からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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毎日3分テレフォンメッセージを配信しておりましたが、いつでも聞き直せるようにYouTubeにも公開致します。
これからもどうぞよろしくお願い致します♪

救い

善悪の知識の木といのちの木

テーマは 『 善悪の知識の木といのちの木 』 です

【創世記2章9節】

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。


エデンの園はパラダイスです。

最高に快適な環境です。


人間を愛した神は、人間に配慮して最高の環境を与えました。

最高に住みやすい場所がエデンの園でした。


しかし そこにずっと住みたいならば、1つの条件がありました。

それは、“園の中央にある善悪の知識の木から取って食べてはならない” ことでした。


【創世記2章16-17節】

神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」


神は、人間が自分の考えや思いで善悪を判断することを願いませんでした。

善悪の判断は神の領域だからです。


神が善悪の判断をするので、人間の善悪の判断はエデンの園には要らなかったです。


ある人たちは、人間が罪を犯したのは神のせいだと言います。

「善悪の知識の木がなかったならば 罪も死もなかったのに、そんなものをわざわざ作った神が悪い」と言います。


しかし、これはとんでもない言葉です。



罪は、善悪の知識の木によって始まったのではないです。

善悪の知識の木に対する神のことばに、人間が不従順したからです。


善悪の知識の木は、神が人間を試みるためではありませんでした。


人間に与えられた多くの自由の中で、たった1つの禁止命令に従うならば、永遠にパラダイスで神と共に祝福と平安の中で暮らすことが出来ました。



しかし人間は蛇の誘惑を受けて、欲を抑えることが出来ず、結局自分の決断で善悪の知識の木から取って食べました。


神がすでに「それを取って食べると必ず死ぬ」と強調したので、人間はそれを十分知っていながらも従いませんでした。


善悪の知識の木の実を食べたのは、人間の選択でした。

ですから不従順の罪の責任は、神ではなく、人間にあります。






罪を犯した人間を、神はエデンの園から追い出しました。

エデンの園に住む資格を彼らは罪によって失いました。


エデンの園を追い出された人間を待っていたのは、苦労と呪いと死でした。



また、それから人間は 神からではない人間の善悪の知識を土台にして すべてを考えるようになりました。


自分たちで倫理、道徳、宗教などを作りました。

善ならば祝福、悪ならば罰という救いの基準も作りました。


しかし、知らなければならないのは、どんなに善悪の基準を決めて行動しても、そこに無いのは “いのち” です。

何をしても結局 最後は死です。



神が与える命がないならば、どんなに良いことをしても滅びの対象にしかならないです。


良いことに対しても、それは神の基準ではなく、自分の基準だからです。


もしパラダイスに住みたいならば、善悪の知識の木から取って食べてはならないです。

それは今も同じです。


エデンの園には、いのちの木もありました。



命がほしい人は命の木から取って食べなければなりません。
そのいのちとは “イエス・キリストのいのち” です。


それを食べないと命はないです。


【ヨハネの福音書10章28節】

わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。


イエス・キリストは、自分のいのちを与えるためにこの世に来ました。

信じる者たちに、いのちを与えると約束しました。


イエス様のいのちに、人間の善悪の知識が入る余地はないです。

いのちの木には命の実しかならないです。






神は、2つの道が私たちの前にあることを教えました。

死の道といのちの道です。


死の道は、善悪の知識の木の実を食べながら生きる道です。


いのちの道は、神の口から出るいのちのことばによって生きる道です。


【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。


神のことばには関心もなく、自分の思いや考えで生きる人がほとんどです。


死に至らせる善悪の知識の木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするものに見えるので取って食べやすいです。

しかし、そこにいのちはありません。



神のみことばは、私たちを命の道に導くことばです。

それに従う時に死の道から離れることが出来ます。


【ヨハネの黙示録2章7節】

耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」』


【ヨハネの黙示録22章14節】

自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2021.5.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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つまずいても、つまずきを与えてもいけない

