からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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忍耐

今はどんな時なのか

テーマは 『 今はどんな時なのか 』 です

【第2コリント6章1-2節】

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

絶えず流れるのが時間です。


しかし、いつまでも この時間が続くことはないです。

なぜなら終わりがあると主が語って下さったからです。


終わりがある時間の中で生きているので、今がどんな時であるかを知る必要があります。


湯水のように使う時間が人間には与えられていないです。



人間の寿命も終わりがあります。

生まれる時があれば死ぬ時があります。


また次の箇所には このようなことばがあります。


【ヘブル9章27節】

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

死ぬことは誰も避けて通ることが出来ないので、人々はそれを受け止めます。


しかし、死後にさばきがあることを知らない人がほとんどです。

ですから そのための準備も出来ません。



クリスチャンは死後のさばきを知っているので、生きている時にそのための準備をしなければなりません。


準備するためには、今がどんな時なのかを知ることです。

本文でも時が語られてあります。


知恵ある人は、時を見分けることが出来ます。


しかし知恵のない人は、時を見分けることが出来ないので チャンスさえも無駄にしてしまいます。



主の働き人は “見張り人” です。

見張り人は時を見分ける人でなければなりません。


パウロは神の働き人として、また時の見張り人として勧めました。

今がどんな時なのかを教えました。


今はどんな時ですか。

そして自分にとって今どんな時ですか。




恵みの時です




恵みの時とは、罪人が悔い改める時です。

悔い改めることが なぜ恵みでしょうか?


自分が罪人である認識がない人は、罪のまま生きて死に、裁かれて永遠の死を迎えます。



しかし悔い改めて主に立ち返ることは、神にUターンすることです。

Uターンして神の所に立ち返るならば、主から罪の赦しと救いの恵みを受けます。



人間は自分の力で、悔い改めることが出来ないです。

神の恵みによって初めて心から悔い改めることが出来ます。


今は罪人たちが悔い改めて恵みを受ける時です。


【第2ペテロ3章9節】

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。




救いの時です




今は救いの時です。

この世が終わるまでが救いの時です。


世がいつ終わるかは分かりませんが、終わりが来るならば救いのチャンスはありません。


神が罪に汚れた世をすぐに滅ぼさないのは、1人でも多くの人が救われてほしいからです。

主の忍耐を軽んじてはならないです。


【第2ペテロ3章15節】

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。



従順の時です




信じる者にとっては神に従順する時です。


【マタイの福音書7章24-25節】

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

救われた人が神のことばに従順することが、自分の家を建てる行為であると例えました。



神は私たちが従順の実を結ぶように時間を与えています。

それを十分に活用するのが良いしもべです。


神は良い実を結ぶ人に良い報いを与えます。




準備する時です




信じる人たちはイエス様の再臨を待ち望んでいます。


「天に行って場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのところに迎え入れる。」
とイエス様は約束して下さいました。

目を覚まして用意していなさいと言われました。


迎える用意、天に入るための準備をする時間です。


【エペソ5章15-17節】

そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

アーメン ヽ(TдT)ノ


2019.9.8
聖日礼拝メッセージ

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最後まで走りぬく

テーマは 『 最後まで走りぬく 』 です

【伝道者の書 3章1-14節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

働く者は労苦して何の益を得よう。

私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

私たちが今 生きている人生は平坦ではありません。


「救われていたら、いつも良いことばかり」、「問題なんか起こらない」、「ずっと平安であり、幸せである」わけではないのです。



実際に聖書にはこのように死ぬ、失う、殺す、崩す、投げ捨てる、引き裂く、戦う時があると書かれていて、現に私たちの人生でも これは起こっているのです。

その時々は、苦しいものであり、楽なものではありません。


私達が生まれる時があり、癒やされる時があり、喜ぶときがあり、収穫する時があり、それぞれがその時にかなっているように、これらの困難も時にかなっているのです。






私たちは生きていると、いずれ死にます。

その死ぬタイミングは誰にもわからないのです。


急に事故で亡くなる場合もあれば、病気で徐々に亡くなる場合もあります。


命は神様が握っているものであり、その “時” は神様にしか分かりません。



生きていれば苦しみもありますし、そしていずれは死ぬのです。

その中で私たちがすべきことは何でしょうか?


それは神様が与えてくださった使命に対して 忠実に働き、喜び楽しむことなのです。


また、真理を知り、神様のみことばを かみしめて生きることです。



神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

神様がなさることは時に私たちは全く理解できない時もあります。

ただ、神様のなさることはすべて時にかなって美しいのです。






例えば、イエス様をこの世に送り、罪人のために身代わりになって死ぬことは普通に考えてありえないことなのです。


ご自分の息子を、罪のない息子を、否定し拒絶し侮辱し痛めつけ 裏切り苦しめる者たちのために わざわざ十字架につけさせるのです。


ペテロもそれが理解できなかったのです。

なぜイエス様が捕まえられて苦しみを受けないといけないのか。


十字架にかけられるその瞬間だけを見ると むごく、ひどい、あり得ないことなのです。



ですが、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」のです。


神様がそのようにイエス様をわざわざ罪人のためにこの世に送り、十字架にかけさせたのは、罪人を救うためであり、解放するためであり、死に打ち勝って勝利をおさめ、栄光を受けるためでありました。


