からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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弟子になれる人と弟子になれない人

テーマは 『 弟子になれる人と弟子になれない人 』 です

【ルカの福音書9章22-27節】

そして言われた。「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目にはよみがえらねばならないのです。」

イエスはみなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。

人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

もしだれでも、わたしとわたしのことばとを恥と思うなら、人の子も、自分と父と聖なる御使いとの栄光を帯びて来るときには、そのような人のことを恥とします。

しかし、わたしは真実をあなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国を見るまでは、決して死を味わわない者たちがいます。」

イエス様が弟子たちを選んだ理由は、もちろん弟子として育てるためでした。


イエス様が死んで三日目によみがえって、そのまま地上に残るのではなく 天に帰るので、弟子たちにはイエス様がなさった同じことをするように伝えました。


彼らにはすでに生活がありましたが、イエス様は彼らが主の弟子になることを要求しました。

そして弟子になることが どういうことかも教えました。


弟子になる人の条件は「自分を捨て、自分の十字架を負い、そして主に従うこと」です。


自分を捨てることは自己否定です。

自己否定の意味は、罪の性質の中で生きる自己中心性を捨てることです。


“罪” とは悪いことだけではなく、正しいことを知っていながらもそれをしないことです。


自分がしたいことをするために すべきことを知りながらも、しないことが多いです。


自分のものをしっかり握りしめて、それを手放さないで主に従うことは不可能です。


自分を捨てることは、悔い改めとも関連があります。

罪から立ち返り、自分の考え、価値観を変えることです。


今までのような思いのままに生きないことです。

それをむしろ捨てることです。


そして主が与えて下さった新しい使命、主が望むこと、喜ぶことを自分のすべきこととして受け入れ、日々それを目標にして目指すことです。


そのためには犠牲も払います。

それでも その道を選ぶこと、それが自分の十字架を負うことです。


日々の生活の中で、自分が喜ぶことなのか、主が喜ぶことなのか、自分の思いか 主のみこころかを選ぶ中で、主のものを選ぶ人は自分の十字架を負っている人です。


その後に、主について行きます。

自分勝手に動くのでななく、主の導きを受けて歩みます。


このような姿が弟子の姿です。






弟子になれない人もいます。


主が選んでいないからではなく、その人の態度が弟子として生きることが出来ないからです。


主は救われた人がみんな弟子になることを願っています。


弟子になれない人は、


・イエスさまに従うことが物質的な祝福を得て、栄光を受けて天国に入る道だと思っている人です。

すなわち “祝福” が目的で信じる人です。


こういう人はイエス様より、他の人より “自分” が一番重要です。


・この世の事や働きが優先で、時間が余った時にイエス様に従うと決心した人です。


決して神の国やその義を第一にしない人です。

そういう人は多くいますね。


・世に対して未練たっぷりの人は弟子にはなれません。


世を愛し、世に関心があるので、それを捨てて主に従うことは不可能に近いです。


【ルカの福音書9章61-62節】

別の人はこう言った。「主よ。あなたに従います。ただその前に、家の者にいとまごいに帰らせてください。」

するとイエスは彼に言われた。「だれでも、手を鋤(すき)につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」

こういう人は弟子になれないと言われました。



弟子として生きることは「忠実な良いしもべ」として生きることです。

弟子にならない人は「悪いしもべ」として生きることです。


弟子になるか ならないかは、あなた次第です。
Σ(=゚ω゚=;)


2017.3.12
聖日礼拝メッセージ

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貪欲な心

テーマは 『 貪欲な心 』 です

ハレルヤ。

主の守りが今日もありますように祈ります。


他の神々に使えることだけが偶像礼拝ではなく、それよりも警戒しなければならない偶像礼拝があります。

それは “貪欲” です。


神の人たちが、この貪欲によって、たくさん倒れましたし、今も多くのキリスト教の指導者や信徒たちが、それで倒れています。

本人たちは、なかなかそれに気付いていないですね。

実際は貪欲の深みにはまっています。


この貪欲に対して、ソロモンは次のように言いました。


【伝道者の書1章8節】

すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。

知恵の王と呼ばれたソロモンさえも、この貪欲に倒れてしまいました。

妻とそばめが千人もいました。


金や銀、宝石は数えきれないほどありました。

ありとあらゆるものを手に入れました。

それでも満足しなかったと言われました。


アダムとエバが罪を犯したのも貪欲でした。

食べてはならないと神が命じたにも関わらず、欲しくなって善悪の知識の木から採って食べました。

そのことで祝福に満ちたエデンの園から追い出され、死と呪いと労働と、女には産みの苦しみが入ってきました。


ロトは、罪に染まったソドムの豊かさに誘惑されて、そこに定着しました。

ソドムが神によって滅ぼされたときに、彼はすべての財産を失い、命からがらで その町から逃げました。

それもアブラハムのとりなしがあったので助かりました。


生活に困ることなく、十分なものを持っていたにも関わらず、貪欲な心があったので、罪に染まった町であっても、豊かさをさらに求めてその町に移り住んで後にひどい目に遭いました。


アカンは、神に捧げるべきものを欲しがり、自分のために残したことで神から捨てられました。

イエス様の弟子であったイスカリオテ・ユダもお金が欲しくなって、イエス様を金で売りました。

後になって苦しくなり自殺しました。


貪欲にも、2つのパターンがあることを知らないといけないです。


積極的な貪欲は、欲しくて誘惑されて取りに行く貪欲があります。

もう1つの、消極的な貪欲は、もったいないと思う惜しむ心です。


サウル王やアカンがそうでした。

戦いの勝利で、多くの家畜や家や物などが手に入ったのに、それに手を付けず、“生き物は全部殺すように、あとは燃やしたり、壊すように” と神から言われたのに、それをもったいないと思い、それを横取りしました。


“もったいない” は、節約精神のように思われまが、裏を返せば そこに潜んでいるのは、物に執着する貪欲な心があります。


貪欲な心は、自分だけ富ませ、他人に与え、他人を祝福することが出来ません。

貪欲には警戒が必要です。
。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

2016.3.5
3分テレフォンメッセージ

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罪の始まりと死の始まり

テーマは 『 罪の始まりと死の始まり 』 です

ハレルヤ。

主の豊かな恵みによって今日も守られますように。


人々に 人間の罪の始まりと、死の始まりを教えるためには、必ず最初の人間として神に造られたアダムとエバの話をしないと説明ができないです。


聖書を知らない人たちにとって、この話は初耳になりますね。

ですから、ノンクリスチャンに罪の話をはじめる時は、その部分から説明をはじめます。

最近もこの話をしたことがあります。


なぜ、アダムとエバは “採って食べると必ず死ぬ” という言葉を、あらかじめ神から聞いていたにも関わらず、手を伸ばして ≪善悪の知識の実≫ を採って食べたのでしょうか?