テーマは 『 つまずいても、つまずきを与えてもいけない 』 です

【イザヤ書8章11-16節】

まことに主は強い御手をもって私を捕らえ、私にこう仰せられた。この民の道に歩まないよう、私を戒めて仰せられた。

「この民が謀反と呼ぶことをみな、謀反と呼ぶな。この民の恐れるものを恐れるな。おののくな。

万軍の主、この方を、聖なる方とし、この方を、あなたがたの恐れ、この方を、あなたがたのおののきとせよ。

そうすれば、この方が聖所となられる。しかし、イスラエルの二つの家には妨げの石とつまずきの岩、エルサレムの住民にはわなとなり、落とし穴となる。

多くの者がそれにつまずき、倒れて砕かれ、わなにかけられて捕らえられる。

このあかしをたばねよ。このおしえをわたしの弟子たちの心のうちに封ぜよ。」


聖書は私たちに警告しています。

つまずいてもならないし、つまずきを与えてもならない と。


「それがそんなに重要なことですか?」と疑問を持つ人がいるかも知れませんが、とても重要であるので 主は何度も警告しました。


つまずくことは、自分で勝手に引っ掛かり倒れることもあれば、人を引っ掛けて倒す人もいます。



信仰につまずく結果は地獄です。

最後のさばきの時はつまずいた者も つまずきを与えた者も 主の前で言い訳をしても、それは通らないです。


永遠のいのちと天国とも関連があるので、とても重要です。


二つの大きなつまずきがあります。

イエス様に対するつまずきと、人間に対するつまずきがあります。




イエス様に対するつまずき




今日のことばはメシアに対する預言です。

預言の中で、イスラエルの人々がメシアにつまずくことが預言されました。


そしてメシアに対する正しい知識を持たなかった多くの者がつまずきました。

彼らの姿をみてイエス様はこのように語りました。


【マタイの福音書11章6節】

だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。


なぜ待ち望んだメシアなのに、メシアとして来られた主を受け入れず つまずいたでしょうか?

それは彼らのことばで原因を知ることが出来ます。



まずはイエス様が育ったナザレの町の人々のつまずきの原因です。


【マタイの福音書13章53-58節】

これらのたとえを話し終えると、イエスはそこを去られた。

それから、ご自分の郷里に行って、会堂で人々を教え始められた。すると、彼らは驚いて言った。「この人は、こんな知恵と不思議な力をどこで得たのでしょう。

この人は大工の息子ではありませんか。彼の母親はマリヤで、彼の兄弟は、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではありませんか。

妹たちもみな私たちといっしょにいるではありませんか。とすると、いったいこの人は、これらのものをどこから得たのでしょう。」

こうして、彼らはイエスにつまずいた。しかし、イエスは彼らに言われた。「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、家族の間だけです。」

そして、イエスは、彼らの不信仰のゆえに、そこでは多くの奇蹟をなさらなかった。


田舎の貧しい家で生まれ、教育もまともに受けたことのない者がメシアのはずがない と思いました。

もしイエス様が王や貴族の息子であったならば人々はメシアとして認めたと思います。


神がメシアの姿を教えたにも関わらず、彼らは自分たちの判断や考えでみことばを退け、つまずきました。



また多くの弟子たちは、イエス様が「わたしは天から下って来たいのちのパンである」と教えただけで変人扱いし、悪口を言ってつまずき離れ去りました。


またある者たちは、十字架で苦しみながら死んだ主を 無能で力がなく、自分も救うことが出来ない者がメシアのはずがない と思ってつまずきました。


「メシアは十字架の苦しみを受ける」 と預言されたにもかかわらず、十字架につまずきました。


【第1コリント1章23-24節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。


神の御言葉の上に立たず、自分の考えや偏見、判断に頼る者は必ずつまずきます。


それが本人にとって信仰を邪魔し、罠になり、救いから遠ざけるので、結局は自分で呪いの道を選ぶようになります。


そのため、神のことばにあるメシアの姿とイエス様の姿をよく知る必要があります。




人に対してのつまずきと警告




人に対しては、つまずきを与えたり つまずいてもいけないです。


この警告を無視すると、後につまずくことになります。

なぜなら主がこのように警告したからです。


【マタイの福音書24章10節】

また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎み合います。


【ルカの福音書17章1-2節】

イエスは弟子たちにこう言われた。「つまずきが起こるのは避けられない。だが、つまずきを起こさせる者はわざわいだ。

この小さい者たちのひとりに、つまずきを与えるようであったら、そんな者は石臼を首にゆわえつけられて、海に投げ込まれたほうがましです。


イエス様は、「偉大な人をつまずかせてはならない」と語ったことは一度もありませんでした。

いつも “小さい者” ということばを使いました。


小さい者とは、子どもや見下された人、貧しい者、弱い者など 社会的に弱者のことです。

見下げられやすい人たちのことです。



イエス様が地上に来られた目的を見ると、主のこころが分かります。


【ルカの福音書4章18-19節】

「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、

主の恵みの年を告げ知らせるために。」


ですから小さい者につまずきを与えることは、主の救いの働きを妨害する者になります。


【マタイの福音書18章6-7節】

しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。

つまずきを与えるこの世はわざわいだ。つまずきが起こるのは避けられないが、つまずきをもたらす者はわざわいだ。



自分がもつ権利と自由で 人につまずきを与えてもいけないです




【第1コリント8章9節】

ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように、気をつけなさい。


【第1コリント8章13節】

ですから、もし食物が私の兄弟をつまずかせるなら、私は今後いっさい肉を食べません。それは、私の兄弟につまずきを与えないためです。



主の働きをしている中でも 人につまずきを与えないように気をつけることです




【第2コリント6章3-4節】

私たちは、この務めがそしられないために、どんなことにも人につまずきを与えないようにと、

あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しているのです。すなわち非常な忍耐と、悩みと、苦しみと、嘆きの中で、



