からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

八戸ノ里キリスト教会より メルマガ配信中!

メルマガ購読・解除

読者購読規約
毎朝7時に配信しています! 1日の始まりを神様の恵みで満たしてくださいね
powered by まぐまぐ!
 
         

聖書

愛とは何か

テーマは 『 愛とは何か 』 です

【第1コリント13章1-8節】

たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。

また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。

聖書で語る愛はいつ変質するか分からないような ドロドロした愛ではなく、純真な愛です。


その純真な愛が何かを教えた個所が4節から7節です。

自分たちが思う愛とは違う愛であることがよく分かります。




愛とは何か




【第1コリント13章4-7節】

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。


このような愛が私たちにあるでしょうか。

―― ないと思います。


いくつか当てはまるものはあるかも知れませんが、すべてを持っている人はいないと思います。



この愛は成熟した信徒の特徴です。

そして聖霊充満な状態に現れるものです。


この愛があって初めて聖なる者になれます。

それまでは未熟な状態です。


【第1ヨハネ3章11節】

互いに愛し合うべきであるということは、あなたがたが初めから聞いている教えです。


このように教えられていますが、教会の兄弟たちの間でも妬み、高慢、争い、陰口、怒り、敵対心があるのではないでしょうか?


愛がないので、そのようなことが起こります。

神はそのような私たちを見て「偽り者」と言います。


【第1ヨハネ4章20-21節】

神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。

神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。


この命令を守らないので、教会の中でも人間関係に問題が起こります。


例えどんなに仲の良い者たちであっても一緒にいる時間が長くなると葛藤や争いが起こったりします。

どのように解決しますか?


愛が一番の解決策になります。


相手に対して今日の愛のことばを適用していくならば、だんだんと相手に対してすまない気持ちと赦す気持ちが出てきます。




愛がないならば




どんなに優れたものを持っていても、力があっても、人のためにいのちをささげても、愛がないならば評価されないです。


主は愛がないならばやかましいどら、うるさいシンバルと語りました。

迷惑だということです。



さらに愛がないならば何の値打ちもなく、何の役にも立たないと言われました。

何をしても主からは評価されないです。


すなわち愛から出ていないことは、人のためではなく自分のためにしたことになります。


きっと主は心の動機を見ておられると思います。

愛は動機と行動が一致しないといけないです。




愛の偉大さ




預言も異言も知識もすたれます。


【第1コリント13章13節】

こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。

【マタイの福音書22章36-40節】

「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」

そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

これがたいせつな第一の戒めです。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2020.7.26
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

悪魔の策略に勝利するために

テーマは 『 悪魔の策略に勝利するために 』 です

【エペソ6章10-13節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。


悪魔の存在に対して一番知らないといけないのは、神を信じる人たちです。


なぜならば悪魔が一番狙っているのは 神を信じる者たちだからです。


聖書は悪魔の存在も策略も戦い方も教えています。

しかしそれに無関心で無知なクリスチャンが多いので、やられてしまう人が多いです。


やられるだけではなく 支配されてしまうと、天国には入れないです。

重大なことになってしまいます。


今回は悪魔との霊的戦いで、悪魔の策略に勝利するために知るべきことを伝えます。

この世のことと比較しながら伝えます。




戦う前に準備をします




これは当たり前のことです。

何も準備なしに戦うことは愚かなことです。

戦う武器を準備します。


悪魔は霊的存在なので、すごく知恵があります。

戦う武器をたくさん持っています。


それに対抗するために必要な武器を神が教えました。



まずは神からの力を得ることです。

その力は大能の力です。


神の力を受けることですが、“聖霊の力” “聖霊充満” です。


「聖霊があなたがたの上に臨むとあなたがたは力を受ける」と言われました。


臆病者であった主の弟子たちが聖霊を受けた後に、人や悪魔や支配者たちの迫害も恐れなくなりました。

勇敢な者、戦いに強い者、大胆な者になりました。


【ヨハネの福音書16章33節】

あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。


この みことば通り聖霊を受けた後に、勇敢になりました。


聖霊に満たされた人は力があり、神の武具を身に着けています。

腰には真理の帯、胸には正義の胸当て、足には平和の福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、神のことばの剣です。



