からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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宣教

宣教は霊的戦いから始まる

八戸ノ里キリスト教会より ワンコイン英会話教室のお知らせ

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
聖日礼拝メッセージ

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使徒の働き29章は 私たちの働き

テーマは 『 使徒の働き29章は 私たちの働き 』 です

【使徒の働き28章31節】

大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

本文のことばは、パウロの働きが書かれてあります。

彼は、訪ねて来る人たちを みな迎えて朝から晩まで語り続けました。


パウロは主に出会ってから伝道を始め、死ぬまで伝道のために いのちをささげました。


使徒の働きは 主の復活の後に 弟子たちが聖霊を受けて、イエス様から受けた命令に従って 人々に福音を伝えていく姿が記録されてあります。



どのようなことがあったのかを学びたいと思います。


使徒の働きは、聖霊を受けた使徒たちの 新しい働きから始まりました。


ペテロが他の弟子たちと立ち上がって、民に向かって初めてのメッセージを伝えたことで新しい時代が始まりました。

使徒の働きの時代です。


ペテロは大胆に福音を語りました。

キリストが救い主であり、メシヤであることを伝えました。


それによって何が起こったでしょうか?




最初の悔い改めが起こる




福音を聞いた人々は、使徒たちに次のように聞きました。


【使徒の働き2章37節】

「私たちはどうしたらよいでしょうか」

それに対して、使徒たちは このように答えました。


【使徒の働き2章38節】

「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

そのことばを受け入れた者はバプテスマを受けました。

その数が三千人でした。彼らは弟子に加えられました。




最初の奇跡は3章に




生まれつき足のなえた人が、ペテロとヨハネによって完全に癒され、その人は歩くことが出来ました。


癒しの奇跡のためにペテロはこのように言いました。


【使徒の働き3章6節】

「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。」



最初の迫害




最初の迫害は、大勢の人が信じることで危機感を感じた祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人によって起こりました。

彼らは 使徒たちにこのように言いました。


【使徒の働き4章18節】

「いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない。

このように厳しく命じました。




最初の執事たち




最初の執事たちが選ばれました。


信じる者が増えることで、問題も色々起こりました。

それらの問題を解決し、教会の働きをするための働き人たちが任命されました。


その時に、使徒たちは このように言いました。


【使徒の働き6章4節】

私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」



最初の殉教者




最初の殉教者が出ました。


7人の執事の1人である聖霊と知恵と恵みと力に満ちたステパノが、敵意と妬みを持っていた人たちが投げた石に殺されました。


死んでいくステパノはこのように祈りました。


【使徒の働き7章59、60節】

「主イエスよ。私の霊をお受けください。

主よ。この罪を彼らに負わせないでください。



最初の異邦人の回心




神様は わざわざペテロに幻を見せて、彼を百人隊長コルネリオの家に遣わしました。


ペテロはそこで福音を語り、集まった異邦人たちが聖霊を受け、救われました。




最初の使徒の殉教者




使徒の中でも最初の殉教者が出ました。

ヘロデ王がヤコブを剣で殺しました。


しばらく立たないうちに 神がヘロデ王を打ったので、彼は虫にかまれて死にました。




宣教に対する最初の召命




アンテオケの教会で、パウロとバルナバが神の命令によって 異邦人宣教のために召命を受けました。


彼らは異邦人宣教のために すぐに出かけました。

このようにして福音は、エルサレムから全世界に広がるようになりました。


弟子が弟子を作り、彼らが福音を伝えることで、今も使徒の働きは続いています。

神の弟子たちへの使命です。


【マルコの福音書16章15節】

「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

そこで彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えました。

主は彼らと共に働き、みことばに伴う しるしをもって、みことばを確かなものとされました。



私たちが弟子たちのように福音を伝えていく時に、主は 今も共に働いて下さいます。


使徒の働き29章は、実際に聖書にはないですが、使命を受けた私たち1人1人の働きが書かれなければなりません。

そして、その29章は、主の再臨の時まで続きます。


再臨の後は主の裁きの時ですから、その時は救いのチャンスはありません。


神は、私たちの働きによって一人でも多くの人が救われることを願い、また神の国が広がることを願っておられます。


アーメン (・∀・)

