からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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平和

聖徒の霊的生活とは

テーマは 『 聖徒の霊的生活とは 』 です

【ピリピ3章17ー21節】

兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。

というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。

彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。

けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

聖徒とは、キリストがご自身の血の代価を払って買い取り、“神の所有とされた人たち” の事です。


聖徒は 天国の国籍を持っている 天国の市民です。

天国の市民として、この地上で生きていくためには、以前とは違う生活が要求されます。


キリストに見習う生活、キリストのための生活、キリスト者として より成熟した生活です。


それらの生活は聖徒の霊的生活ですが、具体的にどのようなことかを 今回は学びます。




キリストに見習う生活




キリストは、神である方が “人間を罪から贖う目的” を持って 人間になられました。

そのために支払った犠牲はすごいものでした。


その犠牲の愛と、十字架の死と復活を信じて救われた人が、今度はキリストに見習う生き方をしなければなりません。


天国の市民になったならば、すでに地上でも それにふさわしく生きるのは当然だと思います。

聖徒にふさわしく生きるために、キリストに見習うべきことは色々ありますが、絶対外せないものがあります。


それは、「 聖、愛、真理 」です。


 聖 について 


【第1テサロニケ4章3ー5節】

神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたが不品行を避け、

各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、

神を知らない異邦人のように情欲におぼれず、

【ヘブル12章14節】

すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。


 愛 について 


【第1ヨハネ4章7ー8節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

【第1ヨハネ4章16節】

私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。


 真理 について 


【第1テモテ2章4節】

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

【第3ヨハネ3ー4節】

兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。

私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。

聖徒であっても真理に歩んでいないと、あっという間に真理とは反対の道を歩みます。

そして十字架の敵として歩みます。


すなわち真理を愛さない、信じない、真理に逆らう、真理から耳をそむけることになります。

そして道に迷い、サタンのわなに陥り、惑わされてしまいます。


真理の中を歩むことは、“キリストの中で歩むこと” です。




霊的競走に励む生活




聖徒は天国を目指して歩む人たちです。


オリンピックの陸上競技に出場する選手たちは、どんなに苦しくても日々訓練し、そして試合に出ると決められた道を全力で走ります。


そこには怠ける姿勢も、言い訳も、諦めることもないです。

体の調子が悪くてもやります。

たとえ最下位になっても、ゴールに向かって全力を尽くします。



天国を目指す人がゴールまで辿り着かないならば どうなりますか?


