からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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祈り

みこころを求める者になりましょう

テーマは 『 みこころを求める者になりましょう 』 です

ハレルヤ。

今日は主の前に出て、霊とまことを持って礼拝を捧げていきましょう。


神様は今もこの地上で、あらゆることをしております。


啓示でみことばを語り、そしてその通りに行う神様です。

新しいことも神様は今、やっております。


神様は 何かをなさる時に、まずその働きをさせる人に対して、神様は語ります。


洪水で この世を滅ぼす時も、突然 洪水が起こったのではなく、ノアに語りました。

ソドムとゴモラの町を滅ぼす前に、アブラハムに語りました。

ミデヤンをやっつける時も、ギデオンに先に語ってくださいました。


異邦人のたましいを救うために 使徒パウロに会い、彼に異邦人宣教のことを語りました。


ですから、私たちは神の働きをしたいという良い目的を持った時に、
自分の心のままにそれを始めてはいけないです。






ずっと前に、私が平信徒の時、神戸のある教会にいましたけれども、
牧師は「大阪に教会を開拓したい」ということを語りました。


しかし、それは神のみこころでもなく、牧師の欲から出たことがよく分かりました。

それで牧師先生に、そのことを語りました。


しかし、そのことで先生からは厳しく叱られました。

「教会を建てることが、何が間違っているのか。神様が喜ばないはずがないんだ。」



牧師先生は、神様のみこころを聞いたわけでもなく、無理して教会を開拓しました。


その結果、教会の中には多くの問題が生まれるようになり、教会の中で聖徒同士が大きな声で喧嘩することもあり、
結局その教会は、続けることが出来なくなりました。






良い目的と、ビジョンを持つことは良いです。


しかし、それよりももっと重要なことは、神のみこころを知ることです。


神様は、美しい人よりは良い人をもっと喜びます。

良い人よりは真理に従う人を神様はもっと喜びます。



みことばと祈りを通して、主の御声を聴き、神様が願う正しい道を歩むことを、神様は一番喜びます。


自分の計画のままにやると、自分も周りも教会も 害を受ける時があります。

状況が悪くなる場合がたくさんあります。


神様が自分の計画に合わせることを期待するのではなく、
自分が神様の計画に合わせていかなければならないです。



神の御声を聴き、そのみこころに従って行うならば、
神様はその人を喜び、その人を通して 様々な働きをするということを覚えて、
いつも神様の前に出て、みこころを求める者になりましょう。
アーメン (・∀・)つ


2017.3.19
3分テレフォンメッセージ

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礼拝を捧げていますか

テーマは 『 礼拝を捧げていますか 』 です

ハレルヤ。

主の恵みと平安を祈ります。


皆さんは毎日、主に礼拝を捧げているでしょうか。

賛美をささげているでしょうか。


祈りをしていますか?
みことばを読んでいますか?


それをしているならば、その人は主に礼拝をささげている人です。


賛美も祈りも、主が喜ぶことです。

私たちの心を主に向けることです。


賛美をたくさん捧げると、自然に口から賛美が流れます。

それによって、いつも主に礼拝を捧げることができます。


歩きながらも賛美するならば、主に礼拝を捧げている姿です。


最近は毎日、10曲の賛美を捧げています。


1ヵ月以上それを続けています。

始めて良かったと思います。


なぜなら自分の中に賛美がとどまるようになり、自然に心の中から賛美が出るようになりました。


祈りたいのに、祈りができない時は、サタンの攻撃を受けています。

サタンが祈りを妨害しています。


その時は祈るのをやめるのではなく、賛美を大きな声で歌ってみてください。


主の前に出て、賛美を歌い続けていく時に、サタンは追い出されていきます。

そうすると祈りができる霊の状態になります。


主は賛美の中におられる方ですから、賛美の中で働いてくださいます。

救われて間もない時に、イエス様に対する感謝と嬉しい気持ちがいっぱいでした。


その時よく歌った賛美がありました。

聖歌ならば、284番です。


主イエスを想う時、私はいつも韓国語でその賛美を歌っていました。


賛美を口ずさみ、みことばをいつも口ずさむならば、
自分の心を守ることもできますし、神様が喜ぶ礼拝も捧げることができます。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2015.3.9
3分テレフォンメッセージ

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家族の救いのための祈り

テーマは 『 家族の救いのための祈り 』 です


家族の中に、まだ救われていない人がいて、救いのために祈る人は多いと思います。

私自身も兄弟の中に、まだ救われていない家族がいるので、そのために祈っています。


家族が救われるために、いくつか参考になることを伝えます。



まず、伝道は主の命令であることを覚えましょう。

イエス様がクリスチャンに与えた最高の命令は伝道です。


伝道は全世界より尊いたましいを救いに導いて、永遠のいのちを得させることだからです。


自分だけ救われて、家族の救いにはまったく関心がないクリスチャンも今まで見てきました。


それは神様の命令に背くことです。


必ず家族にも伝道しなければなりません。



家族に対する私たちの目標は、神の栄光であることを知りましょう。

神様が私たちをクリスチャンにしたのは、神の栄光のためです。


神様が家族を救うのも、神の栄光のためです。



私たちは家族に対して嫌な思いがあると、「救われなくても良い」という思いまでしますが、それは自分の個人的な感情であって、神のみこころではありません。


神は誰一人、滅びることを願いません。

むしろ皆が救われることを願っています。


家族が救われることに対して、確信を持ちましょう。


家族は神の約束によって救われることがあります。


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」


このことばを覚えましょう。





イエス様を信じたことで、ご主人から激しい迫害を受けた婦人がいました。

聖書は火の中に投げられ、出られないように髪の毛も切られ、暴力も受けました。


しかし、その婦人はそれでも台所で泣きながら、夫の救いのために祈り続けました。


ある時、その祈りが夫の心に深く刺さりました。

それから一緒に教会に行き、誰よりも熱心な信徒になり、奥さんをとても大事にする旦那に変わりました。





家族の救いのためには、絶えず祈ることが必要です。


人間の罪が、サタンの妨害があるので簡単に導かれないことも多いです。


ですから霊的戦いのための祈りも必要です。
絶えず祈ることです。




また、伝道に対する落胆は、神のみこころではありません。

落胆する人は、神のみこころを成し遂げることができません。


祈りはじめたものの、答えがすぐ無いことで、失望して祈らなくなる人も多いですが、 落胆せずに祈ることです。


家族の前に、変えられた姿を見せることです。


信仰は聞くことから始まるので、聖書のことばを家族によく語るようにしましょう。


また、聖徒たちの集まりに家族を招待することも良い方法です。

神の家族に触れることで、心が変わることがあります。


そして家庭の中でも神を礼拝してください。


家庭の中に神が働くようにするのも、家族の 救いのためです。
(・∀・)つ


2016.8.27
3分テレフォンメッセージ

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勝利の三つの要素

テーマは 『 勝利の三つの要素 』 です

【エペソ6章10-15節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪魔に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

