からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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天国と地獄

空中再臨と地上再臨

テーマは 『 空中再臨と地上再臨 』 です

【使徒の働き1章9-11節】

こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。

イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。

そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

キリストの誕生、キリストが受けた苦難、十字架、キリストの死、そして 復活は、すでに過去に起きたことなので、キリスト者はもちろん知っていますが、未信者の中でも多くの人が知っています。


しかしキリストの再臨はどうでしょうか?

未信者の人は、ほとんど知らないと思います。


キリスト者の中では 再臨を信じて、日々 主の再臨を待ち望んでいる人もいれば、信じない人もいますし、頭では知っていますが、あまり関心もなく 準備をしない人も多いです。


しかし “再臨” は必ず起こることで、すべての終わりを意味します。


いのちと死、救いと滅び、天国と地獄 に分かれていきます。

(その時になってからでは)チャンスがないです。


再臨に対して 主ご自身が何度も語り、主の弟子たちも聖霊によって語りました。


主の再臨は二度あります。


一度だと思っている人は間違えています。

なぜならば 空中再臨と地上再臨は、“目的と再臨の時の様子” が全然違うからです。


今回は、空中再臨と地上再臨の目的と、その時の様子、そして空中再臨の時に起こる 聖徒の携挙について学びます。

携挙されるためには どうしたらよいのかも話します。


再臨の間にある様々なことは、内容が膨大なので、また別の礼拝の時に伝えます。




空中再臨の目的と主の姿、聖徒の携挙




主は、主の再臨を待ち望んでいる聖徒たちを迎えるために 空中再臨をします。


キリストは、そのことを “花婿が花嫁を迎えに行く姿” だと語りました。


主が空中再臨するので、その時に聖徒の携挙が起こります。

空中の主の所に、地上から引き上げられ、主に会います。


【マタイの福音書24章30-31節】

そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。

【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いたちのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

この時に携挙される聖徒たちにとっては、この日は 最高の喜びの日であり、祝宴の日であり、愛する主に会う最高に幸せな日になります。


結婚式に望む花嫁の姿になります。

その時に、朽ちない体に変えられ、地上を離れて永遠の御国に入ります。


(※携挙のことは、とても奥が深いので また別の日に話します)


空中再臨の時の主の様子は、大能と輝かしい栄光を帯びて雲に乗った姿です。


その時のイエス様の姿は、十字架で死んだときのような悲惨な姿ではありません。

勝利した王の王、主の主の姿です。



空中再臨の時、地上では かつてないほどの大患難が始まっています。


長い間、人間の悪に対して忍耐した神の怒りの裁きが始まっています。


信じない者、悔い改めない者、にせ預言者、サタンに従って あらゆる悪を行った者、そしてこの世と妥協し堕落した信徒、警告を無視し生ぬるい信仰で準備が出来なかった信徒たちは、地上に残されて激しい迫害を受けます。


しかし目を覚まして主の再臨を迎える準備が出来た信徒たちは、すでに引き上げられているので その苦しみを受けることはありません。




地上再臨の目的と主の様子




空中再臨の後に、地上再臨があります。

地上再臨の目的は、世界を完全に滅ぼすためです。


悔い改めることもなく 主を信じず、偶像崇拝をし、あらゆる悪を行った者に対する裁きです。


この時の主は、厳しい裁き主として来られます。

どのようなことをするのか、次の聖書のことばにあります。


【ヨハネの黙示録19章11-21節】

また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。

その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。

その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。

天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。

この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。

その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。

また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、

王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」

また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。

すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。

残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

この時は雲ではなく 白い馬に乗って、一人ではなく 勝利した聖徒たちと共に来られます。


【ゼカリヤ書14章3-5節】

主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。

山々の谷はアツァルにまで達するので、あなたがたは、わたしの山々の谷に逃げよう。ユダの王ウジヤの時、地震を避けて逃げたように、あなたがたは逃げよう。私の神、主が来られる。すべての聖徒たちも主とともに来る。

