からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

八戸ノ里キリスト教会より YouTube公開!

3分バイブルボイス (別ウィンドウで開きます)
毎日3分テレフォンメッセージを配信しておりましたが、いつでも聞き直せるようにYouTubeにも公開致します。
これからもどうぞよろしくお願い致します♪

善悪の知識の木といのちの木

テーマは 『 善悪の知識の木といのちの木 』 です

【創世記2章9節】

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。


エデンの園はパラダイスです。

最高に快適な環境です。


人間を愛した神は、人間に配慮して最高の環境を与えました。

最高に住みやすい場所がエデンの園でした。


しかし そこにずっと住みたいならば、1つの条件がありました。

それは、“園の中央にある善悪の知識の木から取って食べてはならない” ことでした。


【創世記2章16-17節】

神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」


神は、人間が自分の考えや思いで善悪を判断することを願いませんでした。

善悪の判断は神の領域だからです。


神が善悪の判断をするので、人間の善悪の判断はエデンの園には要らなかったです。


ある人たちは、人間が罪を犯したのは神のせいだと言います。

「善悪の知識の木がなかったならば 罪も死もなかったのに、そんなものをわざわざ作った神が悪い」と言います。


しかし、これはとんでもない言葉です。



罪は、善悪の知識の木によって始まったのではないです。

善悪の知識の木に対する神のことばに、人間が不従順したからです。


善悪の知識の木は、神が人間を試みるためではありませんでした。


人間に与えられた多くの自由の中で、たった1つの禁止命令に従うならば、永遠にパラダイスで神と共に祝福と平安の中で暮らすことが出来ました。



しかし人間は蛇の誘惑を受けて、欲を抑えることが出来ず、結局自分の決断で善悪の知識の木から取って食べました。


神がすでに「それを取って食べると必ず死ぬ」と強調したので、人間はそれを十分知っていながらも従いませんでした。


善悪の知識の木の実を食べたのは、人間の選択でした。

ですから不従順の罪の責任は、神ではなく、人間にあります。






罪を犯した人間を、神はエデンの園から追い出しました。

エデンの園に住む資格を彼らは罪によって失いました。


エデンの園を追い出された人間を待っていたのは、苦労と呪いと死でした。



また、それから人間は 神からではない人間の善悪の知識を土台にして すべてを考えるようになりました。


自分たちで倫理、道徳、宗教などを作りました。

善ならば祝福、悪ならば罰という救いの基準も作りました。


しかし、知らなければならないのは、どんなに善悪の基準を決めて行動しても、そこに無いのは “いのち” です。

何をしても結局 最後は死です。



神が与える命がないならば、どんなに良いことをしても滅びの対象にしかならないです。


良いことに対しても、それは神の基準ではなく、自分の基準だからです。


もしパラダイスに住みたいならば、善悪の知識の木から取って食べてはならないです。

それは今も同じです。


エデンの園には、いのちの木もありました。



命がほしい人は命の木から取って食べなければなりません。
そのいのちとは “イエス・キリストのいのち” です。


それを食べないと命はないです。


【ヨハネの福音書10章28節】

わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。


イエス・キリストは、自分のいのちを与えるためにこの世に来ました。

信じる者たちに、いのちを与えると約束しました。


イエス様のいのちに、人間の善悪の知識が入る余地はないです。

いのちの木には命の実しかならないです。






神は、2つの道が私たちの前にあることを教えました。

死の道といのちの道です。


死の道は、善悪の知識の木の実を食べながら生きる道です。


いのちの道は、神の口から出るいのちのことばによって生きる道です。


【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。


神のことばには関心もなく、自分の思いや考えで生きる人がほとんどです。


死に至らせる善悪の知識の木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするものに見えるので取って食べやすいです。

しかし、そこにいのちはありません。



神のみことばは、私たちを命の道に導くことばです。

それに従う時に死の道から離れることが出来ます。


【ヨハネの黙示録2章7節】

耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」』


【ヨハネの黙示録22章14節】

自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2021.5.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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主の救いが切実に必要な時

