からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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必死

信仰の競走を続ける

テーマは 『 信仰の競走を続ける 』 です

【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

駅伝で走る選手たちが何よりも心掛けているのは、早くタスキを次の選手につなぐことです。


お正月になると、多くの人々がテレビを通して箱根駅伝を二日間視聴します。

ハラハラドキドキしながら観ています。

その中で一番心が痛むのは、遅れてタスキを渡した選手たちが泣き崩れる場面ですね。


誰もがいのちを懸けて必死に走ります。

周りを見ながら、休みながら走る選手は 今まで見たことがありません。

全選手が全力で前に向かって走っていきます。






この姿は私たちが信仰に適用しても良い姿です。


私たちには、私たちよりも先に走った信仰の先祖たちがいます。

そして、その先祖たちの前には 私たちの主イエス様がいのちを懸けて走りました。


イエス様からタスキをもらった先祖たちも 必死に走って、そのタスキを私たちに渡しました。

ですから私たちも、それを次の選手たちに渡すために必死に走らないといけないですね。


辛くてやめたくなる時もあります。

疲れて休みたくなる時もあります。

ですから忍耐が必要です。


忍耐できないならば その競争に失敗します。



日本各地でマラソン大会が開かれていますね。

それに参加する人たちはすぐに分かります。

昼でも夜でも街をよく走っています。


夏の暑い時も汗をかきながら走っています。

マラソン大会に参加してゴールするためには 日々体を鍛え、走り続けないと、参加してもゴールまでは とても難しいです。

誰もが本当に必要なものだけを身に着けて走っていました。


競争するのに まとわりつくものがあるならば、どんなに不便でしょうか。

ですから最小限のものだけを身に着けます。



信仰の競走を邪魔するものには何があるでしょうか?


世のものに対する人間の欲、人生の悩み、罪、私たちを縛る様々な規則などです。


これらは私たちにまとわりついて自由を奪い、邪魔をして競争が出来ないようにします。

これらに気をつけないといけないです。






信仰の競走は それらの障害物を乗り越えて、神の所に走っていくことです。


ゴールにはすでに競争を終えて勝利した勝者たちが次の勝者たちを心待ちにしています。


十字架の苦難を乗り越えて その道を走り終えた信仰の完成者であるイエス様が喜びをもって待っていらっしゃいます。


その手には栄光の冠を持ってくださっています。

イエス様は勝利者として神の右に着座されました。



主の弟子ステパノが反対者たちに迫害されていた時に、ステパノは聖霊に満たされ、人々を見ず、天を見つめイエス様を見ていました。

実際に神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見ました。


イエス様は彼が信仰の道を走り終えようとしていることを知りました。

そして迎えるために立ち上がっていました。


これを見たステパノはどんなに嬉しかったでしょうか。

ステパノは主に叫びました。


【使徒の働き7章59節】

主イエスよ。私の霊をお受け下さい。

イエス様こそ、私たちが到達しなければならない目標点です。


そこに行くためには右にも左にも逸れてはいけないですし、そして後ろに退くことがあってもいけないです。



絶えず信仰の競走をする時に疲れることもあります。

それでも聖徒たちは座り込んだり、疲れ果ててしまったりしてはいけないです。


その時にこそ、イエス様がどれほど忍耐しながら私たちに模範を見せて下さったのかを考えながら、自分たちも苦難と逆境を乗り越えるように励まなければなりません。


怠けたい誘惑、走りたくない誘惑、罪からの誘惑によって広い道に戻って行く人も多いです。

一度その道に入ってしまうと、なかなかそこから戻ることが難しいです。


しかし私たちは忍耐して昔のことは忘れて、ひたすら前のことだけを考え、決して後ろには退かず、他の競争者たちと励まし合い、勇気を与えながら共に走れるように最善を尽くすことです。



箱根駅伝一つを見ても、彼らは一年間 毎日多くの距離を走り続けています。

毎日最善を尽くしています。

永遠のいのちが懸かってもいないのに、あのようにいのちを懸けています。



それなのに永遠のいのちが懸かっている私たちが適当に走っていながらも 簡単に永遠のいのちが入ってくると思うならば、それは間違いです。


召して下さった方のことをいつも思いながら、信仰の競走を続けることです。
アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2018.11.3
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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私の癒し主イエス様

