からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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祈り

実を結ばない者にならないために

テーマは 『 実を結ばない者にならないために 』 です

【テトス3章14節】

私たち一同も、なくてならないもののために、正しい仕事に励むように教えられなければなりません。それは、実を結ばない者にならないためです。

神様が私たちの罪を赦して下さったのも たましいを救って下さったのも、私たちが良い実を結んで神に栄光をささげる者にするためです。


もちろん私たち自身も良い実を結ぶことで神にほめられ、神様から素晴らしい報いを受けます。


神様は私たちがどんなにきれいごとを言っても、へつらいのことばを使っても、それに惑わされる方ではなく、私たちが結んだ実を見て、私たちが何者なのかを評価します。


主から恵みを受けながらも、良い実を結んでいない人に対しては、厳しいさばきしかないので注意しなければなりません。


テトス3章では、実を結ばない者にならないためにはどうすべきかを教えています。




従順する者になる




救われていない時は 神が期待するような実はありませんでした。

その時の状態が悪かったからです。


【テトス3章3節】

私たちも以前は、愚かな者であり、不従順で、迷った者であり、いろいろな欲情と快楽の奴隷になり、悪意とねたみの中に生活し、憎まれ者であり、互いに憎しみ合う者でした。

良い実を結ぶことが到底出来ない状態でした。


ですから実を結ぶために、神のことばに従順する者になれば、自然と良い実、聖霊の実を結ぶことが出来ます。


以前の生き方を変えないならば、良い実を結ぶことは不可能です。




すべての良いわざを進んでする




良いわざに励むことを心がけるようにすることです。


【テトス3章1節】

あなたは彼らに注意を与えて、支配者たちと権威者たちに服従し、従順で、すべての良いわざを進んでする者とならせなさい。

【テトス3章8節】

これは信頼できることばですから、私は、あなたがこれらのことについて、確信をもって話すように願っています。それは、神を信じている人々が、良いわざに励むことを心がけるようになるためです。これらのことは良いことであって、人々に有益なことです。

【テトス2章7節】

また、すべての点で自分自身が良いわざの模範となり

主は信じる者たちに対して次のように語りました。


【マタイの福音書5章13節、14節】

地の塩です。世界の光です

と言われました。

また、このようにも語っています。


【マタイの福音書5章16節】

あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

良いわざに励んだ模範的な人がいました。

その人はコルネリオという百人隊長です。


【使徒の働き10章2節】

彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていたが、

【使徒の働き10章22節】 には “ユダヤ全国民に評判の良い人” と評価された人です。

神の目に留まった良いわざを行っていた人でした。


神はわざわざペテロを送って彼を祝福しました。

ユダヤ全国民に評判が良いとはすごいことです。




すべての人に優しい態度を示す者になる




【テトス3章2節】

また、だれをもそしらず、争わず、柔和で、すべての人に優しい態度を示す者とならせなさい。

残念ながら、私たちは まだまだこういう態度が足りないです。


古い人が出てくる時が多いし、優しく出来ない時も多いです。

ですから、努力して自分自身の態度を変えていかなければなりません。


心の中にある苦い根と雑草を取り除いて 心の畑を良い地にしない限り、良い実を結ぶことは出来ないと思います。




無益でむだなものを避けること




口数が多ければ多いほど、高慢であればあるほど、無益でむだなことに時間を使います。


聖書では無益な例をあげています。

『 愚かな議論、系図、口論、律法についての論争、空想話、悪口、噂話 』


これらのことを避けて、良いわざに励む時に 主が期待する実を結ぶことが出来ます。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.8.12
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必ず代価を払うようになる

テーマは 『 必ず代価を払うようになる 』 です

【マタイの福音書13章18-23節】

ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。

御国の言葉を聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。

また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。

しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間、そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。

ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」

本文の種まきのたとえは知っていると思います。

今日は「必ず代価を払うようになる」とテーマを決めました。


良い実を結んだ人とは関係なく、良い実を結ばなかった人に対するメッセージです。


畑は、人の心を現してあります。

四つあるので四つのタイプの人が出て来ます。


その中で良い実を結んだ畑は一つだけで、ほかは悪い実を結びました。

良い実がない人は、すべて悪い実を結んだことになってあります。

良い実を期待したのに、期待する実がないことは主の目に悪い者です。


良い実を結んでいない三つのタイプの人は「時を逃した人」と言えます。

神が与えた恵みの時をすべて逃した人と言えます。


良い実を結んだ人は「時を知り、時を生かした人」です。



私たちの人生は与えられた時間だけです。

その中ですべきことをしなければなりません。


実を結んでいない三つのタイプの人の共通点は「時を逃した人たち」ですが、
彼らはどのような時を逃したでしょうか?






  • 悔い改める時があったのに 悔い改めをせず時を逃しました

  • 愛する時があったのに、愛することをせず時を逃しました

  • 赦す時があったのに、赦さずに時を逃しました

  • 福音を伝える時があったのに、福音を伝えませんでした

  • 聖霊によって祈る時があったのに、祈りをしませんでした


なぜ時を逃してしまったでしょうか?