これは罪の始まりですから、私たちに大いに参考になります。

自分たちが罪を犯す時も、同じ原理から罪が始まります。


彼らは神様のことばを聞いたにも関わらず、神の言葉を軽く考えました。

真剣に受け止めたのではなく、 “軽く” 考えました。

これが彼らの重大なミスでした。


“必ず死ぬ” と言われたにも関わらず、“死ぬかもしれない” くらいな感じで受け止めていました。

これは 私たちにもよく見られる姿です。

「こんなことで 神様が殺すわけがないだろう。神は愛なんだから。恵みの神は赦してくれるでしょう。あとで悔い改めたし」と軽く考えます。


神はそのように思っていないのに、自分で勝手に神の心を変えてしまいます。


【マタイの福音書5章18節】

まことに、あなたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。

【箴言13章13節】

みことばをさげすむ者は身を滅ぼし、命令を敬う者は報いを受ける。

神の言葉をさげすんで、勝手な思いで罪を犯すと 自分の身に滅びを招くことになります。

そして、アダムとエバの中に 神の言葉に対する疑いが生じました。

それは、そそのかすためにサタンがついた嘘の言葉を聞いた後でした。


【創世記3章4-5節】

あなたがたは決して死にません。

あながたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることは知っているのです。」

耳に甘い言葉が、サタンの口から出てきました。

昔から「甘い言葉には気を付けなさい。

この世の中、そんなに甘くない」とたくさん聞かされていても、人間には欲があるので甘い話にコロッと騙されます。


その言葉がエバの心を誘惑しました。

神以外の者から、初めて違う言葉を聞きました。

そして、その言葉は耳を喜ばせる言葉でした。


このような状態が、次の言葉にあります。


【ヤコブ1章14-16節】

人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。

欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。

愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。

エバが誘惑されて見ると、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。」ので、その実を採って食べ、アダムにも与えたので2人とも食べてしまいました。


神は嘘を言わない方なのに、サタンは神を嘘つきにしました。

そして、嘘つきの自分(サタン)を 親切で真実な者のように偽装しました。

これがサタンが最も使う策略です。


これに騙されると罪が生まれます。

さらに神のようになろうとしたことは、神の領域を侵害したことでした。


神の言葉を信じず、それに従わないことは、自分が神になっている姿です。

これらの部分を注意しないと、いつでも私たちは罪の奴隷になります。

気を付けましょう。
( -д-)ノ

2016.1.21
3分テレフォンメッセージ

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聖徒が逆戻りしてはいけないもの

こちらのメッセージは、シャローム松山教会で9月4日と11日の2週にわたり 語ったメッセージでしたが、八戸ノ里キリスト教会の信徒たちにも知らせたかったので、こちらに載せます。


テーマは 『 聖徒が逆戻りしてはいけないもの 』 です

【ガラテヤ4章8-11節】

しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。

ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。

あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。

あなたがたのために私の労したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。

天国を見た人たち、神の声を聞いた人たちが 共通して言うことばは、天国に入るクリスチャンが意外と少ないと言ったことでした。

何が原因でしょうか?


神の恵みによって せっかく救われたのに、神から離れて逆戻りした人がたくさんいます。

教会には来ていますが、なかなか前に進まない人たちもいます。


御言葉に従ったならば、進むことに問題がないですが、後ろを振り向いたり、逆戻りしたりするので、なかなか前に進めないです。

神の国に向かって進むために、私たちは 荒野でのイスラエルの民のように過ちを犯してはいけないです。

彼らは、神の力と奇跡を体験しながらも 荒野の途中で「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろうと。」と言いだしました。


時には「あの時は美味しいものが食べられたのに、今は何もなく このマナを見るだけだ」と、悪く言いふらしたので、神を怒らせました。

これは、“奴隷の生活に再び戻った方が良い” ということでした。

彼らの思いを神が知り、その結果、彼らは約束の地・カナンに入ることが出来ませんでした。


ですから逆戻りするならば、神から切り離され、神の国に入ることも出来なくなります。


再びサタンの奴隷に戻り、サタンとともに滅びることになります。


聖徒を逆戻りさせるものに何があるでしょうか。

まずは本文からみていきます。





無力、無価値の幼稚な教えに惑わされると逆戻りする




ここでいう教えは律法のことです。

律法そのものに対して非難しているのではないです。

律法は神からのことばですが、正しく解釈しないことに問題があります。


ガラテヤ教会の信徒たちが救われたのは、福音を聞いて救われました。

福音はイエス・キリストの十字架によって罪人が救われることを教えます。


彼らは十字架につけられたキリストに関する福音を聞いて救われました。

しかし、後から教会に入って来た律法主義者たちが 彼らを惑わし、律法を守らないと救いはないと教えました。

するとガラテヤ教会の信徒たちは、それを聞いて十字架の信仰から離れ、救われるために律法生活をし始めました。


キリストの十字架は罪から解放し、自由を与えます。


律法の下に入ることは 律法に縛られ、律法と罪の奴隷になることを意味します。


人間がどんなに頑張っても、律法をすべて守ることは出来ません。

ですから罪から自由になることも救われることも出来ません。


つまり 福音ではなく、律法を守らないと救いがないと言うのは、無価値で幼稚な教えになります。


信仰によって救われたならば、最後までキリストの十字架の贖いを信じて信仰で生きることです。

律法による救いの教えは間違っていますので、それに惑わされたらいけないです。





神の恵みに頼らず、律法による義に頼るならば逆戻りする




【ガラテヤ2章21節】

私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」

私たちが罪赦され、義人になるのは行いによるものではありません。


パリサイ人はそのことを信じなかったので、行いだけを強調し、イエス様と対決しました。

福音を彼らは認めませんでした。

しかし救いは行いによるものでないことを、次のことばがさらに明確にしてくれます。


【エペソ2章8-9節】

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。

行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

いつも恵みの中にとどまり、恵みに感謝して生きることです。





真理から耳をそむけると逆戻りする




【第2テモテ4章3-4節】

というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。

教会で聞きたいことばは何でしょうか?


