からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

八戸ノ里キリスト教会より YouTube公開!

3分バイブルボイス (別ウィンドウで開きます)
毎日3分テレフォンメッセージを配信しておりましたが、いつでも聞き直せるようにYouTubeにも公開致します。
これからもどうぞよろしくお願い致します♪

堕落

主の救いが切実に必要な時

テーマは 『 主の救いが切実に必要な時 』 です

【詩篇12編1-8節】

主よ。お救いください。聖徒はあとを絶ち、誠実な人は人の子らの中から消え去りました。

人は互いにうそを話し、へつらいのくちびると、二心で話します。

主が、へつらいのくちびると傲慢の舌とを、ことごとく断ち切ってくださいますように。

彼らはこう言うのです。「われらはこの舌で勝つことができる。われらのくちびるはわれらのものだ。だれが、われらの支配者なのか。」

主は仰せられる。「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」

主のみことばは混じりけのないことば。土の炉で七回もためされて、純化された銀。

あなたが、主よ、彼らをお守りになります。あなたはこの時代からとこしえまでも彼らを保たれます。

人の子の間で、卑しいことがあがめられているときには、悪者が、至る所で横行します。


信じる人は、この世の終末が来ることを 主のことばによって知っています。

そして終わりに現れるしるしを見た時に、終末が近づいていることを感じています。


しかし信じない人々も世の終わりだということばを使います。

彼らは何を見て世の終わりだと思うでしょうか。



悪者たちが社会の中に増え、彼らによって平気に不義が行われ、正しい価値観が悪い価値観に変わり、義があいまいになり、悪人の成功に憧れる人が増える様子を見て世の終わりだと感じます。


闇がはびこる社会で生きることはとても心苦しくなります。


日本は夜でも人々が自由に出歩きます。


しかしアメリカやヨーロッパ、アフリカや南米では暗くなると外に出歩くことが出来ないです。

どこで危険な目に遭うか分からないほど悪いことがたくさん行われます。



昔も今も人間がいる所には必ず悪者たちがいます。

敵対して悪の力を追い出すことは出来ないです。


悪者たちが横柄する時には、神の救いや助けが一番必要な時です。



ダビデは信仰の人で主に喜ばれる者でしたが、悪人たちは彼を尊敬したのではなく、彼の命を何度も狙いました。


悪い者が支配者の立場にいたので、社会の中にも悪者たちが好き勝手なことをして善良な人々を苦しめました。



1節から8節までにその様子が書かれてあります。


【詩篇12編1節】

主よ。お救いください。聖徒はあとを絶ち、誠実な人は人の子らの中から消え去りました。



悪に満ちた社会




悪者によって聖徒は迫害を受け、誠実な人は不義の力によって犠牲になりました。

悪者が支配する社会は堕落しています。


【イザヤ書57章1節】

義人が滅びても心に留める者はなく、誠実な人が取り去られても、心を向ける者もいない。まことに、義人はわざわいから取り去られて、


【詩篇12編2-4節】

人は互いにうそを話し、へつらいのくちびると、二心で話します。

主が、へつらいのくちびると傲慢の舌とを、ことごとく断ち切ってくださいますように。

彼らはこう言うのです。「われらはこの舌で勝つことができる。われらのくちびるはわれらのものだ。だれが、われらの支配者なのか。」



悪者のことばに対して主の裁きを求める




悪者が使うことばは偽り、傲慢なことば、へつらいのことば、二心による偽善のことばです。


【ローマ3章13-14節】

「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」

「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」


彼らは自分たちの欲望を達成するために平気にうそ、偽りのことばで人を騙します。


【詩篇12編5節】

主は仰せられる。「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」



義人に対する主の救い




主は決して義人を見捨てることはしない方です。


主は、主の救いを求める者たちを救い出して下さいます。


【詩篇12編6-7節】

主のみことばは混じりけのないことば。土の炉で七回もためされて、純化された銀。

あなたが、主よ、彼らをお守りになります。あなたはこの時代からとこしえまでも彼らを保たれます。



主のことば




主のことばは真実で、主はご自分の約束を守るからです。


【イザヤ書55章11節】

そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。


【詩篇12編8節】

人の子の間で、卑しいことがあがめられているときには、悪者が、至る所で横行します。



悪者が横行する




悪者が横行する世代は主への恐れがなく、自分と世を愛する欲だけがあります。


このような世代の中で生きている者は、主の救いがもっとも必要な時です。


嘆いたり失望するのではなく、主の救いを絶えず求めることです。

主は祈りを通して働く方です。


アーメン ヽ(TдT)ノ


2021.2.28
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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この時代への警告

テーマは 『 この時代への警告 』 です

【マタイの福音書11章15-22節】

耳のある者は聞きなさい。

この時代は何にたとえたらよいでしょう。市場にすわっている子どもたちのようです。彼らは、ほかの子どもたちに呼びかけて、

こう言うのです。『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』

ヨハネが来て、食べも飲みもしないと、人々は『あれは悪霊につかれているのだ』と言い、

人の子が来て食べたり飲んだりしていると、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ』と言います。でも、知恵の正しいことは、その行いが証明します。」

それから、イエスは、数々の力あるわざの行われた町々が悔い改めなかったので、責め始められた。

「ああコラジン。ああベツサイダ。おまえたちのうちで行われた力あるわざが、もしもツロとシドンで行われたのだったら、彼らはとうの昔に荒布をまとい、灰をかぶって悔い改めていたことだろう。

しかし、そのツロとシドンのほうが、おまえたちに言うが、さばきの日には、まだおまえたちよりは罰が軽いのだ。


真理は変わりませんが、もう一つ変わらないものがあります。


それは人間です。

人間の無知、愚かさ、頑なさ、腐敗した心です。



【創世記6章5節】

主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。

ノアの時代はだいぶ昔の時代です。

その時代よりも今はもっと悪くなりました。


原因は何でしょうか?



人々が罪から離れず、悔い改めないからです。


どんなに罪から離れて神のもとに帰るように警告しても、奇跡を見せても、悔い改めず、罪の中に留まり、神に逆らいながら生きています。



【エレミヤ17章9節】

人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。

人間を見てその通りだと思います。

悔い改めない理由は、心が頑なで自分は悪くないという思い、無関心、逆らう心、霊的無知があるからです。



自分はどのような人間ですか?


神がしなさいということにも、してはならないということにも従う人ですか。

それとも、言われることをすべて逆にする人ですか。


逆にする人間があまりにも多いので、人間世界はさらに堕落して悪に満ちています。

さばきを受けるために熱心に準備をしている姿に見えます。



福音は人間にとって神が下さる素晴らしいプレゼントです。



そのプレゼントを頑なに拒否する人には、次に警告を与えます。


警告の内容は、さばきの日には耐えられないこと、それから天に挙げられることなく、ハデスに落とされることです。

頑なな心を捨てない人たちの状態です。


【ルカの福音書16章31節】

アブラハムは彼に言った。『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」


それでも福音を聞かず、警告を無視し、悔い改めない人は このようになります。


【詩篇7編11-13節】

神は正しい審判者、日々、怒る神。

悔い改めない者には剣をとぎ、弓を張って、ねらいを定め、

その者に向かって、死の武器を構え、矢を燃える矢とされる。


【エゼキエル書18章30-32節】

それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたをそれぞれその態度にしたがってさばく。──神である主の御告げ──悔い改めて、あなたがたのすべてのそむきの罪を振り捨てよ。不義に引き込まれることがないようにせよ。

あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。

わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。──神である主の御告げ──だから、悔い改めて、生きよ。

福音を素直に受け入れる者になりましょう。

警告を真剣に聞く者になりましょう。


罪を離れて悔い改める者になりましょう。



そうすれば真の命を得、天に挙げられます。

本当に必要な祝福を受けることが出来ます。


アーメン (・∀・)つ


2020.8.23
聖日礼拝メッセージ

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活発になったイゼベルの霊

テーマは 『 活発になったイゼベルの霊 』 です

【ヨハネの黙示録2章18-23節】

また、テアテラにある教会の御使いに書き送れ。『燃える炎のような目を持ち、その足は光り輝くしんちゅうのような、神の子が言われる。

「わたしは、あなたの行いとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっていることも知っている。

しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行わせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。

わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は不品行を悔い改めようとしない。

見よ。わたしは、この女を病の床に投げ込もう。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込もう。

また、わたしは、この女の子どもたちをも死病によって殺す。こうして全教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知るようになる。また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう。

まずはイゼベルとは誰なのかを見ます。

イゼベルは、旧約に出て来る悪女の中でも代表的な人物です。


彼女は北イスラエルの7代目の王・アハブ王の妻で、異邦人でした。


結婚して彼女がイスラエルに持ち込んだのが偶像崇拝でした。

彼女は熱心なバアル崇拝者で、イスラエルの民にバアル崇拝と宗教的な淫行を行わせ、預言者エリヤとも対決した人物でした。


彼女を妻として迎えたアハブが、まずこのように堕落しました。


【第1列王記21章25-26節】

アハブのように、裏切って主の目の前に悪を行った者はだれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである。

彼は偶像につき従い、主がイスラエル人の前から追い払われたエモリ人がしたとおりのことをして、忌みきらうべきことを大いに行った。

王がこのように堕落したので、民もみんな同じことをして堕落しました。

ですから指導者によって大きな影響を受けるので、指導者選びのために多くの祈りが必要です。



神は堕落した民に 神のことばを伝える預言者エリヤを立てていました。

エリヤが民たちに語ったことばはこうでした。


【第1列王記18章21節】

エリヤはみなの前に進み出て言った。「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。

これだけ見ても神の選民たちがバアルによって どれだけ堕落したかがよく分かります。

妥協しながら信仰生活をしていました。



このようなことが今も教会の中であるので、目を覚まして主への正しい信仰を守らなければなりません。


イゼベルという人物は、今は実在しない人物ですが、しかしイゼベルと同じ活動をする者がたくさん出て来ました。

すなわちニセ預言者や異端、誤った教えが巧妙に社会と教会に入り、人々や信徒たちを惑わしています。



それらの者の中で働く霊を 象徴的に “イゼベルの霊” とも言えます。

イゼベルの霊は言うまでもなく、サタンの霊です。

サタンがその者たちを使って人々を惑わし、滅びに導きます。


以前よりも今はイゼベルの霊が大胆に活動しています。



今年6月にある「世界宗教統合宣言式」、同性婚や差別禁止法を進める活動をする牧師たち、聖書の内容を変える働き(デンマーク聖書協会が20年ぶりに新しく発行した新約聖書から「イスラエル」、「ユダヤ人」ということばを他のことばに書き換えたこと)や、真理から離れた教えなどがいつの間にか多くの教会の中にも浸透し、それをそのまま受け入れているところが増えたことは大変危険なことです。


なぜ人々は真理から離れたことなのに、それを受け入れてしまうのでしょうか。



サタンは人々が惹かれることばをよく知っているので、それを使って人々を誘惑し、惑わします。

自由、平等、共存、愛、寛容、人権、平和などということばを頻繁に使いながら惑わします。

それは どの時代でも使うサタンの騙しであり、変装術です。


サタンがよく使う変装術を伝えます。


  • いつも自分の味方のように変装する
  • いつも自分自身を顧みないようにさせ、そのために洗脳する
  • いつも苦難のない栄光を約束する
  • いつも高慢が高慢でないように思わせる
  • いつも奇跡を約束する

このようにして自分の支配下に入った者に、次にやるのは偶像崇拝、不品行、偶像にささげたものを食べさせます。


これは聖書の教えとは真逆のことです。

これらは教会が始まった時から堅く禁じたことでした。


【使徒の働き15章20-21節】

ただ、偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるように書き送るべきだと思います。

昔から、町ごとにモーセの律法を宣べる者がいて、それが安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。」


なぜテアテラ教会がイゼベルという女をなすがままにさせてしまったでしょうか。

テアテラ教会は、愛と信仰と奉仕と忍耐、行いでほめられたのに、なぜこのような失敗を犯したでしょうか?


それは真理に対して無知であったことと、愛に対して誤解したからです。


真理には妥協が許されないです。


すなわち、“どんな混ぜ物もしてはならない”ことです。

人間の教えが真理に混ざることを主は忌み嫌います。


それは真理ではなくなります。

異端は真理に混ぜ物をして人々を惑わします。






次は愛に対して誤解しました。


エペソ教会はニセ預言者たちを見抜いて、彼らを追い出すことには成功しましたが、初めの愛を失ってしまいました。


テアテラ教会は兄弟愛を深めていきましたが、その代わりニセ預言者たちを追い出すことに失敗しました。

愛に傾いてしまい、教理的な部分ではとても未熟でした。



このバランスを取るのは簡単ではないですが、信仰が成熟していくとバランスを取ることが出来ます。


神はイゼベルの霊に支配されている者に対して 悔い改めることを寛容と忍耐をもって待っていますが、いつまで待つのではなく、神の愛と寛容をいつまでも拒む者たちには厳しい刑罰があることを警告しました。


イゼベルと同じ罪を犯す者たちも同じ刑罰があることを知らなければなりません。

イゼベルの教えに従う者はイゼベルの子です。



教会の中にいても最後まで悔い改めない者は、神の子でないことをはっきりさせてあります。


主は私たちの心だけでなく、行いもすべてご存知なので、それに従って必ず裁く方です。

イゼベルの霊にはくれぐれも気をつけましょう。
アーメン ヽ(TдT)ノ


2020.5.17
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見張りとして警告する

テーマは 『 見張りとして警告する 』 です

【エゼキエル書33章1-7節】

次のような主のことばが私にあった。

「人の子よ。あなたの民の者たちに告げて言え。わたしが一つの国に剣を送るとき、その国の民は彼らの中からひとりを選び、自分たちの見張り人とする。

剣がその国に来るのを見たなら、彼は角笛を吹き鳴らし、民に警告を与えなければならない。

だれかが、角笛の音を聞いても警告を受けないなら、剣が来て、その者を打ち取るとき、その血の責任はその者の頭上に帰する。

角笛の音を聞きながら、警告を受けなければ、その血の責任は彼自身に帰する。しかし、警告を受けていれば、彼は自分のいのちを救う。

しかし、見張り人が、剣の来るのを見ながら角笛を吹き鳴らさず、そのため民が警告を受けないとき、剣が来て、彼らの中のひとりを打ち取れば、その者は自分の咎のために打ち取られ、わたしはその血の責任を見張り人に問う。

人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。

エゼキエルは預言者です。


預言者は見張りとしての務めが 神から与えられました。


預言者は神のことばを聞いて、神の代わりに民に警告を与えます。

見張りとしての務めはとても重要です。


神は見張りの役割を預言者だけではなく、今は牧師、伝道師、聖徒たちにも与えてあります。

牧師は聖徒たちに警告を与え、聖徒たちは異邦人たちに与える義務があります。


今の時代は見張りとして警告しないといけないことが次々と起きています。



見張りとしての使命




見張りとして立つためには まず神の声を聞くことです。

そして神のみこころを知り、神の代わりに警告を与えることです。


警告は罪人たちの罪を責め、正しく立たせるためです。


神は、神を信じない世の人々よりは神の民たちにまず警告します。

なぜなら神の民たちが罪の中にいるならば、この世には希望がないからです。


この世は堕落してあり、不義があり、闇に覆われてあります。


闇がある世界で世の光として人々を光に導かないといけない神の民が罪を犯し、霊的に堕落し、神とバアルを同時に信じる偶像崇拝をするならば、神は彼らに剣や災いを送ります。

