からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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祝福

豊かになる者と貧しくなる者

テーマは 『 豊かになる者と貧しくなる者 』 です

【箴言28章19、22節】

自分の畑を耕す者は食糧に飽き足り、むなしいものを追い求める者は貧しさに飽きる。

貪欲な人は財産を得ようとあせり、欠乏が自分に来るのを知らない。

コロナの危機と共に世界を襲っているのが経済危機です。

どの国も同じです。


コロナの危機よりもむしろ経済危機のほうが人々の生活を圧迫しています。


そして経済危機はこれからの方が深刻になるので、私たちもその部分に対して考えないといけないです。

この場合も私たち信じる者はすべての解決策を神の言葉の中で探すことです。


神が造った世界の中で生きているから、神が立てた秩序と原理に従うことです。



そのルールに違反して、人間的なやり方で生きると過程もしんどいし、結果も良くないです。


人間の目には愚かに見えても、神の愚かさは人よりも賢いことを覚えて、神の方法でやることです。

そうすると豊かになり、生活が守られます。




豊かになる者はどのような人ですか




 人に与え、人を潤す人は豊かになります

【箴言11章24-25節】

ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。

おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。

【使徒の働き20章35節】

受けるよりも与えるほうが幸いである


 勤勉な者

【箴言13章4節】

なまけ者は欲を起こしても心に何もない。しかし勤勉な者の心は満たされる。

【第2テサロニケ3章10-12節】

私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。

ところが、あなたがたの中には、何も仕事をせず、おせっかいばかりして、締まりのない歩み方をしている人たちがあると聞いています。

こういう人たちには、主イエス・キリストによって、命じ、また勧めます。静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。