テーマは 『 主の救いが切実に必要な時 』 です

【詩篇12編1-8節】

主よ。お救いください。聖徒はあとを絶ち、誠実な人は人の子らの中から消え去りました。

人は互いにうそを話し、へつらいのくちびると、二心で話します。

主が、へつらいのくちびると傲慢の舌とを、ことごとく断ち切ってくださいますように。

彼らはこう言うのです。「われらはこの舌で勝つことができる。われらのくちびるはわれらのものだ。だれが、われらの支配者なのか。」

主は仰せられる。「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」

主のみことばは混じりけのないことば。土の炉で七回もためされて、純化された銀。

あなたが、主よ、彼らをお守りになります。あなたはこの時代からとこしえまでも彼らを保たれます。

人の子の間で、卑しいことがあがめられているときには、悪者が、至る所で横行します。


信じる人は、この世の終末が来ることを 主のことばによって知っています。

そして終わりに現れるしるしを見た時に、終末が近づいていることを感じています。


しかし信じない人々も世の終わりだということばを使います。

彼らは何を見て世の終わりだと思うでしょうか。



悪者たちが社会の中に増え、彼らによって平気に不義が行われ、正しい価値観が悪い価値観に変わり、義があいまいになり、悪人の成功に憧れる人が増える様子を見て世の終わりだと感じます。


闇がはびこる社会で生きることはとても心苦しくなります。


日本は夜でも人々が自由に出歩きます。


しかしアメリカやヨーロッパ、アフリカや南米では暗くなると外に出歩くことが出来ないです。

どこで危険な目に遭うか分からないほど悪いことがたくさん行われます。



昔も今も人間がいる所には必ず悪者たちがいます。

敵対して悪の力を追い出すことは出来ないです。


悪者たちが横柄する時には、神の救いや助けが一番必要な時です。



ダビデは信仰の人で主に喜ばれる者でしたが、悪人たちは彼を尊敬したのではなく、彼の命を何度も狙いました。


悪い者が支配者の立場にいたので、社会の中にも悪者たちが好き勝手なことをして善良な人々を苦しめました。



1節から8節までにその様子が書かれてあります。


【詩篇12編1節】

主よ。お救いください。聖徒はあとを絶ち、誠実な人は人の子らの中から消え去りました。



悪に満ちた社会




悪者によって聖徒は迫害を受け、誠実な人は不義の力によって犠牲になりました。

悪者が支配する社会は堕落しています。


【イザヤ書57章1節】

義人が滅びても心に留める者はなく、誠実な人が取り去られても、心を向ける者もいない。まことに、義人はわざわいから取り去られて、


【詩篇12編2-4節】

人は互いにうそを話し、へつらいのくちびると、二心で話します。

主が、へつらいのくちびると傲慢の舌とを、ことごとく断ち切ってくださいますように。

彼らはこう言うのです。「われらはこの舌で勝つことができる。われらのくちびるはわれらのものだ。だれが、われらの支配者なのか。」



悪者のことばに対して主の裁きを求める




悪者が使うことばは偽り、傲慢なことば、へつらいのことば、二心による偽善のことばです。


【ローマ3章13-14節】

「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」

「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」


彼らは自分たちの欲望を達成するために平気にうそ、偽りのことばで人を騙します。


【詩篇12編5節】

主は仰せられる。「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」



義人に対する主の救い




主は決して義人を見捨てることはしない方です。


主は、主の救いを求める者たちを救い出して下さいます。


【詩篇12編6-7節】

主のみことばは混じりけのないことば。土の炉で七回もためされて、純化された銀。

あなたが、主よ、彼らをお守りになります。あなたはこの時代からとこしえまでも彼らを保たれます。



主のことば




主のことばは真実で、主はご自分の約束を守るからです。


【イザヤ書55章11節】

そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。


【詩篇12編8節】

人の子の間で、卑しいことがあがめられているときには、悪者が、至る所で横行します。



悪者が横行する




悪者が横行する世代は主への恐れがなく、自分と世を愛する欲だけがあります。


このような世代の中で生きている者は、主の救いがもっとも必要な時です。


嘆いたり失望するのではなく、主の救いを絶えず求めることです。

主は祈りを通して働く方です。


アーメン ヽ(TдT)ノ


2021.2.28
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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なぜキリストを信じるのか

テーマは 『 なぜキリストを信じるのか 』 です

【コロサイ1章15-18節】

御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

今、キリストを信じている人はなぜキリストを信じていますか?

