からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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理解

ヨブの友の誤った慰め

テーマは 『 ヨブの友の誤った慰め 』 です

【ヨブ記6章14-30節】

落胆している者には、その友から友情を。さもないと、彼は全能者への恐れを捨てるだろう。

私の兄弟たちは川のように裏切った。流れている川筋の流れのように。

氷で黒ずみ、雪がその上を隠している。

炎天のころになると、それはなくなり、暑くなると、その所から消える。

隊商はその道を変え、荒地に行って、滅びる。

テマの隊商はこれを目当てとし、シェバの旅人はこれに期待をかける。

彼らはこれにたよったために恥を見、そこまで来て、はずかしめを受ける。

今あなたがたは、そのようになった。あなたがたは恐ろしいことを見ておびえている。

私が言ったことがあるか。「私に与えよ」とか、「あなたがたの持ち物の中から、私のために贈り物をせよ」と。

あるいは「敵の手から私を救い出せ。横暴な者の手から私を贖え」と。

私に教えよ。そうすれば、私は黙ろう。私がどんなあやまちを犯したか、私に悟らせよ。

まっすぐなことばはなんと痛いことか。あなたがたは何を責めたてているのか。

あなたがたはことばで私を責めるつもりか。絶望した者のことばは風のようだ。

あなたがたはみなしごをくじ引きにし、自分の友さえ売りに出す。

今、思い切って私のほうを向いてくれ。あなたがたの顔に向かって、私は決してまやかしを言わない。

どうか、思い直してくれ。不正があってはならない。もう一度、思い返してくれ。私の正しい訴えを。

私の舌に不正があるだろうか。私の口はわざわいをわきまえないだろうか。

ヨブ記1-2章にはとんでもない苦しみを受けているヨブの姿が出て来ます。


そこで、ヨブの苦難を聞いたヨブの友達3人は、ヨブに悔やみを言って慰めようとヨブの所に来ました。


しかし彼らの口から出たことばは ヨブを慰めるどころか、苦痛の中にいるヨブの傷に塩をかけるような言葉になり、さらにヨブを苦しめました。

慰めるために来た友達が ヨブを罪に定め、彼を非難しました。


ヨブは慰めと理解が欲しかったです。

時にかなった温かい慰めの言葉が必要でした。


しかし友達は、ヨブの苦痛を頭では分かっていましたが、他人の感情を共感する温かい心がありませんでした。


正しい善悪の基準も、原則もなく、自分の考えでヨブを罪に定めていました。


「罪によって苦しみを受けているから、それを認め、神の前に悔い改めなさい。」とヨブをみんなが責めました。

ヨブを軽蔑し罪に定めました。






誰かの苦難が すべて知識だけで簡単に分析されるのではないです。

苦難の答えは簡単な問題ではないからです。


しかし三人の友は、“罪があるから苦難がある” としか考えず、ヨブを責め続けていました。

パリサイ人の姿がそこにありました。


ですから、彼らは慰めるつもりで あれこれ言い続けましたが、それは慰めではなく、さらにヨブを苦しめる言葉になりました。

彼らの慰めには誠実さがありませんでした。


彼らが語る言葉は正論でしたが、それでヨブの苦難を説明することは出来ませんでした。


彼らは責める言葉しか言わなかったです。

慰めを与えていると思うだけで、自己満足していました。


しかし、それは慰めではなく、中身は軽蔑であり、非難でした。

ヨブの質問に対しても嘘の答えしか出来ませんでした。






慰めの真の意味は何でしょうか?


そばで勧めながら勇気を与えることであり、悲しみを喜びに変えることです。


心を喜ばせ、心が平安になるようにあわれみ、同情することです。


苦難の中にいる人を理解し、言葉で慰めることは簡単ではないです。

しかし 理解し慰めるためには、彼らの立場に立って、彼らの問題を理解しようと努力しないといけないです。



また憐れみの心がないと、頭や知識だけで誤った判断をして、ヨブの友のようにヨブを責める罪を犯してしまいます。


温かい心、共感する感情が必要です。


【ガラテヤ6章2節】

互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。

愛こそ一番共感する力です。



舌は良いものでもありますが、間違えて使うと 一番悪いものにもなります。


慰めのことばが難しいならば行動で示すことです。

共感して一緒に泣くことも相手には慰めになります。


何かを助けることも慰めになります。


温かい慰めを与える者になるためにお互いに努力しましょう。
アーメン (*´ -`)(´- `*)


2019.5.25
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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恵みを理解した時以来

テーマは 『 恵みを理解した時以来 』 です

【コロサイ1章5-6節】

それらは、あなたがたのために天にたくわえられてある望みに基づくものです。あなたがたは、すでにこの望みのことを、福音の真理のことばの中で聞きました。

この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び 広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。

福音は良い知らせです。祝福の良い知らせなので、それが私たちにとって恵みであります。
聖書の中には「恵み」という言葉がたくさん出てきますし、礼拝メッセージでも「恵み」という言葉を何度も聞きます。
また、クリスチャンの交わりでも「恵み」という言葉をたくさん使います。

しかし「恵み」という言葉を聞いたり 使ったりするだけでは、私たちが恵みを理解しているとは限りません。

恵みを理解するならば、その結果 多くの実を結ぶことができますが、理解しないと実を結ぶことができません。

理解をすることと しないことでは、大きな差が出てきます。




①真理のことばの恵みを理解する


真理の言葉を聞いて悟ることは、神様からの大きな恵みです。
神様の恵みを理解することは、真理の言葉を理解することであります。


【ローマ10章17節】

そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

みことばを聞かないと 信仰が始まらないです。
しかし私たちは聞くだけで信じることが出来るのかと言えば、そうではありません。

真理の言葉を聞いて ある人は理解して喜んでイエス様を信じました。しかし、ある人たちは毎日 神様が語っているにも関わらず何一つ理解することができませんでした。
まるでイエス様が語る言葉が外国語のように聞こえました。

