からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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報い

人への施し

ハレルヤ。

今日もすべてが守られる一日になりますように祈ります。


使徒の働き10章にはイタリヤ隊という部隊の百人隊長コルネリオという人物が出てきます。


ある時、彼が祈っている時に、幻の中ではっきりと神の御使いをみました。

御使いは彼に言いました。


「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って覚えられています。」

これは何を意味するでしょうか?


コルネリオの祈りと施しが 神の喜ぶ行為であったことを神が認め、それを受け入れたことを意味します。


祈りは 神を愛し、信頼するところから始めないといけないです。

コルネリオの祈りには、神への愛と信頼がありました。


自分の欲を満たすための祈りではなく、神を愛するので神とともにいる時間が大切でした。

いつも神に祈りをしていました。


神はそのような祈りに耳を傾けます。


しかし神にとって何の意味もない祈りもあります。

祈る人が神に向けて祈らない祈りです。


【マタイの福音書6章5-6節】

また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父があなたに報いてくださいます。

祈りが 人に見せるため、自分の欲を満たすためであるならば、その祈りは神に届かない祈りです。


祈ったのに何も答えがないと言う前に、自分の祈りが 神に覚えられる祈りであったかを真剣に考えてみることです。


また施しは、人を愛する心がないと出来ないです。

よく施しをする人は人間関係も良いです。


神様が私たちに “与えなさい” と言われるのは、人を愛する心を私たちが持って欲しいことと、施しは神が喜ぶ良いことだからです。

愛すると言いながらも、何も与えないなら愛していないことです。


何の犠牲もないリップサービスだけで済ませることは神と人を騙す行為です。


また施しをしても、神に受け入れられない施しもあります。


【マタイの福音書6章1-4節】

人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。

だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。


あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父があなたに報いてくださいます。


コルネリオの施しは、人に見せるため、またほめられたくてした施しではなく、人を愛してした施しだったので 神が喜んで受け入れて下さいました。


そして彼に良い報いを与えて下さいました。

使徒ペテロを彼に送り、聖霊を注ぎ、罪を赦し、水のバプテスマも授けました。


それは、彼を神の民として受け入れて下さったことです。

その時代の異邦人に対しては破格的な出来事でした。
(=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2016.1.15
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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みことばがあふれています!
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シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

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報いを期待する

テーマは『 報いを期待する 』です

【Ⅱテモテ2章3-7節】

最近はオリンピックの特集がありますが、そこで選手たちの姿が出てきます。(※2012.7.22現在)
参加する全員がメダルを取るのが目的です。朝から晩まで極限の状態になるまで訓練を受けています。
緊張感もある中、4年毎の大会のためにそれを狙って彼らが練習をします。
自分が一生懸命練習した報いを受け、良いものをたくさん受けることができます。

クリスチャンも同じ姿だと言っています。

――  兵 士  ――

韓国の若い男の人たちは軍隊に入隊します。それは逃げることができないです。
学生であっても、お金を稼いでいた人でも2年間は、家族、友達、知り合いから離れなければならないです。
親が亡くなったとしても、行くことができません。体調が悪くても言い訳が通らないです。
1秒でも遅れると全体に責任が負わされます。入隊が1日違うだけで、年齢関係なく早い方が上になります。
完全に命令に従順であります。軍隊とはそういうものです。

私たち、クリスチャンは誰に召されたでしょうか? イエス・キリストです。
イエス様がある意味でトップの司令官であります。その命令に従わないことは命取りになります。
軍隊ならば、命令に従わなければ殺しても良いことになってあります。

軍隊に入るまでは、自分のために生きていた者が、入った後は、優先順位が「国」に変わります。
「国のためには命を棄てます」となり、「恐くて行けない」とは言えません。
そこで死ぬのがわかっていても「行きなさい」と言われたら行くのが「兵士」であります。

私たちも、自分を呼んでくださった方を喜ばせなければならないです。
神様の命令に不従順して、自分がやりたいことをするならば(神様から)追い出されていきます。

追い出されると、自分が餌食になります。
ですから「キリストの兵士である認識を持ちなさい」とおっしゃられます。
自分達が今まで持っていた、いらない物を捨てる訓練が必要になります。

私たちが厳しい訓練を通ると、神様が認めてくださいます。そしてその者たちを喜んで祝福します。
神様には祝福が必ずあります。

――  選 手  ――

選手は皆、勝利を願います。選手になるものは遊びではないです。趣味ではなく、
選手ということは、必ず結果を出さなければならないです。
訓練を受ける理由は「勝ちたい」ということで、勝ってその勝利を得て喜びたい。
しかし、訓練を受けずに選手生活はできないです。