2018.7.1
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聖書に現われた宣教

テーマは 『 聖書に現われた宣教 』 です

【詩篇67編5節】

神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。

宣教の働きなしに人々が神のことばを聞くチャンスはあまりありません。
つまり、伝える人がいないと、誰も神のことばを聞くことが出来ないです。

宣教は神の言葉を伝えることであります。

私たちは宣教のことを考えると、宣教は新約時代になってからのものだと思いますが、
決してそうではなく、宣教は旧約時代から神様の計画であり、そして実際に宣教活動もありました。

今回は宣教がどこから始まったのかを学んでいこうと思います。




(1)宣教はどこに根拠を置いているのか?




神様は天と地を造り、全世界のすべての主権者であります。

そして神様は1人の人を選びました。
それは信仰の先祖・アブラハムです。

一番初めにアブラハムに語った言葉に世界宣教の計画があります。


【創世記12章1-3節】

主はアブラハムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。

そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。

あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」

3節の「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」は何を意味しているでしょうか?

罪によって死ぬしかない人類が、アブラハムの子孫であるイエス・キリストによって救いを受けるという霊的祝福を暗示しています。


イエス様はアブラハム、ダビデの子孫であります。
(このことはマタイの福音書1章1節に“アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。”と書かれています。)

それを見ても分かるように、神様がアブラハムに与えた計画を完成させたのが、イエス・キリストであります。


イエス・キリストは天から地上に来られて 罪の中にいる人々を救うため十字架にかかるために来てくださいました。

そして死んでいる者はみな救われるという言葉が聖書に書かれています。


【ガラテヤ3章7-9節】

ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。

聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、「あなたによってすべての国民が祝福される」と前もって福音を告げたのです。

そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。

8節に“福音”ということばが出てきます。
アブラハムの子孫だけではなく、信仰による者たちは たとえ異邦人であっても救いを受けるのです。


ですから神様の宣教の計画は、旧約時代から既に始まっていました。




(2)詩篇にある世界の救いの約束




詩篇は祈り・賛美だけが書かれている箇所ではありません。

神様の預言のことばがたくさん書かれています。そしてその中に救い・宣教の計画が175回も出てきます。


詩篇67編は“宣教師の歌”と言うほど全世界に福音が伝えられることを願っています。

私たちが人々の魂を導きたいなぁと思うならば、この祈りが必要であります。


【詩篇67編1-7節】

どうか、神が私たちをあわれみ、祝福し、御顔を私たちの上に照り輝かしてくださるように。セラ

それは、あなたの道が地の上に、あなたの御救いがすべての国々の間に知られるためです。

神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。

国民が喜び、また、喜び歌いますように。それはあなたが公正をもって国々の民をさばかれ、地の国民を導かれるからです。セラ

神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。

地はその産物を出しました。神、私たちの神が、私たちを祝福してくださいますように。

神が私たちを祝福してくださって、地の果て果てが、ことごとく神を恐れますように。

私たちは全世界の民が救われることを願って、このように祈りをしていかなければならないです。


宣教は たましいが救われるための最初の一歩が “祈り” であります。

なぜなら人間の力では、たましいを救うことができないからです。
私たちは伝えることは出来ますが、その中でたましいに触れるのは聖霊様であります。

ですから私たちは まず神様にたましいが救われることを祈る必要があります。
祈るならば神様は働きます。神様の力ある御業を現してくださいます。


詩篇に書かれている世界の人々への救いの約束のことば175個をすべて紹介することは今は出来ませんが、少しだけ伝えようと思います。


【詩篇47編9節】

国々の民の尊き者たちは、アブラハムの神の民として集められた。

範囲が全世界であります。アブラハムの神の民ということは信仰を持って救われる人々の姿です。


【詩篇68編32節】

この世の王国よ。神に向かって歌え。主に、ほめ歌を歌え。セラ

【詩篇96編7節】

国々の民の諸族よ。主にささげよ。栄光と力を主にささげよ。

神様は 世界と人間を造りましたので1人も滅びることなく、イエス様を信じてたましいが救われ 天の御国に入ることを願っておられます。

しかし、実際に世界は今どのようになっているでしょうか。
神のみこころとは違います。


神様が救いの計画を持っておられても多くの人々は偶像の神々に仕えながら滅びに向かっています。


先日、民族博物館へ行きました。地域の人々の暮らしも展示されていましたが、そこには必ず宗教というものがありました。人間が作り出した神々がどれほどたくさんいたかわかりません。大きいものもあり、小さなものもあり、形も様々でした。

カナンの部族が偶像崇拝をします。エジプトの民たちも偶像崇拝をします。
人々はそこで神々を造り、祭壇を築いて 日々拝むのです。


偶像に仕える者たちの姿を、神様はどのように見ているでしょうか。次の箇所です。


【詩篇97編7節】

偶像に仕える者、むなしいものを誇りとする者は、みな恥を見よう。すべての神々よ。主にひれ伏せ。

人間は神を知らないと、こんなに無知であり愚かな者であるのか。
偶像を拝むことによって滅びを受けるのに、そのことに気付かず いつまでこういうことをしているのだと神様は見ておられます。




世界には70億人くらいが住んでいます。

人々はどのような宗教を信じているのか見てみましょう。


キリスト教が一番多いですが、それはカトリックとプロテスタントが合わさった数であります。
カトリックの中には異端的なものがありますので、果たしてその中でどれだけ救われるかは分からないです。

プロテスタントの中にも 死んだような教会がたくさんありますので、その中でも真理を正しく知って聖霊を受けて生まれ変わった人がどれくらいいるかは本当に分かりません。


  • キリスト教―― 20億人
  • イスラム教―― 11億9000万人
  • ヒンズー教―― 8億1000万人
  • 仏教―― 3億6000万人
  • ユダヤ教―― 1400万人
  • その他の宗教―― 9億1000万人

イスラム教がすごい勢いで広まっています。なぜなら海外に出て行き命を懸けて伝える人が多いからです。
ヒンズー教はインドの人口が多いので信じている人が多いです。インドには神々と呼ばれているものがたくさんあります。仏教は東南アジアなどに信じる人が多いです。


このように神を信じない人の方が多いです。救われている人はその中に何人いるでしょうか。

イエス様が全世界を見て嘆きました。救われている人は少ないと語りました。神様から見たらそれは心が痛くなることであります。


ですから、私たちは時が良くても悪くても福音を宣べ伝えなさいという言葉を神様が語っています。




(3)旧約時代の宣教によって救われた たましい




≪ ラハブ ≫

ヨシュアが遣わした2人の斥候はエリコにいる遊女ラハブの所に行きました。ラハブは神のうわさを聞いてその2人を隠しました。
なぜ2人がラハブのところに行ったのかは、これもきっと神様の導きであります。神様がラハブの中に からし種ほどの信仰があることを知っていたと思います。

このことによってエリコが滅ぼされる時に彼女は助かりましたし、後にはダビデ王の先祖となり、イエス・キリストの系図の中に入りました。

これも宣教でありました。もし2人がラハブのところへ行かなければ、ラハブもラハブの家族も殺されるところでした。


≪ ルツ ≫

モアブ人でありましたが、ユダヤ人と結婚しました。
旦那は死にましたが、義母であるナオミの信仰を見て、彼女も信仰を持ちはじめ、後にはイエス・キリストの系図の中にも入りました。

自分に影響を与える信仰を持っている人の姿がないならば、ナオミに「ついていきます」とは絶対に言わなかったと思います。

モアブ人にも神々がいましたが、ルツは自分たちの宗教を捨てました。ナオミの信仰を見て「この神を信じたい」という思いがあったのでしょう。


D.L.ムーディー氏は「1人の人が聖書のことばどおりに生きるならば、100人がその行ないを見習う」と言いました。


神様は、クリスチャンたちに「あなたたちは世の塩、世の光です。」
そして「良い行いを通して神に栄光を捧げなさい。」と語りました。
これは私たちが良い行いをすればするほど、人々が私たちの姿を見て 私たちが信じる神を褒め称えるようになります。