耳に良いことばは世にはたくさんあります。

楽しいことばならば、テレビを観たらもっと聞くことが出来ます。


教会では真理が語られなければならないし、信徒たちも真理を聞きに教会に行かなければなりません。


真理は 教会以外の所では聞けないです。

教会まで来て、耳に良いことばだけを求めるならば、それはおかしいと思います。





世を愛すると、この世を求めて逆戻りする




【第2テモテ4章10節】

デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。

デマスは伝道者パウロと共に福音に献身した人でしたが、世を愛することを捨てきれず、途中でその働きから離れ、献身をやめました。

とても残念な人だと思います。

世を愛したために、永遠の命を失いました。


彼は後で自分の愚かさに胸を叩きながら後悔するでしょう。


肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢に心を奪われると世に戻ります。





悔い改めないとサタンの支配に逆戻りする




サタンが一番力を発揮する時は、罪を犯した時です。

(その人の)闇が見えたらサタンはすぐに働きます。

闇のわざを悔い改めることもせず、罪の中に生きると再びサタンはその人を支配するので、以前よりもさらに悪い状態になります。


キリストを知らなかった人よりも、信仰から離れた人を取り戻す方が もっと難しいです。


サタンが心を支配し、そそのかして神への疑い、教会への不信感を植え付けて戻れないように邪魔をします。





キリスト教の初歩的な教えにとどまると逆戻りする




【第1コリント3章1-3節】

さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。

私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。

あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。

信じてはいますが、いつまでも霊的に未熟な人がいます。
その状態で満足します。


しかし成長しないことは後退することを意味します。


主を知ることを切に求めて、信仰が幼子→成人にならないといけないですし、肉に属する人→霊に属する人にならないといけないです。





救いのない むなしいものを追い求めると逆戻りする




【第1サムエル記12章20-21節】

サムエルは民に言った。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従い、わきにそれず、心を尽くして主に仕えなさい。

役にも立たず、救い出すこともできないむなしいものに従って、わきへそれてはならない。それはむなしいものだ。

偶像の神に力があるでしょうか?
救うことが出来るでしょうか?


真の神から離れてそういうものに頼ることは無知なもの、不信仰なものに逆戻りすることです。


誘惑されて再び偶像崇拝をしたり、占いをしたりすることへの警告です。

クリスチャンの中でも相変わらず以前の生き方をする人がいます。





神の対する不従順があると逆戻りする




従わないことは自分の思いのままに生きることであり、以前の生き方に戻ったことです。


不従順は神の権威に対して逆らうことです。


自分の思いを優先するために 不従順することは、神の権威を無視することです。

それに対して神は必ず懲らしめます。


【第1列王記9章6-7節】

もし、あなたがたとあなたがたの子孫が、わたしにそむいて従わず、あなたがたに授けたわたしの命令とわたしのおきてとを守らず、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、

わたしが彼らに与えた地の面から、イスラエルを断ち、わたしがわたしの名のために聖別した宮を、わたしの前から投げ捨てよう。こうして、イスラエルはすべての国々の民の間で、物笑いとなり、なぶりものとなろう。




善から悪に態度を変えると逆戻りする




信仰が良い時には神が喜ぶ善を行いますが、信仰がマンネリ化したり、弱くなると、肉の思いが強くなって、神が喜ぶ善ではなく、肉から出る悪が もっと活発に働くので 悪の実を結びます。


信仰生活に興味もなく、人にも無関心、肉の思いをそのまま生かすと悪い実を結びます。


【詩篇53篇3節】

彼らはみな、そむき去り、だれもかれも腐り果てている。善を行う者はいない。ひとりもいない。



しばらくあってそれから消えていくものを追い求めると逆戻りする




世にあるものに、自分のいのちを託して安心出来ますか?

それが永遠の命を保証してくれますか?


残念ながら世にあるものは、自分を完全に守ることは出来ません。


【ルカの福音書12章15-21節】

そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」

それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。

そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』

そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。

そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』

しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』

自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」




不敬虔な道を歩むと逆戻りする




神のみこころに従って歩むことが敬虔に生きる道です。


その道から離れると不敬虔な者になり、汚れていき、古い人に戻っていきます。





昔の罪の行為を繰り返すと逆戻りする




悪い習慣、肉の欲を捨てることもなく、そのままにすると同じ罪を繰り返すようになります。


新しくなった人の姿ではありません。

そういう人の状態をこのように語っておられます。


【第2ペテロ2章22節】

彼らに起こったことは「犬は自分の吐いた物に戻る」とか「豚は身を洗って、またどろの中にころがる」とかいう、ことわざどおりです。

アーメン (; ̄Д ̄)

2016.10.2
聖日礼拝メッセージ

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七つの教会へのメッセージ(ほめられたところ)

テーマは 『 七つの教会へのメッセージ(ほめられたところ) 』 です

【ヨハネの黙示録1章19ー20節】

そこで、あなたの見た事、今ある事、この後に起こる事を書きしるせ。

わたしの右の手の中に見えた七つの星と、七つの金の燭台について、その秘められた意味を言えば、七つの星は七つの教会の御使いたち、七つの燭台は七つの教会である。

黙示録は、キリスト教に対するローマの迫害が厳しかった ネロ皇帝の時代に記録されました。


主の弟子であるヨハネも迫害され、パトモスという島で囚人生活を送っていた時に、イエス様から啓示を受けて黙示録を記録しました。

様々な啓示を受けましたが、最初に聞いたのは 教会に対する主のことばでした。


教会に対する神様の関心が どれほど強いかを知ることが出来ます。


黙示録を記録した時の教会は、成長期を越えて迫害の中で衰退期にさしかかっていました。

教会は “キリストのからだ” で、主はそれぞれの教会の状態をすべて知っておられます。


ですから主は、教会に向けて ほめ言葉、非難のことば、悔い改めのことば、裁きの警告、そして報いなどについて語りました。

イエス様の犠牲と勝利は受け入れましたが、霊的成長と真実さに欠けた人たちに向けて語りました。



今回は、七つの教会に対して 主がどのようなほめことばを語ったのかを学んでいきます。

その中で、残念ながらラオデキヤ教会だけは ほめられなかったので、六つの教会だけを挙げていきます。


どのような教会が “良い教会” で、どのような教会が “悪い教会” かは、自分勝手に判断するのではなく、黙示録にある七つの教会を参考にすると、正しい判断が出来ると思います。


