からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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試練

勇敢に戦って勝利した人生

テーマは 『 勇敢に戦って勝利した人生 』 です

【第2テモテ4章6-8節】

私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。

私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

試合は終わるまで勝負は決まらないです。

ですから選手たちは終わるまで気を抜いてはいけないです。


戦場にいる兵士たちも 戦いが終わるまで戦争は続くので、戦わないといけないです。



信仰はどうでしょうか?

死ぬまで信仰も守り通さないと神の国に入ることは出来ないです。


迫害は、信仰を奪うためのサタンからの攻撃です。


それに耐えることが出来ない人は 信仰を捨てて、神から離れます。

すると、それと同時に救いも永遠のいのちも神の国も失ってしまいます。



使徒パウロは、自分の人生を振り返りました。

多くの苦難と戦いがあり、毎日が死の連続でした。


同族ユダヤ人からの迫害、ローマ皇帝ネロからの迫害、あらゆる辛い迫害と苦難の道を通りました。


いつからこのような苦難の人生が始まったでしょうか?

主に出会ってからでした。


主の選びの器でしたが、彼は先頭に立って戦いをするキリストの兵士としての使命を受けました。



彼は休む暇もなく、全力で先頭に立って走り続けました。

そしてこの世での戦いが終わり、この世を去る時が来たことを知っていました。


これから十字架刑になるか、火あぶり刑になるか、それとも猛獣に噛み殺されるか分からないのに、パウロの心は平安で満ちていました。


恐れも心配も全くない平安は 主の兵士として、キリスト者として、信仰を守りながら勇敢に戦ったからでした。



神は勝利した者、敬虔に生きた者、使命を全うした者に全き平安を与えます。


パウロは自分に対する神の計画を正確に知っていました。

そしてそれが生きる目的になりました。


【エペソ3章7節】

私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。


ですからどんな困難の中でも 彼は福音を伝えていたので、弟子テモテにこのように言いました。


【第2テモテ4章2節】

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。


信じる者たちが最後までやるべきことは福音を伝えることです。


自分の救いだけで満足するのではなく、他の人も救われるようにみことばを伝えることです。

これは主が私たちに命じたことです。


【マルコの福音書16章15節】

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。


また死に至るまで忠実である時に、主からの冠を受けることが出来ます。


【ヨハネの黙示録2章10節】

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。


正しい審判者である主はすべてを見ておられます。


そしてそれにふさわしい報いを与えて下さいます。

それには一切の差別もありません。


主のために自分のいのちを蒔いた者は、永遠のいのちを主から受けます。


主にある者たちは何の報いもない競技をするのではなく、報いのある競技、戦いをしています。


【第1コリント9章25-26節】

また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。

ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。


【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


すでに救われたから何もせず、気楽に生きている姿はキリストの兵士として失格です。


何もせずに肉に従って生きる者を主が信仰の人と認めるでしょうか?

冠を与えるでしょうか?


アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2021.8.8
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苦難を受容するまでの段階

テーマは 『 苦難を受容するまでの段階 』 です

【ヨブ記2章7-10節】

『サタンは主の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。

ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。

すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」

しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。


突然のがんの宣告、死、大きな問題や事故などに直面すると、だれもがそれを簡単に受け入れることが出来ないです。

あらゆる感情が湧き出て、どうしたらよいのか戸惑うことがたくさんあると思います。


一般的に最初はほとんどの人がそれを否定します。

「そんなはずがない。間違いでしょう。うそでしょう。」という思いになります。

受け入れることが出来ないので否定します。



ヨブという人は 神を恐れ、悪から遠ざかっていた成熟した信仰を持っていたので、彼はとんでもない不幸が自分を襲ったその日も、否定したのではなく不幸を受容しました。


普通の人は 受容するまで何段階も通らないといけないのに、彼は成熟した信仰を持っていたので、すぐに受容しました。

普通の人ならば事実をまず否定します。


次はそれが事実であることを確認した後に、怒りの段階になります。

「どうして神様は私にこんな試練を与えるんですか?」と神に怒りの感情をぶつけます。

神様を信じない人までも悪いことが起こると 神のせいにします。



しかし、怒るからといって状況が変わるのではないです。


状況を変えたい人間は次に妥協点を捜します。

「神様が解決して下さるならば、これをします」 と誓願を立てて神の助けを求めます。



不妊のために苦しんでいたハンナは激しく泣きながら神に祈りました。

「万軍の主よ。もしあなたがはしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けて下さるなら、私はその子の一生を主にささげます。そしてその子の頭に、かみそりを当てません。」