私たちが信じると言いながらも、暗闇の業を続けて行うならば 人々は私たちを見てあざけます。


私たちがクリスチャンとして、救われていないたましいのためには私たちの姿そのものが宣教でなければならないのです。キリストを紹介する者でなければならないです。


≪ ナアマン将軍 ≫

彼は権力と名誉がありましたし 豊かな生活をしていました。王様からも すごく信用を得ていました。
しかし彼は治すことが出来ない らい病を患っていました。これは日々苦しいことであります。

その時に福音を伝えたのは誰でしょうか?
イスラエルの地から連れて来られた1人の若い女奴隷は、らい病で苦しんでいる将軍を見て その女主人に話しました。

「もしご主人様がサマリヤにいる預言者のところに行かれたらきっとあの方がご主人様のらい病を直してくださるでしょうに。」と告げました。 これを聞いたナアマン将軍は神の人エリシャの所へ行き、その病気も癒されました。 彼女は良いことを言いました。それが福音です。


福音とは 良い知らせのことです。その人にとって最も必要な良い知らせです。


私たちは福音であるからとイエス様のことを長い言葉で語らなくても、例えば病気にかかっている人に対しては「イエス様は癒してくださいます。イエス様は癒し主です。教会に一緒に行きませんか?」と伝えることが福音であります。

もし彼女が黙って見ているだけで伝えなければ ナアマン将軍は癒されることもなく、救われることもなかったです。





私たちは伝道するのが難しいと言いますが、難しいと考えるならば難しいかも知れないです。
ですが、問題を抱えていない人は1人もいないと思います。

その人たちが 答えを求めている姿を見たならば、その部分で語れば良いのです。

希望がなく「死にたい、死にたい」と言っている人にはイエス様のことを語るのです。
「イエス様はそういう人たちのために来て希望を与えました。「わたしがいのちである。」と語りました。」


ですから私たちは一言でも相手にとって慰めとなり、その人の力となり、希望になることを提供していくのです。

たくさん語るのではなく、1人1人求めるものが違います。
「イエス様ならばこうしてあげます。」と良い知らせを伝えることが伝道であります。


イエス様は「全世界で出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」と語りました。

自分だけ救われたら良い、他の人は関係ない、宣教は 牧師や賜物がある人がやれば良いというのではなく、
救われた者は それは伝えることであります。

倒れている人を見て無関心であるなら、自分が神の御前に来た時に褒められるでしょうか?絶対にありません。


天国で一番大きい報いを受ける人は、伝道をし たましいを導いた人です。


なぜ伝道が一番大きい報いであるかと言えば、滅びて行くたましいに対して あわれみの心を持って その人に語るからです。これは愛がないと語ることができないです。

たましいの世話をする者、たましいを憐れんで語る者、愛を示す者は 一番大きい報いを神様から受けます。


宣教することは、人間が堕落した時から神様が願っていることであります。


ですから皆さんの家族や親族、周りの人々に対して、私たちは一言でも良いので語ることです。
その人たちが受け入れるか、受け入れないかは その人の責任であります。

ことばだけではなく、私たちが人々の間で感謝と愛にあふれる姿を見せるだけでも福音は伝わっていきます。


天国と地獄があることを語っても、その人たちには愚かに聞こえるかもしれないですが、それが福音であります。

宣教の使命は私たちみんなが受けていますので、福音を伝えることをいつも心がけてください。
(*´ -`)(´- `*)

2014.6.29
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私の使命は宣教

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【マルコの福音書16章15節】

それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

宣教は、宣教師・伝道師・牧師だけがするものではなく、救われたすべての人にイエス様が与えた命令であります。

宣教は誰かがするのではなく、「私がしなければならない使命」だと認識をしなければなりません。

初代教会の人たちと、イエス様の弟子たちは この言葉をしっかりと受け取りました。

もし 初代教会の人たちが宣教活動をしなかったならば、福音はそこで終わったと思います。しかし、イエス様が天にのぼられた後に すぐさま立ち上がって福音を伝え、3千名が救われました。
ある程度 増えてくるとグループになって固まろうとするところがありますが、それは神様が喜ぶ姿ではないです。
「まだまだ救われていない魂がいるだろう。」と語ります。