ゴリヤテとダビデが身に着けたものを見ると、神の武具を身に着けた者が強いことが分かります。


ゴリヤテは世のもので完全武装しました。

頭に青銅のかぶと、うろことじのよろい、青銅の胸当て、足には青銅のすね当て、背には青銅の投げやり。

さらに盾持ちの部下までいました。


ダビデは羊飼いの服装、手には杖、羊飼いの使う袋、すなわち投石袋に五つの滑らかな石を入れ、石投げを手にしました。

たったそれだけでした。


戦いの結果はダビデの勝利でした。



ダビデが身に着けたのは世のものではなく、神のすべての武具でした。


見た目では分からないですが、ダビデ自身は自分が神の武具を着けていることを知っていました。

ですから恐れず大胆に戦うことが出来ました。


神の武具を身に着けていないならば、戦いでの勝利はないです。




戦う相手を正確に知ること




悪魔ですが、悪魔は自分が支配している人間を使って戦いをしています。


主権、力、暗やみの世界の支配者たち、すなわち権力や富を持つ者が世界を支配し、信じる者や教会に圧力をかけたり、迫害します。

歴史を見たら一目瞭然です。


悪い王や支配者たちが上に立つと罪と悪が増え、キリスト教に対する迫害が起こり、人の自由を奪う悪い法律が出来ます。

犯罪や不法も増えます。



信仰を守ることがどんどん難しくなるので、信じる者は世界を見て悪魔の力を受けて活動する者がだれかを知り、霊的戦いをしないといけないです。


彼らが活動出来ないように祈ることです。


騙されないように、また惑わされないように、正しい情報を常に手に入れ、相手を知ることです。

そうしないと巧妙な彼らの策略に騙されてしまいますので、勝利するどころか悪魔の虜になります。




悪魔に弱みを握られてはいけないです




悪魔は皆さんから目を離さないです。

ストーカーのようであり、やくざのようです。


悪魔は神の前で皆さんを訴える者です。

すなわち誹謗中傷する者です。


正しい人であったヨブを神の前で誹謗中傷したのが悪魔でした。



私たちの罪と咎を見つけたら、それを神の前でずっと誹謗中傷するのが悪魔です。


イエス様とはまったく違う姿です。


悪いことをすると悪魔は微笑みます。

利用出来るものを見つけたからです。


弱みがない人に悪魔の脅かしは効き目がないです。


しかし弱みを握られた者はおびえて悪魔に従うしかないです。




霊的戦いで戦う方法




悪魔の策略に対して正確な情報を手に入れたら、受け身で戦うのではなく、先制攻撃をすることです。

やられる前に攻撃することです。


【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

分かりやすく言うと、イスラエルの戦い方は霊的戦いでも使えます。

とても小さな国ですが、敵国に囲まれていながらも勝利している理由は 戦い方にあります。


正確で膨大な情報、勇敢な軍隊や最新鋭の武器、イスラエルの諜報機関モサドの存在です。


敵に対しては先制攻撃をして潰します。

それが一番強い戦い方です。



それを私たちも霊的戦いで使わないといけないです。


悪魔にやられてその支配下に置かれた後に嘆きわめいても、悪魔は手に入れた者を簡単には手放しません。


祈っても悪魔の妨害で神に届きません。

神から完全に引き離し、堕落させ、滅びに投げ入れます。



霊的戦いは 祝福のための戦いではなく、生きるか死ぬかの重大な戦いです。


それを認識しないと なぜ戦うのかも知らず、悪魔の策略に負けて命を盗まれてしまいます。

地獄に行って初めて気付く人も多いと思います。


霊的戦いは死ぬ時まで続く長い戦いです。

停戦がない し烈な戦いです。


目を覚ましていないと分からない戦いです。



準備出来ていない人はしっかりと準備してほしいです。

そして戦って下さい。


アーメン (ノ`Д´)ノ


2020.7.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

みことばの栄養を食べ、食べさせる

テーマは 『 みことばの栄養を食べ、食べさせる 』 です

私たちが生きていくためには、食べ物が必要不可欠であり、栄養のあるものを食べて生きていく必要があるように、私たちの霊も 栄養のある神様のみことばを毎日食べて生きていかなくてはなりません。


特に今日は、そのみことばの栄養を食べていくこと、また自分だけではなく、私たちの周りの大切な人、特に家族にもこの栄養を食べさせないといけないことを見ていきます。



まずは聖書のみことばから「家族」、そして「信仰」について学んでいきましょう。


【第2テモテ1章5節】

私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。

テモテは、お母さんはユダヤ人で、お父さんはギリシャ人(異邦人で未信者)でした。


【使徒の働き16章1-3節】

それからパウロはデルベに、次いでルステラに行った。そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人を父としていたが、

ルステラとイコニオムとの兄弟たちの間で評判の良い人であった。

パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることを、みなが知っていたからである。


ユダヤ人の父親は、子どもたちに律法を教える責任があったのですが、もし信仰がある父親が生きていない場合は、祖母から律法、つまりは神様のことばを学んでいました。


このテモテの信仰を育てたのは、お母さんとおばあちゃんだったのです。

テモテのお母さんと、おばあちゃんがテモテに聖書のことばを小さい時から教え、それからテモテが信仰を持つようになりました。


テモテは、この貴重な何よりも大切な信仰を、親から受け継がれ、迫害があっても、二心にならず、あきらめない、最後まで信仰を捨てないほどの、純粋な神様に喜ばれる信仰をしっかり持っておりました。


テモテが信仰を持つようになった背景には、一番身近にいた、母と祖母という家族の存在があったからです。



私たちは誰かに「信仰を持ってほしい」、「救われてほしい」、「もっと信仰が育ってほしい」と思う時、「とりあえず教会に連れて来たらいいか」と考えませんか?

もちろん、教会に連れて来ることはとても良いことですし、メッセージも聞けるし、他のクリスチャンの方とも交わりができるのでとても良いと思います。


ただ、もしそれが家族であるのならば、私たちがすべきことは、「教会に連れてくること、お祈り、以上。」

なのではなく、実際に御言葉、聖書を伝えていくことがとても大切です。


あなたの家族は、あなた自身の家族であり、他の人ではなく、一番近く、一番影響を与える関係です。

私たちは、その家族とともに、それぞれ信仰を持ち、育てていく「使命」が1人1人にあるはずです。



信仰を育てるためには、神様のみことば、聖書に親しむことがとても大切です。

パウロは テモテに次のように言っています。


【第2テモテ3章14-15節】

けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、

また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

テモテは、幼いころから聖書に親しんできました。

よく読んでいて、よく知っていました。

そしてそれによって、信仰を持つようになったのです。


あなたの大切な家族、あるいは一番近い人と、一緒に聖書を読んでいくこと、みことばを伝えることがとても大切なのです。




栄養失調




信仰生活は、子育てと同じです。


子どもが生まれると、親は一生懸命、ミルクをあげます。

子どもが生きていくため、成長していくためです。


母乳やミルクから始まり、離乳食に移り、そこから徐々に普通の固形の食べ物を食べるようになります。


普通の食べ物が食べられるようになり、美味しい物が分かるようになり、自分で自分に必要な食べ物は何か、栄養良く食べるようになるのです。

信仰と御言葉、私たちの霊も同じです。



信仰が小さな時は、食べやすく消化しやすいように、分かりやすい御言葉から少しずつ食べ始め、毎日食べることです。

それから徐々に聖書が何を言っているのかが分かるようになっていくと、聖書の深い真理を知り、味わっていくことです。


始めは何が何なのか分からないながらも、少しずつ栄養として食べていくことで、後に徐々に御言葉を悟るようになります。

徐々に悟ることで、少しずつ固い食べ物を食べられるようになるように、御言葉の深い真理を知っていくのです。



そして、自分に今 どんな食べ物が必要なのか、どの栄養が足りていないかが分かり、美味しいもの、体に良い物を選んで食べるように、私たちもその時々に必要なみことばを食べていくことが とても大切なのです。


子どもが食べ物を食べるのは生きていくために必ず必要なことであり、足りないと栄養失調になり、何も食べないと死んでしまうのです。

同じように、毎日御言葉を食べないと、私たちも栄養失調になり、いずれは死にます。






ジャンクフードは、食べている間はとても美味しく感じ、また食べたいと思いますが、それを食べ続けると気付けば栄養失調になり、私たちの健康を害していきます。


私たちも栄養のあるみことばではなく、この世のことばや違う教えを食べると、その一瞬は美味しく感じ、また食べたいと思うかも知れません。


ただ、それを食べ続けると、気付かない間に栄養失調になり、私たちの霊を害し、いずれは死んでしまうのです。


私たちは自分自身が健康に生きるためにも栄養のある このみことばをしっかり毎日食べる必要があるのです。


食べないと死んでいくからです。



また、私たちは自分自身だけではなく、自分の周りの人、特に家族を食べさせていくことも大切です。

あなただけが、健康に生きて、周りの大切な人がどんどん栄養失調になり、やせ細ってしまっていても、それで良いのでしょうか?


