からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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特権

聖徒だけが持つ特権

テーマは 『 聖徒だけが持つ特権 』 です

【ヘブル4章16節】

ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

“特権” とは特定の人、身分、階級に与えられている、他に優越した権利です。


特権を持つ人は良い待遇を受けることも多いです。

月に何度も飛行機に乗りますが、飛行機一つにしてもダイヤモンドカードを持っている人は優先的に乗れますし、荷物の制限もなく、ラウンジも自由に使えます。

もし自分が持っている特権を知らないならば、その権利を使うことも知らないので、もったいないです。


聖徒である皆さんは “聖徒だけが持つ特権” が何かを知っていますか?


聖徒が持つ 特権も義務も責任も知らないで信仰生活する人が実に多いです。

そして特権を使ってはいますが、それが特権と思わずに使っています。


今回は聖徒だけが持つ特権に対して学びます。




神の御座に近づける特権




これを特権と思わない人が多いですが、これは聖徒だけが持つ特権です。


たとえば安倍総理は日本の総理ですが、いつでも皆さんが会いたいと思う時に会えますか?

たぶん会うのは無理です。


認められる何かがある場合は別だと思いますが、それは簡単ではありません。

しかし安倍さんの子どもならば、家で自由に会うことが出来ますし、別のところでも許可をもらうのは難しくないですね。


神は世界で一人の神ですが、人間が会いたいと言って いつでも会えるでしょうか。
―― 会えないです。


しかし神に贖われて、神の子になると立場が変わります。


聖徒には、神がいつでも神の御座に近づくことが出来る特権を与えておられます。


“キリスト” によって神と和解させられ、神の子になったので、その特権を得ています。


【ヨハネの福音書14章6節】

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

聖徒は、“道” であるイエス様を信じる者なので、キリストも その人のことを知っていて、その道を通って父なる神の前に行ける許可を与えておられます。


「イエスの血で神の前に、イエスの血で父の前に一歩ずつ進む。」

このような賛美があるように、父なる神の前に行ける特権は イエス様によって与えられた素晴らしい特権です。


旧約時代は神の臨在がある聖所には、任命された祭司以外は誰も入ることが出来ませんでした。

しかし新約時代の聖徒たちは、神の臨在の中に入ることが出来ます。


死んだら もっと神は近くにおられます。



【ヨハネの黙示録4章4節】

また、御座の回りに二十四の座があった。これらの座には、白い衣を着て、金の冠を頭にかぶった二十四人の長老たちがすわっていた。

聖徒にとって、神は 決して遠く離れて近づくことも出来ない神ではなく、いつでも近づくことが出来ます。




永遠のいのちがもらえる特権





【ヨハネの福音書3章36節】

御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

“永遠のいのち” ほど価値あるものは 世には存在しません。


金持ちの青年が主の所に来て、永遠の命を得るためには何をしたら良いのかと イエス様に聞きました。

イエス様は、「財産を売って貧しい者に与えてから、私について来なさい」 と言われましたが、金持ちは財産を手放すことが出来ないので、そのまま帰り、2度と帰ってくることはありませんでした。


