からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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最善

信仰の競走を続ける

テーマは 『 信仰の競走を続ける 』 です

【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

駅伝で走る選手たちが何よりも心掛けているのは、早くタスキを次の選手につなぐことです。


お正月になると、多くの人々がテレビを通して箱根駅伝を二日間視聴します。

ハラハラドキドキしながら観ています。

その中で一番心が痛むのは、遅れてタスキを渡した選手たちが泣き崩れる場面ですね。


誰もがいのちを懸けて必死に走ります。

周りを見ながら、休みながら走る選手は 今まで見たことがありません。

全選手が全力で前に向かって走っていきます。






この姿は私たちが信仰に適用しても良い姿です。


私たちには、私たちよりも先に走った信仰の先祖たちがいます。

そして、その先祖たちの前には 私たちの主イエス様がいのちを懸けて走りました。


イエス様からタスキをもらった先祖たちも 必死に走って、そのタスキを私たちに渡しました。

ですから私たちも、それを次の選手たちに渡すために必死に走らないといけないですね。


辛くてやめたくなる時もあります。

疲れて休みたくなる時もあります。

ですから忍耐が必要です。


忍耐できないならば その競争に失敗します。



日本各地でマラソン大会が開かれていますね。

それに参加する人たちはすぐに分かります。

昼でも夜でも街をよく走っています。


夏の暑い時も汗をかきながら走っています。

マラソン大会に参加してゴールするためには 日々体を鍛え、走り続けないと、参加してもゴールまでは とても難しいです。

誰もが本当に必要なものだけを身に着けて走っていました。


競争するのに まとわりつくものがあるならば、どんなに不便でしょうか。

ですから最小限のものだけを身に着けます。



信仰の競走を邪魔するものには何があるでしょうか?


世のものに対する人間の欲、人生の悩み、罪、私たちを縛る様々な規則などです。


これらは私たちにまとわりついて自由を奪い、邪魔をして競争が出来ないようにします。

これらに気をつけないといけないです。






信仰の競走は それらの障害物を乗り越えて、神の所に走っていくことです。


ゴールにはすでに競争を終えて勝利した勝者たちが次の勝者たちを心待ちにしています。


十字架の苦難を乗り越えて その道を走り終えた信仰の完成者であるイエス様が喜びをもって待っていらっしゃいます。


その手には栄光の冠を持ってくださっています。

イエス様は勝利者として神の右に着座されました。



主の弟子ステパノが反対者たちに迫害されていた時に、ステパノは聖霊に満たされ、人々を見ず、天を見つめイエス様を見ていました。

実際に神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見ました。


イエス様は彼が信仰の道を走り終えようとしていることを知りました。

そして迎えるために立ち上がっていました。


これを見たステパノはどんなに嬉しかったでしょうか。

ステパノは主に叫びました。


【使徒の働き7章59節】

主イエスよ。私の霊をお受け下さい。

イエス様こそ、私たちが到達しなければならない目標点です。


そこに行くためには右にも左にも逸れてはいけないですし、そして後ろに退くことがあってもいけないです。



絶えず信仰の競走をする時に疲れることもあります。

それでも聖徒たちは座り込んだり、疲れ果ててしまったりしてはいけないです。


その時にこそ、イエス様がどれほど忍耐しながら私たちに模範を見せて下さったのかを考えながら、自分たちも苦難と逆境を乗り越えるように励まなければなりません。


怠けたい誘惑、走りたくない誘惑、罪からの誘惑によって広い道に戻って行く人も多いです。

一度その道に入ってしまうと、なかなかそこから戻ることが難しいです。


しかし私たちは忍耐して昔のことは忘れて、ひたすら前のことだけを考え、決して後ろには退かず、他の競争者たちと励まし合い、勇気を与えながら共に走れるように最善を尽くすことです。