クリスチャンは実際にそこで走る選手であります。勝利を願って走らなければならないです。
しかし、ただ熱心に走れば良いかというと、そうではありません。
運動の選手であれば、そのルールがあります。それに反すればメダルを取った後でも取り上げられます。
時々ルールが変わることがありますので、それをしっかり理解しなければならないです。
ですので、(クリスチャンも)正しく戦わなければならないです。

神様が私たちに訓練をさせるのも、みことばを色々与えるのも、これは規則であります。
「この規則通りにしなさい」ということです。

選手は知識だけでは戦えないです。実際に身体を動かしてみないと訓練にならないことであります。
競技をしている間は、100%そこに全ての想いと力と精神を注がないと、力が出て来ないです。
もし力を出し切れなければ、負けた時に後悔が残ります。

クリスチャンはとても不思議なもので、
自分が神様から祝福されたい、変わりたい、勝利したいと願いながらも、願いは強いですが、努力をしないです。

このようにしたら祝福され、変わり、勝利されると神様が語る言葉がありますが、
「しんどい、難しい」。このような言葉を聞きます。言い訳をして何もしないです。
訓練というものをとても嫌います。だから何も得られません。

兵士、選手、農夫の姿を見なさい、と。彼らは願いが強いだけではなく、努力をしているのです。
そして戦っています。
だけど、あなたたちは願いが強いだけで、肉体が弱いと言ってすぐに逃げ込みます。
口を開いて、(恵みが)落ちてくることを待ちますが、何も落ちてこないです。

神様だったら誰に恵みを与えると思いますか?
願いが強く、それの為に一生懸命努力する人に、神様は当たり前のように与えます。
その人が本気だからです。
本気とは、集中することであります。そこに全てを注ぎます。

目、時間、能力を注ぎ、それだけをします。そうすると報いがあります。

ですが、努力をしない、忍耐をしない、願いだけが一人前。
「あの人は良いな。何であの人ばかり受けているのか。私は無いな」と、
でもその人はそれだけ努力をして訓練を受け、そして神様のルールを守るから栄光を受けます。

神様は私たちに栄光を与えたいと願っています。神様はただ、奴隷のように働かせるのではないです。
私たちは子どもです。良くなって欲しいと思っていますが、しかし、甘やかすことはしないです。
一人前になって欲しいと願っておられます。 

――  農 夫  ――

ただの農夫ではなく、労苦をした農夫です。
神様は、クリスチャンは農夫である、と語りました。
キリストを信じる農夫が収穫の喜びを味わって欲しいと願っておられます。
この農夫の姿で感じることは「勤勉」であります。毎日、毎日 早い時間に畑に出ていきます。
そこで暑くても種を蒔き、雑草を抜きます。
多くの労苦が必要であります。ですが、そこで実を収穫する喜びがあるので、それが出来ます。
豊かな収穫を得るために、毎日汗を流しながら農夫は働きます。

神様はタダで報いを与えることはしません。「あなたの畑はどうなっているのか?」
「あなたは選手としてどういう働きをしたのか?」、「あなたは兵士としてどういう戦いをしたのか?」
「農夫として勤勉に何を蒔いたのか?」

【Ⅱテモテ2章9-10節】

自分をそこに投資をした「献身」であります。献身は、言葉での献身ではないです。
自分自身の人生をそこに完全に捧げた姿です。
神学校に行くのが献身ではないです。学びをするために行くことであって、
自分を捧げたことにはならないです。

神学校へ行かなくても、自分自身を神様の兵士として、選手として、農夫として全部捧げるなら、
それが献身になります。

もう1つ必要なものがあります。「忍耐」であります。
兵士も選手も農夫も 忍耐がないとできません。楽な道は1つもないです。ある意味休みがないです。
その人達は必ず栄光・収穫を受けます。そして自分の人生が成功していきます。
神様が認めてくださり、喜んでくださいます。ですから、報いがあるからこそ、忍耐ができるのです。
得るものがあるから投資することができます。

神様が、報いを期待しながら自分自身をそこに献身し、そして収穫の時まで忍耐しなさい。と語ります。

1回しかない人生を後悔しない。キリストに選ばれた者がキリストを喜ばせないと報いがないです。
「立派な兵士にしてください。」 「立派な選手にしてください。」 「たくさんの収穫を得る農夫にしてください。」
その思いで立つことであります。 (⌒-⌒)

<今週の目標>

【私はキリストの兵士としてどうやって生きてきたのか?
私は選手としてどうだったのか?私は農夫としてどうたったのか?1つ1つの項目に
 自分を当てはめて振り返ってみる時間にする。そしてどういう風に自分を変えていくのか?
(考えて決めたならば、あとは行動だけです。)】

2012.7.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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