あなただけが美味しいもの、体に良いものをパクパクと食べ、横にやせ細り、栄養が必要な人を放っておいても良いのでしょうか。



私たちには、自分たちだけではなく、周りの人にこの栄養あるものを食べさせ、生かす使命があるのです。


それは親が子どものことを愛し、毎日栄養のあるご飯を食べさせるように、私たちも みことばという食べ物を周りの人に食べさせていくことが必要なのです。

ミルクから始め、離乳食を与え、徐々に固形のものを食べてさせていくことです。



今まであまり家族と一緒に聖書を読んだことがなく、どこを読んで良いのか分からない方は、その家族が好きなところからスタートしたら良いです。


ストーリーやドラマが好きな方はぜひ、新約聖書の最初の4つの福音書や、その中のヨハネの福音書からでも良いです。


ことわざや、格言、自分を高めることに興味のある方なら、箴言。

物事をじっくり考えたり、哲学的なことが好きなら、伝道者の書から。

一つずつ順番にするのが好きなら、創世記から。

心にホッとする言葉や、詩が好きな方は、詩編から。


どこからスタートするか、何を読むかはそれぞれその人に合わせて始めたら良いと思います。



聖書を出して、読むことが難しいならば、聖書からの話をまとめて伝えるのも もちろんOKです。

少しずつ、私たちの方から、神様からの愛のメッセージであるこの聖書のみことばを伝えましょう!



信仰を持ち、先にクリスチャンになった私たちには、この救い、みことば、聖書をまずは家族に伝えていく必要があるのですが、それによって、その家族の救いに繋がることもできるのです。


【第2テモテ3章15節】

また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

人々はいろんな形で救われます。

それは神様のご計画であり、みわざであります。


その救われ方はそれぞれ違いますが、私たちが今持っているこの聖書が、「救い」に導いてくれますし、「信仰」を育ててくれます。


これを読むようになることが大切です。

聖書を読むことは、神様を知ることです。


神様がどんな方であり、何を私たちに伝えたいのか、私たちは神様にとって どのような存在であるのかを知っていくことです。






例えば、自分の夫や妻、仲の良い友達を思い浮かべてください。

その人がどんな人であるのか、何が好きなのか、どんなことに興味を持ち、何を大切にしているのか、よく知っていますよね。


逆に、あまり相手のことを知らずに、仲良くなったり、好きになることはありますか?
―― ほとんどないはずです。


私たちも神様、イエス様が一体どんな方であるのか、何が好きなのか、どんなことに興味を持ち、何を大切にしているのか、それを詳しく知らないと、心から信じたり、愛したり、礼拝することはできないと思います。


まずはいきなり信じようとする前に、イエス様がどんな方であるのかを知っていくことです。

それを知っていくために一番良い方法が「聖書」なのです。

また、聖書は「救いに導く」ことに加えて、次のことでも大切です。


【第2テモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。


この16節は日本語がとても難しいですよね。

もっと分かりやすく言うと このようになります。


聖書は、真実を教え(①教え)、何が間違っているか(罪)に気付かせ(②戒め)、間違えている時に直させ(③矯正)、正しいことをするようにさせる(④義の訓練)ために有益なのです。


このテモテへの手紙が書かれた当時は異端が多かったのです。

間違った教えが多かったので、「聖書(旧約)こそ真実を教えてくれている」と伝えています。




今の時代




今の時代は、ますます何が真理であり、何が正しく、何が間違えているのか、どんどん分からなくなっています。


今まで常識だったことが非常識になったり、「個人の選択、趣向、考え方だ、だから全部受け入れなさい。受け入れないならば、差別です」と言われる世の中になっています。


何が間違っているのか気付かず、むしろ それが合っていると勘違いをする。

あるいは、間違っていると気付いていても、直さない人、逆にそれが正しいと訴える人が溢れている社会です。


その中で私たちは生きていて、特に子どもたちや若い人はすでに曲げられてしまった偽りの真理を、学校や、社会、世の中でまるで それが本当の真理であり、正しいものであるかのように学んでいるのです。

気付かないままに、真理を真理と気付かず、間違ったことを正しいと学ぶ社会になっています。



これはノンクリスチャンの中だけでの話ではなく、クリスチャンの中でも真理を曲げて伝えている牧師、クリスチャン、教会がとても多いです。


その中で、何が本当に正しく、また、間違えているのか、一体何を選択すべきなのかを教えてくれるのは、聖書です。


いつまでも変わらない真理、人間が人間らしくどのように生きていくべきかを、はっきり噓偽りなく書いてくれているのが聖書なのです。

聖書は、私たちの間違いに気付かせ、直し、正しい方に導いてくれます。


盲目な者として、無知の者として生きるのではなく、知恵ある者として、目を覚ましている者として生きることができるのは、聖書なしでは無理です。



聖書のみことばがあなたの中に入っていないと、間違えたことに気付くことも、ストップさせることも、正しい道に戻ることもできません。

それは、私たちだけではなく、私たちの周りの人もそうです。


特に、子どもがいる方は、親として、その子どもを正しい道、命の道へと導く責任があります。



「誰かが教えてくれるから良いや」ではなく、あなたが見本となり、教えていくことがとても大切なのです。


そのためにも もちろん、また、あなた自身が生きるためにも、まずはあなた自身が、聖書に親しみ、それに基づいて生きること、聖書の教えにとどまることが大切なのです。

逆にワクワクしませんか?


聖書は私たちにたくさんのことを教えてくれ、私たちに益をもたらしてくれると思うと、もっと知りたい、読みたいとなりませんか?


一緒に、あなたと、あなたの愛する方たちとこの栄養満点の御言葉を食べていきましょう!
アーメン (。・ω・)ノ゙

2020.6.14
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

時を分別して未来を準備する

テーマは 『 時を分別して未来を準備する 』 です

【第1列王記20章20-22節】

彼らはおのおのその相手を打ったので、アラムは逃げ、イスラエル人は追った。アラムの王ベン・ハダデは馬に乗り、騎兵たちといっしょに、のがれた。

イスラエルの王は出て来て、馬と戦車を分捕り、アラムを打って大損害を与えた。

その後、あの預言者がイスラエルの王に近寄って来て言った。「さあ、奮い立って、これからなすべきことをわきまえ知りなさい。来年の今ごろ、アラムの王があなたを攻めに上って来るから。」

先週は「時を分別する知恵」に対してメッセージを伝えました。


分別する知恵だけで終わってしまうならば、何の役にも立ちません。

その知恵をもって未来を準備しないといけないです。


未来を決定するのは自分の態度です。


自然災害など自分では予測出来ないこともありますが、予測して自分で未来のために準備出来ることもあるので、その場合は しっかり準備することが大切です。


未来に悪いことが起きても、私たちの態度によって良いことにもなりますし、良いことが起きても、私たちの態度によって悪いことにもなります。



本文で主の預言者が語った預言は良い知らせでしたか?