キリストは、人類を贖う計画を持って地上に来られた時に サタンの激しい抵抗と妨害を受けました。

キリストの働きは サタンにとって一番嫌なことでした。


汚れた悪霊に取りつかれた人が、イエス様を見た時に大声でこのように叫びました。


【ルカの福音書4章34節】

「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」

イエス様は次のように言いました。


【ルカの福音書4章35節】

「黙れ。その人から出て行け」

このように言うと、悪霊はすぐに出て行きました。

サタンは 人間のことは恐れないですが、イエス様には恐れていました。


イエス様は サタンに勝利して救いを完成し、人類が救われる道を備えることが出来ました。


私たち信じる者にとって、勝利は 世の基準の勝利とはまったく違います。


神は世の人々が考えている勝利を “勝利” と認めたことは一度もありませんでした。


大統領になったから、金持ちになったから、教授になったから、ノーベル賞をもらったから、その人たちが勝利者でしょうか?

神の目には、それはどうでも良いくらい何の価値もないものです。


神が考える勝利とは、世に勝ち、サタンに勝ち、自我に勝って 自分に与えられた “神からの使命” をまっとうすることです。


勝利を目指している信徒たちに、主は勝利に必要な要素を教えて下さいました。




堅く立つ




13節に、『 堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』

14節には、『 しっかりと立ちなさい。』


と書かれてありますが、
堅く立つ姿は 服従する姿ではなく、抵抗する姿であり 戦う準備が出来た姿です。


誰に向かって堅く立つべきでしょうか?
―― サタンです。


信徒たちが、いつも攻撃してくる悪魔を恐れて抵抗しないならば、サタンの奴隷になります。


堅く立って抵抗しなければなりません。


信徒が最初から悪魔に手を出すことはないです。

平和を愛する国が、初めから他国を攻撃することはないです。


人を愛する人が、他人を先に攻撃することもないです。


ですが、攻撃されても 抵抗せずにいるのが良いことでしょうか?

―― そうではないです。


抵抗しないならば、征服されてしまいます。


その時は、しっかりと立って 勝利のために抵抗し (サタンを)追い出さないといけないです。

主のように「黙れ。出て行け。」と厳しく対抗することです。


ことばだけでは力がないので、神の武具をしっかりとつけてから戦います。


善を行っていてサタンの攻撃を受けた時も、堅く立ってそのサタンに抵抗しないといけないです。


ダニエルと3人の友が そのようにしました。

まことの神を捨てて、人間が建てた金の像を拝むことは出来ないと はっきりと断りました。


断る者は、火の燃える炉の中に投げ込まれることを知っていても 抵抗しました。


いのちを懸けて抵抗しました。

そして燃える炉に投げ込まれましたが、結果は彼らの勝利で終わりました。


ありえない光景を 人々が見ることになりました。


【ダニエル書3章24-25節】

そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」

すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

勝利者の姿が そこにありました。


彼らは信仰の上に堅く立って、サタンに抵抗したので、神の助けを受け、神の偉大さを人々の前で現しました。


【第1ペテロ5章9節】

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

しかし悪を行うように 誘惑された時には、ヨセフがしたように そこから逃げなければなりません。


誘惑は 甘いもので、肉の思いをそそります。

ですから、そこから早く逃げることです。


【創世記39章12節】

それで彼女はヨセフの上着をつかんで、「私と寝ておくれ」と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に渡し、逃げて外へ出た。



祈り求める




勝利は、自分だけの力で獲得できるものではありません。


勝利は簡単に手に入らないので、助けと協力が必要です。


大きな大会に出る選手が、1人で すべてをしてメダルを取れるでしょうか?

監督、コーチ、家族、仲間の協力と助けによってメダル獲得を目指します。


私たちの信仰、霊的生活、人生の勝利のためには 神の助けと協力は、なくてはならないものです。


助けを、祈りによって神に求めます。


イエス様も弱い弟子たちを助けるために神に祈りました。

その祈りを 神が聞いて下さったので、弟子たちは失敗から立ち直ることが出来ました。


【ルカの福音書22章31-32節】

シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

【マタイの福音書17章21節】

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。

【ピリピ書4章6節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。



目を覚ます




目を覚ますことは 見張りをしていること、用心していること、準備された状態です。


泥棒や強盗が来ることを知って、万全の警備をしているならば 持ち物は安全です。


しかし隙があるならば、やられてしまいます。

サタンは盗人であり、強盗です。


魂やいのちを盗みます。信仰を盗みます。平安と希望を盗みます。財産や健康を盗みます。

人間が持っているものを何でも盗みます。


ですから、盗まれないように目を覚まして見張ります。

(サタンは私たちを)誘惑して目をくらませ、眠らせます。


誘惑されて眠ってしまったサムソンは、すべてを失いました。

サタンの奴隷にされてしまいました。



目を覚ましていないと、一番困ることは何でしょうか?