つまずきを与えないために、つまずかないために すべきこと




嫌なことされても、自分で仕返しをしない、誘惑されても罪を犯さない、他人が間違った信仰を持っていても 自分の信仰まで捨てる必要はないことを心に留めることです。


悪いものが心に入ると 苦い根を下ろすので、定期的に心を点検して苦い根を取り除くことです。

罪と死の影響を受けないためです。


また、聖霊に満たされることです。

満たされないと すぐに人を非難したり、傷を受けたり、誘惑を受けやすくなり、惑わされてしまいます。


油断してはいけないです。


【ヘブル12章15節】

そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないように、


つまずきの罪をいつも警戒して、神の恵みと救いにとどまりましょう。


アーメン ( -д-)ノ


2021.2.7
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イエス・キリストによる恵み

テーマは 『 イエス・キリストによる恵み 』 です

【テトス3章5-8節】

神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。

神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。

それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みによって、相続人となるためです。

これは信頼できることばですから、私は、あなたがこれらのことについて、確信をもって話すように願っています。それは、神を信じている人々が、良いわざに励むことを心がけるようになるためです。これらのことは良いことであって、人々に有益なことです。

クリスマスは信じる人々にとっては特別な日です。

喜びの日であり、恵みの日です。


もちろん主は信じる人だけではなく、まだ信じてない人にも恵みを用意しています。

知って得すること、知らないで損することはたくさんありますが、イエス・キリストによる恵みを知るならば凄い恵みを受けます。


ある人はそれを求め受けますが、ある人はそれを信じないので受けることが出来ないです。



イエス・キリストによる恵みは範囲がとても広いですが、その中でも重要な恵みだけを語ります。




救いの恵み




救いの恵みがあります。


科学がどんなに発達しても、どんなに努力しても人間にとって不可能なことは魂の救いです。

罪人である人間は罪の問題を解決して、自分の魂を救うことは不可能です。


救いは罪を赦す権威と権限がある神のみが出来ることです。




イエス・キリスト




そして、その権威と権限を持っている方がキリストです。


救いの恵みの中にあるのは罪の赦し、神との和解、義と認められる、永遠の命です。


【第1テサロニケ5章9節】

神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。


また信じると神の家族、すなわち神の子どもになり、神の国を相続する者になります。


罪が赦されてない状態の人間は 神の敵であり、サタンに属する者です。

信じる時に身分が変わる恵みを主が与えて下さいます。




神の子どもが相続者




子どもが相続者になります。


【ガラテヤ3章26節】

あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。

【ガラテヤ3章29節】

もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。


もし皆さんが親から とてつもない財産を相続する者だとすれば、どんな気持ちになるでしょうか。


周りの人たちはどう思うでしょうか。

羨ましいと思わないでしょうか?


もし信じて救われているならば、神からとてつもない財産を相続する者になります。



神の約束です。

神のことばは永遠に変わらない真実なことばです。


主の恵みは皆にとって有益です。

世界の人々が主の恵みを受けて欲しいと切に願っています。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2020.12.20
クリスマス礼拝メッセージ

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神からの良い報い

テーマは 『 神からの良い報い 』 です

【へブル6章10-12節】

神は正しい方であって、あなたがたの行いを忘れず、あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、また今も仕えて神の御名のために示したあの愛をお忘れにならないのです。

そこで、私たちは、あなたがたひとりひとりが、同じ熱心さを示して、最後まで、私たちの希望について十分な確信を持ち続けてくれるように切望します。

それは、あなたがたがなまけずに、信仰と忍耐によって約束のものを相続するあの人たちに、ならう者となるためです。

自分が信じる神がどのような方なのか正しく知っていますか?


私たちが信じる神は正しく、真実で公平な方です。

また変わらない方であり、すべてご存知で、私たちの行いを忘れずに覚えておられる方、また良い報いを与えて下さる方です。


神を知れば知るほど 神への信仰も強くなり成長します。

また良い報いを与えて下さる神であることを知っていれば、私たちの信仰も行動も変わります。



神は、私たちが神を正しく知って この世で良い働きをすることを願っておられます。


救いは信仰によって受けますが、信仰には それにふさわしい良い行いが伴わないといけないです。

すなわち良い実を結ばないといけないことです。


聖徒は良い報いがあるから良い働きをするのではなく、神を愛するから良い行いをします。



良い行いをする前にすべきことがあります。

まずは確認です。


【ローマ12章2節】

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

良い行いをするための私たちの態度に対してはまず、愛の行いをすることです。


見せかけの信仰ではなく、心から神を信じ、その信仰で聖徒の愛を実践する人は決して神の救いからもれることがないです。



神は聖徒が愛の精神で良い行いをする時に、それを喜んで受け入れ必ず良い報いを与えて下さいます。


【第1コリント3章8節】

植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。

【ヨハネの黙示録2章23節】

また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう。


そして他人に対しての愛の行いだけでなく、自分自身の信仰を成長させる時も 神はその人に素晴らしい報いを与えます。

それは永遠のいのちであり、天の御国です。



信仰が成長せず、しかも堕落してしまった人には良い報いはありません。


神の真理のことばを聞いても、悟らず怠けて、天国への望みをもって追及しないなら、神が用意した栄光あるものは受けることが出来ないです。


信仰の成長や信仰の忍耐は神の約束の祝福を得るために必要です。


【へブル6章15節】

こうして、アブラハムは、忍耐の末に、約束のものを得ました。

アーメン (・∀・)


