からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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殉教

聖書に出てくる地域教会①

テーマは 『  聖書に出てくる地域教会① 』 です

【使徒の働き8章1節】

サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

聖書に出てくる地域教会に対して、今回と次回の2回にわたってメッセージを伝えたいと思います。


ヨハネの黙示録に出てくるアジアの七つの教会に対してはよく聞きますが、それ以外の教会もありますので、今回は七つの教会以外の教会はどのような教会であったのかをみて、自分たちの教会も良い所は学びたいと思います。


イギリスに留学中の韓国留学生たちが、宣教師と教会を探していました。

イギリスには古くから大きな教会がたくさんありますが、
彼らが使わない時間に教会を借りようと思い、ロンドンにある多くの教会を訪ねました。


すると、すべての教会の責任者たちから まず最初に聞かれたことは、“賃貸料としていくら支払うのか?”でした。


なぜ皆が同じ事を聞くのか、だんだんと不思議な気がして来ました。

どうして教会がお金のことを先に聞くのかと思い、その理由を聞きました。


そうしたら、どこの教会も貧しいので冷暖房を使うことが難しく、もし冷暖房を使用するならお金が必要である為、お金のことを先に聞いたと言われました。


教会の建物は立派ですが、信徒は年寄りばかりで 前から2列目まで人が座り、その後ろは空席状態でした。

イギリスは18世紀から19世紀にかけて信徒が多く、世界的に有名な説教者たちも多かったです。

スポルジョンの教会には6千人の座席があり、世界中に宣教師たちも送りました。


しかし、今はどこの教会も人が少ないので、以前のような輝きは完全に消えてしまいました。



反対にイスラム教を信じる人がすごく増えて、教会の建物までイスラム教が買い占め、建物はそのままで、十字架だけを取り除き、そこにイスラム教のシンボルである三日月を飾っています。