問題は彼らの心にありました。


心によって 神との関係、人との関係、環境も信仰も結ぶ実も変わってきます。


どんなに良いものでも 悪い心の中に入れると、悪いものになってしまいます。

悪い心で良い実を結ぶことは絶対に出来ないです。


私たちの心に傷と苦い根と憎しみ、妬み、争い、劣等感、被害意識、偽り、淫乱、つぶやきなどあらゆる汚いものが満たされてあると、それは悪い心で、そこから聖い信仰も良い実も出ることはないです。


主は最初から「自分を捨てなさい。」と言われました。

このような悪い心を捨てなさいという意味です。


まずは捨てることです。

捨てないならば、その心に愛と聖である主は住むことが出来ません。


悔い改めることは、心にある汚いものを捨てることです。

汚い所に良いものを入れても、悪いものに染まってしまいます。


十字架の前に出て、自分を否定することは、自分の心の中を空っぽにすることです。


肉の思い、偏見、汚い思いを捨てて空っぽにするならば、主はそこに主の愛と赦しと恵みを入れて下さいます。


心に悪いものを貯めた状態で信仰生活をするならば、救いの完成に至ることはありません。





悪霊の例を挙げます。


悪霊はイエス様のことをよく知っていました。

そしてみことばもよく知っていましたし、恐れていました。

「あなたこそ神の子です。」とも言いました。


(悪霊は)救われたでしょうか?

―― 救われていないです。


なぜでしょうか?

悪霊は絶対に悔い改めないからです。


そして自分の過ちも知らないし、愛さず、赦さず、相変わらず自分の悪い思いが要求するまま行動します。

悪い実しか結んでいないです。


ですから永遠の滅びしか残されてないです。



もし自分で信仰があると言い、賜物を使って働いたと言っても、心の中に悪い思いを持ったままなら、救われていない悪霊と同じ扱いを受けるようになります。


神が与えた時を逃し、すべきこともせず、自分の思いのままに生きた人たちに 神は代価を払わせます。


良い実を結んだ人は、すでに主が十字架で代価を払って下さったので払う必要がありません。


しかし悪い実を結んだ人たちに対しては厳しい代価を払わせます。

死んだ後に必ず代価を払わせますが、生きている時にも代価を払う時があります。


次の箇所は代価を払う姿です。


【マタイの福音書7章19節】

良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。

【マタイの福音書7章22-23節】

その日には大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

【ヨハネの黙示録20章13-15節】

海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名の記されていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

これからの時代でも代価を払う時が来ます。

今は終わりの時代です。


終わりの時代に定められてあるのは、携挙と7年の大患難、そして主の再臨と裁きです。


三つのタイプの人たちは、残念ながら携挙されません。

地上に残されて大患難を受けます。


ノアの時代のように箱舟の戸が閉められた後に、外に残されて大洪水でいのちを落としました。


主と携挙された人たちは 婚礼の祝宴に入りますが、祝宴の戸が閉められて外に残された人たちは、大患難の中で代価を払わなければなりません。


キリストの苦難の十字架によって もたらされた永遠のいのちと救いを軽く考え、ないがしろにした代価を払わないといけないです。


大患難の中で耐えられるでしょうか?

火のような試練の中での信仰生活はほぼ無理です。


結局サタンの奴隷にされ、サタンが受ける同じ扱いを受けます。


時が少ししか残されていません。

時を知り、時を生かしますか?


それとも時を逃して自分の思いのままに生きますか?


今は決断の時です。 ( -д-)ノ


2018.6.3
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聞かれる祈りの内容

テーマは 『 聞かれる祈りの内容 』 です

【詩篇66編18-20節】

もしも私の心にいだく不義があるなら、主は聞き入れてくださらない。

しかし、確かに、神は聞き入れ、私の祈りの声を心に留められた。

ほむべきかな。神。神は、私の祈りを退けず、御恵みを私から取り去られなかった。

自分の祈りが いつも聞かれると、「祈りなさい」と言われなくても聖徒たちは喜んで祈ると思います。


しかし、祈っても聞かれない祈りがあると 神様は教えて下さいましたので、祈る前にそれを点検して祈りを始めることです。


聞かれない祈りには原因があります。

≪ 快楽のための悪い動機、不義、利己的、疑い、不信仰、不従順、高慢、不人情 ≫


それでは聞かれる祈りのためには、正しい動機はもちろんですが、祈りの内容も大切ですので、今回は “聞かれる祈りの内容” を話します。




私の罪、咎が何かを悟らせて下さい




自分の「罪、咎、過ち、不義」が何かを知るための祈りです。

私たちは弱い人間ですから、時々試みにあって罪を犯します。


ですから、悔い改めて “神の赦しを求める祈り” が必要です。

罪があるのに 罪を認めない人の祈りは聞かれません。


【第1ヨハネ1章10節】

もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。

罪を認めるダビデの祈りは、主が聞いて下さいました。


【詩篇51編3-4節】

まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。私の罪は、いつも私の目の前にあります。

私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行いました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます。

罪を認める人と認めない人がいます。


人間は なかなか自分の罪を認めようとせず、そこから目をそらし、隠そうとします。


それは罪を育てる危険なことです。


反対に 罪を明るみに出して、悔い改めて罪の赦しを受けるために罪を悟らせて下さいと祈る必要があります。


人と動物の違いは何でしょうか?

自分の罪、咎、過ちを悟り、恥を感じながら悔い改めることです。


いつも主の前に出て罪を告白し、赦しを求める者になりますように。




主の御心がなるように




主を信じ、主の栄光のために生きる と言いながら、主の御心に従って歩んでいない時がとても多いです。


神のみこころと自分の思いがぶつかった時に、主のみこころに従わず、自分の思いを通そうとしたことはありませんか?