神はその祈りを聞いて、ハンナに男の子を与えました。

そして彼女は神に誓願した通りにその子を主に捧げました。


自分の願いが叶えられた後に、主への誓願を果たさない嘘つきも多いですが、彼女は誓願を守りました。

神はハンナをさらに覚えて彼女に3人の息子と2人の娘を与えました。



次は妥協も通らないと諦めてうつ状態になります。

「私の人生はこれでおしまいだ」と絶望する段階です。



ここで終わる人も多いですが、次の段階に行く人たちもいます。





受容段階・世の塩のような役割




それは、ありのままを認め、受け入れる受容段階です。

信仰ある人たちは ありのままを受容します。


自分に起こるすべてのことは、神の計画の中にあることだ と受け止めます。

ヨブもヨセフもダニエルもひどい苦難がありましたが、それをそのまま受容して忍耐しました。


神は、忍耐して神につぶやかなかった人たちを必ず祝福して下さいます。



そして、さらに次の段階もあります。

それは自分が経験した辛いことを生かして、同じ経験をしている人たちを慰め、助け、人の益のために働く段階です。


この人たちが世の光、世の塩のような役割をします。

社会を明るくする人たちです。



神は私たちがこの段階まで行くことを願います。

こういう人たちが本当に人を愛して善を行うことが出来ます。


神様は理由なく苦難を通らせるのではないです。


私たちの益のために、成熟した信仰に育てるために、キリストに似た者にするために、愛と謙遜がある人にするため、苦難を通して私たちを変えていきます。


また、試練を通ることによって ますます天の御国に望みを置く者になることも主は知っておられます。


アーメン (*゚∀゚)っ


2021.7.18
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試練の中でも平安を保つために

テーマは 『 試練の中でも平安を保つために 』 です

【ピリピ4章6-7節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。


人生の崖っぷちに立たされた時に心の平安はありますか?


ほとんどの人は平安と喜びよりも、恐れ、戸惑い、思い煩い、不安で心が潰されそうになります。


クリスチャンも例外ではないです。

イエス様もそのことをよく知っていたので「思い煩うな、恐れるな、心配するな」と語っておられます。


ことばを知っていても中々平安にならず、恐れている姿があります。

信仰あると思った人たちからも見られます。



アブラハムも美しい妻が王に取られることと自分が殺されるのではないかと心配して嘘をつきました。

預言者エリヤも、イザベルの脅迫で怖くなって逃げて行き、神に自分の死を願いました。




人生に突然、地震や嵐が襲うと恐れが出てきます。

恐れは平安が壊れる時に出てきます。


平安が壊れることは信仰を失ったことを意味します。


神を信じる人も、現実ばかり見て生きる傾向があります。

現実ばかり見るので不安、思いわずらいが当然出てきます。



神様は私たちの注意と関心を神に向けさせるために私たちを崖っぷちに追いやります。


その時、神を見上げないと崖に落ちてしまいます。

自分は大丈夫だと思っている人も危ないです。


試練に遭うと自分の実態が分かります。


【第1コリント10章12-13節】

ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。

あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。


試練は通過するもので、恵みの時でもあります。

激しい陣痛の後に新しい命が生まれるようなものです。


苦難を使って神は陶器師としての働きをなさいます。

苦難の中で私たちは履き物を脱ぐことです。



自分に頼らず、自分の権利を捨てて、神に頼ることです。


すべてを神に任せる時に自分の心を守ることが出来ます。




試練の中で平安を保つためにすべきこと




まずは あらゆる場合につぶやかず、自己憐憫に陥らず 神に感謝することです。


感謝が出来ない時でも、無理やりだとしても意思を持って感謝することです。

感情が自分の心を支配しないように、霊の部分(みことばに従う)で感謝することです。


今日が最後の日であるかのように大胆に感謝することです。



次は神にすべてをさらけ出すことです。


泣きたい時は泣きます。苦しいことも全部伝えます。

そして主に助けと救いを求めます。



主が与えて下さることばがあるならば、みことばの上に堅く立つことです。

すると主から平安が与えられます。


環境は何も変わらないのに、主から平安が与えられます。


【ヨハネの福音書14章27節】

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。


神は平安と力と勇気を与えて下さいます。

「恐れるな。わたしはあなたの盾である」と語って下さる主です。


主は、世の嵐の中でも主に身を避ける者を守り、平安を与えて導いて下さいます。


【ヨブ記5章17-20節】

ああ、幸いなことよ。神に責められるその人は。だから全能者の懲らしめをないがしろにしてはならない。

神は傷つけるが、それを包み、打ち砕くが、その手でいやしてくださるからだ。

神は六つの苦しみから、あなたを救い出し、七つ目のわざわいはあなたに触れない。

ききんのときには死からあなたを救い、戦いのときにも剣の力からあなたを救う。


【詩篇119編71節】

苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。


イエス様は私たちにとって道であり、いのちのパンであり、光です。

力であり、避け所であり、盾です。


人生の崖っぷちにいるあなたを崖に落とす方ではなく、助けて下さる方です。

平安の中に導いて下さる方です。


アーメン (・∀・)