2020.10.11
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ザアカイの救い

テーマは 『 ザアカイの救い 』 です

【ルカの福音書19章1-10節】

それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。

ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。

彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。

それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。

イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」

ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。

これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。

ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」

イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。

人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」


単純にザアカイが救われたことだけを考えるならば、特別なことではないですね。

ザアカイという人物が見せたような行動は、すでに救われた人たちの中でも まれです。


彼が見せた行動に対して、すでに救われた人たちは、自分と比較しながらよく考えないといけないです。


イエス様について来た多くの人々は、イエス様のことばとザアカイを見て誤解し、非難しました。

そしてつぶやきました。


ザアカイに対する敵対心、妬み、差別があったと思います。


そして人々のゆがんだ目はイエス様にも向けられました。

「罪人の所に行って客となられた。」と言いました。



ザアカイが金持ちであるから客となられたと勝手に思う人たちもいたと思います。


彼らはつぶやきましたが、何に対してつぶやいたでしょうか。

つぶやく点は一つもなく、むしろ一人の魂が救われたことで喜ばないといけないのに、それが出来なかったですね。


救いは、自分たちのように罪人ではない人が受けるべきだと思っていたでしょう。


ですからイエス様は「人の子は失われた人を捜して救うために来たのです。」と、はっきり主が来られた目的を語りました。



イエス様はその通りにザアカイを見つけて救い、ザアカイは自分が罪人であるので、主に対して関心があり、主を切に求めていました。


そしてすぐに受け入れ、献身し、自分の罪から主に立ち返り、悔い改めにふさわしい実を結びました。


主に会った瞬間に価値観が変わってしまいました。

心が変わったので、語ることばも変わりました。


救いは過去の出来事ではなく、常に現在形でないといけないです。

今が救いの時、今が恵みの状態でなければならないです。



今も自分は主に対してザアカイほどの関心がありますか?


主に会いたいと熱望していますか?

大喜びで主を迎えていますか?主に献身していますか?


悔い改めにふさわしい実を結んでいますか?

なまぬるい状態で安心して大丈夫でしょうか。



主は何もかも知っておわれます。

私たちの状態を。


その救い、大丈夫でしょうか。


アーメン ヽ(TдT)ノ

2020.8.30
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みことばの栄養を食べ、食べさせる

テーマは 『 みことばの栄養を食べ、食べさせる 』 です

私たちが生きていくためには、食べ物が必要不可欠であり、栄養のあるものを食べて生きていく必要があるように、私たちの霊も 栄養のある神様のみことばを毎日食べて生きていかなくてはなりません。


特に今日は、そのみことばの栄養を食べていくこと、また自分だけではなく、私たちの周りの大切な人、特に家族にもこの栄養を食べさせないといけないことを見ていきます。



まずは聖書のみことばから「家族」、そして「信仰」について学んでいきましょう。


【第2テモテ1章5節】

私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。

テモテは、お母さんはユダヤ人で、お父さんはギリシャ人(異邦人で未信者)でした。


【使徒の働き16章1-3節】

それからパウロはデルベに、次いでルステラに行った。そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人を父としていたが、

ルステラとイコニオムとの兄弟たちの間で評判の良い人であった。

パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることを、みなが知っていたからである。


ユダヤ人の父親は、子どもたちに律法を教える責任があったのですが、もし信仰がある父親が生きていない場合は、祖母から律法、つまりは神様のことばを学んでいました。


このテモテの信仰を育てたのは、お母さんとおばあちゃんだったのです。

テモテのお母さんと、おばあちゃんがテモテに聖書のことばを小さい時から教え、それからテモテが信仰を持つようになりました。


テモテは、この貴重な何よりも大切な信仰を、親から受け継がれ、迫害があっても、二心にならず、あきらめない、最後まで信仰を捨てないほどの、純粋な神様に喜ばれる信仰をしっかり持っておりました。


テモテが信仰を持つようになった背景には、一番身近にいた、母と祖母という家族の存在があったからです。



私たちは誰かに「信仰を持ってほしい」、「救われてほしい」、「もっと信仰が育ってほしい」と思う時、「とりあえず教会に連れて来たらいいか」と考えませんか?