主の空中再臨の時に、主がおられる所に上げられず、地上に残され 恐ろしい患難を受けますし、信仰生活も出来なくなります。


このように、最悪な状態 になります。

ですから “目を覚ましていなさい” と、主は繰り返して語っておられます。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【第1コリント16章13節】

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。

【使徒の働き20章31節】

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

【第1テサロニケ5章8節】

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

【ヨハネの黙示録3章2節】

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

【ヨハネの黙示録16章15節】

――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――

私たちの人生は、地上だけで終わりではなく、霊の世界が次に待っています。

それも現実です。


ですから主は、私たちに 地上では “旅人、居留者” として生活しなさい と言われました。


そして、神の国は勝利者が入る国なので、勝利を目指して歩むように言われました。


また勝利者が得る報いがどんなに素晴らしいものかも教えて下さいました。

黙示録2章から4章の中に書かれてありますので、確認のためにも読んでみて下さい。


“堅く立つ、祈り求める、目を覚ます” ことは、キリストに仕えるためのチャンスを得るためにも そうしないといけないです。


祈らない人、眠っている人、サタンに負けている人が 主のために働くことは出来ないです。


役に立つしもべになるためにも、この三つの要素は必要です。
( ̄‥ ̄)=3


2017.10.8
聖日礼拝メッセージ

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信仰によって大胆に生きる人々

テーマは 『 信仰によって大胆に生きる人々 』 です

【ヘブル10章32-39節】

あなたがたは、光に照らされて後、苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、思い起こしなさい。

人々の目の前で、そしりと苦しみとを受けた者もあれば、このようなめにあった人々の仲間になった者もありました。

あなたがたは、捕えられている人々を思いやり、また、もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っていることを知っていたので、自分の財産が奪われても、喜んで忍びました。

ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。

あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。

わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」

私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。

最近、感動的な映像を観ました。


モスルで イラク軍とISの激しい戦闘がある最中に、IS側の地域で 死んだお母さんのそばで座って泣いている6歳のイラク人の女の子を見つけた、デビット・ユベンクというクリスチャンの人が 命を懸けて爆弾が落ちる地域に走って行き、その女の子を救出しました。


彼にも小さい子どもがいますが、死を覚悟して、救出に向かったと言いました。

彼は 英雄と呼ばれることに対して、自分は決して英雄ではなく、すべきことをしたと言われました。


“隣人を愛しなさい” ということばを実行したと思います。

実際いま、中東では、自分のいのちを懸けて福音を伝える多くのクリスチャンたちがいますし、良き働きをしているクリスチャンたちも多いです。


中東のほとんどの国は、イスラム教の世界なので、そこには数少ないクリスチャンがいて激しい迫害を実際受けている人々もいますので、まさに苦難の火の中で信仰を守っているような状態です。

その彼らが、どれほど大胆な信仰をもっているのかを色々と聞きました。


今日の本文でも、激しい苦難の中で戦いながら信仰を守っている人たちがいたことを語っています。


どの時代にも、クリスチャンに対する迫害はありました。

その中で大胆な信仰をもって殉教した多くのクリスチャンたちがいました。


しかし信仰の自由があり、苦難も迫害もないのに、意外と弱々しく不安と恐れの中にいるクリスチャンが多いです。

祝福があるのに、将来に対する恐れ、苦難と迫害に対する恐れがあります。


激しい迫害と苦難があっても、恐れもなく 大胆に生きるクリスチャンがいるのになぜでしょうか。


以前、シリアでもイスラム教徒によって破壊された教会の前で、牧師が大胆にも「壊れたこの教会から離れず、ここでまた礼拝をささげる」と言いました。

恐れはないと言いました。殉教も覚悟しているように見えました。


そのようにシリアやイラク、他の国々でも苦難と迫害の中にいるクリスチャンたちは あまり恐れず、その中で生きていました。


目の前でISの人々や他のイスラム教徒がクリスチャンたちを十字架につけたり、首をはねたりと残虐な行為を繰り返しても、彼らは信仰を守りながら大胆に彼らの中で生活しています。


どうして そのようなことが出来るでしょうか?


彼らは未来だけを見るのではなく、今日という日を熱心に生きています。







アメリカで発行された 「Standing in the fire」 という本の著者が話した内容も少し話します。


西洋の教会では 恐れながら生きている人が多いのに、なぜシリアなど迫害を受けている教会では そういうことがないのかを調べました。


恐れがある主な理由は、“信じる者たちがこの世のTVや放送局で流れるニュースばかり聞きながら考えるからだ” と言いました。


毎日ニュースはテロ、事件、事故、災害など衝撃的なものがほとんどです。

テレビの前で座りながら、それらのニュースの爆弾を受けています。


否定的な知らせ、ムスリム世界のことばかりを聞くと、心に不安と恐れが生じます。

そうすると、だんだんと信仰も弱くなり、恐れ退いていきます。


しかし、信徒たちは恐れ退いてはならないです。


中東の信徒たちは、ムスリム背景から出て来ましたが、そのようには生きていないです。



「使徒の働き」 を読んでみると、聖霊を受ける前の弟子たちも恐れおののいて 隠れていましたが、聖霊を受けた後は 聖霊と力に満たされ、迫害の中でも、大胆に福音を伝えました。


恐れが何もない所に住んでいるクリスチャンが恐れているのに、大きな危険の中に生きているクリスチャンは、それとは反対に 非常に大胆です。


中東にいるクリスチャンに出会って驚いたことは、彼らに恐れがなかったことだと言われました。

彼らは戦争が早く終わるように、迫害が止まるように祈ってはいないそうです。


かえって自分たちが いま経験している すべてのことを通して学ばせて下さいと祈っています。


試練から学び、大胆に苦難を受け、主のために喜んで いのちをささげることが出来るように祈っています。


自分の祝福ばかり祈っているクリスチャンとは 全く違う姿です。


彼らは 神を求めていますが、自由の国のクリスチャンは 祝福を求めます。


信仰よりも自分の生活が守られるように祈っています。

ですから試練に弱く、大胆な信仰も足りないのです。






ニジェールは、世界でも貧しい国の下から二番目のアフリカにある国ですが、そこもイスラム教が多く、教会に対する迫害が強い国です。


そこで20年間宣教している宣教師の報告でも、パリで2015年に起きた新聞社テロの影響を受けて ニジェールでも教会が次々とイスラム教徒らに襲撃されて教会が放火されたり、壊されたりしました。


信徒たちもいやがらせを受けたりしたので、別の所に移った人もいましたが、しばらくすると信徒たちが教会に戻って来ました。

教会が燃えて椅子一つ残されていないので、自分たちの家から椅子を持って来て礼拝しました。


またいつ襲われるか分からないので、死を覚悟して信仰生活をしています。

その国は、ボコハラムというイスラム過激派が活動している危険な所です。

彼らはナイジェリアでも、4千人のキリスト教徒を殺害しました。



しかし、そのような苦難と迫害の中でも 大胆に信仰をもって生きる人々がいるので、私たちは彼らから学ぶ必要があります。


大胆な信仰はどこから来たのでしょうか?


