からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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救い

試練から勝利へと

テーマは 『 試練から勝利へと 』 です

【ヤコブ1章2節-4節】

私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。

【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


“試練” と聞くだけで、心が重たくなります。


試練を歓迎する人は一人もいません。

しかし、歓迎しなくても 各自の人生には 必ず試練があります。


人々は試練そのものよりも、自分がその試練に耐えられるかどうかを心配します。



試練に対しての神の教えが、今回の本文にあります。

試練に会った時に、それを喜びなさいと教えた理由は何でしょうか?


試練そのものを見た時には、それは決して良いものではないですが、“あるもの” を活かすことで 試練から勝利を得ることが出来るからです。



その “あるもの” とは、忍耐と希望です。


これは試練から勝利への過程に 必ず必要です。



試練から勝利を得る者もいれば、試練から失敗を刈り取る人もいます。

試練の中で、つぶやきと絶望だけであるならば、人生は失敗で終わってしまいます。


しかし同じ試練の中でも、忍耐と希望で貫く人は 勝利を手に入れることが出来ます。


4人の人物でそれを証明します。

ヨセフ、ダビデ、ヨブ、イエス様です。



4人とも受けた試練は、私たちが受けた試練よりも はるかに辛い試練でした。


【 ヨセフ 】

ヨセフの試練は、兄弟たちに売られて奴隷になったことでした。

それも外国へと売られました。


お父さんに特別に愛され、何一つ不自由のない生活から、一瞬にして奴隷になってしまいました。


【 ダビデ 】

ダビデは、何度も国を敵から救った英雄なのに、サウル王の嫉妬によって いのちが狙われ、何年もさまよいながら逃亡生活を続けていました。


自分の国には隠れる居場所すらありませんでした。


【 ヨブ 】

ヨブは、とても恵まれた人生を送っていましたが、ある日、津波のような大きな試練に会いました。


持っていた財産すべて、子ども10人、しもべたちまでもが 一日のうちに津波に飲み込まれたかのように消えていきました。

そしてヨブ自身も、治らない辛い病気にかかってしまいました。


自分が生まれた日を呪ったほど激しい試練に会いました。


【 イエス様 】

イエス様は恵みを与えた人々から裏切られ、侮辱され、むち打たれ十字架の上で死を遂げました。






この4人は試練の中で潰れたでしょうか?

彼らは潰れるどころか、大きな勝利を得ました。


彼らが受けた試練は、彼らを偉大な人物にし、その人生を通して神の栄光を現し、神のみこころを全うし、信仰の巨匠になり、試練の中にいる人々を 今も励ましています。


特にイエス様は 十字架の上で「完了した」と勝利宣言をしました。

何が 4人をそのように勝利へと導いたでしょうか。



彼らは試練の中で 決して弱音を吐かず、つぶやくこともせず、堕落した生活もせず、主に頼って祈りながら ひたすら忍耐しました。


そして救いの神が必ず試練から救い出して下さるという揺るがない希望を抱いていました。



それが試練を 勝利へと導く強い原動力になりました。

試練の中で勝利した者の告白が聖書には多くありますが、その中にあることばです。



【詩篇118編15-18節】

喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。主の右の手は力ある働きをする。

主の右の手は高く上げられ、主の右の手は力ある働きをする。

私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。

主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。

【詩篇118編21節】

私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです。


試練の中にいますか?


救いの神を見上げて、希望をもって忍耐すれば、救いの神の力ある働きによって死ぬことなく、生きて勝利を宣言することが出来ます。

アーメン (*´∇`*)


2019.1.27
聖日礼拝メッセージ

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2つの顔を持つキリスト

テーマは 『 2つの顔を持つキリスト 』 です

【イザヤ書9章6-7節】

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。

“ 2つの顔を持つ人” と言われると、何が思い出されますか?


私はジキルとハイドのことを思い出しました。

小説に登場する人物で、二重人格で善人と悪人の顔を持っています。


イエス様にも2つの顔がありました。

善人と悪人ではなく、“ 神と人間 ” という まったく異なる性質を同時に持っていました。


イエス様が誕生する700年も前に、神は預言者イザヤを通して、メシアの預言をしました。

そのメシアがイエス・キリストですが、神はイザヤを通して2つの顔を持つ異なるメシアを紹介しました。



これを知らないと、イエス・キリストを理解することは出来ません。

また理解するならば、イエス・キリストがまことのメシアであることが分かります。




神の顔を持つイエス・キリスト




今日の本文が、神としてのイエス・キリストを紹介しました。


「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」
そして「主権、王座、王国」などは神としてのキリストの姿です。

