からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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神の国

教会の奉仕

テーマは 『 教会の奉仕 』 です

【第1コリント12章5ー7節】

奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。

働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。

しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。

イエス様こそ神に仕えた最高の奉仕者でした。

父なる神のみこころに従って、人々に仕えるために休む間がないくらい よく働きました。


夜は1人で神にお祈りをしていましたので、いつ寝る時間があったのかと思うほどです。


弟子たちと船に乗り、突風のせいで、船が揺れ、船の中が水浸しになった時 イエス様だけがぐっすり寝ていたのは、たぶん寝不足が続いて熟睡していて何も気づかなかったと思います。

寝たふりしたわけではないですね。


弟子たちも実によく働きました。

イエス様に見習って、1人1人が立派な奉仕者でした。


神から私たちはキリストのからだの器官であると言われましたが、それは “器官としての機能をしなさい” という意味が含まれてあります。


機能しないと器官としての意味がありません。


最近YouTubeで何万人も集まる韓国教会の聖歌隊の賛美を聞きましたが、聖歌隊員の数がものすごく多くてびっくりしました。何百人もいました。

その教会より人数が多い教会でも、一度に集まる聖歌隊員は100人前後ですから、その教会はそれよりも何倍もの数だったので びっくりしました。


それを見て感じたのは、聖歌隊の奉仕が1番人気があるのかなと思いました。

目立つところに、それも指定席のように、決まったところに座りますね。


大きい教会でも 実際は、様々な部署で奉仕者が足りないのが現状です。

清掃の奉仕とか食事当番とか、こどもの世話とかはあまり人気がないですね。

それでお金を払って人を使ったりします。


ある5000人集まる教会で、実際 奉仕している人を調べたら1500人くらいでした。

それは少しだけでも奉仕をしている人を入れた数です。


すると残りの3500人は何もしていないことになります。

すなわち失業者が3500人もいることです。


それは、イエス様の体の器官としての活動をしていないことを意味します。


何もしないことが楽で良いことでしょうか?

もし皆さんが社会で失業者の立場ならば、早く仕事に就きたいと焦る気持ちになると思います。


”神への奉仕を何もしなくて良いだろうか?“ということも考えないといけないです。


神は私たちに御霊の賜物を1人1人に与えて下さいました。

それは働きをさせる目的があったからです。


みなの益となるために 神様は私たちを選んで賜物を与えました。


その賜物を活かして働くことが奉仕です。






奉仕の精神は、イエス様から学ぶ事が出来ます。


【マルコの福音書10章45節】

人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。

これが基本的な奉仕の姿勢で、人に仕えることが奉仕の姿勢です。


クリスチャンが他の人から仕えられることだけを期待するならば、他の人に仕える機能を失ってしまいます。


教会に対して 愛がないとか非難的なことばを口にする人の中には、自分から人に仕えたことがない人も多いです。


いつも “してもらうことが当たり前” だと思っています。

それはみことばとは違う態度です。


私たちは、互いに仕え合うようにと言われています。

クリスチャンは主のしもべとして 人に仕えるように選ばれた人たちです。


父なる神もイエス様も聖霊様も弟子たちも みな人に仕えました。


その精神をもって聖徒たちは、体の器官として互いに仕えなさいと主から言われています。


奉仕にも働きにもいろいろあると最初から言われました。

それは同じ神様がそのすべての働きを任せて下さいました。


次の箇所にその様子があります。


【マタイの福音書25章15節】

彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりにはニタラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

それで終わりではないですね。

よほど経ってから しもべたちの主人が帰って来て しもべたちと清算を始めました。


その中で一タラントもらったしもべだけに予想外の問題が生じました。

彼はもらったものを、地を掘って隠して 何も仕事をしませんでした。


他のしもべたちが様々な活動をしていた時に、彼は神の働きに無関心で自分のことだけをしていました。

きっと本人はそれでも大丈夫だと思ったことでしょう。


しかし主人は怒りました。

その態度は、主人への不従順な態度です。


主人は彼を厳しく叱りました。

そして主人は次のように語りました。


【マタイの福音書25章30節】

役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。

このように命じました。


これで分かるように、自分に与えられたタラントと役割を決して ないがしろにしてはいけないです。


それを小さく考えてもいけないです。

神との清算が始まると大変なことになってしまいます。






また、奉仕はどこでするものですか?