私たちが永遠に神様とともに生きるために、自らを犠牲にして来てくださったのです。



私たちの目には見えないことがたくさんあります。

生きていて理解できないこと、辛くてしんどいことがあるのです。


「何でこんなことが?」「なぜ私ばかりこんなに苦しむの?」
そう思うことがたくさんあります。


それでも、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と信じる信仰が必要です。


神様にゆだねながら、私たちは今 神様に与えられた使命をしっかり果たすことです。

その中で喜びを得ることなのです。






もう一つ、人生を生きていくための秘訣があるので、みことばを見ていきます。


【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

忍耐を持って最後まで走りぬくことが大切です。


天の御国に行くその最後まで、信仰のレースを走り抜かないとだめなのです。

途中で信仰のレースをやめることは、神様と一緒に生きないことであり、御国に行かないことであります。


どんなに辛かろうが、私たちは走り抜かないといけないのです。



陸上のレースでも走り切らないと記録は残らないのです。

どんなに有名な選手であったとしても、レースの途中で終わってしまうと、それは意味がないのです。


むしろタイムが遅かったとしても最後まで走り抜いた者に栄冠がいくのです。



最後まで走り抜く方法を神様は ここで語ってくださっています。


―いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けること―信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないこと です。



陸上のレースで大きなかばんを担いでる人、重荷を背負ったまま本番に臨む人を見たことがありますか?

みんな薄く軽いユニフォームを着ているだけで、荷物は何一つ持たずに全力で走っています。


私たちが走り抜くこのレースでは、すべての重荷と罪を捨てて走らないといけません。


重荷を担いだまま、罪を背負ったまま走るのは とても大変であり、走り抜くことは不可能なのです。






何のために自分でその重荷を抱えようとするのですか。

何のために罪を持ったまま生きようとするのですか。


それが私たちを助けてくれるでしょうか。


―― いいえ、そんなことはありません。


私たちは信仰のレースを走り抜くためには、一切の重荷、罪を捨て去らないといけないのです。



そして、それにはもう一つ大切なこと、「イエスから目を離さないこと」です。


イエス様から目を離すこととは、“イエス様以外のものを見ていること” です。

つまりは、イエス様を見上げないといけないのに、人を求める、問題を見る、罪を見る、環境を見ることです。


人を見ている間、問題や自分の罪、環境を見ているということは、つまりはイエス様から目をそらしているということなのです。



一生懸命 人を見て求めると、罠にかかります。

神様よりも人のことを大切に思い始めるのです。


人に愛されること・認められることを先に求めるのです。

問題や環境ばかりを見ても、問題は解決されません。


罪ばかりを見ても、それから免れることはないのです。






私たちが必要なのは、イエス様を見ることです。


イエス様を見、イエス様の生き方・人生を見ることで知恵が与えられ、慰めが与えられ、元気が与えられ、勇気が与えられ、愛が与えられるのです。


イエス様は私たちが通った以上、(今まで)経験した、またこれから経験する試練以上の試練と困難、苦しみ、死をすべて受けた方なのです。

それでも走り抜いたのは、その先にある “栄光・命・復活・喜び” をずっと見ていたからです。



私たちもイエス様を見上げ、イエス様のように “その先にあること” を見るのです。


【へブル12章10-11節】

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

試練は失望に終わることはありません。


人間の目や価値観では すぐに分からなくても、もはや生きている間に分からなかったとしても、耐え忍び、最後まで走り抜くことで、平安の義の実を結ぶのです。



神様の中で強くありましょう。

ますますイエス様を見上げましょう。


注意散漫にならず、イエス様を見上げましょう。

そして、信じ、ゆだねることです。


神様のなさることはすべて時にかなって美しい、ということばをかみしめ、味わっていきましょう。


アーメン (・∀・)

2019.8.25
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聖霊様のなさること

テーマは 『 聖霊様のなさること 』 です

【エペソ1章13-14節】

この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。

聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。

【エペソ1章17節】

どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。


聖霊は、イエス・キリストの霊であり、主が遣わして下さった方であることはクリスチャンならば知っています。


しかし聖霊がどのような働きをなさるかに対しては 知らない人も多いので、聖霊がなさることを今日は学びたいと思います。


聖霊の働きを知ることによって、聖霊と正しく付き合うことが出来ますし、また多くの助けを受けることも出来ます。




心に 神の所有である印を受けます




キリストを信じて救われた人は 肉体ではなく、聖霊によって 心に神の所有である印を受けます


そして聖霊はその人の心の中に内住します。

御国は聖霊の印を受けた者が受け継ぎます。


救われた人々が神に栄光をほめたたえるようにする働きも聖霊の働きです。


【エペソ4章30節】

神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。



隠された奥義を悟ることが出来ます




聖徒たちは主が遣わした知恵と啓示の御霊によって、隠された奥義を悟ることが出来ます。


【エペソ3章5節】

この奥義は、今は、御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されていますが、前の時代には、今と同じようには人々に知らされていませんでした。

【第1コリント2章14節】

生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。



父のもとに近づくことが出来ます




御霊によって父のもとに近づくことが出来ます。


【エペソ2章18節】

私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。



神の御住まいとなります




神の御住まいとなります。


【エペソ2章22節】

このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。



内なる人を強くしてくださいます




内なる人を強くしてくださいます。


【エペソ3章16節】

どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。



聖霊に満たされ 力を受けます




聖霊に満たされ、力を受けます。


【エペソ5章18節】

また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。



戦いの時に力になります




戦いの時に、力になる御霊です。


【エペソ6章17-18節】

救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。

アーメン (・∀・)

2019.6.9
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試練から勝利へと

テーマは 『 試練から勝利へと 』 です

【ヤコブ1章2節-4節】

私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。

【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


“試練” と聞くだけで、心が重たくなります。


試練を歓迎する人は一人もいません。

しかし、歓迎しなくても 各自の人生には 必ず試練があります。


人々は試練そのものよりも、自分がその試練に耐えられるかどうかを心配します。



試練に対しての神の教えが、今回の本文にあります。

試練に会った時に、それを喜びなさいと教えた理由は何でしょうか?