私たちが御霊の実を結ぶためには、みことばを悟らないと実を結ぶことができません。

みことばの知識がたくさんあっても、その意味を理解しないとその人は絶対に変わらないです。
御霊の実は変わる人が結ぶ実であります。

真理の言葉は、私たちをキリストに導き、私たちを救うために与えられた神の言葉です。
この言葉を聞いて理解し、受け入れて信じ キリストから救いを受けることは、どんなに大きな恵みでしょうか。

真理の言葉を理解しないと、信仰生活は始まらないです。

そして、理解しないならば、その人の生活は変わることがないです。
私たちが御霊の実を結ぶためには、みことばを悟り、その中で私たちが変わらないと何も始まりません。


【マタイの福音書7章24節】

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

理解できていない者を賢い人とは言わないです。いくら言っても分からない者は愚か者であります。
しかし、聞いた言葉が理解できた者は賢い人です。
理解をしてみことばが落ちて種が蒔かれたので、そこから芽が出て実を結ぶようになります。

実際に行った人は、みことばの恵みを理解した人なので行うことができました。行ったことは実を結んだことであります。




②永遠の慰めと、素晴らしい恵みを理解する


【Ⅱテサロニケ2章16-17節】

どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを 与えてくださった方ご自身が、

あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。

これを私たちが理解するならば、私たちはあらゆる部分で変わることができます。

神様の本質は慰め主であり、望みの主であります。

それは、主ご自身のためではなく、堕落した人間はその時から呪われてしまいました。
そしてあらゆる災いが入るようになり、重荷を負って苦労しながら地上で生きている私たちのために、神様は慰め主として 望みの主として近づき、 私たちに慰めを与え、望みを与えておられます。


【マタイの福音書4章23-24節】

イエスはガリラヤ全土を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。

イエスのうわさはシリヤ全体に広まった。それで人々は、さまざまな病気や痛みに苦しむ病人、悪霊につかれた人、てんかんの人、 中風の人などをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らをいやされた。

人間は誰でもこのようなものを持っていますが、その人たちは何が欲しいのでしょうか――?
慰めであります。そして希望・望みであります。

そのようなものはどこにあるのかと人間は探します。
そしてイエス様に出会い、この恵みを受けた人たちが主を信じ、弟子になり、また彼らも出て行きイエス様がなさったように働きをして多くの実を結んでいました。
それによって神の国も広がって行きました。

主の働きをする人たちの姿を見ると、以前 神様によって苦しみから救い出された人が主のために働きをするのです。

永遠の慰めと素晴らしい恵みを理解する人は、絶望することがなく恐れません。
主が今も自分のためにその働きをしてくださると堅く信じることができます。




③自分に与えられた神の恵みが、どれほど素晴らしいかを理解する


【Ⅰコリント15章9-10節】

私は使徒の中で最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも 多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

パウロは恵みを理解したことによって、彼の人生は大きく変わりました。

パウロは、イエス様に出会うまでは自分は立派な働きをする役立つ者だと思って活動をしていました。
しかし、その活動とはキリストを信じる者や教会を迫害することでした。

そのようなパウロに、一方的な神の恵みによって、自分がやっていることがとんでもないことだということを知りました。
それによってパウロは理解する者になり、さらに神様はパウロを働き人として召されたことに 彼は死ぬまで感謝を捧げました。


私たちも同じような者であり、罪人であり、神を知らない者であり、たくさんの偶像崇拝をした者であります。
もし、神様が私たちを救い出してくださらなかったら 今もその中で何も知らずに歩んでいると思います。その先にあるのは永遠の滅びなのに――。

私たちはこのことを本当に理解しなければならないです。自分が受けた恵みを悟らなければならないです。

その恵みを悟ると、自分のすべてを捧げて主に従い 働き人になるのです。
働き人は嫌々 働き人になるのではないです。
自分が受けた恵みを本当に理解すると「命を捧げなさい」と神様がおっしゃると捧げるようになるのです。
イエス様は初めから命を捧げるようには言わないのですが、この人たちはイエス様が自分のために命を捧げたことを理解していますので
すべてを捧げる思いになっていきます。そして喜んで仕える者になります。

主のために自分のすべてを惜しまないで使って仕える人は、自分に注がれた神の恵みを知っている人です。
言われなくても、その恵みを理解しているので感謝に溢れて働くことができます。

恵みが理解できないと、いつまでも「これも あれも私のもの。恵みをください。他の人はたくさんもらっているので私は足りません。もっと恵みを!」と
動かないでいつも口だけを開けて、自分が神様に対して仕えるということに気付かないのです。


喜んで仕える人は恵みを理解したので、それが出来ます。
自分中心に生きるのではなく神様中心に変わり、多くの働きを通して神様に栄光を捧げるようになるのです。

私たちは神様から「命」という大切なものを受けているのです。

それ以外のものは、いざという時に何の価値もないです。
死が来たときに財産が何になるでしょうか。何も価値がないです。
それを持って天国へ行くことは出来ませんし、それが足かせになっていることが多くあります。

恵みを理解してください。そうすると、そこから私たちの新しい人生が始まるのです。
実を結ぶ人生に変わっていきます。 (´∀`*)

2014.1.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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