からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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毎日3分テレフォンメッセージを配信しておりましたが、いつでも聞き直せるようにYouTubeにも公開致します。
これからもどうぞよろしくお願い致します♪

権力

バベル塔を建てる人々

テーマは 『 バベル塔を建てる人々 』 です

【創世記10章8-10節】

クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。

彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。

彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。

ニムロデは地上で最初の勇士であり、力ある狩人であり、また王でもありました。

その時代においても恵まれた人でした。


しかし主から受けた恵み、力、祝福で、彼は何をしたでしょうか?


彼はバベル塔を建てました。

彼に加担する者も多かったです。


しかし、それは主に喜ばれることではなく、反対に主に逆らう事でした。


それはバベル塔を建てる目的が、主の御心に反することでしたからです。

「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」



神のみこころは「生めよ。増えよ。地に満ちよ。」でした。


神を敬い、神のことば通りに生きることを願っていましたが、人間は自分たちの力に頼って、自分たちの為に 高い塔を建て、自分たちの名をあげ、地の全面に散らされないようにしました。


神の恵みを忘れ、神に不従順し、神のようになろうとしました。

人間の邪悪な心は、ノアの洪水の後でもまったく変わりませんでした。


神は彼らが建てた塔を見て、彼らを散らし、彼らの思い通りにはさせませんでした。



世界は変わっても変わらないのは人間です。

そして人間は、あの時代よりも さらに悪くなりました。


人口も増え、知識も昔とは比べられないほど増してきましたし、科学も驚くほど発展しました。


しかし人間は昔よりも悪くなりました。

人間の高慢と悪は、今もバベル塔を建てるために熱心です。


皆ではなく、ニムロデのように権力、財力、力を持っている一握りの人たちが 自分たちの世界を造ろうとしています。

人々を支配し、神が造った世界と秩序を 自分たちの好みの世界に変えようとしています。



今に始まったことではないですが、コロナによって彼らが望む方向に急速に進むようになりました。


ニムロデのような存在が誰であるのかも明らかにされてきました。

恐ろしいことを企んでいる彼らは神に逆らう者たちですが、サタンには忠実な者たちです。


666の預言も目の前に来ました。

反キリストは すでに働いているかも知れないです。


携挙も世の終末も同時に近づいて来ました。



地上で自分たちの王国を造ろうとする人たちのことを、神はしっかりと見ています。


彼らにあるのは厳しい神のさばきです。

それに加担する者も同じです。


神を恐れ、信仰を守るために目を覚ましていないと、力ある者たちが造る世界で 彼らの支配を受けなければならないし、神からは裁きを受けるようになります。


闇の力に覆われないためには光の主の中に生きていないといけないです。



彼らからの迫害に耐えるには普通の生活や心では出来ないです。


神に身を避け、神の守りをもらう人だけがいのちを得ると思います。


目まぐるしく色んなものが進んでいます。

見逃してはいけないと思います。


目を覚まし時代を悟るためです。


アーメン Σ(゚д゚;)


2021.1.10
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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イエスを殺そうとした理由

テーマは 『 イエスを殺そうとした理由 』 です

【マルコの福音書3章6節】

そこでパリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。

イエス・キリストは、ある日突然 十字架にかかって死んだのではなく、早くから殺意をもって殺そうとした人たちがいました。

そして結局、彼らによって殺されました。


誰がどのような理由があって最初から殺そうとしたのでしょうか?


殺意をもっていた人たちは テロ集団ではなく、厳格なユダヤ教徒であるパリサイ人たち、そして祭司や律法学者たち、すなわち “宗教指導者や宗教熱心な人たち” でした。


これは今の時代も変わらないですね。

イスラム原理主義者たちが世界中で行うテロを見ると、その恐ろしさが分かります。


イエスを殺そうとした人々も似たような人間でした。

彼らは 誰よりも律法を知り、それを厳格に守っている者でした。


しかし、イエスに対する彼らの姿を見ると 平気に律法を犯していました。

十戒には「殺してはならない。」と明確に書いてあるにも関わらず、彼らは人殺しをしようを企んでいました。


なぜ 神のことばを破りながらも、イエスを殺そうとしたのでしょうか。

殺意から殺人に繋がっていきました。


そこには2つの大きな理由が考えられます。




政治的理由




イエスが生まれた時、東方の博士たちが 特別な星に導かれて エルサレムまでやって来ました。

そして、「ユダヤ人の王として お生まれになった方は、どこにおいでになりますか。」と尋ねました。


するとその時、王であったヘロデは 恐れ戸惑って、自分は何も知らないので、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、「キリストはどこに生まれるのか」 と問いただしました。