三日月は発展を意味します。


モスクに違和感を持っているヨーロッパ人が多いので、教会を買ってそのようにすると 周りの人がモスクだと気付かず、教会だと思っているようです。


イスラム教徒は世界で4人に1人です。
日本でも外国人を含めて11万人のイスラム教徒がいます。お金の力でどんどん浸透しています。


このような時代ですので、教会がしっかりしないと 後でとんでもないことが現実に起こります。


リバイバルした時代の教会の姿が聖書に出てくるので、それを学んで初心に戻らないと、すべての教会が衰退すると思います。


信徒の数が増えるのもリバイバルですが、霊的に強くならないと サタンやこの世に潰されてしまいます。


ですから、その時代の教会の姿をしっかりと学び、受け入れるべきものは受け入れたいです。
今、とても弱さを感じていますので、教会が変わって欲しいと思います。


これから初代教会の姿をみていきます。




エルサレム教会




エルサレム教会は聖霊降臨の後に最初に出来た教会で、霊的に一番強い教会でした。

教会の指導者たちが主の弟子たちでした。


【使徒の働き2章40-47節】

ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。

そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。

そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。

そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた。

信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。

そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。

そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、

神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。

特徴としては、聖霊の働きが活発で 多くの奇跡が起きたこと、そして主のことばに対する全き従順、信徒たちの深い交わり、霊的祝福を何よりも求めた教会でした。


そして評判の良い教会でしたので、毎日救われる人がたくさんいて、爆発的なリバイバルがありました。

しかしこのような状態は長く続きませんでした。

サタンによる激しい迫害が始まり、それによって使徒たち以外はエルサレムに留まることが出来ず、諸地方に散らされていきました。


散らされた人たちは、ただ逃げたのではなく、みことばを宣べながら巡り歩きました。

そして彼らが行く町に奇跡が起こり、大きな喜びが起こりました。


しかし迫害によって使徒ヤコブが殉教し、他の使徒たちも苦難を受け、多くの信徒たちも苦難や殉教をしましたが、その中でも彼らは喜んでいました。


最強の教会でした。


それが出来たのは、信徒たちが聖霊に満たされ、みことばに満たされ、伝道に熱い思いを持っており、神の国とその義とを第一に求めたからです。


これは心を神に向ける時に可能ですので、私たちが学ぶべき姿です。


形式的な信仰生活では、迫害にすぐ倒されてしまいます。

そのような信仰生活では聖霊に満たされることも、従順することも、使命に燃えることも出来ません。


私たちにはこれが足りないと思います。
形式的で生ぬるい信仰がとても多いので、悔い改めが必要です。




アンテオケ教会




次はアンテオケ教会の姿です。


【使徒の働き11章25-26節】

バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、

彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。

アンテオケはローマ帝國で、ローマ、アレクサンドリアに続いて 3番目に大きな都市で人口は50万人いました。


アンテオケ教会に初めて異邦人伝道の基地が設置され、バルナバとサウロ(=パウロ)がそこで人々を教えました。

ここは異邦人教会の中心地であり、宣教基地でした。


この時、初めてキリスト者と呼ばれたということは、キリスト教がユダヤ教とは完全に区別された新しい宗教であると認められたことを意味します。

それまでユダヤ人は、キリストを信じる者を “ナザレ人”や“ガリラヤ人”と呼んでいました。


アンテオケ教会は、断食と祈りをしながら聖霊の導きを受けて、正式にバルナバとサウロを宣教師として派遣しました。

そしてこの教会は 愛がある教会で、ユダヤにいる信徒たちがききんのために困っている知らせを聞くと、それぞれの力に応じて救援物資を送りました。


アンテオケ教会は霊的に成長し、数においても大きく成長した教会でした。

教えられたみことばをよく守り、よく祈り、愛の労苦があったのでリバイバルしました。


数は多くても霊的に弱い教会も多いですが、アンテオケ教会はバランスの取れた教会でした。




カイザリヤ教会




カイザリヤ教会に対しては知らない人も多いと思います。

カイザリヤは地中海に面した所にありますが、ここはエルサレム教会の執事であったピリポの故郷でした。


ピリポはエルサレム教会で最初に選ばれた7人執事の1人でした。

その時に選ばれた執事の条件は、「御霊と信仰と知恵に満ち、評判が良いこと」でしたが、7人の中で一番活躍したのはピリポでした。


彼の活躍は使徒の働き8章に書かれていますが、たくさんの奇跡を行い、誰よりも伝道に熱心で、至る所で福音を伝えました。


【使徒の働き8章40節】

それからピリポはアゾトに現れ、すべての町々を通って福音を宣べ伝え、カイザリヤに行った。

自分の故郷へ行って教会を設立しました。

私たちもこの姿勢を学ぶべきです。
直接私たちが行けないならば、自分の故郷に教会が出来るように祈ることです。


日本人はキリスト教に対して興味がなく、無関心な人がとても多いです。