主が地上再臨する時が世界の終わりです。


それまでに地上では すでに多くの災難や戦争や疫病などで、多くの人々が死んでいます。


黙示録に詳しいことが全て書かれてあります。




携挙されるためにどんな準備をすべきなのか




携挙される聖徒はわずかで、多くの聖徒たちは残されると言われてあります。


信仰告白した人ならば、全員携挙されると言われることばは、事実ではありません。


目を覚まして用意していない人は残されます。

口先だけの信仰で良い実を結んでない人も残されます。


聖くなければ、だれも主を見ることは出来ません。




二重生活 (信仰と生活が別々)




生活の中に 信仰の実がなく、死んだ信仰、むなしい信仰、無価値な信仰生活をしている人は、悔い改めない限り 携挙はないです。


神の御心に適う信仰、神が認める信仰 (不平、不満、つぶやき、不安、絶望、怒り、悲しみの生活、世を愛して世に従うのではなく、


主を一番に愛すること、福音にふさわしく生きる、光と塩の生活、真実で偽りのない生活、聖別された生活、


いつも喜び、絶えず祈り、すべてに感謝する生活、主に従う生活をする、みことばに従う生活、祈りの生活、罪の悔い改め(聖さ)、罪から離れる生活、偽善を捨てる)を持って、再臨を準備する人を 主は患難の時に引き上げて下さいます。



黙示録の七つの教会のうち、五つの教会から非難と悔い改めが命じられました。


非難されていない教会に対しては、主の約束のことばがありました。

それは携挙とも思われます。


【ヨハネの黙示録3章10節】

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。

主のことばを守って生きている者に対して、主も守って下さると約束してくださいました。




主の再臨はとても近い




再臨の前兆に対して聖書は啓示しました。

いま すべてが成就されました。


その啓示には、イスラエルの建国、ロシアの浮上、信仰からの離脱、背教、旅行と知識の増加、新世界政府の計画、戦争や内戦などがありますが、すべて預言通りになりました。

これ以外にも様々な前兆があります。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

空中再臨も地上再臨も 作り話ではありません。


今 世界は混乱があり、たくさんの問題があります。

以前とは違いますね。


聖徒に対する残忍な迫害もあります。

多くのクリスチャンたちは、この時代がどれほど深刻であるのかを全然知らないです。


教会は 時代を分別出来ず、沈黙しています。

再臨の話をすると、まるで異端や頭のおかしい人のように見ています。


主のことばに耳を傾け、この世を見て下さい。

主のことば通りになってあります。


信じて行動する者になりましょう。

主の再臨への準備がとても必要です。
Σヾ( ̄0 ̄;ノ

2017.3.26
聖日礼拝メッセージ

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天国と地獄からのメッセージ

テーマは 『 天国と地獄からのメッセージ 』 です

【ルカの福音書16章19-31節】

ある金持ちがいた。いつも紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。

ところが、その門前にラザロという全身おできの貧しい人が寝ていて、

金持ちの食卓から落ちる物で腹を満たしたいと思っていた。犬もやって来ては、彼のおできをなめていた。

さて、この貧しい人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。

その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。

彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』

アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。

そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。』

彼は言った。『父よ。ではお願いです。ラザロを私の父の家に送ってください。

私には兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』

しかしアブラハムは言った。『彼らには、モーセと預言者があります。その言うことを聞くべきです。』

彼は言った。『いいえ、父アブラハム。もし、だれかが死んだ者の中から彼らのところに行ってやったら、彼らは悔い改めるに違いありません。』

アブラハムは彼に言った。『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」

本文の内容は、生きている人たちの地上での話ではありません。


死んだ人たちの会話の内容をイエス様が私たちに語って下さいました。

死んで天国に行った人と、死んで地獄に行った人の会話の内容を通して 主は “天国と地獄に行った人たちが送るメッセージを聞いてほしい” と願っています。


物乞いであったラザロと、名前が書かれていない金持ちの人がいました。

地上での生活はどうでしたか?