これは人間ではなく、神の性質をもって来られたキリストを語っています。



神としてのキリストを 誰よりもよく知っていたのは悪魔でした。


悪霊に取りつかれて墓場に住んでいた男がイエスを見ると、叫び声をあげ、御前にひれ伏して大声で言いました。


【マルコの福音書5章7節】

「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください。」

誰もその人から悪霊を追い出すことは出来ませんでしたが、悪霊はイエス様を見るなり、その前にひれ伏しました。



イエス様には 悪霊を制する力があることを知っていたからです。

悪霊は、霊の存在である神を知っています。


悪霊までもがイエス様が神であることを認めました。

そして病人を癒したり、様々な奇跡を行う姿を見て、人々はイエス様が神であることを知りました。



次の箇所にはイエス様の2つの姿を明確に教えています。


【ピリピ2章6-8節】

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、

ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、

自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。



人間の顔を持つイエス・キリスト




次に、神がイザヤ預言者を通して語ったキリストの姿は、人間の姿です。

それも、苦難を受ける人間の姿です。


イザヤ書53章全体は人間として生まれ、人々から のけ者にされ、痛めつけられ、苦しみを受けるキリストの姿、すなわち十字架の苦しみを受ける姿が預言されてあります。


主のために道を備えたバプテスマのヨハネも、イエス様を見た時に言いました。


【ヨハネの福音書1章29節】

見よ、世の罪を取り除く神の小羊。

なぜ神であるイエス様が人間として生まれ、十字架の苦しみを受けなければならないのか、その理由は世の罪を取り除くためでした。



次の箇所にはキリストについて詳しく書かれてあります。


【第1ペテロ2章22-24節】

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

キリストが人間にならなければ、人間の罪を その身に負うことが出来ないので、人間の姿になりました。



人類を罪から救うためには、誰かが代価を払わなければならないのに、すべての人類の中で それを出来る者が存在しないので、神はひとり子を人間の姿にして地上に送り出しました。


ですからキリストが十字架にかかり、救いの計画を成し遂げた時に、「完了した。」と宣言しました。



神の救いの計画は、
イエス様が2つの性質、すなわち神の性質と人間の性質を同時に持っていたからこそ出来たことです。


神だけであっても、人間だけであっても、それは不可能でした。

ですから人間の顔しか持っていない者が、「自分は神である」と言っても、それは嘘です。



しかし神の性質を持っている方が、神と言ったらそれは嘘ではないです。


イエス様に対してはこのような証言もありました。

キリストの十字架の死を誰よりも近くで見た者たちの証言です。


【マタイの福音書27章54節】

百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、「この方はまことの神の子であった」と言った。

救い主として世に来られたイエス様に出会い、その救いを受けた人は幸いな人です。



救われずには誰も天国に入ることも、永遠のいのちを得ることも不可能です。


まだ出会ってない人は 必ず救い主イエス・キリストに出会って、魂が救われますように。
アーメン (・∀・)つ


2018.12.23
クリスマス礼拝メッセージ

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聖徒が逆戻りしてはならないもの

テーマは 『 聖徒が逆戻りしてはならないもの 』 です

【ガラテヤ4章8-11節】

しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。

ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。

あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。

あなたがたのために私の労したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。

たましいが救われることは、この世で一番すごいことです。


しかし救われた人でさえ、その価値がわからない人が多いです。

その原因は “救いの尊い恵み” を安っぽい恵みに変えてしまった 多くの間違えた教えがあったからだと思います。


『(キリストを)信じると告白さえすれば、もれなく天国に入る』 という教えが、人々に誤解を与えてあります。


信仰告白をして、新しい人としてキリストに似る者になるならば問題ないですが、古い人のまま生きながら天国へのチケットを手に入れたと安心している人は大変な錯覚をしています。


天国の道は広い道ではなく狭い道です。

信仰によって歩む道です。


後ろを振り向かず天に向かって歩む道です。


【ルカの福音書9章62節】

するとイエスは彼に言われた。「だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」

救われた聖徒たちが いのちの道、天国への道をまっすぐに進むためには、逆戻りしてはならないものがあります。




むなしいものに従う




役にも立たず、救い出すことも出来ない むなしいものに従って、わきにそれてはならないことです。(第1サムエル記12章21節)