キリストの再臨を待ち望んでいる私たちが、どのような姿で待つべきかを主のメッセージで知ることが出来ます。




◎ エペソ教会



【黙示録2章2ー3節】

わたしは、あなたの行いとあなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが、悪い者たちをがまんすることができず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちをためして、その偽りを見抜いたことも知っている。

あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れたことがなかった。

悪い者、にせ使徒たちが 教会の中に浸透したのは、教会を内部から混乱させ、惑わすための “サタンの策略” でした。


正しい信仰を持っていないと惑わされます。

しかし 幸いにも、エペソ教会の信徒たちは 彼らの偽りを見抜いて、悪い者たちの悪行を許さず、間違えた教えに惑わされませんでした。


そして外から来る迫害にも よく耐えて信仰を守っていました。

積極的に神を求め、教えられた神のことばを守っていたので、主からほめられました。


エペソには、アルテミス神殿があるので 宗教の中心地でもありましたが、その中でもキリストを信じて信仰を守っていました。

主に対して誠実な教会でした。


テモテはパウロに任命され、エペソ教会の牧会者になりました。




◎ スミルナ教会



【黙示録2章9節】

「わたしは、あなたの苦しみと貧しさとを知っている。――しかしあなたは実際は富んでいる――またユダヤ人だと自称しているが、実はそうでなく、かえってサタンの会衆である人たちから、ののしられていることも知っている。

スミルナ教会は 皇帝崇拝を強要するローマの勢力と律法主義を掲げて、キリスト教を迫害するユダヤ人たちから迫害を受けました。


ですから政治的、宗教的、社会的、経済的に深刻な迫害がありました。

信徒たちは貧しく苦しかったですが、信仰だけは変質されることがなく、よく信仰を守っていました。


世にあるものを捨てて主を選び、霊的富が豊かな教会でした。


この教会は、 “殉教の教会” としても有名でした。

立派な指導者も数多く養成しました。


その教会の指導者の1人・ポリュカルポスのことばは有名です。

彼を捕えた総督は彼に「誓え。そうしたら赦してやる。キリストをのろえ。」と言いましたが、ポリュカルポスは 次のように答えました。


「86年間、私はキリストに仕えてきた。キリストは一度も私を裏切らなかった。私を救って下さった王を、私はどうしてのろえようか。」

そのことで彼は 火をつけられ殺されました。




◎ ベルガモ教会



【黙示録2章13節】

「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住むあなたがたのところで殺されたときでも、わたしに対する信仰を捨てなかった。

主が “サタンの王座がある” というほど、この都市は偶像崇拝が盛んな地域でした。

そこにあるベルガモ教会は異教徒からいのちを狙われたりしました。


苦難と殉教の危機の中でも信仰を守りました。


そして忠実な証人アンデパスが殉教しましたが、彼は皇帝崇拝を拒んだために逮捕され、熱によって真っ赤になった青銅の牛の上に乗せられて焼き殺されました。


残忍なやり方で彼を殺しました。

それでも信徒たちは信仰を守っていました。




◎ テアテラ教会



【黙示録2章19節】

「わたしは、あなたの行いとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっていることも知っている。

テアテラ市は偶像崇拝と淫乱が多い、堕落した文化がある都市でした。


その中でも テアテラ教会は、信仰、希望、愛がある教会でした。


特に愛の実践がありました。

もちろんこの教会の中でも、非難される行動をした信徒たちはいました。


しかし、ある信徒たちは 信じた時よりも信仰も行いもさらによくなっていました。

主はそれをほめました。


エペソ教会は初めの愛から離れてしまいましたが、テアテラ教会の信徒たちは信仰、希望、愛をさらに大きくしていきました。


成長することは、実を結んでいく姿ですから 主に褒められました。

そして、悔い改めもある教会でした。




◎ サルデス教会



【黙示録3章4節】

しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからである。

衣は 身分を現わす象徴的なことばです。

汚されることは、“罪に染まったこと” を意味します。


ですから衣を汚さなかったことは「キリスト者としての名誉を汚さなかった。」
すなわち、信仰の純潔を守ったことを意味します。


実際この教会には、信仰の純粋性を守ることが出来ず、世の風潮や罪の誘惑に妥協して淫行を行い、信仰までも汚れてしまった人が多かったですが、その中でも数少ない人だけが罪から自分を汚すまいと思って 主と共に歩み、そのことで主からほめられました。




◎ フィラデルフィア教会



【黙示録3章8節】

「わたしは、あなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。

少しばかりの力は、タラントのたとえにありますが、少ないタラントしかもらってないにもかかわらず、主に対して忠実でした。


彼らは 主を愛していましたので、最後まで主のことばを守りましたし、世の富の誘惑や名誉、武力にも屈することなく信仰を守り通しました。


キリストのためにすべてを捨てた信徒たちでした。

この教会は主の心に適った教会でした。


このように主は、一つ一つ教会に対して正しい診断をして下さいました。


私たちが良い信徒、良い教会になるためには、主が何をほめたのかを知り、それを目指したら良い信徒、良い教会になります。
(*´∇`*)

2016.9.4
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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神の目から見た私たちの姿

テーマは 『 神の目から見た私たちの姿 』 です

ハレルヤ
主の守りが今日もありますように。


悪いことをする人が 悪人であることは言うまでもありません。

しかし、神の目に一番悪人に見える人は 神に対する恐れがない人です。


ただ単に神を恐れないのではなく、人間と歴史に対する神の主権を認めないで、神の権威に挑戦し、神を否定する人を 神は悪人と呼んでいます。


詩篇36編に彼らについての言葉があります。


【詩篇36編1-4節】

罪は悪者の心の中に語りかける。彼の目の前には、神に対する恐れがない。

彼はおのれの目で自分にへつらっている。 おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで。

彼の口のことばは、不法と欺きだ。彼は知恵を得ることも、善を行うこともやめてしまっている。

彼は寝床で、不法を図り、よくない道に堅く立っていて、悪を捨てようとしない。

悪人がなぜ自分の罪と悪に気付かないでしょうか?