しかしキリストを信じている人は、その人たちに関心を持って自分たちの故郷にも教会が出来るように祈ることです。


教会がないと、たとえ救われたとしても礼拝する場所がないので困ります。

私たちはピリポのように、執事でも このような立派な働きが出来ることを知って挑戦することです。


牧師だけが教会を建てるのではなく、信徒たちも出来ます。
熱心に伝道したら教会が建ちます。


神戸教会は魂が救われてから出来た教会でしたし、私も信徒の時に教会を開拓しました。


熱心に伝道する信徒がいると、教会はリバイバルしますし、伝道しないとリバイバルはないです。


伝道して下さい。たましいにみことばを伝えて下さい。
そうすると聖霊が働きます。




ローマ教会




伝承によれば、最初 ローマに福音を伝えたのは、バルナバと言われています。


この教会は、ローマ帝國の最大都市であるローマに出来た教会でした。

人口が80万人もいる大きな都市でした。

皇帝が存在し、多くの神殿がありましたし、帝國らしいあらゆる設備が整った大都会でした。


ローマ教会の構成は、ユダヤ人と異邦人が混ざっていましたが、異邦人の方が多かったです。


ユダヤ人と異邦人が一緒にいることで、教会の中には様々な摩擦がありました。

間違えた律法主義信仰を持ったユダヤ人と、それとは反対のキリストにある自由を強調する異邦人の間で意見の衝突がありました。


ローマ書は キリスト教の教理が一番書かれていますが、それは教会の問題点を解決するためにパウロが、救いや信仰、律法、キリスト者の生活全般に対して詳しく教えました。


ローマ教会だけではなく、異邦人がいる教会では同じ問題がありましたので、代表的存在であるローマ教会に教理を伝えました。

ローマ教会は地理的な面もありますが、異邦人教会の代表的な存在になっていきました。


ネロ皇帝は自分でローマ市に火をつけておきながら、その犯人がキリスト教徒であるとして大迫害を加え、焼き殺しました。

また何人かの皇帝によって激しい迫害があり、信徒たちは地下に潜るようになりましたし、その迫害の中で多くのキリスト教徒が殉教し、ペテロもパウロも殉教しました。


それでも信徒たちは信仰を捨てることをせず、命を懸けました。

やがてキリスト教はローマ帝國で認められるようになりました。


ローマ教会をカトリック教会の始まりと思っている人がいますが、それは大きな間違いです。
なぜならば、カトリック教会に初代ローマ教会のような姿はありません。

(初代教会は)ペテロを法王にしたこともないですし、巨大な権力も富も持ちませんでした。


ローマ教会の信徒たちは、信仰のために貧しくなり、権力にも妥協せず、迫害され殺されていきました。

それはカトリック教会とはまったく違う姿でした。似ても似つかない姿です。






これからの時代は、世の権力と富と他の宗教との戦いが激しくなる時代になります。


すでに韓国でもイスラム教が学校の中でも、色々なところでぶつかっています。

とても怖い時代になってきました。


私たちは、聖書にある教会が それらの戦いの中で生き残ったことを見ながら、信仰を強め、聖霊に満たされ、みことばに堅く立って、ますます愛し合い、助け合わないと教会はだんだん衰退して消えていきます。


「この教会が潰れたら、他の教会に行けば良い」と思うのは、神も教会をも愛していない姿です。


ますます主のために良い働きが出来る教会になるように、力を合わせないといけないです。


信徒が教会に無関心であるならば、未信者よりも悪い姿です。


初代教会はとても霊的に強い教会で、神の言葉に対しても よく聞き従順していました。
そして迫害にもよく耐えました。


主の再臨が近づいているので、私たちは目を覚まして、神の働きにも力を入れて、教会を強め、魂に対しても関心を持ってみことばを伝え、それぞれが出来ることをしていきましょう。


この世の流れがとても不気味です。
イスラム勢力は拡大してきています。


クリスチャンとして生きにくい時代になっています。

生ぬるい教会では飲み込まれてしまいます。


生ぬるい信仰では妥協して名ばかりの信仰になり、迫害があると“主を知らない”と言います。


必ずその時代が来ますので、危機感をもって信仰生活をしましょう。
(・◇・)ゞ


2015.7.12
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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殉教する人々

テーマは 『 殉教する人々 』 です

【ローマ8章35節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

キリスト教の歴史は “血の歴史”とも言えます。

まずはイエス・キリストが十字架につけられて亡くなられました。

十二弟子のイスカリオテ・ユダはイエス様を売ってから自殺しましたが、ほかの弟子たちはヤコブが一番最初に殉教し、そのあと全員が殉教しました。

パウロも殉教し、初代教会やローマ時代は実に多くの信徒たちが殉教しました。


ローマ帝政時代は300年のキリスト教迫害がありました。
その期間、数えきれないほどの多くのクリスチャンたちが殺されました。日本ではどうだったでしょうか?

日本のキリシタン迫害が世界の中で最も厳しかったと言われています。

1597年に長崎二十六聖人の殉教事件が起こりました。若い人たちが信仰のために殉教しました。
彼らが殺された場所には、記念館が建てられています。

徳川幕府のキリシタン迫害は最も厳しい迫害と言われ、250年間も迫害があり、多くの信徒たちが殉教しました。豊臣秀吉も迫害者でした。


これらの時代を調べてみると、迫害者は信者に「殉教者の道」を選ばせず、棄教するまで監禁して拷問し続けるという策を取りました。

その理由は、迫害者たちがキリシタンを皆殺しにすることは たやすいことでしたが、迫害者たちは(彼らを)棄教させないと、たとえ皆殺しにしても 彼らを自分たちの意に従わせられなかったという侮辱を受けたことになり、自分たちの負けになってしまうので激しく拷問を加えました。