この世には多くの宗教があり、神々と呼ばれるものがたくさんある中で なぜキリストを信じているのでしょうか?

「偶然信じるようになった」とか、「何となく信じるようになった」とかいう人はいないと思います。


これとは逆に、キリストを信じない人は なぜ信じないのでしょうか?

きっと色々な理由があると思います。

もし、「ほかの神を信じるているので私はキリストはいりません」と言う人がいるならば、その神はどのような神でしょうか?説明できますか?


その神とこれから関わっていて何か得るものがあるでしょうか?

キリストよりもすぐれたものは何でしょうか?もしあるならば教えてもらいたいです。


今回はクリスマス礼拝を捧げているので、キリストに焦点を合わせて話したいと思います。

聖書はキリストが主役であり、キリストの話がたくさん書かれています。


そして聖書の内容は、主役であるキリストの話です。


私はキリストを信じているので、なぜ信じているのか その理由をはっきりと話すことができます。




(1)キリストは見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方




まずは15節にあるように
キリストは見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方だからです。

キリストは人間と同じ肉体を持って生まれた方ですが、ただの人間ではなく、もともと神である方が 目的があり人間の姿となってこの世に来られた方です。

罪の中で生まれ、罪の結果として永遠の死に落ちていく人類を救うために世に来られました。


【Ⅰペテロ1章18-20節】

ご承知のように、あなたがた父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、

傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。

キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現れてくださいました。

しかし、すべての人類がこのことを知り、喜んでキリストを受け入れて救われるのではありません。

2つの反応があります。


【ヨハネの福音書1章9-14節】

すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。

この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、 世はこの方を知らなかった。

この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

ことばは人となって、 私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

私自身も キリストが誰であるのかを知る前は 人間がどこから来て何のために生き、どこへ向かい、
自分が罪の中にいる罪人であること、そして罪の結果として永遠に滅びることや、贖いが必要であることも知りませんでした。


創造主が誰であるのか、天国と地獄がどんな所かも知りませんでした。

結局、最も大切で重要なことは何一つ知りませんでした。


そしてその中で何とも思わず、目に見えるものだけを求めながら生きていました。


しかしある時に私は神の存在を求めるようになりました。
そしてキリストに出会い、聖書を読みながら、それまでまったく知らなかった真理を次々と知るようになり、 目が開かれ悟りを得られ、神の存在や人間の存在もどうしたら救いを得られ、神の子どもになれるのか、どうしたら天国に入れるか すべてを知るようになり、そのすべてを信じ、受け入れました。


このように明確に教えておられる方はキリスト以外にはおられませんでしたし、私の罪を贖うために人間となられて十字架の上で私の身代わりとなって罪を清算して下さった方もほかにおられません。

信じないわけにはいかないです。


今は信じたので、罪が赦され、神の子になり、むなしい生き方をやめ、永遠のいのちを神から受け、この地上を離れる時には天国に行ける祝福をキリストによって受けています。


私は信じて何一つ損したことはなく、むしろ大切でもっとも価値あるものをすべて受けました。




(2)キリストが万物の主権者




キリストが万物の主権者だから信じています。


【コロサイ1章17節】

御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

神が創造した世界の中で、今 私たちは生きています。

自分が造った世界の中で生きているのではありません。人間は誰一人 “無”から“有”を創造することはできません。

世界を創造し、秩序を作り、それを治める方がキリストであるので、それを認め、感謝し、従うのは当然であります。


歴史の中でも、今の世の中でも草一本でも造ることが出来ない人間が、自分が神であるとか自分が世界の主権者であるとか、偽りを言う者がたくさんいました。

その嘘に騙されている人間もたくさんいます。
その人間も死ぬ時には普通の人間と変わりがなく、ただ権力欲、名誉欲、物欲に満ちていた人間であったにすぎません。


言葉巧みに人を騙しても、その裏にあるものは貪欲に満ちた人間がいるだけなので絶対に騙されてはいません。

特に聖職者と呼ばれる人間の中に多いので、気をつけなければなりません。


自分を再臨イエスと言い続けた統一教会の文鮮明も死にました。

顔を見てもキリストとまったく似てもない人間が自分を再臨イエスだと言っていることに、多くの者が騙されて今も信じています。気の毒であります。




(3)キリストが死者の中から最初に生まれた方で、今も生きておられるから




キリストが死者の中から最初に生まれた方で、今も生きておられるからです。

キリストは十字架の上で死ぬずっと前から弟子たちに言っていました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして 三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