エルサレムの教会に対する迫害があり、信徒たちはそこにいることが出来ず散らされていきましたが「散らされた人たちは、みことばを宣べながら巡り歩いた。 」と主から受けた言葉通りに一般の信徒たちにも福音を伝えました。これは神様が喜ぶ姿であります。

迫害の中でも福音を伝えるということは命懸けなのです。

どの時代でもこの命令が変わることなく与えられていますので、私たちは福音を宣べ伝えていかなければなりません。


日本や韓国は、イスラエルから遠く離れていて福音が届きにくい場所にあります。
今から150年前に 日本にキリスト教が伝えられましたが、当時は交通便も悪いですし、情報を手に入れるのも難しい時代でした。

しかし、十字架の信仰と殉教精神、宣教への情熱を持って多くのクリスチャンが全世界へ出ていきました。

日本も韓国も まずカトリックの神父たちが福音を伝えに入ってきました。そしてその後に宣教師たちが来て、みことばを伝えました。

多くの宣教師たちが迫害に遭い、命を落とし、二度と国に帰ることはありませんでした。
それでも宣教師 たちは途絶えることなくやってきました。とても感謝なことであります。

もしこの人たちが来なかったならば誰1人福音を聞くことが出来なかったと思います。


今回の教役者大会でも、フィリピンの講師先生が「日本へ宣教に来て20年以上経っている宣教師たちは立ちあがって下さい。」と言われた時に、 多くの宣教師たちが立ちあがりました。

言葉が通じないところへ来て 人知れぬ大変な苦労をしながら生活をしていたのだろうと感じました。
講師先生が「この方たちは本当に立派であります。自分の国を離れて、ただ1つ福音を伝えるためだけに来られて20年以上経っていますので拍手を送りましょう。」と言って 皆で拍手を送りました。

この人たちは戦いの戦士に見えました。日本人がなかなか福音を伝えない中で、外国人が戦いの中へ飛び込んでいく姿が想像できました。

私たちはそのような姿を見て、自分たちは何をしているのか ――?自分の家族や周りの人々に福音を宣べ伝えているのか?そのことを心に留め、悔い改めながら新しい思いを持たなければいけないと思います。


終わりの時は今までにない迫害が来て、信じる人たちも自分の信仰を守ることがとても難しくなります。
ですから福音を伝えることはもっと難しくなります。今、家族に福音を伝えなければならないです。

私たち自身がいつも問題ばかり抱えて、神様に出会って何一つ良いことがないならば 証にならないです。
自分自身が変わっていないならば 家族への宣教は難しいです。


宣教は外国へ行くことだけが宣教ではなくて、家族に対しても私たちが変わっていく姿を実際に見せていないと「イエス様を信じて。」と言っても
「あなたは信じて何が変わったの?何も変わっていないじゃない。」と言われ 福音が伝わりません。

私たちには責任があるのです。「私は家族・親戚に良くなっている姿を見せているのか ――?」それを反省しなければならないです。




昨年11月8日~10日まで、イスラエルのベツレヘムで聖会がありました。

そこにあるベツレヘム第一バプテスマ教会が、韓国のヨンセ中央教会と3年間 合同で聖会を年1回 開いています。
その理由は、その地域に住む人たちは福音を聞くチャンスがないまま死んでいく魂が多いからです。

その地で福音を伝えることは命懸けであります。なぜならそこに住むアラブ人はイスラム教を信じる人が多いからです。ベツレヘムはイエス・キリストが生まれた土地であります。
現在はユダヤ人がまったくいない地域でパレスチナ人が住んでおり、いつでもイスラムのテロが起こり得る場所です。