戦争、飢饉、疫病、災害などです。


神はそれらと共に見張りも立てます。

警告を与えるためです。

彼らを目覚めさせ、また備えさせるためです。



見張り人は剣をよく使いこなす者でも、特別な力がある人でもないです。

見張り人は常に起きていることが大切です。


危険な状況が迫って来るのに 眠っていて警告しないならば、大きな災難になってしまいます。


見張りは、神のことばを正しく伝え、霊的に目を覚まさせ、信徒たちに警告することを戸惑ったり怠けてはいけないです。


また聞く者たちは、祝福と慰めのことばを語らないことを不満に思ってはならないです。


霊的に無知な者は 時代を見分ける分別力がないのに、目の前に起こっていることを見ても悟りがなく 実の安逸だけを求めます。



しかし今、霊の世界では激しい戦いが行われています。


ですから警告と叱責のことばを聞くことで時代を知ることが出来、悔い改めて神に立ち返ることが出来、備えることが出来ます。


コロナウイルス、オーストラリアやブラジルの火災、イギリスの暴風雨、アフリカのバッタの被害、内戦など、中身をよく見ると神から出た災害であることがよく分かります。


すべて “罪” が原因であることがよく分かります。



罪の中にいる者たちに、いま主はそれらを通して警告しておられます。


見張り人は、それを知って警告のラッパを吹いて警告を与えないといけないです。

私とみなさんが見張り人です。


どの時代にも神は見張りを立てました。

モーセ、サムエル、エリヤ、エリシャ、ナタン、エレミヤなどは警告のラッパと裁きのラッパを吹いて民たちに警告しました。


忠実な見張りの姿です。


【イザヤ書21章6-9節】

主は私にこう仰せられた。「さあ、見張りを立たせ、見たことを告げさせよ。

戦車や、二列に並んだ騎兵、ろばに乗った者や、らくだに乗った者を見たなら、よくよく注意を払わせよ。」

すると獅子が叫んだ。「主よ。私は昼間はずっと物見の塔の上に立ち、夜はいつも私の見張り所についています。

ああ、今、戦車や兵士、二列に並んだ騎兵がやって来ます。彼らは互いに言っています。『倒れた。バビロンは倒れた。その神々のすべての刻んだ像も地に打ち砕かれた』と。」

主のことばを聞いて目を覚ましている見張り人であるので、民に正しく警告することが出来ました。


私たちもこの時代の見張り人として主のことばを聞き、主のみこころを知って警告を与えなければなりません。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2020.2.23
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悪魔が喜ぶ人、嫌いな人

テーマは 『 悪魔が喜ぶ人、嫌いな人』 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

悪魔の存在は 堕落した御使いです。

もともとは良い者だったのに、神に逆らって堕落すると、とんでもない悪い者になりました。


その悪魔は、人間に罪を犯すようにそそのかす者です。


神は、人間を神のみこころに従って生きるように造りました。


それなのに悪魔は絶えず、人間が神に逆らって生きるように誘惑します。

この悪魔の誘惑から逃れる者は1人もいません。



イエス様さえも悪魔の誘惑に会いました。

信仰ある人たちも みんな悪魔の誘惑を受けました。


悪魔は、(神を)信じる者の敵なので 立ち向かいなさいと主から言われました。

勝利するためには敵のことをよく知っておかなければいけないです。


今回は、敵を知るために、悪魔が好きな人と嫌いな人を学びます。




悪魔が喜ぶ人




悪魔は罪を犯す人を喜びます。


京都の放火事件で、人々はことばを失うほど悲しんでいますが、悲しまないのは、犯人と悪魔ですね。

もちろん悪魔の心を持っている人間は喜んでいると思います。


人間ならば 人間の心が必要ですが、犯人には人間の心がありません。

人の死を喜ぶ悪魔の心しかないです。


悪魔は悪魔の心を持って罪を犯す人間をとても喜びます。

神は罪を忌み嫌いますが、悪魔は罪が大好きです。


悪魔は、神が忌み嫌うことを行う者が大好きです。



箴言6章には、神の忌み嫌うことが書かれてありますが、これらを行う者は悪魔に喜ばれています。


【箴言6章16-19節】

主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。

高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、

邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、

まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いをひき起こす者。

罪を犯す者は絶えず、悪魔に餌を与えて悪魔に力を与える者です。

悪魔を獅子と表現しましたが、獅子も餌を得ないと力が出ないし、最後は死にます。


悪魔が喜ぶ罪を犯して餌を与えながら悪魔に勝つことは可能でしょうか?


不可能です。




悪魔が嫌いな人




悪魔を落胆させ、餌を与えない人を悪魔は嫌います。


私たちが悪魔に勝利するためには、絶えず悪魔を落胆させ、悪魔を飢え死にさせなければなりません。

悪魔が嫌いなことがあります。


それは私たちが神のみこころを行うことです。


すなわち神を喜ばせることをするならば、悪魔は怒り狂います。

嫉妬、妬みに燃え、攻撃もします。


しかし 私たちはそんな悪魔を恐れず、さらに神のみこころを行うことです。



どのように生きたら悪魔に嫌われる人になるでしょうか?


【第1テサロニケ5章15-18節】

だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

人に悪を行い人間関係が壊されることを悪魔は好みますが、私たちがいつも善を行うならば悪魔はその人を憎みます。

悪魔の心を受け入れる人は、他人に平気に悪を行います。


しかし神のみことばに従って善を行うならば神は喜び、悪魔は嫌います。



いつも喜ぶ人は、悪魔に嫌われます。

誘惑しても倒れないからです。


クリスチャンが悪魔の誘惑に陥りやすいのは環境を信仰の目で見ず、人間的な目(不信仰な目)で見るからです。


環境を見てつぶやいて罪を犯す場合が多いです。

悪魔は次のような人が嫌いです。


【ハバクク書3章17-19節】

そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。

しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。

私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。指揮者のために。弦楽器に合わせて。

環境よりも大切な主が私たちを愛し、私たちを救って下さったことを考えるならば、どんな環境の中でも喜ぶことが出来ます。

ハバククも 厳しい環境の中で、このことばを告白しました。



どんな環境の中でも喜ぶ人を悪魔は嫌います。

私たちが神を呪い、神から離れることを願って様々な攻撃をするのに、効き目がないので嫌います。






また悪魔は、祈る人が大嫌いです。


私たちが落胆したり、疑ったりして祈らないことを願っているのに、絶えず神の前に出て祈ると 自分たち(悪魔)の作戦が無効になるので嫌いです。


悪魔は、私たちが神の助けなしに生きるように仕向けますが、それに騙されてはいけないです。



また悪魔はすべてのことについて感謝する人が嫌いです。


悪魔はつぶやく人が好きです。

つぶやく人の中に入りやすいからです。

つぶやく人は悪魔から見ると使いやすいです。


しかし感謝すると出番がなくなります。

悪魔の力が無力になります。



“霊的力がないから悪魔に立ち向かえない” と嘆く必要はありません。


感謝するならば、悪魔の力を奪い取ることが出来ますし、無力化することが出来ます。


感謝せずに、つぶやく人は悪魔を巨人にする人です。

しかし感謝する人は悪魔をイナゴにする人です。



悪魔との戦いで、悪魔を倒したいならば、悪魔から嫌われる人になり、悪魔を失望させる人になることです。

そして神に喜ばれる人になるならば、悪魔は次のような状態になります。


【申命記28章7節】

主は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。

悪魔を恐れるのではなく、神を恐れる者になって、悪魔に勝利する者になりましょう。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.7.21
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神の栄光を横取りしてはならない

テーマは 『 神の栄光を横取りしてはならない 』 です

【使徒の働き14章11-18節】

パウロのしたことを見た群衆は、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」と言った。

そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼んだ。

すると、町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、雄牛数頭と花飾りを門の前に携えて来て、群衆といっしょに、いけにえをささげようとした。