悪人は 自分たちの悪行を自ら正当化するだけではなく、自分たちの悪行に対しても神の懲罰は決してないと確信して さらに罪を犯し続けます。


しかし神は、彼らが隠れたところで行うことまでも すべて知っておられます。

神の最後の審判の時に、彼らは神の怒りの裁きを免れることはありません。


【ローマ2章16節】

私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。

神を知らない人、信じない人たちは 神を敬うこともなければ、神の言葉に従うこともしないし、すべてにおいて自分の心のままに生きるようになるので、神が喜ばないことを平気に行いますし、また 神の裁きも信じません。


聖徒たちは 創造主に対する信仰が、善と悪、永遠のいのちと滅び を左右することを知って、神に仕えましょう。


そして神の目に愚かな者、悪人になることがないようにしましょう。
(・◇・)ゞ

2014.8.22
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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キリストの十字架がどう見えますか

テーマは 『 キリストの十字架がどう見えますか 』 です

【第1コリント1章18-19節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」

4つの福音書には 十字架につけられたイエス様の姿がありますが、皆さんはその姿が想像出来ますか?

ムチ打たれ、いばらの冠をかぶっている姿を想像しますか?


私たちがどんなに想像しても、当時のイエス様の姿とは かけ離れています。


ある人が幻の中で十字架につけられたイエス様を見ました。
そして大きなショックを受けました。

それは自分の想像をはるかに超えた悲惨な姿だったからです。


ローマの刑罰で十字架につける犯罪人は、まず鞭打つことが慣例でした。

堅い皮のムチは先端だけが分かれていて そこに尖った鉛をつけて打つので、それが体をひどく傷つけるため、十字架につけられる前に死んでしまうこともあると言われています。


力強い兵士たちが 犯罪人を裸にして何十回も打つので、肉は全部裂かれ血が飛びます。


幻を見た人は、ムチ打たれて裂かれた体の部分がまるで線を引いたような模様になり、その傷は深く、骨まで見え、全身 血だらけで人間とは思えない姿であったと言いました。

あまりにも悲惨な姿で そのような姿は映画でも見たことがないと言っていました。


その姿を見た人たちに「この方は救い主で、あなたの罪のために十字架につけられて死にました。ですから信じて救われなさい。」と言うと、人々は首を横に振って信じませんでした。


「あれは犯罪人だ。神ではない。あんな悲惨な死に方をする者が救い主なわけがない。」と受け入れません。


現代人よりも、その時代の人々の方がもっと信じませんでした。

その姿を目の前で見ましたので、ほとんどの人が十字架につまずいてしまいました。

弟子たちは一生懸命に キリストの十字架を伝えました。


福音は キリストの十字架が核心です。


ですから伝えるメッセージも簡単で、“キリストの十字架の死と復活” でした。

『 十字架につけられて死んだ この方が人類を救うメシヤであり、王の王、主の主です。』 と福音のメッセージを伝えましたが、そのメッセージはユダヤ人だけではなく ギリシャ人にもローマ人にも受け入れ難いメッセージでした。


ローマ人の立場から見ると、十字架は 犯罪を犯した奴隷が 悲惨な死を遂げたことなので、救い主と認めることはナンセンスでした。


ギリシャ人は 常に理性的、哲学的知恵を追及しているので、野蛮な方法である十字架刑で死んだ者が 人類を救うことなどあり得ない と思っていました。


ユダヤ人は メシヤがそんな方法で人類を救うことが出来ないから、メシヤである証拠を求めました。

十字架から降りたら信じるとも言いましたが、(イエス様が)降りずに死んだので、メシヤとして認めることは出来ないと思っていました。


“十字架の上で死んで人を救う” ということが、彼らには愚かに見えました。


福音を伝えると必ず人々がこのような反応を見せるのでパウロは今回のテーマ箇所のように語りました。


【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

現代の人々はどうでしょうか?
昔とあまり変わらないです。

なぜ十字架に対する人々の反応がこんなに固いものでしょうか。


人々は何に憧れ、何を求めますか?

それは 強いもの、美しいもの、良いもの、魅力的なもの、知的なものです。

つまり苦難と苦痛、犠牲を避け、快楽を求めます。


しかし キリストの十字架は、何一つそれに当てはまるものがありません。


十字架を見ると、弱さ、惨めさ、辛さしか見えませんので、何ひとつ魅力的な姿がありません。


イザヤ書にキリストの姿が預言されています。


【イザヤ書53章1-3節】

私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。

彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

人間の目には、魅力的な姿ではないと預言されています。

これがイエス様の時代や現代でも 十字架が拒まれる原因になってあります。


十字架が現代人の知的欲求、政治的欲求を満たすことも、個人の欲求を満たすことは出来ないです。


ですから「十字架にかかったキリストを信じなさい。」と言われても、それを認め 受け入れることが難しいです。


もし、キリスト教がキリストの十字架を伝えないで 道徳や倫理、愛、施し、正しいことだけを伝えるならば、もっと多くの人が気軽に受け入れると思います。


しかし“キリストの十字架が抜けた キリスト教”は、もはやキリスト教ではないです。






最近、韓国でも教会や伝道する時に キリストの十字架や罪、悔い改め等をほとんど言わず、祝福、恵み、癒し、繁栄のメッセージだけを伝える傾向が強いと聞きました。

それは人々が望むメッセージです。


伝道する時も、教会にはどのような娯楽施設があるか、サークルやイベントなどを宣伝して人を集めていると聞きました。


しかし初代教会の時代は “キリストの十字架”がメインでした。

パウロはキリストの十字架以外は語らないと宣言しました。


“キリストの十字架” に戻らないと、教会は堕落します。


どんなに人が集まっても、主は その教会を “死んだ教会゛ と言われます。


キリストの血なしに罪の赦しはないですし、救いもありません。


神を喜ばせないで 人を喜ばせるために、人々の負担になり、魅力的でないキリストの十字架をいつの間にか後ろに隠して、人々の耳に良い話だけをして 人の数を増やそうとします。


人の目には たくさん人が集まって成功しているように見えても、神の目には堕落した教会の姿でしか見えないです。


人間的な方法や やり方で人間の罪の問題が解決されますか?

