からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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忍耐

終わりの時代に働く二つの悪の勢力

テーマは 『 終わりの時代に働く二つの悪の勢力 』 です

【ヨハネの黙示録13章1-18節】

また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。

私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、

そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう」と言った。

この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。

そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。

彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

耳のある者は聞きなさい。

とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。

また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。

この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。

また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行った。

また、あの獣の前で行うことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。

それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。

また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。

ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。


ヨハネの黙示録13章では、海と地から上がって来る二頭の獣の幻があります。

二頭の獣は、世の終わりに神に敵対する 最大の反逆の勢力で、サタンの手下です。


その者たちは、終わりの時代に登場して世界を支配し、教会に大迫害を加える反キリストの勢力です。


サタンはその者たちに自分の力を与えて政治、経済、軍事、宗教、メディアなどすべてを支配し、人々の上で恐ろしい力をもって君臨するようになります。



今も世界をよく見てみると、“ディープステート” の存在があります。

“闇の政府” と言われ、世界を陰から支配する勢力です。


国際金融資本を支配する者たちが政治システムの中に入り、彼らと結託して、自分たちの目的のために戦争も起こし、悪の勢力を陰で支援したりします。


中国のような共産主義の国は 世界の覇権国家になろうとするし、イスラム過激派は世界をイスラム化しようとあらゆる活動をしています。


その者たちは神を恐れない勢力で、むしろ神に敵対することを平気にやっています。

世界平和のために働くのではなく、自分たちの思い通りの世界を造ろうとするだけです。



その勢力全体を 反キリストと言えます。

神は反キリストの勢力を 『不法の者』 と言いました。


【第2テサロニケ2章3-4節】

だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。

彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。


【第2テサロニケ2章8節-10節】

その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。

不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行われます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。


この不法の人が、“海から上がって来た獣” です。

神のような力をもって全世界を支配し、神に汚しごとを言い、自分のことを神とし、礼拝させます。


それに一番協力する者が、“地から上がって来た獣” で、にせ預言者、堕落した宗教勢力があります。


竜サタンが語るように語り、人々を惑わします。

奇跡やしるしを行って地に住む人たちを惑わします。


最初の獣の像を作らせ、崇拝させます。

そして政治や経済を支配している者たちと一緒に自分たちの言うことに従わない聖徒たちに対して激しい迫害を加えます。

一時的には彼らが勝利します。



この時、聖徒たちには信仰と忍耐が必要です。


多くの信じる者が耐えられず、彼らの言うことに従うと言われています。



また 終わりの時代には、すべての者に獣の刻印を受けることが義務になります。

受けない人は生活が出来なくなります。


もし獣の刻印を受けるならば、その時点でサタンの支配下に入ることになります。


聖徒たちは、神のような力をもって世界を支配し、あらゆる奇跡やしるしを行う二頭の獣が神ではなく、不法の者・反キリスト勢力であることを知って、それらに惑わされないように目を覚ましていないといけないです。


神を選ぶか、サタンを選ぶか、二つで一つです。

中間はないです。



恐ろしい患難が 信じる者たちにあることが預言されてあります。

しかし主は忍耐し、自分の信仰を守るように命じました。


肉体は殺してもたましいを殺せない人間を恐れてはいけないです。


そのためにはいつも聖霊に満たされ、神のことばの上に堅く立って、主と共に歩まないといけないです。

用心していないと誰も耐えることが出来ないです。



サタンの力は必ず再臨するキリストによって打ち破られます。


【ヨハネの黙示録17章14節】

この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」


ですからキリストの勝利が約束されてありますので、恐れず、どんな時にも信仰を守り通しましょう。


アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2021.8.29
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このような神がいるだろうか