それはむなしいことであり、救いから逆戻りすることです。




従順から不従順へ




神に対する従順から不従順に逆戻りしてはならないです。


不従順は神から離れ、再び罪の奴隷になることです。

それは善から悪に逆戻りすることです。




古い人の行為




古い人の行為に逆戻りしてはならないです。


【第2ペテロ2章21-22節】

義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったです。

彼らに起こったことは、「犬は自分の吐いた物に戻る」とか、「豚は身を洗って、またどろの中にころがる」とかいう、ことわざどおりです。




行いによる救いを得ようとする




神の恵みの代わりに、行いによって救いを得ようと逆戻りしてはならないです。


形式的な信仰や宗教の霊に縛られた人たちは、知らぬ間に行いで救いを得ようとしますが、“救いは 信仰によって神の恵みで受ける” ものです。


行いによって救われる人はいません。




真理から偽りへ




真理から偽りに逆戻りしてはならないです。


終わりの時代は 多くのにせ者が現れ、真理を偽りに変えます。

それに惑わされて真理を離れる人も多くなります。


【第2テモテ4章3-4節】

というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。



この世を愛する




この世を愛して世に逆戻りしてはならないです。


この世から救い出されたのに、世に逆戻りすることは サタンの支配下に逆戻りすることです。

サタンは大喜びです。


このようにならないために、救いがどのようなものか、もう一度真剣に考えないといけないです。


【使徒の働き26章18節】

それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』



弱い信仰の初歩




弱い信仰の初歩のところに逆戻りしてはならないです。


【第1コリント3章1-3節】

さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。

私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。

あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。


このように、もし逆戻りするならば、神から、恵みから、救いから、天国からも離れることになります。


逆戻りして得るものは何でしょうか?

それによって、たどり着く所はどこですか?


救いの恵みを捨てるほど、それが価値あるものでしょうか?


これこそ真剣に考えないといけないことです。


十字架によって私たちを救い出して下さった主の尊い恵みを決して無駄なものにしてはならないです。


救いの達成を目指して進む者になりましょう。
アーメン (・∀・)


2018.10.13
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マタイの人生

テーマは 『 マタイの人生 』 です

【マタイの福音書9章9-13節】

イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。

イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。

すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」

イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

マタイは、イエス様の十二弟子の1人です。

十二弟子の名前が10章に出てきますが、マタイの名前の前には “取税人” と書かれてあります。


イエス様が彼を見つけた場所が 収税所だったので、彼の職業が何かは分かったと思います。


今回は、イエス様に出会って彼の人生がどのように変わっていったのかを学びたいと思います。

主に出会った人は誰もが変わります。




収税所で働いていたマタイ




収税所は、今でいう税務署のことです。

今なら税務署で働くのは公務員で 別に何の問題もないですが、マタイが生きていた時代は全然違っていました。


ローマの支配下にいて、税金を民から取りたてる仕事ですが、民から多めに取って横領していた者が多かったので、民から憎まれ、“罪人のかしら” と さげすまれました。


民の血を吸いとる悪人だと、人々から非難されており、
とにかく取税人に対しては、色々と悪く言うことばがたくさんありました。


そのことを聞いていても取税人はお金を集めることに熱心であったので、金持ちが多かったです。




イエスに従ったマタイ




いつものようにマタイが仕事している時に、目の前にイエスという方が来られ、
マタイに向かって突然「わたしについて来なさい。」と言われました。


イエス様のこのことばは、彼を招待することばでした。

イエス様に招待されたことは、メシヤに招待されたことを意味します。



なぜマタイを招待したでしょうか?

もちろん彼を救い、弟子にするためでした。


人間の基準からは一番不適格な人かもしれません。

しかし、あえて主は彼を選びました。


マタイという人物がどんな人であれ、イエス様にはまったく問題にならないです。


主は ありのままの彼を使うのではなく、訓練して福音と救いのために、人に仕える偉大な働きをさせるために選びました。


マタイはイエス様の招待にすぐ立ち上がってついて行きました。

ついて行ったところには取税人や罪人たちが大勢招待されて集まっていました。



彼がイエス様の招待に応じたことは、イエス様を受け入れたことを意味します。

イエス様は次のように語ったことがありました。


【マタイの福音書8章20節】

狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。

ですから イエス様に従っても、この世で成功したり、贅沢に暮らしたり、権力を得るわけでもないです。



彼がついて行ったのは、イエス様がメシヤ(救い主)であったからです。

マタイは次のように従ったことを記録してあります。


【ルカの福音書5章28節】

何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。

大きな決断をしてついて行きました。

家に帰って家族と相談したならば、主の弟子になることはなかったと思います。



イエス様は 今も「来なさい」と言われます。


【ヨハネの福音書6章37節】

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。




医者に出会ったマタイ




食事に招待されてない自分のことを信仰深くて敬虔と思っているパリサイ人たちは、イエス様が罪人と取税人と一緒に食事している様子を見て、弟子たちに質問しました。


「なぜあなたがたの先生は、取税人や罪人と一緒に食事をするのですか」

それを聞いて主はこのように言いました。


「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」と言われました。


マタイは体が病気ということではないです。

しかし、心は病んでいました。



マタイの生涯には、イエス様のような方が必要でした。


イエス様は自分を必要とする人の所を訪ねます。


絶望がある所、嵐が起こる所、嘆きが聞こえて来る所、そこで声を掛けます。


【マタイの福音書11章28-29節】

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。


罪人たちは、だれもが深刻な病気にかかっています。


罪人たちを招いて癒し、救うためにイエス様は来て下さいました。


イエス様に出会うと、なぜ心に平安がありますか?