神のことばに耳を傾けることです。


信仰は キリストのことばを聞いて始まりますし、信仰によって生きることも神のことばによります。


迫害の中で生きる人たちは、いつも神のことばを優先に聞きました。

神のことばで力を受け、神と永遠の世界を知り、真の希望と誰に頼って生きるべきかを学びました。


彼らの世界観は神のことばから来ました。

この世のニュースばかり聞いて、それで判断し、右往左往するならば、信仰によって生きる人ではなく、世に頼って、世の価値観で生きる者になります。


ですから 大胆な信仰のためには、世の騒音を消して、神のことばを聞かなければなりません。



祈祷院で1週間 神に向き合って、ニュースをいっさい聞かなかった時に、本当に心が平安になり、聖霊に満たされました。


山から下りると騒がしいニュースばかりで、心が乱された経験がありました。


今、戦闘地域に住んでいる人たちは 自爆テロや爆弾が落ちたりすると、そこに家族が巻き込まれているかも知れないという不安と恐れを持って、すぐニュースに耳を傾けますが、そこにいるクリスチャンたちは ニュースよりもまず ひざまずいて、「神は真実な神です。神はあわれみ深い方です。神は御民を守って下さる方です。大丈夫だと信じます。」 と祈った後に、詳しいことを調べるらしいです。


しかし自由の世界にいる多くのクリスチャンは 心配と恐れで、まずニュースを聞き、後になって祈ります。


世のすべてのことは、まず信仰の目で見て神に祈ることが優先です。


恐れの目で見てはいけないです。

大胆な信仰によって生きている人は 絶望的な時に、必ず祈ります。

その時、必死に神を求めます。


彼らは、「神に信頼する者は決して失望させられることはない」 ということばを信じています。

そして苦難に耐える時は、神から受ける大きな報いを信じています。


苦難もなく、肉を喜ばせるものが多い所に住む人は、世を愛して いつまでもこの世が続いてほしいと思いますが、苦難や迫害、様々な困難が多い所では、この世よりは天の御国へ行きたい思いが強くなるので、この世のことで くよくよ悩んだり、未来のことで心配ばかりすることはしないです。

その分、恐れも少なくなります。


迫害があり、戦闘がある所では 明日が問題ではなく、今日生きるか死ぬかが問題です。

ですから、“今日” と言う日を神に頼って精いっぱい生きます。


「今日、信仰によって生きないと天国に行けないかも知れない」 という思いで生きています。


ソファーに座ってテレビを観ながら未来に対して不安と恐れを感じて生きるクリスチャンと、必死に祈りながら今日生きている人は、どちらが大胆に生きる人でしょうか?


昔から大胆な信仰を持って生きた人たちは、信仰の戦いが強い時代に生きた人々でした。

今も変わりません。






アメリカで高齢者たちに、「今、後悔していることは何か」 のアンケートを取りました。

結果、「挑戦しなかったことを一番後悔している」 という回答でした。


安全な道、楽な道ばかり求めて生きた結果だと思います。

そして新しいことへの不安と恐れがあるので、挑戦を諦めたと思います。


信仰の道は楽な道ではないです。

その道は せまく険しいと主が語りました。


自分がしたいこと全部しながら歩める道ではないです。

反対に神の声に聞き従いながら歩む道です。


悪の力と戦いながら歩む道です。


しかし、信仰の道を走り終えると 大きな報い、永遠のいのちが得られる素晴らしい道でもあります。


これからの時代は、信仰を守るのが難しくなる時代になると聖書でも預言しました。


大胆な信仰がないと、信仰で生きることが出来ない時代になります。

いま小さい試練の中で訓練して下さい。


忍耐すること、大胆になることを――。
( ̄‥ ̄)=3


2017.7.30
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今は終わりの時代、目を覚まして用心していなさい

テーマは 『 今は終わりの時代、目を覚まして用心していなさい 』 です

【マタイの福音書24章35ー44節】

この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。

洪水前の日々は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。

そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。

そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

ふたりの女が臼をひいていると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

主が再臨するその日、その時に関して私たちは知らなくても良いです。


なぜなら はっきりとその時、その日は教えられていないからです。



しかし 主が明確にしたのは、主は思いがけない時に来られると言われたことです。


主の再臨を信じて心からその日を待ち望んでいますか?


【マルコの福音書13章32節】

ただしその日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【第1テサロニケ5章1ー2節】

兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。

【第2ペテロ3章10節】

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

主の日が来る時まで、人々は何が起こるかも知らないで、普段通りの生活をしていると思います。


結婚し、仕事に出かけ、食べたり飲んだりと、いつもの生活をしています。

それ自体が悪いことではありません。


ただ、それらのことばかりに没頭して、神に対しては無関心であることが問題です。



神は世界を造り、それを動かし、そして計画を立てています。

どれほどの人がそのことに関心があるでしょうか?


まるで神が存在しないかのように無視しながら無関心でありますが、神は みことばを送って世界に対して、これから何をなさるかを教えています。


それを聞かないならば 何の準備も出来ず、ある日突然 世界の終わりを迎えてしまいます。


神のことばに関心もなく、魂が眠っている人々に、主は目を覚ますように警告を送っています。



【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

【マタイの福音書25章13節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

【マルコの福音書13章37節】

わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。

【ルカの福音書21章36節】

しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。

【コロサイ4章2節】

目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。

主は語った通りに必ず来られます。

準備して待つ者は幸いです。
ヽ(TдT)ノ


2017.5.21
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感謝と奇跡

テーマは 『 感謝と奇跡 』 です

【ヨハネの福音書6章1-13節】

その後、イエスはガリラヤの湖、すなわち、テベリヤの湖の向こう岸へ行かれた。

大ぜいの人の群れがイエスにつき従っていた。それはイエスが病人たちになさっていたしるしを見たからである。

イエスは山に登り、弟子たちとともにそこにすわられた。

さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。

イエスは目を上げて、大ぜいの人の群れがご自分のほうに来るのを見て、ピリポに言われた。「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。

もっとも、イエスは、ピリポをためしてこう言われたのであった。イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである。

ピリポはイエスに答えた。「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません。」

弟子のひとりシモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。

「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」

イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった。

そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。

そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。」

彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。

みなさんは毎日祈っていますか?