箱根駅伝一つを見ても、彼らは一年間 毎日多くの距離を走り続けています。

毎日最善を尽くしています。

永遠のいのちが懸かってもいないのに、あのようにいのちを懸けています。



それなのに永遠のいのちが懸かっている私たちが適当に走っていながらも 簡単に永遠のいのちが入ってくると思うならば、それは間違いです。


召して下さった方のことをいつも思いながら、信仰の競走を続けることです。
アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2018.11.3
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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聖徒の使命

ハレルヤ。

今日も皆さんの健康が守られますように祈ります。


先日、甲子園では春の高校野球が盛り上がっていました。

若い選手たちが一生懸命にプレイしている姿に 人々は感動し応援しています。


キリスト者が、野球チームの選手として例えた人がいました。


選手名簿に名前が載ったすべての選手たちは、自分の打席が回ってくるまで待ちながら、他の選手を応援し、自分の番になると最善を尽くします。


1つのチームでホームランや長打を打つ選手は限られていますが、投手も内野手も外野手もみんな安打を打ちたいと願っています。

そして全力でボールを打ちます。


同じくキリスト者というチームで、すべての聖徒たちは クリスチャンとしてあらゆる分野で活動しようと励んでいます。

そして実際に、特定分野で優れた活動をしている聖徒たちもいます。


“そのように活動する人がいるから、自分が打席に立って最善を尽くさなくて良い”ということはないですね。


例外なく、聖徒たちは神によって使命が与えられ、働きも与えられていますので、各自が与えられた役割をしていかなければなりません。

イエス様はたとえ話を通して、そのことを教えて下さいました。


【マタイの福音書25章14-30節】

天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。

同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。

ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。

さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。

すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』

その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。

私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』

ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。

だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。

だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』

だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。

役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。

最善を尽くした人には、神からの称賛が、自分の働きをしていない人には厳しい叱責がありました。


評価されずに終わることがありませんので、そのことを覚えて、自分の出番が来た時には最善を尽くしましょう。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2016.4.3
3分テレフォンメッセージ

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勝利の人生

テーマは 『 勝利の人生 』 です

【エレミヤ書29章11-13節】

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。― 主の御告げ ― それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。

もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。

2014年・WHO(世界保健機関)報告では、世界の自殺者は年間80万人超でした。


それは 40秒毎に1人が自殺していたことになります。恐ろしい数字です。


最大の数はインドの25万人、中国、韓国、日本も自殺者の多い国に入りました。

国々によって理由も様々で、ストレスや うつ病、貧困、いじめ、経済面なども理由に入りました。

孤独のために自殺した人も多かったです。


昔と比べ 社会も人間関係もストレスが多く、不安や絶望感が大きくなったので、人生に絶望し、将来を悲観して いのちを断つ人が多くなったと思います。

その人たちは人生に負けたと思いながら亡くなったでしょう。


将来に対して全く不安がないと言うならば、それは嘘だと思います。

周りで起こる様々なことを見ると不安が出てきますし、絶望することも出て来ます。


その時に 私たちは世の流れに自分を任せて行きますか?