主の御心から離れて 自分の思いのままに生きたことで様々な問題が生まれ、心が荒れ果てます。



自分の自我、高慢が打たれ、御心に従う者になれるように祈ることです。


主の十字架の上に自分の思いを釘づけ、主の御心に従うことです。

主はみこころがなるように祈る時に 聞き入れて下さいます。


イエス様は十字架にかかって死ぬ日が近づいた時にこのように祈りました。


【マタイの福音書26章39節】

それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。

主の十字架に自分の思いを釘づけ、私のいのちの限り、主の御心に従います。
アーメン。




聖霊で満たして下さい




聖霊に満たされないと、聖霊の導きを受けることも、聖霊のみこころに従って歩むことも出来ません。


私たちの自我は肉の欲望を求めようとしますが、聖霊は私たちに益になることを教えます。

聖霊に対して主はこう語りました。



【ヨハネの福音書15章26節】

わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。

【ヨハネの福音書16章7-8節】

しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。

その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。

聖霊はこのように 真理について、罪について、義に対して、さばきについて私たちに教え、主のみこころを教えて下さいます。



私たちは自己中心に生きようとしますが、神は 私たちが神中心に生きることを願っておられます。


そのためにも聖霊に満たされる必要があります。


また正しい信仰で、教会生活、祈りの生活、奉仕生活を送るためにも 聖霊に満たされなければなりません。


主よ。いつも聖霊で満たして下さい。
私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくして下さい。あなたの聖霊を私から取り去らないで下さい。
むしろ聖霊で満たして下さい。アーメン。




良い実を結ばせて下さい




主が私たちに期待することは、良い実を結ぶことです。

実を結ばないものは取り除くと言われました。


【ヨハネの福音書15章2節】

わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。

【ヨハネの福音書15章5-6節】

わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。

聖徒が良い実を結ぶことは必須です。


主にとどまっているならば、聖霊の光と恵みの雨によって 豊かな実を結ぶことが出来ます。


自分の力では良い実を結ぶことは不可能です。

良い実を結ぶために時に適う恵みを主に求めます。


主よ。豊かな実を結ばせて下さい。良い実を結ぶようにして下さい。
アーメン。


祈りが聞かれた時はいつでも感謝の心から主に賛美をささげます。
( ´∀`)つ


2018.3.11
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みこころを求める者になりましょう

テーマは 『 みこころを求める者になりましょう 』 です

ハレルヤ。

今日は主の前に出て、霊とまことを持って礼拝を捧げていきましょう。


神様は今もこの地上で、あらゆることをしております。


啓示でみことばを語り、そしてその通りに行う神様です。

新しいことも神様は今、やっております。


神様は 何かをなさる時に、まずその働きをさせる人に対して、神様は語ります。


洪水で この世を滅ぼす時も、突然 洪水が起こったのではなく、ノアに語りました。

ソドムとゴモラの町を滅ぼす前に、アブラハムに語りました。

ミデヤンをやっつける時も、ギデオンに先に語ってくださいました。


異邦人のたましいを救うために 使徒パウロに会い、彼に異邦人宣教のことを語りました。


ですから、私たちは神の働きをしたいという良い目的を持った時に、
自分の心のままにそれを始めてはいけないです。






ずっと前に、私が平信徒の時、神戸のある教会にいましたけれども、
牧師は「大阪に教会を開拓したい」ということを語りました。


しかし、それは神のみこころでもなく、牧師の欲から出たことがよく分かりました。

それで牧師先生に、そのことを語りました。


しかし、そのことで先生からは厳しく叱られました。

「教会を建てることが、何が間違っているのか。神様が喜ばないはずがないんだ。」



牧師先生は、神様のみこころを聞いたわけでもなく、無理して教会を開拓しました。


その結果、教会の中には多くの問題が生まれるようになり、教会の中で聖徒同士が大きな声で喧嘩することもあり、
結局その教会は、続けることが出来なくなりました。






良い目的と、ビジョンを持つことは良いです。


しかし、それよりももっと重要なことは、神のみこころを知ることです。


神様は、美しい人よりは良い人をもっと喜びます。

良い人よりは真理に従う人を神様はもっと喜びます。



みことばと祈りを通して、主の御声を聴き、神様が願う正しい道を歩むことを、神様は一番喜びます。


自分の計画のままにやると、自分も周りも教会も 害を受ける時があります。

状況が悪くなる場合がたくさんあります。


神様が自分の計画に合わせることを期待するのではなく、
自分が神様の計画に合わせていかなければならないです。



神の御声を聴き、そのみこころに従って行うならば、
神様はその人を喜び、その人を通して 様々な働きをするということを覚えて、
いつも神様の前に出て、みこころを求める者になりましょう。
アーメン (・∀・)つ


2017.3.19
3分テレフォンメッセージ

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礼拝を捧げていますか

テーマは 『 礼拝を捧げていますか 』 です

ハレルヤ。

主の恵みと平安を祈ります。


皆さんは毎日、主に礼拝を捧げているでしょうか。

賛美をささげているでしょうか。


祈りをしていますか?
みことばを読んでいますか?


それをしているならば、その人は主に礼拝をささげている人です。


賛美も祈りも、主が喜ぶことです。

私たちの心を主に向けることです。


賛美をたくさん捧げると、自然に口から賛美が流れます。

それによって、いつも主に礼拝を捧げることができます。


歩きながらも賛美するならば、主に礼拝を捧げている姿です。


最近は毎日、10曲の賛美を捧げています。


1ヵ月以上それを続けています。

始めて良かったと思います。


なぜなら自分の中に賛美がとどまるようになり、自然に心の中から賛美が出るようになりました。


祈りたいのに、祈りができない時は、サタンの攻撃を受けています。

サタンが祈りを妨害しています。


その時は祈るのをやめるのではなく、賛美を大きな声で歌ってみてください。


主の前に出て、賛美を歌い続けていく時に、サタンは追い出されていきます。

そうすると祈りができる霊の状態になります。


主は賛美の中におられる方ですから、賛美の中で働いてくださいます。

救われて間もない時に、イエス様に対する感謝と嬉しい気持ちがいっぱいでした。


その時よく歌った賛美がありました。

聖歌ならば、284番です。


主イエスを想う時、私はいつも韓国語でその賛美を歌っていました。


賛美を口ずさみ、みことばをいつも口ずさむならば、
自分の心を守ることもできますし、神様が喜ぶ礼拝も捧げることができます。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2015.3.9
3分テレフォンメッセージ