2021.2.14
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この時代を乗り越える力

テーマは 『 この時代を乗り越える力 』 です

【イザヤ書40章28-31節】

あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。

若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。

しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

今年は、今を生きる人にとってはコロナという新しい疫病に翻弄されています。

またそれによる様々な影響で、辛い時期を生きる人も多いと思います。


しかし長い歴史を振り返るならば、どの時代にも試練や心配や困難はありました。


人生の嵐が予期しない時に突然やって来るので、それに対処できない人は 波にのまれることが多いです。



人間は誰もが弱いです。

しかし弱いから皆が波にのまれることはないです。


波が来る時に、どのように対処するかによって、波の被害を受けずに乗り越えることが出来ます。


神は、神の民たちに多くのことを教えておられます。


この世という荒野で私たちが乗り越えていくように、また神の守りと導きを受けるように、またどのように戦うべきか、どのように神の保護を受けるかを すべてを教えて下さいました。



私たちが家電製品を買うと、保証書はもちろん 分厚い説明書も一緒にもらいますが、それは大事なものです。


買った時に説明書を全部読む人はほとんどいないと思います。

しかし何かのトラブルが起きた時にはそれがとても役に立ちます。


保証書は無料でアフターサービスを受けるので とても助かります。

それらのものを活用することでトラブルを解決していきます。


私も先月クレジットカードの不正使用の被害に遭いましたが、被害補償制度を使って問題を解決してもらいました。

説明通りに取り組むと解決の道が開かれます。



人生のトラブルに対する一番の説明書は聖書です。

聖書には解決の道がたくさん書いてあります。


予期しない嵐、困難な時代を乗り越える力があることも神は教えて下さいました。


人生の嵐に出会った瞬間は、すぐに避け所である神の御翼の陰に身を避けることです。


信仰によって約束のことばを信頼し、神に祈りをささげていくと心に平安が来ます。


【詩篇91編4-6節】

主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾であり、とりでである。

あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。

また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。


ダビデ王が突然の危機にあった時にそのようにしました。

その時の彼の様子です。


【詩篇3編1-6節】

主よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。

多くの者が私のたましいのことを言っています。「彼に神の救いはない」と。

しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。

私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。

私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。

私を取り囲んでいる幾万の民をも私は恐れない。

神に身を避けた疲れた者に神は慰めと平安を与えます。


そして神はその人に新しい力を与えます。

それによって絶望、心配、悩みから抜け出て、鷲のように翼をかって上ることが出来ます。


神には無限の力があります。


神に身を避ける者にその力を与えて下さいます。


神は魚を与える方ではなく、魚を捕る技術や道具を与えて、私たちが生きるように助けて下さる方です。


それを経験した人たちはどの時代でも乗り越える力を持っています。

使徒パウロの告白です。


【ピリピ4章11-13節】

乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。

私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

アーメン (*´∇`*)


2020.10.4
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神の国とその義とをまず第一に求めなさい