―― 良い知らせではなかったです。


「来年の今ごろアラムの王が攻めて来る」という悪い知らせでした。



しかし預言のことばをよく考えてみると、それに対して前もって準備をしておけば大丈夫だという意味にもなります。


そのことばを聞いたアハブ王は 戦争の準備をしていたので、次の戦いでも勝利することが出来ました。

そのように準備することで、未来を良くすることが出来ます。


未来を準備するために、私たちは何をしたら良いのかを今日は学びます。




多くの情報を得ること




今は何もかも目まぐるしく変化しています。

何が変化していくのかに対して 多様な情報を知るならば、新しい変化に対して、準備することが出来ます。


デジタル時代になるだけで社会、世界のシステム、経済、教育、仕事が変わります。

アナログ時代にとどまっていては取り残されます。

会社も倒産します。国も破綻する時代です。


世界を引っ張る七つの会社は、すべて情報関連の会社です。

IT関連の会社です。



「これからなすべきことをわきまえ知りなさい」ということは、その情報を得てどのように行動すべきかを決めることです。


ここで必要なのがまた 『神の知恵』 です。

地上の情報は地上で得ますが、天の情報は聖書から得るので、聖書をよく読んで下さい。



預言者エリヤが知らせたのは天の極秘情報です。

極秘情報を聞いて、準備したので、後にアハブは勝利することが出来ました。


情報を持たないと成功はないです。

国々や企業が極秘情報を得るために莫大なお金を使う理由は それによって上に立ち、利益を得るためです。




過去を点検して、未来を準備する




過去を点検するのも、未来の変化に成功するためです。

未来は違う世界から飛んでくるものではなく、過去と繋がってあります。



今回のコロナウイルスは、過去にあった『サーズウイルス(SARS)』と 『マーズウイルス(MARS)』と関係性があります。

サーズもマーズも、今回のコロナウイルスも似た点が多いです。

発熱、咳、息切れなどの呼吸器官がやられて死亡するケースが多いです。



世界がこの病気で今も大変ですが、韓国が今回うまく対応できた理由は、過去にサーズとマーズの経験があったからです。


その時も感染が広がったので、そこから学んで、マスクや呼吸器、防護服の準備、医療システムを整えたので、今回のコロナウイルスの時にうまく対処することが出来ました。

もう新規感染者はほとんど出なくなりました。


過去の経験と自分たちの過去の態度をよく調べることで未来を準備することが出来ます。



独裁者たちの結末はよく似ています。

しかし独裁者たちはそこから学ぶこともなく、同じ道を辿ります。

自分はうまくやっていけると思う傾向があります。


自分をよく調べるためには神の目で自分を調べることです。


【詩篇26編2節】

主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。



肯定的な信仰をもって積極的に行動すること




未来を準備する時に、未来の変化に対処できる 新しい自分を準備しないといけないです。

自分が変わらないと明るい未来はないですね。


しかし自分が新しく変わろうとする時に 一番それを邪魔するのも自分自身です。

情報を得ることも、良い計画を立てるのもそんなに難しいことではないです。



しかし自分が変わることは意外と難しいですね。

行動が伴わないといけないからです。


行動しようとする時に過去の失敗やトラウマなどで、急ブレーキを踏む人が多いです。

そして無理だと止めてしまいます。


一番の失敗は何もしないことです。行動せずにいると後がしんどくなります。



未来は確実に来るのに、何も準備ができていないので 適応できず苦労します。

未来がないならば 何もしなくて良いですが、良い未来を期待するならば、変化をためしていかないといけないです。


未来を予測しながら、肯定的な信仰を持って行動しましょう。



預言者のことばを聞いたアハブは恐れることなく、次の勝利のために戦う準備をしました。


もし彼が以前の勝利で高慢になり、預言者のことばを無視して何も準備しなかったり、恐れて準備せずにいたならば、戦争に負けて悲惨な状況になったと思います。


未来を準備する人は何も恐れる必要がありません。


準備する姿勢は信仰の姿勢なので、信仰ある人を神は祝福して下さいます。
アーメン (・∀・)つ


2020.5.10
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

天と地が揺り動かされる

テーマは 『 天と地が揺り動かされる 』 です

【へブル12章25-29節】

語っておられる方を拒まないように注意しなさい。なぜなら、地上においても、警告を与えた方を拒んだ彼らが処罰を免れることができなかったとすれば、まして天から語っておられる方に背を向ける私たちが、処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。

あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。「わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。」

この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。

こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。

私たちの神は焼き尽くす火です。

教会の中でも “惑わしのことば” を語る教会があります。


旧約の神は厳しく罰を与える神であるが、新約の神は恵みの神で、罰を与えることはないという教えは信じてはいけないです。


本文のことばに はっきりと書いてあります。


旧約では神はモーセに律法を与えました。

そして律法に違反すると必ずそれに相当する罰を受けました。


天からの警告を与えた方はイエス様ですが、その方の警告を聞かず、背を向けるならば「処罰を免れることができないのは当然ではありませんか。」と言われています。

それはもっと厳しい罰を受けることを意味します。


主の警告のことばは、特に信じる者に対して、目を覚まして、主に立ち返り、悔い改めて慎みと恐れを持って、神に喜ばれる生活をしなさいと言うことばです。



旧約では多くの預言者を遣わして警告しました。

イエス様が来られてからは主が直接警告しました。


しかし人々の態度は、昔も今もあまり変わらないです。


【エレミヤ書16章11-12節】

あなたは彼らにこう言え。『あなたがたの先祖がわたしを捨て、──主の御告げ──ほかの神々に従い、これに仕え、これを拝み、わたしを捨てて、わたしの律法を守らなかったためだ。

また、あなたがた自身、あなたがたの先祖以上に悪事を働き、しかも、おのおの悪い、かたくなな心のままに歩み、わたしに聞き従わないので、

このように主を捨て、主のことばも守らず、悪事を働くものをいつまでも神が見て見ぬふりをすることはありません。


神は様々な災いを与えて彼らを懲らしめます。

自然災害(大雨、地震、干ばつ、雹など)、戦争、飢饉、疫病などで懲らしめます。


神が与える災いは、人間の力では絶対止めることも解決も出来ないです。


力ある神の手に落ちることは本当に恐ろしいことです。






私たちが災いに会わず、幸せに生きる道も主は教えて下さいました。


【申命記6章24節】

それで、主は、私たちがこのすべてのおきてを行い、私たちの神、主を恐れるように命じられた。それは、今日のように、いつまでも私たちがしあわせであり、生き残るためである。