その通りにキリストは十字架にかかり、三日目に蘇りました。

常識的には考えられなかったからです。
しかし目撃者は多くいて、誰も復活を否定することができなくなりました。


私が聖書の中でいつも希望を置くことばがあります。次の箇所です。


【Ⅰコリント15章16-21節】

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

永遠のいのちの約束は復活があったからこそ、信じることができます。




(4)キリストの中にすべての宝がある




キリストの中にすべての宝があるから信じます。


【コロサイ2章3節】

このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。

キリストに出会って、このことは本当に実感しています。

世の知恵と知識しかなかった時には、目に見えるものしか分かりませんでした。

しかし、キリストを信じてから今に至るまで どれほど神から多くのことを教えられているか分かりません。

これから先に起こることや、また霊の世界のことまで教えてもらいました。
もちろん今も教えてもらっています。まるで目からうろこが落ちた状態です。


悟りが与えられたことで人生を見直すことができ、正しい道を歩むことができました。

人間の愚かさ、人生のむなしさを知り、捨てることができました。

何が善であり、悪であるのかも 神からの知恵で悟ることができました。


皆さんはなぜキリストを信じていますか?
キリストがどのような方であるのか、正しく知っていますか?

まだよく知らない人は、知らないまま生きるのではなく、知るために聖書を読み、神を知りたいと祈ってみてください。

ある意味、キリストを信じるか、信じないかは人間にとって最大の決断になります。


永遠の死の世界に行くか、永遠のいのちの世界に行くかを、生きている時に決めないといけない選択ですので、これほど重要な決断が世にあるでしょうか。


私は信じる決断をして神様を信じて、これで良かったといつも思っています。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2014.12.21
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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シャローム松山教会の礼拝メッセージです
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サタンとの戦いに勝利する!

テーマは『霊的戦いに勝利するために』です。

【ヨシュア記5章2-5節】

6章に大きい霊的戦いが出てきます。神様から出たものが霊的戦いです。
土地を奪うためにする人間の戦いではなく、滅ぼさなければならないサタンの勢力に対する戦いです。
聖なる霊的戦いであります。

イスラム教はアッラーの神の為と言いますが、自分達のために人を殺したりテロを起こしたりします。
そういうことをして自分達は天国へ行きたいと思っています。

聖書に出てくる霊的戦いは神様からの指示があります。
旧約聖書を読むと、戦いがとても多いですが、実際の戦いであります。
霊的戦いに対して一番偉大な教材は旧約聖書であります。
新約聖書はさらに範囲が拡大されて霊的戦いのことを主が語っておられます。

しかし新約聖書の霊的戦いをするには、旧約聖書に出てくる戦いを学ばなければならないです。
旧約聖書を通して主の戦いの姿を見せて、私たちはそれを学びなさいと言っておられます。

戦いに負けたことが一度ありますが、それを探ると何故負けたのか原因が出てきます。
そして勝利した戦いは、勝利した秘訣が書かれてあります。

旧約聖書は霊的戦いで勝つために学ぶ点が多いです。
エリコは、とても恐ろしい町です。
そこには強い軍隊やすごい城壁があり、彼らの力では勝利することは不可能であります。
イスラエルの民たちは武器を持っておらず、戦いの経験もなく、40歳以下の者でありました。
その中には女の人や子供もいました。

この状況の中、神様はどうやって勝利に導いたのでしょうか。
神様の命令がありました。戦いの前にまず させたことは、割礼をしなさいということでした。
これは人間的な思いで見たら、とても愚かなことであります。

割礼というものは、神様がアブラハムと契約を結んだ時に語った1つの印であり、神の民になる契約です。
神様との関係をもう1度整理し、新しくしなさいということであります。