もちろん、教会に連れて来ることはとても良いことですし、メッセージも聞けるし、他のクリスチャンの方とも交わりができるのでとても良いと思います。


ただ、もしそれが家族であるのならば、私たちがすべきことは、「教会に連れてくること、お祈り、以上。」

なのではなく、実際に御言葉、聖書を伝えていくことがとても大切です。


あなたの家族は、あなた自身の家族であり、他の人ではなく、一番近く、一番影響を与える関係です。

私たちは、その家族とともに、それぞれ信仰を持ち、育てていく「使命」が1人1人にあるはずです。



信仰を育てるためには、神様のみことば、聖書に親しむことがとても大切です。

パウロは テモテに次のように言っています。


【第2テモテ3章14-15節】

けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、

また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

テモテは、幼いころから聖書に親しんできました。

よく読んでいて、よく知っていました。

そしてそれによって、信仰を持つようになったのです。


あなたの大切な家族、あるいは一番近い人と、一緒に聖書を読んでいくこと、みことばを伝えることがとても大切なのです。




栄養失調




信仰生活は、子育てと同じです。


子どもが生まれると、親は一生懸命、ミルクをあげます。

子どもが生きていくため、成長していくためです。


母乳やミルクから始まり、離乳食に移り、そこから徐々に普通の固形の食べ物を食べるようになります。


普通の食べ物が食べられるようになり、美味しい物が分かるようになり、自分で自分に必要な食べ物は何か、栄養良く食べるようになるのです。

信仰と御言葉、私たちの霊も同じです。



信仰が小さな時は、食べやすく消化しやすいように、分かりやすい御言葉から少しずつ食べ始め、毎日食べることです。

それから徐々に聖書が何を言っているのかが分かるようになっていくと、聖書の深い真理を知り、味わっていくことです。


始めは何が何なのか分からないながらも、少しずつ栄養として食べていくことで、後に徐々に御言葉を悟るようになります。

徐々に悟ることで、少しずつ固い食べ物を食べられるようになるように、御言葉の深い真理を知っていくのです。



そして、自分に今 どんな食べ物が必要なのか、どの栄養が足りていないかが分かり、美味しいもの、体に良い物を選んで食べるように、私たちもその時々に必要なみことばを食べていくことが とても大切なのです。


子どもが食べ物を食べるのは生きていくために必ず必要なことであり、足りないと栄養失調になり、何も食べないと死んでしまうのです。

同じように、毎日御言葉を食べないと、私たちも栄養失調になり、いずれは死にます。






ジャンクフードは、食べている間はとても美味しく感じ、また食べたいと思いますが、それを食べ続けると気付けば栄養失調になり、私たちの健康を害していきます。


私たちも栄養のあるみことばではなく、この世のことばや違う教えを食べると、その一瞬は美味しく感じ、また食べたいと思うかも知れません。


ただ、それを食べ続けると、気付かない間に栄養失調になり、私たちの霊を害し、いずれは死んでしまうのです。


私たちは自分自身が健康に生きるためにも栄養のある このみことばをしっかり毎日食べる必要があるのです。


食べないと死んでいくからです。



また、私たちは自分自身だけではなく、自分の周りの人、特に家族を食べさせていくことも大切です。

あなただけが、健康に生きて、周りの大切な人がどんどん栄養失調になり、やせ細ってしまっていても、それで良いのでしょうか?


あなただけが美味しいもの、体に良いものをパクパクと食べ、横にやせ細り、栄養が必要な人を放っておいても良いのでしょうか。



私たちには、自分たちだけではなく、周りの人にこの栄養あるものを食べさせ、生かす使命があるのです。


それは親が子どものことを愛し、毎日栄養のあるご飯を食べさせるように、私たちも みことばという食べ物を周りの人に食べさせていくことが必要なのです。

ミルクから始め、離乳食を与え、徐々に固形のものを食べてさせていくことです。



今まであまり家族と一緒に聖書を読んだことがなく、どこを読んで良いのか分からない方は、その家族が好きなところからスタートしたら良いです。


ストーリーやドラマが好きな方はぜひ、新約聖書の最初の4つの福音書や、その中のヨハネの福音書からでも良いです。


ことわざや、格言、自分を高めることに興味のある方なら、箴言。

物事をじっくり考えたり、哲学的なことが好きなら、伝道者の書から。

一つずつ順番にするのが好きなら、創世記から。

心にホッとする言葉や、詩が好きな方は、詩編から。


どこからスタートするか、何を読むかはそれぞれその人に合わせて始めたら良いと思います。



聖書を出して、読むことが難しいならば、聖書からの話をまとめて伝えるのも もちろんOKです。

少しずつ、私たちの方から、神様からの愛のメッセージであるこの聖書のみことばを伝えましょう!