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家族の救いのための祈り

テーマは 『 家族の救いのための祈り 』 です


家族の中に、まだ救われていない人がいて、救いのために祈る人は多いと思います。

私自身も兄弟の中に、まだ救われていない家族がいるので、そのために祈っています。


家族が救われるために、いくつか参考になることを伝えます。



まず、伝道は主の命令であることを覚えましょう。

イエス様がクリスチャンに与えた最高の命令は伝道です。


伝道は全世界より尊いたましいを救いに導いて、永遠のいのちを得させることだからです。


自分だけ救われて、家族の救いにはまったく関心がないクリスチャンも今まで見てきました。


それは神様の命令に背くことです。


必ず家族にも伝道しなければなりません。



家族に対する私たちの目標は、神の栄光であることを知りましょう。

神様が私たちをクリスチャンにしたのは、神の栄光のためです。


神様が家族を救うのも、神の栄光のためです。



私たちは家族に対して嫌な思いがあると、「救われなくても良い」という思いまでしますが、それは自分の個人的な感情であって、神のみこころではありません。


神は誰一人、滅びることを願いません。

むしろ皆が救われることを願っています。


家族が救われることに対して、確信を持ちましょう。


家族は神の約束によって救われることがあります。


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」


このことばを覚えましょう。





イエス様を信じたことで、ご主人から激しい迫害を受けた婦人がいました。

聖書は火の中に投げられ、出られないように髪の毛も切られ、暴力も受けました。


しかし、その婦人はそれでも台所で泣きながら、夫の救いのために祈り続けました。


ある時、その祈りが夫の心に深く刺さりました。

それから一緒に教会に行き、誰よりも熱心な信徒になり、奥さんをとても大事にする旦那に変わりました。





家族の救いのためには、絶えず祈ることが必要です。


人間の罪が、サタンの妨害があるので簡単に導かれないことも多いです。


ですから霊的戦いのための祈りも必要です。
絶えず祈ることです。




また、伝道に対する落胆は、神のみこころではありません。

落胆する人は、神のみこころを成し遂げることができません。


祈りはじめたものの、答えがすぐ無いことで、失望して祈らなくなる人も多いですが、 落胆せずに祈ることです。


家族の前に、変えられた姿を見せることです。


信仰は聞くことから始まるので、聖書のことばを家族によく語るようにしましょう。


また、聖徒たちの集まりに家族を招待することも良い方法です。

神の家族に触れることで、心が変わることがあります。


そして家庭の中でも神を礼拝してください。


家庭の中に神が働くようにするのも、家族の 救いのためです。
(・∀・)つ


2016.8.27
3分テレフォンメッセージ

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勝利の三つの要素

テーマは 『 勝利の三つの要素 』 です

【エペソ6章10-15節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪魔に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

キリストは、人類を贖う計画を持って地上に来られた時に サタンの激しい抵抗と妨害を受けました。

キリストの働きは サタンにとって一番嫌なことでした。


汚れた悪霊に取りつかれた人が、イエス様を見た時に大声でこのように叫びました。


【ルカの福音書4章34節】

「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」

イエス様は次のように言いました。


【ルカの福音書4章35節】

「黙れ。その人から出て行け」

このように言うと、悪霊はすぐに出て行きました。

サタンは 人間のことは恐れないですが、イエス様には恐れていました。


イエス様は サタンに勝利して救いを完成し、人類が救われる道を備えることが出来ました。


私たち信じる者にとって、勝利は 世の基準の勝利とはまったく違います。


神は世の人々が考えている勝利を “勝利” と認めたことは一度もありませんでした。


大統領になったから、金持ちになったから、教授になったから、ノーベル賞をもらったから、その人たちが勝利者でしょうか?

神の目には、それはどうでも良いくらい何の価値もないものです。


神が考える勝利とは、世に勝ち、サタンに勝ち、自我に勝って 自分に与えられた “神からの使命” をまっとうすることです。


勝利を目指している信徒たちに、主は勝利に必要な要素を教えて下さいました。




堅く立つ




13節に、『 堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』

14節には、『 しっかりと立ちなさい。』


と書かれてありますが、
堅く立つ姿は 服従する姿ではなく、抵抗する姿であり 戦う準備が出来た姿です。


誰に向かって堅く立つべきでしょうか?
―― サタンです。


信徒たちが、いつも攻撃してくる悪魔を恐れて抵抗しないならば、サタンの奴隷になります。


堅く立って抵抗しなければなりません。


信徒が最初から悪魔に手を出すことはないです。

平和を愛する国が、初めから他国を攻撃することはないです。


人を愛する人が、他人を先に攻撃することもないです。


ですが、攻撃されても 抵抗せずにいるのが良いことでしょうか?