試練そのものを見た時には、それは決して良いものではないですが、“あるもの” を活かすことで 試練から勝利を得ることが出来るからです。



その “あるもの” とは、忍耐と希望です。


これは試練から勝利への過程に 必ず必要です。



試練から勝利を得る者もいれば、試練から失敗を刈り取る人もいます。

試練の中で、つぶやきと絶望だけであるならば、人生は失敗で終わってしまいます。


しかし同じ試練の中でも、忍耐と希望で貫く人は 勝利を手に入れることが出来ます。


4人の人物でそれを証明します。

ヨセフ、ダビデ、ヨブ、イエス様です。



4人とも受けた試練は、私たちが受けた試練よりも はるかに辛い試練でした。


【 ヨセフ 】

ヨセフの試練は、兄弟たちに売られて奴隷になったことでした。

それも外国へと売られました。


お父さんに特別に愛され、何一つ不自由のない生活から、一瞬にして奴隷になってしまいました。


【 ダビデ 】

ダビデは、何度も国を敵から救った英雄なのに、サウル王の嫉妬によって いのちが狙われ、何年もさまよいながら逃亡生活を続けていました。


自分の国には隠れる居場所すらありませんでした。


【 ヨブ 】

ヨブは、とても恵まれた人生を送っていましたが、ある日、津波のような大きな試練に会いました。


持っていた財産すべて、子ども10人、しもべたちまでもが 一日のうちに津波に飲み込まれたかのように消えていきました。

そしてヨブ自身も、治らない辛い病気にかかってしまいました。


自分が生まれた日を呪ったほど激しい試練に会いました。


【 イエス様 】

イエス様は恵みを与えた人々から裏切られ、侮辱され、むち打たれ十字架の上で死を遂げました。






この4人は試練の中で潰れたでしょうか?

彼らは潰れるどころか、大きな勝利を得ました。


彼らが受けた試練は、彼らを偉大な人物にし、その人生を通して神の栄光を現し、神のみこころを全うし、信仰の巨匠になり、試練の中にいる人々を 今も励ましています。


特にイエス様は 十字架の上で「完了した」と勝利宣言をしました。

何が 4人をそのように勝利へと導いたでしょうか。



彼らは試練の中で 決して弱音を吐かず、つぶやくこともせず、堕落した生活もせず、主に頼って祈りながら ひたすら忍耐しました。


そして救いの神が必ず試練から救い出して下さるという揺るがない希望を抱いていました。



それが試練を 勝利へと導く強い原動力になりました。

試練の中で勝利した者の告白が聖書には多くありますが、その中にあることばです。



【詩篇118編15-18節】

喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。主の右の手は力ある働きをする。

主の右の手は高く上げられ、主の右の手は力ある働きをする。

私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。

主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。

【詩篇118編21節】

私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです。


試練の中にいますか?


救いの神を見上げて、希望をもって忍耐すれば、救いの神の力ある働きによって死ぬことなく、生きて勝利を宣言することが出来ます。

アーメン (*´∇`*)


2019.1.27
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信仰の競走を続ける

テーマは 『 信仰の競走を続ける 』 です

【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

駅伝で走る選手たちが何よりも心掛けているのは、早くタスキを次の選手につなぐことです。


お正月になると、多くの人々がテレビを通して箱根駅伝を二日間視聴します。

ハラハラドキドキしながら観ています。

その中で一番心が痛むのは、遅れてタスキを渡した選手たちが泣き崩れる場面ですね。


誰もがいのちを懸けて必死に走ります。

周りを見ながら、休みながら走る選手は 今まで見たことがありません。

全選手が全力で前に向かって走っていきます。






この姿は私たちが信仰に適用しても良い姿です。


私たちには、私たちよりも先に走った信仰の先祖たちがいます。

そして、その先祖たちの前には 私たちの主イエス様がいのちを懸けて走りました。


イエス様からタスキをもらった先祖たちも 必死に走って、そのタスキを私たちに渡しました。

ですから私たちも、それを次の選手たちに渡すために必死に走らないといけないですね。


辛くてやめたくなる時もあります。

疲れて休みたくなる時もあります。

ですから忍耐が必要です。


忍耐できないならば その競争に失敗します。



日本各地でマラソン大会が開かれていますね。

それに参加する人たちはすぐに分かります。

昼でも夜でも街をよく走っています。


夏の暑い時も汗をかきながら走っています。

マラソン大会に参加してゴールするためには 日々体を鍛え、走り続けないと、参加してもゴールまでは とても難しいです。

誰もが本当に必要なものだけを身に着けて走っていました。


競争するのに まとわりつくものがあるならば、どんなに不便でしょうか。

ですから最小限のものだけを身に着けます。



信仰の競走を邪魔するものには何があるでしょうか?