【コロサイ書2章11節】

神様の前で無力な者、自分を否定する者、神様だけに頼る者、こういう者に神様は霊的戦いで
勝利を与えてくださいます。

割礼を受けた者らしく生きていかないといけません。
心が大切であります。心は聖霊様が住む「神の神殿」であります。
その神殿の中に神様がおられますので、私たちは割礼を受けないと聖霊様が住むことができないのです。 
私たちの肉のものを十字架につけなければならないです。
肉の手段を捨てなければ、本当の意味で割礼を受けた者ではないということになります。

【コロサイ書3章5-10節】

今あるべき姿は3章10節のことばであります。

サタンを恐れたりしますが、恐れはサタンが持ってきたものであります。
しかし、神様はサタンを恐れる必要がないとおっしゃっています。
なぜなら、当然守らなければならない神様の言葉を、自分達が守らないために受ける神様の御怒りの方が
大きいからです。
サタンがもたらすものよりも、神から来るものを恐れなければなりません。
私たちの身体も魂も殺すことができるのは神様であります。
サタンよりも力ある神様を恐れないといけないです。

神様に助けを祈り求めたら、助けてくださいますが、
しかし私たち自身が神様の敵になって神様の怒りを起こしてしまうならば、誰も助ける者がいないです。
サタンが助けてくれますか? ――サタンは助けるものではないです。私たちが滅びることをサタンは喜びます。

戦う時に、神様が味方である時に、私たちは勝利することができます。
霊的戦いは神に逆らう勢力に対する戦いであります。

なぜ私はいつも霊的戦いに勝利できないのか?なぜ神様は私を助けてくださらないのか?
あなたは本当に割礼を受けているのか?神様との関係であなたはどうなのか?あなたは私に従っているのか?
もし逆らっているのなら、いくら求めても神様は助けることができないです。

神様が一番悲しがるのは、既に自分がサタンのところに行っていることに気付いていないことです。
目が見えない、自分がどこにいるのかもわかっていないことです。

【申命記20章4節】

神様との関係を正しくするならば全ての戦いで勝利を与えてくださる神様です。

旧約聖書の霊的戦いで勝利したものは、神様の指示に全ての民たちがその通りに従いました。
そして神様に献身しました。すると100%その戦いは勝利で終わりました。

指導者も民も、祈りながら神様に作戦を聞くと必ず方法を教えてくださいました。
エリコの戦いでも神様の方法に従ったことで勝利することができました。
戦いに負けた時は、神様に従わなかったことが原因なのに、神様につぶやきました。
敗北の理由は神様ではなく、民たちにありました。従わなかった罪があるからです。

【Ⅱコリント10章3-4節】、【エペソ6章10-12節】

聖徒たちの霊的戦いは常にあります。
この時に私たちは「サタンを追い出さなければ」と考えたり、
自分を苦しめる周りの人達をターゲットにして「あれがサタンだ」と他人と戦い始めます。
しかし、それだけが霊的戦いではないです。

一番強いものは「常にあなたの内側にある」と神様が語っておられます。
私たちが戦うべき相手は、外部の勢力ではなく信仰生活で起きる
自分の内側にあるものとの戦いが一番しなければならない戦いであります。

①肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢
これは御父から出たものではないです。神様から出たものなら戦う必要はないです。
しかし、神様から出ていないものが私たちの中に存在するなら、それはどこから来たものでしょうか?
――それは、この世(悪霊)から来たものです。

私たちには肉の欲、目の欲がありますが、それらは神様に対して戦いを挑むものです。
肉の身体を脱ぎ捨てなさい、そしてイエス様から心の割礼を受けているのに、それを持つならば
再び古い者に戻ったということになります。
サタンと共に仲良く歩んだ時の姿に戻っていることを意味します。

こういう思いが出てきた時に、サタンに立ち向かっていかなければならないです。
そうしないと肉の奴隷になってしまいます。
霊的戦いを軽く考えるならば、自分の命が取られることを意味します。
サタンの目的は、「盗む」、「滅ぼす」、「(魂を)殺す」です。
わずかな肉の欲のために、あなたの大切な永遠の命を手放すのか?
肉の欲を殺しても殺しても常に出てくるので、これは激しい戦いになります。