―― そうではないです。


抵抗しないならば、征服されてしまいます。


その時は、しっかりと立って 勝利のために抵抗し (サタンを)追い出さないといけないです。

主のように「黙れ。出て行け。」と厳しく対抗することです。


ことばだけでは力がないので、神の武具をしっかりとつけてから戦います。


善を行っていてサタンの攻撃を受けた時も、堅く立ってそのサタンに抵抗しないといけないです。


ダニエルと3人の友が そのようにしました。

まことの神を捨てて、人間が建てた金の像を拝むことは出来ないと はっきりと断りました。


断る者は、火の燃える炉の中に投げ込まれることを知っていても 抵抗しました。


いのちを懸けて抵抗しました。

そして燃える炉に投げ込まれましたが、結果は彼らの勝利で終わりました。


ありえない光景を 人々が見ることになりました。


【ダニエル書3章24-25節】

そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」

すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

勝利者の姿が そこにありました。


彼らは信仰の上に堅く立って、サタンに抵抗したので、神の助けを受け、神の偉大さを人々の前で現しました。


【第1ペテロ5章9節】

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

しかし悪を行うように 誘惑された時には、ヨセフがしたように そこから逃げなければなりません。


誘惑は 甘いもので、肉の思いをそそります。

ですから、そこから早く逃げることです。


【創世記39章12節】

それで彼女はヨセフの上着をつかんで、「私と寝ておくれ」と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に渡し、逃げて外へ出た。



祈り求める




勝利は、自分だけの力で獲得できるものではありません。


勝利は簡単に手に入らないので、助けと協力が必要です。


大きな大会に出る選手が、1人で すべてをしてメダルを取れるでしょうか?

監督、コーチ、家族、仲間の協力と助けによってメダル獲得を目指します。


私たちの信仰、霊的生活、人生の勝利のためには 神の助けと協力は、なくてはならないものです。


助けを、祈りによって神に求めます。


イエス様も弱い弟子たちを助けるために神に祈りました。

その祈りを 神が聞いて下さったので、弟子たちは失敗から立ち直ることが出来ました。


【ルカの福音書22章31-32節】

シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

【マタイの福音書17章21節】

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。

【ピリピ書4章6節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。



目を覚ます




目を覚ますことは 見張りをしていること、用心していること、準備された状態です。


泥棒や強盗が来ることを知って、万全の警備をしているならば 持ち物は安全です。


しかし隙があるならば、やられてしまいます。

サタンは盗人であり、強盗です。


魂やいのちを盗みます。信仰を盗みます。平安と希望を盗みます。財産や健康を盗みます。

人間が持っているものを何でも盗みます。


ですから、盗まれないように目を覚まして見張ります。

(サタンは私たちを)誘惑して目をくらませ、眠らせます。


誘惑されて眠ってしまったサムソンは、すべてを失いました。

サタンの奴隷にされてしまいました。



目を覚ましていないと、一番困ることは何でしょうか?


主の空中再臨の時に、主がおられる所に上げられず、地上に残され 恐ろしい患難を受けますし、信仰生活も出来なくなります。


このように、最悪な状態 になります。

ですから “目を覚ましていなさい” と、主は繰り返して語っておられます。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【第1コリント16章13節】

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。

【使徒の働き20章31節】

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

【第1テサロニケ5章8節】

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

【ヨハネの黙示録3章2節】

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

【ヨハネの黙示録16章15節】

――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――

私たちの人生は、地上だけで終わりではなく、霊の世界が次に待っています。

それも現実です。


ですから主は、私たちに 地上では “旅人、居留者” として生活しなさい と言われました。


そして、神の国は勝利者が入る国なので、勝利を目指して歩むように言われました。


また勝利者が得る報いがどんなに素晴らしいものかも教えて下さいました。

黙示録2章から4章の中に書かれてありますので、確認のためにも読んでみて下さい。


“堅く立つ、祈り求める、目を覚ます” ことは、キリストに仕えるためのチャンスを得るためにも そうしないといけないです。


祈らない人、眠っている人、サタンに負けている人が 主のために働くことは出来ないです。


役に立つしもべになるためにも、この三つの要素は必要です。
( ̄‥ ̄)=3


2017.10.8
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信仰によって大胆に生きる人々

テーマは 『 信仰によって大胆に生きる人々 』 です

【ヘブル10章32-39節】

あなたがたは、光に照らされて後、苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、思い起こしなさい。

人々の目の前で、そしりと苦しみとを受けた者もあれば、このようなめにあった人々の仲間になった者もありました。

あなたがたは、捕えられている人々を思いやり、また、もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っていることを知っていたので、自分の財産が奪われても、喜んで忍びました。

ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。

あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。

わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」

私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。

最近、感動的な映像を観ました。


モスルで イラク軍とISの激しい戦闘がある最中に、IS側の地域で 死んだお母さんのそばで座って泣いている6歳のイラク人の女の子を見つけた、デビット・ユベンクというクリスチャンの人が 命を懸けて爆弾が落ちる地域に走って行き、その女の子を救出しました。


彼にも小さい子どもがいますが、死を覚悟して、救出に向かったと言いました。

彼は 英雄と呼ばれることに対して、自分は決して英雄ではなく、すべきことをしたと言われました。


“隣人を愛しなさい” ということばを実行したと思います。

実際いま、中東では、自分のいのちを懸けて福音を伝える多くのクリスチャンたちがいますし、良き働きをしているクリスチャンたちも多いです。


中東のほとんどの国は、イスラム教の世界なので、そこには数少ないクリスチャンがいて激しい迫害を実際受けている人々もいますので、まさに苦難の火の中で信仰を守っているような状態です。