テーマは 『 私の癒し主イエス様 』 です

【マルコの福音書5章24-34節】

そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。

ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。

この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。

彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。

「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えていたからである。

すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、 からだに感じた。

イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物に さわったのですか」と言われた。

そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、 それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」

イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。

女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。

そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」

長血の女の癒しは、この箇所だけではなく マタイの福音書、ルカの福音書にも出てきます。

3つの福音書に出て来るということは、私たちに重要なメッセージを伝えていると思います。


まずは、12年間 長血をわずらっていた女の人を見たいと思います。

12年間はとても長い時間です。
肉体の苦しみは言うまでもないですが、精神的な苦しみはそれ以上だと思います。

皆さんが彼女の立場になって考えてみてください。


1日の痛みだけでも苦しみが大きいのに、それが12年間です。

彼女には、やるべきことは全てやりましたが、何一つ報われませんでした。

頼りにしていた多くの医者からひどい目に会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまいましたが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方でした。

残ったものは挫折感と痛みと心の深い傷でした。そして社会生活も出来なくなりました。

それ以上、何もすることもなく希望は消えていきました。

これは多くの人間の姿を現してありますが、自分たちの姿かも知れません。


見た目は何も問題がないように見える人がたくさんいます。
人間関係もよく健康で、家族にも恵まれ、仕事もうまくいくならば、その人は本当に何も問題がないように見えます。

しかし、内面に問題を抱えている人は意外と多いです。

劣等感で苦しむ人、鬱で苦しむ人、自分の性格や習慣で悩んでいる人、妬みや殺意、怒り、さまざまな欲、心の傷、依存症などで苦しんでいる人がとても多いです。

周りの人に言うことも出来ず、1人で悩んでいます。


自分の内面の問題を人に話すことに対して、ためらう人は自分で抱えて日々苦しんでいます。

どのように直したら良いのか分からず、そのままにしておくと心の中は苦しみ、痛みが増していき、悪いものならば、それによって心が腐っていきます。

肉体の病気によって苦しむ人よりも、これらの内面の問題によって苦しむ人の方が 現代は多いかも知れません。

特に若い人は、体は健康なのに 心に抱えているさまざまな問題によって苦しむ人がとても多いです。

それによって自分の人生を失っていく人たちがいます。


長血の女の人も病気で、何もかも全て失ってしまいました。

その女の耳に入ってきた情報がありましたが、それは彼女にとって必要な情報でした。

“イエスという人がすべての病を癒し、死んだ人も生き返らせる”ということを聞いて会いに出かけました。


人々で溢れている所に入って行くのは、彼女にとって とても大変なことでした。
しかし、彼女は自分の傷の痛みをもって勇気を出してイエス様の方に近づきました。

彼女はただ近付いたのではありません。


「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」という信仰を持ちました。
これは大きな信仰です。


なぜなら、それまで彼女は自分の病気を直すため、ワラにでもすがりたいという思いで多くの医者の所へ行きましたが、直るどころか さらに悪くなった状況の中でも お着物にさわることができればと思うことはすごい信仰です。

医者でもないイエス様に対する強い信頼でした。


彼女は最後の希望をイエス様に懸けました。これがとても重要なことです。

病院で何もできず、状態がさらに悪くなると人々は諦めて死ぬしか方法がないと思って諦めます。

また、周りの人も「あの人はそのまま死ぬだろう」と思って黙って見るだけです。

または「そのうち直るかも知れない」と無関心になっていきます。
これは正しいことでしょうか?―― そうではないです。


病気の人も周りの人も1つすべきことがあります。次の箇所です。


【ヤコブ5章14-16節】

あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。

信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。

ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。

なぜ医者を呼ぶようにと言わずに、教会の長老 すなわち教会の代表者を招くようにと言ったのでしょうか?