信仰を持ち、先にクリスチャンになった私たちには、この救い、みことば、聖書をまずは家族に伝えていく必要があるのですが、それによって、その家族の救いに繋がることもできるのです。


【第2テモテ3章15節】

また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

人々はいろんな形で救われます。

それは神様のご計画であり、みわざであります。


その救われ方はそれぞれ違いますが、私たちが今持っているこの聖書が、「救い」に導いてくれますし、「信仰」を育ててくれます。


これを読むようになることが大切です。

聖書を読むことは、神様を知ることです。


神様がどんな方であり、何を私たちに伝えたいのか、私たちは神様にとって どのような存在であるのかを知っていくことです。






例えば、自分の夫や妻、仲の良い友達を思い浮かべてください。

その人がどんな人であるのか、何が好きなのか、どんなことに興味を持ち、何を大切にしているのか、よく知っていますよね。


逆に、あまり相手のことを知らずに、仲良くなったり、好きになることはありますか?
―― ほとんどないはずです。


私たちも神様、イエス様が一体どんな方であるのか、何が好きなのか、どんなことに興味を持ち、何を大切にしているのか、それを詳しく知らないと、心から信じたり、愛したり、礼拝することはできないと思います。


まずはいきなり信じようとする前に、イエス様がどんな方であるのかを知っていくことです。

それを知っていくために一番良い方法が「聖書」なのです。

また、聖書は「救いに導く」ことに加えて、次のことでも大切です。


【第2テモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。


この16節は日本語がとても難しいですよね。

もっと分かりやすく言うと このようになります。


聖書は、真実を教え(①教え)、何が間違っているか(罪)に気付かせ(②戒め)、間違えている時に直させ(③矯正)、正しいことをするようにさせる(④義の訓練)ために有益なのです。


このテモテへの手紙が書かれた当時は異端が多かったのです。

間違った教えが多かったので、「聖書(旧約)こそ真実を教えてくれている」と伝えています。




今の時代




今の時代は、ますます何が真理であり、何が正しく、何が間違えているのか、どんどん分からなくなっています。


今まで常識だったことが非常識になったり、「個人の選択、趣向、考え方だ、だから全部受け入れなさい。受け入れないならば、差別です」と言われる世の中になっています。


何が間違っているのか気付かず、むしろ それが合っていると勘違いをする。

あるいは、間違っていると気付いていても、直さない人、逆にそれが正しいと訴える人が溢れている社会です。


その中で私たちは生きていて、特に子どもたちや若い人はすでに曲げられてしまった偽りの真理を、学校や、社会、世の中でまるで それが本当の真理であり、正しいものであるかのように学んでいるのです。

気付かないままに、真理を真理と気付かず、間違ったことを正しいと学ぶ社会になっています。



これはノンクリスチャンの中だけでの話ではなく、クリスチャンの中でも真理を曲げて伝えている牧師、クリスチャン、教会がとても多いです。


その中で、何が本当に正しく、また、間違えているのか、一体何を選択すべきなのかを教えてくれるのは、聖書です。


いつまでも変わらない真理、人間が人間らしくどのように生きていくべきかを、はっきり噓偽りなく書いてくれているのが聖書なのです。

聖書は、私たちの間違いに気付かせ、直し、正しい方に導いてくれます。


盲目な者として、無知の者として生きるのではなく、知恵ある者として、目を覚ましている者として生きることができるのは、聖書なしでは無理です。



聖書のみことばがあなたの中に入っていないと、間違えたことに気付くことも、ストップさせることも、正しい道に戻ることもできません。

それは、私たちだけではなく、私たちの周りの人もそうです。


特に、子どもがいる方は、親として、その子どもを正しい道、命の道へと導く責任があります。



「誰かが教えてくれるから良いや」ではなく、あなたが見本となり、教えていくことがとても大切なのです。


そのためにも もちろん、また、あなた自身が生きるためにも、まずはあなた自身が、聖書に親しみ、それに基づいて生きること、聖書の教えにとどまることが大切なのです。

逆にワクワクしませんか?


聖書は私たちにたくさんのことを教えてくれ、私たちに益をもたらしてくれると思うと、もっと知りたい、読みたいとなりませんか?