心の病気が癒されるからです。



収税所に座っていた時のマタイには 心の平安はありませんでした。

自分のことを見る人々の視線は まるで悪人を見るような目でしたから。


聞こえてくることばも悪口や非難しかありませんでした。


彼自身も悪いことをしている自覚はありました。

でもお金を簡単に手放すことは出来ませんでした。



しかし イエス様に出会い、主の招きを受けた時に彼は自分の人生が変わると感じました。


それがなかったならば、何もかも捨てて従うことは出来ません。

マタイは魂が救われ、心が癒されました。


そして十二弟子の1人として任命された彼は、新しく生まれ変わった人生を歩み始めました。

主の弟子として主と共に歩む人生になりました。


主に出会ったことが 彼の人生の中で、一番良かったことだと思います。

マタイの福音書は もちろんマタイが書きました。


マタイは使徒として立派に働き、選んで下さった主を喜ばせました。
ハレルヤ .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.10.7
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宣教は霊的戦いから始まる

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
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必ず代価を払うようになる

テーマは 『 必ず代価を払うようになる 』 です

【マタイの福音書13章18-23節】

ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。

御国の言葉を聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。

また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。

しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間、そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。

ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」

本文の種まきのたとえは知っていると思います。

今日は「必ず代価を払うようになる」とテーマを決めました。


良い実を結んだ人とは関係なく、良い実を結ばなかった人に対するメッセージです。


畑は、人の心を現してあります。

四つあるので四つのタイプの人が出て来ます。


その中で良い実を結んだ畑は一つだけで、ほかは悪い実を結びました。

良い実がない人は、すべて悪い実を結んだことになってあります。

良い実を期待したのに、期待する実がないことは主の目に悪い者です。


良い実を結んでいない三つのタイプの人は「時を逃した人」と言えます。

神が与えた恵みの時をすべて逃した人と言えます。


良い実を結んだ人は「時を知り、時を生かした人」です。



私たちの人生は与えられた時間だけです。

その中ですべきことをしなければなりません。


実を結んでいない三つのタイプの人の共通点は「時を逃した人たち」ですが、
彼らはどのような時を逃したでしょうか?






  • 悔い改める時があったのに 悔い改めをせず時を逃しました

  • 愛する時があったのに、愛することをせず時を逃しました

  • 赦す時があったのに、赦さずに時を逃しました

  • 福音を伝える時があったのに、福音を伝えませんでした

  • 聖霊によって祈る時があったのに、祈りをしませんでした


なぜ時を逃してしまったでしょうか?

問題は彼らの心にありました。


心によって 神との関係、人との関係、環境も信仰も結ぶ実も変わってきます。


どんなに良いものでも 悪い心の中に入れると、悪いものになってしまいます。

悪い心で良い実を結ぶことは絶対に出来ないです。


私たちの心に傷と苦い根と憎しみ、妬み、争い、劣等感、被害意識、偽り、淫乱、つぶやきなどあらゆる汚いものが満たされてあると、それは悪い心で、そこから聖い信仰も良い実も出ることはないです。


主は最初から「自分を捨てなさい。」と言われました。

このような悪い心を捨てなさいという意味です。


まずは捨てることです。

捨てないならば、その心に愛と聖である主は住むことが出来ません。


悔い改めることは、心にある汚いものを捨てることです。

汚い所に良いものを入れても、悪いものに染まってしまいます。


十字架の前に出て、自分を否定することは、自分の心の中を空っぽにすることです。


肉の思い、偏見、汚い思いを捨てて空っぽにするならば、主はそこに主の愛と赦しと恵みを入れて下さいます。


心に悪いものを貯めた状態で信仰生活をするならば、救いの完成に至ることはありません。





悪霊の例を挙げます。


悪霊はイエス様のことをよく知っていました。

そしてみことばもよく知っていましたし、恐れていました。

「あなたこそ神の子です。」とも言いました。


(悪霊は)救われたでしょうか?

―― 救われていないです。


なぜでしょうか?