入れないのはもちろんですが、地獄行きになります。

これだけは避けないといけないです。


(人生・いのち は) 1回限りの競走であることを知らないといけないです。


【ピリピ3章12ー14節】

私は、すでに得たのではなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

霊的競走は決して楽ではないです。

様々な邪魔や誘惑もあります。

それでも足を止めて やめてはいけないです。


なぜならば理由があるからです。


【ローマ8章18節】

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

先にあるものがあまりにも素晴らしいものですから、それを思いながら競走に励むことです。




霊的戦いの生活




この世には、目に見えない霊的戦いが絶えずあります。


見える世界の裏にある “見えない世界での戦いが より厳しくて激しい” です。


見える世界も見えない世界も造ったのは神です。


暗闇の世界では サタンと悪霊がつねに働き、彼らは悪いことしかしません。


神に敵対し、信じる者の信仰を邪魔して信仰から離れさせ、神から離れさせ、滅ぼすためにいつも働きます。

信じない者はすでにサタンに支配されています。


サタンは、信じる者に対して戦いを挑んでくるので、聖徒はそれに対して霊的戦いをしないといけないです。


【エペソ6章11ー13節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

【ヤコブ4章7節】

ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

【第1ペテロ5章8ー9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

神は霊的戦いを避けるように、そして逃げるようにとは一度も語ったことがありません。

この戦いは、“立ち向かって勝利” するように命じられています。


イエス様は悪魔に勝利した方です。


悪魔が持つ死の力を打ち破って、復活したことでサタンに勝利しました。



主のことば通りに、神の全能の力と神の武具を着けて、恐れず悪魔に立ち向かうならば必ず勝利します。


聖徒はこのような生活をするように召されていることを自覚して、その生活をしていきましょう。


礼拝に参加するだけで、信仰生活をしていると錯覚しては困ります。

キリストが「しなさい」 と言われたことを していくのが 信仰生活です。


キリストを愛するならば、キリスト中心の生活になります。
(。・ω・)ノ゙


2017.9.24
聖日礼拝メッセージ

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隣人への義務

テーマは 『 隣人への義務 』 です

【マタイの福音書22章39節】

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

先週は、“神への義務” に対して学びました。

今週は、“隣人への義務” に対して学びます。


隣人とは、隣に住んでいる人の事ではなく、自分以外の すべての人であると解釈するのが聖書的です。


『 神への義務 』 が1番優先であり、次に優先になるのが、『 隣人への義務 』 です。

私たちは 『 隣人への義務 』 があることも知らずに生活していますが、主は隣人への義務も 私たちに与えておられます。


どのような義務があるでしょうか?




隣人を愛すること




愛することを 『 義務 』 ではなく、“選択” だと思っていますか?


私たちが “選択” と思っても、神は 隣人への 『 義務 』 として与えました。

隣人を愛することを、一番わかりやすく説明して下さったのは、イエス様でした。


ルカの福音書10章には、“良きサマリヤ人のたとえ” があります。


強盗に襲われて、半殺しにされている人がいました。

その道を、主に仕える祭司、そして レビ人が通りました。

しかし、彼らは 倒れた人を見ると、何もせず反対側を通り過ぎました。


その後、サマリヤ人が通りました。
サマリヤ人は彼を見て、かわいそうに思い、傷の手当てをして彼を運び、介抱して面倒を見てあげました。


このたとえを語った後に、イエス様は 『この三人の中で だれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。 』  と聞きました。


律法の専門家が、「その人に あわれみをかけてやった人です。」と 答えると、主はすぐに 「 あなたも行って 同じようにしなさい。」 と語りました。


同じことをするのが、隣人を愛する人の姿です。


多くの人は 見知らぬ人を助けることに戸惑いを感じ、そして巻き込まれたくないと思って、かかわりを持たないです。

それは正しいことではないです。


もし倒れた人が自分の家族ならば どうしますか?

そのまま通り過ぎることはあり得ないですね。


力を尽くして助けると思います。

今も困っている人を見て、自分のことのように助ける人がたくさんいます。


そこにあるのは隣人を愛する心です。“無関心” ではなく、“関心” があります。


困っている人に 憐れみと慈悲の心で 手を差し伸べるのが 隣人への愛であり、神がするように命じた義務です。


このような言葉もあります。


【箴言14章21節】

自分の隣人をさげすむ人は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ。

【箴言14章31節】

寄るべのない者をしいたげる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。



隣人を騙してはいけない




【箴言11章1節】

欺きのはかりは主に忌みきらわれる。正しいおもりは主に喜ばれる。

不正な商売行為は、社会の基本秩序を破壊する行為です。

悪徳商人たちは、昔から今に至るまで 不正な方法をたくさん使って 金儲けをしました。


これは隣人の財産を盗む行為でもあります。

律法でも、神は はっきりと このことに対して定めておられます。


【申命記25章13-16節】

あなたは袋に大小異なる重り石を持っていてはならない。

あなたは家に大小異なる枡を持っていてはならない。

あなたは完全に正しい重り石を持ち、完全に正しい枡を持っていなければならない。あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたが長く生きるためである。

すべてこのようなことをなし、不正をする者を、あなたの神、主は忌みきらわれる。

日本は商売で不正をする人は少ないと思いますが、不正が当たり前のように行われる国も多いです。

お金のために平気に不正を行います。


神は不正な商売をしようとする者たちに向かって、預言者を通して 次のように警告しました。


【アモス書8章5節】

あなたがたは言っている。「新月の祭りはいつ終わるのか。私たちは穀物を売りたいのだが。安息日はいつ終わるのか。麦を売りに出したいのだが。エパを小さくし、シェケルを重くし、欺きのはかりで欺こう。