金持ちは 金がありますから、いつもいい服を着ていました。

全身ブランドものを着て、毎日贅沢に遊び暮らしていました。

庶民の生活とは かけ離れた生活でした。


ドバイやモナコとかの国の風景を見ると、金持ちの生活がどんなに贅沢かわかりません。

その人たちが着ているもの、乗っている車、住宅などがすごかったです。


人生楽しんでいて、自分たちは特別に祝福された者だと思っています。

彼らの目には貧困層など見えません。

なぜなら日々付き合う人はみんな似たような金持ちや権力者ばかりだからです。


今日の本文の金持ちも、地上であふれる祝福を受けました。


金持ちは 地上でこんなに祝福されているから、死んでも祝福がある天国にいけると思ったに違いありません。


まさか自分が地獄に行くとは考えたこともなかったでしょう。

もし考えたならば、そんな生活はしなかったと思います。

ですから立派な棺とお墓、たくさんの人が集まる葬儀、そして荘厳な儀式、まるで天国へ凱旋でもするかのような姿だったでしょう。


しかし死んで連れて行かれた場所は 真っ暗な地獄で、永遠に消えることもない火が燃えており、地上では見たこともない恐ろしい悪魔がたくさんいるし、そこには数えきれない魂が様々な苦しみの中で叫んでいました。


見たこともない空間にいて、悪魔に囲まれ、そこから出ることすら不可能であることも知りました。






一方、ラザロはどうでしたか?


