からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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恐れ

大胆さが必要

テーマは 『 大胆さが必要 』 です

【申命記31章6-8節】

強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。

ついでモーセはヨシュアを呼び寄せ、イスラエルのすべての人々の目で彼に言った。「強くあれ。雄々しくあれ。主がこの民の先祖たちに与えると誓われた地に、彼らとともに入るのはあなたであり、それを彼らに受け継がせるのもあなたである。

主ご自身があなたの前に進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。

モーセが民に対して、そしてヨシュアに対して、なぜ同じことばをもって励ましたでしょうか?


それは、これからカナンの地を征服しないといけない大きな戦いが 目前に迫っていたからでした。

戦う相手には 高い城壁、訓練された勇士たち、様々な武器がありますが、荒野を40年間通って来た自分たちには 武器も訓練された勇士も戦いの経験もまったくないので、どうしたら良いか分からず、当然民たちには不安と恐れがいっぱいでした。


戦う前から敗北感を味わっていたと思いますし、無気力状態だったと思います。


しかし神の約束を信じ、荒野で40年間 神の守りを見てきたモーセですので、自分がいなくても神ご自身が イスラエルの民を約束の地に必ず入れて下さると信じていたので、自分の後継者として これから指導者になるヨシュアと共に 戦いに参加する民を励ましました。


「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。」

このことばは、終わりの時代を生きている私たちに、今 もっとも必要な言葉だと思います。

なぜなら 主を信じている者にとって、これからの時代は患難の時代になるからです。


信じない人たちは世の流れに従い、それに合わせて生きるので、そんなに大変とは言えないです。


しかし神のみこころのままに生きようとする者には、それに逆らわなければならないことが多くなるので、戦わないと信仰を捨てるしかありません。


信仰を捨てることは、永遠のいのちを失うことですが、それでも現実の患難に勇敢に戦うことが出来ず 目先のことで恐れが入り、クリスチャンとして生きていくことをやめてしまいます。

これから ますます戦いが激しくなることは預言されてあります。


そして、その戦いは霊的戦いではなく、実際の戦いになるからです。


祈りの中で「サタンよ。イエスの御名によって出て行け。」は誰でも言えます。

別に怖いことも不安になることもありません。


しかし実際の戦いは、そんなものではなく “実戦” です。

現実の戦いで勝利することは 簡単なことではないです。


私たちがこれから直面する戦いが、どのような戦いになるのかを聖書と歴史を通して なぜ “大胆さ” が私たちに必要であるかが分かります。


信仰だけでは戦いに勝利できないです。

大胆さがないと、信仰があっても 負ける戦いがたくさんあります。


現実の中でどのような戦いがあるのかを学びます。




世の権力、すなわち政治的圧力との戦い




これはイエス様も バプテスマのヨハネも 聖書に出てくる多くの預言者も そして迫害を受けた信徒たちも経験しました。


神に逆らう法律を作って、クリスチャンを攻撃しました。

クリスチャンから信仰を奪うためでした。


従わない人は 殺されたり、迫害を受けました。


大胆な預言者や信仰ある人たちは見て見ぬふりをせず、不正と不義に対して大胆に抗議したため迫害を受けたり殉教したり、預言者たちは殺されました。


アメリカでもオバマ政権の時に、キリスト教に対して圧力をかける法律を作って物言えぬようにしました。


アメリカのクリスチャンたちは それに対して沈黙しました。

大胆に戦ったこともなく、とても無力でしたので、神が忌み嫌う法律が次々と決まってしまいました。

クリスチャンたちの負けでした。

それは政治的圧力との戦いに失敗したことになります。


その時に 大胆にそれに向かって立ち上がったのが 今のトランプ大統領でした。


彼にある最高の賜物は “大胆さ” です。

1人で不正な権力に立ち向かいました。




軍事的脅威との戦い




ダビデとゴリヤテの戦いがありました。


ペリシテ人の陣営から 並外れた体と戦いに強いゴリヤテが出て、イスラエル陣営に向かって脅しの言葉を掛けただけで イスラエルの民は意気消沈し、非常に恐れて誰も戦いに出なくなりました。

このままならば 完全にイスラエルの負けでした。


しかし、たまたま そこにいた兄たちに会いに来ていたダビデが まったく恐れず、大胆にゴリヤテに向かって叫びました。


【第1サムエル記17章45、47、46節】

おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。

この戦いは主の戦いだ。

主はおまえを私の手に渡される。

そして1人で立ち向かいました。


結果はどうなりましたか?
殺されましたか?