永遠のいのちは、主に従ってくる聖徒たちに与えられます。

永遠の命はあまりにも高価なので金で買えるようなものではなく、キリストを信じて神の子になった者が、特権として受けられものです。


永遠のいのちは “死とは無縁” です。

それを持っている人は聖徒だけです。


聖徒をやめたら、もはや永遠のいのちは自分のものにはなりません。




祈りが答えられる特権




聖徒の祈りに聞いて下さる方がおられます。

私たちの霊の父である “神様” です。


この世には自分を神と呼ぶ人間がいて、それを信じる者も多いです。


「統一教会」や「神の教会」という異端も、教祖が “人間” なのに、自分自身を神と呼び、それに従う者も(その人物のことを)神と信じています。

(その教祖は)2人とも死にましたが、未だに死人を神と思ってそこから離れません。


中身を見ると教祖が彼らの祈りを聞いて祝福したのではなく、人々が教祖の願いや要求を聞いて、自分たちのもので教祖を満たしていました。


サタンが目をくらませると、悟りがなく盲目的になるので、騙されて利用されるだけです。


人間を神と信じるのも、偶像の神を造って願いを叶えて下さい と祈るのも同じです。



【イザヤ書44章9-11節】

偶像を造る者はみな、むなしい。彼らの慕うものは何の役にも立たない。彼らの仕えるものは、見ることもできず、知ることもできない。彼らはただ恥を見るだけだ。

だれが、いったい、何の役にも立たない神を造り、偶像を鋳たのだろうか。

見よ。その信徒たちはみな、恥を見る。それを細工した者が人間にすぎないからだ。彼らはみな集まり、立つがよい。彼らはおののいて共に恥を見る。

ですから、彼らが自分の神に祈っても それはむなしく恥を見るだけですが、聖徒たちの祈りは むなしくなることも、恥をかくこともありません。


聞いて答えて下さる神がおられるからです。

聖書には祈りの答えがいっぱいです。


神は喜んで聖徒たちの祈りを聞き、答えて下さいます。

祈らないと特権を使わないことですので損をします。




復活の特権





【第1コリント15章43-44節】

卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、

血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。

復活は永遠のいのちの始まりです。

イエス・キリストがよみがえられたことで、この特権が聖徒にも与えられました。


私たちも、いつかキリストと同じ体になります。

時間や空間の制約、そして朽ちることもない体に復活するのは聖徒だけの特権です。


信じないものは永遠の死ですが、聖徒は永遠に死の支配を受けることがなく、キリストのように死の力を打ち破って復活します。


自分が死んで復活することは、今はどのようなものか想像も出来ませんが、その日には喜び踊る者になると思います。




天国に入る特権




天国は聖徒たちのために主が備えて下さった場所です。

聖徒以外の人は、入ることが許されない場所です。


そこは神がおられる場所で、神が聖徒と共に永遠に住む場所です。

死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない場所です。


信じない人は、どんなに入りたくても入ることが出来ません。


入りたいならば生きている時に、罪を悔い改めて、イエス様を 自分の救い主として心に迎え入れ、聖徒になれば入れます。

天国はお金があるから、良いことたくさんしたから、立派な人だから入れるのではなく、信仰で入る国です。


神を信じて、天国を信じて入る準備をした人が入る所です。

自分を聖徒と思っても、準備出来てない人は入れないです。


天国のたとえで使われた “10人の花嫁の姿” を思い出して下さい。

10人の花嫁は、花婿である主を待ち続けていました。


賢い5人の花嫁はいつ花婿である主が来られても迎えられるように、ともしびと油の備えをしました。


しかし愚かな5人の花嫁は、花婿がいつ来るかもわからないのに、ともしびだけを準備し、油の用意はしていなかったです。

花婿が来るのが遅くなり、今にも ともしびが消えそうになりました。


それで油を買いに行っている間に 花婿が来られて、そこにいた賢い5人の花嫁だけが結婚式場に入りました。

油を買いに行った愚かな5人の花嫁の姿は哀れでした。

彼女たちの様子を次の箇所で見ます。


【マタイの福音書25章11-12節】

そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください』と言った。

しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません』と言った。

天国に入ることが出来ず、外の暗やみに置かれてしまいました。


せっかく天国に入る “特権” があったのに、その場にいなかったために、特権が無効になってしまいました。


その特権が認められず、残念な姿でした。

このようになって、聖徒の特権を失う者も実に多いです。


“目をさまして、身を慎み、用意していなさい” と言われた通りにしている聖徒が、天国に入り、言われてもそのようにしていない聖徒は、特権を使うことが出来ません。

世を愛して放蕩生活をしている人に、“天国の扉” は開かれません。


聖徒として準備した人は、問題なく天国に入ります。


このように聖徒としてどのような特権があるかを知り、いつ それを使うかを知って使う人が賢い聖徒です。

神が与えて下さった特権としての祝福をすべて自分のものにしていきましょう。

(・◇・)ゞ

2016.9.25
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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恵みを受けた聖徒