テーマは 『 このような神がいるだろうか 』 です


【ヨシュア記1章9節】

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」

神を知れば知るほど、体験すればするほど、失望するどころか、ますます偉大な神に圧倒されてしまいます。


ですから神は『主を知ることを切に追い求めよ。』と預言者の口を通して語って下さいました。


自分が興味あることに対して人々は詳しく調べます。

それに対する知識を増やしていきます。


神に対しても いつも詳しく調べてよく知っている者もいれば、いつまで経っても浅い知識しかない人がいます。

そしてその人たちの信仰も神への信頼もとても薄いです。


しかし最低でも自分が信じる神に対して これだけは知ってほしいと思います。


それだけでも このような神は他にはいないことが分かります。





インマヌエル神様




インマヌエルを訳すと、「神は私たちと ともにおられる」 という意味である。

神を知ることです。


ひとりではなく、最強の神が共におられることが何を意味するかを知ることです。


恐れがあるヨシュアに 神が約束したのは、『あなたの行く所どこででも、あなたとともにある。』でした。



心にある恐れを消す一番の方法は、神が共におられることを信じることです。


神はみこころを成し遂げるために 私たちを選び、前進させるために共にいて、恐れを取り除き、勇気を与えて下さいます。


神は神の民といつも共にいて下さいます。

ですから弱い者が勇士になれます。





アドナイ・イルエ神様




アドナイ・イルエは「主の山の上には備えがある」 という意味である。


神を知ることです。

この神を最初に体験した人はアブラハムでした。


【創世記22章14節】

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。


一番つらい時、他に道がまったく見えない時に、主が彼になさったことを通して、主のことばに従う者に対しては すべてを備えて下さる神であることを体験しました。


明日に対する心配事が多い人は、心配する時間に主のことばに従ってみて下さい。

主ご自身がその心配事を解決して下さいます。





エベン・エゼル神様




エベン・エゼルは、「ここまで主が私たちを助けて下さった」 という意味である神を知ることです。


第1サムエル記7章1-13節にある内容を読むと、その中で 神の助けを受けた時にサムエルが言ったことばがあります。


【第1サムエル記7章1-13節】

キルヤテ・エアリムの人々は来て、主の箱を運び上げ、それを丘の上のアビナダブの家に運び、彼の子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた。

その箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、二十年になった。イスラエルの全家は主を慕い求めていた。

そのころ、サムエルはイスラエルの全家に次のように言った。「もし、あなたがたが心を尽くして主に帰り、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除き、心を主に向け、主にのみ仕えるなら、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出されます。」

そこでイスラエル人は、バアルやアシュタロテを取り除き、主にのみ仕えた。

それで、サムエルは言った。「イスラエル人をみな、ミツパに集めなさい。私はあなたがたのために主に祈りましょう。」

彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。そうして、その所で言った。「私たちは主に対して罪を犯しました。」こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。

イスラエル人がミツパに集まったことをペリシテ人が聞いたとき、ペリシテ人の領主たちはイスラエルに攻め上った。イスラエル人はこれを聞いて、ペリシテ人を恐れた。

そこでイスラエル人はサムエルに言った。「私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください。私たちをペリシテ人の手から救ってくださるように。」

サムエルは乳離れしていない子羊一頭を取り、焼き尽くす全焼のいけにえとして主にささげた。サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。それで主は彼に答えられた。

サムエルが全焼のいけにえをささげていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来たが、主はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。

イスラエルの人々は、ミツパから出て、ペリシテ人を追い、彼らを打って、ベテ・カルの下にまで行った。

そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。

こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に、入って来なかった。サムエルの生きている間、主の手がペリシテ人を防いでいた。


【第1サムエル記7章12節】

そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。


サムエルとイスラエルの民は主の前に断食しながら、罪を悔い改め、礼拝をささげ、神に助けを求める祈りをしました。

このような姿勢を見ると、神は手を差し伸べ助けて下さいます。



ただ苦しいから 『助けて下さい』 と、ちょっと祈っただけで神の助けを期待しても答えられないことが多いです。


罪から離れ、神を信頼し、切に求める時に、主は助けて下さいます。





望みの神様




望みは未来に関係があります。

過去に望みをかけることはないです。現在も同じです。


望みは未来のことなので、すべてを計画し、導く神に望みを置くならば 失望に終わることがないです。


【ローマ15章13節】

どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。


【ローマ8章24-25節】

私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。


【詩篇126編5-6節】

涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。

種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。


涙を流しながら種を蒔くほど苦しみの中にいる者が、それでも種を蒔くのは希望があるからです。


希望があるから種を蒔くことをやめないです。


希望のない人は怠けます。
何もしないです。



希望ある人は、今日 自分がすべきことをします。


神に希望を置いている人は、どんなに辛いことがあっても忍耐して待ち望むことが出来ます。

また忍耐によって得るものがどんなに素晴らしいものかも知っています。


神には多くの力がありますが、これだけ信じて神に頼っても、私たちは地上での旅路を主と共に歩みながら幸せに、また勝利することが出来ます。


(*・ω・)ノ アーメン


2021.7.25
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苦難を受容するまでの段階

テーマは 『 苦難を受容するまでの段階 』 です

【ヨブ記2章7-10節】

『サタンは主の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。

ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。

すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」

しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。


突然のがんの宣告、死、大きな問題や事故などに直面すると、だれもがそれを簡単に受け入れることが出来ないです。

あらゆる感情が湧き出て、どうしたらよいのか戸惑うことがたくさんあると思います。


一般的に最初はほとんどの人がそれを否定します。

「そんなはずがない。間違いでしょう。うそでしょう。」という思いになります。

受け入れることが出来ないので否定します。



ヨブという人は 神を恐れ、悪から遠ざかっていた成熟した信仰を持っていたので、彼はとんでもない不幸が自分を襲ったその日も、否定したのではなく不幸を受容しました。


普通の人は 受容するまで何段階も通らないといけないのに、彼は成熟した信仰を持っていたので、すぐに受容しました。

普通の人ならば事実をまず否定します。


次はそれが事実であることを確認した後に、怒りの段階になります。

「どうして神様は私にこんな試練を与えるんですか?」と神に怒りの感情をぶつけます。

神様を信じない人までも悪いことが起こると 神のせいにします。



しかし、怒るからといって状況が変わるのではないです。


状況を変えたい人間は次に妥協点を捜します。

「神様が解決して下さるならば、これをします」 と誓願を立てて神の助けを求めます。



不妊のために苦しんでいたハンナは激しく泣きながら神に祈りました。

「万軍の主よ。もしあなたがはしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けて下さるなら、私はその子の一生を主にささげます。そしてその子の頭に、かみそりを当てません。」