今まで福音を聞いたことがない1,300名のイスラム教徒のアラブ人が参加し、正統派イスラム教徒も30名が参加したと言われています。
彼らは何が語られるのかと福音を聞きに来ました。神様は彼らにも福音を聞いて救われて欲しいのです。

3日間で5,000名が集まり、その中で175名が救われ、イエス様を救い主として受け入れました。そして悪霊が追い出され、病人が癒される奇跡が起こりました。


伝える人がいなければ、救われる人もいないです。

今までイスラム教徒として生きていた人たちが福音を聞いた時に、力と奇跡を神様は現わし、生きて働く神様を見せてくださいました。

神様は福音が全世界に届いて人々が救われることを願っておられます。




ここで韓国と中国の教会の姿を見てみたいと思います。


韓国の教会は以前にリバイバルをしました。聖霊の働きがとても強く、世界の中でも韓国の教会が一番燃えていました。しかし今は 下り坂になりリバイバルをしなくなりました。そして主のために献身をする十字架の信仰が消えていきました。
その原因は、経済的に豊かになってしまったからです。


その反面、今 中国では聖霊の働きがとても強く現われ、驚くべき成長を見せています。
公認教会や地下教会の人たちは命をかけて福音を伝えています。

彼らは投獄されても福音を伝えており、その多くの者たちに十字架の信仰があります。


韓国でも危機感を持っているクリスチャンたちは目を覚ましています。
「この時代において、私たちが何をすべきか」を考えるようになりました。

韓国教会の時代的使命は、中国宣教であります。
なぜ中国を宣教するのかと言うと 聖霊様の働きで救われる人たちは多いですが、教理的な部分がまだ弱いです。
神学校が足りなく 指導者も足りないです。


韓国は神学校が多く 海外で学んでいる人もたくさんいますし、教理的・神学的に優れています。
しかし熱が冷めて弱くなってきました。
ですから「私たちが持っている教理的・神学的なものや指導者を中国へ送り、中国の人たちが更に力を持って宣教できるようにと たくさんの人たちが中国へ行っています。


中国教会は殉教信仰が強い人もいれば、中国は経済が良くなってきましたので 教会に来る人の中でも経済的祝福だけを求める人が増え、神様よりも 神様が持っているものに関心が多いです。
そうすると神様に対する想いも冷めていきます。それが中国でも実際に起こってきています。

中国は人口が多く、国内では少数民族が55もありますし、中国は、終わりの時代に世界宣教の使命がある国だと思います。


なぜかと言うと日本や韓国がイスラム圏やアフリカに宣教しようとするならば拒まれるのです。それは、アメリカと仲が良いという理由です。イスラム教の国ではアメリカに対する敵対心がとても大きいのです。


しかし中国は社会主義ですので イスラム圏の国やアフリカにたくさん入っていけるのです。

韓国では「中国教会がアラブ、イスラエルなどイスラム圏の国々のために時代的使命を果たすことができるように協力することである」と考えています。




日本はどちらでもないです。
日本ではリバイバルが起こったこともないですし、熱くなったり冷めたりすることもないです。

「韓国や中国には出来ても日本には無理だ」ということを言いますが、これは言い訳にすぎません。
よく考えてみると自分たちが燃えたことがないのです。


自分たちが命を懸けるほど国に福音を伝えようと熱く燃えたことがありますか?


ですから原因は私たちにあるのです。自分たちが勝手に諦めているのです。
人々が滅びていっても関心がなく、家族がイエス様を信じなくても重荷を負わず「私には関係がない」という思いが強いです。
そのことを悔い改めなければなりません。

「ただ他人に迷惑をかけなければ良い」ということではないです。
福音は迷惑をかけても良いものです。「あなたの魂が救われて欲しいんだ。」という熱い想いなのです。


私たちの周りはほとんどの人たちが未信者だと思います。
時々その人たちに みことばカードを使って「お元気ですか?」と手紙を書いたら良いと思います。
その人たちに関心を持って、関係を結んでいくと良いです。みことばカードの言葉が種になって蒔かれていきます。

神様は私たちにそれをして欲しいと願っているのです。他人に関心を持って欲しいのです。
自分たちだけが救われて天国へ来るのではなく 「働きをしなさい。」と主が教えておられます。


私たちが宣教をする時には どのような心を持っていなければならないでしょうか?