テーマは 『  恵みを受けた聖徒 』 です

【第2コリント9章8節】

神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。

“聖徒” の意味は分かりますか。

学校で教えを受ける者を意味する生徒ではなく、“聖なる者”を意味します。


聖書で聖徒の定義は次の箇所です。


【第1ペテロ2章9-10節】

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。

あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

このように神から永遠の特権を受け、選ばれた存在が聖徒です。

そして聖徒とは、その恵みを認識しながら それに答え、恵みの中で生きている者です。


ですから聖徒は自分が何者で、自分がどのような恵みを受けているのかを正確に知らないと、聖徒としての特権があるにも関わらず、みじめな者として生きてしまいます。

しかし、そのような人がたくさんいます。


そして 「恵みを受けた」 と聖徒たちがよく言いますが、その恵みが 聖書の示す恵みとは どこかかけ離れた感じを受ける時があります。


今日は聖徒が神から受けた恵みが何であるかを学びます。

これは聖徒であるならば、皆が受けている恵みです。




生ける望みの恵み




“生ける望みの恵み” とは何でしょうか?


【第1ペテロ1章3-4節】

私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。

また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。

聖徒には、生ける望みが2つあります。

それはキリストの復活のように 自分たちも復活の恵みを受けています。


“復活の恵み” とはどのようなものでしょうか?

その答えが次の箇所にあります。



【第1コリント15章42-44節】

死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、

卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、

血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。

多くの迫害の中で、殉教した聖徒たちが忍耐しながらも、その中で喜んでいたのは この復活の恵みを知っていたからです。


聖徒にとって 死は永遠の死ではなく、復活の恵みを受けていますので、そこから永遠の命が始まります。


キリストの再臨にイエス様と同じく朽ちない体を着る復活が起こります。


もう一つの恵みは天国に入る恵みです。


天国がなく、この世がすべてであるならば、信仰を持つ必要はないですね。

私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。


キリストは いつも天国の話を弟子たちにし、そこに希望を置くようにしました。


聖徒の天国への希望は決してむなしいものにはなりません。

夢を語っているのではなく、それこそ現実です。

イエス様が私たちに天国を約束して下さいました。



【ヨハネの福音書14章2-3節】

わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。

わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。

主のことばは天国への保証です。
そして主は真実な方です。


たとえ地上で多くの苦しみや戦いがあっても この生ける望みをもっている人は絶望したり、つまずいたり、主から離れることはしません。


むしろ この生ける望みがあるので、早くそれを受けたくて主に会う日を待ち望んでいます。





おりにかなった助けの恵み




この恵みなしに生きてこられなかったと私はいつも思っています。

どれほど この “おりにかなった助け” によって生かされてきたか分かりません。



【ヘブル4章16節】

ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

神様はあらゆる恵みを常に備えておられる方です。


わたしたちが常にすべてのことに満ち溢れる者になることを願っていますし、そして あふれるばかり与えることが出来る神様です。


そのことは今回のテーマ箇所でも知らせています。

わたしは聖書でそのことばを見つけた時には とても嬉しくなりました。


この素晴らしい恵みをいつも受けようと思い、その時からその恵みを受けています。

神から恵みを受ける準備をして神に求めます。


他の人と比較して妬みや不満を言うのではなく、自分に必要な恵みのことは自分が直接 神様の御前に出て求めました。



【伝道者の書3章1節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

このように書かれていますので、私は恵みを受ける時は自分で(時期を)決めないで、それを神にゆだね、ただ必要な恵みを いつも神様に求めると、神がちょうど良い時に用意した恵みを与えて下さいます。