神はその祈りを聞いて、ハンナに男の子を与えました。

そして彼女は神に誓願した通りにその子を主に捧げました。


自分の願いが叶えられた後に、主への誓願を果たさない嘘つきも多いですが、彼女は誓願を守りました。

神はハンナをさらに覚えて彼女に3人の息子と2人の娘を与えました。



次は妥協も通らないと諦めてうつ状態になります。

「私の人生はこれでおしまいだ」と絶望する段階です。



ここで終わる人も多いですが、次の段階に行く人たちもいます。





受容段階・世の塩のような役割




それは、ありのままを認め、受け入れる受容段階です。

信仰ある人たちは ありのままを受容します。


自分に起こるすべてのことは、神の計画の中にあることだ と受け止めます。

ヨブもヨセフもダニエルもひどい苦難がありましたが、それをそのまま受容して忍耐しました。


神は、忍耐して神につぶやかなかった人たちを必ず祝福して下さいます。



そして、さらに次の段階もあります。

それは自分が経験した辛いことを生かして、同じ経験をしている人たちを慰め、助け、人の益のために働く段階です。


この人たちが世の光、世の塩のような役割をします。

社会を明るくする人たちです。



神は私たちがこの段階まで行くことを願います。

こういう人たちが本当に人を愛して善を行うことが出来ます。


神様は理由なく苦難を通らせるのではないです。


私たちの益のために、成熟した信仰に育てるために、キリストに似た者にするために、愛と謙遜がある人にするため、苦難を通して私たちを変えていきます。


また、試練を通ることによって ますます天の御国に望みを置く者になることも主は知っておられます。


アーメン (*゚∀゚)っ


2021.7.18
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愛とは

テーマは 『 愛とは 』 です


「愛」とはどのようなものでしょうか。

聖書の「愛」は恋愛の「愛」ではなく、心がドキドキするような「愛」ではなく、恋人や夫婦の中の「愛」のことではなく、恋人、夫婦、子ども、兄弟、家族、教会の兄弟姉妹、友達、会社の人、周りの人々すべてに対する「愛」を指します。


【第1コリント13章1-13節】

たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。

また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。

というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。

完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。

私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。

今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。

こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。


まずこの箇所を大きく分けると3つに分けることができます。






1)愛なしでは意味なし(1-3節)

2)愛の性質(4-7節)

3)愛は絶えない(8-13節)


2つ目の「愛の性質」を詳しく見ていく前に、先に他の二つを確認していきましょう。


1)愛なしでは意味なし(1-3節)

たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。

また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。


たとえ、どんなに賜物を持っていても、預言が出来ても、知識が優れていても、完全な信仰があったとしても、愛がなければ意味がありません。


すべて それは形だけ、スペックだけがすごくて中身がない人間です。

たとえ、全財産を貧しい人にあげて素晴らしい奉仕をしたとしても、迫害から逃げずに信仰を貫いたとしても、愛がなければ何の価値もないのです。


それほど愛はすべてのうちで最も大切であり、愛がなければ何の意味がないほど、愛は必要不可欠なものなのです。


3)愛は絶えない(8-13節)

愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。

というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。

完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。

私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。

今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。

こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。


預言、異言、知識はすべて神様、イエス様についてです。


今は私たちが直接神様、イエス様と会うことができません。

そのため、これから再び来られるイエス様や世の終わり、天の御国についての預言が与えられていますが、その預言は神様について すべて語られているのではなく、一部について語られているのです。


それはまるで鏡にぼんやりと映る姿を見ているようです。

当時の鏡は今私たちが持っているような くっきりとはっきりと映っている鏡ではなく、青銅でできた鏡のため、ぼんやりと映っていたのです。


神様やイエス様のことを私たちは今はっきりと見ることはできず、預言や聖書を通して、どういう方なのか、ぼんやりと知っています。



でもイエス様が再び来られる時、また私たちが天の御国に帰る時には 私たちはいよいよ神様、イエス様と直接顔と顔を合わせて見るようになるのです。


そうなると預言、異言、知識はすべて必要がなくなります。

残るものは聖書に書かれている通り、神様を信じる私たちの信仰、イエス様の中にある希望、神様、そして人々への愛なのです。


この愛は止まることがなく、なくなることがなく、常にあるものなのです。

次に、実際にこの愛とは何か、4-7節を詳しく見ていきましょう。






2)愛の性質(4-7節)

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。


① 愛は寛容、親切

この「寛容」は、ギリシャ語では「忍耐」の意味であり、特に「何か怒るようなことがあったのにも関わらず、文句も言わずに我慢すること、忍耐すること」を意味しています。


相手が何かあなたを怒らせるようなことをしたとしても、それに対して文句を言わずに忍耐し、赦すこと、寛容である姿が愛の姿なのです。

しかもそれに加えて、その人に親切にすることが本当の愛の姿です。



私たちが悔い改めをする時、「しまった」と心から反省する時はいつでしょうか?