そうすると人生に疲れて自ら命を絶ちたくなると思います。


エレミヤと言う預言者がイスラエルの民に神のことばを伝えていましたが、その当時イスラエルは国も無くなり、彼らはバビロンで捕虜の身となっていました。


彼らの罪の結果でそのようになり、そして捕虜生活は長く続きました。

その中で人々は絶望していました。


絶望的になっている彼らを見て、神様は預言者エレミヤを通して語りました。

その内容は素晴らしいものでした。


絶望の中にいる人たちにとって希望と勇気を与えるメッセージで、勝利の人生を生きるヒントがそこにありました。


今回は、そこから勝利の人生のヒントを学びたいと思います。





・自分が置かれた環境の中で最善を尽くす




にせ預言者たちは 耳に良いことばを人々に語り、「捕虜期間が早く終わって国に帰られる」と民たちを惑わしました。


しかし主がエレミヤに啓示したのは、捕虜期間は70年間続くということでした。

それで神様は、彼らが地に足がつかない生活ではなく、しっかりと地に足をつけて生きることを示しました。


【エレミヤ書29章5-7節】

家を建てて住みつき、畑を作って、その実を食べよ。

妻をめとって、息子、娘を生み、あなたがたの息子には妻をめとり、娘には夫を与えて、息子、娘を産ませ、そこでふえよ。減ってはならない。

わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから。」

これらのことばは、今も主の再臨を待ち望みながら歩んでいる私たちに必要なことばです。

たとえ明日 世の終わりが来ても、今日しっかりと地に足をつけて生きることを主は勧めています。


聖徒は決して現実逃避しながら生きる存在ではありません。


現実を認め、自分が置かれた環境に適応しながら、その中で自分に出来ることが何かを思いながら、小さなことに忠実な人にならないといけないです。


神が与えた環境の中で神の栄光を現すために、信仰を持って最善を尽くすことが主に喜ばれる人生です。

神様はその人に恵みと力を与えて下さいます。





・自分の人生を主に委ねる




【エレミヤ書29章11節】

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。― 主の御告げ ― それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

愛とあわれみ深い神様が私たちに与えるのは、災いの計画ではなく良い計画です。

しかし、私たちが神様のみこころを知らず 信頼しないならば、私たちは試みに会い、試練にも会います。


幼子が親に自分を完全にゆだねて生きるように、私たちも霊の父である真実な神様に自分の人生を完全に委ねて生きることを主は要求しています。


いつも私たちはこの部分が一番足りないと思います。
神様は私たちの保護者です。


私たちは主の前では幼子と同じなのに、主に委ねることも頼ることもせず、自分の力で生きようとします。
それが問題です。


謙遜になって委ねるならば、もっと自由に幸せに生きることが出来ます。



ですから人生を主に委ねることを学ばないといけないです。


【詩篇37篇5節】

あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。

【箴言16章3節】

あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。

神様が私たちのために計画を立ててあり、安心してそれに従うなら 神様は一歩ずつ私たちを導いて下さいますし、困難の中でも私たちを守って下さいます。



頭では分かっていても主に委ねることがなかなか難しいのは、信仰の弱さが原因です。

神様への信頼が足りなく、“心配と疑い”が委ねることを邪魔します。


信仰の勝利者は自分の人生を完全に主に委ねて歩みました。

アブラハムの姿を見てもそうでした。


【ヘブル11章8節】

信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。

自分に対する神様の計画を知った時に、完全に自分の人生を神様に委ねて従いました。

それによって彼は幸せで満足ある人生を送りました。


自分の人生設計だけがすべてと思う人が多いですが、すべて自分の計画通りになりますか?