悪霊は絶対に悔い改めないからです。


そして自分の過ちも知らないし、愛さず、赦さず、相変わらず自分の悪い思いが要求するまま行動します。

悪い実しか結んでいないです。


ですから永遠の滅びしか残されてないです。



もし自分で信仰があると言い、賜物を使って働いたと言っても、心の中に悪い思いを持ったままなら、救われていない悪霊と同じ扱いを受けるようになります。


神が与えた時を逃し、すべきこともせず、自分の思いのままに生きた人たちに 神は代価を払わせます。


良い実を結んだ人は、すでに主が十字架で代価を払って下さったので払う必要がありません。


しかし悪い実を結んだ人たちに対しては厳しい代価を払わせます。

死んだ後に必ず代価を払わせますが、生きている時にも代価を払う時があります。


次の箇所は代価を払う姿です。


【マタイの福音書7章19節】

良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。

【マタイの福音書7章22-23節】

その日には大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

【ヨハネの黙示録20章13-15節】

海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名の記されていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

これからの時代でも代価を払う時が来ます。

今は終わりの時代です。


終わりの時代に定められてあるのは、携挙と7年の大患難、そして主の再臨と裁きです。


三つのタイプの人たちは、残念ながら携挙されません。

地上に残されて大患難を受けます。


ノアの時代のように箱舟の戸が閉められた後に、外に残されて大洪水でいのちを落としました。


主と携挙された人たちは 婚礼の祝宴に入りますが、祝宴の戸が閉められて外に残された人たちは、大患難の中で代価を払わなければなりません。


キリストの苦難の十字架によって もたらされた永遠のいのちと救いを軽く考え、ないがしろにした代価を払わないといけないです。


大患難の中で耐えられるでしょうか?

火のような試練の中での信仰生活はほぼ無理です。


結局サタンの奴隷にされ、サタンが受ける同じ扱いを受けます。


時が少ししか残されていません。

時を知り、時を生かしますか?


それとも時を逃して自分の思いのままに生きますか?


今は決断の時です。 ( -д-)ノ


2018.6.3
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復活がもたらした祝福

テーマは 『 復活がもたらした祝福 』 です

【第1コリント15章12-19節】

ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。

もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。そうだったらあなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

キリストの復活は、ただの驚きではなく、信じる者たちに どれほど大きな祝福をもたらしたか分かりません。


信じる人々は、その素晴らしい祝福を知らなければなりません。

イースターは “祝福の日” です。


受難週には、キリストの受難について伝えましたが、
復活の日である今回は、復活がもたらした祝福は何かを伝えます。




敵に対する完全勝利




十字架の苦難も復活も、父なる神の救いの計画に最初からありました。

それによって救いは完成します。


キリストは十字架の苦難を受け、そして復活もしましたので、救いの計画は完成しました。


救いの計画を妨害しようとしたサタンの計画は、“復活” によって失敗で終わりました。

キリストの敵に対する完全な勝利は、信じる者にも同じ勝利をもたらしました。


詩篇23編は、キリストの苦難と復活がもたらした重要な預言があります。


【詩篇23編5節】

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

私たちは、私たちを迫害した敵が見ている前で、主が私たちのために用意して下さるごちそうの食事、主にきよめられた美しい姿、そして あふれる恵みの前に 感激する日が必ず来ます。




再臨の主が来られる




イエス様は すでに来られた方であり、再び来られる方です。

以前は、私たちと同じ姿で地上に来られましたが、将来は復活した体で来られます。


今は聖霊として私たちの中におられる方ですが、将来は復活の体で再臨なさいます。


【ヨハネの福音書14章18-19節】

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻ってくるのです。

いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。

主を否定する人は 主を見ることがないですが、信じる者は天国で永遠に主を見ます。




本物の福音を伝える証人になる




なぜイエス・キリストの福音だけが本物の福音でしょうか?


私達のために死に、私達のために復活した方は、イエス・キリスト以外には いないからです。


【使徒の働き4章12節】

この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

【使徒の働き16章31節】

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」


救いもないのに、(他の宗教にも)まるで救いがあるかのように伝えることは、人を騙すことです。


しかしキリストの証人は、救いがある本物の福音を伝えています。

復活した主は 弟子たちに力を与え、証人にすると約束しました。


【使徒の働き1章8節】

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」



十字架の苦難は復活につながる




十字架の苦難は険しいものでした。

しかし、その後にあるものが “復活のいのち” でした。


【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

復活のいのちは、キリストを信じることで得ることが出来ます。

キリストの復活は、人間の理性では信じることが出来ません。


ですから、“信仰” によって、信じられないことを “信じる” のです。


ある人は 目の前で起きたことに対しても、「信じられない」と言います。


2千年も前に起きたキリストの復活は、信仰によって信じることが出来ます。


【ヨハネの福音書3章36節】

御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。



主のための労苦は無駄にはならない




世の宗教は、死人に対しての供養や 死人に対しての献身を要求し、それによって “報いを得る” と言います。

それに疑いを持たずに信じる人が とても多いです。


死人に一体 何が出来ると思いますか?


彼らがどんな祝福を持っていますか?