それは人に指摘され、文句を言われた時でしょうか。

いや、むしろ逆に悪いことをした相手が私たちを赦し、それどころか親切にしてくれた時に心から「申し訳なかった」と悔いたり、反省をしたりするのではないでしょうか。



人の心を溶かし、和らげるのは、指摘の言葉ではありません。

人の心を動かし、和らげるのは、その人を赦す心、寛容な心、相手に対する親切な心、親切な行動なのです。


愛は相手があなたにしたことに対して、文句を言わずに忍耐し、逆にその相手に親切に接することです。





② 妬まない、自慢しない、高慢にならない

妬みとは、他の人が持っているものや、他の人のことを羨ましいと思うことや、誰の方がもっと良いのか、優れているのかと言い争うことです。

また、人の成功を喜ばしいと思わないことです。


ここでの「愛は自慢しない」は、その相手に対して自分のことを自慢しないということです。


「私すごいでしょ、偉いでしょ」と自慢すること、高いプライドを持って相手に接することは愛のない姿です。

それは相手の徳を高めること、つまり人々の役に立つ、人々がよくなるように仕えるのとは正反対であり、「自分自身、自分だけよければ良い」という考え方なのです。


本当の愛の姿は、相手に対して自分のことを自慢せず、相手の上に立とうとしません。






③ 礼儀に反することをせず、不正を喜ばない

礼儀とは、人前での態度、ふるまいです。


ここでは、礼儀に反する事として不品行や、性的な問題なども挙げられます。

今でいう「ハラスメント」をしないということです。


自分自身がしないということだけではなく、相手が行っている不正、つまり聖書的ではないこと、聖書に反することを喜ばないことも愛です。


もし相手が罪を犯しているのならば、その罪自体に私たちは喜ぶべきではありませんし、むしろ相手が正しい道に戻れるよう、神様が喜ぶ姿に変えられるように努めるべきです。


ここでの「真理」は、義と霊的に清いこと、つまりは神様の中で正しく、霊的であることを喜ぶべきだと教えています。





④ 自分のやり方、自分を優先しない

日本語の聖書では、「自分の利益を求めない」と書いてありますが、ギリシャ語には実は「利益」という言葉はなく、「自分の」とまでしか書かれていないのです。


つまりは「自分のもの」を求めない、言い換えると自分のやり方、自分を優先しないということです。






⑤ 怒らず、人のした悪を思わない

ここで「人のした悪を思わない」とありますが、ギリシャ語では、「人のした悪を数えない、記録しない」という意味です。


私たちは よく「この人にこんなことされた」「昔もこんなことしたよね」と相手がした悪いことを心の中で記録しがちです。


でも、人を愛することは、その人がした悪いことを心の中で記録せず、数えないことです。

罪は悪いことですし、犯すべきではないのですが、いつまでも人の罪を私たちが覚えて記録しておくべきではないのです。


神様も罪自体は全く喜ばないですし、私たちが罪を犯さないことを願っていらっしゃいますが、私たちが犯した罪をいつまでも記録して覚え、ずっと責め続けることはなさらないのです。

私たちが支払うべき罪の代価をイエス様が代わりに支払ってくださったからです。


私たちにした人の悪は、私たちが記録せず、代わりにイエス様がその人の代価を支払ってくださったことを覚え、その罪を赦すべきです。






この愛の姿を全部まとめて書いてあるのが、7節です。


すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

この愛の姿ですが、私たちの実際の生活の中で一番想像しやすく、似ている姿は、“赤ちゃんへの母の愛” です。


お母さんは赤ちゃんと共に過ごしながら、その赤ちゃんが泣きまくったり、変えたばかりのおむつにうんちをしたりしても怒らず、そのことを覚えて責めず、それでも赤ちゃんにやさしくし、大切に接するのです。