テーマは 『 神の国とその義とをまず第一に求めなさい 』 です

【マタイの福音書6章33節】

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

主によって新しく生まれ変わった人が 新しい生き方をするのは当然です。


もし古い生き方をずっと続けている人がいるならば、自分の居場所を確かめないといけないです。

その人はきっと以前と同じ場所にとどまっていると思います。


ですから今までと同じことをしながら生きています。



呪いから祝福、死からいのち、闇から光に移された人は何も言わなくても新しい生き方を始めます。


世の生活がまず第一であった人が、神の国と義を第一に求める人に変わります。

これがすごく大切です。


なぜならその生き方が 神のみこころの中にとどまる生活であるからです。

その人たちは何よりもまず神を知ることを切に求め、神の御心を求めます。


これは古い生き方には存在しなかったことです。



しかし新しく生まれ変わった人は神のみこころをまず第一に求めます。


主のみこころを求めず、自分勝手に生きる時、試練が来ます。


試練からの回復を求めるならば、まず神の国と義を第一に求める生活をしなければならないです。


【ホセア書6章1-3節】

「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。

主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。

私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」

神の国とその義を第一に求める人たちは、世のことでいつも悩んだり心配したりせず、自分に対する神の目的が何かを求め、その目的に従って生活します。


いつも主のみこころに集中して、御心の中にとどまります。

主のみこころの中にとどまる者が必ず勝利します。



悪魔も彼らを恐れます。

悪魔が彼らを誘惑しても勝利の確率はとても低いです。

彼らが主の御心に集中しているからです。


その心が主だけに向けられ、その耳は主の声だけを聞くからです。



しかし主の御心を第一に求めない人は主が語っても耳を傾けません。

関心がないからです。


神の国とその義とをまず第一に求めて生きる人の告白を聞きます



使徒パウロの告白です。


【ピリピ1章20-21節】

それは私の切なる祈りと願いにかなっています。すなわち、どんな場合にも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。

私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。




神の国とその義とをまず第一に求めることに失敗した例




人間的な思いで神の計画を止めようとした使徒ペテロに対して主が語ったことばです。


【マタイの福音書16章22-23節】

するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」

しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」



マリヤとマルタの異なる姿を見て主が語った戒めのことば




【ルカの福音書10章38-42節】

さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。

彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。

ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。

しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」

どうしても必要で良いことは、神の国と神の義を求めることです。


人間の思いが神の思いよりも優先する時には失敗しますが、神の思いを人間の思いよりも優先する時には、必ず良い実を結び、勝利することが出来ます。



自分の好きなことをさせるために 神が人間を造ったのではないです。

神のために人間が生きるように造りました。


その目的をまず知ること、それが人間のすべきことです。
アーメン (・∀・)つ


2020.3.29
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祈りのパワー

テーマは 『 祈りのパワー 』 です

【へブル13章18-19節】

私たちのために祈ってください。私たちは、正しい良心を持っていると確信しており、何事についても正しく行動しようと願っているからです。

また、もっと祈ってくださるよう特にお願いします。それだけ、私があなたがたのところに早く帰れるようになるからです。

祈りに関しては たくさん聞いているので、祈っていると思います。


しかし なぜ祈るべきか、祈りにはどんなパワーがあるかに対しては あまり知らない人が多いと思います。


困った時の神頼みぐらいしか思っていない人も多いです。

ですから何もない時は祈らないし、祈りなさいと言われると、それを大きな負担と感じます。



祈りは聖徒の特権であり、とても重要です。

祈りによってすべてが変わるからです。


そして、祈りによって人生の車輪が早く回るということも知らなければなりません。


会社での仕事も効率的にすればするほど、時間も短縮出来るし 仕事のスピードも速くなりますし、時間の浪費がないので もっと多くの働きが出来ます。

効率化がないと たくさん働いたわりには残るものが少ないです。



祈りにも似たようなところがあります。

本文でも祈りの要請がありました。二度も要請がありました。


「もっと祈ってくださるよう特にお願いします。」ということばが なぜあったでしょうか。


たくさん祈ることで何が変わるでしょうか?

「それだけ、私があなたがたのところに早く帰れるようになるからです。」と理由を言いました。


すなわち 祈りによって神の働きも祈りの答えもスピードが速くなるということです。



軽自動車とスポーツカーは同じスピードが出るでしょうか?

軽自動車とスポーツカーのパワーとスピードは全く違います。



祈ると神のパワーが加わって、私たちがする全てのことに、神が働き、無駄がないように、神が私たちを助けて下さいます。


祈ることによって人生の速度を上げることが出来ます。

祈ることによって答えも早く来ます。

目標も早く達成することが出来ます。


祈りに対して、主は「いつも、目を覚まして、絶えず、祈りに励みなさい。」と言われました。


様々な人生の問題、試練、成長、人生の目標などを乗り越え、成し遂げるために祈りほど重要なことはありません。


ですから神の働きを活発にした使徒たちも絶えず祈りながら、また祈りの要請をしました。



また祈りの効率を上げるためには 祈るだけで良いのではなく、正しい良心をもって正しい位置に立っていないといけないです。


汚れた思いを持ちながらいくら神に願っても、神はその人のためには働きません。

神は祈りを通して私たちと共に働きます。


【ヤコブ5章16節】

ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。

アーメン (*´ -`)(´- `*)