人間がどんなに優れた知恵を持っていても、科学がどんなに発達しても解決出来ず、ますます増えていくのが “罪” です。


哲学者や政治家、心理学者も、罪の問題に対して解決策を出した人は1人もいませんし、宗教家たちも解決方法を提示した人は1人もいませんでした。


私たち人間の罪を解決できるのはイエス・キリストの十字架であることを認めなければなりません。


神の知恵である この“十字架” を無視して、人間の知恵だけに頼っているならば、罪の問題は決して解決されず、ますます罪によって 人類はさらなる悲惨な霊的状態になります。


イエス様は自分の十字架が人々を2つに分かれさせることを語りました。


本文にあったように、十字架を愚かだと思っている人は滅びますが、それを神の知恵、神の力と信じる人には救いがあると語りました。


【第1コリント1章23節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

十字架を見て救われる人もいれば、つまずく人もいます。


【ローマ9章33節】

「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

イエス様はご自身のことを「つまずきの石、妨げの岩」と表現しました。

それはイエス様を受け入れるのが簡単ではなく、拒否感が出てきて負担になるという意味です。


しかし 神様の知恵と思って受け入れる人には決してつまずくことなく、救いの岩になります。


人間の知恵によって十字架を見た人は、みんなつまずきました。

しかし十字架を神の知恵による救いの方法だと信じて受け入れた人は救いを受けました。


どちらが愚かな人でしょうか?

人間の知恵に頼っている人でしょうか、それとも神の知恵に頼っている人でしょうか。


人間の知恵には限界があることを 謙遜になって認めなければなりません。

そして十字架の秘密を悟るのは、人間の知恵で出来るものでもありません。



キリストの十字架の秘密は、“神の啓示と聖霊による悟り”です。

キリスト教は、啓示の宗教です。
人間の知恵によるものではないです。


自分が努力して救いに至ることはないので、神によって提示された救いを信じて受け入れることです。


キリストの十字架を正確に理解するためには 神の恵みが必要です。

すなわち 悟りの霊が必要です。


聖霊に頼り、神の知恵を求めることです。


【第1コリント1章25節】

なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

( ̄ー ̄)

2016.3.20
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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私たちのための主の祈り

テーマは 『 私たちのための主の祈り 』 です

【ヨハネの福音書17章15-22節】

彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。

わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。

真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。

あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。

わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。

わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。

それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。

またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。

今月はキリストの受難、十字架の死、復活があります。

その流れを今月のテーマとして語ります。


イエス様は いつも祈りをささげる方でしたが、特に自分の死が迫って来た時に、弟子たちのためにいつもより長い祈りをしました。

聖書に書かれたイエス様の祈りで、ヨハネの福音書17章の祈りが一番長いです。


その内容は弟子のため、また私たちのための祈りでした。

その祈りには、主の深い愛と主の願いがありました。


そして私たちに対する主の期待も反映されています。


今回は 祈りの内容に心を向けたいと思います。




・悪い者からの守りを祈る




悪い者に出会って良いことはありません。

サタンはいつも聖徒たちを狙います。


罪を犯させるために誘惑して、サタンがどれほど策略をもって働くか分かりません。


それに気付かず眠っている聖徒が多いのは事実です。

皆さんは目を覚ましていますか?
悪い者に いつも警戒していますか?


3年間、弟子たちと共にいたイエス様は 弟子たちの姿をよく見ていました。


肉の欲と思いで 互いに妬んだり、高慢になったり、争ったりする姿を見ました。

主と共にいながらも サタンの誘惑に負け、罪を犯していました。

そのことを深刻に考えている弟子はいませんでした。


悪者を警戒するように教えても、実行できていない弟子たちを見て、死が迫った時でも主は彼らのために祈りました。

主は 彼らの活躍、健康、幸せ、成功などは祈りませんでした。


なぜなら それより大切なことは、彼らが罪を犯さないことでした。


“罪” は神との関係を悪くし、いのちに関わることです。


人は罪を犯すと “罪の奴隷” になってしまいます。
それが神との関係を壊す要因になります。


“ 罪から来る報酬は死 ” ですので、悪の道へと誘う悪い者から守って下さるように祈りました。


この祈りはいつも必要な祈りです。

私たちも 神様に、悪い者から守って下さるように祈らないといけないです。

イエス様がそのように祈ったならば、私たちもそのように祈ることです。


実際に十字架にかかる前の晩に悪い者が近付くことを知っている主は 必死に祈りました。


そして弟子たちにも 「誘惑に陥らないように目を覚まして祈りなさい。」 と何度も命じました。

しかし眠気に負けた弟子たちは、誰も祈ることができず寝てしまい 祈りが出来ませんでした。


その結果、祈りがなかったので 人を恐れて、信仰から離れ、自分たちを愛し育てたイエス様をみんな裏切りました。


もし彼らのためのイエス様の祈りがなかったならば、彼らは誰も立ち直ることが出来なかったと思います。

そして主のための働きも出来なかったと思います。


ある時に、弟子たちが “祈りを教えて下さい” と言われた時に、「私たちを試みに会わせないで、悪からお救い下さい。」と祈るように教えました。

しかし彼らは その意味が分からなかったですが、あやまちを犯した後に その祈りの重要性をすごく実感したと思います。


弱い私たちも 主が私たちのために「悪い者から守って下さい」と祈ったように同じく祈ることです。




・聖別されること祈る




ヨハネの福音書17章17節にある 「真理によって彼らを聖め別ってください。」 と祈りました。


【ヨハネの福音書8章32節】

そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」

このような みことばがありますが、“真理を知ることは キリストを知ること” で、“ 自由になることはキリストを信じて信頼し服従すると罪から解放され罪に支配されることがない” ということです。