これは医者が要らないという意味ではなく、優先順位のことを語っています。
医者を呼ぶ前に、 まず神様を求めることを私たちに教えています。


多くの人が問題にぶつかったり、病気になったりすると、神様の中で解決策を探すのではなく、まず世の中で解決策を必死に探してから、すべての希望がなくなった後にやっと神様を求めることが多いです。

それが問題であります。


まずは神様に助けを求めることです。
本人はもちろんですが、周りの信仰を持っている人も癒しのために神様に力を合わせてとりなしをすることです。


オリーブ油というものが出てきますが、古代社会ではそれらのものを治療のために使ったことはありました。

聖書の中で良きサマリヤ人のたとえがありますが、強盗に襲われて半殺しにされ倒れた人を見つけたサマリヤ人は その人に近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで包帯をし、介抱してあげました。

ここではオリーブ油は神の恵みを象徴しています。


神のことばに従って祈る時に、神の恵みが注がれます。 癒されるために必要なのは、神に信頼する信仰です。


医者に頼っても医者も人間ですから限界があります。

苦しみの中で夜通し泣いても何の解決にもなりませんし、人に訴えても何もしてもらえることがありません。

悩んでも何も良いことがありません。


重要なのは、必死に神を求めて祈っているかです。クリスチャンにとって これはとても大切なことです。

癒す力がある神様、力ある神様を無視して 力もない人間に助けを求めることが神の御心に適っているでしょうか。


神様は助けと癒しを求めて主のところに来る人を喜びます。


その人たちに神様はどのようにしたでしょうか。長血をわずらった女の人に何が起こったでしょうか。

着物に触った途端に、すぐに血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことも彼女自身の身体に感じ、
そしてイエス様も自分のうちから力が出て行ったことを感じました。

イエス様は彼女の信仰を見て、彼女の信仰による行動を喜びました。

そして彼女に対して「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」と優しく語って下さいました。


イエス様は彼女の肉体の病気だけではなく、心の病も癒し、そして主の家族としても受け入れ、救いを与えて下さいました。

この癒しは イエス様1人だけで出来たのではありません。
彼女の勇気と、イエス様に対する信頼がなかったならば、彼女は決して癒されなかったでしょう。

聖書のほかの箇所でも同じようなことがありました。


【マルコの福音書6章55-56節】

そのあたりをくまなく走り回り、イエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運んで来た。

イエスが入って行かれると、村でも町でも部落でも、人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。

癒しを求めている人々の必死な姿と彼らの信仰をここで見ることができます。

少しだけ祈ってから「こんなに祈っているのに、なぜ癒してくださらないのですか?」と文句を言うクリスチャンが多いです。

悩む時間は長いですが、祈る時間はほとんどありません。


「イエス様の着物をさわることでも出来ればきっと直る」という信仰を持ったこともなく、祈っても何も変わらないという不信仰だけは強いです。

「神様は何もしてくれないから祈らない」と言う人もいます。

残念ながら、そのような人は神様がどんなに力が強く、癒し主であっても自分の不信仰のために癒されることはありません。

イエス様が癒された長血の女の人にはっきりと「あなたの信仰があなたを直したのです」と言ったからです。


次の箇所にも癒しの内容があります。


【マタイの福音書9章27-30節】

イエスがそこを出て、道を通って行かれると、ふたりの盲人が大声で、「ダビデの子よ。私たちをあわれんでください」と叫びながらついて来た。

家に入られると、その盲人たちはみもとにやって来た。イエスが「わたしにそんなことができると信じるのか」と言われると、彼らは「そうです。主よ」と言った。

そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われた。

すると、彼らの目があいた。イエスは彼らをきびしく 戒めて、「決してだれにも知られないように気をつけなさい」と言われた。

私たちの信仰と祈りがイエス様の癒しの力と1つになる時に奇跡が起こります。

「何でも癒してくれますか?どれくらい祈ったら良いですか?」と聞く必要はありません。

癒された人たちは、そういうことをイエス様に聞くことはしないです。


結果がどうなるのか、いつになるのかということに心が取られるのではなく、「きっと直る」という信仰が必要です。

自分が癒されたいならば「イエス様の着物にでもさわりたい」と必死に思いながら、「主よ。私をあわれんで下さい」と叫び続けることです。

「どうでもいい」と思う人に、主は力を現わすことはできません。
その人の不信仰がイエス様の力を拒否するからです。


主が癒し主であることは誰も否定できません。


【マタイの福音書9章35節】

それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。

イエス様の御前に身体の病気、心の病気、傷の診断書を持っていき癒してもらい、心も体も健やかな者になることを主の御名によって願います。
(*´∇`*)

2015.2.15
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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