からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

八戸ノ里キリスト教会より メルマガ配信中!

メルマガ購読・解除

読者購読規約
毎朝7時に配信しています! 1日の始まりを神様の恵みで満たしてくださいね
powered by まぐまぐ!
 
         

神の愛

神の愛がわかりますか

テーマは 『 神の愛がわかりますか 』 です

【ルカの福音書15章1-7節】

さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って来た。

すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」

そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。

「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

見つけたら、大喜びでその羊をかついで、

帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。

あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正し人にまさる喜びが天にあるのです。

【ルカの福音書15章11-32節】

またこう話された。「ある人に息子がふたりあった。

弟が父に、『お父さん。私に財産の分け前を下さい』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。

それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。

何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。

それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。

彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。

立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』

こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

息子は言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。

このむすこは、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。

ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。

それで、しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、

しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、お父さんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』

すると、兄はおこって、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。

しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。

それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。

だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

厳しい神のイメージしか持っていない人が多いですが、神の本当の姿は “愛の神” です。


「神は愛です。」と言われてあります。

それを信じていますか?


本文で、神の愛が どのような形で現れたのかを見て、神の愛を感じてほしいです。


神の愛を知ることは、私たちにとって “大きな恵み” です。




ひとりの魂も見捨てず、捜し歩く愛、労苦を惜しまない愛




【ルカの福音書15章4節】

「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。



無限の喜びの愛




【ルカの福音書15章5-6節】

見つけたら、大喜びでその羊をかついで、

帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。

【ルカの福音書15章22-23節】

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。

【ルカの福音書15章32節】

だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」



すべてを与えて下さる愛




【ルカの福音書15章12節】

弟が父に、『お父さん。私に財産の分け前を下さい』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。

【ルカの福音書15章31節】

父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。



帰って来ることを切に待ち望んでいる愛




【ルカの福音書15章20節】

こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。



無条件に赦す愛




【ルカの福音書15章21-23節】

息子は言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。



権威を回復させて下さる愛




【ルカの福音書15章22節】

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

失われた一人の魂を捜し求める 神の心が 神の愛です。


一人の魂をどれほど主が大切に思っておられるかを知りましょう


【マタイの福音書18章10-14節】

あなたがたは、この小さい者たちを、ひとりでも見下げたりしないように気をつけなさい。まことに、あなたがたに告げます。彼らの天の御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔をいつも見ているからです。

〔人の子は、失われている者を救うために来たのです。〕

あなたがたはどう思いますか。もし、だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。

そして、もし、いたとなれば、まことに、あなたがたに告げます。その人は迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜ぶのです。

このように、この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。

アーメン (・∀・)つ

2017.6.18
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい訳で!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

受けたものは流して行く

テーマは 『 受けたものは流して行く 』 です

【ルカの福音書6章38節】

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人々を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」

家の近くに 第二寝屋川がありますが、水の色がほぼ黒に近く、ごみや黒い油のようなものが浮かんでおり、時々 魚や亀やカモも見えますが、色は全部 “黒” で本当に汚い川です。