幸せになるために気を付けるべきことも教えて下さいました。


【申命記4章23-24節】

気をつけて、あなたがたの神、主があなたがたと結ばれた契約を忘れることのないようにしなさい。あなたの神、主の命令にそむいて、どんな形の彫像をも造ることのないようにしなさい。

あなたの神、主は焼き尽くす火、ねたむ神だからである。

しかし幸せになる道を捨てるならば、主の怒りの災いに会います。


主のことばに背いた国、民、個人に対して主はどのようなことをなさったのかは聖書にたくさん書いてあります。

  • ウジヤ王、ミリアム(らい病)
  • エジプト(10の災い)
  • イスラエルの民(燃える火との蛇、疫病)
  • コラの事件(地震、焼き殺される、疫病)

これ以外にもたくさんあります。

これらのことは神が地と天を揺り動かす中で起きたことでした。



今は終わりの時代でもありますので、神はさらに地と天を揺り動かします。


すべてが揺り動かされます。

恐ろしい災いが次々と起こります。






今回のコロナウイルスで世界が受けたショックは想像以上です。

病気だけでなく、経済もダメになりました。


これから生活出来ない人がたくさん出てきます。


主は預言者たちを通して昔から次のことを警告しました。


【エレミヤ書16章4節】

「彼らはひどい病気で死ぬ。彼らはいたみ悲しまれることなく、葬られることもなく、地面の肥やしとなる。また、剣とききんで滅ぼされ、しかばねは空の鳥や地の獣のえじきとなる。」

【エレミヤ書23章19-20節】

見よ。主の暴風、──憤り──うずを巻く暴風が起こり、悪者の頭上にうずを巻く。

主の怒りは、御心の思うところを行って、成し遂げるまで去ることはない。終わりの日に、あなたがたはそれを明らかに悟ろう。

【ハバクク書3章5-6節】

その御前を疫病が行き、熱病はそのうしろに従う。

神は立って、地を測り、見渡して、諸国の民を震え上がらせる。とこしえの山は打ち砕かれ、永遠の丘は低くされる。しかし、その軌道は昔のまま。

天も地も神が揺り動かす理由は何でしょうか?


神の裁きであることを知らせるためです。

また 神の力を知らせ、神が世界を支配しておられることを知らせるためです。


神は災いを下して人間を統治する神ではなく、神に逆らっている人間であるにもかかわらず、私たちを愛してすべての人が救われることを願って、愛の懲らしめを与えます。


私たちがそれを知って 謙遜に主の前に進み、自分がどんなに悪い人間であるのかを認め、罪を悔い改め、主こそ神であることを認め、主を恐れ、主の御心の中にとどまりながら主が喜ぶ生き方をすることです。


主はそのような人を守って下さいます。


【詩篇91編14-16節】

彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。

アーメン (・∀・)

2020.4.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

霊的ききんに備える

テーマは 『 霊的ききんに備える 』 です


今は世界全体的に神様のみこころを行っている状態ではなく、かつ終わりの時を迎えています。

ノンクリスチャンでさえも今の世の中を見ながら、この世が終わるのではないか、と感じている人もいます。


その中で、すでに始まっているウィルスや病気以外でも、さらにききんは始まる予定です。


聖書に書かれているように、イエス様が戸口のすぐそばまで来られています。

これからどんなことが起こるのかは、すでに預言されており、黙示録や新約聖書だけではなく、旧約聖書、特に “預言の書” にも詳しく書かれています。



この預言の書ですが、それが書かれた当時の近い未来に起こることも書かれてあり、すでに起きた事も もちろんありますが、同じ御言葉でもこれからの終わりの時代について書いてあることもあります。


昔のことについて書かれた預言として捉えるのではなく、これから起きることでもあると、2つのレンズを持って、御言葉を読むべきです。



私たちがすべきことは、今のコロナウィルス対策や、これからの飢きんや災害に向けての対策ももちろん重要ではありますが、それよりも一番大切なことがあります。


それは、聖書でもくり返し書かれてあるように、霊的備えをすることです。



今日は、アモス書を学んでいきましょう。

このアモス書には、終わりの時代にどんなことが起こるのか、飢きんが来ること、神様の御心は何であるのか、私たちが今何をすべきかが書かれています。


ただマスクや、病気の予防に必要なもの、日常品や食べ物を求め、店をさまようのではなく、何よりも大切な神様との関係をしっかり持つことが何よりも大切です。





ききんに加え、みことばのききんが来る




【アモス書8章11-13節】

見よ。その日が来る。──神である主の御告げ──その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。

彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。

その日には、美しい若い女も、若い男も、渇きのために衰え果てる。

一番怖いこと、それは肉体の渇きよりも、霊的渇きです。


つまり、神様のみことばを聞けなくなることです。



実際に旧約聖書で、様々な預言者が主の言葉を書いた後に、神様はイエス様がこの地に来るまで400年間、何も御言葉を与えませんでした。


今、多くの教会でコロナの予防のために、礼拝を取りやめたり、ネット中継にするところも出ています。

これはコロナが治まったとしても、いずれ本当に御言葉を聞けなくなる時代、迫害の時代、礼拝ができなくなることもあり得るかも知れません。



現にダニエルの時代も、公には神様のことを礼拝できませんでしたし、今の様々な国でもそのように神様を公の場で礼拝ができないところがあります。


たとえ主の御言葉を聞けたとしても、この世の価値観や考え方は神様の御心とは反対の方に進んでいるので、なおさら神様の御言葉を聞かれることや、それを声を大にして言えなくなり始めています。


みことばを聞くことができなくなり、探し求めてさまよい、魂が乾いてしまう時代が来ます。





主に会う備えをせよ




【アモス書4章12-13節】

それゆえ、イスラエルよ、わたしはあなたにこうしよう。わたしはあなたにこのことをするから、イスラエル、あなたはあなたの神に会う備えをせよ。

見よ。山々を造り、風を造り出し、人にその思いが何であるかを告げ、暁と暗やみを造り、地の高い所を歩まれる方、その名は万軍の神、主。

神様は「ききんが来る」という前に、私たちに何をすべきかを教えてくださっています。


何よりも今、私たちがすべきことは、主に会う備えをすることです。


主が戻ってこられるので、その備えをすることです。

「まだ来ないだろう」と思った時に突然やってきます。


今回のコロナのことも誰が予想できたでしょうか?