夜泣きをしてあまり眠れなくても赤ちゃんをあやしますし、それでも赤ちゃんの面倒を見ますし、礼儀に反するようなことはしません。

お母さんはいつも自分のことは優先せず、赤ちゃんを優先して赤ちゃんのことを思います。


その赤ちゃんのためにすべてを我慢し、その赤ちゃんが元気に大きく育っていくことを信じ、期待し、何があっても耐え忍びます。

この親の赤ちゃんに対する愛が、聖書で書かれている愛の姿に一番近い身近な愛の姿です。



また、この世で完全な愛を見せたのは一人しかいません。

それはイエス様が私たちに向けた愛です。


イエス様が私たちを愛したその姿、その愛の形はここで書かれているのにすべて当てはまります。


聖書で書かれているイエス様の姿を見ることによっても、愛がどういうものであるかを私たちは知ることができるのです。


その愛を私たちも実践していかないといけないのです。

なぜ私たちは周りの人を愛さないといけないのでしょうか。


彼らが私たちによくしてくれたからですか。

家族だからですか。


何かをしてくれたから愛すのではなく、その隣人を愛することは神様が私たちに与えた一番大切な命令だからです。


【マタイの福音書22章35-40節】

そして、彼らのうちのひとりの律法の専門家が、イエスをためそうとして、尋ねた。

「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」

そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

これがたいせつな第一の戒めです。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」


私たちが周りの人を愛す理由は、その人がどうとか、何をしたからとかではなく、神様がそのように私たちに求めているからです。


神様が私たちを愛してくださったのも同じです。

神様が私たちを愛すと決めてくださったから、私たちが罪を犯し、どんな姿であったとしても、私たちを赦し、愛し、信じて待っていてくださるのです。



私たちも神様が私たちにしてくださったように、周りの人を愛すべきなのです。


完全な姿ではないけれども、少しずつキリストの姿に似たものになること、そのためには何よりもキリストが私たちに一番大切だと教えてくれた「隣人を愛しなさい」ということを実践することが大切なのです。


【第1ヨハネ4章7-11節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2021.5.23
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神からの良い報い

テーマは 『 神からの良い報い 』 です

【へブル6章10-12節】

神は正しい方であって、あなたがたの行いを忘れず、あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、また今も仕えて神の御名のために示したあの愛をお忘れにならないのです。

そこで、私たちは、あなたがたひとりひとりが、同じ熱心さを示して、最後まで、私たちの希望について十分な確信を持ち続けてくれるように切望します。

それは、あなたがたがなまけずに、信仰と忍耐によって約束のものを相続するあの人たちに、ならう者となるためです。

自分が信じる神がどのような方なのか正しく知っていますか?


私たちが信じる神は正しく、真実で公平な方です。

また変わらない方であり、すべてご存知で、私たちの行いを忘れずに覚えておられる方、また良い報いを与えて下さる方です。


神を知れば知るほど 神への信仰も強くなり成長します。

また良い報いを与えて下さる神であることを知っていれば、私たちの信仰も行動も変わります。



神は、私たちが神を正しく知って この世で良い働きをすることを願っておられます。


救いは信仰によって受けますが、信仰には それにふさわしい良い行いが伴わないといけないです。

すなわち良い実を結ばないといけないことです。


聖徒は良い報いがあるから良い働きをするのではなく、神を愛するから良い行いをします。



良い行いをする前にすべきことがあります。

まずは確認です。


【ローマ12章2節】

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

良い行いをするための私たちの態度に対してはまず、愛の行いをすることです。


見せかけの信仰ではなく、心から神を信じ、その信仰で聖徒の愛を実践する人は決して神の救いからもれることがないです。



神は聖徒が愛の精神で良い行いをする時に、それを喜んで受け入れ必ず良い報いを与えて下さいます。


【第1コリント3章8節】

植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。

【ヨハネの黙示録2章23節】

また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう。


そして他人に対しての愛の行いだけでなく、自分自身の信仰を成長させる時も 神はその人に素晴らしい報いを与えます。

それは永遠のいのちであり、天の御国です。



信仰が成長せず、しかも堕落してしまった人には良い報いはありません。


神の真理のことばを聞いても、悟らず怠けて、天国への望みをもって追及しないなら、神が用意した栄光あるものは受けることが出来ないです。


信仰の成長や信仰の忍耐は神の約束の祝福を得るために必要です。


【へブル6章15節】

こうして、アブラハムは、忍耐の末に、約束のものを得ました。

アーメン (・∀・)


2020.10.11
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誰を赦そうとしたのか

テーマは 『 誰を赦そうとしたのか 』 です

【ルカの福音書23章33-34節】

「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。

そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。

イエス様が十字架にかかった場面を想像して下さい。


小高い丘には十字架が三本ありました。

二人の犯罪人とイエス様です。


大勢の人々がその光景を見に集まっていました。

悲しみながらその死を見守っているのではなく、自分たちの勝利に歓声をあげている者たちがほとんどでした。


彼らは総督ピラトの所にイエスを連れて行き、「十字架だ。十字架につけろ。」と叫び続けていたので、自分たちの願い通りになったことで喜び、勝利に酔っていました。


そして指導者たちは嘲笑って、「あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」と言いました。


他にも「ユダヤ人の王なら、自分を救え。」「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と嘲笑いました。



あらゆる声が聞こえましたが、それにイエス様は一切反応することなく祈りました。

「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」


これは誰のために祈ったでしょうか?