死人が、生きている人のために一体 何が出来ますか?


もし、キリストが 復活 しなかったならば、これと同じことです。

すべてが むなしくなります。


しかし キリストは “復活” したので、結果が違います。


【第1コリント15章58節】

ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。

このように キリストの復活は、素晴らしい祝福を私たちに もたらしました。


ですから、私たちも 復活のいのちに望みを抱いて、荒野の道を歩むことが出来ます。


アーメン v( ̄∇ ̄)v

2018.4.1
イースター礼拝メッセージ

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こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

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主の十字架の苦難と臨終

テーマは 『 主の十字架の苦難と臨終 』 です

【マタイの福音書27章45-50節】

さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、「この人はエリヤを呼んでいる」と言った。

また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。

ほかの者たちは、「私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることにしよう」と言った。

そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。

過去の苦しい記憶を、いつまでも覚えていることは良くないことです。

なぜなら、その記憶が 今の幸せも消してしまうからです。


それがあったから今の幸せがある と、肯定的に思うならば問題はないですが、過去の苦しい記憶に支配されているならば、その苦しみは いつまでも続きます。

ですから、良かったことは長く覚えていても、辛い記憶は早く忘れることが良いです。



イエス様は主のことで、私たちが忘れてはならないことがあると語りました。


“主がよくして下さったことと、主の十字架の苦難を忘れてはならない” ことです。


主が受けた苦しみは 主が覚えるのではなく、私たちが覚えることです。

そうしないといけないです。

「主が受けた苦しみを、いつまでも覚えてそれを記念とすること」は主からの命令でもあります。


主の十字架の死がなかったならば、罪人が救われる根拠も保証もありません。


罪人たちを救うために、主がどれほどの恥辱と苦難を実際に受けたかを知らないならば、救いの価値も分かりません。


主ご自身がどれほどの犠牲を払ったのかを、もう一度 この受難週に考えたいと思います。

主の十字架の苦難と臨終の姿を伝えます。




十字架にかかった時刻




十字架にかかったのは 午前9時でした。

そして、臨終までかかった時間は 6時間でした。

正午から3時までは ユダの全地が暗くなりました。


なぜ暗くなったでしょうか?


神の子を十字架につけて殺したユダヤ人に対する “神の厳しいさばきのしるし” とも言えます。


昔、エジプトに対して 神がさばきを下した時に、暗闇を送ったことがありました。


【出エジプト記10章21-23節】

主はモーセに仰せられた。「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみにさわれるほどにせよ。」

モーセが天に向けて手を差し伸ばしたとき、エジプト全土は三日間真っ暗やみとなった。

三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。

イスラエル人を迫害したエジプトの民に、神はさばきを下しました。

そして主イエスを迫害し殺したイスラエルの民に対しても、主は同じくさばきを行います。


その “しるし” としての暗やみと言えます。




最後に何を叫んだのか




主は死ぬ前に、最後の力を振り絞って何を叫んだでしょうか?


「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」でした。

これは詩篇22編1節の成就でした。


「わが神、わが神。どうして、わたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。


父なる神との結びつきが強かった主の口から出る このことばは、イエス様の “霊の叫び” でした。



母親に捨てられた時に、幼子が「ママ、行かないで」と泣き叫ぶ時の叫びと、お腹が空いて泣き叫ぶ声が同じでしょうか?

捨てられた時の叫びは、恐れと不安、孤独から来る たましいの叫びです。




神のひとり子イエス様が、なぜ父なる神から捨てられ辛い目に会わないといけなかったでしょうか?