これを聞いた使徒たち。バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら

言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。

過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。

とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」

こう言って、ようやくのことで、群衆が彼らにいけにえをささげるのをやめさせた。

神が人間を造った一番の目的は“神の栄光のため” でした。


【イザヤ書43章7節】

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。

ですから、もし人間がその目的通りに生きていないならば、その人は神に逆らう人生を生きています。

造られた目的を知らないと、神のみこころに従って歩むことは不可能です。


人間を造った神は 聖書を通して、その目的を私たちに教えて下さいました。


しかしその目的を知ったとしても神の栄光を横取りするならば、それは神を冒涜することになります。




神に栄光をささげる姿




パウロとバルナバは 神に選ばれ、宣教師としての働きをしていました。


神は、パウロに奇跡や癒しを行う力を注いで下さいました。

パウロはイエス様に出会うまでは病人を癒したことも、奇跡を起こしたこともありませんでした。


しかしイエス様に出会ってから、多くの癒しや奇跡を行い、人々に知られるようになりました。


ある時、パウロは生まれつき足のなえた人を癒しました。

すると群衆は、彼らが人間ではない神であると声を張り上げました。


そして二人は突然、ギリシャ神話に出て来る神になってしまいました。

パウロがヘルメス、バルナバがゼウスになりました。


そしてゼウス神殿の祭司や群衆も、二人にいけにえをささげようとしました。


もし二人がそれを受け入れたならば、彼らは 人々の上に神として君臨することも可能でした。


しかし、このことで一番危機感を感じたのは二人でした。

どれほど二人がびっくりしかと言えば、衣を裂いて叫びながら人間宣言しました。


自分たちは神ではなく、神のしもべであることを伝えました。

二人はとんでもない騒ぎが起こったことでびっくりしたと思います。


これらのことは、サタンの策略だったと思います。


サタンは、自分が神になりたくて堕落した存在です。

アダムとエバは、このサタンの策略に負けたので堕落しました。


神の栄光を横取りしようとしたことで、彼らは神から刑罰を受けました。


神が受けるべき栄光を 自分が受けることは、神のものを盗むことです。


主の弟子ペテロにも似たような経験がありました。


主の導きで、百人隊長コルネリオに会いに行きました。

当時の力関係で言うならば、ペテロがコルネリオよりも下です。


しかし同じく神からの導きを受けたコルネリオは、ペテロが自分の家を訪ねた時に、すぐさま出向いて、ペテロの足元にひれ伏して拝みました。

プライドの高い人ならば 天狗になる瞬間です。


しかしペテロは驚いて彼を起こして「お立ちなさい。私も一人の人間です」と 神の栄光を盗みませんでした。


主の働きの中でも、このような誘惑が多いです。

自分を高く評価する瞬間、サタンはその思いにつけ込みます。


ある牧師が天国へ行った時に、すでに召された有名な牧師に会ってみたいとイエス様にお願いをしました。

すると主の表情が雲ってきて、しばらく沈黙が流れました。


その後、静かに「彼は ここにはいない」と言われました。

一瞬、意味が分からなかったそうです。


召された牧師は有名な方で、とても素晴らしい働きをしたからです。


その後、地獄の牢獄の中に閉じ込められた その牧師を、主が見せて下さいました。


「なぜ あの牧師はあそこにいますか?」
あり得ない状況に戸惑いながら主に聞くと、


主からの答えは「彼は私の栄光を横取りしたからだよ。」

牢獄にいる牧師が叫びました。


「主の栄光を横取りしてはならない!」




主の栄光を横取りした聖書の人物は




【使徒の働き12章21-23節】

定められた日に、ヘロデ王は王服を着けて、王座に着き、彼らに向かって演説を始めた。

そこで民衆は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。

するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。

虫にかまれたことが直接的な死因ですが、それより先にあった出来事が死因に結び付き、神の栄光を横取りしたことでした。


神が死因を教えて下さらなかったならば、死因は虫にかまれて死んだかわいそうな人として記録されたと思います。

この罪は誰でも犯しやすい罪です。


私たちの自我の中には、アダムの罪の性質があります。


神になりたい欲望があります。


ですから、主の働きをする人でも 自我を捨てないと、いつでも 口では “神に栄光” と言いながら、自分が栄光を受けることを喜びます。


素晴らしい業績を残し、人々に尊敬されている主のしもべたちは、常にこの誘惑にさらされています。

高慢になると主の栄光を自分のものにします。


謙遜になることが必要ですが、自分を砕かないと謙遜にならないので、偉くなるにつれて誘惑に負けていく人が多いです。


【マタイの福音書7章22-23節】

その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。



神が偶像崇拝を忌み嫌う理由




偶像は人間の手の作品であり、人間が造った神です。


まことの神にこそ栄光をささげなければならない人間が、自分たちで造った(偶像の)神を神として拝みながら、それに栄光をささげる姿に、(まことの)神は我慢が出来ないです。


生きた人間や死んだ先祖たちを拝む行為も、神の栄光をむなしいものにささげる行為であるので、神はそれに対して必ず刑罰を与えると警告してあります。


【出エジプト記20章4節】

あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。

偶像崇拝は 神の栄光を台無しにする姿であります。


【ローマ1章23節】

不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。

偶像崇拝によって栄光を受け 喜ぶのは、神になりたくて神に逆らった“サタン” です。


サタンは神の栄光を横取りするために人々を惑わし、次々と偶像の神を造らせ、サタンが栄光を受けています。


栄光を受けるべき方は、主お一人です。


【詩篇24編8節】

栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。

【詩篇24編10節】

その栄光の王とはだれか。万軍の主。これぞ、栄光の王。

私たちは自分は取るに足りない者であることを自覚し、すべての栄光を主にささげましょう。


アーメン (・∀・)


2018.4.15
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神への義務

テーマは 『 神への義務 』 です

【箴言1章7節】

主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。

創造主である神は すべてのものを、目的をもって創造しました。


例えば 太陽と月を創造した目的は、創世記1章14-18節にあります。


【創世記1章14-18節】

神は仰せられた。「光る物が天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のためにあれ。

また天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」そのようになった。

神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。

神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、

また昼と夜とをつかさどり、光とやみとを区別するようにされた。神はそれを見て良しとされた。

太陽も月も 創造の時から今まで、神の目的通りに動いて 神への義務をしっかり果たしています。

1分でも勝手に動いたことがありません。


人間も、神が特別な思いと目的があり造りました。

人間を造る時の神の思いと目的が書いてあるのが創世記1章26-28節です。


【創世記1章26-28節】

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

そして、別の目的もありました。


【イザヤ書43章7節】

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。

人間のために人間が造られたのではなく、神ご自身のために造られたのが、“人間” でした。


ですから人間には、神が決めた “神への義務” があります。

他のすべての被造物は、何の問題もなく神への義務を果たしているのに、人間だけが義務を果たさず、逆らって生きるので、他の被造物までも苦しんでいます。


神の存在、自分の存在意味も知らないで生まれて死ぬ人がたくさんいます。


そうならないために、今回は “人間が果たすべき神への義務が何か” を話したいと思います。




神を恐れること




今日の本文である “主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。”


