テーマは 『 感謝は礼儀である 』 です

【詩篇111篇1-10節】

ハレルヤ。私は心を尽くして主に感謝しよう。直ぐな人のつどいと集会において。

主のみわざは偉大で、みわざを喜ぶすべての人々に尋ね求められる。

そのみわざは尊厳と威光。その義は永遠に堅く立つ。

主は、その奇しいわざを記念とされた。主は情け深く、あわれみ深く、

主を恐れる者に食べ物を与え、その契約をとこしえに覚えておられる。

異邦の民のゆずりの地を、ご自分の民に与え、彼らに、そのみわざの力を告げ知らせられた。

御手のわざは真実、公正、そのすべての戒めは確かである。

それらは世々限りなく保たれ、まことと正しさをもって行われる。

主は、御民に贖いを送り、ご自分の契約をとこしえに定められた。主の御名は聖であり、おそれおおい。

主を恐れることは、知恵の初め。これを行う人はみな、良い明察を得る。主の誉れは永遠に堅く立つ。

今日は収穫感謝祭ですので、感謝をテーマにしたメッセージを伝えたいと思います。


“収穫”ということばがあると、何かを手に入れたから それに対して感謝を捧げる事だと思っているかも知れません。

もちろん得たことに対しては、私たちは当然のように感謝をしなければなりません。
(何かを得たのに)まるで受けていないかのように黙っていてはいけません。


ですから今日は神様から受けた恵みに対して1つ1つ覚えながら、しっかりと感謝をして欲しいです。


そして今回は、それ以外にも私たちが最も感謝をしなければならないことがあるので、それに焦点を合わせて語りたいと思います。


今回のテーマは「感謝は礼儀である」と決めました。

人に対して感謝のことばを伝えることは、相手に対して礼儀を見せていることです。

良くしてもらっているのに、感謝のことば1つ言わない人に対して礼儀正しいと言えるでしょうか?
きっと、礼儀のない人だと思うでしょう。


神様に対しても感謝のことばを言うなら、礼儀のある人です。
しかし感謝のことばを言わないならば、神様に対して礼儀のない人になります。


詩篇111篇は“神への賛美”です。

賛美は神への最高の感謝です。神の存在そのものに対しての感謝であり、神の前に立って最高の礼儀を見せている姿です。


神様を本当に知っている者は、常に神様に目を向けて、神様の存在そのものに感謝しています。
皆さんはそのようにしていますか?


自分に対して神様が何をしたか、しなかったかに関係なく神様という素晴らしい存在がおられることに感謝をささげます。

心を尽くして主に感謝しますと告白することが神様が1番喜ぶ感謝です。

最大の敬意を現わしながら主をほめたたえ感謝をささげる時に、主が喜ばないはずがありません。


具体的にどのようなことをほめたたえ感謝をしたでしょうか?





①主の偉大さ、主の尊厳と威光、そして主の義をほめたたえる




いつも神様のことを考え、神様のことを調べ、神様に近づく人は自然とその口からまず神様への賛美が出てきます。


『主は何と素晴らしい方でしょうか。あなたはまことに偉大な方です。
栄光に満ちた主よ。主の栄光がとこしえにありますように。主は情け深く、あわれみ深い方です。』


このように次から次へと主への賛美が出てきます。

これがすべて神の存在に対する感謝です。


“感謝します。感謝します。”と言うことが感謝ではなく、主への賛美は立派な感謝でありますので、主の前に出た時は いつも主をほめたたえることからはじめてください。


いきなり「これをしてください。あれをしてください。」と神様を召使いのように命令しながら使ってはいけません。

それは神様のことをまともに知らない人がすることであり、礼儀がなっていない人の姿です。





②教会と神の民たちに対して感謝




1節で「私は心を尽くして主に感謝しよう。直ぐな人のつどいと集会において。」と感謝をささげました。

主を信じる人々が集まる教会と信じる人々の親しい交わりに対して心から感謝をささげていますか?


異邦人のように教会に通う人とお客さんのように通う人は感謝を知らないと思います。

しかし教会を愛し、信徒を愛する人たちは教会があることを感謝し、信徒に対しても いつも主に感謝を捧げます。


教会は神がおられる所です。
神に仕えていたコラの子たちが神にささげた賛美が詩篇84篇ですが、1節から4節に素晴らしいことばが出てきます。


【詩篇84篇1-4節】

万軍の主。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。

私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。

雀さえも、住みかを見つけました。つばめも、ひなを入れる巣、 あなたの祭壇を見つけました。万軍の主。私の王、私の神よ。

なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。 彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。

皆さんにはこのような思いがありますか?


もし迫害が起こり、教会が壊され、信徒たちも散らされてしまうならば、その時に教会と信徒の仲間がどれほど大切な存在であったかを身に染みるほど分かると思います。


私たちが毎週集まって共に礼拝をささげ、祈り、一緒に語りながら食事をすることは本当に感謝なことですし、本当に幸せなことです。


いつも私はこのことを感謝しています。
なぜなら これがとても とても大きな祝福だからです。





③神様がいつも私たちに恵みを与えて下さることに感謝




神様は私たちのたましいを救い出しただけではなく、日々必要な食べ物を与え、住むところも与え、日々守ってくださる方です。

何もない荒野でもイスラエルの民200万人以上を40年間養ってくださった神様です。


イエス様は私たちに次のように語ってくださいました。


【マタイの福音書6章31-32節】

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。

こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。

このように主が必要を満たす方であると教えて下さいました。


そして次のように主に祈りなさいと教えました。

私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。

実際に私たちは今年もすべてのものが与えられて生活できたことを感謝します。


食べ物がなくて飢えたことも、着る物がなくて裸で過ごしたことも 寝るところがなくてホームレスになったこともありませんでした。

すべてが守られましたので、心から感謝を捧げないといけません。


今日 話したすべてのことばを日々実行しながら生きた人物を聖書で探すならば、アブラハム、モーセ、ダニエル、ヨセフなど色々出てきますが、個人的にダビデは素晴らしかったと思います。


詩篇23篇にその姿が映されています。
神様への限りない感謝と信仰の思いが詩篇23篇です。
(・∀・)


【詩篇23篇1-6節】

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。 あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、 私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、 私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

2014.11.23
収穫感謝祭メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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