世のものに対する人間の欲、人生の悩み、罪、私たちを縛る様々な規則などです。


これらは私たちにまとわりついて自由を奪い、邪魔をして競争が出来ないようにします。

これらに気をつけないといけないです。






信仰の競走は それらの障害物を乗り越えて、神の所に走っていくことです。


ゴールにはすでに競争を終えて勝利した勝者たちが次の勝者たちを心待ちにしています。


十字架の苦難を乗り越えて その道を走り終えた信仰の完成者であるイエス様が喜びをもって待っていらっしゃいます。


その手には栄光の冠を持ってくださっています。

イエス様は勝利者として神の右に着座されました。



主の弟子ステパノが反対者たちに迫害されていた時に、ステパノは聖霊に満たされ、人々を見ず、天を見つめイエス様を見ていました。

実際に神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見ました。


イエス様は彼が信仰の道を走り終えようとしていることを知りました。

そして迎えるために立ち上がっていました。


これを見たステパノはどんなに嬉しかったでしょうか。

ステパノは主に叫びました。


【使徒の働き7章59節】

主イエスよ。私の霊をお受け下さい。

イエス様こそ、私たちが到達しなければならない目標点です。


そこに行くためには右にも左にも逸れてはいけないですし、そして後ろに退くことがあってもいけないです。



絶えず信仰の競走をする時に疲れることもあります。

それでも聖徒たちは座り込んだり、疲れ果ててしまったりしてはいけないです。


その時にこそ、イエス様がどれほど忍耐しながら私たちに模範を見せて下さったのかを考えながら、自分たちも苦難と逆境を乗り越えるように励まなければなりません。


怠けたい誘惑、走りたくない誘惑、罪からの誘惑によって広い道に戻って行く人も多いです。

一度その道に入ってしまうと、なかなかそこから戻ることが難しいです。


しかし私たちは忍耐して昔のことは忘れて、ひたすら前のことだけを考え、決して後ろには退かず、他の競争者たちと励まし合い、勇気を与えながら共に走れるように最善を尽くすことです。



箱根駅伝一つを見ても、彼らは一年間 毎日多くの距離を走り続けています。

毎日最善を尽くしています。

永遠のいのちが懸かってもいないのに、あのようにいのちを懸けています。



それなのに永遠のいのちが懸かっている私たちが適当に走っていながらも 簡単に永遠のいのちが入ってくると思うならば、それは間違いです。


召して下さった方のことをいつも思いながら、信仰の競走を続けることです。
アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2018.11.3
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善を行いなさい

八戸ノ里キリスト教会より ワンコイン英会話教室のお知らせ

english

テーマは 『 善を行いなさい 』 です

【詩篇37編3節】

主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。

善と悪が混在している世界の中で生きていますが、今の時代は 善と悪の区別も曖昧になり、良い価値観が低下しているのを肌で感じています。

“善を悪” と言い、“悪を善” と言う時代になりました。


しかしクリスチャンは、永遠に変わらない神のことばの基準によって 生きる価値観をしっかり持たないといけないです。


悪を行う人の価値観は、呪われる “快楽” を “価値あるもの” と思います。

一時的で、不完全で、むなしいものを、最高の価値と思って追求します。


しかし善を行う人は、永遠の真理といのち、まことの天の喜びを最高の価値と思って追求します。


人は自分が蒔いたものをいつか必ず刈り取ります。

それは神が決めた法則ですから、神はみことばで注意を与えておられます。


今回は「善を行いなさい」と言われたことばを学び、恵みを受けたいと思います。




主に信頼して善を行いなさい




信仰ある人が 主に信頼することは、基本中の基本です。

信頼というのは、主にぶら下がっている状態です。


ですから主を敬い、主に信頼する中での善を行わなければならないです。

主から離れた善は、主の目には決して善にはなりません。


主から離れても良いことをする人はいます。

良いことではあっても、それを善とは言えません。


いつも主にあって善を行うようにすることです。


このことは主が喜ぶことなのかを考えるならば、答えが出てきます。




忍耐をもって善を行いなさい




【ローマ2章7節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

イエス様は私たちに善を行った方でした。

どのような心で善を行ったでしょうか。


【イザヤ書42章3節】

彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。

このような あわれみ深い心で、人々に善を行いました。


形式的にする人は、忍耐しながら善を行うことが出来ません。


しかし憐れみと愛の心がある人だけが、忍耐しながら人々に善を行うことが出来ます。

善を行うことは、人が不足している杯を満たすようなものです。


ダビデは主からの恵みをこのように表現しました。


【詩篇23編5節】

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

主が私たちの杯を恵みで満たして下さるので、私たちも持っているもので 人の杯を満たしていくのが善です。


そして、いつも善を行うことが出来るように、「主よ。今日も私の杯を満たして下さい。」と祈ることも良いと思います。




善は主に喜ばれることであり、
勝利の道であり、報いもすばらしい




【第1ペテロ2章20節】

罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。

何をしたら主に喜ばれるのかと考えている人がいるならば、善を行うことが主に喜ばれることです。


【ローマ12章21節】

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

善を行う者と悪を行う者への報いが どれほど違うか が書かれています。


【ローマ2章9-10節】

患難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、悪を行うすべての者の上に下り、

栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、善を行うすべての者の上にあります。



主からの勧めのことば




【ガラテヤ6章9-10節】

善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。

ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。

人に対して関心をもって善を行いましょう。
アーメン (*´ -`)(´- `*)


2018.7.15
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迫害の中でつまずかないためには

テーマは 『 迫害の中でつまずかないためには 』 です

【ヨハネの福音書15章18-25節】

もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。

もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。

しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します。もし彼らがわたしのことばを守ったなら、あなたがたのことばをも守ります。

しかし彼らは、わたしの名のゆえに、あなたがたに対してそれらのことをみな行います。それは彼らがわたしを遣わした方を知らないからです。

もしわたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかったでしょう。しかし今では、その罪について弁解の余地はありません。

わたしを憎んでいる者は、わたしの父をも憎んでいるのです。

もしわたしが、ほかのだれも行ったことのないわざを、彼らの間で行わなかったのなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今、彼らはわたしをも、わたしの父をも見て、そのうえで憎んだのです。

これは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と彼らの律法に書かれていることばが成就するためです。

イエス・キリストの十字架の死は 初めから予定されたものでした。


イエス・キリストは 自分がどのような死を迎えるかを知っていたので、弟子たちに事前に話しました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