神を恐れることは、奴隷が主人を恐れる時の恐れではなく、神を自分の創造主として認め、その方だけに絶対的に仕える姿勢です。
また神の意志に服従することです。


【ヨブ記28章28節】

こうして、神は人に仰せられた。「見よ。主を恐れること、これが知恵である。悪から離れることは悟りである。」

【詩篇111編10節】

主を恐れることは、知恵の初め。これを行う人はみな、良い明察を得る。主の誉れは永遠に堅く立つ。

頭がよく、何でも知っている人が知恵ある人ではないです。

自分が何のために造られたのかを知らない人は “愚か者” です。


聖書はそれを知らない人は、悟りを得ていない人と言います。


【詩篇49編20節】

人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。

この人たちは神の存在も知らないですし、神への恐れもなく、神への義務も知りません。

しかし悟りがあって、神への義務も知っている人は、神への恐れがあります。


ダビデは、自分のことも神の存在も知りました。

ですから告白が違います。


【詩篇57編11節】

神よ。あなたが、天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように。

神への義務も果たし、神に栄光もささげました。

神は彼を主の心にかなう者だと言われました。




心を尽くして主に拠り頼むこと




【箴言3章5節】

心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。

神は、人間には自由意思を与えましたが、それは何でもして良いという自由ではありません。


最初の人間であったアダムに、そのことを知らせました。

創世記3章15-17節で、アダムにして良いことと、してはならないことを命令しました。


【創世記2章15-17節】

神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。

神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

しかしアダムは サタンの誘惑のことばに惑わされて、神を信頼せず、すべてを任せることもせず、自分の悟りに頼りました。

そして神のようになろうとして、神への義務を捨て、神に逆らいました。


その結果、世界に罪と死が入り、神との関係が壊れ、土地が呪われ、エデンの園からも追い出されました。


他の被造物は神へ義務を果たしているのに、人間だけが義務を果たさず違反行為をして堕落してしまいました。

今も 自分の悟り、力、お金、権力、人、偽りの神に頼って生きている人が多いです。


しかし、人間は 心を尽くして主に拠り頼みながら生きていかなければなりません。


それが人間に与えられた神への義務だからです。


神を無視し、他の者に頼って生きることは、神から見た時に 神への侮辱であり、神を軽んじる行為になります。




どこにおいても主を認めること




【箴言3章6節】

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

このことばは、私たち人生のあらゆる部分において神を認め、神を敬うことを意味します。


神を認めることは 知識として認める意味よりは、主との深い交わりを通して 人格的に主を知ることです。


礼拝の時、危険な時、困った時だけ神を認めるのではなく、いつも神が主権者であることを認めることです。


そうするならば神は私たちを導いて下さいます。

自分の生活すべてにおいて 主を認めることは、“神への義務” です。




財産と収穫の初物で主をあがめること




【箴言3章9節】

あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。

神を恐れる、認めることを、口先だけでするのではなく、どのように実践するかを具体的に教えた箇所です。


神は自分の倉を満たす前に、まず神の倉を満たすように語りました。

なぜでしょうか?


それは、すべてのものは主が与えた恵みであることを認め、感謝する意味もあります。


アベルのささげものと カインのささげものを神が区別して、アベルのささげ物は受け入れ、カインのものは受け取らなかった理由が、創世記4章3-4節にあります。


【創世記4章3-4節】
ある時期になって、カインは、地の作物から主へのささげ物を持って来たが、

アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最良のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。

アベルにあって カインには なかったものがありました。


初子、最良のもの、自分自身がカインにはありませんでした。

カインが持って来た作物が何かは分かりませんが、“何本かの人参” だったかも知れません。


あらゆる作物から最高に良いものを選んで持って来たならば、神は受け入れたと思います。

神へのささげものに、真心も恐れもないことが分かります。


日本でも皇室に入るものは、スーパーで安売りするものでしょうか?

それはあり得ないことだと思います。

きっと最高に良いものを入れると思います。


すべてのものを作ったのは 主ですから、所有者も 主に間違いありません。


主のものを主の倉に先に入れず、全部自分のものにしたり、残りのものをささげることは主にふさわしいことでしょうか?


それを簡単にやってしまうのが、人間です。

「神様は、私の困った事情を知っているでしょう」と言いながら、神にはささげず、自分を優先にします。


財産と収穫の初物を神にささげるのは “神への義務”です。


神はその義務を果たす人に、このような祝福を与えると約束しました。


【箴言3章10節】

そうすれば、あなたの倉は豊かに満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれる。

神の倉を先に満たす人に 神が約束した祝福です。

ささげないと その祝福を受けることが出来ないです。




主の懲らしめをないがしろにしてはならない




【箴言3章11-12節】

わが子よ。主の懲らしめをないがしろにするな。その叱責をいとうな。

父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる。

主の懲らしめは、主の怒りの現れではなく、“神の愛の現れ” です。


愛する者から汚れや堕落を防ぐため、間違った行動を矯正するために 懲らしめを与える時があります。

その時、神に反抗したり、不従順したりするのではなく、反対にへりくだって 神のことばを聞くのが 神への義務です。


子どもが悪いことをしても 親が何も言わないなら、親の義務をないがしろにしたことになります。

親が子どものために叱るのに、子どもが言うことを聞かない場合は、子どもが親に従う義務を果たしていないです。


私たちは 神が私たちを懲らしめる時、それが神の愛の表現であり、神の恵みの手であることを知って 神に聞き従うことです。


もし ないがしろにするならば、神の愛は 怒りに変わります。

その時は厳しい目に会いますので、気をつけないといけないです。


このように人間は 誰であれ、神に対して行うべき義務があります。


それを行っている人と、行っていない人に対する 神の扱い方は全然違います。


箴言を書いたソロモンは、神への義務を熱心に果たした時もありましたし、堕落した時もありました。

両方を経験したソロモンが、結論として語ったことばがあります。


【伝道者の書12章13-14節】

結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。

主の再臨を準備する人は、主への義務を 日々果たしていなければなりません。

もう一度点検してみて下さい。
(☆゚∀゚)


2017.8.20
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五つの教会が受けた主からの非難と対策

テーマは 『 五つの教会が受けた主からの非難と対策 』 です

【ヨハネの黙示録1章10ー11節】

私は、主の日に御霊に感じ、私のうしろにラッパの音のような大きな声を聞いた。

その声はこう言った。「あなたの見ることを巻き物にしるして、七つの教会、すなわち、エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキヤに送りなさい。」

先週は 七つの教会の中で、主からほめ言葉をもらった六つの教会を学びましたが、今回は七つの教会の中で、非難を受けた教会が五つもありましたので、どの部分が非難されたのか。


そして、それを変えるために、どのような対策を主から受けたのかを学びます。




◎ エペソ教会




【ヨハネの黙示録2章4ー5節】

しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。

それで、あなたは、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行いをしなさい。もしそうでなく、悔い改めることをしないならば、わたしは、あなたのところに行って、あなたの燭台をその置かれた所から取りはずしてしまおう。

この教会の問題は、初めの愛から離れたことでした。


他のすべてが良かっただけにこの部分は残念であります。

しかしこのような教会がたくさんあるのも事実です。


なぜ初めの愛から離れてしまったでしょうか。

奉仕や活動ばかりに心が向いてしまって、いつの間にかキリストとの交わりが減り、キリストへの関心も減り、ないがしろになってしまいました。


家庭で例えるならば、家族のために仕事を熱心にするのは良いですが、時間がなくて家族と話す時間も 共に食事する時間もなく 愛し合う時間もないことです。

家庭に一番必要なものが抜けていきます。


それによって すれ違いが生じ、心が離れていきます。


教会に多くの行事があるのを主が喜ぶでしょうか。

それに忙しくて、神とゆっくり交わる時間も 聖徒同士ゆっくり交わる時間もないのが主の願うことでしょうか?
―― そうではないです。


初めは自分たちの心がキリストで満たされていたのに、ある時から無関心になりはじめたのは、主が“どこから落ちたのかを思い出しなさい” と、対策を教えて下さいました。

そして “悔い改めなさい” と語ってくださいました。


自分たちの心が再びキリストに満たされ、キリストと新たな関係を結んで初めて 悔い改めたことになります。


主が一番願うのは“主を愛すること”です。


奉仕ではなく、イベントでもないです。

まずは主を愛し、主の栄光のために働くことです。


いまエペソ教会は存在しません。

エペソ教会があった地域から数キロ以内に教会は存在していなく、イスラムが支配しています。

キリストが燭台を取り外してしまいました。
悲しいことです。




◎ ペルガモ教会




【ヨハネの黙示録2章14ー16節】

しかし、あなたには少しばかり非難すべきことがある。あなたのうちに、バラムの教えを奉じている人々がいる。バラムはバラクに教えて、イスラエルの人々の前に、つまずきの石を置き、偶像の神にささげた物を食べさせ、また不品行を行わせた。

それと同じように、あなたのところにもニコライ派の教えを奉じている人々がいる。

だから、悔い改めなさい。もしそうしないなら、わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう。

バラムは旧約聖書に出てくる にせ預言者で、イスラエル民族をつまずかせた預言者でした。


神は彼がしようとしたことを止めたので、最初はそれに従いましたが、結局 後で彼はイスラエル民族が神に罪を犯すようにたくらみ、イスラエル民族はそれに引っかかりました。

バラムの教えとは、不道徳と偶像崇拝へ導く教えでした。


多くの哲学も教会の中に入り、教会の中に教理というものも出来てしまいました。

非真理に対しては、真理であり 両刃の鋭い剣である “主のことば” で戦わないといけないです。


この時期に異教の多くの教えが教会に入りました。

多くの異教徒の教えが入ると、教会はどうなってしまうでしょうか?