自分に罪をかぶせたパリサイ人や宗教指導者たちですか。

自分に死刑判決を下したピラトですか。

鞭打って十字架につけたローマの兵士たちですか。

自分を裏切って逃げた弟子たちですか。

恩知らずの群衆ですか。


イエス様が父に赦して下さいとお願いした人々は、自分が何をしているのか分かっていない人たちでした。


すなわち、自分が神の子を殺していることを知らない人たち、
律法を守り 正義と公義を行わなければならないのに 自分たちの既得権と貪欲な心でそれを捨てた者たち、
自分たちの罪のために十字架にかかって血を流していることを知らない者たち、
偏見をもって誤った判断をした者たち、
神に敵対しているすべての者たちのために、イエス様は父なる神に赦しを祈りました。



苦しみの中で自分のために祈るのが当たり前なのに、また人々を呪っても仕方ないような状況の中で、イエス様は自分が何をしているのか分からない人々のために 父に祈っていました。



主の愛と赦し、犠牲、忍耐は十字架の上での祈りにすべて現れました。


これでもキリストを嘲笑いますか。

拒みますか。


「キリストの十字架は、私とは何の関係もない」と言いますか。


【第1ペテロ2章22-24節】

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

アーメン ヽ(TдT)ノ


2020.9.13
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狭い門と良い実、岩の上に建てた

テーマは 『 狭い門と良い実、岩の上に建てた 』 です

【マタイの福音書7章13-27節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。

あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。

同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。

良い木が悪い実をならせることはできないし、また、悪い木が良い実をならせることもできません。

良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。

こういうわけで、あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。

わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。

その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」

この世で神を信じて聖徒として生きることがどういうことであるかを 本文で主が教えて下さいました。


口先の信仰告白と「主よ、主よ。」と言うだけでは、永遠のいのちも神の国に入ることが出来ないです。

主は この世でどのように生きるべきかを教えて下さいました。




狭い門から入り、狭い道を歩む




狭い門から入り、狭い道を歩むためには、次に示された道を歩むことです。


【詩篇1編1節】

幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。

【ローマ12章2節】

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

【エペソ4章22-24節】

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、

またあなたがたが心の霊において新しくされ、

真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。


こうする時に聖徒たちは世に属する重荷と罪とを捨てて、信仰の狭い道を最後まで歩くことが出来ます。




良い実を結ぶこと




真理の道を歩み、うわべの信仰ではなく、行いが伴う信仰生活をする時に良い実を結ぶことが出来ます。


悪い実はあざみといばらです。

何の役にも立たないむなしい実です。


偽りの教訓、惑わしに惑わされた者は、たとえ預言者であっても主の目には偽物であり本物ではないです。



良い行いを通して良い実が結ばれます。

良い実を結ぶためには忍耐が必要です。


【ヤコブ5章7-8節】

こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。

あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。



岩の上に家を建てること




私たちは行いによって救われたのではないですが、行いを通して自分の信仰が生きた信仰であることを見せなければなりません。


みことばの上に立つ信仰は、患難や苦しい時にも揺れ動くことがありません。


神が下さった祝福や奇跡の上に信仰の家を建てるならば 試練と苦難が来た時に、信仰が根元から取られ倒れてしまいます。


【第2コリント13章5節】

あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。

【ヤコブ1章22節】

また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。


キリストのみことばに従順したかどうかは神の国に入る時にとても重要です。

裁きの対象になるからです。



イエス・キリストが見せて下さった模範的な生き方は私たちが見習わないといけないです。


主は狭い道を歩み、良い実を結び、神のことばに従順しました。

これが救われた聖徒たちが歩まないといけない道です。


2020.7.12
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十字架のイエスをののしった人たち

テーマは 『 十字架のイエスをののしった人たち 』 です

【マタイの福音書27章37-44節】

また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。

そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、

言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」

同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。

「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。

彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」

イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。

【ルカの福音書23章35節】

民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」


いつも主がおられる所にはたくさんの人々が集まっていました。


教えを聞くために、癒してもらうために、奇跡を見たいために、そして訴える口実を見つけるために群衆が集まっていました。


しかし、その時は誰一人イエス様に向かってののしった人はいませんでした。

「おまえ」と呼んだ人もいませんでした。

「主よ、ダビデの子よ。先生」などと呼んでいました。


その人たちが一夜にしてイエス様をののしる人々に変わってしまいました。


イエス様は肉体の苦痛の中でも彼らが吐き出す ののしりのことばを聞いていました。

それが最も辛かったと思います。



自分に対して完全に背を向けた人たち、そして十字架の意味を知らない人たち、主の苦しみに共感出来ず、さらに侮辱する人たち、恵みを忘れた恩知らずの人たち。


それを眺める主の心はどうだったでしょうか。

彼らを見て主は言われました。


「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

主の口からは祈りのことばが出ました。


「自分で何をしているかわからない人たち」が哀れでした。


彼らが嘲り、ののしるつもりで言った次の言葉に主の正体が現れていました。


「ユダヤ人の王イエス」、「神殿を壊して三日で建てる人」、「神の子」、「他人を救った人」、「イスラエルの王」、「彼は神に拠り頼っている」、「神のお気に入り」、「私は神の子だ」、「神の子キリスト」、「選ばれた者」