2019.12.1
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最後まで走りぬく

テーマは 『 最後まで走りぬく 』 です

【伝道者の書 3章1-14節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

働く者は労苦して何の益を得よう。

私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

私たちが今 生きている人生は平坦ではありません。


「救われていたら、いつも良いことばかり」、「問題なんか起こらない」、「ずっと平安であり、幸せである」わけではないのです。



実際に聖書にはこのように死ぬ、失う、殺す、崩す、投げ捨てる、引き裂く、戦う時があると書かれていて、現に私たちの人生でも これは起こっているのです。

その時々は、苦しいものであり、楽なものではありません。


私達が生まれる時があり、癒やされる時があり、喜ぶときがあり、収穫する時があり、それぞれがその時にかなっているように、これらの困難も時にかなっているのです。






私たちは生きていると、いずれ死にます。

その死ぬタイミングは誰にもわからないのです。


急に事故で亡くなる場合もあれば、病気で徐々に亡くなる場合もあります。


命は神様が握っているものであり、その “時” は神様にしか分かりません。



生きていれば苦しみもありますし、そしていずれは死ぬのです。

その中で私たちがすべきことは何でしょうか?


それは神様が与えてくださった使命に対して 忠実に働き、喜び楽しむことなのです。


また、真理を知り、神様のみことばを かみしめて生きることです。



神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

神様がなさることは時に私たちは全く理解できない時もあります。

ただ、神様のなさることはすべて時にかなって美しいのです。






例えば、イエス様をこの世に送り、罪人のために身代わりになって死ぬことは普通に考えてありえないことなのです。


ご自分の息子を、罪のない息子を、否定し拒絶し侮辱し痛めつけ 裏切り苦しめる者たちのために わざわざ十字架につけさせるのです。


ペテロもそれが理解できなかったのです。

なぜイエス様が捕まえられて苦しみを受けないといけないのか。


十字架にかけられるその瞬間だけを見ると むごく、ひどい、あり得ないことなのです。



ですが、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」のです。


神様がそのようにイエス様をわざわざ罪人のためにこの世に送り、十字架にかけさせたのは、罪人を救うためであり、解放するためであり、死に打ち勝って勝利をおさめ、栄光を受けるためでありました。


私たちが永遠に神様とともに生きるために、自らを犠牲にして来てくださったのです。



私たちの目には見えないことがたくさんあります。

生きていて理解できないこと、辛くてしんどいことがあるのです。


「何でこんなことが?」「なぜ私ばかりこんなに苦しむの?」
そう思うことがたくさんあります。


それでも、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と信じる信仰が必要です。


神様にゆだねながら、私たちは今 神様に与えられた使命をしっかり果たすことです。

その中で喜びを得ることなのです。






もう一つ、人生を生きていくための秘訣があるので、みことばを見ていきます。


【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

忍耐を持って最後まで走りぬくことが大切です。


天の御国に行くその最後まで、信仰のレースを走り抜かないとだめなのです。

途中で信仰のレースをやめることは、神様と一緒に生きないことであり、御国に行かないことであります。


どんなに辛かろうが、私たちは走り抜かないといけないのです。



陸上のレースでも走り切らないと記録は残らないのです。

どんなに有名な選手であったとしても、レースの途中で終わってしまうと、それは意味がないのです。


むしろタイムが遅かったとしても最後まで走り抜いた者に栄冠がいくのです。



最後まで走り抜く方法を神様は ここで語ってくださっています。


―いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けること―信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないこと です。



陸上のレースで大きなかばんを担いでる人、重荷を背負ったまま本番に臨む人を見たことがありますか?