カトリックがやっていることは、聖書にないことですが、それらのものが生まれました。

死人のための祈り、十字架を拝むことや聖人やマリア崇拝、裁きに対する間違った教えなどがあります。


このような混ぜ物で、教会は堕落していきます。




◎ テアテラ教会




【ヨハネの黙示録2章20ー23節】

しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行わせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。

わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は不品行を悔い改めようとしない。

見よ。わたしは、この女を病の床に投げ込もう。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込もう。

また、わたしは、この女の子どもたちをも死病によって殺す。こうして全教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知るようになる。また、わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう。

非難されたことは、イゼベルという にせ預言者の働きを許したことでした。


旧約時代のイゼベルは残忍な殺人者であり、異教徒でイスラエルの中でバアル崇拝を大々的に行った人物でした。

にせ預言者イザベルも、不義の偶像崇拝を教えていました。

そして決して悔い改めませんでした。


にせ預言者は サタンの霊に完全に支配されて、教会を内部から潰す働きをしますし、信徒たちを惑わして地獄に落とす策略で活動しますので、その者が受ける罰は サタンが受ける罰と同じです。


光の天使のように変装し、神から来たメッセージだと言いますが、中身はオオカミです。

それに騙されないことがとても大切です。

それに従う者は真理から離れて行きます。




◎ サルデス教会




【ヨハネの黙示録3章1ー3節】

また、サルデスにある教会の御使いに書き送れ。『神の七つの御霊、および七つの星を持つ方がこう言われる。わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、生きているとされているが、実は死んでいる。

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

だから、あなたがどのように受け、また聞いたのかを思い出しなさい。それを堅く守り、また悔い改めなさい。もし、目をさまさなければ、わたしは盗人のように来る。あなたには、わたしがいつあなたのところに来るか、決してわからない。

“生きているようにされているが、実は死んでいる教会” とは、どのような教会でしょうか。

真理ではないものと妥協する教会のことです。


御言葉に従って信仰生活をするのではなく、様々な教理や形にとらえられた “形” だけの教会です。

名ばかりの教会で、そこには いのちも主の臨在もありません。


どんなにたくさんの人や活動があったとしても、それが主の心に適っていないならば 主はそれを神の働きではなく、人の働きと見ます。

すなわち神とは何の関係もないということです。


このような姿も、多くの教会の中で見られる姿です。

真理に戻り、神が喜ぶことをしないといけないです。




◎ ラオデキヤ教会




【ヨハネの黙示録3章15ー19節】

「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。

このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。

あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。

わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。

わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。

無関心、なまぬるく無気力が彼らの姿でした。


見た目は何一つ乏しいものがないように見えました。

しかし彼らの霊の状態は みじめで、哀れで、貧しく、盲目で、裸でした。


神聖な部分がなく、教会が世俗化されてしまいました。

クリスチャンと言いながら、重要なキリスト教理を軽く考え、世の価値観で生きる人、反キリスト的な思想で生きている人、御霊に従うよりは肉に従うことを好む人たちがたくさんいる教会です。


それが当たり前のような教会で、悔い改めることもない教会です。


【第2テモテ3章5節】

見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。こういう人々を避けなさい。

主から指摘された悪い部分を直すこともなく、放置するならば、それが癌細胞のように広がって命取りになります。


主がいない建物だけの教会、いのちのない死体のような信徒たちになってしまいます。


悔い改めることが一番の対策であることを主が教えて下さいました。
。゚(゚´Д`゚)゜。

2016.9.11
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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悪魔の正体と策略

テーマは 『 悪魔の正体と策略 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

聖書には神の存在だけでなく、悪魔の存在も現れています。


そして、悪霊が 人間や人間世界に及ぼす悪い影響に対しても詳しく教えています。


イエス様も悪魔と戦いました。

そして 私たちもこの悪魔と戦うように言われました。


この教会では、いつも霊的戦いをしていますが、ますます悪魔の働きが強くなっているので、身を慎み、目を覚ますために さらにしっかりと悪魔の正体と策略に対して学びます。




悪魔の正体



悪魔には様々な姿があるので、それによって呼ばれる名前も違います。


聖書の中にある名前だけでも、20以上はあります。

  • 暁の子
  • 明けの明星
  • 悪魔
  • サタン
  • ベルゼブル
  • 悪い者
  • 人殺し
  • 偽り者
  • 世を支配する者
  • この世の神
  • ベリアル
  • 空中の権威を持つ支配者
  • 暗闇の世界の支配者
  • 誘惑者
  • 死の力を持つ者
  • 底知れぬ所の御使い
  • アバドン
  • 大きな赤い竜
  • 古いへび
  • 全世界を惑わす者、訴えている者