一緒に、あなたと、あなたの愛する方たちとこの栄養満点の御言葉を食べていきましょう!
アーメン (。・ω・)ノ゙

2020.6.14
聖日礼拝メッセージ

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主によって与えられたいのち

テーマは 『 主によって与えられたいのち 』 です

【ヨハネの福音書6章32-35節】

イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。

というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」

そこで彼らはイエスに言った。「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」

イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

イエス・キリストの誕生、苦難、十字架の死、そして復活の一連の出来事は なぜあったのかを一言でいうならば、「信じる者にいのちを与える」ためです。


罪によってすべての人間が死の支配下にあるので、人間を死から救い出すために、天の父なる神が計画したのが “御子イエスを人間として地上に遣わすこと” でした。


そしてキリストの生涯を通して、人間にいのちを与える道を完成しました。

死の道しかなかった所にいのちの道を造りました。


イエス・キリストという道でした。


救いはいのちを得ることです。

死からいのちに移されることが、“救い” です。



主イエスは「いのち」ということばをよく使いました。

主はすべてがいのちのためであることを話しました。


【ヨハネの福音書3章14-17節】

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

復活だけがいのちを与えるのではなく、十字架にかかったイエス様を見上げて信じるだけでもいのちを得ます。



それをモーセの時代に証明しました。

民数記21章には荒野でイスラエルの民が荒野での旅に我慢が出来なくなり、神とモーセに逆らって非難し、文句を言いまくりました。


それで神は燃える蛇を送ったので、その蛇が民をかみついたので、多くの者が死にました。

すると民が悔い改めたので、神はモーセに青銅の蛇を造るように命じました。


その時に語った神のことばです。


【民数記21章8節】

「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」

このように語って下さいました。

そのことば通り、見上げた人は生きました。



それはイエス様の十字架の姿でした。

十字架の主を見上げる者も生きることを教えて下さいました。



最後の晩餐の時に語ったことばでも、主は自分の体と血を私たちに与えると言われました。

その理由はいのちを与えるためでした。


【ルカの福音書22章19-20節】

これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。

この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。


生きた者を食べることは出来ないです。

そのために主は死にました。


しかしその死は私たちにいのちを与えるためでした。


【ヨハネの福音書6章53-54節】

イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。

わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。

【ヨハネの福音書11章25-26節】

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」


主が墓の中に葬られた後に 主の復活を知らないマリアは、墓の中に主の遺体がないことを見て泣きました。


そこに二人の御使いがいて、彼らはマリアに言いました。

「女の方。なぜ泣いているのですか。」


後でイエス様も現れて同じことばを言いました。

「なぜ泣いているのですか。誰を捜しているのですか。」


死んだ人のためには人々は悲しくて泣きます。



しかし主は復活したので泣く必要がありませんでした。


生きておられる主を信じて、いつも主を見上げて生きている人には いのちがあるので、主に感謝しながら喜びながら生きることです。


【第1ヨハネ5章11-13節】

そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。

御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。

アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚

2020.4.12
イースター礼拝メッセージ

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キリストが捨てたものは何か

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【ピリピ2章6-11節】

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、

ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、

自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。


キリストの人間としての部分を見ると、私たち人間と同じように見える部分もあれば、違う部分もたくさんあります。


同じ部分はキリストも肉体を持っていたので 疲れを感じたり、お腹が空いたり、痛みを感じたりしました。

そして感情があるので涙を流したり、喜んだり、悲しんだりしました。


しかし 生き方においては、キリストは 私たち人間とはまったく違っていました。


その中で、私たち人間が捨てられないものを キリストは大胆に捨てました。

その部分を学びたいと思います。




神の栄光を捨てて卑しい人間になった部分




人間は神になろうとして罪を犯し堕落しました。

今も人間には 神になろうとする傾向が強いです。


キリストは神のあり方、栄光、尊厳を捨てて人間になりました。

自分を無にしました。


しかし人間はキリストとは正反対の生き方をしています。(アダムの堕落、バベルの塔の事件など)




すべての所有者であるのに すべてを捨てて貧しくなった部分



人間は神からすべてのものを受けたにも係わらず、まるで自分のものであるかのように執着し、絶えず富を得ようとしますが、キリストは自分からすべての富を捨てました。


【第2コリント8章9節】

あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。


【マタイの福音書8章19-20節】

そこに、ひとりの律法学者が来てこう言った。「先生。私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついてまいります。」