②悪からの誘惑
サタンが私たちの心に植え付ける色んな想いです。
不信感、疑い、憎しみ、怒り、不安
これは私たちの想いにサタンが常に入れるものです。悪を行うように誘惑するものです。

良い想いは神様が与えてくださいます。私たちが良い行いをするためにみことばを入れます。
そうすると心が満たされていきますが、悪い想いは全てサタンが入れる悪いものです。
私たちは自分の心を守らなければならないです。サタンの誘惑に乗り、心に入れてしまうと罪を生みます。

③罪との戦い
罪と知っていながら、留まっているなら全てを失うので立ち返らなければならないです。
罪の奴隷になると、さらに罪を犯します。ついには心が死んでしまい、
良心が麻痺されて、罪を犯しても何にも思わなくなります。そうなると完全に神様から切り離されてしまいます。
私たちは罪を犯さずに生きる人はいないですが、しかし罪を犯したならば悔い改めて立ち返り、
罪の奴隷になってはいけないと神様が語っておられます。

罪は楽しいだろう?やり続けなさい。神様を信じてみことばに従って生きるのは、しんどいだろう?
短い人生、喜び楽しみながら快楽を求めながら生きなさい。
そして肉を喜ばせる言葉に誘惑され「神に従うのはしんどいな~、もう ほっといてくれ」となってしまうと、
その先は自分で刈り取らなければならないです。
他の者が刈り取るのではなくて、自分が蒔いたものは自分で刈り取ることになります。

しかし戦って私たちが神様の言葉に従っていくならば、神様が共に闘ってくださいます。
神様が戦うので負けることは有り得ないです。霊的戦いは自分の永遠の命にかかっています。

戦いそのものは楽ではないです。
しかし主は、楽ではない中でも神様に頼るならば、神様は力を与えて勝利することができます。

私たちは1週間に1回は礼拝に参加をしてみことばを聞きながら賛美をしますが、
これは軽く考えてはいけないです。これは戦いの1つの武器であります。

しんどくて参加したくない時こそ、それは肉の想いでサタンに抑えられていることなので
神様がいるところに行かないと、さらにサタンによって抑えられていきます。
礼拝の場所ではみことばを宣言し、賛美があるのでサタンは追い出されていきます。
来る時は肉体はしんどいです。しかし神様は、しんどい時に1人でどうやって戦うんだ?
サタンは私たちが神のところへ行かないように策略を持って働きます。

【詩篇149編5-9節】

礼拝の中でサタンを縛ります。知恵を受け、神様の助けを受けて勝利するために礼拝に来なければならないです。
その想いで来るならば、神様は帰る時に必ず勝利させてくださいます。
だからサタンに騙されてはいけないです。
サタンの誘惑であり聖徒たちが聖日礼拝に来ることは神様との契約であり、神の民である印であります。

本当に心に割礼を受けている者は、神様の安息日を守り、神様に祈らないといけないです。
もちろんこの複雑な世の中に生きているので、どうにもならない時もありますが、
それ以外の理由で、行けるのに自分の肉に負けてサタンに騙されて行かないならば
霊的戦いに負けたことを意味します。

ある牧師が「サタンを縛ることをしているんですか?そんなことをしてはいけない」と言っていました。
そういう牧師の教会は悲惨であります。サタンはやりたい放題です。
聖書にはこのように書いてあります。「悪魔に立ち向かいなさい。」、そして「戦いなさい」という言葉もあります。
私たちはサタンが多く働くところで生きているのに、戦わないならば奴隷になってしまいます。

霊的戦いに勝利するために旧約聖書で学び、負けた戦いにも何故負けたのかを知ると、
そこに自分の姿が出て来ます。
従わなかったから、欲を出したから、罪をそのままにしたから・・・いつまで経っても勝利できないです。

肉を叩いて潰して、聖霊に服従させなければならないです。
もし自分の想いのままに生きるならどうなるか、士師記を読めばわかります。

神様を恐れてください。そして神様が語った通りに指示に従ってください。そうするならば100%勝利します。
日々戦うと、どんどん新しい者に変わっていきます。 ( ̄‥ ̄)=3 フン

2012.3.4
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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