などがあります。


聞いただけでも悪者の姿が想像出来ます。

悪魔は アダムとエバを堕落させ、彼らの祝福を盗み、神との関係を壊し、死をもたらした悪い存在です。

そして今も同じことを人間や世界にしています。


悪魔が堕落した天使であることは、クリスチャンならば知っています。

霊の存在であり、霊の世界に対してはとても詳しいです。


霊の世界は 架空の世界ではなく、“現実よりもリアルな世界” です。


すべてのものは 霊の世界から始まりました。

物質の世界は、後から創造されました。


神が遣わす御使いは聖徒に仕える霊ですが、悪魔は聖徒たちを攻撃する悪の働きをします。


(悪魔は)死の力をもって人々と世界を支配する、暗やみの支配者です。

軽く見てはならない存在です。

策略家であり、世界でどんな悪でも平気に行う存在で仲間がたくさんいます。




悪魔の働き



今日の本文にあるのが悪魔の働きです。


ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら歩き回っています。

活発な働きを全世界でしています。

戦争もテロも事件も、悪魔の働きによるものがほとんどです。


獅子が獲物を捜すのは 食い尽くすためで、その手にかかれば、いのちが危険です。

イエス様が語ったことばが、ヨハネの福音書にありますが、これは悪霊の働きを見せてあります。


【ヨハネの福音書10章10節】

盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。

人殺しが計画的に人を殺すように、悪魔も計画的に人を狙って働きをします。

悪魔は今も激しく神に敵対するために活動しています。


そのために教会を攻撃し、信徒たちを誘惑し、あらゆる手段を使って人々が救われないように妨害します。


神様とは反対のことをするのが 悪魔の働きです。

悪魔は働きのために緻密な作戦や策略を立てて実行します。


この策略を聖徒たちは知らないといけないです。


信じてない人たちはサタンの支配下にあるので、いつでもサタンは好きなように出来ます。



サタンは、豊かに祝福することも出来ますし、成功させることも出来ます。
しかしサタンは 彼らのたましいを手に入れてあるので、最終的には地獄に突き落とします。


そして、その結末に大喜びする恐ろしい悪魔です。


聖徒を落とすためには霊的戦いが必要なので、悪魔は、神に敵対する時には 巧妙な策略を立てます。


多くのクリスチャンたちが サタンに対して無知で、霊的戦いに対しても知らないのでほとんど悪魔が勝利しますね。


クリスチャンたちは教会に通っているだけで満足し、世の人と変わらない霊的状態です。


霊の目も耳も開いていなく、ラオデキヤ教会のような状態がとても多いです。


サタンから見たらありがたい状態で、とても働きやすい環境です。




悪魔の策略



実際に悪魔に長い間 仕えていた人から聞きました。

びっくりするような内容が色々ありました。


悪魔に対しても、その策略に対しても何も知らないクリスチャンが多過ぎることは怖いことです。


聖徒が “キリストの兵士” と呼ばれるように、悪魔にも “悪魔の兵士” と呼ばれる者たちがいます。


彼らはすごい策略を持って、キリストの兵士たちを攻撃して勝利しています。

ものすごい力を持ってありますし、とても熱心です。


しかしキリストの兵士たちの多くは 寝ていて、サタンの捕虜にされてしまいました。

サタンに悩まされています。


悪魔の策略は、まず地域に呪文や呪術をかけてイエス・キリストの真理が入らないように妨害します。

その地域に貧困、病気、淫乱、暴力、麻薬の霊などを送って、その霊が地域を支配するようにします。


世界や地域を見ると よく分かります。


日本もその霊に強く支配されているので、福音が入らないです。

偶像が盛んです。


神の命令で、初めて八戸ノ里に来た時も、強いサタンの力を感じて、恐れと不安が出たので道端に立ったまま祈りをしましたが、体が震えた記憶があります。


そして教会開拓をしたくない思いが出ました。

しかし神の命令があったので開拓をして 今に至りました。






2年前に神様が夢でこの地域を支配しているサタンの陣地をはっきりと見せて下さり、人々が霊的にサタンに捕えられ縛られていることを見ました。

そのことをはっきり覚えています。

サタンの働きがどれほど強いかを見せて下さいました。


アルコール、ギャンブル、麻薬、スマホ中毒など、中毒と呼ばれる状態は99.99%サタンの働きです。


サタンは最初 (その人に)“一回だけ”と誘惑をします。

そして快楽を与えます。


それがまだ弱い時は抜け出ることも出来ますが、中毒にかかると自分の意思では もはや無理です。


それはサタンに完全に支配されてあるので、そこから抜けることは 本人の意志では不可能で、霊的戦いが必要であり、神の助けが必要です。


悪魔は、人々の心に 自分たち(悪魔)を神のように信じる心を入れ、真理に対しては疑いを入れて 真理を信じないようにし、十字架を否定するようにします。


たとえ信じたとしても十字架から分離させるために、真理が悟れないように攻撃します。

人は救われた瞬間から戦いが始まります。
それはサタンとの戦争です。


救われた人には、“神の目的と使命” がありますが、サタンはその目的と使命を私たちから取り除こうとします。

そこからサタンとの戦争が始まり、サタンが激しく攻撃してきますが、多くの人はそれを神様のせいにします。


悪いことが起こると すべて神様のせいにして、誰もそれをサタンのせいにはしないです。

教会の外にいる人も教会の中にいる人も同じことを言います。


病気、苦難、貧困、出世が出来ないことなど、人生で起こる様々な問題を 全て神様のせいにします。
これは間違いです。


誰もサタンの仕業と思わず、神のせいにして神を攻撃するので 人々は神から離れ、サタンの存在には気付かないので サタンは自由に好きなことが出来ます。


それがサタンの巧みな策略です。

神のせいにして神から離れさせる作戦です。


長く教会に通っていても真理を悟ってないならば、(真理を悟らないように)サタンによって覆いが掛けられています。


そして形だけの信仰にさせます。
多くのクリスチャンが “名ばかりのクリスチャン” です。


真理を悟り、真理によって自由にされ、キリストの兵士として戦って勝利している人は少ないのが残念です。


サタンは、人の弱点をよく研究しているので、弱い所を誘惑し集中的に攻撃します。


すると その攻撃で、ほとんどの人は誘惑されてしまいます。

誘惑されないために必要なのが霊的訓練です。


罪と肉の欲と戦って勝利するためには、自分の肉を打ち叩かないといけないです。


それが霊的訓練です。

肉のものがあればあるほど、悪魔がそこを誘惑し攻撃します。






教会の中で働く悪魔の策略には、何があるでしょうか?


一つ(一致)にならないように、“分離の霊” を入れます。


この霊が働くと 妬みや高慢、非難、悪口、不満が出て来て、愛し合う代わりに分裂、分派が起こります。

そして愛の交わりが出来なくなります。

信仰状態が悪くなり、人々は救われなくなります。


また“惑わしの霊” を入れて、真理から離れるようにして偽りを信じさせ、信仰を堕落させます。


そして“メッセージを使う策略” もあります。

教会が人々に、幸せと恵みだけをメッセージするように仕向けます。


これは信徒たちにアメだけを食べさせることです。


人々が教会に来る時には “罪、呪い、問題、サタンの縛り、病気、悩み” などを持って来ます。


その時に必要なのは、そこから自由にさせることです。

捕らわれた人には解放を、囚人には釈放を告げ、悲しむ者には慰めを、病人にはいやしの働きをしたのがイエス様でした。


幸せと恵みのメッセージだけでは、そこから自由になることは出来ないです。

まず悔い改めさせ、悪霊を追い出し、癒しを行って自由にさせる必要がありますが、それをしないで恵みのメッセージだけを伝え、何も起こらないようにするのもサタンの策略です。


サタンは その働きが教会で出来ないようにして、人々がいつまでも縛られたまま自由が何かも分からず、幸せと恵みだけを求めるようにします。


たましいの状態を何も変わらないようにします。
そこが悪魔の狙いです。


人は霊的手術が必要であり、罪からの自由が必要です。


個人の領域での悪魔の策略は、私たちの “ことばと感情” を使います。

絶えず否定的なことば、非難のことば、悪いことば、攻撃的なことばを使うようにします。

ことばはそのまま種となって実を結びます。


家庭の中の不和の一番の原因も “ことば” です。


間違えた一つの行動よりも、それを非難する言葉のほうが圧倒的に多く、サタンはそれを使って人間関係や家庭を破壊します。

否定的で非難のことばを一番たくさん使っている人が 一番サタンに支配されています。


その口は悪魔が出入りする門です。

サタンは その人が言った通りに悪いことをします。


それはサタンに “しなさい” と命令するのと同じです。

自分のことばで全てを失うこともあります。


そしていつも怒ってイライラする人も、サタンに大いに用いられています。

その悪い感情で空気を汚します。


自分の体にも毒を蒔くので、いつかは病気になりますね。


サタンは、信徒の心に疑い、不信仰、恐れ、憂鬱な思いを入れます。

それによって平安を盗みます。


これらは神から来るものではないことを知って、騙されずにサタンとの戦いをしないといけないです。


次回は 「サタンとの戦い方」 に対して学びます。
( ̄ー ̄)


2016.2.14
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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霊的不感症について

テーマは 『 霊的不感症 』 です

【ヨハネの黙示録3章14ー17節】

また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。

「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。

このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。

あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、 乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。』

今回は霊的不感症について語りたいと思います。


多くのクリスチャンたちを見て感じることがあります。
もちろん自身も含めてですが、いかに霊的不感症が多いでしょうか。

神様は今日 私たちがあまり気付いていない、この霊的不感症について悟ることを願っています。


皆さんもよく知っているように、今年 韓国では船の事故や、他にも様々な事故が起きました。

そこでよく言われたのが、危機管理が出来ていない“安全不感症”でした。


クリスチャンはどうでしょうか?

霊的なことにおいて しっかりと危機管理が出来ているでしょうか?
それとも霊的安全不感症になっていないでしょうか?


日本や韓国でも霊的安全不感症にかかっている人はとても多いです。


今回、私は神様の臨在を強く感じた1つの出来事がありました。

それによって さらに霊的不感症の問題の重要さを感じました。


私は韓国に行く前に教会で3日間断食をしました。
その目的は悔い改めでした。自分のこと、韓国や日本のこと、また世界のことを想いながら悔い改めをしました。

3日間祈りましたが、腹の底からの深い祈りにはなりませんでした。


しかし私が韓国行きの飛行機に乗り、窓から韓国の地を見た時に、突然涙が出てきて、激しい悔い改めが始まり深いうめきと共に涙と鼻水が出てきました。


それは自分の思いからではなく、神様の悲しみでもありました。

その思いが伝わってきて、神様に泣きながら悔い改めました。


「この国を赦してください。教会や信徒たちの罪を赦してください」と。
仁川空港に着くまで ずっと泣きながら悔い改めました。


隣の席の人が分からないように顔を隠しながら泣きました。
そのような経験は初めてでした。今まで泣きながら行ったことはありませんでした。

災いが迫って来ているのに、そんなことも知らないで、のほほんと生きている人たちを見て、神様は嘆き悲しんでいました。


韓国には教会がたくさんあり、クリスチャンもとても多いです。昔は貧しい国でした。

アメリカから宣教師たちが来て福音を伝えました。迫害され殺された者も多かったです。

日本からの独立運動に参加した人たちの中にもクリスチャンが多く、激しい拷問を受けて獄中で死んだ者もいました。


神様は韓国を祝福して豊かになり、教会も大きくなり、クリスチャンもたくさん増えました。


しかし、今はどのような状態でしょうか?