もちろん教会の中にありますが、教会だけに限られているわけでもないです。


ある熱心なクリスチャン主婦が奉仕したい気持ちはたくさんありましたが、時間もお金も足りなく、奉仕の機会も与えらず悲しんでいました。


いつものように神の前に座って、自分の事情を話しながら、奉仕の道が開かれることを祈っていました。

すると小さい娘が近づき、やぶれた人形を直してほしいとせがまれました。


しかしそのお母さんは祈りが邪魔されたことが気に入らず、娘を叱って追い出しました。

祈りが終わって娘の所に行くと、娘は泣いて寝ていました。


その時に神様の声が聞こえました。

「どうしてあなたは手軽なことはないがしろにして、大きなことだけを求めているのか。」


それから彼女は心を変えて、すぐに出来る善行、近くにいる人への伝道奉仕を始めました。

後に さらに大きく神に仕える働き人になりました。


神様への奉仕でほめられた人たちを見ても それが言えます。


献金箱に1番たくさんのお金を入れたとほめられた人物は 金持ちではなく 1番貧しいやもめでした。

彼女にとっては自分に出来る最高の奉仕を主にしました。

自分にある生活費全部を献金箱に入れました。


離れた所で見ていたイエス様がそれを知り 感動しました。


感謝の心が見え、喜んでささげる姿は 主に仕える奉仕の姿です。


イエス様に高い香油を注いだ女性も イエス様にその奉仕のことでほめられました。


主のために自分が出来る大きなことはないと言わないでください。

小さなことのように見えても、それは重要なことです。


小さな奉仕が神の国を広げ、魂を救い、神様を喜ばせます。


裸の者に着るものを与え、病気の人を見舞い、空腹な者に食べ物を与えることも 主に対する奉仕です。

奉仕をする人は与える人で、神の国に投資する人です。


受けることばかり求める人は、与えることを投資だと思っていないです。

とにかく、その人たちは 手元に積み上げようとする人です。


しかし与える人が勝利し、受けてばかりの人は失敗します。

与えられた働きを一生懸命にやった人たちに対して、主はこのように語りました。


【マタイの福音書25章21節】

『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

奉仕によって一番恵まれるのは、奉仕をした “本人” です。

神は絶対に ただ働きをさせる神ではなく、たくさんの利益を与えて下さる神です。


たくさん奉仕をした人は、天国に行くのも楽しみです。

自分のために どのような住まいが用意されているのかが知りたいですね。

どんな報いがあるのかが期待できますね。


働く時間はあまり残されてないです。働ける時に熱心に働いて下さい。


奉仕も喜んでして下さい。


主が注目していますから。
( ̄ー ̄)


2016.11.6
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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幸いの基準

テーマは 『 幸いの基準 』 です

【ルカの福音書6章20ー26節】

イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものだから。

いま飢えている者は幸いです。やがてあなたがたは満ち足りるから。いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから。

人の子のため、人々があなたがたを憎むとき、あなたがたを除名し、辱め、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。

その日には喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。彼らの父祖たちも、預言者たちに同じことをしたのです。

しかし、あなたがた富む者は哀れです。慰めをすでに受けているから。

いま食べ飽きているあなたがたは哀れです。やがて飢えるようになるから。いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから。

みなの人がほめるとき、あなたがたは哀れです。彼らの父祖たちも、にせ預言者たちに同じことをしたのです。

本文では、それぞれ4種類の幸せな人と、哀れな人の姿があります。


この世の価値観から見ると、正反対になりますね。

聖書が言う幸いな人は、世の価値観や世の基準から見ると 哀れな人であり、聖書が言う哀れな人とは、世の価値観や基準では 幸せな人で羨ましい人になります。


イエス様が弟子たちを見つめながら、この話をしたのはなぜでしょうか。

彼らがイエス様に従ってきたのも 世の幸せが欲しくてついて来ました。

この時はまだ彼らの中に 人間的な欲がたくさんありました。


彼らが本当の幸せに気付いて欲しいという思いが主にありました。


今のクリスチャンも幸せの基準が変わらないと信じても、自分が祝福されていることに気付かず、いつまでも満たされない思いで 神には不満、豊かな世の人を見て みじめな思いになるでしょう。