拷問の方法はさまざまでした。

①火炙り…生身の人間を焼き殺す方法です。柱に縛り、苦しみが長く続くようにしました。

②穴吊り…特に残忍だったと言われています。深さ2m、直径1mほどの穴のそばに吊り台を立て、信者を吊り台から穴の中に逆さ吊りをする方法で、穴の底には汚物を入れていました。


信者たちはそれ以外にも激しい拷問を受けましたが、彼らはそれに負けず キリストを裏切ることもなく、自分たちの信仰を守り通しました。


現代は迫害を受け、殉教する人はいないでしょうか?

残念ながら現代も殉教する人は多いです。


シリアとイラクではイスラム国によって多くのクリスチャンが既に殺されてしまいましたし、今も殺されています。首をはねられたり、十字架にかけられたり、石を投げられて死んだりと、とても多くの信者たちが殉教しました。


何年か前にインドでもクリスチャンの家が600棟壊されました。

その時は西側からイスラム教が入ってくることに危機感を感じたヒンドゥー教徒たちがキリスト教に対しても激しく反発し100名がその時に殉教しました。

私はその時の映像を見ましたが、とても残酷な映像でした。

3人のキリスト教信者が多くのヒンドゥー教徒たちに襲われている場面で、棒で激しく殴る者や、足で蹴ったり顔を踏みつけたりとやりたい放題でした。

そして3人のクリスチャンは血を流しながら死んでいきました。心がとても痛む映像でした。


これは2007年4月に、トルコで起こったことです。

聖書配布とC.C.Cの文書の働きをするキリスト教出版社に5名のムスリムが礼拝のために入ってきました。

彼らはイスラム過激派の一員で、20歳前後の若者たちでした。
3ヵ月前から宣教師たちと共に聖書の勉強をしたり、人々に聖書を配ったりもしました。

キリスト教に関心を見せながら接近してきましたが、実は数ヵ月前から殺害計画を立てていました。


彼らは突然入ってきて銃で脅し、宣教師や兄弟たちを椅子に縛り、「イエス・キリストを否定し、そしてアラーの神を唯一の最高の神として受け入れるよう強要しながらナイフで拷問し始めました。

銃とナイフ、ロープやタオルをすでに準備して来た彼らは兄弟たちを残虐に拷問しながら、それをスマホカメラで撮影しました。


1人の兄弟は99回、ドイツ人宣教師ティルマンは156回もナイフで刺されました。ウル兄弟が刺された回数は数えきれません。

彼らは兄弟たちの指を1本1本切り落とし、鼻や口、そして全身を切り裂き、お腹の中から腸を出して、ほかの兄弟たちが見ている前でバラバラにしました。

現地人のウルは32歳の独身、もう1人の現地人には奥さんと子ども2人がいました。

2人は「私は、私の民族に神のまことの愛を伝えながら死ぬ準備が出来ています。」と話していました。

トルコは1000年前はクリスチャンが多い国でした。
アジアの七つの教会もありました。しかし現在はキリスト教は0.3%、イスラム教が98%です。


ドイツ人宣教師ティルマンは46歳で子どもが3人いました。

幸せだった宣教師家族、そして殉教した兄弟たちが一番耐え難かったのは、自分の傍で愛する兄弟たちが苦しみながら死んでいく姿を見ることでした。

殉教した3人の兄弟は、3時間も激しい拷問を受けましたが、誰もイエス様を否んだ者はいませんでした。

最後には3人とも首が切られて亡くなりました。


しかし この事件後、アンカラTVに出演したティルマンの奥さんであるスザンナ宣教師は、『彼らを赦します。なぜなら彼らは自分たちが何をしたのか知らないからです。』と 公開的に彼らを赦しました。

現地人として殉教した兄弟(ネザティ)はいつも「私はムスリムとして生まれましたが、クリスチャンとして死にます。」と言っていました。

最初に韓国人宣教師から福音を聞いて信じたネザティ夫人は、次のように言いました。

“彼はキリストのために生きて、キリストのために死んだので彼の死は 意味ある死です。
私は彼と共に人生を歩んだだけでも栄光だと思っています。そして私はこの地上で栄光にふさわしい人生を生きたいと願っています。”