 主に拠り頼む人

【箴言28章25節】

欲の深い人は争いを引き起こす。しかし主に拠り頼む人は豊かになる。




貧しくなる者はどのような人ですか




 怠け者

【箴言24章33-34節】

しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまねいて、また休む。

だから、あなたの貧しさは浮浪者のように、あなたの乏しさは横着者のようにやって来る。


 訓戒を無視する者

【箴言13章18節】

貧乏と恥とは訓戒を無視する者に来る。しかし叱責を大事にする者はほめられる。


 勤労もせずおしゃべりだけする者

【箴言14章23節】

すべての勤労には利益がある。おしゃべりは欠損を招くだけだ。


 あわてる者

【箴言21章5節】

勤勉な人の計画は利益をもたらし、すべてあわてる者は欠損を招くだけだ。


 むなしいものを追い求める者

【箴言28章19節】

自分の畑を耕す者は食糧に飽き足り、むなしいものを追い求める者は貧しさに飽きる。


 貪欲な人

【箴言28章22節】

貪欲な人は財産を得ようとあせり、欠乏が自分に来るのを知らない。


むなしいものを求めたり、貪欲な心で豊かになろうとするのではなく、自分に与えられた小さなことに対しても最善を尽くすことが祝福の人生を生きる近道です。


誠実で勤勉な生活は、神が認める知恵ある生活なので、神はその人に必要なものを与え、祝福して下さいます。

アーメン (*・ω・)ノ


2020.8.2
聖日礼拝メッセージ

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どの道を選ぶのか、その結果は

テーマは 『 どの道を選ぶのか、その結果は 』 です

【申命記11章26-28節】

見よ。私は、きょう、あなたがたの前に、祝福とのろいを置く。

もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令に聞き従うなら、祝福を、

もし、あなたがたの神、主の命令に聞き従わず、私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。

まことの神は 人間に祝福だけを、または呪いだけを与える神ではありません。


私たちの前に祝福の道と呪いの道、両方の道を置きました。

どの道を選ぶかは個人の自由です。


ですから、たとえ呪いを受けたとしても選んだ人の責任です。



祝福の道を選んだのに、神が呪うことは有り得ないです。


どの道を選び、何を蒔いて来たかによって返ってくるものが違います。


神は公正で正義の神です。

神は創造主であり、世界の統治者です。


またこのように宣言しておられます。

「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。


この神が、人間に対しては自由意志を与え、自ら道を選ぶようにしました。


個人が選ぶ道もあれば、国が選ぶ道もあります。

個人が選ぶ道によっては個人や家族にも影響がありますが、国が選ぶ道は国民全体が影響を受けます。



今年は中国が選んだ悪い選択によって世界が苦しんでいます。


コロナが出た時にすぐさま対策を立て、世界にも知らせていたら、ここまでひどい事にはなりませんでした。

しかし隠してごまかす道を選んだので、まずは自国民が、次は世界中に被害者が出てきました。


神は公正に、選んだ道に対して刈り取らせる方です。


いま国々で起こっていることを人間的な目で見ると、神様の姿は見えません。


しかし公正な神が働いておられることを信じて見るならば、すべてが起こるべき事が起こったと認めざるを得ないです。




横柄な権力者たちに対して、主はこのように見ておられます




【詩篇2編4-5節】

天の御座に着いている方は笑い、主はその者どもをあざけられる。

ここに主は、怒りをもって彼らに告げ、燃える怒りで彼らを恐れおののかせる。

彼らがどのような結末を迎えるのかを見守ることです。

彼らによって民が苦しめられていることも主は見ておられます。


主の怒りは横柄な権力者たちに向けられます。

彼らが受けるのが祝福か呪いかを注意深く見たいものです。




傲慢な国や国民は祝福を受けるでしょうか、呪いを受けるでしょうか




【イザヤ書14章22-27節】

「わたしは彼らに向かって立ち上がる。──万軍の主の御告げ──わたしはバビロンからその名と、残りの者、および、後に生まれる子孫とを断ち滅ぼす。──主の御告げ──

わたしはこれを針ねずみの領地、水のある沢とし、滅びのほうきで一掃する。──万軍の主の御告げ──」

万軍の主は誓って仰せられた。「必ず、わたしの考えたとおりに事は成り、わたしの計ったとおりに成就する。

わたしはアッシリヤをわたしの国で打ち破り、わたしの山で踏みつける。アッシリヤのくびきは彼らの上から除かれ、その重荷は彼らの肩から除かれる。

これが、全地に対して立てられたはかりごと、これが、万国に対して伸ばされた御手。

万軍の主が立てられたことを、だれが破りえよう。御手が伸ばされた。だれがそれを戻しえよう。」

国々で起こる戦争、飢饉、疫病、自然災害は偶然に起こることではなく、主の前に今まで積み上げられた罪に対する主の呪いであることを知らないといけないです。




神の民でも祝福を受ける者と呪いを受ける者がいます




【箴言1章22-33節】

「わきまえのない者たち。あなたがたは、いつまで、わきまえのないことを好むのか。あざける者は、いつまで、あざけりを楽しみ、愚かな者は、いつまで、知識を憎むのか。

わたしの叱責に心を留めるなら、今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ、あなたがたにわたしのことばを知らせよう。

わたしが呼んだのに、あなたがたは拒んだ。わたしは手を伸べたが、顧みる者はない。

あなたがたはわたしのすべての忠告を無視し、わたしの叱責を受け入れなかった。

それで、わたしも、あなたがたが災難に会うときに笑い、あなたがたを恐怖が襲うとき、あざけろう。

恐怖があらしのようにあなたがたを襲うとき、災難がつむじ風のようにあなたがたを襲うとき、苦難と苦悩があなたがたの上に下るとき、

そのとき、彼らはわたしを呼ぶが、わたしは答えない。わたしを捜し求めるが、彼らはわたしを見つけることができない。

なぜなら、彼らは知識を憎み、主を恐れることを選ばず、

わたしの忠告を好まず、わたしの叱責を、ことごとく侮ったからである。

それで、彼らは自分の行いの実を食らい、自分のたくらみに飽きるであろう。

わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を滅ぼす。

しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。」

祝福を受ける人生のためには、主を恐れ、主を信じ、主のことばに聞き従うことです。


主はその人たちを災いの時にも守り、平安を与えて下さいます。

祝福の道を選んで、その道を歩むならば、結果は祝福です。


しかし主に背いてわざわざ呪いの道を選ぶならば、結果は呪いです。

間違いないです。


どの道をこれから選び、歩みますか?