今日は自分が持つ幸せの基準を神の言葉に合わせていきたいと思います。




・4種類の幸いな者




イエス様が語った幸いな人の姿は「貧しい者、飢えている者、泣いている者、迫害されている者」でした。


どうしてこのような人が幸いな人でしょうか。

ある意味、このような人たちは、世の基準から見ると一番哀れな人たちに見えます。


みことばに対する正しい解釈が必要です。


ここに出てくる人たちは貧困で苦しんでいる人のことではなく、霊的な部分において 自分のたましいの貧しさを感じた人であり、神のみことばに対して渇きをもっている人、自分の罪に対して悲しみ、神の国のために苦難を受けている人たちのことです。


この人たちに神様は目を留めます。

そしてこの世の一時的な栄光と富よりも、やがて来る神の国の栄光のために励む人々に永遠の喜びと栄光で報いて下さると神は約束しました。


【第2コリント4章16ー18節】

ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。



・4種類の哀れな者




イエス様が語った哀れな人の姿は「富む者、飽き足りている者、笑っている者、みなの人にほめられる者」でした。


世的に見ると1番幸せそうに見える人たちの姿です。


不足どころか すべてが溢れています。
贅沢です。


しかしなぜ主は彼らを哀れな者と言われたでしょうか?


彼らは神のみこころのままに生きることもなく、一生自分の欲望を満たしながら過ごした人、自分の幸せだけを追求して生きた人、地上に富を蓄えた人たちです。


彼らは主の怒りの日にはすべてを失い裁かれます。


神の価値基準は、この世の基準とはまったく違います。

この世を自分の天国にしている人は永遠の天国には入れないです。


【ヤコブ4章4節】

貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。

世の一時的なものに満足し、それに執着する人は 神の永遠の刑罰を受けます。


神の裁きの前で、その人は自分の貧しさを見て泣くようになります。


クリスチャンにも そのような人が多いので、このような警告がありました。

ラオデキヤにある教会に送ったことばです。


【黙示録3章15ー17節】

「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。

このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。

あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。

気づいて早く悔い改めないと神から言われた “哀れな人” に入ります。


聖徒はこの世に生きています。

ですから選択しなければなりません。


現実的な幸せに満足し、瞬間の喜びで終わる人生を生きるか、それとも神の永遠の栄光を期待しながら生きるかの選択があります。


イエス様が示した人生の祝福は 決して物質的な豊かさと楽な生活ではなく、霊的な神の祝福と内面の豊かな人生の祝福です。


さらに聖書が示す幸いを紹介します。

幸せの基準を変えるために知る必要があります。


【ヨブ記5章17節】

ああ、幸いなことよ。神に責められるその人は。だから全能者の懲らしめをないがしろにしてはならない。

【詩篇112編1節】

ハレルヤ。幸いなことよ。主を恐れ、その仰せを大いに喜ぶ人は。

【ローマ4章7ー8節】

「不法を赦され、罪をおおわれた人たちは、幸いである。

主が罪を認めない人は幸いである。」

【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。

【黙示録22章7節】

「見よ。わたしはすぐに来る。この書の預言のことばを堅く守る者は、幸いである。」

アーメン ( -д-)ノ


2016.7.10
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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神の選びと召しの目的

テーマは 『 神の選びと召しの目的 』 です


【第2テサロニケ2章13-14節】

しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。

ですから神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させてくださったのです。

日本では春と秋に園遊会が開かれます。

天皇、皇后の招待によって、議会の議長、各界の著名人、功績者などが配偶者と共に招かれるので 2千人を超える人々が参加します。


誰でも招かれるのではなく、その時に活躍した人たちが招かれると思います。

招かれた時に、嫌がって断る人がいるでしょうか。

特別な理由がない限り断る人はいないと思います。


むしろ天皇、皇后からの招待だからこそ 光栄と思って喜んで参加するでしょう。


私が思うには まことの天の神に招待されることほど、この世で一番光栄な招待はないと思います。


その価値を知らない人はそうとは思わないでしょうが。


園遊会で天皇と会話をしている人たちを見ると、みんな緊張しているのが見てわかります。


救われた人が いつか天国で神と対面した時はどうでしょうか。

緊張よりは あまりにも嬉しくて言葉も出ないと思います。

想像するだけで心にこみあげてくるものがあります。


神様が私たちを特別に選び、召されるにはどのような目的があるでしょうか?