それは神様が喜ぶ人生でしょうか。


神様の計画に自分の人生を委ねることが良い人生であり 幸せな人生です。





・いつも主を求めながら生きること




【エレミヤ書29章13節】

もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。

神様は私たちの祈りを喜んで聞いてくださる方です。


幼子が持つママたちがよく言う言葉があります。
私も子どもを産んで経験しました。


実際は赤ちゃんが泣いてもいないのに、耳に赤ちゃんの泣き声がずっと聞こえてきます。

泣いていると思って赤ちゃんの傍へ行くと寝ています。
そのようなことがよくありました。


赤ちゃんは泣くことで色々なことを伝えるので、ママは赤ちゃんの泣き声にいつも耳を傾けます。

それが赤ちゃんから離れると、泣いてもないのに 時々泣いていると錯覚してすぐに赤ちゃんの所へ行きます。


神様はこれ以上に私たちの声に反応して下さる方です。

私たちは神様に祈ることが出来ますし、祈りは神様の力と恵みを自分のところに下らせます。


「祈ったのに何も答えて下さらなかった」と よく聞きますが、果たしてその祈りが主の心に適う祈りでしょうか。


もしみこころに適う祈りならば、主は答えて下さいます。


【エレミヤ書33章3節】

わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。

このように約束して下さいました。


問題や試練の中で自分1人で解決しようとする人たちが多いです。

神様に頼らず、人にも頼らない人も多いですが、それは不信仰の姿であり、高慢な姿でもあります。


聖徒たちは問題が生じた時は 何よりも先に神様を呼ばないといけないです。


熱心に神様を求めながら、神様の導きと指示を受けることです。


1人で頑張る人は力尽きて絶望することが多いですが、神様に祈り 信頼する人は必ず神様に助け出されます。


詩篇42篇に出てくる祈りは良い祈りです。


【詩篇42篇1-2節】

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。


【詩篇42篇5節】

わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。

【詩篇42篇8節】

昼には、主が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります。私のいのち、神への、祈りが。

主のことばは魂を生き返らせます。


私たちの人生を食い物にしようとするサタンの勢力がますます強く働いているので、いつも主を求めながら、自分の人生を主に委ね、現実の中で最善を尽くす時に 私たちは神様の助けと計画の中で必ず勝利の人生を歩むことが出来ます。
(・◇・)ゞ


2015.10.25
聖日礼拝メッセージ

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人生で大切なものは?

テーマは『 人生において大切なもの 』です。

【伝道者の書3章12-13節】

ソロモンの口を通して何を神様は伝えたかったのでしょうか?

あなたの人生の中で一番大切なものは何ですか?
自分の関心はどこにありますか?お金、持ち物、命、家族…色々あると思います。

若い人達は「命の次には携帯電話」だという人もいて、自分の命を落とす人もいますが、
これは何も気付いていないことであります。

決して「物」ではないです。物は一瞬で消えていきます。「人」でもないです。
人ほど移り変わりやすい、裏切りやすいものもないです。
朝霧のように消えていくものですので、神様はそんなものに信頼するなとおっしゃいます。

ソロモンはこの地上で生まれた人の中で一番全ての物を持っていた人物です。
父・ダビデも素晴らしい人でした。神を信じ、知恵、お金、名誉、権力、欲しい物、全てを持っていました。
そして全てのものを経験していました。妻を1000人。あらゆる快楽も全部経験しました。

そのソロモンが語る言葉なので、私たちはすごく納得できます。実際に経験して書いたものが
伝道者の書です。その中でソロモンは「全てのものが虚しかった」と言っています。

それでは一体、生きてる人間は何が楽しみなのでしょうか?
虚しさの中で、「それでは、何故 神様は人間を造ったのだろうか?」
それでソロモンが主にあって悟ったことが、人生の中で一番大切なものが、伝道者の書3章12節のことばでした。

食べたり、飲んだりするのは、「それは快楽でしょう?」と思いがちですが、
私たちが喜び楽しむことは神様からのプレゼントです。
それなら私たちは喜び楽しまなければならない者だということです。

そうなると矛盾を感じてしまいますが、ここで神様が語っているのは私たちの平凡な日常生活の中でということです。
私たちは毎日食べたり飲んだりしています。

「飲む」というのはお酒のことではないです。
人々は特別なことがあると嬉しいと喜びますが、平凡な1日の生活の中では何も感じなくなっています。
しかし日々の生活そのものが、あなたたちにとって神様が与えてくださった喜びであります。

もちろん神様から離れて食べたり飲んだりするならば虚しさだけが残ります。

【伝道者の書2章24-25節】

神様の主権の中で日常生活を楽しみ喜ぶことが大切なことです。

日々、何も感じずにいた部分が1日取り上げられたらどうなるでしょうか?
食べ物が無くなったらどうなるでしょうか?毎年世界では10億人が飢えで命を失くしています。
アフリカでは飲み水がなく、不衛生な水しかない地域もあります。
韓国のある地域では、洪水が起こり各家庭に水が届かなくなりました。すると住人はトイレに行きたいのに
水が出ないから使えませんでした。すると1~2時間後、都会のマンションの裏には汚物が至る所にありました。