その理由は色々あると思いますが、私が感じるのは、流れないので汚い川になっていると思います。

ごみがある時に見ると 全く流れていないです。


時々 機械を使って波を起こすと、ごみは流れて どこかに消えていきます。

どこに流れていくのかは分かりません。

綺麗な川なら良いのに と橋を渡るたびに思います。


夏に上高地に行った時に川の水があまりにも透明で綺麗だったので、そのまま飲みたくなりました。

山からきれいな水が勢いよく下流に流れていくので、いつでも綺麗ですね。


受けても流さないと汚くなりますが、絶えず流すならば いつも綺麗です。


イスラエルのヨルダン川と 死海もよく比べられます。

ヨルダン川は綺麗ですし、大きな魚も住んでいて 主の弟子たちもそこで漁師をやっていた人たちでした。

ヨルダン川の水は綺麗で、泳いでいる魚も見ました。

そこで魚料理を食べたこともあります。


ヨルダン川から流れる水は、死海に向かって流れます。

死海は見た目は綺麗に見えますが、生き物が生息できないので “死海” です。

死海は、“受けるだけ受けて、流さないので死海” になりました。


私たちも受けたものを 流すか流さないかによって “ヨルダン川” にもなり “死海” にもなります。


イエス様は絶えず恵みを流して下さる方です。


皆さんが、認識しているか 認識していないかに関係なく、絶えず恵みを流しています。

私自身は何を見ても、そこに神の恵みが流れているのが見えます。


しかし、ある人はその恵みに気付かず、こぼしていながら 「自分には恵みがない」 と神につぶやいています。

また ある人は、手を握ってあげても 「こんなものは要らない」 と投げ捨てる人もいます。

ある人は受けた恵みを 自分のものだけにして、誰にもそれを流さない人もいます。


そばで困っている人、倒れた人がいても それが目に入って来ないです。

“自分さえ良ければ” という精神は、「貪欲」そのものです。


それは、サタンの思いです。
神様が忌み嫌う心です。


しかし受けた恵みを、きちんと流して行く人たちもいます。

その人たちは、いつも神様から新鮮な恵みを受けています。


他の人たちにも 良い恵みを流すので、神様は天を開いて その人が乏しくならないように与えて下さいます。


イエス様は 最初に弟子たちを遣わした時に このように語りました。


【マタイの福音書10章8節】

病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

イエス様は、まず彼らに恵みと力を与えました。

そして それを使って他の人を助け、恵みを流すように命じました。


私たちが教会で互いに仕え合うことは、お互いが受けた恵みを流して行く姿です。


それによって、みんなが恵みを受けます。


“自分には流す恵みがない” というのは、言い訳に過ぎないです。

流したことがないので、気付いていないだけです。


私たちは、あらゆるところで、色んな人に恵みを流すことが出来ます。


やろうと “決心” すれば、何を流すべきかが分かります。

手を差し伸べれば、そこに恵みを流す対象がいます。


私たちはすでに多くの恵みを神から受けています。

最大の恵みは神から受けた愛です。


(私たちは神から)受けたので、この愛を流して行かなければなりません。

自分が救われたように、人も救われるように神を紹介し、祈りをささげ、世話をすることが 愛の恵みを流している姿です。


自分だけ天国に行くことを喜んだらいけないですね。

他の人も天国へ行けるようにするのが 愛ある姿です。


神が「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と命じましたが、それは本来 私たちに出来ることでしょうか?


神の愛の恵みがないと出来ませんが、私たちが受けた神の愛を流して行くならば 出来ないこともないです。

そうすると、自分の愛ではなく、“神の愛” で愛することが出来ます。


「こんな私のような者も 神が愛して下さったならば、神はこの人をもっと愛しておられるかも」 と思って、受けた神の愛を流せば良いと思います。


愛を流さず自分だけにとどめるならば “自己愛” ですが、流せば “隣人愛” に変わります。

そして様々な神の恵みを体験したならば、感謝して終わるのではなく、恩返しを忘れてはいけないです。


恩返しは、恵みを流していくことです。

人から良くしてもらったならば、自分も誰かに対して良くしてあげれば、それが恩返しの連鎖になり 人間関係がとても良くなりますし、社会もよくなります。






私自身のことですが、34年前に輸血を受けて いのちが助かった経験がありました。

それがなかったならば、いま生きていないですね。


出産の時に出血多量で2度も意識を失くし、1日中輸血をしました。

それで助かりました。

それがあったので、自分も献血して誰かを助けたいと思いました。


毎年献血しようと思って2回しましたが、その後 法律が変わり、輸血した人は献血が出来なくなりました。

それがすごく残念でした。
それでも したかったので、奈良へ行って献血する所に行きました。


献血する前に問診票に記入しないといけないですが、過去に輸血した人は●をつけないといけないですが、私はそれにつけなかったです。

しかし過去に輸血をしたことが記録に残っていたので出来なく、それからは献血を諦めました。

その法律がないなら、今もずっと献血していると思います。


皆さんは良くしてもらったことはありませんか?
それを他の人たちに流していますか?


過去に終わった事として記憶にもないでしょうか?


【詩篇103編2節】

主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

このように言われてありますが、記憶だけしなさいという意味ではなく、自分が受けた恵みを流すようにするならば 決して忘れることが出来ないです。


自分が神に赦されたならば、他の人のことも赦します。

赦された人はそれがどんなに素晴らしいことかが分かります。


【マタイの福音書6章14ー15節】

もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。

しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。

私たちは罪赦されて “神の子ども” になりました。

ですから当然 神様は、私たちが人に対して赦すことを期待します。


しかし、(私たちが他人の罪を赦さず)期待外れになると、私たちが罪を悔い改めて赦しを求めても、神はそれには応じないと語っておられます。


【マタイの福音書6章14節】

もし人の罪を赦すなら、あなたがの天の父もあなたがたを赦してくださいます。

神の力が私たちに与えられたならば、神は私たちがその力を持って他の人を立ててほしいと願っています。


知恵の力もあり、金銭の力もあり、健康の力、能力の力もあります。

それを使って人を助けることです。


神様が今日のことばでも “与えなさい” と命じました。

このように あらゆる恵みを私たちが流して行く時に、神が栄光を受けます。


元々それは神から流れて来たものだからです。


与えたらどのようになりますか?