それは “人類の罪の問題と罪の深刻性” でした。


そして「その人類を贖うための大使命」が、イエス様に懸かっていたからです。


人類の罪を背負って 十字架にかかったイエス様は、罪に対する裁きをその身に受け、死ななければなりませんでした。


愛の目だけで見るならば、神がイエス様を十字架につけて見捨てることは出来ません。


しかし罪に対して正しい裁きを行う神の目で見るならば、捨てられて死刑を受けることは罪に対する当然の報いでした。

そこには 少しの憐れみも愛もありませんでした。



十字架でのイエス様は、神の裁きを受ける姿でした。

神の裁きを受けなければならないほど、人類の罪は深刻でした。



イエス様が受けた苦しみは、恐ろしい肉体の苦しみがありました。

そして人々から受けた侮辱やののしり、あざけり、愛する者たちの裏切りによる 精神的な苦しみがありました。


しかし、最もイエス様が感じた苦しみは、しばらくの間でも父なる神と断絶しなければならない “霊的苦悩” でした。


しかし、主は 全人類のために 自分を贖いのいけにえとしてささげることを決心したので、すべての苦しみをその身に受け、最後まで主の御心に従順しました。


深刻な混乱と苦しみの中でも、ただ父なる神を見上げ、すべてを委ねたので真の勝利を得ることが出来ました。




主の臨終の姿




主は最後に、もう一度大声で叫んで息を引き取りました。

どのようなことばが最後のことばになったでしょうか。


【ヨハネの福音書19章30節】

イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

「完了した」は、自分の使命をすべて成し遂げたという “勝利宣言” でした。


人生を全うした意味ではありません。

主は33歳という若さでした。寿命を全うして死ぬ年ではありません。


神のみこころを全うするために来られ、その働きを終えたという意味です。

そして、続いて語ったことばが 次の箇所にあります。


【ルカの福音書23章46節】

イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。

自分のたましいを、いのちの主権者である父なる神に委ねました。


神が受け取ったイエス様の霊は、どんなに尊い霊でしょうか。

もし宝石に例えるならば、光輝いて見ることが出来ない輝きのある霊だと思います。


罪のために汚れて暗くなった人類の醜い霊とは到底比べることも出来ないものです。

父なる神の手に委ねられた主の霊は、再びいのちを得て 世の光としてよみがえります。


来週はイースターです。


主は、私たちのために十字架にかかって死に、また 私たちのためによみがえりました。

そのことを信じていますか?

アーメン ヽ(TдT)ノ


2018.3.25
受難週礼拝メッセージ

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主の時

テーマは 『 主の時 』 です

【第2ペテロ3章8-10節】

しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

私たちの時間の測定方法は、1日を24時間にして日、月、年、世紀と数えていきます。

その時間は 私たちのいのちの時間、すなわち “肉の時間” です。


神様はそのような時間測定はしません。

“永遠” とは、時間を気にしない領域です。


主は永遠に存在する方なので1日が千年のようで、千年が1日のようです。


しかし被造物の世界で 主が働く時には、主は時を定めて働きます。

自由気ままに働くのではないです。


聖書を読むと、いつも主は時を決めて みわざを現しました。

それは主ご自身のためではなく、人間に約束と希望を与えるために そのようにしたと思われます。


主は時間の中で生きる人間に、もう一つの時間が存在することを教えました。


それは、“主の時” です。

神様は、主の時がもっと重要であることを教えています。


その時間とは 数えるための時間ではなく、“主のみこころがなる時” のことを言います。


主の計画が行われる日のことを言います。


もし私たちが人間の時間だけを考えるならば、神のみこころの時とズレが生じます。

そうすると、神のみわざを見逃したり、時を見分けることも、時を用いることも出来ないです。


【伝道者の書3章1節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

ここで言う “時” も、人間が決めた時ではなく、主が決めた時です。


知恵ある人は この時をよく見分け、その時を最大に用います。


救い主イエス・キリストがこの世に来られるという預言は、すでに創世記3章15節にありました。


【創世記3章15節】

わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。

それから長い時間が過ぎました。

それは人間にとって長い時間で、主の時が来た時に イエス様が約束の救い主として この地上に来られました。

しかし30年間は活動しませんでした。


そして主は、ご自分の時に 公の活動を始めました。


カナの婚礼に招かれた時も、
母マリヤが「ぶどう酒がありません」と イエス様に言った時に、
主は「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。私の時はまだ来ていません」と言われました。


少しの差だとしても、人の時ではなく、主の時に働くことを明確にしました。


主を信じる人は、特に主の時を優先しなければなりません。


主に導かれて動き、私たちの先を行かれる主に従っていかないといけないです。


勝手に飛び出して、主に対して「(主が)私について来なさい」ではいけないです。




主の再臨の時




これから注目しないといけないのは、“主の再臨の時” です。

主は再び再臨すると約束しました。


主の再臨は信じる者には喜びの日ですが、同時に この世が主によってさばかれる日でもあります。


再臨の時の様子で、まずは “空中再臨” です。


【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

そして、次の箇所は “地上再臨” の時の様子です。


【ゼカリヤ書14章3-4節】

主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。

地の王たちは主に逆らい、国々も民たちも悪を行っている姿を 主は知っていますが、なぜ いま裁かないでしょうか?