人々は1~2時間止まっただけでパニックになります。トイレの水が出ることがどれだけ感謝なことでしょうか。

神様は生きる為に必要なものをいつも与えてくださっています。
祈りの中で語ったことばで、《日毎の糧を今日もお与えください。いつも主にあって求めなさい。》
当たり前ではないです。与えてくださっていることに感謝しましょう。
そして与えられた時は、神様が与えてくださった素晴らしいものを喜び楽しみましょう。

お金が喜びを与えることはないです。お金はあればあるほどあらゆる誘惑に陥る、と。
これは【Ⅰテモテ6章】にあります。

明日の心配はするな。明日は明日祈れば良い。今日守られたことを感謝しますと
喜び楽しみなさい。平凡なことを当たり前ではないことだと気付きなさいと神様がおっしゃっています。
それはとても大切なことで、これらが崩れると全てが崩れるということであります。

【伝道者の書3章22節】

もう1つ人生において大切なことで、「自分の仕事を楽しむこと」です。
人間は働くように造ってあります。たった1度限りの人生です。
2度とやり直すチャンスが来ないということです。だから最善を尽くします。

年老いた人で悔いることは最善を尽くさなかったことで「若かったあの時に、もっと努力していれば――。」
と、よく後ろを振り返ります。わずかな時間の人生の中で、最善を尽くさなかったことを一番後悔します。

もし繰り返し生まれ変われるのであれば、私たちは怠けてしまいます。
しかしそのようなことはありません。1度だけのチャンスです。

だから自分に与えられた仕事・働きに最善を尽くすことが大切です。
手抜きをすると必ず後で自分に返ってきます。後悔ばかりの人生になります。
自分に仕事が与えられたことを感謝しましょう。

世の中には色々な仕事がありますが、自分の仕事に不満を持っている人がとても多いです。
不満があると手抜きになっていきます。心がそこにいかないからです。
不満ではなく、今自分に仕事が与えられていることに感謝しようと最善を尽くすならば
次にすごく良いものが待ってあります。

最善を尽くさない人に神様は祝福を与えないです。
「何で私がこんなことをしなければならないの」と不満を言うのではないです。
日本や韓国は就職難だと言われていますが、そうではないです。
大学生は一流企業を目指していますが、中小企業では人手が足りなくて困っています。

人々の益にならない仕事(詐欺師やヤクザなど)ではなく、
それ以外の仕事の人たちは、私たちにとっていなければ困る存在です。

例えば、ごみ収集の人達がいなければどうなるでしょうか?
1~2日で街中はゴミだらけになってしまいます。臭いもします。本当にその人達に対して感謝であります。

主婦の仕事や会社の仕事を喜び楽しみながら臨むと、努力した成果が出てきます。周りの人も見ています。

最善を尽くすことが大切です。手抜き・不満ではないです。

【エレミヤ書31章3節】

神様は何でもできるお方ですが、全てのことに最善を尽くす神様であります。
小さいことに忠実な者に大きいことを任せるということは、小さいことだからないがしろにするのではなく、
それを本当に心を込めて最善を尽くす人に神様は祝福を備えてくださいます。

「こんなこと…」ではなくて、私たちは与えられたことに対して最善を尽くす時に
神様はそれよりも大きいものを次から次へと備えてくださいます。
そのような人達が人生で成功します。人生で後悔もないです。

力を残すと、後で後悔し引きずってしまうので、引きずらない為にもその時に出来る精一杯のことをします。
「私に出来ることは何か?」探してみて、力が残らないようにやってみます。
それが終わったら、それ以上出来ることはないから感謝し、引きずらないことです。

神様は1つのことを教えてくださっています。
今日という日、それは今 生きているこの瞬間のことであります。
私たちは「明日が…、あさってが…。10年後が…、20年後が…。」いつもそれを見ているのは
それはしっかりと地に足がついていないことです。

【へブル3章13-15節】

今日1日、最善を尽くしましょう。「明日がどうなるかあなたにはわかるのか? わからないんだ。
今の時間が永遠に続くことはない。あなたに与えられた時間は今しかないんだ。
今日この時間が大切であり、すべきことをしなさい。神様を愛することを今日しなさい。」
今日与えられたことは、自分が持っている力を使うことです。自分に与えられた分だけ最善を尽くします。