突然やってきました。



イエス様が戻って来られるのも突然です。

ただ、その帰りを待って備える花嫁になり、しもべにならないといけません。





主のみこころ




そのような中でも、神様のみこころは次の通りです。


【アモス書5章4節】

わたしを求めて生きよ。

【アモス書5章6節】

主を求めて生きよ。さもないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下り、これを焼き尽くし、ベテルのためにこれを消す者がいなくなる。

神様が私たちに求めていることは、神様のみもとに帰ることです。

神様に立ち返ることです。



悔い改めは、「罪を悪いな」と思うのではなく、根本としては “神様のみもとに帰ること” を意味します。



放蕩息子のように、自分の思いのままに勝手に生きてしまったことを悟り、「お父さん、ごめんなさい」と心から謝りたいと思い、何よりも神様のみもとに帰ってくることが神様が望むことです。




あなた自身が神様のみもとに帰ること




神様をもう一度求めて帰ってくることが、神様の私たちへの熱い思いです。


神様が何回もイスラエルの民に強調していた言葉があります。
次の箇所に共通した言葉です。


【アモス書4章6、8-11節】

それでも、あなたがたはわたしのもとに帰って来なかった。─主の御告げ─

あなたはそれに答えますか?

それとも、神様のみこころをそのまま聞き流しますか?



神様のみもとに戻ること、そしてもう一つ私たちがしておくべきことがあります。





主の御言葉を蓄える




神様の御言葉をしっかりと蓄えていくことです。

難しいと思う人は簡単な箇所からでも良いです。


少しずつ赤ちゃんがミルクを飲み、離乳食をはじめ、徐々にかたい食べ物を食べられるようになるように、
読めるところ、分かるところから蓄えていきましょう。


御言葉をすでにたくさん読んでいる人は、さらに深く味わうことです。



神様のみこころ、御言葉、真理を心にしっかりと植え込ませることです。


そうすることで、生きていく中で必要な時に、聖霊様が御言葉を思い出させ、教えてくださいます。


蓄えがなければ、飢え渇きやすいです。

しかし、蓄えがあれば、その時々に聖霊様が教えてくださいます。


たとえ、ききんが来たとしても、私たちは生きることができますし、渇きを満たしてくださいます。



【ヨハネの福音書14章26節】

しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

体の渇きよりも、目には見えない “魂の渇き” の方が私たちは耐えられません。


蓄えと備えをしていきましょう。




クマの例え




クマは冬が来る前にたくさん食べ物を食べます。

1日に8時間も食べ続けることもあるそうです。


それは、冬が来る前に備えるためです。

冬は寒いという理由で寝るのではありません。


冬に食料がなくなるので、食べられる物がなくなると事前に悟り、備えるのです。


クマは飢えないように蓄えています。





霊的飢きんで飢えない方法




  • 主と自分との関係をしっかり持つ……主のもとに帰る
  • 主を愛し、みこころを行う
  • 主の御言葉を蓄える……聖霊様が助けてくださる

もし今、自由に礼拝ができ、みことばを聞いたり、読むことができる環境がなくなった時、その時にあなたはどうしますか?


強く立っていられる信仰はありますか?

神様の御言葉が心の中にしっかりストックされ、植えこまれていますか?

誰かと私と神様の関係ではなく、あなた自身と神様との一対一の関係をしっかり持っていますか?


もしこのことに、すぐ「YES」と答えられないのならば、神様はあなたと一対一で深い関係を持ちたいと思っています。



神様はあなたがもっと神様に近づいてほしいと思っています。

「もっと二人での絆を持ちたい、あなたともっと一緒に時間を過ごしたい」と言っています。


あなたに、「帰っておいで、わたしのもとに」と言っておられます。

あなたは、そのような神様のもとに帰りますか?



神様のみもとに帰りましょう。

ありのままで良いです。そのままの姿で良いです。


そのままの姿で帰って来れるように、イエス様が先に私たちに手を伸ばしてくださいました。

近づいてくださいました。



私たちは神様の御もとに帰ることです。

そして神様のみこころを知り、御言葉を食べ、心が満たされることを神様は求められておられます。


結局、人にとって一番必要なのは神様との関係、神様からのあたたかいことばであります。


蓄えましょう。

主の日は近いです。


それに耐えるのはとても簡単なことではありません。



ただ、神様と共に歩むなら、神様の御言葉を蓄え生きるなら、私たちは飢え乾くことはありません。


どんな困難をも神様と一緒に歩むのです。


その手をつかんでください。

アーメン (*´ -`)(´- `*)


2020.3.8
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

感謝、感謝、感謝

テーマは 『 感謝、感謝、感謝 』 です

【詩篇105編1-4節】

主に感謝して、御名を呼び求めよ。そのみわざを国々の民の中に知らせよ。

主に歌え。主にほめ歌を歌え。そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。

主の聖なる名を誇りとせよ。主を慕い求める者の心を喜ばせよ。

主とその御力を尋ね求めよ。絶えず御顔を慕い求めよ。

今日は収穫感謝祭です。

ですからテーマを「感謝」に決めました。


聖書で感謝のことばが出た時には いつも命令のことばとして出て来ます。

「感謝しなさい、感謝せよ。」


すなわち感謝は選択ではなく、“命令” です。


“命令” であっても感謝しない人が多いので、もし “選択” ならば感謝しない人がもっと増えると思います。



感謝とは何か、何を感謝すべきかを伝えます。




感謝は神を崇める行為




主の御名に感謝することです。

力ある主の御名、救いの御名、聖なる御名に感謝します。


主の御名によって神に近づき、祈りをささげ、御名によって救いを受けるからです。




感謝することは神の御心




【第1テサロニケ5章18節】

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。



感謝は信仰告白の表現




【ルカの福音書17章15-19節】

そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、

イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。

そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。

神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」

それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」



感謝は恵みを忘れていないことの現われ




【詩篇107編13-15節】

この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救われた。

主は彼らをやみと死の陰から連れ出し、彼らのかせを打ち砕かれた。

彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。

感謝は自分の霊が生きていることの印です。


霊が死んでいると主に感謝することが出来ないです。




感謝は祈りに対する反応




【詩篇107編1節】

「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」

感謝のない者は主を知らない者です。


しかし絶えず感謝をささげる者は神に栄光をささげる者です。


アーメン (*´∇`*)


2019.11.17
収穫感謝礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

人生の選択をどう決めるか

テーマは 『 人生の選択をどう決めるか 』 です


聖書にはいろんな人物の人生が書かれているが、もしあなたの人生が書かれるとしたらどう書かれるだろうか?