みんな薄く軽いユニフォームを着ているだけで、荷物は何一つ持たずに全力で走っています。


私たちが走り抜くこのレースでは、すべての重荷と罪を捨てて走らないといけません。


重荷を担いだまま、罪を背負ったまま走るのは とても大変であり、走り抜くことは不可能なのです。






何のために自分でその重荷を抱えようとするのですか。

何のために罪を持ったまま生きようとするのですか。


それが私たちを助けてくれるでしょうか。


―― いいえ、そんなことはありません。


私たちは信仰のレースを走り抜くためには、一切の重荷、罪を捨て去らないといけないのです。



そして、それにはもう一つ大切なこと、「イエスから目を離さないこと」です。


イエス様から目を離すこととは、“イエス様以外のものを見ていること” です。

つまりは、イエス様を見上げないといけないのに、人を求める、問題を見る、罪を見る、環境を見ることです。


人を見ている間、問題や自分の罪、環境を見ているということは、つまりはイエス様から目をそらしているということなのです。



一生懸命 人を見て求めると、罠にかかります。

神様よりも人のことを大切に思い始めるのです。


人に愛されること・認められることを先に求めるのです。

問題や環境ばかりを見ても、問題は解決されません。


罪ばかりを見ても、それから免れることはないのです。






私たちが必要なのは、イエス様を見ることです。


イエス様を見、イエス様の生き方・人生を見ることで知恵が与えられ、慰めが与えられ、元気が与えられ、勇気が与えられ、愛が与えられるのです。


イエス様は私たちが通った以上、(今まで)経験した、またこれから経験する試練以上の試練と困難、苦しみ、死をすべて受けた方なのです。

それでも走り抜いたのは、その先にある “栄光・命・復活・喜び” をずっと見ていたからです。



私たちもイエス様を見上げ、イエス様のように “その先にあること” を見るのです。


【へブル12章10-11節】

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

試練は失望に終わることはありません。


人間の目や価値観では すぐに分からなくても、もはや生きている間に分からなかったとしても、耐え忍び、最後まで走り抜くことで、平安の義の実を結ぶのです。



神様の中で強くありましょう。

ますますイエス様を見上げましょう。


注意散漫にならず、イエス様を見上げましょう。

そして、信じ、ゆだねることです。


神様のなさることはすべて時にかなって美しい、ということばをかみしめ、味わっていきましょう。


アーメン (・∀・)

2019.8.25
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試練から勝利へと

テーマは 『 試練から勝利へと 』 です

【ヤコブ1章2節-4節】

私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。

【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


“試練” と聞くだけで、心が重たくなります。


試練を歓迎する人は一人もいません。

しかし、歓迎しなくても 各自の人生には 必ず試練があります。


人々は試練そのものよりも、自分がその試練に耐えられるかどうかを心配します。



試練に対しての神の教えが、今回の本文にあります。

試練に会った時に、それを喜びなさいと教えた理由は何でしょうか?


試練そのものを見た時には、それは決して良いものではないですが、“あるもの” を活かすことで 試練から勝利を得ることが出来るからです。



その “あるもの” とは、忍耐と希望です。


これは試練から勝利への過程に 必ず必要です。



試練から勝利を得る者もいれば、試練から失敗を刈り取る人もいます。

試練の中で、つぶやきと絶望だけであるならば、人生は失敗で終わってしまいます。


しかし同じ試練の中でも、忍耐と希望で貫く人は 勝利を手に入れることが出来ます。


4人の人物でそれを証明します。

ヨセフ、ダビデ、ヨブ、イエス様です。



4人とも受けた試練は、私たちが受けた試練よりも はるかに辛い試練でした。


【 ヨセフ 】

ヨセフの試練は、兄弟たちに売られて奴隷になったことでした。

それも外国へと売られました。


お父さんに特別に愛され、何一つ不自由のない生活から、一瞬にして奴隷になってしまいました。


【 ダビデ 】

ダビデは、何度も国を敵から救った英雄なのに、サウル王の嫉妬によって いのちが狙われ、何年もさまよいながら逃亡生活を続けていました。


自分の国には隠れる居場所すらありませんでした。


【 ヨブ 】

ヨブは、とても恵まれた人生を送っていましたが、ある日、津波のような大きな試練に会いました。


持っていた財産すべて、子ども10人、しもべたちまでもが 一日のうちに津波に飲み込まれたかのように消えていきました。

そしてヨブ自身も、治らない辛い病気にかかってしまいました。


自分が生まれた日を呪ったほど激しい試練に会いました。


【 イエス様 】

イエス様は恵みを与えた人々から裏切られ、侮辱され、むち打たれ十字架の上で死を遂げました。






この4人は試練の中で潰れたでしょうか?

彼らは潰れるどころか、大きな勝利を得ました。


彼らが受けた試練は、彼らを偉大な人物にし、その人生を通して神の栄光を現し、神のみこころを全うし、信仰の巨匠になり、試練の中にいる人々を 今も励ましています。


特にイエス様は 十字架の上で「完了した」と勝利宣言をしました。

何が 4人をそのように勝利へと導いたでしょうか。



彼らは試練の中で 決して弱音を吐かず、つぶやくこともせず、堕落した生活もせず、主に頼って祈りながら ひたすら忍耐しました。


そして救いの神が必ず試練から救い出して下さるという揺るがない希望を抱いていました。



それが試練を 勝利へと導く強い原動力になりました。

試練の中で勝利した者の告白が聖書には多くありますが、その中にあることばです。



【詩篇118編15-18節】

喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。主の右の手は力ある働きをする。

主の右の手は高く上げられ、主の右の手は力ある働きをする。

私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。

主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。

【詩篇118編21節】

私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです。


試練の中にいますか?