隣人に対してもずっと自分といるわけではないです。「今日」愛すること。
仕事、家族、隣人に対してもそれを楽しみながら最善を尽くすと自分が満たされていきます。
そして自分が成長していきます。
しかし、「明日にしたら良い」となると、終わりの日になると後悔ばかり、引きずることばかりになります。
その人生は失敗になります。

【伝道者の書7章1-4節】

良い名声…これは有名になって、色んなことをして業績を残す、ということでないです。
神様と人々から受ける良い評判のことです。
霊的な姿、人格、行いの動機が神様から認められることです。
パウロのようになりたいな、ペテロのようになりたいなというのが良い名声ということです。

生まれたその日から、罪や労苦、心配が始まります。冷静に見ると苦労が多いです。
だれもが通る道です。
神様がいなければ死ぬ日は地獄へ行くので恐ろしいですが、私たちは主にあって
死ぬ日は全てから解放される日であります。労苦から悲しみから心配から解放されて
安息の地に入ることです。これが聖書が教える死後の世界です。信じる者が入る世界であります。
これを悟らなければならないです。

喪中の家に行くと、私たちの心が謙虚になります。自分もいつかこうなるんだろうと
誰も避けることができないので、自分を顧みる時間になります。そこで教わることが多いです。

肉体を喜ばせる快楽の人生が良いと求める人がとても多いです。
「それが無いと生きた意味がない」という人は、愚かな者です。
肉の満足だけの為に生きる人生は滅びだけが待っています。
大切なことは自分の未来を準備する人が本当に知恵ある者であります。

あらゆるものを通して学びなさい。
人々の心にいつまでも残る人になりなさい。どこに向かって歩くのか?

【伝道者の書12章13節】

最も大切なことであります。神様の栄光のために人間を造ったからです。

【イザヤ43章7節】(人間を造った目的であります。)

自分の為にこうしてくださいと次元の低い祈りではなく、そして神様を自分の為に使うのではなくて、
順番を間違えてはいけません。神様の為に私が造られたということです。

しかし神様は怖いお方ではありません。

あまりにも素晴らしいお方、偉大さの前で、それに対する尊敬の思いが「恐れ」であります。
その前に自分が軽率にできないからです。自分と同レベルだと思ったらいけないです。

神様を心から尊敬する人が、神様の命令を守ります。
神様を軽く考えるから、神様の命令を軽く扱います。自分が何者かを知るべきです。

①生きている間、日々の生活の中で喜び楽しむこと。
②自分の仕事を楽しみ、最善を尽くすこと。
③死んだ後に良い名声を残すように生きること。
④神を恐れ、その命令を守ること。

これらが最も大切なことです。悔いがない人生が成功した人生です。
日々の生活の中で実行してみてください。どう生きるべきかを知って生きる、知恵ある者になります。

そういう人がたくさんの良い実を結ぶことができます。
神様が、わからないなら学びなさいと教えてくださっています。
あなたの人生を楽しみながら生きなさい。苦しみながら、泣きながら生きるのは、神様のみこころではないです。
私たちの生き方が間違えているから、たくさんの苦しみに遭っているだけです。

教えられた通りにやってみるならば満たされます。
他人が認めるかどうかは関係なく、自分自身の心が満たされます。

今日学んだことを自分に当てはめて、生き方を直す部分があれば直してみてください。(^∀^)

2012.2.26
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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金ヘス牧師のブログ

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神様に褒められた教会の働きとは?