功績も活動もしていない者たち、罪と咎の多い者をなぜ選ぶのでしょうか。

この世では招かれることもない者たちを 神様が選び召される目的を、私たちは知る必要があります。


知らないと価値が分からず、感謝も出来ず、宝物を持ち腐らせる結果になります。


神様ははっきりとした目的をもって私たちを選んで下さいました。

今回はそのことを伝えます。




1.救いとキリストの栄光を得させるために




今回の本文に そのことが書かれてあります。


神様が私たちを選ぶ目的は たましいの救いを得させるためです。

このことは救われた人ならば皆が知っています。


救われないと誰も神の国に入ることは出来ません。

神の国に入る第一条件は “救われること” です。


神の恵みと福音によって罪人が救われます。

決して人間の努力や力で救いを受けることは出来ません。


神の真理のことばを聞いて 信仰で受け止める時に、神の恵みによって罪赦され、救いを得ます。


そしてキリストの栄光を得させるためです。

人からの栄光ではなく、神の栄光を与えて下さるために召して下さいます。


勝利の行列に私たちを入れて下さいますし、キリストの栄光も与えて下さいます。




2.完全な者、強い者、不動の者とするため




【第1ペテロ5章10節】

あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。

私たちをありのままの姿で選んで下さる神様ですが、ありのままの姿で生きるのではなく、新しい人にするように私たちを変えるために召して下さいました。

これは祝福です。


神にあって私たちは変わります。

それも弱い者ではなく強い者に、完全な者に変わります。

召しの目的です。




3.聖潔を得させるため




【第1テサロニケ4章7節】

神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖潔を得させるためでる。



4.キリストの平和を与えるために




【コロサイ3章15節】

キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。

救われた人はイエス様によって神と和解した人です。


和解した人に与えられるのがキリストの平和です。

罪人にはこの平和がありません。




5.神のしもべとして用いるために




【ローマ1章1節】

神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、

召されたすべての人は しもべとしておのおの主から受けた召命があります。
忠実に従う時に、神は必ずその人に良い報いを与えて下さいます。




6.祝福を受け継ぐために




第1ペテロ3章9節】

悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのですから。

祝福を受け継ぐために召された人は、祝福の種を蒔かなければなりません。


悪を蒔いて祝福を願っても祝福はありません。
蒔いた種が悪いからです。

祝福の種を蒔けば祝福を刈り取ります。


神は このようにすべて良いものを与えるために 私たちを選び、私たちを召されます。


しかし、このことを どんなに人に話してもほとんどの人は関心を示しません。

目に見えるものではないと見向きもしません。

(その人たちは)人からの栄誉ではないと興味も示しません。


ある人は 「そんなものは要りません」 と拒否します。

ある人は知ろうとしません。

また 疑います。
「今は忙しいから いつか考えます」 と言って、神の選びと招待を断ります。


これは本当に愚かな選択だと思います。
自分の祝福を自分で断ることです。


偉い人の招待は 他のことを犠牲にしても喜んで応じる人が、神の招待だけは嫌って断る人が多いです。


このように素晴らしい祝福をどこで得られるでしょうか?

そして、すでにこの召しを受けた人は 召しにふさわしく生き、絶えず神様から受けた恵みに感謝して、さらなる祝福を神から受けましょう。
(・∀・)


2016.5.1
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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信仰が成長しない理由

テーマは 『 信仰が成長しない理由 』 です

【ヘブル5章12節】

あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています。

みなさんは(イエス様を)信じてから何年経ちましたか。

もし5年ならば 5年分成長しましたか?