その戦いの結果は、ダビデの勝利でした。

ダビデに力があったのではなく、彼の大胆な行動に 神が働き、彼のことば通りの結果をもたらして下さいました。


そのことで司令官に任命されたダビデは、それからのすべての戦いに いつも神に頼って大胆に戦ったので一度も負けたことがありませんでした。




軍事力脅威による戦い




まさに いま世界の多くの国々は軍事力の強い大国を目指しています。


代表的な国は、ロシアと中国と北朝鮮です。

周りの国や世界を不安にさせます。


軍事大国だからということで、戦争にいつも勝つでしょうか?

歴史を見ると、そうでもありません。


劣勢だったのに 神に祈って大胆に行動したことで勝利した実際の戦いは 歴史の中にも色々あります。

世界のあちらこちらで さらに戦争や内戦が起こります。


聖書にそのことも預言されてありますので、驚くことでもないです。




宗教弾圧による戦い




イエス様に対して敵意を持って殺したのも 当時の宗教指導者たちでした。


ローマ時代にあったクリスチャン対する大量虐殺、日本でも同じことがありました。

今もイスラム世界、北朝鮮で弾圧を受けるクリスチャンも多いです。


そして聖書の預言にもあるように 主の再臨の前に、反キリストが現れ、世界的に激しいキリスト教徒に対する迫害が起こります。


その迫害に耐えられず、信仰を捨てる者が大勢出てくると言われました。

しかし、その中でも最後まで耐え忍ぶ者が救われます。


主の弟子ペテロが “いのちを捨てても主に従う” と言った後に、何時間も立たないうちに主を知らないと三度も言ったことを見ても、人間は本当に弱い者です。


信仰が強い者でも、迫害に耐えることは大変です。


その時は殉教する覚悟が出来た人が 大胆に戦うことが出来、信仰を守ることが出来ます。


それ以外は無理です。




悪口、誹謗、中傷など人から受ける多くの攻撃や経済的攻撃




その時、つまずいたり、疑いや不安や恐れで心が折れて戦うことが出来ず、敗北してしまう人も多いです。

信仰を捨て、イエス様から離れる人も多いです。

そうなると 救いも永遠の命も失ってしまいます。


私たちが戦いに勝利して信仰を守るためには 人や環境を恐れず、また死をも恐れない大胆さが必要です。

それなしには恐れに負けて 勝利出来ないです。


「死ななければならないならば死ぬ。」という覚悟があると大胆になります。




大胆になるために役立つ方法




① モーセが話したことばに、その方法があります。


「あなたの神、主ご自身があなたと共に進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」


主が共におられることへの確信が 私たちを安心させ、大胆にさせます。


ヨシュアもダビデも その確信で大胆に戦い勝利しました。

主は力があり、味方になって下さいますし、約束に対して真実な方です。そして戦いに強い方です。


② すべての主権者である神を一番恐れることで、他のものへの恐れが消えて大胆になります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

人を恐れるとわなに陥ります。


③ 神の言葉の上に堅く立つ時に大胆になれます。


みことばは 力を与え、希望を与え、慰めを与えます。


そして、みことばを守る者には 神の助けと守りがあります。


【第2コリント4章16-18節】

ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

④ 自分の弱さを知って神に頼り 大胆さを祈り求めることです。


パウロは自分の弱さを知り、自分が祈るのはもちろん、他の人々にも自分が大胆に福音を伝えることが出来るように 祈りの要請をいつもしていました。


神様にいつも大胆になれるように祈り求めることが必要です。

祈りの備えが いざという時に力になります。


⑤ 聖書に出てくる人物が、戦いや攻撃を受けた時に どのように戦ったのかを、しっかり学ぶことで その大胆さの秘訣も学べます。


攻撃や患難に人間的な方法で戦うのではなく、勝利した人たちからやり方を学び、その通りにやってみることも一つの方法です。

このようにして、普段から大胆さを身に着けるように訓練していかないと、すぐに恐れが入ってそれに負けてしまいます。


パウロは次のように言いました。


「私は私を強くして下さる方によってどんなことでもできるのです。」
大胆な宣言です。


そしてその通りに彼は激しい迫害の中でも福音を伝え、自分の使命を果たし、殉教しました。

殉教は負けたことではなく、いのちを懸けて信仰を守り通した証です。


目まぐるしく変わる世の中で、それに流されず神のみこころを行いながら生きるためには、たくさんの戦いに大胆に取り組まないといけないです。

目を覚まして神から力を受けて勝利していきましょう。
( ̄‥ ̄)=3

2017.1.29
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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恐れに対して