主は時間をかけて、麦と毒麦を分ける作業をしておられます。

そして毒麦として分けられた悪人たちに対しては、「厳しく裁く」と宣言しました。


「いつ再臨がありますか?」と 人々は正確な時間を教えて下さいと願いました。

しかし、主はこのように答えました。


【マタイの福音書24章36節】

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい、あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

人間が考えるような時は教えませんでした。

神の時に実現されるので、人間に教える必要もないです。


ただ盗人のように来るから しっかりと主の時を用意して待ち望みなさいと言われました。




救いと恵みの時




【第2コリント6章2節】

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

自分の耳に、誰かを通して福音が伝えられた時が、“神の恵みと救いの時” です。


その時を逃してしまい、救われることもなく、永遠の滅びに入った人がどれほど多いか分かりません。

地獄は、永遠に自分の胸を叩きながら後悔する場所です。


「あの時、神が救いの手を伸ばしたのに、私がその手を振り切ったから、こんな辛い場所に来てしまったんだ」と、泣き叫びます。


神の救いの時、恵みの時を無視しつづけて救われないまま死ぬならば、永遠に救いはないです。


死んでからは救いも恵みも受ける時は来ないです。




悔い改めの時




自分が悔い改めたいからと言って、いつでも悔い改めることが出来るわけではないです。


悔い改めも、“神の恵み” がないと出来ません。

口先だけの悔い改めは悔い改めではないです。


罪を悲しみながら心を引き裂く悔い改めこそが 本物の悔い改めです。


【第2コリント7章9-10節】

今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。

神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

世の事で悲しみながら泣く者は多いです。

しかし、泣くから問題が解決されるわけでもないです。


本当に私たちが悲しみながら泣かないといけないのは、自分の罪を悔い改めながら泣くことです。


すると、神から罪の赦し、救い、平安を受けることが出来ます。



神から「神に立ち返って悔い改めなさい」と言われた時には「今ですか?後で悔い改めをします。」とは言わないで下さい。


“後で” という思いは、サタンから来る 誘惑の思いです。


私たちは明日の事は分かりません。

“今” という時に、悔い改めも 救いも 恵みも受けないといけないです。

神はあわれみ深い方ですから、忍耐しながら待っておられます。


今の時を無駄にしないようにしましょう。


なぜなら、天の恵みの窓が閉まる時が来るからです。

救いに至る狭い門が閉ざされる時が来ます。


その時は 終わりの時であり、裁きの時です。


自分はまだ若いから大丈夫だと思っていますか?

自分の時ではなく、主の定まった時に すべてが起こります。


ですから主の時を知るために 知恵を求めて下さい。
v( ̄∇ ̄)v


2018.2.18
聖日礼拝メッセージ

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家族の救いのための祈り

テーマは 『 家族の救いのための祈り 』 です


家族の中に、まだ救われていない人がいて、救いのために祈る人は多いと思います。

私自身も兄弟の中に、まだ救われていない家族がいるので、そのために祈っています。


家族が救われるために、いくつか参考になることを伝えます。



まず、伝道は主の命令であることを覚えましょう。

イエス様がクリスチャンに与えた最高の命令は伝道です。


伝道は全世界より尊いたましいを救いに導いて、永遠のいのちを得させることだからです。


自分だけ救われて、家族の救いにはまったく関心がないクリスチャンも今まで見てきました。


それは神様の命令に背くことです。


必ず家族にも伝道しなければなりません。



家族に対する私たちの目標は、神の栄光であることを知りましょう。

神様が私たちをクリスチャンにしたのは、神の栄光のためです。


神様が家族を救うのも、神の栄光のためです。



私たちは家族に対して嫌な思いがあると、「救われなくても良い」という思いまでしますが、それは自分の個人的な感情であって、神のみこころではありません。


神は誰一人、滅びることを願いません。

むしろ皆が救われることを願っています。


家族が救われることに対して、確信を持ちましょう。


家族は神の約束によって救われることがあります。


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」


このことばを覚えましょう。





イエス様を信じたことで、ご主人から激しい迫害を受けた婦人がいました。

聖書は火の中に投げられ、出られないように髪の毛も切られ、暴力も受けました。


しかし、その婦人はそれでも台所で泣きながら、夫の救いのために祈り続けました。


ある時、その祈りが夫の心に深く刺さりました。

それから一緒に教会に行き、誰よりも熱心な信徒になり、奥さんをとても大事にする旦那に変わりました。





家族の救いのためには、絶えず祈ることが必要です。


人間の罪が、サタンの妨害があるので簡単に導かれないことも多いです。


ですから霊的戦いのための祈りも必要です。
絶えず祈ることです。




また、伝道に対する落胆は、神のみこころではありません。

落胆する人は、神のみこころを成し遂げることができません。


祈りはじめたものの、答えがすぐ無いことで、失望して祈らなくなる人も多いですが、 落胆せずに祈ることです。


家族の前に、変えられた姿を見せることです。


信仰は聞くことから始まるので、聖書のことばを家族によく語るようにしましょう。


また、聖徒たちの集まりに家族を招待することも良い方法です。

神の家族に触れることで、心が変わることがあります。


そして家庭の中でも神を礼拝してください。


家庭の中に神が働くようにするのも、家族の 救いのためです。
(・∀・)つ


2016.8.27
3分テレフォンメッセージ

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