もし一年に1回聖書を読むとしたら、5回は読みましたか。

5年間礼拝は何回参加しましたか。


1年は52週ありますから、5年ならば260回です。

260回メッセージを聞いて人生に変化がありましたか?
成長しましたか。

神様と親しくなりましたか?


もし信じて20年経つならば、これの4倍になります。

人は20年生きると成人として認められます。


信仰歴20年ならば、信仰成長も大人になっていないといけないですね。


しかし 残念ながら、信仰の成長が1歳、2歳で止まったようなクリスチャンがあまりにも多いのが問題です。


最近そのような姿を見て、私自身がすごく危機感を感じています。

不安になり悲しくなります。


「それで良いの?天国に行けるの?それでは無理でしょう。本当に危ないですよ。」 と言いたくなる人たちが多いです。

しかしその人たちからは まったく危機感が感じられないです。


神を喜ばせるのも、神の国に入るのも “信仰なし”には出来ません。


信仰の年数からして、教師になっていないといけない人が、今 入学したばかりの子どものようであると言われることは恥ずかしいことです。

なぜ何年経っても信仰が成長しないままですか?


今回は、その理由を学びたいと思います。




・信仰生活に無関心




信じた後でも、信仰生活に無関心な人は 信仰生活を“宗教活動“ と思っています。


暇があれば、また 問題があれば教会に行くだけです。

信仰生活が自分のいのちが懸かった生活とは思わないで、他の宗教と同じ感覚で関わっています。


神を愛し、神を求め、神に従うことは考えないので、神との関係がとても希薄です。


神を信じ 信頼しているよりは、“知っている程度” で終わっている人も多いです。


その姿は はっきり言って、まだ回心してない状態です。

すなわち、救われた とは言えないです。


生まれた赤ちゃんがお母さんの乳を求めないでしょうか。

必死に求めて泣き続けます。
そして毎日乳を飲んで成長していきます。

生まれて生きているならば、それは当然の姿です。


信じて救われた人は、霊的に新しく生まれた人です。

生まれ変わった人が神を求めず、神の言葉を食べずに生きていけますか?


神と共に生きる信仰生活に無関心でおられるでしょうか。
それは出来ないです。


神の救いの恵みを受け、生まれ変わった人は、神を愛して神を求めますし、みことばを求めますし、祈りますし、教会にも行きたくなります。


それがないならば、自分が本当に救われたかどうかを確かめてほしいです。

上にあるものを求めずには霊の人は生きることが出来ません。


また初めは関心があったのに、だんだん信仰に無関心になった人は 恵みから落ちた状態です。

“救われたから天国には行ける” と思って適当に信仰生活をします。


みことばも食べず、祈りもせず、礼拝や交わりも “気分次第” ならば、どんどん恵みから離れ、信仰は弱くなり、成長が止まり やがて死んだ信仰になります。


神を愛しているならば、こんな状態にはなれません。


神を愛する心がない人は、信仰生活に対しても無関心になります。

無関心は愛がない状態です。


このような人は悔い改めて初めの愛を回復しないといけないです。

神の恵みを思い出して、その恵みの中に戻らないといけないです。




・肉的なことが優先




霊的なことに関心があり 求める人は、神の国とその義とをまず第一に求めます。


しかし肉的なことが優先な人は、常に肉的なことを考えます。


【ローマ8章5節】

肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。

【ローマ8章8節】

肉にある者は神を喜ばせることができません。

いつも 何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、どうやって楽しむかばかりを考える人、また 人のことばかり考える人、また お金を愛する人、快楽を愛する人など 肉的なことが優先でそれに心も時間も注いでいる人は信仰が成長しません。


その人たちはあらゆる誘惑に遭い、結局は世を愛して信仰から離れて行きます。

教会に通っても肉的なことを優先にする人は、決して神が1番にはなれないです。


その人たちは神様のことも “自分の欲望” のために利用します。

祝福してくれないと文句を言って神を侮辱します。


祈りをしても自分の必要しか求めません。


神の言葉を聞いても実践せず、自分の肉の思いのまま生きているので、いつまでも信仰が幼子のままで成長しません。


肉の思いをみことばで打ちたたいて従わせないと、肉の人のままで、肉から死を刈り取ります。

それで いのちを得ることはありません。


霊から始まり、肉で終わらないようにしなければなりません。




・悔い改めない




信仰生活で悔い改めはとても大切です。


救われたならば 悔い改める必要がないと教える教団や先生がいますが、はたしてそれが正しいでしょうか?