そのままイエス様を信じればみんな救われるのに、信じず自分たちの救い主をののしっていました。


ですから主は「自分で何をしているか分からない」と言われました。

その通りに無知で愚かで悟りのない者たちでした。



後になった1人だけがまともになり、恵みを受けた人がいました。

主の右側にいた犯罪人です。


あいかわらず主をののしっている犯罪人に対して、次のように言いました。


【ルカの福音書23章40-43】

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

ののしった時とはまったく違うことばを語りました。

「イエス様」と丁寧なことばで言いました。


主はすぐに彼に言われました。

「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」


1人の魂が立ち返ったことで、主はすごく喜んだと思います。

悲しみいっぱいの主の心を神が慰めて下さったと思います。



ここで私たちは 真理を知っていながらも、信じることもなく、主をののしった人たちがなぜそのような愚かなことをしたのかを考える必要があります。


私たちもそのようになる危険性がいっぱいあります。


主はそうならないように すでに教えて下さっていましたが、それを心に留めなかったために失敗しました。


どのような注意点を主が与えたでしょうか?




惑わされないように




【マルコの福音書13章5-6】

そこで、イエスは彼らに話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。

わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそそれだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。


「宗教家に惑わされないようにしなさい」 と言われました。


イエス様のことを悪く言って人々を惑わした者たちはみんな宗教家でした。

その者たちが無知な群衆を惑わしました。


自分たちが人を惑わしたのに、反対にイエス様のことを「人を惑わす男だ」とピラトに言いました。


終わりの時も宗教家が人々を惑わして主を裏切るようにします。


祭司長たちは自分たちの利益のために人々を惑わしイエス様を十字架につけました。




心配したり、恐れたりしてはならない




【マルコの福音書13章11節】

彼らに捕らえられ、引き渡されたとき、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です。

人々は権力を恐れます。

自分のいのちのことも心配します。


それで迫害があると信仰を捨てる人が多いです。

人々は権力を振るう人の前ではおとなしくなり、言われた通りにします。


権力に服従したり妥協する教会や信徒も迫害の時に多くなります。




忍耐しなさい




【マルコの福音書13章13節】

また、わたしの名のために、あなたがたはみなの者に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。


信仰の試練に耐えられないと、主を裏切るようになります。


どんなに善を行っても、隣人を愛しても、真理を行う人は 闇の中で生活する人に憎まれます。

彼らは良いことや愛することに対して攻撃するのではなく、真理に従って生きるので攻撃します。


闇と光は一致することが不可能です。

ですから闇が光を憎みます。


誰かの支持を受ける時もあれば、誰かの憎しみを受けることもあります。

そこで耐えられない人は信仰生活が難しくなります。



終わりの時に、自分の信仰を守りながら、主を愛していくためには、主のことばを心に留め、そのみことばをよく黙想し、神の約束を信じ、日々神様と交わりをすることです。


それを通して霊的力を蓄えることです。

そして神の守りと導きも信じることです。


信仰を守り通すために、日々何をしたら良いかを考えながら忠実に生きましょう。
アーメン (。・ω・)ノ゙


2020.4.5
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神の足し算

テーマは 『 神の足し算 』 です

【マタイの福音書19章27-29節】

そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

先週は神の引き算について学びました。

私たちの中から肉のものを取り除く神の引き算は、私たちを祝福するためのものであることを学びました。


神は引き算の後に、足し算を始めます。

どのような足し算をなさるのかを今回は見たいと思います。



本文でペテロは「私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」と質問しました。


弟子たちは未来の保証と何らかの報いが欲しかったです。

何も得るものがないならば、悲惨な人生になりますね。


主は彼らに明確に何が与えられるかを語って下さいました。



神が私たちに与えて下さるのが “神の足し算” です。

神が下さらないと得られないものが色々あります。


ですから、引き算をする神は 足し算もします。


質問を受けた主は、弟子たちに未来の保証になることばを明確に語りました。


どのようなものが与えられるのかを見たいと思います。

神の足し算の内容です。




人の子が栄光の座に着く時、彼らも十二の座に着いて、イスラエルの十二部族をさばく




弟子たちはこの時、これを霊的に考えたのではなく、世的に考えました。

すなわち主が イスラエルの王になった時に、自分たちも良い地位に就くと思っていたでしょう。


しかし主が与えるものは はるかに価値あるものでした。


主の最後のさばきの時に従って来た者たちも、裁判官としての権威と役割を与えると約束しました。

さばかれる立場ではなく、裁く立場です。


自分たちを苦しめ、迫害した者たちを立場が変わってさばくことは何と素晴らしいことでしょうか。


【ルカの福音書22章28-30節】

けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。

わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。

それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

【第1コリント6章2節】

あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

【ヨハネの黙示録2章26-27節】

勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。

彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。



世のものも豊かに祝福して下さる




捨てた者はその幾倍をも受けると約束しました。

別の福音書のことばにもあります。


【マルコの福音書10章29-30節】

