テーマは 『 神のことばの力 』 です

【ヘブル4章12節】

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、 心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

もし クリスチャンではない人が、皆さんに「神のみことばって何ですか」と聞くならば何と答えますか?

「聖書は神のことばです。」「神のことばは真理です。」
これは間違いではないですが、その言葉だけで相手は理解できるでしょうか?

また次に「聖書って何ですか?」という質問に対しては、「神のことばです」と言っただけでは 相手の人は「一体何が書かれているんだろう?」と思います。

「真理です」と答えても「真理って何ですか?」と聞かれたとしたら、私たちは正しく説明できるでしょうか?


私たちクリスチャンはいつも神のことばを聞いているので、神のことばに対して よく知らなければならないです。
そして人々に正しく伝えなければなりません。


「神のことば」が何であるかは聖書の中にちゃんと書かれていますので今回はそれを学びます。
今日の本文のことばに注目しましょう。




①神のことばは生きている



神のことばは生きていると説明することができます。
生きているということは、そこに“いのち”があることを意味します。

“いのち”があるということは、人を生かす力があるのです。これはイエス様もはっきりと語ってくださいました。


【ヨハネの福音書6章63節】

いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。

死んだ人に対しては「いのち」という言葉は使いません。
「いのち」は“今、生きている”ということです。


神のことばは、死んだ言葉ではないです。私たちに益をもたらす、生きたことばであります。

神のことばは死んだたましいに生命力と活気、満足を与えます。


生きているということは、働きますし、変化と発展をもたらします。
死んだものは動きませんし、死んだものが他のものを生かすことは出来ません。そして変質されていきます。

しかし、神のことばは世が始まる前からありました。そのことばによって、全てのものが生かされています。


クリスチャンが成長したいならば、そして神の子どもらしく生きるためには、神のことばが必要です。


【Ⅱテモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

“矯正・義の訓練・整える” これはすべて私たちを成長させるものです。


私たちはもともと神の人ではなく、サタンの奴隷でした。
そこで、サタンの奴隷から神の人に変えていくのに用いられているのが“神のことば”であります。

皆さんが霊的訓練を受けていた時に、世の教えで訓練をしたのではないです。
神様のことばを用いて訓練をしました。


それを聞いて、私たちは自分の中にあった死んでいる部分を見付けました。
そして神のことばを聞いて私たちは成長してきました。

ですから変わっていくためには神のことばを聞いて、それによって訓練されなければならないです。


肉の思いは何の益も もたらしません。
例えば、皆さんにお配りしたパープルブックですが、みことばを書く訓練はとても大切であります。

(聖書を)読んで通り過ぎるよりも、書くことによって みことば1つ1つが心に入ってくるのです。
みことばを読まないのは成長を止めていることになります。それは自分が死んでいく姿であります。


私たちが成長し、もっと変化したいと思うならば 毎日みことばに触れないといけないです。


パープルブックは簡潔に書かれています。書くことで皆さんが訓練をされていることになります。
教科書の宿題のように書くのではないです。

書かないということは、みことばをないがしろにしていることであります。

みことばは食べ物だと言っています。
皆さんは毎日3食をきちんと食べると思います。お腹がすいて夜中に起きて食べることもあります。


それなのに、みことばは一切食べなくても何とも思わず、みことばに触れないままでいると たましいは死んでいきます。

みことばは 私たちが必ず食べなければならないもので、それによって私は生きているのだという認識をし、自分の霊をどんどん生き生きとしたものにしていかないと霊が弱くなります。霊が弱くなると私たちのすべてのものが色褪せていきます。


霊が死んでいる者は、喜びが出てくるでしょうか?平安があるでしょうか?―― それはないです。


一番強くしていかなければならないのは、『霊の部分』であります。
霊の部分が強くなると、その人はとても大胆な人になります。生き生きする者になります。


「最近、元気がないなぁ~」と感じるならば、それは肉体の力以前に 霊の力が消えたことを意味します。
その時は他のことをする前に、みことばを食べることであります。

また、どうやったら毎日みことばに接することができるのかを考えると、不思議と神様が導いてくださって出来るようにしてくださいます。

聖書をいつも手元に置くことであります。スマホで聖書アプリをダウンロードしたら移動中でも読めるのです。


私たちはやろうと思えば出来るのです。みことばに親しんでください。そうすると成長していきます。




②神のことばは力がある



皆さんは神のことばには力があると実感しているでしょうか。


この力が一番最初に現れた場面は、天地創造であります。

神様が「光があれ。」と、全てことば通りになりました。人間以外の世にある全ての万物は神様がことばで造りました。
太陽、月、動物もすべてことば造られました。その威力がすごいです。


また、今も神様が万物を保っておられますが、何によって保っているでしょうか――?次の箇所です。


【ヘブル1章3節】

御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。 また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

神様は今もことばによって全てに命令をしているのです。
「太陽よ、正しく回れ。」「月よ、夜に輝け。」と、神様の力あることばに全てが支配されています。

いつか神様が「地球よ、滅びなさい。」と言うならば一瞬にして滅びると思います。
神様はことば1つで それをすることができます。

これほど神様のことばには威力があります。


また、神様のことばの威力は クリスチャンの日々の生活の中で必要です。

悪霊を追い出す時に、私たちは何の力で追い出しますか?
それは神のことばです。

私たちは「イエス様の名」を使います。イエス様ご自身が みことばなのです。


【ヨハネの福音書1章14節】

ことばは人となって私たちの間に住まわれた。

すなわちイエス様のことばは霊でもあります。そこにあるのは力です。


イエス様が40日間 断食をした後で、サタンが試みるために来た時に、イエス様がサタンを何で退けたでしょうか?