祈っているならば 願いのための祈りが多いですか?

それとも、感謝するための祈りが多いですか?



神様は願いも感謝も聞いておられます。


しかし神様を最も喜ばせるのは “感謝” です。


感謝する時に、さらに強い恵みの雨が天から降ってきます。



そして、感謝の中でも さらに神が喜ぶ感謝があります。

試練の中での感謝と、小さいことに大きな感謝をささげる時に神様はとても喜びます。



いつも感謝している人を見ると、霊的にも精神的にも安定しています。

顔も笑顔です。

口から絶えず感謝のことばが出てきます。


感謝のない人を見るといつも不機嫌な顔、不満げな顔、そして文句を言います。

そこから嫌なものが流れてきます。



今年も既に2ヵ月が過ぎましたが、どれくらい感謝しましたか?


“神の恵みなしには生きていけないな” と思う出来事も色々ありました。

そういうものがあるからこそ、受けている恵みに対して感謝が出てきます。


自分がいま存在していることを神様の恵みだと思っていますか?

自分の足で歩いて来られたことを感謝しましたか?



ある大学2年生の男の人が、交通事故で脊髄を痛めて首から下がマヒしました。

動けなくなりましたが、口に棒をくわえながらパソコンで文字を入力して 友達にメールを送ります。


今は それしか出来ないです。人生が一瞬にして変わりました。

とてもかわいそうでした。


2度も交通事故にあった私から見ると、いま生きているのは すばらしい神の恵みです。

いつもそのことを思っています。






今日のテーマは、“感謝と奇跡“ の話ですが、本文には感謝と奇跡があります。


主は五つのパンと二匹の魚で、男だけで5千人、そして女と子どもを合わせると二万人くらいの人たちに食べさせました。

まさに奇跡です。


その奇跡を起こす “前” のことを 見ていきたいと思います。


主は、父なる神にまず感謝をささげました。

奇跡が起きてからの感謝ではなく、“最初から” 感謝しました。


そして感謝して分け与えた時に、みんなが食べられる分のパンと魚になりました。


主は自分の力を見せびらかすために奇跡を行ったのではないです。



この奇跡は群衆に対する ある思いから始まりました。

本文には出ていないですが、別の福音書には 次のようにあります。


【マルコの福音書6章34節】

イエスは、船から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。

彼らの魂を憐れみ、まずは霊のパンを与えました。


それから次の箇所です。


【マタイの福音書15章32節】

イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから。」

食べ物もなく、肉体も弱ってきたことを見て、かわいそうに思い、奇跡を行って彼らを食べさせたいと主は思いました。



聖書にある奇跡を見ると、主のあわれみによって、信仰によって、必要性に応じて奇跡が起きたことが分かります。


誰かに対して憐れみの心を持って祈る時に、その祈りが聞かれることを経験していると思います。


憐れみの心がある時に、私たちの祈りも真剣な祈りになります。


親は常に子どもに対して憐れみの心を持っています。

ですから 惜しむ心がないですし 真剣です。

夫婦でも互いに憐れむ心があると、喧嘩することもなく感謝し合います。


イエス様の奇跡は、とても小さいものから始まりました。



少年が持っていた大麦のパン五つと小さい魚二匹でした。

これは貧しい人たちが食べる食事です。


このみすぼらしい小さい食べ物が主の手に載せられた時に 二万人近い人が食べた “パンの奇跡” になりました。


どんなに小さいものでも、主の手によって大きく用いられることができます。



もちろん主は、無から有を創造することも出来る方です。


神様は大きなものよりは小さいものを用いることを喜びます。


自分には小さいものしかないし、才能もないし、力もないと嘆く必要はないです。

私たちが小さいものを差し出す時に、主は喜びます。


小さいことに感謝出来ず、満足せず、大きなもの、多くのものを求める時が多いですが、私たちは小さいことに対して感謝が必要です。


小さいことも 主から与えられた “恵み” です。






マタイの福音書15章には カナン人の女性が出てきますが、彼女は小さい恵みに大きく感謝した人でした。


悪霊に取りつかれた娘の癒しを求めてイエス様の所に来て懇願しました。

しかしその時の主のことばは意外なものでした。


「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」


女の人はそれに対して、
「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」


彼女は食卓から落ちて来るパンくずの恵みにも感謝出来る人でした。

その感謝によって奇跡が起こりました。


イエス様がパンくずの恵みではなく、その娘を悪霊から解放する奇跡を行いました。


彼女には 受ける前からすでに感謝の心がありました。

これはイエス様からもいつも見られる姿です。


パンの奇跡でも、まずパンを手に取って父なる神に感謝をささげました。

最後の晩餐の時にも、自分の体がむち打たれて死ぬことを知っていながら感謝をささげてパンを裂き、それを弟子たちに配りました。

これから起こる奇跡に感謝しました。



感謝を蒔くと、感謝なことが起こります。


受けてからの感謝も主は喜びますが、受ける前から感謝することは さらに喜びます。


そこには神の奇跡を信じる強い信仰が見られるからです。


これから みなさんもそのような感謝をしてみて下さい。

神様は小さいもの、みすぼらしいものを手に取って神に感謝をささげる人に奇跡を表します。


“不満” では奇跡は起こりません。

“感謝” では奇跡が起こります。


主の感謝でパンと魚に奇跡が起こり、人々は満腹しました。


その後に、主は弟子たちに「余ったものは一つもむだに捨てないように集めなさい。」と言われました。

なぜそうしたでしょうか?