罪は私たちを汚しますが、罪赦され、真理の支配を受けると聖くなっていきます。


神の願いは 私たちが聖なる者になることです。

“聖” は神の属性です。


そして信じる者がますます聖化されることを主は願っています。

新しく生まれ変わった者にはこれが必須です。

次の箇所は “聖化” に関することばです。


【エペソ4章23-24節】

またあなたがたが心の霊において新しくされ、

真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。

“聖化” は、聖霊抜きにして出来ることではありません。


聖霊が信徒の中に働いて、罪の汚れから解放し、新しい人にして、みこころに従うように、良い行いが出来るようにして下さいます。


“救われたので それで万事OKという事はない” です。


ますます聖なる者となるために、罪から離れ、真理に従うことが大切です。

聖め別たれることは、聖別されることですから、そのためには神の言葉に従うことが必要です。


みことばは 教えと戒めと矯正と義の訓練とに有益で、私たちを聖め、良い働きが出来るようにします。




・一つとなるように祈る




ヨハネの福音書17章21-22節で  一つになるように祈りました。


これは信徒たちが一つになることは もちろんですが、教会が一つになることを祈りました。


イエス様と父なる神は いつも一つでした。


教会はキリストの体で、かしらはキリスト、私たち信徒は 体である教会の各部分です。

そして教会が一つになることは、全世界の教会が連合するという意味ではなく、本質的な側面での統一性を意味します。


父なる神とイエス様はすべてにおいて いつも一致していました。


互いが愛し尊重していましたし、互いに高めていました。

それは素晴らしい関係でした。


それと同じように、私たちが 主と一致すること、聖徒たちもキリストにあって一つになることを祈りました。

教会の体の一部分になった信徒たちが “一つ” になることで、神とキリストを伝えることが出来ます。


分裂したり、争ったりすると キリストを伝えることが出来ません。

そんな所にたましいを導きたいとは誰も思わないですね。


年齢や出身、考えが違っても 互いに愛し合い、人を自分よりも優れた者と思い、互いに重荷を負い合う時に “一つ” になれます。


非難したり、壁を造ったり、差別することは みことばに背くことです。

主は私たちに合わせるために卑しい人間の姿になりました。

それが模範です。


大した者でもない私たちが高ぶった思いをもって一つにならないと、主もその人と一つになることが出来なくなります。


主が与えて下さった新しい戒めが、次の箇所にあります。


【ヨハネの福音書13章34節】

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

これが一つになれる一番の方法です。

イエス様は、最後の日も このように弟子たちや私たちのために祈って下さいました。


その時、イエス様はどのような気持ちで祈ったのかをよく考えることです。

主の祈りが無駄にならないように、その祈りが自分の身になるように同じ祈りをしながら生きることです。


罪人、悪を行う者、汚れた者、分裂を起こす者は 神に喜ばれることも、御国に入ることもありません。

私たちを愛した主は 一人でも失われる者がないように、心を込めて祈りました。


日々、目を覚まして祈っているならば 悪者の誘惑に負けることはありません。

聖くなればなるほど 神を見ることが出来ますし、神の子と呼ばれます。

そして教会を愛し、キリストを愛し、聖徒を愛するならば それによって一つになれます。


主が祈ったように祈りながら実行してみましょう。
v( ̄∇ ̄)v

2016.6.14
聖日礼拝メッセージ

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人間には救いが必要

ハレルヤ。
今日も主の恵みが皆さんにありますように祈ります。


キリスト教以外の宗教では、“人間に救いが必要”であることは教えません。


なぜならば その宗教を始めた人たちが、救いが何かを知らないからです。

罪が何なのかを知らない人たちには、救いの必要性もわからないです。


私たちがイエス様に出会うまでは、そのような状態の中にいましたので、そのことがよくわかります。


道徳的に問題がなく、良いことをすればいい所に行くとか、自分たちの教えをよく守れば天国に行けるとか、教祖に従えば天国に行けるとかを彼らは伝えています。

そして、それを信じている人も多いです。


救いと言うことばがあまり彼らには存在しないです。


自分たちが霊的に死んでいることはほとんどわからないからです。


聖書は、私たちに救いが絶対的に必要であることを教えています。


【箴言14章12節】

人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。

罪から来る報酬は死ですが、罪のことがわからないから良いことをすれば、それで(天国へ)生けると思って安心します。


そして、自分が進む道の終わりが死の道であることを知らないです。

ある意味 これほど悲惨なことはないです。


(自分が死んだら)天国と思って誰かに従い、教えられた通りに生きたのに、その最後が「死」、それも“永遠の死” であることは とても辛いことだと思います。


死んでから気づくことが さらに辛いですね。なぜならば その時はもう遅いからです。

やり直すチャンスが二度と来ないからです。


救われていない人々の状態は次の通りです。


【ローマ1章21-23節】


彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。

彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、

不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうものの形に似た物と代えてしまいました。

このような状態が典型的な罪人の状態です。


「人に悪いこともしていないし、犯罪も犯したことがないのに、何で私が罪を犯したというのか」と よく言われます。

しかし 罪の起源は、神を神としてあがめず、感謝もせず、信じない不信仰です。

さらに神でないものを神と呼び、拝むことです。

初詣で人々がやっていることがそうでした。


ですからイエス様はこのように言われました。


【ヨハネの福音書3章3節】

「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

新しく生まれることは真の神を信じて救われることです。

罪によって死んだ霊が生まれ変わることです。


皆さんは本当に生まれ変わりましたか?

自分が罪人であることを認めましたか?

救い主イエス様を信じましたか?

罪赦されましたか?


これがないと天国には入れません。


生まれ変わることは、それを信じて救われたか ということです。
Σ(゚д゚;)