すると、イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。」



神の権威を捨てて、しもべの姿になった部分




私たち人間は 人に仕えるよりも、仕えられることを好みますが、キリストは神の権威を捨て、しもべになって人間に仕えました。


【ヨハネの福音書13章4-5節】

夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。

それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。



いのちの主が罪人のためにいのちを捨てた部分




死は罪ある者が受ける刑罰なので、罪のないキリストにとって 死は無縁です。

しかし罪人である人間を贖うために、自ら罪人の代わりに十字架の上でいのちを捨てました。


【第1ペテロ2章22節】

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。


【ヨハネの福音書10章18節】

だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」

このようにキリストがあらゆるものを捨てたことによって 私たちが恵みを受けました。


罪の赦し、救い、永遠のいのち、天の富すべてがキリストをよって与えられたことを知らなければなりません。


キリストに栄光と誉れと感謝をささげます。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚

2019.12.22
クリスマス礼拝メッセージ

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キリストの何を信じるのか

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【第1ヨハネ4章1-3節】

愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。

人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。

イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。

宗教は世にたくさんあります。

人々は自分が信じたいものを信じています。


しかし問題は、“何でも好きなものを選んで信じたら それで良いのか” です。


自分では問題がないと思っても、神から見れば “大いに問題あり” です。

神々と呼ばれるすべてのものは 神ではないからです。



神は “唯一の神” なので、それ以外は違う霊です。


聖書では その霊を “サタン、悪霊” と呼びます。



またサタンは人々を騙すために反キリストも世にたくさん送りました。


私たちは騙されないために、それらの霊を試さないといけないです。

本物のキリストと 反キリストを見分ける方法が聖書に書かれてあります。




・メシヤであるイエス様は肉体をもっていました




マリヤが聖霊によって身ごもり、イエス様を産みました。


肉体をもって来られた理由は、十字架の上で私たちの罪を贖うためでした。


【ヨハネの福音書1章14節】

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

ですから、人となって来たイエス・キリストを告白する霊は偽物ではありません。


肉体があるので “神” として信じない人もいますが、聖書では肉体がないとキリストではないと言われています。




キリストの神性を信じることです




キリストは神のひとり子です。

イエスは神ではないし、メシヤでもないと否定する人は偽り者です。


【第1ヨハネ4章14-15節】

私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。

だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。

【第1ヨハネ5章5節】

世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。



十字架の死によって私たちの罪を贖ったキリストこそ、私たちの救い主であることを信じます




【第1ヨハネ4章10節】

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

救いとは、死からいのちに移されたことを意味します。


【第1ヨハネ5章12節】

御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。



キリストは愛です




【第1ヨハネ4章7-8節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神は愛であることを信じることです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2019.9.15
聖日礼拝メッセージ

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主を喜ばせる人はどんな人なのか

テーマは 『 主を喜ばせる人はどんな人なのか 』 です

【ルカの福音書17章12-19節】

ある村に入ると、十人のツァラアトに冒された人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、

声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。

イエスはこれを見て言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」彼らは行く途中できよめられた。

そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、

イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。

そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。

神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」

それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」


本文の内容は、ただ読んで終わるのではなく、自分はどちらに属する人なのかをよく考える必要があります。


極端に言うならば 9人は神を信じている者たち、そしてもう1人のサマリヤ人はまだ信じていない異邦人とも言えます。


イエス様を失望させたのは信じる者たちでした。

そして主に喜ばれた者はサマリヤ人でした。


イエス様は公の働きをしていた時に多くの人々に接しました。

その中には主を苦しめた者、主を裏切った者、悲しませた者、そして喜ばせた者がいました。


今回は “主を喜ばせる人はどんな人か” を学びます。




恵みに対して心から感謝をささげる人




10人のらい病人は同じ病で苦しんでいました。

難病で、死ぬまで苦しまなければならない重い病気を抱えていました。


らい病は隔離させるので、社会生活も出来ないですし、家族と一緒にいることも出来ません。

辛くて孤独で希望のない生活を送っていました。


「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と叫んだ時、すべての希望をイエス様に託しました。

そして癒されました。

ありえないような奇跡が起こりました。


しかし癒しが行った後に問題が生じました。


癒される前は10人同じく大声で主を呼んでいました。

しかし癒された後に、9人が主を呼ぶことはありませんでした。


1人だけ大声で神を称えながら戻り、イエス様の足元にひれ伏して感謝をささげました。


恵みは決して当たり前のことではないです。

奇跡も当たり前ではありません。


大きな恵みを受けながらも、感謝をしないことは恩知らずの者です。

多くの恩知らずの者がいることは主の悲しみです。


しかし、心からの感謝をささげる人は主に喜ばれます。


【詩篇50編23節】

感謝のいけにえをささげる人は、わたしをあがめよう。その道を正しくする人に、わたしは神の救いを見せよう。」



心から主を愛する人




ルカの福音書7章36-38節には、1人の罪深い女の人が出てきます。


イエス様があるパリサイ人の家で食事をしている時に来て、香油の入った石膏のつぼを持って来て、泣きながらイエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗りました。


周りの人たちは彼女のことを非難しました。

しかしイエス様だけは その行為を、愛の行為として高く評価し喜んで下さいました。


口先だけの愛に何の価値があるでしょうか?


彼女は行動で主への愛を示しました。

口では愛を告白しますが、心が冷えた人ほど主を悲しませる者はいません。


しかし、行動で愛を示す人は主に喜ばれます。




自分の罪を認め、悔い改め、赦しの恵みを忘れない人




【第1テモテ1章15節】

「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。

使徒パウロは偉大な使徒になり、不思議なわざもたくさん行いましたが、自分をきれいに飾ったことは一度もありませんでした。


主に出会うまでは自分を義人だと思って生きていた人でした。

自分には罪がないと思っていました。



しかしキリストに出会って、自分がとんでもない罪人であることを悟り、罪を告白しました。

罪人であった自分の姿をさらけ出しました。


「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした」と、

「罪人のかしらである」と言いました。


そのような者に注がれた神の憐れみ、赦し、恵みを一生忘れることがありませんでした。



主の十字架をいつも見上げる人は、自分の以前の罪の姿を決して忘れることがありません。


自分には罪がないと言う人は、神を偽り者としています。



しかし自分には罪があると認める人は、主の十字架に近づき、主の憐れみを求めます。

赦しを求めます。


ですから主は自分の罪を認め、悔い改める人を喜びます。

その罪を赦して下さいます。


自分は主の目にどのように見えていると思いますか?


喜ばれている姿なのかどうかを1人1人考えてみましょう。

アーメン (; ̄Д ̄)

2019.6.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
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地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

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