そして、そのことば通りのことが実際に起こりました。

宗教指導者たちの迫害によって殺されました。


この迫害は、イエス・キリストだけに限定されたものではなく、長い歴史の中で いつの時代にもキリスト者にありました。


イエス様は天に上る前に、弟子たちに使命を与えました。


【マルコの福音書16章15-16節】

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

そして主は聖霊を遣わして下さいました。


宣教は聖霊が主導し、聖霊が力を与えたので、弟子たちは勇気をもって大胆に出て行って福音を伝えました。


聖霊の奇跡も たくさん起こったので、救われる魂が多く起こされました。

イエス・キリストを殺した人間から見たら “想定外” のことで、福音は勢いよく広がっていきました。


それでイエス・キリストを迫害した同じ人間たちによって、再び迫害が 使徒たちや信じる者たちに始まり、そこで殉教者も出て来ました。

その様子を次の箇所で見ます。


【使徒の働き5章17-18節】

そこで、大祭司とその仲間たち全部、すなわちサドカイ派の者はみな、ねたみに燃えて立ち上がり、

使徒たちを捕らえ、留置場に入れた。

【使徒の働き5章33節】

彼らはこれを聞いて怒り狂い、使徒たちを殺そうと計った。

【使徒の働き5章40節】

使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。

これ以外にも激しい迫害がありました。



しかし、その中でも弟子たちは福音を宣べ伝え、ローマやアジヤでも多くの信じる者が生まれました。


ローマでは最初は迫害がなかったですが、信じる者が増えるにつれて迫害が始まりました。


イエス・キリストを信じる者が握っている “確信” (福音のメッセージ、唯一の神、救い主はキリストだけである) という排他性が 多くの人々を惹きつけましたが、それを認めない人たちは、そこにつまずき、敵対者になり、キリスト者を非難しました。

そして福音を妨げる力も強く働きました。


本格的なローマでの迫害は、ネロ皇帝の時に始まりました。

先月ローマへ行き、その現場を自分の目で見ることが出来ました。


ネロの放火によってローマ市の大半が焼かれた時に、ネロはその罪を、キリストを信じる者たちに転嫁しました。

そして “キリスト者” として知られている者たちに 罪を着せ、処刑しました。


クリスチャンたちは、動物のぬけがらを着せられて 犬に食い散らされたり、十字架につけられたり、夜になれば たいまつの代わりに燃やされました。


ネロは これらの見世物のために、自分の庭を解放して見せました。

ライオンや熊の餌食になる者も多かったです。



コロセウムの中にも入りましたが、5万人近く入る闘技場で、クリスチャンたちは 猛獣の餌食になっていきました。

このような迫害は長く続きました。


ドミティアヌス帝は、「キリスト教を告白することは死刑に値する罪」としました。

そして、ある人がキリスト者であることを知ると、その人に信仰を捨てる機会を与えます。

もしそれを拒否すれば処刑されました。


皇帝トラヤヌスは「だれでも自分がキリスト者であることを否定し、それを行いで証明するために、われわれの神々を拝むなら、その過去がいかに危険なものであろうとも その悔い改めによって赦されなければならない」と言いました。


激しい迫害を避けて、人々は地下に潜って行きました。



ローマには、カタコンベがあります。

現在知られているカタコンベは35です。


“地下埋葬所” とも言いますが、そこはクリスチャンたちが迫害を逃れるために身を隠した場所でもあります。


彼ら自身が地下に潜ってすべて掘りました。

今回はプリスキラカタコンベに行きました。


複雑に入り組んだカタコンベの廊下の総延長は、800キロとも言われます。

その規模には本当にびっくりしました。


真っ暗闇の中、息苦しい場所、湿気があり、そして死んだ人たちをそこに埋葬してあるので、においも相当あったと思いますが、それらと一緒に暮らすことは想像するだけで苦しくなりました。


しかし激しい迫害の中でも 彼らはその中で信仰を守っていました。



どのようにして彼らは激しい迫害の中で、つまずかずに信仰を守り通したのでしょうか?


ペテロもパウロも、ネロの迫害の時代に殉教しました。

私たちは同じ時代、迫害の中にいる信徒たちに対して イエス様が使徒ヨハネを通して語ったことばで、彼らの中にあるものを知ることが出来ます。


迫害の中で彼らを支えたものが何かを主が教えて下さいました。

その部分だけを聖書の箇所で伝えます。




主の名のために耐え忍んだ




【ヨハネの黙示録2章3節】

あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れたことがなかった。



主の励ましと報い




【ヨハネの黙示録2章10節】

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。



主に対する信仰




【ヨハネの黙示録2章13節】

「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住むあなたがたのところで殺されたときでも、わたしに対する信仰を捨てなかった。



愛と信仰、奉仕と忍耐




【ヨハネの黙示録2章19節】

「わたしは、あなたの行いとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっていることも知っている。



罪から離れ主とともに歩む




【ヨハネの黙示録3章4節】

しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからである。



忍耐のことばを守った人に対する主の守り




【ヨハネの黙示録3章10節】

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。





外から来る激しい迫害に耐えるための信仰と愛、忍耐と奉仕、主のことばに対する信頼があったので、彼らはイエス様を捨てることもなく、つまずくこともありませんでした。


そして、彼らには強力な復活信仰がありました。


よみがえった主を実際に目撃し、見ていなくても信じたので、彼らは試練の中で耐えることが出来ました。



今も世界の様々な所で、迫害を受けている信徒たちがいます。

そして後には、全世界に迫害が必ず起こると預言されています。


“目を覚まして準備していなさい” と主から言われてあります。


準備せずに信仰を守ることは不可能です。

忍耐も出来ないです。


簡単につまずくと思います。


主のことばは必ず実現しますので、他人事のように思ってはいけないです。
(; ̄Д ̄)


2018.2.4
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鷲が翼をかって上るように

テーマは 『 鷲が翼をかって上るように 』 です

【イザヤ書40章28-31節】

あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。

若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。

しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

上って行く人生もあれば、下って行く人生もあります。

人間 誰もが上って行く人生は願っても、下って行く人生は望んでいないと思います。


上って行く人生は、繁栄していく人生ですから素晴らしい人生です。


主を信じる人に、主が願うことは何でしょうか?