救いの神を見上げて、希望をもって忍耐すれば、救いの神の力ある働きによって死ぬことなく、生きて勝利を宣言することが出来ます。

アーメン (*´∇`*)


2019.1.27
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アブラハムから学ぶ従順する信仰

テーマは 『 アブラハムから学ぶ従順する信仰 』 です

【創世記22章1-14節】

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。

神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。

それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る」と言った。

アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。

イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。

私たちが直面する多くの問題の原因になるのは、神に対する不従順の罪です。


神のことばに素直に従えば発生しなかった問題のほとんどが、神に従わなかったことが原因で発生します。

今まであった問題や苦難には、自分や家族の誰かの不従順の罪があったことを否定出来ません。



ですから問題の解決を願うならば、不従順の罪を悔い改めて 心を入れ替え、従順する人にならなければなりません。


アブラハムは 私たちに従順の模範を見せてくれた “信仰の人” です。

従順とは何かを見せてくれました。



創世記22章は、アブラハムにとっては人生最大の試練の時でした。

とんでもない大きな問題が降りかかって来ました。

それも、神から直接来た試練なので、神に助けを求めるわけにもいかなかったです。


神にも相談出来ないからといって、人間に相談しても解決するわけがないです。


このような大変な試練をどのように乗り越えたのかを見ると、そこにあるのは “神への従順” でした。




神のことばに対して 一切つぶやかず従順したアブラハム




アブラハムが神から受けた命令は、到底 理解も納得も出来ない命令でした。


「自分の子を全焼のいけにえとしてささげなさい」 と命令されたら、私たちはどうしますか?


まずは自分の耳を疑い、神ではなくサタンからだと思うでしょう。

「神がそんなことを言うはずがない」と思うのが当然ではないでしょうか。


そこから様々な思いが巡り、それを神にぶつけるのが普段の私たちのやり方です。



しかしアブラハムは違いました。

私たちは自分の思いと神の思いが違う時には、いつも不従順の道を選びます。

不従順の習慣が根強く残っているからです。


しかしこの時のアブラハムの辞書には、“不従順” という文字がなかったと思われます。

一言も言わず、彼は従順しました。


信仰の土台は神のことばです。


そして生きた信仰は、みことばへの従順です。

神のことばに有無を言わなかったのがアブラハムでした。




従順の実践が早かったアブラハム




アブラハムは神の命令があった翌朝、すべての準備をしてイサクを連れて、神が示す所に出かけて行きました。


アブラハムが感情もない石のような心の持ち主でしょうか?

また、息子を愛さないお父さんでしょうか?



アブラハムにとってイサクは愛してやまない存在でした。

また神の約束の子で、100歳の時に生まれた かけがえのない存在です。


神の命令に従うにしても、神に「しばらく息子と過ごす時間を下さい」とお願いするのが平凡な人たちの願いだと思いますが、アブラハムには そういうことがなかったです。


命令にはすぐに従うと思っていたのでしょう。

そして息子と共に時間を過ごしたら、きっと神に従うことは出来なくなると思ったでしょう。



従順を遅らせると、必ず誘惑するものが近づいてきて誘惑します。

サタンはいつもチャンスを狙って近づきます。


私たちが迷う時、モタモタしている時に、甘いことばを持ち込んできて、従順出来ないように邪魔をします。


これに引っかかる人が実に多いです。

アブラハムは惑わされないために、また不従順を警戒して すぐに実行に移したと思います。



従順は後回しせず、すぐに実践することです。


「神様を信じなさい」と言っても、「いつか信じます」と言う人は なかなか信じません。


しかし決断する人は、その時から信仰が芽生えてきます。

従順は早ければ早いほどしやすいです。


遅れれば遅れるほど 従順出来なくなります。



怠け者で不従順が身についているならば、その命令さえも忘れてしまいます。

行いが伴わない信仰は “死んだ信仰” です。

死んだ信仰がその人を救いますか?


すぐ従う人に神の祝福があります。




アブラハムは盲目的に従順したのではなく、疑わず確信をもって従順しました




この信仰はこの出来事の前からアブラハムにありました。

100歳の時に子どもが生まれると聞いた時、アブラハムが見せた信仰です。


【ローマ4章20-21節】

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。

そしてその信仰通り 100歳の時に、息子イサクが生まれました。

そして、「その息子をささげなさい」と言われた時にも、アブラハムには別の信仰の確信がありました。


それは、“神には神の良い考えがある” と疑わずに確信していました。



イサクが「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

と聞かれた時に「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」と答えました。


人間的には、アブラハムは息子を全焼のいけにえにしなければならない現実が苦しくて心を引き裂かれる思いがあったと思います。


しかし、そのことよりも上に置いたのが神への従順、神への愛、神への信頼でした。



偉大な信仰は、平凡な生活の中で生まれるものではないです。


激しい試練の中で、神を疑わず信じて行動する時に生まれるものです。


偉大な信仰は、誘惑に勝利した信仰です。

神のことばを守り抜いた信仰です。


このような信仰を見て、神は共にいて下さり祝福を与えます。



従順したアブラハムに神がかけた言葉は,本当に祝福の言葉でした。


【創世記22章16-18節】

わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、

わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。

あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」


不従順の罪を捨てて、アブラハムの従順の信仰を学びましょう。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.12.2
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圧倒的な主の愛