神が私たちに恵みとして与えられたものを むだにしたり、勝手に捨てたりすることは神の恵みをさげすむ行為だからです。


それは神を無視し冒涜する姿です。


いつも “下さい、下さい” ばかり言うのではなく、与えられた恵みを大切に使うことが主の恵みを知っている人の姿です。


どんなに小さい恵みでもそうです。


神は感謝する聖徒を喜びますし、豊かな恵みと奇跡を与えて下さいます。


そして感謝する聖徒たちを サタンは倒すことが出来ません。


感謝は神と周波が合います。

しかし、不満はサタンと周波が合います。



サタンは、感謝する聖徒を誘惑して試みに会わせて倒すことが出来ないです。

すべてに対して感謝しているので隙間がないです。


神から受けた恵みを思い出してみて下さい。

そして心から感謝してみて下さい。


感謝する人の人生にこれから奇跡が起こります。
(・∀・)つ


2017.3.5
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三つのことを目指す

テーマは 『 三つのことを目指す 』 です

【第1テサロニケ5章16-18節】
いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

新年をどんな年にしたいと願っていますか?


2017年に対して様々な予測や預言が言われてあります。


神からのものなのか、そうでないかは実際に起こるまでは判断できないです。

世界がどう変わるか、日本がどう変わるかは分りませんが、自分に関しては変わらないといけないので、そのことは真剣に考えないといけないです。

何よりもすでに神から言われた大切なことは、絶対に無視してはいけないと思います。


本文のことばは、どの時代にあっても私たちが目指すべき大切な神のことばです。

これを抜きに神のみこころを行うことは出来ません。


今回は「三つのことを目指す」という内容で伝えます。




いつも喜ぶことを目指す




なぜ 喜ぶことが大切で必要でしょうか?


「別に喜ばなくても良いでしょう。誰かに迷惑かけるわけでもなく、罪を犯しているわけでもないのに」と思っている人がいるかも知れません。

ですが、いつも喜ぶべき理由があります。


まずは喜びがどこから出て来るのかを考えてみましょう。


喜びは、頭や外部からではなく、心から出てきます。

聖霊を受けた人と受けていない人には違いがあります。
心の状態です。


【ヨハネの福音書7章38節】

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

このように書いてあるように、聖霊が心に内住します。

そして喜びは、“生ける水の川” から出てくるものです。


喜びは御霊によるものです。


喜びは御霊の九つの実にも入っています。

生ける水の川が流れる心は とても重要な場所なので、心を見守るように言われました。


【箴言4章23節】

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。

心が守られると、そこから絶えず いのちの水が流れて、私たちの心は潤って当然そこから喜びも出てきます。

しかし、心が守られないと 泉は枯れて心はどんどん砂漠化していき、喜びが出なくなります。


心が荒れて疲れ果ててしまいます。

ですから喜びも消えていきます。


“いつも喜んでいなさい” と言われるのは、すなわち心の泉からいつも生ける水が流れる状態を保つためです。


いつも喜んでいる状態は、心が守られている状態です。

いのちの泉も守られている証拠です。

そして聖霊に満たされている状態です。


自分の心の状態を知る1つのしるしが、この “喜び” です。

もし喜びがないなら、胃カメラで胃を調べるように、自分の心を覗いてみて下さい。


聖霊は見えず、何か違うものがそこに詰まっていると思います。

心に “あってはならないもの” が入っていると思います。


喜びがないな と思った時は、すぐに心の状態を調べて下さい。


パウロが迫害され、むち打たれ、ピリピの牢獄の中にいながらも喜んでいたのは、どんな時にも自分の心を守り、聖霊に満たされていたからです。




絶えず祈ることを目指す




現代の信徒たちの特徴は、“祈らないこと” です。


忙しいから祈れないという人が多いです。

本当にそうでしょうか?


忙しいと言いながらも、自分がしたいことは全部しますね。

食べること、テレビを見ること、スマホをいじること、雑談、趣味生活、仕事などの場合は「忙しい」と言って、しないことはないですね。


しかし聖書を読んだり、祈ったりする時間だけは「ない」と言います。

ある意味、私たちは嘘つきです。


自分のためには時間を使っても、神様には時間を使いたくないです。

そうしながら神体験を願い、祝福や恵みを求めます。

そして信仰が強くなることを願います。


なぜ神様は「絶えず祈りなさい」と言われたでしょうか。

神を知るために、神体験するために “祈りは必須” です。


みなさんがメッセージを聞いたり、賛美をしただけで 神体験や神を知ることは難しいです。

神を知るためには、神の前に出る必要があります。


イエス様がどう祈るべきかを教えました。


【マタイの福音書6章6節】

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

神の前に出て、静まる時間が祈りの時間です。

それは神との対面の時間です。


神を知り、神体験が多い人たちは みんな祈りの人でした。

ダニエルは祈るために、わざわざ仕事の合間でも家に帰りました。


一日三度時間を決めて毎日神に祈りました。

神は彼に会って下さいました。


祈ったらいのちが取られることを知っていながらも、いつもと変わらない姿勢で祈るために家に帰りました。

その後にダニエルはすごい神体験をしました。


飢えた獅子の穴に投げ込まれても、えじきにされず 御使いたちによって守られました。


神を信じると言いながら 神への知識、神体験もないことは恥ずかしいことです。

それでは信仰も成長しません。

ですから神はそんな者にならないように “絶えず祈りなさい” と命じました。


祈って下さい。
そうすれば必ず神体験をします。




すべての事について感謝することを目指す




昨年の事を感謝で終えましたか?

感謝で終えた人は、感謝で新年を始めたと思います。


「すべての事について感謝しなさい」と言われると、「アーメン」と答えない人も多いです。


「色々あったから出来ない」という思いがありますね。

神は出来ないことを私たちに要求するのではありません。


「すべての事について感謝する」ことは、すべての事を感謝で解釈することです。


同じものを見ても、感謝する人と感謝しない人の “差” は何でしょうか?