なぜ物乞いになったかわかりませんが、食べ物、着るもの、住むところもないホームレスの人でした。

金持ちの家ならば残飯でも もらえると思って、門前に座っていますが、残飯をもらったという記録もありません。


ラザロは、金持ちをみて羨ましかったと思います。

すべてをもっている金持ちは、毎日が贅沢三昧の生活、ラザロは食べるものすらない辛い生活をしていました。

ラザロの願いは金持ちの残飯でも腹いっぱい食べることでした。


彼はある日、力尽きて門前で死んだでしょう。

彼のために悲しむ者も 涙を流す者もいないと思います。


ラザロ本人は天国に行けるとは思わなかったかも知れません。

もちろん天国はだれもが行きたい場所です。


自分は神から見捨てられて食べ物もろくに食べられない超貧乏生活をしているので、地上で祝福されてない者が天国で祝福されるわけがないと思っていたでしょう。


しかし死んだ後に、思ってもいなかった所に連れて行かれました。


そこは地上とはまったく違う美しい天国でした。

何の不自由も不足もない素晴らしい所でした。


ラザロが天国に着いた時に 彼はそれが現実ではなく、夢のように思われたでしょう。

あまりにも自分が生きた世界とは違っていました。

苦しみも悲しみも痛みも すべて消えていました。


天国に入った時の喜びは半端ではなかったと思います。

汚かった自分の姿もきれいな姿に変わりました。


2人がそれぞれ死んだ後に、天国と地獄での対面がありました。

普通は(対面は)出来ませんが、神の特別な恵みならば このようなことも出来ると信じます。


天国では ラザロが信仰の先祖アブラハムと共にいました。

それを見た金持ちがアブラハムを呼びました。




・地獄からのメッセージ




【ルカの福音書16章24節】

彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』

私たちはイエス様の言葉で 地獄が実際に存在することを知りました。


作り話だと思っている人は、これこそが現実であることを知る必要があります。

この 地獄からのメッセージを聞かなければなりません。


地獄に落ちた金持ちは、自分がいる地獄の状況を話しました。

まずは、自分をあわれんで下さいと叫びました。


地上では自分をあわれな者と思ったことは一度もなかったと思います。

反対にラザロのような人をあわれな人と思って生きていたでしょう。


しかし地獄に行く人が一番あわれな人間です。


そして地獄から出られないことも訴えました。

炎の中で焼かれていても、“死ぬことも出来ない” と地獄にいる者が 地獄の様子を語っています。


地獄の火は「永遠に消えることのない火」であるとマタイの福音書25章41節にあります。

そして黙示録19章20節には「火の池」であると書いてあります。


金持ちは苦しくてたまらないと叫びました。

地獄のような苦しみは生前では体験することが出来ません。


すべてが耐えられない苦しみですが、そこでは “永遠に受け続けなければならない苦しみ” です。


水一滴もない所です。

何の楽しみも、休みも、遊びもなく、そこにあるのは 苦しみと惨めさとあわれな姿、絶望しかない所です。

水一滴の願いも叶えられない場所です。


その人はアブラハムに2つの願いをしました。


1つは自分のためにラザロをよこして水で舌を冷やしてほしいと願った事です。

次には家族のための願いでした。


金持ちの家族は、彼が天国で何の心配もなく、地上の延長線のような贅沢な暮らしをしているだろうと思っているでしょう。


地上にいる人は彼の心配などしていないですが、地獄にいる彼は、生きている兄弟のことを心配していました。

生きている人が死んだ人をかわいそうに思って悲しむことはありますが、地獄に行ったと思って心配することはないですね。

日本だけではなく、他の国の人でも 死んだら天国に行けると思っている人が多いです。


しかし全く違うことを知った金持ちは、その現実を まだ生きている自分の兄弟に知ってほしくて、ラザロを彼らの所に遣わして、“自分がいる地獄には来てほしくないと伝えてほしい” と願いました。


良い所ならば みんな来てほしいと願いますが、あまりにも苦しい所ですから、特に家族は誰一人来てほしくないと願いました。


そして地獄に行った人は、自分が地獄にいる理由を地獄に行って やっと悟りました。

その理由は、悔い改めがなかったことでした。


悔い改めることは決して難しいことではないですが、世を愛する心が強いと悔い改めが出来ないです。

金持ちの生活を見ると世を愛し、快楽を求め、彼の思いは地上の事だけでした。


神のことばが耳に入って来なかったですし、心は高慢になって弱い立場の人に手を差し伸べることもしませんでした。


本当に必要な “神を愛し、隣人を愛すること” が完全に抜けていましたし、罪に対しても無感覚で、むしろ罪を楽しんでいましたので 彼の人生は地獄という恐ろしい所に送られてしまいました。


神様は (神様のことを)信じない者だけではなく、信じていて自分は間違いなく天国に行けると思っている人の中でも、実際は天国には行けない人もいることを教えています。


金持ちの地獄からのメッセージは 震えながら、苦しみながら語っている警告のことばです。


「ここに来たら駄目だよ!とんでもない苦しみの場所だよ!奇跡をみて信じるのではなく、神の言葉を聞いて悔い改めないといけないよ!」と必死の思いで叫んでいるメッセージです。