テーマは『神に褒められた教会』です。

【ヨハネの黙示録3章7-13節】

1人1人集まったものが「教会」であり、建物を指すことではありません。

7つの教会が出てきますが、それぞれ教会の働きによって褒め言葉や叱責の言葉、
または褒め言葉と叱責の両方の言葉が与えられたところがあります。

その中でフィラデルフィア教会から学ぶことがいくつかあります。

神様は日々、全ての教会に関心があります。
信徒たちがどこを見ているのか?(心の中や状態です)

神様は、教会の働きや規模を見ておられるのではなく、そして人数が多いからといって喜ぶことはありません。

外から見ると豊かな教会ほど、褒められることはありません。

「世の基準」ではなく、「神様の基準」によって褒められたり、叱責されます。

【ヨハネの黙示録3章8節】

小さい力でしたがフィラデルフィア教会は、神様に褒められました。
私たちは「力がないから出来ません」と勝手に思い、言葉を捨ててしまいます。

私たちが最善を尽くしているのかを神様は見ておられます。
「力がある、ない」の問題ではなく、1つの力を使い切ることです。
忠実なしもべ→最善(100%の力)→神様は喜ばれます。

からし種ほどの(ほとんど目に見えないくらいの)信仰が自分自身には無いでしょうか?
― ありますね。
大きな働きはできませんが、みことばを守ることに大きな力は必要ありません。

神様を敬えば出来ることです。
みことばを、そして神様を恐れないから、聞く耳で聞いていないのです。
「この働きは自分ではなく、誰かがやれば良い」。

愛しなさい。 しかし、愛したくないから愛することをしません。(妨害する思いが出て来ます)

神様が語った言葉なので、出来るように努力していこうと思うようにしましょう。

ドラッグストアの前で通行人に大きな声で呼び込みをしている店員の姿を見ますが、
これも初めは恥ずかしいという思いがありますが、店長から言われたら自分の思いを殺して、
上の人の言葉に服従します。
このように、私たちは神様の言葉を恐れなければいけません。

【箴言13章13-14節】

神様の言葉を守ること 守らないことは、私たちの命に係わります。

言葉に従わないままで良いでしょうか?この世では大丈夫かもしれませんが、その後の永遠の命に係わります。

神様の言葉に重みを感じなければいけません。
神様の言葉を聞いたら「やってみます。」という言葉が口から出なければなりません。 
そういう人は従順している人です。

フィラデルフィア教会は、最善を尽くし、言葉を守りました。
このことを主が喜ばれました。たとえ失敗をしても、神様はそのことに関しては何も語りません。

神様が語ることばに、私たちが初めから無関心、また不満を言うのなら一番悪い状態だと言えます。

フィラデルフィア教会では、主の御名(イエス様)を裏切らないで献身をしました。
献身とは、神様にいつも変わらぬ心で仕えることです。

【使徒の働き4章12節】、【マルコ16章17節】

主の名を汚してはいけないです。それは罪になります。主の名以外を呼ぶならば、「偶像崇拝」になります。
命をかけて主の名を呼び、それを最期まで否まないことです。

【ヨハネの黙示録3章10節】

迫害の中で耐えるのは、人から慰めや励ましの言葉を受けても小さいですが、神様の言葉は力が強いです。

【ヘブル4章12節】

忍耐の言葉を握って耐え忍びます。
不平不満をつぶやいて、ただジッとするのではなく、常に神様に告白してから耐えることです。
そうすると天が開かれるので恵みがきます。

【ヨハネの黙示録3章9節】

髪の毛1本も触れさせず、相手が恥をみることになります。

【ヨハネの黙示録3章10節】

小さい試練を通して神様が私たちの信仰を見ることがありますが、イエス様が再臨される前の大患難の時、
私たちをそういう目には遭わせません。

【ヨハネの黙示録3章11節】

主のために献身し、みことばを守る人に冠が与えられます。
この世、サタンに服従するならば全て奪われていきます。

【ヨハネの黙示録3章12節】

「新しいエルサレムの名~」を消すことがなく、大きな祝福を彼らに与えられます。
基本を守ることが一番大切です。
1人1人持っている小さな力を最善を尽くして使い、神様を否まず忍耐で望むならば、
フィラデルフィア教会のように恵みある教会になります。タラントを活かして働くと神様は喜びます。

このような教会になることを目指して1年間行動をし、決心して自分の働きをするようにしましょう。

2012.1.15
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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