アーメン ヾ(´ω`=´ω`)ノ


2020.6.19
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神の足し算

テーマは 『 神の足し算 』 です

【マタイの福音書19章27-29節】

そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

先週は神の引き算について学びました。

私たちの中から肉のものを取り除く神の引き算は、私たちを祝福するためのものであることを学びました。


神は引き算の後に、足し算を始めます。

どのような足し算をなさるのかを今回は見たいと思います。



本文でペテロは「私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」と質問しました。


弟子たちは未来の保証と何らかの報いが欲しかったです。

何も得るものがないならば、悲惨な人生になりますね。


主は彼らに明確に何が与えられるかを語って下さいました。



神が私たちに与えて下さるのが “神の足し算” です。

神が下さらないと得られないものが色々あります。


ですから、引き算をする神は 足し算もします。


質問を受けた主は、弟子たちに未来の保証になることばを明確に語りました。


どのようなものが与えられるのかを見たいと思います。

神の足し算の内容です。




人の子が栄光の座に着く時、彼らも十二の座に着いて、イスラエルの十二部族をさばく




弟子たちはこの時、これを霊的に考えたのではなく、世的に考えました。

すなわち主が イスラエルの王になった時に、自分たちも良い地位に就くと思っていたでしょう。


しかし主が与えるものは はるかに価値あるものでした。


主の最後のさばきの時に従って来た者たちも、裁判官としての権威と役割を与えると約束しました。

さばかれる立場ではなく、裁く立場です。


自分たちを苦しめ、迫害した者たちを立場が変わってさばくことは何と素晴らしいことでしょうか。


【ルカの福音書22章28-30節】

けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。

わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。

それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

【第1コリント6章2節】

あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

【ヨハネの黙示録2章26-27節】

勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。

彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。



世のものも豊かに祝福して下さる




捨てた者はその幾倍をも受けると約束しました。

別の福音書のことばにもあります。


【マルコの福音書10章29-30節】

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、

その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。

“幾倍” も “百倍” も満ち溢れることを意味します。

この祝福は迫害と共に受けます。


ものやお金があり余ることが満ち溢れることではないです。


必要なものが必要な時に与えられることが満ち足りる祝福です。


【ピリピ4章17-18節】

私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。

私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。



永遠のいのち



永遠のいのちは神の御国で生きるために得るものですから、御国を相続する祝福もあります。


自分のいのちを捨てた時に、神はそこに永遠のいのちを注ぎます。


物質よりも はるかに価値ある永遠のいのち、神の足し算で最高のものです。


人間が罪を犯して失ってしまった永遠のいのちを 神を信じる者、主のためにいのちを捨てた者たちに与えて下さいます。


【ローマ2章7-8節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。

【マタイの福音書18章9節】

また、もし、あなたの一方の目が、あなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい。片目でいのちに入るほうが、両目そろっていて燃えるゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

永遠のいのちは神の国に入る者に与えられます。



永遠のいのちがない人は永遠の死がある地獄に行きます。

地獄ほど悲惨な場所はないです。


そこに行った人たちが一番欲しがるものは何でしょうか?

永遠のいのちだと思います。



神はもっとも大切なものを迫害されても信じて従う者たちに与えて下さいます。


神の足し算の中にあるものはすべて私たちにとって最も価値あり大切なものです。


価値のない小さいものが与えられていないからと言ってつぶやく人は愚かな人です。

無知な人であり、神のみこころを知らない人です。


最も大切なものを先に受け取らないといけないです。


他のものは神が必要に応じて、必要な時に与えて下さるので忍耐して待つことです。
アーメン ( ・Д・)


2020.2.2
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人生の選択をどう決めるか

テーマは 『 人生の選択をどう決めるか 』 です


聖書にはいろんな人物の人生が書かれているが、もしあなたの人生が書かれるとしたらどう書かれるだろうか?

一度考えてみてください。


今日は聖書を読みながら いろんな人の生き方、信仰の姿を見て、自分自身と照らし合わせてみてください。


(自分が)どういうタイプであるのか ――。

また、どういう風になるべきであるのか。





【箴言31章で語る しっかりした女とは】


箴言は『知恵の書』であり、人生をどのように生きるのか、人生の中で必要な知恵が書かれています。


その一番最後である箴言31章では、「しっかりした女」「すばらしい女」がどんな女性であるのかを書いてある。

実はこの具体的な答えが聖書に書かれてある。


ヘブライ語の聖書は今私たちが持っている聖書の順番と中身が異なっている。


今の旧約聖書は、基本的に時系列に沿って並べられている。

しかし、原語であるヘブライ語の聖書は、聖書をジャンルごとに分けていて、箴言の次に来るのがルツ記である。


つまりは、箴言31章で語る「しっかりした女」の具体例は、実はその次のルツであった。





【3人のメイン人物とその家族について:ルツ記】


今日は そのルツ記を読みながら、3人のメイン人物の生き方とその家族についてみていきましょう。


そして、メイン人物の生き方を見ながら 私たちはどういった生き方が自分たちと近く、どういった姿を目指すべきなのかを見ていきましょう。





【ルツ記1章】

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。

<名前の意味>

  • エリメレク:私の神は王
  • ナオミ:心地よい
  • マフロン:病気がち (“sickly”)
  • キルヨン:虚弱 (“weakly”)
  • ベツレヘム:パンの家