それは間違いです。


悔い改めは死ぬ時までしなければならないです。


イエス様が福音を伝え始めた時に語った言葉が「悔い改めなさい」でした。


“信じなさい” ではなく “悔い改めなさい” でした。


悔い改めなしに救いは もちろん無いです。

悔い改めは罪を捨てることです。
罪から立ち返り、罪から離れることです。


聖書には、「イエス様が過去、現在、未来の罪までも赦して下さったから、悔い改めは最初の1回で終わりだから、後は悔い改める必要がない」 とは書いていないです。

ヨハネの黙示録に、神様が教会に送った手紙にも何度も “悔い改めなさい” という警告が出てきます。

“救われたから何をしても天国に入れる” という発想は捨てた方が良いです。


天国は、汚れた人は入れません。
罪をいっぱい持っている人は入れません。


一度 綺麗に洗っただけで、汚れが2度とつかないでしょうか?

そんなことはありません。汚れは必ずつきます。

ですから再び洗う必要があります。

悔い改めることもその理由です。


しかし罪を愛する人たちは、罪から離れるのが簡単ではないので悔い改めることをせず、自らをごまかしながら「神は愛だから一度救われた者を見捨てるわけがない。」と神を軽く見て、神をバカにしています。


神が罪をどれほど忌み嫌っているかを知らないといけないです。

悔い改めないことは罪を愛する姿です。


それは神を恐れない姿であり、御言葉に逆らう姿です。

罪の中にとどまっているので 信仰が成長することなく、反対に信仰は形だけになってしまいます。




・かたくなな心




この心は みことばを受け入れない心で、自分の考えが何よりも優先です。

神のことばを聞いても悟りを受け入れるのではなく、自分の知識や経験、思いで判断してみことばを退けます。


ですから当然みことばに従順することが出来なくなります。

聞く耳がないので、聞いても聞いてもみことばで成長することがありません。


こういう人は何十年間 教会に通っても疑いと不信仰があるので成長が出来ていないです。


かたくなな人は、自分が1番で高慢なので 真剣に神を知ろうとも思わないですし、学ぶ姿勢もないです。

聞いても心の中で神のことばをさばきます。

自分の思いや考えが神のことばより常に上に立ってあります。


神が恵みを流しても受けることが出来ません。

恵みは上から流れるので、低い所に立っていないと受けることが出来ません。


ですから、低い所にいる謙遜な人が恵みを受けます。


成長は恵みによりますので謙遜な人は恵みの中でどんどん成長しますが、高慢な人は恵みがないので成長出来ません。




・怠慢




成長したい思いはありますが、怠けているので、成長のための努力がないです。

いつも「聖書を読まなければ、祈らなければ、成長しなければ、奉仕もしなければ、何とかしなければ」と “いつもしなければ” と悩んでいますが、結局は「面倒くさい、しんどい、今はしたくない、明日からしよう」と常に言い訳して、後回しにして何もしないです。

このようなタイプもとても多いです。


成長している人を見て“うらやましい” と思いながらも、自分では何もしないです。

何もしない人は成長出来る材料がないので成長が出来ないです。


聖書は「働きたくない者は食べるな」と言われました。

神様は怠け者のことを悪い者と呼んでいます。


それは神の使命も働きもないがしろにするからです。

何もしないで神の恵みを無駄にするので神に嫌われます。


神様は霊に燃えて熱心になるように命じておられます。


私たちの信仰が成長して良い実を結ぶことによって神は栄光を受けますし、私たちは良い恵みと救いを受けて神の国に入ることが出来ます。


救われたならば 自分のために生きるのではなく、神のために生きることが義務です。

成長も義務です。
成長しなくて良いとは神様は語ったことがありません。


反対にキリストの満ち満ちた身丈にまで達するように言われました。

主の再臨が近づいています。


今 成長しないと、いつ成長しますか。

このことをないがしろにすると必ず後悔する時がきます。
ヽ(TдT)ノ

2016.4.10
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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