テーマは『 恐れに対して 』です

恐れは、「恐怖・不安・心配」であり、クリスチャン=霊の世界の中で生きる者にとっては、恐れの霊によります。
つまり サタンがもたらす霊によって恐れが心の中に湧きあがってきます。

サタンが持ってくる悪魔の種は、「見る・聞く」など身体の五感を通して入ってくることもあります。
五感の扉を通して私たちに様々な考えを吹き込みます。それはサタンが最も得意としている策略です。
怒り・恐れ・情欲・憎しみ・妬みなどの思いを送りこみ 私たちを潰そうとしてきます。

たかが 思いなのですが、この「思い」によって全身に悪影響を及ぼし、病気になったりします。

サタンは「偽りの父」です。
その恐れが私たちの心に入ると無力になってしまいます。そして愚かな決断をしてしまいます。
これでは聖霊による祝福ではなく、呪いをもたらす方向へと歩んでしまうことになります。


【ローマ8章1-2節】

こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

いのちの御霊の原理とは、キリスト・イエスにあります。イエス・キリストを信じる信仰によって、
それまでは 罪と死の原理の中で生きていた私たちが、いのちの御霊の原理のほうへ移されることになります。

いのちの御霊の原理は、「愛、希望、喜び、平安」です。
また、罪と死の原理の性質は「絶望」「自分さえ良ければいいという利己主義」「憎しみ」です。

私たち人間は「いのちの御霊の原理」か、「罪と死の原理の中」で暮らしています。

クリスチャンになったからといって、これから先も いのちと御霊の原理の中で歩めるかと言えば、そうではありません。
それは何故でしょうか? ――信仰がないからです。

信仰があれば恐れを抱く必要はありません。しかし、心に恐れがあるので信仰が揺らいでいきます。
「いのちと御霊の原理」と、「罪と死の原理」のどちらが自分のものになるかは、自分次第です。


【箴言18章21節】

死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。

私たちがどのようなことを信じて、どのような言葉を口にするかによって、どちらの力が自分のものになるかが決まってきます。
そして、それを支えているのは御使いです。
自分の意思、言葉、行動によって、私たちの歩む方向が決まります。

私たちが選んだものを自分自身が証人として立ち、自分にとっては どちらが真理であるかを立証していかなければなりません。

信仰が心に芽生えると、私たちは自由になります。
ですから サタンは私たちから自由を奪おうと必死になります。

信仰に堅く立ち、信仰による自由を選択しているならば、サタンは私たちに太刀打ちできないことをよく知っています。
ですからサタンは、私たちから信仰を奪おうと必死になっています。

クリスチャンを地獄に突き落とす事が出来ないのなら、サタンはその人から自由を奪って身動きができないようにし、
キリストの証人として立てないようにしてきます。

恐れは神様からもたらされたものではありません。恐れは罪だからです。それはみことばを信じていないことを意味しています。


【Ⅱテモテ1章7節】

神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。

ここの「おくびょう」という言葉を英語で調べると「fear」になります。その意味は「恐れ」です。


【ローマ8章15節】

あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。 私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。

恐れにとっての最高の友は「疑い」です。疑いは、恐れを抱く前に私たちの頭の中に浮かぶものです。
疑いを抱けば 恐れが結びついていきます。

私たちが神様から与えられている約束の言葉に対して疑いを持つことをサタンは望んでいます。
サタンは私たちに みことばの力とイエスの御名の権威に疑いを抱かせようとしています。

疑いを抱くと、私たちの心の扉が大きく開かれて、恐れが簡単に入ることを知っているので、
常にサタンは疑いの言葉を持ってきて恐れさせようとします。


【ヨブ記1章5節】

こうして祝宴の日が一巡すると、ヨブは彼らを呼び寄せ、聖別することにしていた。彼は翌朝早く、彼らひとりひとりの ために、それぞれの全焼のいけにえをささげた。ヨブは、「私の息子たちが、あるいは罪を犯し、心の中で神をのろったかもしれない」と 思ったからである。ヨブはいつもこのようにしていた。