(ナオミたちの立場は)その当時に “未亡人” になるということで、今の時代で言うホームレスと同じ立場。

働くことも家も何もなく、生きるためには社会に頼るしかない。


<ベツレヘムからモアブまでの距離>

110~160kmぐらい離れていて、移動するには1週間はかかった。

その当時は何も連絡手段はないのと、交通手段も整ってはいないので、一度移動するのはとても大変なことでした。





【ナオミ】


ナオミは旦那エリメレクとベツレヘムにいた。


飢きんの際に、神様に選ばれた国を離れ、異邦の地であるモアブに移った。

自分たちの考えでは、ユダを離れ、モアブに行くことで飢きんを逃れられると思った。


しかし、そこで待ち受けていたのは 自分たちが想像していた明るい未来、満ち足りる未来ではなかった。

旦那エリメレクが死んだ。


それから2人の息子、マフロンとキルヨンはモアブ人の妻、ルツとオルパを迎え入れたが、子どもができることもなく、二人息子も死んだ。


ただ、神様からは決して離れなかった。


神様の主権を認め、神様が与え、神様がとられることを信じていた。


どんなにつらくても神様への信仰を捨てはしなかった。


自分の考えで歩むことはあったけれども、神様とは一緒に生きていた。





【オルパ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。

でも姑ナオミが「元に戻ってもいいんだよ」と言われた時に元に戻ることした。


つまり、元の自分がいた場所、家族、友人、知人、そしてもともと自分が信じていた神々に戻った。


一度は「神様と共に歩もうかな」、と思いながらも、自分の元の生活、安定、楽さを選択し、元に戻ってしまった。





【ルツ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。


姑に「引き返しなさい」と言われたが、決して引き返そうとしなかった。


ルツが求めていたのは、自分がもともと住んでいたところ、家族、友人と生きるのではなく、嫁ぎ先で、特に姑ナオミを通して神様を見た。


どんなにつらい思いをしても、旦那を亡くし、息子を亡くしても神様を離れずに、神様が必要を与えてくださると信じて、神様の元に帰ろうとする姑の生き方を見、その姑に一生ついていくことを決め、その生きる神様と一緒に生きることを決めた。


たとえ、異邦の地で誰も知り合いがいなくて、人種差別に会ったとしても、家がなく、その日食べられるものがあるかどうかもわからないホームレスの状態であったとしても、生きている神様、そしてそれを信じる姑と一緒に生きていくことを選んだ。


信仰によって人生を選択した。





【ルツの選んだ人生の結末】


ナオミの親族であるボアズと結婚した。

このボアズのお母さんは、実はラハブであった。


ルツは結婚前に、ボアズから「しっかりした女(ルツ記 3:11)」と呼ばれた。


息子オベデを産み、オベデはエッサイ、エッサイはダビデの父であった。

つまり、ルツはダビデのひいおばあちゃんにあたり、また後にこの血筋から私たちの主イエスキリストが生まれた。


旦那を失い、実の家族や地元の友達とも離れ、家も食べ物も何もないところから、神様はすべてを与えた。

主の家族を与え、旦那を与え、息子を与え、ダビデのひいおばあちゃん、そして主イエス・キリストに続くように祝福された。


何もないところから始まり、信仰で選んだ人生は神様によって祝福されるものとなった。




【あなたの生き方は?】


あなたの生き方は、どの人に一番似ていますか?

そして、どの姿を目指しますか。


人生は毎日大きなことも、小さなことも選択の連続です。


大きいことで言うと、結婚相手を選ぶ時や離婚を考えた時、転職しようとした時や、病気になった時にどのように反応し、どのように生きることを選択しますか。


目に見える範囲で、現実を見て、楽な方、安全な方、この世の人が勧める方に進むのか、それとも神様を中心に信仰で選ぶのか ――。


小さなことで言うと、今日何をするか、仕事に対してどう接するか、家族や友人にどう接するか。



例えば、これから初詣の季節になった時にどうするのか。

仏教徒の家族に墓参りやお寺などで参拝しようと誘われた時、連れていかれた時にどうするのか。


断るのが怖い、周りに悪口を言われたり変な目をされるのが嫌だから、ノンクリスチャンと同じことをするのか。


それとも例え何か言われたとしても、人々に嫌がられたとしても、生きる神と生きることを選択し、信仰で選択をするのか。


しっかりした女はいるか。

知恵ある人はいるか。


神様はあなたの生き方を喜ばれているか。


これからあなたは何を基準に日々の選択をして生きますか。
アーメン (・∀・)つ


2019.11.10
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聖徒の愛の姿

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【ルカの福音書6章27-37節】

しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。

あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。

あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。

すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません。

自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。

自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。

自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、同じことをしています。

返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。

ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。

あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

神が私たちに見せた愛はアガペーの愛です。


私たちが罪から贖われたことも神の愛があったからです。

その愛を受けた聖徒に神が要求するのも アガペーの愛です。


神が要求する聖徒の愛の姿はどのような愛でしょうか。




敵を愛し、憎む者に善を行う愛




【ルカの福音書6章27節】

しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。



のろう者を祝福し、侮辱する者のために祈る愛




【ルカの福音書6章28節】

あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。



自分を愛さない者、自分に良くないことをする者までも愛する愛




【ルカの福音書6章32-33節】

自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。

自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、同じことをしています。



返してもらうことを考えず貸す愛




【ルカの福音書6章34節】

返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。



敵を愛し、返してもらうことを考えずに貸す愛




【ルカの福音書6章35節】

ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。



人に対してあわれみ深い愛




【ルカの福音書6章36節】

あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。



裁かないで他人を赦す愛




【ルカの福音書6章37節】

さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2019.10.20
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イエス・キリストの十字架事件