その後、イスタンブール広場には数百人の隠れていたトルコ人クリスチャンたちが「私たちもクリスチャンだ。私たちも殺しなさい。」と叫びながら集まってきました。

聖徒たちは公に露出されたことで標的にされる危険があるにも関わらず、大胆にネザティの葬儀の場で見守っていました。

予想通りにテロ防止課警察が来て、参加者ひとりひとりの顔を写真に収めました。


日曜日、教会の門には“次はあなたの番”という紙が貼られていましたが、誰も恐れませんでした。

現地の教会の指導者たちは記者会見で “今後、このような悲劇が起こらないことを願います。しかし殺すなら私たちは死ぬしかありません。私たちは信仰で殉教時代を越え、続けて前進していきます。”と霊的宣戦布告をしました。


韓国人の宣教師たちも共に集まって殉教の血が虚しくなることがないように、すでに遺書を書き 最初の殉教者を出したトルコ人クリスチャンたちが迫害に対抗するためではなく、聖徒たちの忍耐のために、そしてトルコの地の救いのために断食祈りをしました。






ルーマニアで14年間も独房の中で迫害を受けた「生きた殉教者」と呼ばれるRichard Wurmbrand牧師の話を聞くと、気が遠くなるような苦しい思いになります。

はたして自分はそのような状況で耐えられるだろうかと自信がなくなります。

14年間、太陽や月、星、花、雪も見たことがありません。本や紙、ペンがなく書くこともできませんでした。女性や子どもも見たことがありません。

ただ看守と拷問専門家だけを見ました。


拷問の方法も色々とありました。
午前5時~午後10時まで正座させられ壁に寄り掛かることも許されませんでした。

時には1日中、スピーカーから流れることばを聞かされました。
「共産主義は良いものだ……キリスト教は愚かだ……もうキリストは信じない……。」
(洗脳するために)繰り返しこの言葉だけが流れました。

時にはまったく音がなく、何も見えず沈黙だけがありました。

それでも彼はキリストを否むこともなく、ほかの信徒たちの名前を口に出したことはありませんでした。
14年間、地下教会の信徒の名前を言えと拷問され続けましたが、ひとりの名前も出しませんでした。


また、インドではクリスチャン一家が住む家が放火されました。

わざと彼らの命を狙っていました。
14才の女の子は身体がすでに半分は焼けて、助けに入ってきた人に 女の子はこのように言いました。

「私はいま やっと十字架の苦しみが少し分かりました。イエス様がどれほど私を愛したかを少しは分かるような気がします。」と。







私たちはここで考えたいことがあります。

彼らが信じるイエス様と、私たちが信じるイエス様は 違うイエス様でしょうか?


彼らの中には何があって あのように生き、私たちの中には何があって 小さなことにも妥協しながら生きるのか。


私たちはたくさんの物を持っていながらも辛いと言うし、あまりにも不平不満が多いです。
さらに私たちはもっともっと欲しいと言います。


しかし、神様は言いました。
たくさん持っているものには多くのものを要求すると、私たちはメッセージをたくさん聞いていますし、本を読み情報を得ているので たくさん持っている者です。

しかし殉教している多くの人を見ると、彼らには多くの知識や賜物があるのではありません。


彼らは「イエスだけが唯一の救い主だ。」という、この事実だけに彼らは命をかけます。

「イエス・キリストの中に救いがある。主はキリストだ。」 この1つのことを 繰りかえし噛みしめながら信仰を守り通しています。


このように生きている人たちがはっきりと告白することばが、今回読んだローマ8章35節のことばです。


【ローマ8章35節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

さらに自分の命や家族よりも、キリストを愛して生きている人たちは次のような姿です。


【使徒の働き20章24節】

けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私の いのちは少しも惜しいとは思いません。


【Ⅱテモテ4章7-8節】

私は勇敢にたたかい、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。 かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

アーメン ( ̄‥ ̄)=3

2014.11.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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