隣人から 不当な利益を得るのではなく、むしろ隣人に益をもたらすのが “隣人への義務” です。

商売しない人でも、隣人を騙すことは罪であり、信頼を裏切ることです。




隣人と平和を保ちなさい




【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

平和のために努力するのが 隣人への義務です。


次の箇所に、平和のために努力すべき内容があります。


【ローマ12章17節】

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が好いと思うことを図りなさい。

【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

このようにして 隣人との間に、平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

“自分に関する限り ” ということばがあるのは、すべての人と平和を保つことが、いつでも可能なわけではないからです。


それは 完全な愛を持っている人もいないですし、人間はまた 弱さをたくさん持っていますし、この世は罪に満ちているからです。


人間同士 争いも本当に多いです。


【ヤコブ4章1節】

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

世界でも、戦いが好きで、平和を壊す者たちの働きが とても多いです。

イスラム過激派の無差別な攻撃で 平和が一瞬にして消えます。


近所に わざと嫌がらせをして、人々の日常の平和を壊す人たちもいます。


神はすべての人々が平和の中に生きることを願いますが、人間の欲望が原因で、争い、戦争は絶えず起こっています。


しかし自分に関する限り、すべての人と平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

イエス様は 平和を造った方でした。


【コロサイ1章20節】

その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったのです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

主は、次のようにも語りました。


【マタイの福音書5章9節】

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

隣人への非難、悪口、分裂を起こす者は 平和を壊す者です。


平和を保つためには、相手に対して関心、受容、愛が必要です。
(*´ -`) (´- `*)


2017.8.27
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自分の内面を美しく変えるために

テーマは 『 自分の内面を美しく変えるために 』 です

【第1ペテロ3章8-12節】

最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。

悪を持って悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。

「いのちを愛し、幸いな日々を過ごしたいと思う者は、舌を押えて悪を言わず、くちびるを閉ざして偽りを語らず、

悪から遠ざかって善を行い、平和を求めてこれを追い求めよ。

主の目は義人の上に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者に立ち向かう。」

人に対する評価は色々ありますが、その中でも “心が汚い、腹黒い、二重人格者” などは、とても嫌な評価で、人から聞きたくない評価です。


しかし そのようなことばは、本人には直接言わないですが、陰で言われる人もいて、本人だけが知らないことも多いです。


皆さんは自分に対してどのような評価をしていますか。
周りの人からどのような評価を受けましたか。

陰の評価も気になりますか?


人間の内面に対して聖書ほど精通している本はありません。


今回の本文は、私たちの内面をどのように変えるべきかを教えています。

大切な教えです。


イエス様を信じる人は、何よりも内面を変えないと生まれ変わったとは言えないです。


生まれ変わった人は、内面が変わりますので それによって分かります。


神様が私たちに願うのは、日々新しくなることと聖くなることです。

それは内面の変化を意味します。


今回は、みことばを参考にしてどうやったら内面を美しく変えられるかを考えようと思います。





・親切、同情心、愛、あわれみ、謙遜な心を持つ人になる




時代と共に人間も変化してきました。

しかし良い方向ではなく、悪い方向に変わって来たことを日々感じています。


日々 よく聞くことばに、いじめ、虐待、暴力、殺人、無関心、テロ、自爆、イライラ、むかつく (=腹立つ )、など とても嫌なことばがニュースに流れます。


これは人間の内面がどれほど荒れ果てたかを見せてあります。醜い姿です。


その人生には いばらとあざみが生えています。

決してそういう姿になりたいとは思いません。


“ いのちを愛し、幸せな日々を過ごしたい ” と思う人は、違う心を持たないといけないです。


四つの畑のたとえが聖書にありますが、良い実を結んで祝福された畑は1つだけで、それは良い地でしたが、それ以外の畑は 実が結ばれませんでした。


きれいな心は良い地で、このような心でなければ、いのちの泉も幸せの花も咲かないです。


親切、同情心、愛、あわれみ、謙遜は良い地です。


内面を このような良い地にしないといけないです。


自分たちの内面を良い地に変えるために、クリスチャンはまず自分の身分が何かをきちんと認識することです。


なぜならば、それによってモチベーションがはっきりするからです。



【第1コリント6章19-20節】

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。

  • 自分の体は聖霊の宮であること
  • 自分は神の栄光を現すために存在していること
  • 自分は将来キリストの花嫁になること

このような身分と立場であることを常に認識することです。


そのモチベーションを持って、自分の内面を変えるために取り組むことです。


「聖霊がおられるところを汚して良いのか?怒りや高慢、憎しみで満たして良いのか?」と自分自身に問うことです。


そして、“ イエス様ならばどうするのか ” を考えて、主から学び、行動していくうちに私たちの内面から石や雑草などが取り除かれて、きれいな良い地に変わっていきます。