テーマは 『 イエス・キリストの十字架事件 』 です

【ヘブル12章2節】

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

聖書の核心はイエス・キリストの十字架です。


旧約聖書はイエス・キリストの十字架を啓示し、新約聖書はイエス・キリストの十字架事件が実際に完成したことを見せてあります。


十字架事件は昔、エルサレムで起きた一つの事件で片づけるようなものではなく、神の人類を救う計画と教会、神の国の完成に関する偉大な計画でした。


イエス・キリストの十字架は世界歴史の中心です。

人間が歴史の中心ではありません。


十字架のない宗教はむなしいし、十字架のない宗教には救いといのちはありません。

十字架なしに栄光の冠もありません。



キリストの十字架を正しく悟るならば、十字架こそ人類に神が与えた最高の祝福であることがわかります。


そして信仰によって十字架の祝福を信じるならば、その祝福を受けることが出来ます。


キリストの十字架に関する聖書箇所を読むと、十字架の全貌が見えてきます。




十字架に関する聖書箇所




【マタイの福音書26章2節】

「あなたがたの知っているとおり、二日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」

【ルカの福音書23章26節】

彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

【ヨハネの福音書19章25節】

兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。

【マタイの福音書10章38節】

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。

【マタイの福音書16章24節】

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1ペテロ2章24節】

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

【エペソ2章16節】

また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。

【ガラテヤ6章14節】

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

【へブル6章6節】

しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。

アーメン ヽ(TдT)ノ

2019.4.14
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アブラムから学ぶ金銭管理

テーマは 『 アブラムから学ぶ金銭管理 』 です

【創世記14章17-24節】

こうして、アブラムがケドルラオメルと、彼といっしょにいた王たちとを打ち破って帰って後、ソドムの王は、王の谷と言われるシャベの谷まで、彼を迎えに出て来た。

さて、シャレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。

彼はアブラムを祝福して言った。「祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方、いと高き神より。

あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。

ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」

しかし、アブラムはソドムの王に言った。「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。

糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムに富ませたのは私だ』と言わないためだ。

ただ若者たちが食べてしまった物と、私といっしょに行った人々の分け前とは別だ。アネルとエシュコルとマムレには、彼らの分け前を取らせるように。」

正しい金銭管理が出来ないと 信仰生活も失敗します。

そのため聖書を通して、金銭に対する正しい教えを学ぶ必要があります。


金銭に対する悪い部分は次のことばにあります。


【第1テモテ6章9-10節】

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる, 愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。

ですから聖徒たちは正しい金銭管理をしなければなりません。


模範的な金銭管理が出来た人物がアブラムです。

創世記14章では、まだ名前がアブラハムに変わる前ですから、アブラムの名前をそのまま使います。

アブラムは優れた金銭管理者でした。




神との関係での金銭管理




本文の18-20節には、アブラムが戦いに勝利して帰って来た時に、シャレムの王メルキゼデクが パンとぶどう酒を持って迎えました。


メルキゼデクは いと高き神の祭司でした。

彼がアブラムを祝福した後に、アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えました。


アブラムは、最初に神に十分の一をささげた人物です。


律法で十分の一のことが決まる前に、すでに十分の一をささげました。

命令されたわけでもないのに、なぜ十分の一をささげたでしょうか?


まずは神への感謝でした。



戦いでの勝利は、自分の力だけではなく 神の助けと守りがあったからなので、彼は感謝の気持ちを、十分の一をささげることで表しました。


また十分の一は、“神のものとして聖別” してささげる意味があります。


次の箇所には、十分の一は神のものであると はっきり書かれてあります。


【マラキ書3章8-10節】

人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。

あなたがたはのろいを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでいる。

十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。―― 万軍の主は仰せられる ―― わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

信仰の人ヤコブも、次の箇所で十分の一にふれました。


【創世記28章22節】

石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。」

アブラムがメルキゼデクに十分の一をささげたことは、彼の祭司職を認めたことを意味します。

私たちが神にささげる十分の一は、神がすべての主権者であることを認める意味があります。




隣人関係での金銭管理




隣人との金銭トラブルが原因で起こる事件も多いです。

ですから問題が起こらないような金銭管理が必要です。


今日の本文で、ソドムの王とアブラムの会話で、アブラムの金銭管理が見えます。


創世記14章の前の部分を読んでみて下さい。

自分ならばどうするのかも考えてみて下さい。


戦利品に対して、ソドムの王はアブラムに言いました。

「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」と言われた時に、

アブラムは、「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムに富ませたのは私だ』と言わないためだ。」と言いました。