その彼らが、どれほど大胆な信仰をもっているのかを色々と聞きました。


今日の本文でも、激しい苦難の中で戦いながら信仰を守っている人たちがいたことを語っています。


どの時代にも、クリスチャンに対する迫害はありました。

その中で大胆な信仰をもって殉教した多くのクリスチャンたちがいました。


しかし信仰の自由があり、苦難も迫害もないのに、意外と弱々しく不安と恐れの中にいるクリスチャンが多いです。

祝福があるのに、将来に対する恐れ、苦難と迫害に対する恐れがあります。


激しい迫害と苦難があっても、恐れもなく 大胆に生きるクリスチャンがいるのになぜでしょうか。


以前、シリアでもイスラム教徒によって破壊された教会の前で、牧師が大胆にも「壊れたこの教会から離れず、ここでまた礼拝をささげる」と言いました。

恐れはないと言いました。殉教も覚悟しているように見えました。


そのようにシリアやイラク、他の国々でも苦難と迫害の中にいるクリスチャンたちは あまり恐れず、その中で生きていました。


目の前でISの人々や他のイスラム教徒がクリスチャンたちを十字架につけたり、首をはねたりと残虐な行為を繰り返しても、彼らは信仰を守りながら大胆に彼らの中で生活しています。


どうして そのようなことが出来るでしょうか?


彼らは未来だけを見るのではなく、今日という日を熱心に生きています。







アメリカで発行された 「Standing in the fire」 という本の著者が話した内容も少し話します。


西洋の教会では 恐れながら生きている人が多いのに、なぜシリアなど迫害を受けている教会では そういうことがないのかを調べました。


恐れがある主な理由は、“信じる者たちがこの世のTVや放送局で流れるニュースばかり聞きながら考えるからだ” と言いました。


毎日ニュースはテロ、事件、事故、災害など衝撃的なものがほとんどです。

テレビの前で座りながら、それらのニュースの爆弾を受けています。


否定的な知らせ、ムスリム世界のことばかりを聞くと、心に不安と恐れが生じます。

そうすると、だんだんと信仰も弱くなり、恐れ退いていきます。


しかし、信徒たちは恐れ退いてはならないです。


中東の信徒たちは、ムスリム背景から出て来ましたが、そのようには生きていないです。



「使徒の働き」 を読んでみると、聖霊を受ける前の弟子たちも恐れおののいて 隠れていましたが、聖霊を受けた後は 聖霊と力に満たされ、迫害の中でも、大胆に福音を伝えました。


恐れが何もない所に住んでいるクリスチャンが恐れているのに、大きな危険の中に生きているクリスチャンは、それとは反対に 非常に大胆です。


中東にいるクリスチャンに出会って驚いたことは、彼らに恐れがなかったことだと言われました。

彼らは戦争が早く終わるように、迫害が止まるように祈ってはいないそうです。


かえって自分たちが いま経験している すべてのことを通して学ばせて下さいと祈っています。


試練から学び、大胆に苦難を受け、主のために喜んで いのちをささげることが出来るように祈っています。


自分の祝福ばかり祈っているクリスチャンとは 全く違う姿です。


彼らは 神を求めていますが、自由の国のクリスチャンは 祝福を求めます。


信仰よりも自分の生活が守られるように祈っています。

ですから試練に弱く、大胆な信仰も足りないのです。






ニジェールは、世界でも貧しい国の下から二番目のアフリカにある国ですが、そこもイスラム教が多く、教会に対する迫害が強い国です。


そこで20年間宣教している宣教師の報告でも、パリで2015年に起きた新聞社テロの影響を受けて ニジェールでも教会が次々とイスラム教徒らに襲撃されて教会が放火されたり、壊されたりしました。


信徒たちもいやがらせを受けたりしたので、別の所に移った人もいましたが、しばらくすると信徒たちが教会に戻って来ました。

教会が燃えて椅子一つ残されていないので、自分たちの家から椅子を持って来て礼拝しました。


またいつ襲われるか分からないので、死を覚悟して信仰生活をしています。

その国は、ボコハラムというイスラム過激派が活動している危険な所です。

彼らはナイジェリアでも、4千人のキリスト教徒を殺害しました。



しかし、そのような苦難と迫害の中でも 大胆に信仰をもって生きる人々がいるので、私たちは彼らから学ぶ必要があります。


大胆な信仰はどこから来たのでしょうか?


神のことばに耳を傾けることです。


信仰は キリストのことばを聞いて始まりますし、信仰によって生きることも神のことばによります。


迫害の中で生きる人たちは、いつも神のことばを優先に聞きました。

神のことばで力を受け、神と永遠の世界を知り、真の希望と誰に頼って生きるべきかを学びました。


彼らの世界観は神のことばから来ました。

この世のニュースばかり聞いて、それで判断し、右往左往するならば、信仰によって生きる人ではなく、世に頼って、世の価値観で生きる者になります。


ですから 大胆な信仰のためには、世の騒音を消して、神のことばを聞かなければなりません。



祈祷院で1週間 神に向き合って、ニュースをいっさい聞かなかった時に、本当に心が平安になり、聖霊に満たされました。


山から下りると騒がしいニュースばかりで、心が乱された経験がありました。


今、戦闘地域に住んでいる人たちは 自爆テロや爆弾が落ちたりすると、そこに家族が巻き込まれているかも知れないという不安と恐れを持って、すぐニュースに耳を傾けますが、そこにいるクリスチャンたちは ニュースよりもまず ひざまずいて、「神は真実な神です。神はあわれみ深い方です。神は御民を守って下さる方です。大丈夫だと信じます。」 と祈った後に、詳しいことを調べるらしいです。


