ヨハネの福音書13章34節】

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

これが一つになれる一番の方法です。

イエス様は、最後の日も このように弟子たちや私たちのために祈って下さいました。


その時、イエス様はどのような気持ちで祈ったのかをよく考えることです。

主の祈りが無駄にならないように、その祈りが自分の身になるように同じ祈りをしながら生きることです。


罪人、悪を行う者、汚れた者、分裂を起こす者は 神に喜ばれることも、御国に入ることもありません。

私たちを愛した主は 一人でも失われる者がないように、心を込めて祈りました。


日々、目を覚まして祈っているならば 悪者の誘惑に負けることはありません。

聖くなればなるほど 神を見ることが出来ますし、神の子と呼ばれます。

そして教会を愛し、キリストを愛し、聖徒を愛するならば それによって一つになれます。


主が祈ったように祈りながら実行してみましょう。
v( ̄∇ ̄)v

2016.6.14
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

プロフィール

ヤエクリ

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

(^^) からし種 に投票してね
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