アブラムは自分が労苦して得ていない物は、受け取りませんでした。

糸一本、くつひも一本ということばを使ったのは、取るに足りない些細なものを象徴しています。


すなわち他人のものに対しては常に潔白であることです。



金や物にルーズな人も多いです。


人のものを平気に取る人や、借りても返さない人、他人の物も自分の物のように使う人など、金銭に対してルーズで 他人に被害を与えることは避けなければなりません。



アブラハムは金銭に対して きちんとしていました。

妻サラが亡くなった時に、ヘテ人に墓地を売るように言ったところ、ヘテ人は墓地をアブラムに差し上げると言いました。

それに対してアブラムは、タダでもらうことを喜んだのではなく、このように言いました。


「もしあなたが許してくださるなら、私の言うことを聞き入れてください。私は畑地の代価をお払いします。どうか私から受け取って下さい。そうすれば、死んだ者をそこに葬ることができます。」



もしアブラムが タダで受けたならば、後で色々な問題が出たと思います。

差し上げた人が、後から惜しむ心が出て、「土地を返してほしい」と言われると、トラブルになります。


アブラムが買った墓地には、アブラハムも息子イサク夫婦も、孫ヤコブとその妻レアも葬られました。

お金を払ったからこそ、その後も墓地を自由に使うことが出来ました。


自分のものでない物に対しては 欲を出さず、欲しがってはいけないです。


十戒の10番目にあることばです。


【出エジプト記20章17節】

あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」


金を愛した取税人 ザアカイは、イエス様に出会ってから金銭感覚が180度変わりました。

騙して他人のものを取って金持ちになった人が、イエス様に出会ってからは 次のようになりました。


【ルカの福音書19章8節】

私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」



家族や親類での金銭管理




親子、兄弟、親戚の間で、お金や財産のトラブルは ますます増えてありますね。


親子関係でも、介護は嫌がるのに、財産は欲しがる者がとても多いです。

本当に醜い姿です。他人よりもひどい姿ですね。財産を一人占めしようと企んでいる人もいます。




皆さんはどのような金銭管理をしていますか?

また、もしトラブルがあった時にはどうしますか?



アブラムが取った行動から学びます。

おいロトとの間に問題が生じました。


アブラムもロトも祝福されて持ち物が多くなり、一緒に住むには場所が狭くなりました。



家畜の牧者たちの間にも争いが起こりました。

その解決策として、アブラムはおいロトに次のような提案をしました。


【創世記13章8-9節】

「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。

全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」

アブラムは、相手に譲歩し、相手のことを優先しました。


これは一見、損しているように見えますが、長い目で見ると、決して損することはありません。

2人の結末を見ても分かります。


先にソドムを選んで行ったロトは、ソドムが滅ぼされる時に すべての財産を失いました。



アブラハムはどのようになりましたか?

アブラムのしもべの証言です。


【創世記24章35節】

主は私の主人を大いに祝福されましたので、主人は富んでおります。主は羊や牛、銀や金、男女の奴隷、らくだやろばをお与えになりました。

ロトには何も残らなかったですが、アブラムは死ぬ時まで祝福されて豊かでした。


欲張りは神からも人からも嫌われます。その結果、大切な人たちを失います。

そして人生の結末も良くないです。



お金をたくさん持っている人が幸せな人ではなく、お金が人を幸せにするのでもないです。


豊かな心を持つ人が幸せな人です。


人との関係を大切にする人が長く祝福されますし、人の益になることを先に考える人が神から祝福されます。


目先の利益に目がくらむ人になってはいけません。

神は金銭に対するテストもします。


箴言にも、レビ記の中にも、金銭に対する教えが多いので学びましょう。
アーメン (*・ω・)ノ


2019.1.20
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アブラハムから学ぶ従順する信仰

テーマは 『 アブラハムから学ぶ従順する信仰 』 です

【創世記22章1-14節】

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。

神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。

それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る」と言った。

アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。

イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。

私たちが直面する多くの問題の原因になるのは、神に対する不従順の罪です。


神のことばに素直に従えば発生しなかった問題のほとんどが、神に従わなかったことが原因で発生します。

今まであった問題や苦難には、自分や家族の誰かの不従順の罪があったことを否定出来ません。



ですから問題の解決を願うならば、不従順の罪を悔い改めて 心を入れ替え、従順する人にならなければなりません。


アブラハムは 私たちに従順の模範を見せてくれた “信仰の人” です。

従順とは何かを見せてくれました。



創世記22章は、アブラハムにとっては人生最大の試練の時でした。

とんでもない大きな問題が降りかかって来ました。

それも、神から直接来た試練なので、神に助けを求めるわけにもいかなかったです。


神にも相談出来ないからといって、人間に相談しても解決するわけがないです。


このような大変な試練をどのように乗り越えたのかを見ると、そこにあるのは “神への従順” でした。




神のことばに対して 一切つぶやかず従順したアブラハム




アブラハムが神から受けた命令は、到底 理解も納得も出来ない命令でした。


「自分の子を全焼のいけにえとしてささげなさい」 と命令されたら、私たちはどうしますか?