与えた人も、受けた人も 共に神様から祝福を受けます。

しかし与えた人の方が何倍も祝福されます。


本文のことばにその約束があります。


【ルカの福音書6章38節】

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。

一番祝福を受ける人は、“与えた人” です。


神は偽りを言わない方であり、約束を真実に守る方です。


「与えると空っぽになり、損するだけで自分が困る」のではなく、何倍も主が報いて下さいますので さらに豊かになります。


その実例が聖書にも色々あります。

エリヤに与えた貧しいやもめが大いに祝福されました。


また 少年が差し出した小さい弁当で、5千人以上が食べる奇跡もありました。

与え続けた人が乞食になった話は聞いたことがありません。


反対に、たくさん持っていた人がすべてを失って乞食になった話はたくさんあります。

貪欲な心を持っていたイスカリオテ・ユダは結局祝福されることもなく自滅しました。


神様が自分に何かを与えて下さった時には、自分だけの恵みと思わず、それを誰に流そうか?と考えてみて下さい。


パウロは主の教えを守り通しました。

その告白が次の箇所にあります。


使徒の働き20章35節】

このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」

私たちも主のことばを心に刻んで、与えることが習慣になるようにしましょう。
v( ̄∇ ̄)v


2016.11.27
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

永遠の愛

テーマは 『 永遠の愛 』 です

ハレルヤ
1週間守ってくださった主に感謝します。

また、礼拝出来る恵みも感謝します。


【イザヤ書43章4節】

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

自分が信仰ある人か、信仰のない人かは、何で判断しますか?

信仰ある人は神の言葉に対して「アーメン」と素直に認めます。

それに反論したり、否定したり、矯正したりしません。


信仰のない人は、神の言葉にケチをつけます。

すぐに否定して別のことばを話します。

それは自分の考えであったり、人からのことばであったりします。


例えば、今日のことばに対しても素直に認めていますか。


それとも「私は何の取り柄もないダメな人間です。値打ちもない人間です。」と否定しますか?

特に日本人は自虐的な人が多いです。


自分のことを愛せない人も多いですし、自己評価が低いです。

それを謙遜と勘違いをする人もいます。

しかし、自分を愛する人を見ると、ナルシストだと悪口を言います。


どちらも間違えています。


聖書には、神のことに関しては「神は愛です。」と書いてあります。

ここに最大のポイントがあります。


神が愛であるから、神にとって愛せない人は1人もいないことです。


愛の心で、愛の目で見ると、すべてが愛する対象に見えます。

神は罪人も悪者も愛しています。


【マタイの福音書5章43-46節】

『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。

しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。

自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。

神の愛は、太陽のような愛です。

暖かく包んでくださる愛です。


渇いた心が潤うように恵みの雨のような愛です。

もし神に愛がなかったならば、人間誰一人 地球上に存在することが出来ません。


神の愛を受けているのに、「どこに神の愛があるんだ」という人は、太陽の光を見ながら、太陽がどこにあるんだという人と同じです。

また、雨を見ながら、雨がどこにあるんだという人と同じです。


神の愛は永遠の愛です。

イエス様は自分を十字架につけた人に対しても愛を示しました。

彼らのために涙を流しました。


私たちは神が自分たちをどんなに愛しているかを知らないといけないです。


自分が神を愛してなくても、神が「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」と言われた時に、むしろ喜びながら神に感謝しなければなりません。


「こんな者をそこまで愛してくださる神様、感謝します。自分よりも自分を愛しておられる神様。感謝します。」と喜ばないといけないです。

「なんで愛してくださるのですか?」と聞く必要すらありません。


愛するのに理由はないからです。


人を愛せないのは、愛する理由を求めているからです。

愛するのに自分の基準があって、「これだから無理だ。愛せない。」と愛することを拒否します。


よく考えましょう。


自分は神に愛される条件を満たしたから神に愛されているでしょうか?

神の愛に条件があるならば、私たちは一番不適格な人に入ります。


神の愛のことばに素直に喜びましょう。
v( ̄∇ ̄)v

2016.1.22
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

livedoor プロフィール
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

(^^) からし種 に投票してね
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