思い出してみましょう。


モーセがカナンの地を探らせるために12人の斥候を送りました。

40日後に彼らは帰って来ました。

10人と2人の報告が正反対でした。


感謝の信仰があったヨシュアとカレブは、神の言葉通りの良い地であったので感謝しながら帰り、うれしい報告をしました。


しかし別の10人は、高い城壁、背の高い住民を見て 恐れが入って、その地をとても悪く言いふらし、自分たちを導いた主に不平不満を言いました。


主のことばで見ると、すべてが感謝ですが、主のことばを忘れ、人間的な目だけで見ると不安と恐れで、不信仰に陥って感謝の代わりにつぶやきが出てきます。


同じものを見てもどう解釈するかは人それぞれ違います。

ですから環境や人のせいで感謝出来ないと言うのは言い訳です。






私たちが住む世界には悪いことがたくさん起こっています。

自然災害、テロ、病気、内戦や戦争がいつの時代にもあります。

ですから自分たちが災難にあったとしても、おかしいことではないです。


特別に悪い人がそのような災難に遭うのではなく、誰にでも起こり得ることです。


ですから苦難を乗り越えていくために、気落ちせず、失望しないため、信仰を守るためには “感謝の解釈” が必要です。


不幸な時、辛い時に感謝が出来ないと、不幸と辛さに飲み込まれてしまいます。

感謝が出来ないと、つまずいて信仰を捨てる場合もあります。


神から離れることは、自分のいのちに関わることです。


どんな時でも感謝することを身に着けるための訓練としては、辛い目にあった時は、いつもイエス様のことを思い出して下さい。


人から侮辱されたり、迫害されたり、ひどい目にあった時は、イエス様がひどい目にあった時の場面を思い出して下さい。

すると慰められます。


自分とは比べられない試練を主は受けながらも感謝しました。

それを学ぶことです。


主がなさったようにするならば、どんな時でも感謝することができます。

主を見るならば我慢が出来、感謝も出来ます。


すべての事について感謝する姿勢は、成熟した信仰の姿勢です。

成熟しているので、その感謝によって多くの実を結ぶことが出来ます。


これらの三つのことは、キリスト・イエスにあって 神が私たちに望んでおられることです。


神の期待に応えますか?

これら三つのことを実行するならば 世界がどう変わるかは関係がなく、充実した一年、成長する一年、祝福される一年になります。


世界の主権者は神です。

神はみこころを行う人を特別扱いして下さいます。


神体験、奇跡、守り、祝福を与えます。
(´∀`*)

2017.1.2
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聖徒だけが持つ特権

テーマは 『 聖徒だけが持つ特権 』 です

【ヘブル4章16節】

ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

“特権” とは特定の人、身分、階級に与えられている、他に優越した権利です。


特権を持つ人は良い待遇を受けることも多いです。

月に何度も飛行機に乗りますが、飛行機一つにしてもダイヤモンドカードを持っている人は優先的に乗れますし、荷物の制限もなく、ラウンジも自由に使えます。

もし自分が持っている特権を知らないならば、その権利を使うことも知らないので、もったいないです。


聖徒である皆さんは “聖徒だけが持つ特権” が何かを知っていますか?


聖徒が持つ 特権も義務も責任も知らないで信仰生活する人が実に多いです。

そして特権を使ってはいますが、それが特権と思わずに使っています。


今回は聖徒だけが持つ特権に対して学びます。




神の御座に近づける特権




これを特権と思わない人が多いですが、これは聖徒だけが持つ特権です。


たとえば安倍総理は日本の総理ですが、いつでも皆さんが会いたいと思う時に会えますか?

たぶん会うのは無理です。


認められる何かがある場合は別だと思いますが、それは簡単ではありません。

しかし安倍さんの子どもならば、家で自由に会うことが出来ますし、別のところでも許可をもらうのは難しくないですね。


神は世界で一人の神ですが、人間が会いたいと言って いつでも会えるでしょうか。
―― 会えないです。


しかし神に贖われて、神の子になると立場が変わります。


聖徒には、神がいつでも神の御座に近づくことが出来る特権を与えておられます。


“キリスト” によって神と和解させられ、神の子になったので、その特権を得ています。


【ヨハネの福音書14章6節】

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

聖徒は、“道” であるイエス様を信じる者なので、キリストも その人のことを知っていて、その道を通って父なる神の前に行ける許可を与えておられます。


「イエスの血で神の前に、イエスの血で父の前に一歩ずつ進む。」

このような賛美があるように、父なる神の前に行ける特権は イエス様によって与えられた素晴らしい特権です。


旧約時代は神の臨在がある聖所には、任命された祭司以外は誰も入ることが出来ませんでした。

しかし新約時代の聖徒たちは、神の臨在の中に入ることが出来ます。


死んだら もっと神は近くにおられます。



【ヨハネの黙示録4章4節】

また、御座の回りに二十四の座があった。これらの座には、白い衣を着て、金の冠を頭にかぶった二十四人の長老たちがすわっていた。

聖徒にとって、神は 決して遠く離れて近づくことも出来ない神ではなく、いつでも近づくことが出来ます。




永遠のいのちがもらえる特権





【ヨハネの福音書3章36節】

御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

“永遠のいのち” ほど価値あるものは 世には存在しません。


金持ちの青年が主の所に来て、永遠の命を得るためには何をしたら良いのかと イエス様に聞きました。

イエス様は、「財産を売って貧しい者に与えてから、私について来なさい」 と言われましたが、金持ちは財産を手放すことが出来ないので、そのまま帰り、2度と帰ってくることはありませんでした。