まずは自分の耳を疑い、神ではなくサタンからだと思うでしょう。

「神がそんなことを言うはずがない」と思うのが当然ではないでしょうか。


そこから様々な思いが巡り、それを神にぶつけるのが普段の私たちのやり方です。



しかしアブラハムは違いました。

私たちは自分の思いと神の思いが違う時には、いつも不従順の道を選びます。

不従順の習慣が根強く残っているからです。


しかしこの時のアブラハムの辞書には、“不従順” という文字がなかったと思われます。

一言も言わず、彼は従順しました。


信仰の土台は神のことばです。


そして生きた信仰は、みことばへの従順です。

神のことばに有無を言わなかったのがアブラハムでした。




従順の実践が早かったアブラハム




アブラハムは神の命令があった翌朝、すべての準備をしてイサクを連れて、神が示す所に出かけて行きました。


アブラハムが感情もない石のような心の持ち主でしょうか?

また、息子を愛さないお父さんでしょうか?



アブラハムにとってイサクは愛してやまない存在でした。

また神の約束の子で、100歳の時に生まれた かけがえのない存在です。


神の命令に従うにしても、神に「しばらく息子と過ごす時間を下さい」とお願いするのが平凡な人たちの願いだと思いますが、アブラハムには そういうことがなかったです。


命令にはすぐに従うと思っていたのでしょう。

そして息子と共に時間を過ごしたら、きっと神に従うことは出来なくなると思ったでしょう。



従順を遅らせると、必ず誘惑するものが近づいてきて誘惑します。

サタンはいつもチャンスを狙って近づきます。


私たちが迷う時、モタモタしている時に、甘いことばを持ち込んできて、従順出来ないように邪魔をします。


これに引っかかる人が実に多いです。

アブラハムは惑わされないために、また不従順を警戒して すぐに実行に移したと思います。



従順は後回しせず、すぐに実践することです。


「神様を信じなさい」と言っても、「いつか信じます」と言う人は なかなか信じません。


しかし決断する人は、その時から信仰が芽生えてきます。

従順は早ければ早いほどしやすいです。


遅れれば遅れるほど 従順出来なくなります。



怠け者で不従順が身についているならば、その命令さえも忘れてしまいます。

行いが伴わない信仰は “死んだ信仰” です。

死んだ信仰がその人を救いますか?


すぐ従う人に神の祝福があります。




アブラハムは盲目的に従順したのではなく、疑わず確信をもって従順しました




この信仰はこの出来事の前からアブラハムにありました。

100歳の時に子どもが生まれると聞いた時、アブラハムが見せた信仰です。


【ローマ4章20-21節】

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。

そしてその信仰通り 100歳の時に、息子イサクが生まれました。

そして、「その息子をささげなさい」と言われた時にも、アブラハムには別の信仰の確信がありました。


それは、“神には神の良い考えがある” と疑わずに確信していました。



イサクが「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

と聞かれた時に「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」と答えました。


人間的には、アブラハムは息子を全焼のいけにえにしなければならない現実が苦しくて心を引き裂かれる思いがあったと思います。


しかし、そのことよりも上に置いたのが神への従順、神への愛、神への信頼でした。



偉大な信仰は、平凡な生活の中で生まれるものではないです。


激しい試練の中で、神を疑わず信じて行動する時に生まれるものです。


偉大な信仰は、誘惑に勝利した信仰です。

神のことばを守り抜いた信仰です。


このような信仰を見て、神は共にいて下さり祝福を与えます。



従順したアブラハムに神がかけた言葉は,本当に祝福の言葉でした。


【創世記22章16-18節】

わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、

わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。

あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」


不従順の罪を捨てて、アブラハムの従順の信仰を学びましょう。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.12.2
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災難を新しい挑戦のチャンスに

テーマは 『 災難を新しい挑戦のチャンスに 』 です

ハレルヤ。

主の恵みと守りが、今日もありますように祈ります。


災難を新しい挑戦のチャンスだと考えたことがありますか?


地震や火災、また戦争などによって建物が破壊され、がれきの山になり、灰になっている姿を見ると、ため息が出ますし、悲しくなり辛くなり、絶望的になります。


しかし、ある人たちは災難を新しい挑戦のチャンスだと思って立ち上がります。



1941年、発明家であるトーマス・エジソンの実験室で火災が発生しました。

それによって数知れないほどの多くの道具と彼が長い間力を注いで研究した資料などが すべて燃えてしまいました。


彼の息子チャールズが走っていくと、
父エジソンは、恐ろしい勢いで燃えている実験室を見ていました。


びっくりしたチャールズに、エジソンは こう聞きました。

「ママはどこにいるのか?早く探して、こっちに連れてきなさい。

こういう光景は2度と見ることが出来ないから。」


その翌日、彼が夢と希望が灰に変わってしまった姿を見て、こう語りました。


「破壊は何と有益なものであるのか。私たちが間違ったものを灰にしてしまったから、神様に感謝します。私たちは再び挑戦をします。」


開かれた意識の所有者が 災難を受けた時、こういう態度を取るのを通して、本当の信仰がどういうものであるのかも見せてあります。






ヨブも すべてのものを失った時、彼の本当の信仰を神様に見せました。


子ども10人を亡くしました。

財産もすべて失くしました。


しかし、彼はその中でも一言も不平不満を言わずに、そういうものに対して執着心を見せませんでした。

その中でも神様に感謝を捧げ、神を礼拝し、神様を求めました。


その災難の中で、彼が絶望だけしていたならば、どういうことになったでしょうか?