彼らは、“ベツレヘムで生まれる” と正確に教えました。


しかし、彼らは見に行くこともしませんでした。

長い間、待ち望んでいた人たちなのに、メシヤが生まれた話を聞いても 全く動かず、歓迎もせず、捜しに行くこともしない姿が不思議でたまらないですね。


無関心でした。


博士たちは星に導かれて幼子イエスに会い、ひれ伏して拝みました。

ユダヤの王として認めました。


しかし一番メシヤに対して詳しい宗教指導者たちは、誰一人尋ねて行って拝むこともしませんでした。


後にイエスが公の場で宣教を開始し、誰も行ったことのない様々な奇跡や権威あることば、すなわちメシヤの預言と同じ働きをしているのを見ながらも、また人々が イエスをユダヤの王だと言っても 彼らだけは認めませんでした。

そして受け入れることもしませんでした。



また、イエスの所に多くの人々が集まり、どこへ行っても歓迎されているイエスの姿を見て、彼らの心は妬みでいっぱいでした。

なぜなら、(イエスが宣教を開始する前まで)彼らは民を支配し、権力を振るっていたからです。


人々の流れと関心が イエスに向いてしまうと、自分たちの権力を維持するのが難しいと考えていたので、消すしかないと思いました。

これは、いつの時代にも政治の世界でよく起こることです。


メシヤとして認めない心、妬み、権力欲によって殺そうとしました。




宗教的理由




イエスに対する信仰がなく、メシヤとして信じることが出来ませんでした。


信じないので、イエスが “メシヤであると宣言すること” に腹を立てました。

そのことを受け入れることが出来ませんでした。


そして彼らは宗教儀式を行うことを喜び、日々それを励んでいるのに、イエスが自分たちとは違うことをして、その儀式を破ることもするので ますます憎み、敵対し殺そうとしました。


(イエスを)神ではなく、悪霊だと彼らは思っていて悪霊呼ばわりしました。


また時には、イエスが 自分が天から来られた神の子、時には神 とも言うので、“神を侮辱する者” として生かしておいてはいけないと思って殺そうとしました。


【ヨハネの福音書5章18節】

このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破っておられただけでなく、ご自身を神と等しくして、神を自分の父と呼んでおられたからである。

【ヨハネの福音書8章58-59節】

イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのです。」

すると彼らは石を取ってイエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、宮から出て行かれた。

彼らが霊的無知であったからです。


【ヨハネの福音書12章40節】

「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見ず、心で理解せず、回心せず、そしてわたしが彼らをいやすことのないためである。」

彼らが本当に聖書に詳しい者であったならば、イエスが預言されたメシヤである証拠をたくさん見つけることが出来たと思いますが、彼らは一度も イエスが本当にメシヤであるかどうかを詳しく調べたこともありませんでした。



ただ自分たちがイメージしていた(メシヤの)姿ではなく、また自分たちにある欲や高慢や妬みなどによって殺意をもち続け、結局は自分たちの手でメシヤを殺してしまいました。

この罪はどんなに大きな罪でしょうか。


主イエスに敵対して生きることは、自分の命取りになります。


信じていのちを得る者になりたいです。
アーメン (・∀・)


2018.3.18
聖日礼拝メッセージ

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イエス様を誰だと思いますか?

テーマは『 あなたはイエスをだれだと思いますか 』です

【マタイの福音書16章13-15節】

さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」

彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも 言っています。」

イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」

皆さんは、イエス様をだれだと思っているでしょうか。
多くの人々が1人のイエス様を見て、色々な言葉を使って表現しました。

「わたしはイエスをこのように思います。」

これは人間として来られたイエス様なので、実際に目に見えていたので、人々の心にはそれぞれの心がありました。
当時の人々は、イエス様のことをヨハネやエレミヤだと言う人たちがいました。

今の世の中の人たちに聞くと、「キリスト教の神様でしょう?」「外国の神様でしょう?」と、私とは関係がないと言います。

イスラム教の人に聞くと、彼らは知っているので「預言者の1人だと思います。」と答えます。
イエス・キリストを否定するわけではないですが、彼らはアッラーの神を信じていますので、それを紹介したマホメットよりも下にいるのがイエス・キリストという預言者の1人だと思っています。


大切なことは、イエス様は「あなたはどう思っているのか?」であります。
それによって私たちに救いがあるか、ないかが変わってきます。

毎年 クリスマスを祝う人はいますが、ある人は何も考えずに祝っているのです。
「喜びの日だから遊ぼう。お酒を飲んで、チキンとケーキを食べて楽しくしよう。」と思っている人が多いです。
イエス様の誕生日であることも知らず、イエス様を招かないのです。

私たちは肉体をもって地上に来られた時のイエス様をどのように思っているのでしょうか。
今は復活されて天におられますが、どのように思うかによって、私たちと神様との関係が全く違います。




①一番大きい方であるのに、一番小さい方として、この地上で生きていた


一番大きいということは、イエス様は創造主であるということです。全知全能なる神様であり、そこにあるものは支配と権威であります。
王の王、主の主ということは、それよりも上に立つものはないのです。