私はこの恵みを日々体験し、本当にそれによって生かされています。

これは自分の努力や力ではなく、主の恵みです。


この恵みはすべての聖徒が受けている恵みです。


それを知って恵みの中に生きるか生きないかによって、受ける恵みが違うと思います。

いつも大胆に求める人は 恵みをたくさん受けます。


聖霊様を私たちの所に遣わして下さったイエス様のみこころは、聖霊によって日々私たちを慰め、助け、力を与え、危機から救い出し、そして導くことです。


おりにかなった助けを与えるために遣わして下さいました。

そしてその恵みを大胆に求めなさいと勧めています。


求めると受けますが、求めないと受けられません。





キリストにあるいのち




聖徒が受けた特権は主の保証付きです。
失われたりするものではなく、主が約束のことばをもって保証しておられます。


聖徒に保証された素晴らしい恵みに 「いのち」 があります。


肉体のいのちも保証されるならば、安心して生活が出来ますが、いのちが保証されないと安心して生活が出来ません。


もし「余命一年です」と言われるなら、その時から死ぬ日を数えますね。

保証がないので、いのちは本当に取られてしまいます。


しかし、主が聖徒たちに保証したものがあります。次の箇所です。



【ヨハネの福音書5章24節】


まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。


【ヨハネの福音書6章37節】

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。


【ローマ8章1-2節】

こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

聖徒はキリストを信じる信仰によって罪の赦しを受けて救われ、またキリストによって新しい命を得ています。


いのちであるキリストが聖徒の中におられることで、私たちは いのちある者になりました。

主が来られた目的は、私たちが永遠の命を得るためです。


ですから 自分が聖徒であるならば、いつも死に行く人のように暗い顔つきで生きるのではなく、いのちある者らしく生きないといけないです。


神の恵みは取るに足りない者に特権を与えました。


その特権には「生ける望み、おりにかなった助けを受ける恵み、そしてキリストの中にあるいのち」です。


聖徒ならばこの特権を知らないといけないです。


そしてその特権を喜び、日々味わいながら使うことです。
v( ̄∇ ̄)v


2015.9.27
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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クリスチャンの特権

テーマは『 主に出会った時に与えられたもの 』です

【 ヨハネの福音書1章12節 】

私たちがクリスチャンになって神様から与えられたものを知らなければならないです。
それは全て霊的なものです。

聖書を読んでいると無知という言葉がたくさん出てきます。
神様を知らない人だけが無知なのではなく、神様に出会って自分がどういう存在に変わり、
神様から何が与えられたのかを知らないということも無知であります。

それらを知らないと、救われたにも関わらず(自分が)神様についているのかも分からず、
古い人のままなのか、新しい人になったのか 分からないので さまよいます。ですから簡単に妥協します。

クリスチャンになったからといって、急に顔や生活習慣、性格や行動が変わるわけでもないです。
しかし内側は全く違うものに変わっていることを気付かなければならないです。
気付かなければ、そのように生きることができないです。

今回は自分は何者なのかということを語りたいと思います。


【 ヨハネの福音書1章12節 】

神の子どもになった「特権」とありますが、これは身分であります。
神の子どもというのは、私たちが生まれながらに神様の子どもということではないです。

もともとは神様に造られた子どもですが、私たちが罪によって自分の魂をサタンに売り渡していました。
ですから以前は罪の奴隷でありましたが、イエス様の血によって代価を払い神様の子どもとされました。


【 ヨハネの福音書3章16節 】

「永遠の命」です。これは私たちが自ら棄てない限り、永遠に私たちのものであります。


【 ヨハネの福音書8章32節 】

「真理」です。真理はイエス様であります。そのイエス様を知るということは、イエス様に出会ったことであります。
“あなたがたを自由にします”という言葉は、罪の奴隷から自由になるということです。
誘惑は必ず来ます。
以前は罪の奴隷だったけど、今はキリストにあって私は自由になったと言葉で宣言をすることで
サタンは逃げていきます。


【 マタイの福音書11章28-29節 】

安らぎ=「平安」です。イエス様が来なさいとおっしゃられて、その言葉を聞き、来た人は安らぎを得ます。
安らぎを得た人の姿が書かれている箇所は【 マルコの福音書5章32-34節 】です。
長い間、長血でとても苦しんでいた彼女は全てがダメになるほど酷い目に遭いましたが、
自らイエス様の前に出て  イエス様の衣に触れました。そして彼女は心も体も癒されて平安な心で帰りました。
私たちもイエス様に色々なことを打ち明けて、重荷を降ろして帰るのが主が私たちに与えてくださった
祝福の約束であります。

ですから心に安らぎがない時に、主の前に来てください。そして重荷を降ろしてください。
重荷を降ろさないで、ただ愚痴だけをこぼして そのまま帰るのではないです。
「私に平安をください。私の重荷を全部イエス様に委ねます。」と任せて、安心して帰ったら良いと思います。


【 使徒の働き2章38-39節 】

「聖霊」が与えられています。私たちが罪を悔い改めてイエス様を信じた時に、賜物で与えてくださいました。
聖霊はお金を払って得られるものではないです。
信じたら誰にでも聖霊を受けることができます。