ヨブの心の中は不安でいっぱいでした。ヨブが心に恐れを抱いたために、サタンとヨブを隔てる垣根が取り外されてしまいました。
それは神様が取り除いたのではなく、ヨブが恐れを抱いたためでした。

ヨブの恐れの心が磁石となり、ヨブが最も恐れていたことを引きつけてしまったのです。


【ヨブ記3章25節】

私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。

ヨブはいつも息子のことで恐れていました。そしてサタンがそこに入ってきました。
その後にヨブはこの告白をしました。

自分の生活の中に、恐れの城壁を築いてしまった時にヨブはサタンに隙を与え、サタンのなすがままになりました。

なぜこのようなことになったのでしょうか――?
それはヨブが神様の約束に拠りすがろうとせず、恐れを選択したからです。

恐れは、聞くことからはじまり、聞くことは悪魔の言葉によるのです。
私たちの生活に祝福をもたらしてくれる法則は 私たちの生活に呪いをもたらす恐れにもそっくり当てはまります。
神様は365日 私たちに「恐れるな」と言われます。




― 恐れの霊を追い出す方法 ―


①恐れを打ち砕くと、はっきりと決意し、滅びの霊を自分から根絶やしにすると決意する


【ローマ8章31-32節】

では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、 私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

必ず与えてくださると信じた時に、恐れは出ていきます。


②神がいかに大いなる力で、私たちのことを守って下さっているのかを理解する

神様が今まで私たちをどのように守ってくださったのか、どのように私たちを滅びから救いへと導いてくださったか、
どのように神様は私たちの祈りを聞いてくださったのかを、もう一度思い巡らし、自分に言い聞かせることによって
いかに大いなる神様であることを理解することができます。

イエス様は私たちの救い主です。ということは、私たちは救われた時点で守られることを約束されています。
そのことをしっかりと信じなければなりません。


③神の約束をさらに堅く信じる

私たちは預言の言葉や聖書の言葉を通して 神様から約束をいただいています。
神様からの約束を堅く信じて手放さないようにしなければいけません。


【Ⅱペテロ1章4節】

その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲の もたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。

サタンがこの約束を軽んじさせようと色々な手段を使ってくるのです。
神様の約束を堅く信じていれば、私たちは山をも動かし、病人を癒すことも出来ます。
しかし サタンは信仰の力を損なわせようと恐れを抱かせます。

もし、疑いや恐れについてあれこれ考えるようになってしまったなら、私たちは戦いに負けたことになります。

私たちは神様からみことばをいただいたのなら絶対に何があっても しがみつき、手放してはいけません。
信仰は神のみことばを聞くことからはじまります。ですから 何度も口で信仰の告白をしていかなければなりません。

すると、神様はその信仰に答えて、私たちが求めている通りに実現させてくださいます。

その時に必要なのは、忍耐です。

神様からの約束をいただいていると、サタンは攻撃をしてきます。
サタンが攻撃してくるところは、自分の弱い部分です。
私たちはそれによって揺らいでしまう時がありますが、忍耐を持ち続けてサタンと戦い、約束の言葉を宣言していくならば、神様は私たちの信仰に働いてくださいます。


④神の言葉により、サタンに対抗すること

イエスの御名によってサタンを追い出すことです。
サタンが囁く言葉に対して、私たちは神様の言葉を振りかざして「 私は神様からこのような言葉をいただいたのだ。お前たちの言葉は嘘だから出て行け 」と宣言しなければなりません。

神様は、強い信仰を持っている人だけに働くのではないです。

私たち1人1人がどんなに弱い者であっても、神様は働いてくださいます。また私たちの弱さや信仰のレベルも すべてご存知です。ですから、それぞれ信仰の強さが違っても、悪魔に立ち向かう決意をして追い出していくならば、神様は助けてくださいます。

私たちの信仰が弱いからと諦めるのではなく、自分たちがどんなに弱くても神様の子どもである サタンに立ち向かわなければならないと決意をすることです。


【ルカの福音書10章17-19節】

さて、七十人が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」

イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。

確かに、 わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは 何一つありません。

サタンを追い出した後に宣言をし、そして神様からの約束の言葉を告白します。


【ローマ8章37節】

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

私たちは弱い者ですが、イエス様は勝利者です。そしてイエスの御名に力があります。
そのイエスの御名を使う時に、私たちは圧倒的な勝利者になります。
その信仰に働いてくださるからです。 v( ̄∇ ̄)v

2013.12.8
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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