しかし自由の世界にいる多くのクリスチャンは 心配と恐れで、まずニュースを聞き、後になって祈ります。


世のすべてのことは、まず信仰の目で見て神に祈ることが優先です。


恐れの目で見てはいけないです。

大胆な信仰によって生きている人は 絶望的な時に、必ず祈ります。

その時、必死に神を求めます。


彼らは、「神に信頼する者は決して失望させられることはない」 ということばを信じています。

そして苦難に耐える時は、神から受ける大きな報いを信じています。


苦難もなく、肉を喜ばせるものが多い所に住む人は、世を愛して いつまでもこの世が続いてほしいと思いますが、苦難や迫害、様々な困難が多い所では、この世よりは天の御国へ行きたい思いが強くなるので、この世のことで くよくよ悩んだり、未来のことで心配ばかりすることはしないです。

その分、恐れも少なくなります。


迫害があり、戦闘がある所では 明日が問題ではなく、今日生きるか死ぬかが問題です。

ですから、“今日” と言う日を神に頼って精いっぱい生きます。


「今日、信仰によって生きないと天国に行けないかも知れない」 という思いで生きています。


ソファーに座ってテレビを観ながら未来に対して不安と恐れを感じて生きるクリスチャンと、必死に祈りながら今日生きている人は、どちらが大胆に生きる人でしょうか?


昔から大胆な信仰を持って生きた人たちは、信仰の戦いが強い時代に生きた人々でした。

今も変わりません。






アメリカで高齢者たちに、「今、後悔していることは何か」 のアンケートを取りました。

結果、「挑戦しなかったことを一番後悔している」 という回答でした。


安全な道、楽な道ばかり求めて生きた結果だと思います。

そして新しいことへの不安と恐れがあるので、挑戦を諦めたと思います。


信仰の道は楽な道ではないです。

その道は せまく険しいと主が語りました。


自分がしたいこと全部しながら歩める道ではないです。

反対に神の声に聞き従いながら歩む道です。


悪の力と戦いながら歩む道です。


しかし、信仰の道を走り終えると 大きな報い、永遠のいのちが得られる素晴らしい道でもあります。


これからの時代は、信仰を守るのが難しくなる時代になると聖書でも預言しました。


大胆な信仰がないと、信仰で生きることが出来ない時代になります。

いま小さい試練の中で訓練して下さい。


忍耐すること、大胆になることを――。
( ̄‥ ̄)=3


2017.7.30
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今は終わりの時代、目を覚まして用心していなさい

テーマは 『 今は終わりの時代、目を覚まして用心していなさい 』 です

【マタイの福音書24章35ー44節】

この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。

洪水前の日々は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。

そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。

そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

ふたりの女が臼をひいていると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

主が再臨するその日、その時に関して私たちは知らなくても良いです。


なぜなら はっきりとその時、その日は教えられていないからです。



しかし 主が明確にしたのは、主は思いがけない時に来られると言われたことです。


主の再臨を信じて心からその日を待ち望んでいますか?


【マルコの福音書13章32節】

ただしその日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【第1テサロニケ5章1ー2節】

兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。

【第2ペテロ3章10節】

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

主の日が来る時まで、人々は何が起こるかも知らないで、普段通りの生活をしていると思います。


結婚し、仕事に出かけ、食べたり飲んだりと、いつもの生活をしています。

それ自体が悪いことではありません。


ただ、それらのことばかりに没頭して、神に対しては無関心であることが問題です。



神は世界を造り、それを動かし、そして計画を立てています。

どれほどの人がそのことに関心があるでしょうか?


まるで神が存在しないかのように無視しながら無関心でありますが、神は みことばを送って世界に対して、これから何をなさるかを教えています。


それを聞かないならば 何の準備も出来ず、ある日突然 世界の終わりを迎えてしまいます。


神のことばに関心もなく、魂が眠っている人々に、主は目を覚ますように警告を送っています。



【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

【マタイの福音書25章13節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

【マルコの福音書13章37節】

わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。

【ルカの福音書21章36節】

しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。

【コロサイ4章2節】

目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。

主は語った通りに必ず来られます。

準備して待つ者は幸いです。
ヽ(TдT)ノ


2017.5.21
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感謝と奇跡

テーマは 『 感謝と奇跡 』 です

【ヨハネの福音書6章1-13節】

その後、イエスはガリラヤの湖、すなわち、テベリヤの湖の向こう岸へ行かれた。

大ぜいの人の群れがイエスにつき従っていた。それはイエスが病人たちになさっていたしるしを見たからである。

イエスは山に登り、弟子たちとともにそこにすわられた。

さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。

イエスは目を上げて、大ぜいの人の群れがご自分のほうに来るのを見て、ピリポに言われた。「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。

もっとも、イエスは、ピリポをためしてこう言われたのであった。イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである。

ピリポはイエスに答えた。「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません。」

弟子のひとりシモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。

「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」

イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった。

そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。

そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。」

彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。

みなさんは毎日祈っていますか?


祈っているならば 願いのための祈りが多いですか?

それとも、感謝するための祈りが多いですか?



神様は願いも感謝も聞いておられます。


しかし神様を最も喜ばせるのは “感謝” です。


感謝する時に、さらに強い恵みの雨が天から降ってきます。



そして、感謝の中でも さらに神が喜ぶ感謝があります。

試練の中での感謝と、小さいことに大きな感謝をささげる時に神様はとても喜びます。



いつも感謝している人を見ると、霊的にも精神的にも安定しています。

顔も笑顔です。

口から絶えず感謝のことばが出てきます。


感謝のない人を見るといつも不機嫌な顔、不満げな顔、そして文句を言います。

そこから嫌なものが流れてきます。



今年も既に2ヵ月が過ぎましたが、どれくらい感謝しましたか?