国の中は不正と腐敗、国だけではなく、多くの教会と信徒たちが堕落してしまいました。
背教が起こっており、形だけの信仰が増えました。

この姿はイザヤ書に出てくるような姿です。


【イザヤ書1章2節】

子らはわたしが大きくし、育てた。しかし彼らはわたしに逆らった。

祝福してくださった神様から離れ、自分勝手な道を進んでいます。

クリスチャンたちは礼拝に参加することや什一献金を捧げるなど、教会に通うだけで満足をし、それだけで間違いなく天国へ行けると自信を持っています。
そして「豊かになった。乏しいことはない。」と言っています。

しかし、その信仰生活はなまぬるい信仰生活であります。


昔は霊的であった教会や信徒たちが、今は肉的に変わっています。

これはラオデキヤ教会の姿と同じです。自分たちの状態を錯覚しています。

ラオデキヤ教会は豊かな教会でしたので、彼らは「私たちは平和だ。何も不足するものはない。乏しいものはない。」と言っていました。

霊的にもそうだと思っていました。しかし実際にはそうではなく、霊的感覚が錯覚していました。


もし彼らが本当に霊的に豊かな者であるならば、神様は何も言うことがないです。


しかし、彼らが正しくないので問題であります。

「私は救われているから大丈夫。神様が私に厳しいことを言わないから大丈夫。別に問題もないから大丈夫。」
「毎週教会もちゃんと行っているから大丈夫。聖書の知識もたくさん持っているから何も問題はない。私は必ず天国に入る。」

神様がそうだと言ってもいないのに、このように感じ方が違います。


神様は「あなたの感じ方は間違えている。あなたは霊的不感症にかかっているから何も感じないのだ。あなたの霊的状態をあなたは知らない。あなたの霊の状態は惨めだ。」と おっしゃいます。


惨めとは、何もなく欠乏しています。“富んでいる”どころではなく、惨めで哀れだと主はおっしゃいます。

霊的にも人格においても真理においても彼らは惨めでした。
真理に従うどころか偽りに従っていました。

彼らは偽りの道を歩んでいるのに、自分たちは真理の道をまっすぐに歩んでいると確信をもって信じていました。

しかし神様が見た時に、彼らの信仰状態はなまぬるい状態でした。


なまぬるいということは、信仰が曖昧な状態です。

神様に従わないわけではなく、神様を否定するわけでもないですが、実際の生活では神様を否定しています。


「神様に従います。」と言いながら、よく見ると世に従っています。(神様と世を)行ったり来たりしています。


このような信仰生活を神様は喜ぶでしょうか。

生活が常に迷っていて、どっちつかずの生活はなまぬるい状態です。


救いと天国を求めながらも、世を愛する心も捨てきれずにいます。
このようなラオデキヤ教会の姿は、今も教会で見られています。

このようななまぬるい信仰で、終わりの時代に勝利することが出来るでしょうか?


日本は地震や津波・噴火で終わりの時代に災いが来ますが、韓国は戦争によって災いが来ます。

今回、私はそのことを韓国に行った時に家族や友達などに伝えましたが、皆まったく危機感がありませんでした。


なぜならば、教会でそのようなメッセージがほとんどされていないからです。とても悲しかったです。“どうして?”と思いました。

本来ならば危機感をもって悔い改めながら生活していかなければならないのに、牧師がそのことを語りません。

余計なことを言うと、信徒たちが不安になるし、混乱するからと。


信徒も「そんなことを言わないでください。戦争が起こると言うなら土地代が下がるので困ります。」と言います。

そして「教会がこんなにたくさんあるし、祈っているから神様が私たちを見捨てることはしないでしょう。きっと大丈夫です。」と心配もせず、本当に霊的不感症になってしまいました。

そして「何を食べるか、何を飲もうか、どこに遊びに行こうか」と、なまぬるい信仰生活を送りながら、不安も感じていない様子でした。


戦いが迫って来るのに何も感じていないのでびっくりしました。

語るべき牧者たちが語らないのが一番の問題です。







【エレミヤ書50章6節】

わたしの民は、迷った羊の群れであった。その牧者が彼らを迷わせ、山々へ連れ去った。彼らは山から丘へと行き巡って、休み場も忘れてしまった。

本来なら聖徒たちを みことばの道、神様へと導かなければならないですが、このような牧者は、牧者の服を着てイエス様のことを語り、正直で聖なる者に見えますが、聖徒たちを迷いの道(世の幸せ、世の成功、出世の道)につれて行きます。


その道は滅びの道です。信徒たちも惑わされてその道に入って牧者について行きます。


終わりの時にはこのような牧者がたくさん出てきます。

なまぬるい信仰の人は霊的鈍感なので、惑わされて このような牧者について行きます。

そしてその牧者も霊的に盲目な者であり、それについて行く信徒たちも盲目であります。

両者とも行ってはならない道に入り滅びていきます。


私たちが霊的不感症であるならば、分別も出来ないのでこういう牧者について行きます。
そして問題がないと思いながら信仰生活をしていきます。


今は終わりの時代です。
足元がだんだん危なくなってきました。


終わりの時に、終わりの時代について語った主のことばを教会では、はっきりと語らなければならないですし、聖徒たちもそのメッセージを聞きたくないと 思うのではなく、聞かなければなりません。

霊的不感症は命取りになります。


イエス様が終わりの時代には次のようなことが起こると語りました。


【マタイの福音書24章21節】

そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。

これはイエス様が語ったことばですから、必ず起こることです。

これからの時代が平和になることはありません。
今まで経験したこともない苦難が来ます。これは偽りではなく真実です。


神様は前もって語った後に事を行いました。それは今も同じです。







ソドムとゴモラの町に対して さばきを下す時にも、アブラハムに話しました。

アブラハムは次のように神様に言いました。


【創世記18章23-24節】

あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。

もしや、その町の中に五十人の正しい者をがいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。

アブラハムの考えでは、ソドムの町に正しい者が50人はいると思いました。

全員が悪いとは思っていませんでした。
しかし、よくよく考えると(正しい者が50人も)いないのではないかと思ったので、次には45人、さらに40人、終いには10人と言いましたが、ソドムの町には10人も正しい者がいませんでした。


ロトとその家族6人がいましたが、2人の婿はソドムが滅ぼされるという話を冗談だと思って受け入れず信じませんでした。

そしてロトの妻も町を出ましたが、後ろを振り返ったので、その場で塩の柱になりました。
彼女も神のことばを信じませんでした。

ソドムから救い出された者は たったの3人だけでした。


ノアの洪水の時は、いくらノアが民たちに警告をしても誰もその話を信じず、ノアの家族だけが洪水の時に救い出されました。

滅ぼされたすべての人たちに共通するものは、霊的不感症の姿です。

いくら警告のことばを聞いても「大丈夫、安全だよ。平和だからそんなことが起こるはずがない。」と言って、普段通りの目先のことしか関心がありませんでした。


今、自分たちはどうでしょうか?

警告のことばに反応していますか?霊的に危機感を感じていますか?


神様は霊的不感症を見て、次のように語っておられます。


【エレミヤ書5章30-31節】

恐怖と、戦慄が、この国のうちにある。

預言者は偽りの預言をし、祭司は自分かってに治め、わたしの民はそれを愛している。 その末には、あなたがたは、どうするつもりだ。」

霊的不感症にかかってなまぬるい信仰生活をしていくなら、終わりが来た時にどうするつもりですか?

主の再臨の時に、悲しみの涙を流さないために、また不幸な者とならないために 私たちは目を覚まして真理の道を歩まなければなりません。


危機管理もせず、何もしていないならば、苦難がきた時にどうするつもりでしょうか?

その時に慌てても もう遅いです。その苦難に耐えることが出来ません。


私たちは自分にとって都合の良いことば、耳に良いことばを聞くのではなく、この時代に必要なことばに耳を傾けなければなりません。

そしてしっかりと危機管理をして霊的に目を覚まさなければいけません。
(((( ;゚д゚)))


【エレミヤ書2章31節】

あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。

2014.11.16
聖日礼拝メッセージ

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