本文にあるように、鷲のように翼をかって高く上って行く人生です。


永遠の神、力ある神、創造主である神を信じながら、下って行く人生はありえないからです。


しかし神を信じながらも 上って行く人生ではなく、翼を広げたこともなく 下って行く人生を生きるならば、それは聖霊を悲しませる行為であり、主の元に帰ることも出来ないです。



上って行く人生とは、“すべてが思いのまま うまくいく人生” と思ってはいけないです。

イエス様は次のように語りました。


【ルカの福音書9章25節】

人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

富、名誉、権力、知恵など 欲しいものすべてを手に入れた人を成功者と言いますし、上って行く人生だと思っています。



しかし主の思いと人間の思いはまったく違います。


すべてを手に入れても神なしに生きる人、まことのいのちがない人は下って行く人生です。


上って行く人生は、神への望みを抱いて、いのちの翼をかって上って行きます。



その人たちの価値観、生きる意味、優先順位は世の人とは違います。


【ピリピ3章20-21節】

けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

自分の国籍が天にあること、自分は神の民であること、そして天国が、自分が住むべき所、いつか帰る家であることを自覚して生きています。


口を開くと天国の話をします。

心がこの地上ではなく、上(天)にあります。

そのような人の体は 地上にあっても、心はこの世にありません。






神はその人たちを鷲が翼をかって上ることが出来るように訓練します。


いくら気持ちがあっても、翼があっても、訓練をしないと飛ぶことは出来ません。

翼に力と生命力がないと飛べないです。


ですから神は ご自分の子たちが高く飛べるように、鷲がひなを訓練するように「訓練する」と、はっきり語りました。

次の箇所で、神はイスラエルの民への訓練を鷲のひなの訓練に例えました。


【申命記32章10-11節】

主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。

鷲が巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。

鷲はひなのために柔らかい快適な巣を作ります。

ひなが安心出来る場所を作り、えさを与え、敵からもしっかり守ります。


しかし、しばらくすると巣を荒らします。

ひなにとっては大試練です。

何が起こるかわからない不安だけがあります。


いつまでも居心地の良い場所にいると思ったのに、とんでもないことが起こります。

親鷲は巣を壊し、ひなをそこからつき落とします。


ひなは羽があっても 羽に力がないので、うまく飛ぶことが出来ず真っ逆さまに落ちて行きます。

死の恐怖です。



見守る親鷲は、ひなが岩に当たることがないように すばやく羽を広げて、ひなを載せて高く舞い上がります。

そのように繰り返しひなを訓練します。

訓練によって、ひなは自力で空を飛ぶことが出来ます。


高く飛ぶように、広い世界で生きるように造られてありますので訓練によってそれが出来るようになります。






神の民は、上って行く人生を生きるように召された者です。

堕落した地上を離れ、天に向かって上って行く人生を生きなければなりません。


そのため、神は召された者を必ず訓練します。


【申命記8章5節】

あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。

【ヘブル12章5-11節】

そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。

主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」

訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。

もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。

さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

訓練によって失うものは一つもなく、むしろ得るものが多いです。

平安の義の実が結ばれます。


【ローマ5章3-5節】

そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、

忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。

“神を信じているのに どうして患難ばかり多いのか” と思っていますか?

神が自分を訓練しているとは思いませんか?


忍耐は祝福から生み出されるものではなく、患難の中で生み出されます。

品性は忍耐の中で生み出されます。


そして希望は練られた品性によって生み出されます。

この希望は天国への希望、永遠への希望です。


主に早く会いたいという希望です。その希望が魂の翼に生命力を与えます。


希望のない人は上ることが出来ないです。


この希望によって、迫害の中でも聖徒たちは平安と喜びに満たされて 神を賛美することが出来ました。


心は縛られることなく、翼をかって神の所に上り、神と交わりました。


神はたましいの翼に力をつけるために訓練をします。

訓練によって翼に力が出てきます。


そして、永遠の希望をもって 天に向かって上って行く人生を生きるようになります。


みなさんの翼にさらに力が与えられますように。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.1.14
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実が結ばれる良い地