主の中で、主と共に歩みながら、すべてのことを いつもイエス様と関連して考えることです。


イエス様が人々に対して見せた親切、同情心、愛、あわれみ、謙遜などをそのまま真似をすることです。


実際に行動していくと、確実に生き方が変わっていくことを体験しますし、祝福も体験します。

良い心で行動することで、自分の中も平安ですし、人間関係も良くなっていきます。


嘘ではないので、「出来ません」とは言わないで、試して見ることです。

共におられる聖霊様も私たちが行動する時に助けて下さいます。


聖霊様が一番喜んで助けて下さる時は、私たちが変わろうとする時です。

なぜならば私たちの中で大変つらい思いをしているのは、聖霊様だからです。


なぜなら私たちの心が悪い状態の時は、心の中がPM2.5よりもひどい状態になるからです。

汚い空気のような状態の中で聖霊様がいないといけないことは大変つらいことです。


心の内面を変えることは、心の空気がきれいになることなので、聖霊様は喜んで助けて下さいます。





・祝福を与える人、平和をもたらす人になる




【第1ペテロ3章9節】

悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。

「目には目で、歯には歯で」という思いが人間の中にはあります。


悪いことされたら復讐したい強い意志が出ますが、神様はそれを認めていないです。
同じことをすると同じ人間になってしまいます。


被害者の立場であっても、神は私たちが悪を行ったり、罪を犯すことを願いません。


祝福を与えるために(私たちを)選んだのに、罪を犯すと神はその人を祝福することが出来なくなります。

私たちが主のことばを聞いても素直になれず、心をかたくなにすることが多いので繰り返し語っておられます。

さらに聖書のことばを開きます。



【マタイの福音書5章44-45節】

しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。


【ルカの福音書6章27-28節】

しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。

あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。


【ルカの福音書6章35節】

ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。


【ローマ12章17-21節】

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」

もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

神様が敵に対しても、悪を行う者に対しても、祝福しなさいと命じた理由も きちんと話して下さいました。


神様ご自身が神に敵対するものに対しても そのようにしているからです。


ですから 神のこどもであるならば、当然のように神の方法でしないといけないです。

そして神様は、私たちに裁きの権限を与えていないので、私たちが自らの手で復讐をすると、神の権限に逆らう罪を犯すことになるので、かえって祝福するように言われました。


祝福する行為は、“赦す” ことを意味します。


赦さないと心が病みますし、サタンがその中で働くので心が守れなくなります。

聖霊も悲しみますので祝福もないです。
何も良いことがないので祝福しないと言われています。


祝福すると自分に祝福がくるからです。



【マタイの福音書5章9節】

平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるから。

このように人を祝福することは平和をつくることです。


神の子どもは平和をつくる人で、悪魔の子は平和を壊す働きをします。

分裂、分派、破壊行為を平気にします。


ISがやっていることをみると悪魔のやり方です。

平和を壊し、人のいのちを奪い、人を不幸しています。


もし私たちクリスチャンがそのような行動をするならば、それが神に栄光をささげることになるでしょうか?


人とは違う 次元の高い生活をする時に、人々は自分たちの行動を恥かしく思い、神をあがめるようになります。


私たちは古い人をキリストと共に十字架につけたと前回のメッセージで聞きました。
前回のメッセージはこちら

ですから古い人の内面を持ったまま生きることは出来ないです。


必ず新しく美しく変わった内面で生きなければならないです。

主の命令でもありますので、これは全員に言えることです。


変わらないと主のこどもと認めてもらえないです。

心が良い地である、内面の美しい人を目指して努力しましょう。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚


2016.1.17
聖日礼拝メッセージ

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新しい人の日常生活とは

テーマは『 新しい人である聖徒の日常生活 』です。

【コロサイ3章5-17節】

新しい人と古い人の姿が書かれてあります。

● 古い人―罪の支配を受けている人(神を信じる前の姿)
● 新しい人―キリストと共に十字架につけられ、キリストと共に生きている人(罪から分離された人)