・天国からのメッセージ




物乞いラザロは、地上では良いことは何もありませんでした。


人が寄って来ることもない孤独な人生で、惨めで、ひもじい思い、悪いことしかない生活をしました。

人から見ても本当にあわれな人生でした。


だれがこの人が天国に行けると思ったでしょうか。

反対に天国には行けないと思ったでしょう。
彼の悲惨な生活は 神にのろわれていると思うからです。

しかし人々の予想とは違って、ラザロは天国に行き、信仰の先祖アブラハムのふところにいました。


何の苦しみもなく、平安で、食べ物や着るもの、住む所で心配する必要も完全に消えました。
そして愛されていました。


ラザロも自分は天国に行けないと思ったかも知れません。

何も良いこともしていないし、神に文句も言ったこともあったでしょう。

彼は物乞いの人生を感謝したことはないと思います。


彼のどの部分が良かったかはわかりませんが、彼はきっと自分の罪を悔い改めたに違いないです。


金持ちが悔い改めなかったので天国に入れなかったのですから、ラザロが天国に入ったことは確かに悔い改めがあったと思います。


天国は悲しみも苦しみもなく、地上の生活がどんなに惨めであったとしても、その延長線で苦しみを受け継ぐことはない場所です。


天国は 神と信仰の先輩たちと仲良く暮らす場所です。

信仰の先祖アブラハムがそこにいました。


天国には燃える火も悪魔も存在しません。

天国は慰められる所で、涙もなく平安がある所です。


もし自分が神を信じ、悔い改め、神の御心にそった生活をしているならば、地上でたくさんの苦労があっても天国に望みを置いて下さい。


神は必ず天国に迎え入れて下さいます。


地上での豊かな生活が祝福ではないです。

多くの金持ちの姿をみると、神を求めず、快楽に更けて肉を喜ばせる生活をしています。


ラザロは天国で何も話してはいないですが、代わりにアブラハムが天国からメッセージを送りました。


まずは希望のメッセージです。

警告ではなく希望のメッセージです。


地上で悪いものを受けていたラザロが、今はいいものを受けていると伝えました。

そして天国で慰めを受けていると伝えました。


苦しみも、悲しみも、飢えも、貧困もない天国であると伝えました。


“天国に入りたいならば、神のことばの教えを聞いて信じて、悔い改めなさい” と天国に入る方法も教えました。


信仰と悔い改めは死ぬまで継続しなければなりません。


やめてしまうと天国には入れません。

私たちは両方のメッセージを聞かなければなりません。


地獄に行かないために地獄のメッセージ、天国に入るために天国のメッセージを聞かなければなりません。


「地獄に行ってもいい」 とは決して言わないで下さい。

ありえないほどの苦しみが永遠に続く場所ですから、目指すなら天国です。
ヽ(TдT)ノ

2016.7.24
聖日礼拝メッセージ

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キリスト教とイスラム教の違い

【ヨハネの福音書3章16-21節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

イスラム諸国やイスラム教に対しては毎日聞いていますが、その内容はニュースでもあまり教えないので、今日は正しく学びたいと思います。


イスラム国が「キリスト教との宗教戦争」と勝手に言い出して戦いを挑んでいますが、 彼らの姿がイスラム教を代表しているのではありません。

先入観だけでイスラム教を誤解するのではなく、彼らが信じている宗教とキリスト教とは何が違うのかを知ることが大切です。


現在、約12億人のムスリムが存在するとされています。
それは世界人口の約5分の1に相当します。

そしてその数は増加しています。


いずれはキリスト教を抜き、世界最大数の教徒をかかえる宗教となる見込みです。




創始者について



<イスラム教>

ムハンマド :
彼は40歳の時に、メッカの近郊にあるヒラー山の洞窟で、大天使ジブリール(ガブリエル)から預言者として選ばれ、それから23年の間、断続的に啓示を受けたという。


<キリスト教>

イェス・キリスト :
旧約聖書で預言されたメシアであり、聖霊によって神の子として生まれる。


【ルカの福音書1章26-33節】

ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。

この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。

御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」

しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。

すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。

ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。

その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。

彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」



信仰の対象



<イスラム教>

アッラー(神:唯一絶対神を指す言葉・・・イスラム教によればアッラーはキリスト教とユダヤ教が信じる神と同じ神。 アラビア語を母国語として使うキリスト者は神さまをアッラーと呼ぶ。


<キリスト教>

父なる神、イェス、聖霊(三位一体の唯一神)


【Ⅰテモテ2章5節】

神は唯一です。また神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イェスです。




聖典



<イスラム教>

コーラン(イスラム教徒はモーセ5書[ 創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記 ]、詩編、イエス・キリストの福音書を信じる。しかし自分たちが信じるコーランが優先と主張する)


<キリスト教>

旧約聖書、新約聖書




信仰の規範



<イスラム教>

信仰告白: “アッラーの他に神なし。 ムハンマドはアッラーの使徒なり。”という言葉を唱える。

ムスリムは日に5度の礼拝の度にこの言葉を唱え、不動の信仰心を養う。

イスラム教は1日5回の礼拝、年に一度の断食(ラマダン期間)、巡礼、ザカート(慈善)が義務となっている。


<キリスト教>

信仰告白:

【ローマ書10章9-10節】

なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。




罪と救いに対して



<イスラム教>

イスラム教規範を厳格に守ることと、救いは自分の努力で得られると教える。


<キリスト教>

主の名によって罪を悔い改めるならば許される。

救いは自分の罪を悔い改め、キリストを自分の救い主として信じて受け入れる時に神の恵みによって救われる。

自分の努力や律法を守ることでは救われない。




教理の相違点



-神様について-

キリスト教とイスラム教で共通する神は全知全能、主権者である。

しかし違う点は、アッラーは人格を持っている神でも、愛の神でも、恵みの神でもなく、さばきの神、怒りの神である。




-聖書について-

イスラム教徒は聖書が神から来た聖典とは認めるが、自分たちが嫌うところが出ると拒否する。

聖書の内容でコーランと一致するものは真理と言うが、違うと聖書が歪曲されたと言う。




-天国と地獄について-

<イスラム教>

終末論においても、やがて世界の終末が訪れ、神による最後の審判を経て、天国または地獄に行くことは同じであるが、イスラム教はアッラーとムハンマドに従った人は天国へ行くが、イスラム教に反対した人は地獄の刑罰を受けるという。

アッラーと預言者は信じたが自分が犯した罪が贖われず死んだ人はしばらくは地獄に行くが一定期間刑罰を受けた後にアッラーの慈悲によって解放されて天国に入ると教える。


<キリスト教>

【ヨハネの黙示録20章11-15節】

また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。 死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。

海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

【Ⅰヨハネ5章20節】

しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。
 

2015.2.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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なぜキリストを信じるのか

テーマは 『 なぜキリストを信じるのか 』 です

【コロサイ1章15-18節】

御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

今、キリストを信じている人はなぜキリストを信じていますか?

この世には多くの宗教があり、神々と呼ばれるものがたくさんある中で なぜキリストを信じているのでしょうか?

「偶然信じるようになった」とか、「何となく信じるようになった」とかいう人はいないと思います。


これとは逆に、キリストを信じない人は なぜ信じないのでしょうか?

きっと色々な理由があると思います。

もし、「ほかの神を信じるているので私はキリストはいりません」と言う人がいるならば、その神はどのような神でしょうか?説明できますか?


その神とこれから関わっていて何か得るものがあるでしょうか?

キリストよりもすぐれたものは何でしょうか?もしあるならば教えてもらいたいです。


今回はクリスマス礼拝を捧げているので、キリストに焦点を合わせて話したいと思います。

聖書はキリストが主役であり、キリストの話がたくさん書かれています。


そして聖書の内容は、主役であるキリストの話です。


私はキリストを信じているので、なぜ信じているのか その理由をはっきりと話すことができます。




(1)キリストは見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方




まずは15節にあるように
キリストは見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方だからです。

キリストは人間と同じ肉体を持って生まれた方ですが、ただの人間ではなく、もともと神である方が 目的があり人間の姿となってこの世に来られた方です。

罪の中で生まれ、罪の結果として永遠の死に落ちていく人類を救うために世に来られました。


【Ⅰペテロ1章18-20節】

ご承知のように、あなたがた父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、

傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。

キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現れてくださいました。

しかし、すべての人類がこのことを知り、喜んでキリストを受け入れて救われるのではありません。

2つの反応があります。


【ヨハネの福音書1章9-14節】

すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。

この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、 世はこの方を知らなかった。

この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

ことばは人となって、 私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

私自身も キリストが誰であるのかを知る前は 人間がどこから来て何のために生き、どこへ向かい、
自分が罪の中にいる罪人であること、そして罪の結果として永遠に滅びることや、贖いが必要であることも知りませんでした。