【 使徒の働き16章31節 】

「救い」が与えられます。救いを受けるためには他に道はないです。
信じたら救われます。魂の救いがないと天国に入ることができないです。


【 ローマ3章26節 】

「義」です。イエス様を信じるということは自然とイエス様が十字架に架けられた時に流した血が注がれています。
血を流すことによって罪が赦されます。罪が赦された状態が「義」(正しい者)であります。
自分で一生懸命 努力をして正しい事を行い、私を義と認めてくださいと言っても
神様は絶対にそれは認めないです。
それは神様の方法とは違うからです。イエス様の血を注いで初めてその者を義と認めてくださるので
私たちが信じたその時に、神様の目から見て義とされています。


【 ローマ8章30節 】

「栄光」です。(みことばは)過去形で書かれてあります。信じた者だけに神様が次々と与えてくださったものです。
人間の努力によって得られるものは1つもないです。すべてイエス様によって私たちが得るものなのです。


【 Ⅱコリント2章14節 】

「勝利」です。私たちは神様から勝利を得ている者であります。
以前はどんなに世の中で立派な地位を得ても、結局その道は滅びの道でありますので
全てが虚しいものになっていき、敗北者で終わります。
しかしイエス様を信じたその時から 私たちはイエス様の足跡についていくものになります。
主は勝利をしましたので、イエス様と共にいる者は、その行列に入れてもらえます。
キリストが私たちを勝利者にしてくださいました。


【 Ⅱコリント5章17節 】

「新しいもの」にしてくださいました。自分にその認識がないと新しい者としての生き方ができません。
この世に引っ張られ妥協をしながら古い人のまま生きているのは、
神様のみこころと自分が何者かを知らない者であります。
私は新しく造られた者なんだと宣言をしたら良いです。私は神様の子どもの特権があることを告白していきましょう。


【 Ⅰヨハネ1章7節 】

「罪の赦し」です。神様は私たちがこれからも罪を犯すことを知っておられます。
イエス様の血には私たちの過去、現在、未来の全ての罪までも聖める力があります。
私たちは罪から生まれた者であり、私たちの中にそのようなものが染みついています。
ですから罪を犯した時は、そういうことを告白するなら 神様は またイエス様の血をもって注ぎ、
私たちの罪を赦し、聖めてくださいます。
悔い改めないなら赦されませんが、悔い改めるなら神様によって聖められます。これは聖書の真理であります。


【 ヨハネの黙示録3章5節 】

信じる者は、いのちの書に名前が書かれます。「○月○日にわたし(神様)の子どもになった」と
これがないと神の御国に入ることができないです。

クリスチャンの中に疑問に思っている人たち、開き直っている人たちは
信じた時にいのちの書に名前が書かれてあるから、その後は神様から離れて罪を犯したとしても、
神様は名前を消すことがないから、私は必ず天国に入るんだ。という人たちがいます。

それは全て真理でしょうか――?
そうではないです。なぜかと言うと【 ヨハネの黙示録5章5節 】に書かれてあります。
もちろん神様は信じたその時に、いのちの書に名前を書いてくださいますが、
その者が神様に背を向け、裏切り、悔い改めることもせず、罪の中にどっぷり浸かって生活をするならば
もはや、その者は神の子ではないです。そして いのちの書から名前が消されます。
しかし勝利をする者は、神様の方から いのちの書の名前を消すことは決してないです。


勝利をするということは、特別なことをするのではく、神様の中にしっかりと留まることであります。
そして、いのちの道を最後まで歩く者が勝利者であります。

まとめると次のとおりです。

  • 神の子どもになりました。
  • 永遠の命を受けました。
  • 自由を受けました。
  • 安らぎを受けました。
  • 聖霊を受けました。
  • 救いを受けました。
  • 義と認められました。
  • 栄光を受けました。
  • 勝利を受けました。
  • 新しくなりました。
  • 罪の赦しを受けました。
  • いのちの書に自分の名前が書かれました。

これらは素晴らしいものであります。これを私たちが信じた時に、神によって全て受け取ってあります。
どれほどクリスチャンという身分は素晴らしい身分であり 特権があるのか、
素晴らしい祝福を私たちが既に受けています。

主に感謝をしながら、その者らしく私たちが生きるべきであります。 ( ´∀`)つ

2013.4.21
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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