この地上で信じる人と信じない人は一緒に生活をしていますが、身分は違います。
地上の闇、天国の市民です。

クリスチャンはそれにふさわしい生活をしていかなければならないです。

【コロサイ3章5節】

殺さなければならないものです。内側にあるもので、これは育つと実を結んでしまいます。
欲が大きくなってしまうと殺すことが難しくなりますので、欲が小さいうちに殺しましょう。

【コロサイ3章8節】

捨てなければならないものです。持ったままでいると汚されていきます。
日々捨てなければならないです。綺麗になるために捨てて、新しい者にならなければいけないです。

【コロサイ3章9節】

神の子ならば、神の国の言葉を使いなさい。
平気で嘘を付くのは、偽りの父・サタンの支配を受けていることになります。
偽りを言うなら黙っていた方が良いです。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

【コロサイ3章12-14節】

これは身につけなければならないものです。
聖徒は神様から日々愛と許しを受けているので、自分達が救われています。
だからその愛を持って、兄弟姉妹たち&人々を愛する人にならないといけないです。

【コロサイ3章15節】

感謝をすると周りの人と調和できる生活になります。感謝なしには仲良くはできないです。
感謝は神様からもらわないとできないことであります。キリストの平和です。
日々の生活で求めなければならないです。
自分に愛が無いのなら、そのままにするのではなく求めましょう。

【コロサイ3章16-17節】

偽りを捨てて、キリストの言葉を入れます。使う言葉を変えましょう。
キリストの言葉を語るならば、人々がその言葉によって生きるようになります。
私たちが生きるために、成長していくためにキリストの言葉をたくさん自分達の中に
住まわせなければならないです。

悪いものを捨てて、良いものを取り入れ、日常生活で実践しましょう。 (・∀・)つ

2012.5.6
聖日礼拝メッセージ

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いと高き所に栄光が、地の上に平和が

テーマは 『 いと高き所に栄光が、地の上に平和が 』 です。

【ルカの福音書2章11-14節】

今の世の中を見て平和だと思いますか?
戦争がないと、平和のように見えます。ですが、よく見ると本当の意味で平和ではないです。
誰もが平和になって欲しいと願いますが、争いと戦争、殺し合いの中で私たちが生きているのを考えるならば、
毎日が不安や恐れでいっぱいだと思います。

国と国、民族と民族が争いを引き起こして、平和が消えていきます。人間が造り出す平和はないです。

エデンの園は平和な場所でした。しかし、そこにあった平和も人間が壊してしまいました。
人間に欲が出てきて、自分が神のようになりたいという思いを持って神様に逆らった為に、
神様との関係が壊れました。それは平和の関係が壊れたことを意味します。

その後、アダムとエバ、カインとアベルの4人家族の中で殺人が起きました。
兄・カインが、弟・アベルを殺し、平和が消えていきました。
人間が小さな理由で、自分の兄弟であっても憎んで殺してしまいました。

その後、(人間が)それぞれ勝手に生き、そして人間が企んだことは神のようになりたいと
バベルの塔を建てました。それによって神様を怒らせ、言葉が通じなくなるようにしました。
人間同士が繋がらなくなりました。それによって平和が無くなりました。

心の中で平和を願いながら、人間が平和を潰していきました。

そのような時に、イエス様が地上に来られました。その時、今回のテーマとなった言葉がありました。
「今はクリスマスだから楽しもう~!」という人達は世界中にたくさんいますが、
「その日って何の日?キリストは何の目的で地上に来たの?」と、知らない人のほうが多いです。

キリストが来られた目的を知っている人は、キリストが来られたことが自分にとって、
どれほど祝福なことなのかがわかっています。

神様が栄光を受ける時というのは、すべてのものは神様が計画をしています。
それが成就された時に、神様は栄光を受けます。

人間にとってキリストはどういう意味があると思いますか?