創造主が誰であるのか、天国と地獄がどんな所かも知りませんでした。

結局、最も大切で重要なことは何一つ知りませんでした。


そしてその中で何とも思わず、目に見えるものだけを求めながら生きていました。


しかしある時に私は神の存在を求めるようになりました。
そしてキリストに出会い、聖書を読みながら、それまでまったく知らなかった真理を次々と知るようになり、 目が開かれ悟りを得られ、神の存在や人間の存在もどうしたら救いを得られ、神の子どもになれるのか、どうしたら天国に入れるか すべてを知るようになり、そのすべてを信じ、受け入れました。


このように明確に教えておられる方はキリスト以外にはおられませんでしたし、私の罪を贖うために人間となられて十字架の上で私の身代わりとなって罪を清算して下さった方もほかにおられません。

信じないわけにはいかないです。


今は信じたので、罪が赦され、神の子になり、むなしい生き方をやめ、永遠のいのちを神から受け、この地上を離れる時には天国に行ける祝福をキリストによって受けています。


私は信じて何一つ損したことはなく、むしろ大切でもっとも価値あるものをすべて受けました。




(2)キリストが万物の主権者




キリストが万物の主権者だから信じています。


【コロサイ1章17節】

御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

神が創造した世界の中で、今 私たちは生きています。

自分が造った世界の中で生きているのではありません。人間は誰一人 “無”から“有”を創造することはできません。

世界を創造し、秩序を作り、それを治める方がキリストであるので、それを認め、感謝し、従うのは当然であります。


歴史の中でも、今の世の中でも草一本でも造ることが出来ない人間が、自分が神であるとか自分が世界の主権者であるとか、偽りを言う者がたくさんいました。

その嘘に騙されている人間もたくさんいます。
その人間も死ぬ時には普通の人間と変わりがなく、ただ権力欲、名誉欲、物欲に満ちていた人間であったにすぎません。


言葉巧みに人を騙しても、その裏にあるものは貪欲に満ちた人間がいるだけなので絶対に騙されてはいません。

特に聖職者と呼ばれる人間の中に多いので、気をつけなければなりません。


自分を再臨イエスと言い続けた統一教会の文鮮明も死にました。

顔を見てもキリストとまったく似てもない人間が自分を再臨イエスだと言っていることに、多くの者が騙されて今も信じています。気の毒であります。




(3)キリストが死者の中から最初に生まれた方で、今も生きておられるから




キリストが死者の中から最初に生まれた方で、今も生きておられるからです。

キリストは十字架の上で死ぬずっと前から弟子たちに言っていました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして 三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

その通りにキリストは十字架にかかり、三日目に蘇りました。

常識的には考えられなかったからです。
しかし目撃者は多くいて、誰も復活を否定することができなくなりました。


私が聖書の中でいつも希望を置くことばがあります。次の箇所です。


【Ⅰコリント15章16-21節】

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

永遠のいのちの約束は復活があったからこそ、信じることができます。




(4)キリストの中にすべての宝がある




キリストの中にすべての宝があるから信じます。


【コロサイ2章3節】

このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。

キリストに出会って、このことは本当に実感しています。

世の知恵と知識しかなかった時には、目に見えるものしか分かりませんでした。

しかし、キリストを信じてから今に至るまで どれほど神から多くのことを教えられているか分かりません。

これから先に起こることや、また霊の世界のことまで教えてもらいました。
もちろん今も教えてもらっています。まるで目からうろこが落ちた状態です。


悟りが与えられたことで人生を見直すことができ、正しい道を歩むことができました。

人間の愚かさ、人生のむなしさを知り、捨てることができました。

何が善であり、悪であるのかも 神からの知恵で悟ることができました。


皆さんはなぜキリストを信じていますか?
キリストがどのような方であるのか、正しく知っていますか?

まだよく知らない人は、知らないまま生きるのではなく、知るために聖書を読み、神を知りたいと祈ってみてください。

ある意味、キリストを信じるか、信じないかは人間にとって最大の決断になります。


永遠の死の世界に行くか、永遠のいのちの世界に行くかを、生きている時に決めないといけない選択ですので、これほど重要な決断が世にあるでしょうか。


私は信じる決断をして神様を信じて、これで良かったといつも思っています。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2014.12.21
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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