一度考えてみてください。


今日は聖書を読みながら いろんな人の生き方、信仰の姿を見て、自分自身と照らし合わせてみてください。


(自分が)どういうタイプであるのか ――。

また、どういう風になるべきであるのか。





【箴言31章で語る しっかりした女とは】


箴言は『知恵の書』であり、人生をどのように生きるのか、人生の中で必要な知恵が書かれています。


その一番最後である箴言31章では、「しっかりした女」「すばらしい女」がどんな女性であるのかを書いてある。

実はこの具体的な答えが聖書に書かれてある。


ヘブライ語の聖書は今私たちが持っている聖書の順番と中身が異なっている。


今の旧約聖書は、基本的に時系列に沿って並べられている。

しかし、原語であるヘブライ語の聖書は、聖書をジャンルごとに分けていて、箴言の次に来るのがルツ記である。


つまりは、箴言31章で語る「しっかりした女」の具体例は、実はその次のルツであった。





【3人のメイン人物とその家族について:ルツ記】


今日は そのルツ記を読みながら、3人のメイン人物の生き方とその家族についてみていきましょう。


そして、メイン人物の生き方を見ながら 私たちはどういった生き方が自分たちと近く、どういった姿を目指すべきなのかを見ていきましょう。





【ルツ記1章】

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。

<名前の意味>

  • エリメレク:私の神は王
  • ナオミ:心地よい
  • マフロン:病気がち (“sickly”)
  • キルヨン:虚弱 (“weakly”)
  • ベツレヘム:パンの家

(ナオミたちの立場は)その当時に “未亡人” になるということで、今の時代で言うホームレスと同じ立場。

働くことも家も何もなく、生きるためには社会に頼るしかない。


<ベツレヘムからモアブまでの距離>

110~160kmぐらい離れていて、移動するには1週間はかかった。

その当時は何も連絡手段はないのと、交通手段も整ってはいないので、一度移動するのはとても大変なことでした。





【ナオミ】


ナオミは旦那エリメレクとベツレヘムにいた。


飢きんの際に、神様に選ばれた国を離れ、異邦の地であるモアブに移った。

自分たちの考えでは、ユダを離れ、モアブに行くことで飢きんを逃れられると思った。


しかし、そこで待ち受けていたのは 自分たちが想像していた明るい未来、満ち足りる未来ではなかった。

旦那エリメレクが死んだ。


それから2人の息子、マフロンとキルヨンはモアブ人の妻、ルツとオルパを迎え入れたが、子どもができることもなく、二人息子も死んだ。


ただ、神様からは決して離れなかった。


神様の主権を認め、神様が与え、神様がとられることを信じていた。


どんなにつらくても神様への信仰を捨てはしなかった。


自分の考えで歩むことはあったけれども、神様とは一緒に生きていた。





【オルパ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。

でも姑ナオミが「元に戻ってもいいんだよ」と言われた時に元に戻ることした。


つまり、元の自分がいた場所、家族、友人、知人、そしてもともと自分が信じていた神々に戻った。


一度は「神様と共に歩もうかな」、と思いながらも、自分の元の生活、安定、楽さを選択し、元に戻ってしまった。





【ルツ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。


姑に「引き返しなさい」と言われたが、決して引き返そうとしなかった。


ルツが求めていたのは、自分がもともと住んでいたところ、家族、友人と生きるのではなく、嫁ぎ先で、特に姑ナオミを通して神様を見た。


どんなにつらい思いをしても、旦那を亡くし、息子を亡くしても神様を離れずに、神様が必要を与えてくださると信じて、神様の元に帰ろうとする姑の生き方を見、その姑に一生ついていくことを決め、その生きる神様と一緒に生きることを決めた。


たとえ、異邦の地で誰も知り合いがいなくて、人種差別に会ったとしても、家がなく、その日食べられるものがあるかどうかもわからないホームレスの状態であったとしても、生きている神様、そしてそれを信じる姑と一緒に生きていくことを選んだ。


信仰によって人生を選択した。





【ルツの選んだ人生の結末】


ナオミの親族であるボアズと結婚した。

このボアズのお母さんは、実はラハブであった。


ルツは結婚前に、ボアズから「しっかりした女(ルツ記 3:11)」と呼ばれた。


息子オベデを産み、オベデはエッサイ、エッサイはダビデの父であった。

つまり、ルツはダビデのひいおばあちゃんにあたり、また後にこの血筋から私たちの主イエスキリストが生まれた。


旦那を失い、実の家族や地元の友達とも離れ、家も食べ物も何もないところから、神様はすべてを与えた。

主の家族を与え、旦那を与え、息子を与え、ダビデのひいおばあちゃん、そして主イエス・キリストに続くように祝福された。


何もないところから始まり、信仰で選んだ人生は神様によって祝福されるものとなった。




【あなたの生き方は?】


あなたの生き方は、どの人に一番似ていますか?

そして、どの姿を目指しますか。


人生は毎日大きなことも、小さなことも選択の連続です。


大きいことで言うと、結婚相手を選ぶ時や離婚を考えた時、転職しようとした時や、病気になった時にどのように反応し、どのように生きることを選択しますか。


目に見える範囲で、現実を見て、楽な方、安全な方、この世の人が勧める方に進むのか、それとも神様を中心に信仰で選ぶのか ――。


小さなことで言うと、今日何をするか、仕事に対してどう接するか、家族や友人にどう接するか。



例えば、これから初詣の季節になった時にどうするのか。

仏教徒の家族に墓参りやお寺などで参拝しようと誘われた時、連れていかれた時にどうするのか。


断るのが怖い、周りに悪口を言われたり変な目をされるのが嫌だから、ノンクリスチャンと同じことをするのか。


それとも例え何か言われたとしても、人々に嫌がられたとしても、生きる神と生きることを選択し、信仰で選択をするのか。


しっかりした女はいるか。

知恵ある人はいるか。


神様はあなたの生き方を喜ばれているか。


これからあなたは何を基準に日々の選択をして生きますか。
アーメン (・∀・)つ


2019.11.10
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

キリストの何を信じるのか

テーマは 『 キリストの何を信じるのか 』 です

【第1ヨハネ4章1-3節】

愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。

人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。

イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。

宗教は世にたくさんあります。

人々は自分が信じたいものを信じています。


しかし問題は、“何でも好きなものを選んで信じたら それで良いのか” です。


自分では問題がないと思っても、神から見れば “大いに問題あり” です。

神々と呼ばれるすべてのものは 神ではないからです。



神は “唯一の神” なので、それ以外は違う霊です。


聖書では その霊を “サタン、悪霊” と呼びます。



またサタンは人々を騙すために反キリストも世にたくさん送りました。


私たちは騙されないために、それらの霊を試さないといけないです。

本物のキリストと 反キリストを見分ける方法が聖書に書かれてあります。




・メシヤであるイエス様は肉体をもっていました




マリヤが聖霊によって身ごもり、イエス様を産みました。


肉体をもって来られた理由は、十字架の上で私たちの罪を贖うためでした。


【ヨハネの福音書1章14節】

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

ですから、人となって来たイエス・キリストを告白する霊は偽物ではありません。


肉体があるので “神” として信じない人もいますが、聖書では肉体がないとキリストではないと言われています。




キリストの神性を信じることです




キリストは神のひとり子です。

イエスは神ではないし、メシヤでもないと否定する人は偽り者です。


【第1ヨハネ4章14-15節】

私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。

だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。

【第1ヨハネ5章5節】

世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。



十字架の死によって私たちの罪を贖ったキリストこそ、私たちの救い主であることを信じます




【第1ヨハネ4章10節】

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

救いとは、死からいのちに移されたことを意味します。


【第1ヨハネ5章12節】

御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。



キリストは愛です




【第1ヨハネ4章7-8節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神は愛であることを信じることです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2019.9.15
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