テーマは 『 圧倒的な主の愛 』 です

【ローマ8章35-39節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、

高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

キリストの愛は世界にある すべての愛を全部合わせた愛よりも 大きな愛だと私は思っています。

ですから、その愛を “圧倒的な愛” と表現しました。


この “圧倒的な愛” に勝てるものは一つもないです。


その愛で私たちを愛するために、キリストはこの世に来て下さいました。


罪がないことを除いては、私たちと同じものになりました。

そしてその愛を余すところなく表して下さいました。


神はキリストを通して、どれほど私たち人間を愛しているかを見せて下さいました。

その圧倒的な愛を私たちは知らなければなりません。




救いの根源は圧倒的な主の愛である




【ヨハネの福音書3章16-17節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

【第1ヨハネ3章16節】

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。

ひとり子イエス様を、罪人である私たちの “救い” のために与えて下さった愛は 普通の愛ではなく、人間には存在しない “圧倒的な愛” です。


それによって救いを可能にしました。


「なぜ私のような者のために そんなことをしましたか?」と聞くならば、主はこのように答えるでしょう。


―― あなたを愛しているから ――



愛するのに条件があるならば、それは条件的な愛であって、純粋な愛にはなりません。


神の愛は純粋な愛で圧倒的な愛です。

そしてその愛にはものすごいパワーがあります。
引き離さないパワーです。


その愛を知っているならば、この世でどんな患難や苦しみがあっても恐れる必要がありません。


なぜならば離さないほどの強い神の愛で愛されているからです。


キリストの愛は、皆さんが抱えている患難、苦しみ、危険、剣よりも決して小さなものではありません。

すべての問題を圧倒する愛です。



自分が抱えている苦しみや問題によって 主から離れようと考えているならば、それは主の愛にまだ気付いていないです。


しかし反対に、放蕩息子のように問題の中で、主の愛に気付くならば幸いです。


主が話された放蕩息子の例えは、皆さんも知っています。

お父さんの愛に改めて目覚めたのは彼が無一文になってからでした。


すべてに恵まれていた時には まったく気付いていませんでした。

ですから財産をもらって遠くに離れて行きました。



すべてを失って誰からも愛されることなく、1人で困っていた時に、お父さんの愛を思い出しました。

それで家に帰ることを決心しました。もちろん不安と恐れもありました。

お父さんが自分を受け入れてくれるかどうかは分からないので、しもべの1人になっても良いと思って帰りました。


彼が帰った時に、思っても見なかったお父さんの愛溢れる歓迎を受けて彼はびっくりしました。

その時、やっとお父さんの愛が どれほど強い愛であるのかを実感しました。




聖徒は主の愛を実体験によって
確信することが必要である





患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣などは、実際に救いを妨害するためのサタンの攻撃によるものとして現れることも多いです。

また信じる者を倒す目的でそのような試練が来ます。


そのような厳しい状況の中でも、神の愛を確信する人だけが、自分の救いと信仰を守って勝利することが出来ます。


主の愛に対しての確信がない人は、厳しい状況の中で耐えることが出来ず、主の愛を疑って、主から離れて行きます。


愛よりも強いものはないです。

神様がひとり子キリストをお与えになったほどに自分を愛しておられると思うならば、目の前の患難が主の愛より大きく見えることはないです。


迫害が主の愛を奪い取るような強力なものには見えません。



殉教した人たちは、自分を愛する主の愛をどこでも感じるので、むしろ死ぬことも喜んでいました。

神の絶対的な愛と天国への確信を持っていたので、彼らはいのちが取られてもキリストから離れませんでした。


私たちを愛しておられる主が、苦しみの中にいる愛する者たちを見捨てることなどありえないことです。


それを彼らもみな信じていました。


【第1ヨハネ4章7-11節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

福音を異邦人に伝えたパウロは、コリントの信徒たちに手紙の最後にこのように言いました。


【第1コリント16章24節】

私の愛は、キリスト・イエスにあって、あなたがたすべての者とともにあります。

主の圧倒的な愛を体験した人は、人もこのように愛することが出来ます。

アーメン (。・ω・)ノ゙


2018.9.2
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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