テーマは 『 実が結ばれる良い地 』 です

【マタイの福音書13章8節】

別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。

【マタイの福音書13章23節】

ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。

マタイの福音書13章には種まきのたとえがあります。


四つの異なる所に同じ種が蒔かれました。

すると、まったく実りがない所があれば、豊かな実を結ぶ所もありました。


今回の本文は、豊かな実を結んだ良い地に対して語っています。


私たちも出来れば多くの実を結びたいと願っていますので、どうすれば良い地になって実を結ぶことが出来るかを学びたいと思います。




柔和で謙遜な心は良い地




普通に考えても悪い心から良い実を結ぶことは不可能です。

悪い心からは悪い実が結ばれます。


ですから、良い心から良い実が結ばれることは 神の法則です。

柔和な心は柔らかい心です。


私たちがある人を見て「あの人はいい人だ。」と言う時があります。

柔らかさや暖かさを態度や声で感じると 好印象を受けて、良い人だと思い込みます。


新約聖書で柔和な人で思い浮かぶ人は バルナバです。

“慰めの子” と呼ばれました。


彼の行いを見ると、神の言葉を聞いた時に感動を受けて、自分の畑を売り その代金を使徒たちの足もとに置きました。

大金だと思いますが、それを自慢することもなく、身をかがめて使徒たちの足元に置きました。


そしてもう1つは パウロが回心した後、皆はそのことが信じられず、パウロを恐れて近づかなかったですが、バルナバはパウロを引き受けて、使徒たちに紹介しました。

柔和な人なので、人にとても優しいです。


彼のことを聖書はこのように言いました。


【使徒の働き11章24節】

彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。

これは良い実を結んだ姿でしたので、多くの人々が導かれました。






モーセは謙遜な人でした。

普通の謙遜ではないですね。
次のような評価をもらうこと自体、すごい人だなと思いました。


【民数記12章3節】

さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。

彼が立派な指導力を発揮して、自分の役割を果たすことが出来たのは、彼の心が良い地であったからです。


心の土壌が荒っぽく かたくなな人は、絶対に立派な人格を備えることが出来ないですし、立派な人生を歩むことも出来ません。


イエス様の謙遜もすべての人にまさっていました。

自ら自分のことを次のように言いました。


【マタイの福音書11章29節】

わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば安らぎが来ます。

そのような心があるので 罪人を招き、問題のある人を受け入れ、助けを求めるひとを拒みませんでした。

パウロもその心を見習い、柔和で謙遜な人になりました。

ですから私たちにも良い心になるように命じました。


人を自分よりもすぐれた者と思う心がまた 良い実を結ぶ謙遜な心です。


謙遜と柔和の土壌から良い実がたくさん結ばれます。


【箴言22章4節】

謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。

良い地から結ばれる実です。




◎従順する心に良い実が結ばれる




私たちの人生で、良い実を結ぶためには 土壌だけ良ければ、あとはいらないことではないです。


良い土壌に実を結ばせるためには、聞く耳をもって主のことばをよく聞き、そして聞いたことばに従うことです。


【第1サムエル記15章22節】

するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。

知識ある人も才能ある人も 誰でも実を結ぶためには、主のことばを聞かなければなりません。


御言葉をないがしろにするならば、良い実を結ぶことは出来ません。


御言葉を聞いて、すぐ実行に移すことを “従順” と言います。


いくらみことばの知識をならべても、理論を立てても、行いが伴わないと 実を結ぶことは出来ません。


従順も、“完全な従順” が実を結びます。


聖徒の中でも、聞くことは聞きますが、実行せずにそのままにしている信徒が多いです。

いくら悟っても従順しないならば、価値がありません。

主は天国に入る資格でも次のように語りました。


サウロ王はみことばを聞きましたが、完全な従順ではありませんでした。

それでサムエルが今回のことばを彼に語りました。


主のみこころを知っていても、それを行わないならば天国に入れません。
そして良い実を結ぶことも出来ません。




忍耐する心が実を結ぶ




忍耐は、まず希望をもって忍耐することです。
希望があると忍耐出来ます。


自分の人生の土壌に 実を結ばせたい人は、忍耐することを学ばないといけないです。

忍耐できる土壌は良い土壌です。


いくら実を結ぶ完璧な条件が揃っていても、忍耐出来ないならば、実を結ぶことは出来ません。


ヨブは忍耐の人でした。

すべてが取られ、人生最悪の苦難を受けていましたが、神を呪うことも、神から離れることも、つぶやくこともせずに ひたすら忍耐していました。


忍耐の中での彼の告白でわかります。


【ヨブ記23章9-10節】

左に向かって行っても、私は神を見ず、右に向きを変えても、私は会うことができない。

しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。

彼のことをヤコブ書にはこのように書いてあります。


【ヤコブ5章11節】

見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。

ヨブは試練の以前よりも試練に耐えた後にさらに豊かになりました。


農夫が 暑さや疲れにも耐えて熱心に働くのは、豊かな収穫を期待するからです。

収穫が農夫の希望です。


忍耐は最後までしなければ、実を刈り取ることが出来ません。


もし途中で諦めるならば、それまでの忍耐も労苦も報われません。


選手がゴールまで辿り着かないと失格になります。

勝利することは出来ません。


リンゴも梨もぶどうも完熟まで待たないと 甘さが足りないので、美味しいとも思わないです。

完熟するまで忍耐が必要です。


【ヘブル10章36節】

あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

熱心さも才能も重要です。

しかしそれが全部揃っても忍耐出来ないならば、実は期待出来ません。


主は、私たちが実を結ぶことを期待します。

良い実を期待します。


私たちが実を結ぶ時に、私たちが主の弟子であることが認められます。

それは私たちの土壌が良かったことを意味し、そこに柔和と謙遜な心、主のことばと従順、忍耐がすべてあったことを証明します。


自分の状態をよく見て下さい。

それらのものが揃っているでしょうか。


良い地になるように、日々よく管理しましょう。
(。・ω・)ノ゙

2016.10.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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私のたましいが神を待ち望む理由

テーマは 『 私のたましいが神を待ち望む理由 』 です

【詩篇62編1-12節】

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。

おまえたちは、いつまでひとりの人を襲うのか。おまえたちはこぞって打ち殺そうとしている。あたかも、傾いた城壁が、ぐらつく石垣のように。

まことに、彼らは彼を高い地位から突き落とそうとたくらんでいる。彼らは偽りを好み、口では祝福し、心の中ではのろう。

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。

神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。

私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。

まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。はかりにかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い。