喧嘩をして退けたのではないです。神の1つ1つのことばを語る時に、サタンが退きました。

私たちが人間の言葉でサタンと戦っても勝ち目がないです。
しかし私たちが神のことばを信じて 武器(みことばの剣)にして戦うならば、神様の力がそこから出てきます。


ですから、私たちがみことばを蓄えるということは、戦いの時にそのことばを使うためであります。




③両刃の剣よりも鋭い



神様は両刃の鋭い剣のことばで何をするのでしょうか?

私たちの心を刺し通します。
私たちの心がことばによってグサッと刺される時に、一番初めに気付くことは“自分の罪”であります。

そして「私たちは(罪を)どうしたら良いですか?」という反応を見せます。


神のことばに出会った時に、私たちは自分の行動や生き方が 神のことばとは全然違うということに気付きます。
神のことばに違反している自分の罪を示されるのです。

神のことばは本質的なことを示していますので、そのことばを聞いて何も感じないならば それは死んだ者です。


神様のことばは 罪人が聞いた時に心を刺されることばであります。ある意味で聞きたくないです。

私たちは罪にずっと覆いをかけて見て見ぬふりをして生きてきましたので、それを明るみに出して見せられるならば自分の罪であっても見たくないのです。

見たくないですし、逃げたくなりますし、隠したくなります。


しかし、神のことばは全てを刺し通します。『あなたは罪人であるのだ。』

そして神様は別のみことばを出して『だから悔い改めなさい。立ち返りなさい。』と、神様はあらゆることばを通して私たちの中で働くのです。


そこで私たちはどれほど不従順であったのかを気付き、そこから立ち返らなければならないと思うようになります。


また、神様はそのことばを用いて裁きます。
不従順したイスラエルの民たちを全員 神のことばの剣によって打ちました。
これからの時代も同じであります。神のことばによって正確にさばきを受けるようになります。


【ヨハネの福音書12章48節】

わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。 わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

すべてのものが裁かれるその時に ことばがその人を裁きます。

私たちはことばを知らないと自分がどこへ向かっているのか気付かないです。
ことばは聞かなければならないです。


ずっと聞くことで私たちは気付くことがたくさんありますので、礼拝の時にもたくさんのことばを語りますので聞くことであります。

家で聖書を読む時も、神様のことばとしてきちんと聞かなければならないです。




④たましいと霊、肉体すべてを刺し通し、判別することができる



神のことばは ある限られた場所だけで働くのではないです。


人間のすべての面において働きます。すなわち たましい・霊・肉体を新しく生まれ変わらせます。

神様はことばを使って一番したいことは、私たちの霊とたましいを新しくしたいのです。これは神様の願いです。


人はうわべを見ますが、神様は心を見ます。
神様は私たちの心に手を付けて新しくしたいのです。


【Ⅰペテロ1章23節】

あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。

私たちは死んだ者から新しい者になれたのは、何によってでしょうか?
ここに書かれているように、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによって私たちは聖められました。

このようにして神様は私たちのたましい・霊をいやしてくださいました。


また、神のことばは肉体・病気をいやします。

百人隊長のしもべが病気になった時に、隊長がイエス様の所に来て『おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。』と言いました。

それを聞いたイエス様が『さあ、行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。』と言いました。
すると遠く離れた所にいたしもべは ちょうどイエス様が語った時にいやされました。


つまり場所・空間は関係がないです。
全地・全世界は神のことばによって動いていますので主が働くのです。


また苦しみの中にいる者に主のことばは慰めであります。

皆さんは苦しい時に、神のことばによって どれほど慰めを受けたでしょうか?


【詩篇119編50節】

これこそ悩みのときの私の慰め。まことに、みことばは私を生かします。

悩みの時に、私たちは他人のことばを求める必要はないです。
一番 私たち自身のことを知っているのは神様です。

なぜなら神様には、私たちを生かしたい、新しくしたいという思いがいつもあるからです。


これらのことを通しても分かるように、私たちは単純に神のことばを読むだけで終わるのではないです。
神様のことばを聞いたら、私たちの日々の生活に適応しなければならないです。素直に使うことであります。


なにか大切なことを決めなければいけない時も 自分で色々と考えるのではなく、神様は何とおっしゃるのか?聖書にはどのように書いているだろう?と、みことばを探して神様の導きを受けて決定するのです。

どの道を歩んだら良いのか、その時も私たちはあっちへ行ったり こっちへ行ったりするのではなく、 「道であり真理であり いのちである主よ。今日も私の道を教えてください。」と、神様からことばを貰うことであります。


どう生きるべきなのか 生き方がよく分かっていなくても、聖書を開けば全て書かれています。
聖書には私たちが生きている時に出会う様々な問題に対しての答えが必ずあります。


それを私たちが探すことです。「教えてください。」と探すならば神様はその人に必ず示してくださいます。

私たちが従うならば成長していきます。

神のことばに対して私たちの取るべき態度は、まずは信じること・従うこと・勝手に判断しないこと・適応すること・導かれること・ことばによって生きることであります。


この人たちは明日のことを心配する必要はありません。神様はことばによって その人たちを守ります。
ことばがその人の代わりになってくれるのです。ことばが慰め・平安・祝福をもたらします。

ことばが自分にとってどれほど大切であるかを知らなければならないです。


相手が自分のことをどう思っているのかは考える必要がないです。その相手が神ではないです。
それは自分に対する悪口・批判など私たちを潰す言葉であります。

私を生かすことば、私に益をもたらすことば、私を助けてくれることばに耳を開いて聞かなければならないです。


偽りがたくさんある世の中で、私たちは何を聞くべきでしょうか?

神の真理のことば、それを常に聞かなければならないです。
(・∀・)つ

2014.8.3
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

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