ヨブの妻は、彼にひどいことを言いました。


「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか?神をのろって死になさい。」


ヨブがこの災難を新しい挑戦の機会だと思わないで、
絶望的な目で見たならば、その言葉を聞いて、自殺したかも知れないです。


しかし、ヨブはそういう思いを持たず、新しく挑戦しました。

信仰によって再びはじめました。


そうすると神様は、彼に以前よりも2倍の祝福を与えてくださいました。



私たちにも様々なことが起こると思います。


しかし、私たちはどんな時でも、それを新しい挑戦のチャンスだと思って 立ち上がるならば、神様が道を開いてくださいますし、力を与えてくださいますし、祝福も与えてくださいます。
アーメン (*´∇`*)


2017.10.1
3分テレフォンメッセージ

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一年間の総決算

テーマは 『 一年間の総決算 』 です

【ルカの福音書12章16-21節】

それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。

そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』

そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。

そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』

しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』

自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

一年があっという間に過ぎたと みんなが言います。

そして一年間 何をしたのかよく分からないとも言います。


今日が今年の最後の日です。


今年をどのように締めくくり、新年を迎えるのか、この時間 考えようと思います。

一年間の総決算ですが、二つのことでの決算をしてみます。


まずは “地上に蓄えたもの” と “天に蓄えたもの” で考えます。


本文でも神様は、二つのもので金持ちの財産の決算をしました。



この金持ちは地上での決算はすごい黒字でした。

豊作でしたので すごく祝福されました。


地上に蓄えたものは、その人の汗と努力の結果で得たものですから、それも素晴らしい祝福です。

それは私たちの生活を豊かにするために神が与えた祝福です。


天に蓄えることは 私たちが神のみこころに従って、私たちがささげるすべてのものです。


これは地上での生活を敬虔に恵み豊かなものにします。


そして、それは神が喜ぶものであり、天に宝を積むことです。


【ルカの福音書12章33-34節】

持ち物を売って、施しをしなさい。自分のために、古くならない財布を作り、朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。そこには、盗人も近寄らず、しみもいためることがありません。

あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです。

困った者、貧しい者、助けが必要な人々に施しをしても 返してもらうことはないですが、それは天に宝を積むことになります。


神ご自身がその人を祝福します。

それは主の約束です。


【マタイの福音書25章40節】

すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』

ここの王はイエス様です。

その人たちに与えられる祝福が素晴らしいです。


【マタイの福音書25章34節】

そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。

私たちは どれほど主のためにささげ、主のために働き、また多くの人々に善行を行ったでしょうか。


預金通帳にお金が増え続けることが喜びでしょうか?

神に対して富まない生き方で満足していますか。


それとも 天に宝を積み上げることが喜びでしょうか?


ある人たちは「金持ちになってからにします」と言う人がいます。

主は それが言い訳であることを知っているので、持ち物を売って、施しをしなさいとも言われます。


次の箇所に模範になる人々がいました。

彼らは地上には何も蓄えていないですが、天にはたくさんのものを蓄えました。


【第2コリント8章1-5節】

さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。

苦しみのゆえに激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、

聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。

そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。





もう一つ決算すべきものがあります。


それは、どれほど多くの愛と励ましと理解のことばを一年間残したでしょうか。


ある人たちは一年間、他人への非難と誹謗中傷をたくさん残したかも知れません。

それは必ずその自分自身に返って来ます。


すでに悲惨な結果を見た人もいると思います。

いま受けていなくても、いつかはそれが自分に返ってきます。


人間関係を壊し、信用を落とし、そして恥を受けます。

ですから今からでも悪口や非難したことに対して謝らないといけないです。


「すみませんでした。」「私が悪かったです。」
もしそれを実行に移さず、そのままにしておくならば 自分の心とたましいを どんどん病気にしていきます。


もし直接、言いにくいならば 主の前に出て告白して下さい。

罪を悔い改めて下さい。


そして以後、愛と励ましと理解のことばで満たして下さい。

一人一人 考えてみて下さい。


一年間 天にどれぐらい蓄えたのか、そしてどれくらい人に対して愛を示してきたのかを考えて下さい。


これは毎年 私たちが心掛けないといけないことです。
(。・ω・)ノ゙



2017.12.31
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