圧政にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。富はふえても、それに心を留めるな。

神は、一度告げられた。二度、私はそれを聞いた。力は、神のものであることを。

主よ。恵みも、あなたのものです。あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます。

2月5日、熱海発大島行きの高速ジェット船が クジラと衝突し、海上を漂流していましたが、海上保安部の巡視船が救助に向かって彼らを助けました。


74人が乗っていましたが、全員無事に助けることが出来ました。

クジラとぶつかって船がダメージを受けて漂流し始めましたが すぐに助けを求めたので助かりました。


最近ギリシャのエーゲ海では難民船が次々と漂流したり、沈んだりして多くの人々がいのちを落としています。


彼らがいのちを落としたのは、漂流しても助けを求めるところがなかったからです。

ですから、船に1つでも問題が起きてしまうと 助かることもなく、悲惨な結果に繋がってしまいます。
とても気の毒です。


助けを求めるところがあれば、多くの人が助かったと思います。


それを見ても、助けを求めるところがあるのと ないのとでは天と地ほどの差があります。

それで生死が決まってしまいます。


人生の海上で漂っている時に、助けを求めるところがある人は 本当に幸いです。


本文は、助けを求める所があったダビデの告白です。


助けを求めた後は、助けが来るまで じっと待つ姿が見られます。

これこそ神にすべてをゆだねている姿です。


さらにダビデは、自分がなぜ黙って、ただ神を待ち望むかについて語っています。




・すべての救いは 自分が待ち望む神から来る




この救いは、自分のいのちを狙う者からの救いはもちろん、たましいの救い、絶望からの救い、悪者からの救い、苦しみや患難からの救い、病気や痛みからの救いなども含まれた “すべての救い” です。


私たちが信じる神は “唯一の救い主” であるからです。


世界にはたくさんの宗教があり、「それぞれに救いがある」 と言いますが、まことの救いは、イエス様から来ることを知らないといけないです。


【使徒の働き4章12節】

この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、 私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

主は私たちの救い主です。

ですから苦しみに会った時には、人間的な方法や思いで救いを得ようとするのではなく、初めから絶対的な信頼を この神に置いて神に助けを求めることです。


これが救われる一番の近道です。

神様にすべての状況を話して 神の助けが来るまで神を待ち望むことです。


この詩篇を書いたダビデも、そのようにしていつも救い出されました。


彼は 救いを神に求めた後は、自分の信仰を次のように告白しながら保っていました。


【詩篇62編1-2節】

私の救いは神から来る。

神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。



・すべての望みは 自分が待ち望む神にある




人間には様々な希望があります。

救いへの希望もあれば、叶えたい夢もあります。


しかし、人間の欲望が入った希望は むなしく終わることが多いです。


世にあるすべてのものを欲しいままに手に入れ、欲望をすべて満たしたソロモン王が告白したことばを聞いてみましょう。


【伝道者の書で1章14節】

私は、日の下で行われたすべてのわざを見たが、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。

欲望から出た人間的な望みは消えて行くものです。

自分の欲望によって 永遠の喜びと満足を与えることはないですが、聖徒が持っている望みは それとは違います。


聖徒にある “望み” とはなんでしょうか?


【箴言10章28節】

正しい者の望みは喜びであり、悪者の期待は消えうせる。

これは、消えることのない喜びです。


【箴言14章32節】

悪者は自分の悪によって打ち倒され、正しい者は、自分の死の中にものがれ場がある。

正しい者は、たとえ死の瞬間でも 神に信頼しているので、永遠のいのちへの希望があります。

“死者の復活” という望みがあります。


この望みほど素晴らしい望みはありません。

これは神の恵みによって与えられる望みです。


【詩篇62編7節】

私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。

この言葉は 私が辛かった時や、死にそうだった時、そして先が見えなかった時に、本当に力と希望を与えたことばでした。


よく このみことばを告白していました。

望みを抱いて忍耐しました。


他にも支えになったことばがあるので紹介します。


【詩篇68編19節】

ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。私たちの救いであられる神。

【詩篇118編17節】

私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のわざを語りつげよう。

【ローマ5章5節】

この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

これらのことばを信じ、望みを持って神を待ち望みました。

そして大変な時期を乗り越えました。


ダビデ自身 いつもそのように助け出されました。


【詩篇62編8節】

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。

このように勧めています。




・神が一番安全な避け所であるから神をただ待ち望む




これから起こるかも知れない人生の苦難や嵐のための避け所を 必死で造ろうとするのが人間ですね。


財産、人間関係、地位など色々あります。


“それさえあれば助かる、何とかなる” と思いながら頼ります。

しかしそれは不完全であるので、一時的な避け所に過ぎません。


私たちには、安全で決して揺るがされない避け所が必要です。


神の中ほど安全な避け所はありません。


【詩篇63編7-8節】

あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。

私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえてくださいます。

これは、彼がユダの荒野にいた時の告白ですが、避け所である神の中にいる姿です。


神に仕えていたすべての信仰の人たちも苦しみや迫害の中で似たような告白をしました。



【イザヤ書25章4節】

あなたは弱っている者のとりで、貧しい者の悩みのときのとりで、あらしのときの避け所、暑さを避ける陰となられたからです。横暴な者たちの息は、壁に吹きつけるあらしのようだからです。

【エレミヤ書17章17節】

私を恐れさせないでください。あなたは、わざわいの日の、私の身の避け所です。

“神を 自分の一番安全な避け所” と思う聖徒になりましょう。


神に向かって人生の航路を固定しましょう。


なぜなら、神様だけが 私たちの人生に救いを与え、望みを与え、安全な避け所であるからです。


たとえ嵐にぶつかることがあっても主が助けて下さいます。



【詩篇107編27-31節】

彼らは酔った人のようによろめき、ふらついて分別が乱れた。

この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から連れ出された。

主があらしを静めると、波はないだ。

波がないだので彼らは喜んだ。そして主は、彼らをその望む港に導かれた。

彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。

(・∀・) アーメン

2016.2.7
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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