それなのに、地上におられた時にイエス様は一番小さい者として歩んでいました。
30年間 大工をしていましたが、時が来たときに福音を宣べ伝えながら奇跡を行いました。その時から人々に知られるようになりました。
一番初めに目をつけた人たちは 宗教指導者たちでした。
人々が驚くほどイエス様が語る言葉には権威がありましたので、宗教指導者たちがイエス様を迫害するようになりました。

それでもイエス様はその人たちと戦ったでしょうか? ―― 戦ってはいないです。
何も言わずに黙って、対決することを避けていました。

そして、十字架に架かる前に捕らえられた時は政治が絡んできました。植民地でありましたので、ローマの相続であるピラトのところへ連れられてきました。
そこで宗教指導者たちは偽りの証言をしながら訴えていました。しかしイエス様はピラトに何も語りませんでした。


イエス様は権威あるお方でありましたが、その権威に力を持って戦ったことが無かったですし、その権威を前にひざまずいたこともなかったです。
「わたしが死ぬことが父のみこころである。」と世の権威に対しても黙っていました。一番小さい者のように黙って自分の命を差し出しました。

本当は 王の王で、誰も逆らえないのですが、自らそれらを全て捨てて罪人や奴隷のように自分自身を低くしました。

実際に罪を犯した人でも、自分の無実を訴えます。イエス様はこのままでは死ぬということが分かっていても権威にはひざまずかなかったです。

ピラトは、イエス様には罪がないのに黙っている姿を見て びっくりしました。




②一番偉大な方なのに、一番卑しい人のようにこの地上で過ごしていた


【ピリピ2章6-8節】

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、

ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、 人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、

自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

天にいる時と全く違う姿で、地上で30年間 大工の仕事をしながら、本当の意味では繋がりのない家族を養っていました。

その後 3年間、人々はあまりにも素晴らしい奇跡を行うイエス様でしたので、王様として立てようとしましたが「わたしは仕えるために来ました。」と毎日彼らに仕えていました。

イエス様が捕えられた時に、どれほど人々から悲惨な目に遭っているのか 皆さんも分かると思います。
もし私たちも同じようなことをされたとしたら、カァ~ッと頭に血が上って その者に向かって敵意を持って戦うと思います。
今は学生が先生に平手打ちをされたら社会的に大きな問題になっています。


全ての誉れと賛美を受けていたイエス様がムチで39回打たれて身体が裂けました。私たちがその場にいたとしたら人々と同じことをしたと思います。

良い時は「主よ、感謝します。」と言いながら、気に入らない時はイエス様に不平不満を言います。これはイエス様をムチで打つことと同じであります。


【イザヤ書53章3節】

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

人々から蹴られたり はずかしめを受けたりしましたが、イエス様は黙っていました。私たちだったらその場から逃げると思います。
イエス様が一番卑しい人として生きていたことを知ることが出来ます。




③一番豊かなイエス様でしたが、地上では一番貧しい者になっていた


本来、創造主ですので天や地上の全てのものの所有者であります。私たち人間も所有されているものです。
しかし、イエス様は何も持っていない者として地上に来られました。

イエス様は金持ちや政治家と仲が良かったでしょうか――? 彼らからは憎まれていました。
イエス様はいつも困っている者たちと一緒にいて 彼らを助けていました。

宗教指導者たちは近づいたら汚れるからと、その者たちに近づかなかったです。しかしイエス様は自らが近づいていきました。


【Ⅱコリント8章9節】

あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。 それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

私たちのために貧しい者になりました。ですからイエス様は金持ちの人たちに対して厳しい言葉を言いました。
なぜなら彼らは 富をもって贅沢に暮らしますが、本当に困っている人たちに対しては無関心であったので、それが大きい罪でありました。

私たちは大きいことをしたいと願うのではなく、私たちはイエス様からたくさんの恵みを受け取りました。
それはイエス様の方から私たちに関心をもって 友となり、悩みを聞き、憐れんで愛を示してくださいました。




イエス様はすべての権威と力を持っていても、それを私たちのために無い者のように生きたのですが、イエス様が1つだけ権威を使い強かった部分がありました。


④サタンに対して強かった


サタンが持っている死の力も、ご自分の命を捧げて、それから復活したことによって勝利しました。
それは自分の力を見せるわけではなく、捕らえられた人々を助けるためにイエス様は見せてくださいました。

私たちがイエス様から学ぶ姿は、最も小さな者として生きることであります。

権力に頭を下げず、一番最高のイエス様に頭を下げて、この世の権力にペコペコするのではないです。

そして、私たちは一番卑しい者のように生きるのです。
それは謙遜にならないと出来ないことであります。

困っている人たちがたくさんいるので、その人たちの力になること、慰めや助けになるために生きるのです。人々を差別をしたり蔑むのでは、何一つ良いことがありません。

イエス様は今も聖霊を送って日々私たちを助け、恵みを与え、愛し守ってくださる方であります。 (*´∇`*)


2013.12.22
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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