「キリスト教の教祖ですか?」――― そういうものではないです。

全世界の人に平和をもたらす為に来ましたが、その平和がどういう内容になっているでしょうか。
イエス様が地上に来られた目的を学んでいきます。


① 【ルカの福音書5章31-32節】

イエス様が一番関心を持っていたのは、罪人です。
人は皆、生まれた時から罪人でした。自分の思い通りのままに生きている姿がすごくたくさん出てきます。

「私は心の中でも罪を犯したことはないです。」というのは大嘘つきであります。
ですから、罪人を悔い改めさせる為にイエス様は来られました。

しかし、自分は正しい者ですと言う人は、残念ながら悔い改めるチャンスを得ることがないです。


② 【マタイの福音書20章28節】

人間の欲の1つは支配欲です。成功したい、人の上に立ちたい。自分に仕える者をたくさん作りたい。
ですが、イエス様が地上に来られたのは、人に仕えるためであります。
それも、小さな見せかけの働きではなく、命までも与えて仕えたいということであります。

世の中に平和がないのは、人々にとって周りの人がライバル・競争相手であり、他人の足を引っ張ってでも
上に立ちたいという思いがあるので争いが消えないです。

みんなが身を低くしているなら(これは奴隷という意味ではないです。奴隷は自分の意思ではなく、
無理やり買い取られて主人に仕えなさいということであります。)
しかし自ら身を低くして「わたしはあなたに仕えます」というのは、人に仕えるのがどれほど素晴らしいことなのかを
知っている人です。

私たちが尊敬をする人は、人に仕えた人達です。
高い地位に就いて、周りの人に命令をして「わたしに仕えなさい。」と言う人は、地位を得るかも知れませんが、
尊敬する気持ちにはならないです。そういう人は周りの人から愛されることはないです。

しかしイエス様は人を支配することは一度もありませんでした。
イエス様の弟子たちは「上に立ちたい」という思いで争いがありました。
その時にイエス様は話を聞き、弟子たちを戒めました。
《 人の上に立ちたい者は、まず仕える者になりなさい。》 と、語りました。

イエス様は徹底的に 人に仕えました。弟子たちの足までも洗いました。
仕える時に、喜びが返ってきます。


③ 【ルカの福音書4章43節】

福音を伝えることは、神様のみこころであります。

人間が勝手に判断するのは、みこころではありません。神様が教えなければわからないことです。
神の御子であるイエス様は誰よりも神様のみこころを知っているお方であります。
そしてその福音を私たちに伝えるために来ました。

イエス様はご自身のことを一言でこのように語りました。
「わたしが道であり、真理であり、命です。」
私たちはそれが必要であります。

  • 道・・・天国への道であります。天国へ行くために、どの道を歩いたら良いのかを導いてくださいます。
  • 真理・・・正しい道であります。変わることがない真理の道は、イエス様ご自身が福音です。
  • 命・・・肉体の命だけではなく、永遠の命です。

④ 【マタイの福音書5章17節】

律法を完成させる為にイエス様が来られました。
律法は世の中の法則とは違います。神様を信じる者たちへの、天国の法律です。

愛が私たちの間にあるならば、私たちは無理して律法を守ろうとする必要はないです。
神様を愛するならば、私たちは喜んで主に仕えることができます。
本当に愛するならば、相手のために生きるのです。自分のことを全部犠牲にしていても、
命まで捨ててでも、相手を大事にするのが愛であります。

愛と言いながら相手を苦しめるのは、愛ではないです。それは愛の仮面を被って、悪を行うことであります。


【ガラテヤ5章13-15節】

神様が私たちに願っていることです。
イエス様によって私たちが得たものは、どれほど素晴らしいものなのかを知らなければならないです。
「主は、私にこういうものを与える為に来てくださったんだ。」 と毎年クリスマスの時期に改めてそのことを
考えることです。そうすることによって、イエス様と自分の関係が より密接な関係になっていきます。
「このお方こそ、私の人生になくてはならない方であるんだ。」 ということがわかると思います。


今回、イエス様が来られた目的を学びました。
罪人たちが必ずイエス様に会わなければならないです。
イエス様から罪の悔い改めのチャンスをいただくことができます。
そして、イエス様は命をかけて私たちに仕えてくださいました。
イエス様は天の御国の福音を伝えてくださいましたし、律法を完成させてくださった神様、
律法の根本的な精神が何かをイエス様は私たちに教えてくださいました。

これがイエス様が地上に来られた姿であり、目的であります。アーメン (・∀・)つ

2012.12.23
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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