最後まで走りぬく

テーマは 『 最後まで走りぬく 』 です

【伝道者の書 3章1-14節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

働く者は労苦して何の益を得よう。

私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

私たちが今 生きている人生は平坦ではありません。


「救われていたら、いつも良いことばかり」、「問題なんか起こらない」、「ずっと平安であり、幸せである」わけではないのです。



実際に聖書にはこのように死ぬ、失う、殺す、崩す、投げ捨てる、引き裂く、戦う時があると書かれていて、現に私たちの人生でも これは起こっているのです。

その時々は、苦しいものであり、楽なものではありません。


私達が生まれる時があり、癒やされる時があり、喜ぶときがあり、収穫する時があり、それぞれがその時にかなっているように、これらの困難も時にかなっているのです。






私たちは生きていると、いずれ死にます。

その死ぬタイミングは誰にもわからないのです。


急に事故で亡くなる場合もあれば、病気で徐々に亡くなる場合もあります。


命は神様が握っているものであり、その “時” は神様にしか分かりません。



生きていれば苦しみもありますし、そしていずれは死ぬのです。

その中で私たちがすべきことは何でしょうか?


それは神様が与えてくださった使命に対して 忠実に働き、喜び楽しむことなのです。


また、真理を知り、神様のみことばを かみしめて生きることです。



神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

神様がなさることは時に私たちは全く理解できない時もあります。

ただ、神様のなさることはすべて時にかなって美しいのです。






例えば、イエス様をこの世に送り、罪人のために身代わりになって死ぬことは普通に考えてありえないことなのです。


ご自分の息子を、罪のない息子を、否定し拒絶し侮辱し痛めつけ 裏切り苦しめる者たちのために わざわざ十字架につけさせるのです。


ペテロもそれが理解できなかったのです。

なぜイエス様が捕まえられて苦しみを受けないといけないのか。


十字架にかけられるその瞬間だけを見ると むごく、ひどい、あり得ないことなのです。



ですが、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」のです。


神様がそのようにイエス様をわざわざ罪人のためにこの世に送り、十字架にかけさせたのは、罪人を救うためであり、解放するためであり、死に打ち勝って勝利をおさめ、栄光を受けるためでありました。


私たちが永遠に神様とともに生きるために、自らを犠牲にして来てくださったのです。



私たちの目には見えないことがたくさんあります。

生きていて理解できないこと、辛くてしんどいことがあるのです。


「何でこんなことが?」「なぜ私ばかりこんなに苦しむの?」
そう思うことがたくさんあります。


それでも、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と信じる信仰が必要です。


神様にゆだねながら、私たちは今 神様に与えられた使命をしっかり果たすことです。

その中で喜びを得ることなのです。






もう一つ、人生を生きていくための秘訣があるので、みことばを見ていきます。


【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

忍耐を持って最後まで走りぬくことが大切です。


天の御国に行くその最後まで、信仰のレースを走り抜かないとだめなのです。

途中で信仰のレースをやめることは、神様と一緒に生きないことであり、御国に行かないことであります。


どんなに辛かろうが、私たちは走り抜かないといけないのです。



陸上のレースでも走り切らないと記録は残らないのです。

どんなに有名な選手であったとしても、レースの途中で終わってしまうと、それは意味がないのです。


むしろタイムが遅かったとしても最後まで走り抜いた者に栄冠がいくのです。



最後まで走り抜く方法を神様は ここで語ってくださっています。


―いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けること―信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないこと です。



陸上のレースで大きなかばんを担いでる人、重荷を背負ったまま本番に臨む人を見たことがありますか?

みんな薄く軽いユニフォームを着ているだけで、荷物は何一つ持たずに全力で走っています。


私たちが走り抜くこのレースでは、すべての重荷と罪を捨てて走らないといけません。


重荷を担いだまま、罪を背負ったまま走るのは とても大変であり、走り抜くことは不可能なのです。






何のために自分でその重荷を抱えようとするのですか。

何のために罪を持ったまま生きようとするのですか。


それが私たちを助けてくれるでしょうか。


―― いいえ、そんなことはありません。


私たちは信仰のレースを走り抜くためには、一切の重荷、罪を捨て去らないといけないのです。



そして、それにはもう一つ大切なこと、「イエスから目を離さないこと」です。


イエス様から目を離すこととは、“イエス様以外のものを見ていること” です。

つまりは、イエス様を見上げないといけないのに、人を求める、問題を見る、罪を見る、環境を見ることです。


人を見ている間、問題や自分の罪、環境を見ているということは、つまりはイエス様から目をそらしているということなのです。



一生懸命 人を見て求めると、罠にかかります。

神様よりも人のことを大切に思い始めるのです。


人に愛されること・認められることを先に求めるのです。

問題や環境ばかりを見ても、問題は解決されません。


罪ばかりを見ても、それから免れることはないのです。






私たちが必要なのは、イエス様を見ることです。


イエス様を見、イエス様の生き方・人生を見ることで知恵が与えられ、慰めが与えられ、元気が与えられ、勇気が与えられ、愛が与えられるのです。


イエス様は私たちが通った以上、(今まで)経験した、またこれから経験する試練以上の試練と困難、苦しみ、死をすべて受けた方なのです。

それでも走り抜いたのは、その先にある “栄光・命・復活・喜び” をずっと見ていたからです。



私たちもイエス様を見上げ、イエス様のように “その先にあること” を見るのです。


【へブル12章10-11節】

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

試練は失望に終わることはありません。


人間の目や価値観では すぐに分からなくても、もはや生きている間に分からなかったとしても、耐え忍び、最後まで走り抜くことで、平安の義の実を結ぶのです。



神様の中で強くありましょう。

ますますイエス様を見上げましょう。


注意散漫にならず、イエス様を見上げましょう。

そして、信じ、ゆだねることです。


神様のなさることはすべて時にかなって美しい、ということばをかみしめ、味わっていきましょう。


アーメン (・∀・)

2019.8.25
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

プロフィール

ヤエクリ

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

(^^) からし種 に投票してね
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