永遠のいのちは、主に従ってくる聖徒たちに与えられます。

永遠の命はあまりにも高価なので金で買えるようなものではなく、キリストを信じて神の子になった者が、特権として受けられものです。


永遠のいのちは “死とは無縁” です。

それを持っている人は聖徒だけです。


聖徒をやめたら、もはや永遠のいのちは自分のものにはなりません。




祈りが答えられる特権




聖徒の祈りに聞いて下さる方がおられます。

私たちの霊の父である “神様” です。


この世には自分を神と呼ぶ人間がいて、それを信じる者も多いです。


「統一教会」や「神の教会」という異端も、教祖が “人間” なのに、自分自身を神と呼び、それに従う者も(その人物のことを)神と信じています。

(その教祖は)2人とも死にましたが、未だに死人を神と思ってそこから離れません。


中身を見ると教祖が彼らの祈りを聞いて祝福したのではなく、人々が教祖の願いや要求を聞いて、自分たちのもので教祖を満たしていました。


サタンが目をくらませると、悟りがなく盲目的になるので、騙されて利用されるだけです。


人間を神と信じるのも、偶像の神を造って願いを叶えて下さい と祈るのも同じです。



【イザヤ書44章9-11節】

偶像を造る者はみな、むなしい。彼らの慕うものは何の役にも立たない。彼らの仕えるものは、見ることもできず、知ることもできない。彼らはただ恥を見るだけだ。

だれが、いったい、何の役にも立たない神を造り、偶像を鋳たのだろうか。

見よ。その信徒たちはみな、恥を見る。それを細工した者が人間にすぎないからだ。彼らはみな集まり、立つがよい。彼らはおののいて共に恥を見る。

ですから、彼らが自分の神に祈っても それはむなしく恥を見るだけですが、聖徒たちの祈りは むなしくなることも、恥をかくこともありません。


聞いて答えて下さる神がおられるからです。

聖書には祈りの答えがいっぱいです。


神は喜んで聖徒たちの祈りを聞き、答えて下さいます。

祈らないと特権を使わないことですので損をします。




復活の特権





【第1コリント15章43-44節】

卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、

血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。

復活は永遠のいのちの始まりです。

イエス・キリストがよみがえられたことで、この特権が聖徒にも与えられました。


私たちも、いつかキリストと同じ体になります。

時間や空間の制約、そして朽ちることもない体に復活するのは聖徒だけの特権です。


信じないものは永遠の死ですが、聖徒は永遠に死の支配を受けることがなく、キリストのように死の力を打ち破って復活します。


自分が死んで復活することは、今はどのようなものか想像も出来ませんが、その日には喜び踊る者になると思います。




天国に入る特権




天国は聖徒たちのために主が備えて下さった場所です。

聖徒以外の人は、入ることが許されない場所です。


そこは神がおられる場所で、神が聖徒と共に永遠に住む場所です。

死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない場所です。


信じない人は、どんなに入りたくても入ることが出来ません。


入りたいならば生きている時に、罪を悔い改めて、イエス様を 自分の救い主として心に迎え入れ、聖徒になれば入れます。

天国はお金があるから、良いことたくさんしたから、立派な人だから入れるのではなく、信仰で入る国です。


神を信じて、天国を信じて入る準備をした人が入る所です。

自分を聖徒と思っても、準備出来てない人は入れないです。


天国のたとえで使われた “10人の花嫁の姿” を思い出して下さい。

10人の花嫁は、花婿である主を待ち続けていました。


賢い5人の花嫁はいつ花婿である主が来られても迎えられるように、ともしびと油の備えをしました。


しかし愚かな5人の花嫁は、花婿がいつ来るかもわからないのに、ともしびだけを準備し、油の用意はしていなかったです。

花婿が来るのが遅くなり、今にも ともしびが消えそうになりました。


それで油を買いに行っている間に 花婿が来られて、そこにいた賢い5人の花嫁だけが結婚式場に入りました。

油を買いに行った愚かな5人の花嫁の姿は哀れでした。

彼女たちの様子を次の箇所で見ます。


【マタイの福音書25章11-12節】

そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください』と言った。

しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません』と言った。

天国に入ることが出来ず、外の暗やみに置かれてしまいました。


せっかく天国に入る “特権” があったのに、その場にいなかったために、特権が無効になってしまいました。


その特権が認められず、残念な姿でした。

このようになって、聖徒の特権を失う者も実に多いです。


“目をさまして、身を慎み、用意していなさい” と言われた通りにしている聖徒が、天国に入り、言われてもそのようにしていない聖徒は、特権を使うことが出来ません。

世を愛して放蕩生活をしている人に、“天国の扉” は開かれません。


聖徒として準備した人は、問題なく天国に入ります。


このように聖徒としてどのような特権があるかを知り、いつ それを使うかを知って使う人が賢い聖徒です。

神が与えて下さった特権としての祝福をすべて自分のものにしていきましょう。

(・◇・)ゞ

2016.9.25
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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人への施し

ハレルヤ。

今日もすべてが守られる一日になりますように祈ります。


使徒の働き10章にはイタリヤ隊という部隊の百人隊長コルネリオという人物が出てきます。


ある時、彼が祈っている時に、幻の中ではっきりと神の御使いをみました。

御使いは彼に言いました。


「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って覚えられています。」

これは何を意味するでしょうか?


コルネリオの祈りと施しが 神の喜ぶ行為であったことを神が認め、それを受け入れたことを意味します。


祈りは 神を愛し、信頼するところから始めないといけないです。

コルネリオの祈りには、神への愛と信頼がありました。


自分の欲を満たすための祈りではなく、神を愛するので神とともにいる時間が大切でした。

いつも神に祈りをしていました。


神はそのような祈りに耳を傾けます。


しかし神にとって何の意味もない祈りもあります。

祈る人が神に向けて祈らない祈りです。


【マタイの福音書6章5-6節】

また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父があなたに報いてくださいます。

祈りが 人に見せるため、自分の欲を満たすためであるならば、その祈りは神に届かない祈りです。


祈ったのに何も答えがないと言う前に、自分の祈りが 神に覚えられる祈りであったかを真剣に考えてみることです。


また施しは、人を愛する心がないと出来ないです。

よく施しをする人は人間関係も良いです。


神様が私たちに “与えなさい” と言われるのは、人を愛する心を私たちが持って欲しいことと、施しは神が喜ぶ良いことだからです。

愛すると言いながらも、何も与えないなら愛していないことです。


何の犠牲もないリップサービスだけで済ませることは神と人を騙す行為です。


また施しをしても、神に受け入れられない施しもあります。


【マタイの福音書6章1-4節】

人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。

だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。


あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父があなたに報いてくださいます。


コルネリオの施しは、人に見せるため、またほめられたくてした施しではなく、人を愛してした施しだったので 神が喜んで受け入れて下さいました。


そして彼に良い報いを与えて下さいました。

使徒ペテロを彼に送り、聖霊を注ぎ、罪を赦し、水のバプテスマも授けました。


それは、彼を神の民として受け入れて下さったことです。

その時代の異邦人に対しては破格的な出来事でした。
(=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2016.1.15
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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