2016.1.11
3分テレフォンメッセージ

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神様からの最高のプレゼント

テーマは 『 神様からの最高のプレゼント 』 です


【マタイの福音書1章23節】

「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

以前、あるテレビ番組で見た場面が 今も記憶の中に残っていますが、アメリカのある家庭のことでした。


お父さんはアメリカ軍の海兵隊人で、イラクで戦っていました。

家にはお母さんと小さい娘が一人いました。


クリスマスになり、お母さんは娘のために 娘が欲しがっていた物をプレゼントしました。

娘はそのプレゼントをもらって大喜びでした。

その時にチャイムがなりました。


娘はプレゼントが嬉しくて、誰が来たかについてはあまり関心がありませんでした。

しかし 玄関の扉が開かれた瞬間に、小さい女の子はもらったプレゼントを投げて、玄関に走って行きました。

そこには大好きなお父さんが立っていました。

大喜びの女の子は、お父さんの胸に飛び込んで喜びの涙を流していました。


家族みんな泣き、見ていた私も泣きました。

最高のサプライズのクリスマスプレゼントでした。


それは、物とは比べものにならない、心に感動を与えるプレゼントでした。


日本でも「エイズと戦った少年の記録」という単行本で紹介されていますが、“ライアン・ホワイト” という少年の人生が多くのアメリカ人に信仰の挑戦を与えました。


ライアンは13歳の時に血友病を患って手術を受けましたが、輸血によってエイズにかかってしまいました。

自分の過ちでもなく、大人たちの不注意によって 少年の人生は死の道に追い込まれました。


しかし自分の人生が残り少ないことを知っても 彼は誰も恨まず、明るく変わらない態度で学校生活を終えました。

かえって皆にとても親切でしたし、彼を心配する両親を慰めながら楽しく暮らしました。

彼の生活は人々に知られるようになり、新聞にも載るようになりました。

彼はエイズ発症から5年が経った18歳の時に亡くなりました。


少年が亡くなる前に、お父さんと会話をした内容がキリスト教の雑誌に載りました。

「息子よ。ごめん。今はあなたに何もしてあげることがないよ。お父さんがこれ以上どんなプレゼントもあげられないことを許してね。」


「お父さん。今まで僕はたくさんのプレゼントをもらいましたが、誰もお父さんがくれたような素晴らしいプレゼントをくれた人はいなかったです。

お父さんは私が天国へ行けるチケットをプレゼントしてくれたでしょう。お父さんはイエス様を紹介してくれました。
お父さんのおかげで教会に行き、イエス様を信じ、永遠のいのちをプレゼントとしてもらいました。これ以上、偉大なプレゼントはないと思います。」


イエス様ほど偉大なプレゼントは本当にないです。

イエス様よりも素晴らしいプレゼントはないです。


もしあるというなら それは何でしょうか。

富ですか。宝石ですか。子どもですか。家族ですか。ブランドものですか。


神様は私たち人間を本当に愛しています。


ですから人間を造る前に、すべての自然や生き物を造って人間にプレゼントとして与えて下さいました。

そして人間が罪によって堕落した後も、人間に対する愛が消えたのではないです。

愛は喜んで与えます。愛する人に惜しまずプレゼントをします。


神様の人間に対する愛はこのような愛でした。


【ヨハネの福音書3章16節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

人間を愛した神が用意した最高のプレゼントは神のひとり子イエス様でした。


ことばだけで「愛する」と言ったのではなく、私たちのために何が一番良いプレゼントになるのかを考えた末に、用意したプレゼントがイエス様でした。


小さな女の子が 愛するパパに会った瞬間に、パパの存在が彼女には最高のプレゼントでした。


そしてエイズで死んだ少年にとっても短い人生で受けた最高のプレゼントはイエス様でした。

愛する主の所に行くので、彼は悲しむことなく、誰も恨むことなく、喜びながら主が待っておられる天国に帰られました。


天国でイエス様にあった時に どんなに彼は喜んだでしょうか。
想像するだけで嬉しくなります。


私たちが周りを見渡すと、すべてが神からのプレゼントです。

太陽の光、月の光、空気、水、花、家族など すべてが神からのプレゼントです。


でも神様はそれだけで満足せず、私たちに赦しと永遠の命と天国を与えるためにイエス様を最大のプレゼントとして私たちに与えて下さいました。

神様が遠くにいるだけなら、私たちはその愛がよくわからないと思います。


愛すると出て来る感情で一番強い感情は、“一緒にいたい” という感情です。

人間が罪を犯す前に、エデンの園でアダムとエバは神と共に歩みました。

しかし彼らが罪を犯した後に 彼らはエデンの園から追い出され、もはや神と共にいることが出来なくなり、罪によって関係が断絶されました。


それが神にとっても辛いことでした。

それで、神は(人間と)共にいたい思いで計画をしたのが、神の子キリストを人間の体にして人間と共に住むことでした。


インマヌエルの意味は、“神が私たちと共におられる” という意味ですね。

人間世界の中で人間と共にいるためにイエス様は来て下さいました。

誰の目にも主の姿が見えました。


イエス様が私たちに対する神の最高の愛のプレゼントであることを目で確認しました。


【第1ヨハネ4章9-11節】

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

子どもが祝福されることを妬んだりする親はいません。さらに祝福され幸せになることを願います。

それは自分の子どもだからです。


神が送った素晴らしいプレゼントであるイエス様を私たちが受け入れると、神はさらなる祝福をたくさん与えて下さいます。


恵みと平安を与えて下さいます。

永遠の命はもちろんのことです。






結婚して67年になる老夫婦がいます。

韓国人ですが、旦那さんは103歳、奥さんは87歳で、二人の告白がとても素晴らしかったです。


長く一緒にいて飽きたはずなのに、妻の口から出たことばは「そばに一緒にいるだけで幸せでありがたい」と言われました。

「いなくなったらどうしましょう」と笑顔で話されました。


旦那さんは「妻は私の最高の宝物です。素晴らしい妻です。」と言われました。

どこでも夫婦一緒に出掛けます。
その夫婦にとって、お互いが最高のプレゼントです。


私たちに対する神の愛は、それ以上の愛です。
変わらない愛であり、特別な愛です。


イエス様も私たちをあまりにも愛して、肉体のままでは人々の傍にはおられないので、その次に与えたのが聖霊でした。

イエス様は天に上り、聖霊を送ると約束しましたが、その通りに聖霊が下りました。


聖霊は私たちの中におられるために来て下さいました。


【第1ヨハネ4章13節】

神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。

聖霊も神からの最高のプレゼントです。


【使徒の働き2章38節】

そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってパプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

父なる神様は 最高のプレゼントであるイエス様を私たちに送り、イエス様も最高のプレゼントである聖霊を私たちに送って下さいました。


賜物とはプレゼントのことです。


まだイエス様を信じていない人がいるならば、悔い改めて神から最高のプレゼントを受け取って下さい。

そして 信じていても、まだ水のパプテスマ、洗礼を受けていない人は受けて下さい。


聖霊をプレゼントすると約束しました。


人生最高のプレゼントです。

受けた人だけがその素晴らしさに気付きます。


クリスマスは救い主イエス様の誕生日として祝っていますが、本当の誕生日はいつなのか誰も分かりません。

しかしそれは問題ではないです。
何日かが問題ではなく、イエス様というプレゼントが大切です。


私はこのプレゼントを既にもらいました。
もらってない人はもらって欲しいです。
(*´ -`)(´- `*)


2015.12.20
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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