私たちはクリスチャンの目で見なければならないです。今、ものすごく悪い勢力が働いています。
それは、日本・韓国・中国を仲悪くさせようとする力が 以前よりも強くなっていることを私たちは見ています。

ネット上でも過激な言葉や非難的な言葉がとても多いです。
過激な言葉を使って本を出版すると人々が買います。これは金儲けで自分たちの利益のために働いています。国のことは関係がないのです。

私たちはそのようなものに翻弄されてはいけないです。

「政治が悪い、国が悪い、国民性が悪い」と言いますが、どこの国でも皆、自分たちの国の方が大事なのです。
ですから色々なことがありますが、クリスチャンがそのような目で見ていたら本当の姿が見えてこないです。


クリスチャンは神の目でこの時代を見ることであります。

「サタンが働いて分裂を起こしているのだ。国々に敵対心を生んでいるのだ。」と、私たちは絶対に悪いものに乗ってはいけないです。

「今は収穫の時である。これが終わりの時のしるしであるのだ」ということを 私たちは知らなければならないです。


【マタイの福音書9章35-38節】

それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。

また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。

そのとき、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。

だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」

私たちが人々を見るときに、どのような思いで見るのかマタイの福音書9章36節に書かれています。

私たちの周りにいる群衆を見た時に、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れているので「可哀想だ」という思いで見ることです。
そしてその人たちに、水1杯を与えるのです。その水1杯とは神様の言葉であるのです。


弱り果てている人に力を与えるのは みことば しかないです。

まずは自分が働き手として働き、それでもまだまだ福音を聞いていない人が多いので働き手を送ってくださいと祈らなければなりません。


【ヨハネの福音書4章35-38節】

あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。 目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。

すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに 入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。

こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、 ほかの者が刈り取る』ということわざは、ほんとうなのです。

わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを 刈り取らせるために、あなたがたを遣わしました。ほかの人々が労苦して、あなたがたはその労苦の実を得ているのです。」

もう色づいているので「まだまだ」だという思いを捨てなさいと教えておられます。
私たちが福音を伝える時の言い訳の1つが「あの人はこうだから、多分 福音を聞かないでしょう。あの人は他の宗教を信じています。 あの人は心が頑なです。」とか先に言い訳をして「だから無理です。今ではないです。」と言います。

イエス様は「あなたが出て行って刈り取る時なのだ」と言っておられます。


私たちが種を蒔いてもビクともしない人がいるかも知れません。
しかし、長い時間が経って別の者がその人のところへ行き 福音を伝えた時に受け入れることがあります。

私たちは自分が蒔いて、自分で必ず刈り取らなければならないということではないです。

今すぐ刈り取ることはできなくても失望せずに、神様は種を蒔きなさいとおっしゃいます。
いつかあなたが流した労苦が必ず実を結ぶことを教えています。


【Ⅱテモテ4章2節】

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。

みことばを伝える時は 色々な戦いがあります。拒否する人たちも出て来るのです。
ですから教える時も、責める時も、戒める時も、勧める時も「みことば」を使うのです。そこでは自分たちの言葉はいらないです。
神様の言葉を教えてあげることであります。

神様の言葉には力がありますので、きっとその人たちの心を刺し、悔い改めや立ち返りに導かれるでしょう。


私たちはしっかりと神様の使命を悟り、みことばを宣べ伝えていきましょう。

箴言には知恵の言葉が書かれています。私たちが人間的な言葉ばかり伝えると、人と会話をしても相手の心に残ることがないです。
しかし、私たちの言葉の中に 神様の言葉がたくさん散りばめられていると、その人の魂にぶつかっていきます。


日々、私はこの国に遣わされている宣教師だと思いながらやってください。
これからは伝道を常に心掛け、宣教に力を入れましょう。 ( ̄‥ ̄)=3

2014.2.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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シャローム松山教会の礼拝メッセージです
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