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、

その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。

“幾倍” も “百倍” も満ち溢れることを意味します。

この祝福は迫害と共に受けます。


ものやお金があり余ることが満ち溢れることではないです。


必要なものが必要な時に与えられることが満ち足りる祝福です。


【ピリピ4章17-18節】

私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。

私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。



永遠のいのち



永遠のいのちは神の御国で生きるために得るものですから、御国を相続する祝福もあります。


自分のいのちを捨てた時に、神はそこに永遠のいのちを注ぎます。


物質よりも はるかに価値ある永遠のいのち、神の足し算で最高のものです。


人間が罪を犯して失ってしまった永遠のいのちを 神を信じる者、主のためにいのちを捨てた者たちに与えて下さいます。


【ローマ2章7-8節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。

【マタイの福音書18章9節】

また、もし、あなたの一方の目が、あなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい。片目でいのちに入るほうが、両目そろっていて燃えるゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

永遠のいのちは神の国に入る者に与えられます。



永遠のいのちがない人は永遠の死がある地獄に行きます。

地獄ほど悲惨な場所はないです。


そこに行った人たちが一番欲しがるものは何でしょうか?

永遠のいのちだと思います。



神はもっとも大切なものを迫害されても信じて従う者たちに与えて下さいます。


神の足し算の中にあるものはすべて私たちにとって最も価値あり大切なものです。


価値のない小さいものが与えられていないからと言ってつぶやく人は愚かな人です。

無知な人であり、神のみこころを知らない人です。


最も大切なものを先に受け取らないといけないです。


他のものは神が必要に応じて、必要な時に与えて下さるので忍耐して待つことです。
アーメン ( ・Д・)


2020.2.2
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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今はどんな時なのか

テーマは 『 今はどんな時なのか 』 です

【第2コリント6章1-2節】

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

絶えず流れるのが時間です。


しかし、いつまでも この時間が続くことはないです。

なぜなら終わりがあると主が語って下さったからです。


終わりがある時間の中で生きているので、今がどんな時であるかを知る必要があります。


湯水のように使う時間が人間には与えられていないです。



人間の寿命も終わりがあります。

生まれる時があれば死ぬ時があります。


また次の箇所には このようなことばがあります。


【ヘブル9章27節】

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

死ぬことは誰も避けて通ることが出来ないので、人々はそれを受け止めます。


しかし、死後にさばきがあることを知らない人がほとんどです。

ですから そのための準備も出来ません。



クリスチャンは死後のさばきを知っているので、生きている時にそのための準備をしなければなりません。


準備するためには、今がどんな時なのかを知ることです。

本文でも時が語られてあります。


知恵ある人は、時を見分けることが出来ます。


しかし知恵のない人は、時を見分けることが出来ないので チャンスさえも無駄にしてしまいます。



主の働き人は “見張り人” です。

見張り人は時を見分ける人でなければなりません。


パウロは神の働き人として、また時の見張り人として勧めました。

今がどんな時なのかを教えました。


今はどんな時ですか。

そして自分にとって今どんな時ですか。




恵みの時です




恵みの時とは、罪人が悔い改める時です。

悔い改めることが なぜ恵みでしょうか?


自分が罪人である認識がない人は、罪のまま生きて死に、裁かれて永遠の死を迎えます。



しかし悔い改めて主に立ち返ることは、神にUターンすることです。

Uターンして神の所に立ち返るならば、主から罪の赦しと救いの恵みを受けます。



人間は自分の力で、悔い改めることが出来ないです。

神の恵みによって初めて心から悔い改めることが出来ます。


今は罪人たちが悔い改めて恵みを受ける時です。


【第2ペテロ3章9節】

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。




救いの時です




今は救いの時です。

この世が終わるまでが救いの時です。


世がいつ終わるかは分かりませんが、終わりが来るならば救いのチャンスはありません。


神が罪に汚れた世をすぐに滅ぼさないのは、1人でも多くの人が救われてほしいからです。

主の忍耐を軽んじてはならないです。


【第2ペテロ3章15節】

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。



従順の時です




信じる者にとっては神に従順する時です。


【マタイの福音書7章24-25節】

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

救われた人が神のことばに従順することが、自分の家を建てる行為であると例えました。



神は私たちが従順の実を結ぶように時間を与えています。

それを十分に活用するのが良いしもべです。


神は良い実を結ぶ人に良い報いを与えます。




準備する時です




信じる人たちはイエス様の再臨を待ち望んでいます。


「天に行って場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのところに迎え入れる。」
とイエス様は約束して下さいました。

目を覚まして用意していなさいと言われました。


迎える用意、天に入るための準備をする時間です。


【エペソ5章15-17節】

そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

アーメン ヽ(TдT)ノ


2019.9.8
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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