“神の恵みなしには生きていけないな” と思う出来事も色々ありました。

そういうものがあるからこそ、受けている恵みに対して感謝が出てきます。


自分がいま存在していることを神様の恵みだと思っていますか?

自分の足で歩いて来られたことを感謝しましたか?



ある大学2年生の男の人が、交通事故で脊髄を痛めて首から下がマヒしました。

動けなくなりましたが、口に棒をくわえながらパソコンで文字を入力して 友達にメールを送ります。


今は それしか出来ないです。人生が一瞬にして変わりました。

とてもかわいそうでした。


2度も交通事故にあった私から見ると、いま生きているのは すばらしい神の恵みです。

いつもそのことを思っています。






今日のテーマは、“感謝と奇跡“ の話ですが、本文には感謝と奇跡があります。


主は五つのパンと二匹の魚で、男だけで5千人、そして女と子どもを合わせると二万人くらいの人たちに食べさせました。

まさに奇跡です。


その奇跡を起こす “前” のことを 見ていきたいと思います。


主は、父なる神にまず感謝をささげました。

奇跡が起きてからの感謝ではなく、“最初から” 感謝しました。


そして感謝して分け与えた時に、みんなが食べられる分のパンと魚になりました。


主は自分の力を見せびらかすために奇跡を行ったのではないです。



この奇跡は群衆に対する ある思いから始まりました。

本文には出ていないですが、別の福音書には 次のようにあります。


【マルコの福音書6章34節】

イエスは、船から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。

彼らの魂を憐れみ、まずは霊のパンを与えました。


それから次の箇所です。


【マタイの福音書15章32節】

イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから。」

食べ物もなく、肉体も弱ってきたことを見て、かわいそうに思い、奇跡を行って彼らを食べさせたいと主は思いました。



聖書にある奇跡を見ると、主のあわれみによって、信仰によって、必要性に応じて奇跡が起きたことが分かります。


誰かに対して憐れみの心を持って祈る時に、その祈りが聞かれることを経験していると思います。


憐れみの心がある時に、私たちの祈りも真剣な祈りになります。


親は常に子どもに対して憐れみの心を持っています。

ですから 惜しむ心がないですし 真剣です。

夫婦でも互いに憐れむ心があると、喧嘩することもなく感謝し合います。


イエス様の奇跡は、とても小さいものから始まりました。



少年が持っていた大麦のパン五つと小さい魚二匹でした。

これは貧しい人たちが食べる食事です。


このみすぼらしい小さい食べ物が主の手に載せられた時に 二万人近い人が食べた “パンの奇跡” になりました。


どんなに小さいものでも、主の手によって大きく用いられることができます。



もちろん主は、無から有を創造することも出来る方です。


神様は大きなものよりは小さいものを用いることを喜びます。


自分には小さいものしかないし、才能もないし、力もないと嘆く必要はないです。

私たちが小さいものを差し出す時に、主は喜びます。


小さいことに感謝出来ず、満足せず、大きなもの、多くのものを求める時が多いですが、私たちは小さいことに対して感謝が必要です。


小さいことも 主から与えられた “恵み” です。






マタイの福音書15章には カナン人の女性が出てきますが、彼女は小さい恵みに大きく感謝した人でした。


悪霊に取りつかれた娘の癒しを求めてイエス様の所に来て懇願しました。

しかしその時の主のことばは意外なものでした。


「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」


女の人はそれに対して、
「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」


彼女は食卓から落ちて来るパンくずの恵みにも感謝出来る人でした。

その感謝によって奇跡が起こりました。


イエス様がパンくずの恵みではなく、その娘を悪霊から解放する奇跡を行いました。


彼女には 受ける前からすでに感謝の心がありました。

これはイエス様からもいつも見られる姿です。


パンの奇跡でも、まずパンを手に取って父なる神に感謝をささげました。

最後の晩餐の時にも、自分の体がむち打たれて死ぬことを知っていながら感謝をささげてパンを裂き、それを弟子たちに配りました。

これから起こる奇跡に感謝しました。



感謝を蒔くと、感謝なことが起こります。


受けてからの感謝も主は喜びますが、受ける前から感謝することは さらに喜びます。


そこには神の奇跡を信じる強い信仰が見られるからです。


これから みなさんもそのような感謝をしてみて下さい。

神様は小さいもの、みすぼらしいものを手に取って神に感謝をささげる人に奇跡を表します。


“不満” では奇跡は起こりません。

“感謝” では奇跡が起こります。


主の感謝でパンと魚に奇跡が起こり、人々は満腹しました。


その後に、主は弟子たちに「余ったものは一つもむだに捨てないように集めなさい。」と言われました。

なぜそうしたでしょうか?


神が私たちに恵みとして与えられたものを むだにしたり、勝手に捨てたりすることは神の恵みをさげすむ行為だからです。


それは神を無視し冒涜する姿です。


いつも “下さい、下さい” ばかり言うのではなく、与えられた恵みを大切に使うことが主の恵みを知っている人の姿です。


どんなに小さい恵みでもそうです。


神は感謝する聖徒を喜びますし、豊かな恵みと奇跡を与えて下さいます。


そして感謝する聖徒たちを サタンは倒すことが出来ません。


感謝は神と周波が合います。

しかし、不満はサタンと周波が合います。



サタンは、感謝する聖徒を誘惑して試みに会わせて倒すことが出来ないです。

すべてに対して感謝しているので隙間がないです。


神から受けた恵みを思い出してみて下さい。

そして心から感謝してみて下さい。


感謝する人の人生にこれから奇跡が起こります。
(・∀・)つ


2017.3.5
聖日礼拝メッセージ

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