からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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呪い

ブレないクリスチャンになるためには

テーマは 『 ブレないクリスチャンになるためには 』 です

【ピリピ4章4-7節】

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。

あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

最近アメリカで話題になっている7歳の男の子がいます。

皆さんも すでにニュースで知っていると思います。


100メートルを13.48秒で走った「ネクスト・ボルト」と呼ばれる子どもです。

その身体能力に人々がびっくりしました。

そこまで早く走れたのは、単に足が速いからではなく、彼の走りを見た専門家たちによれば、彼の体幹筋がすごいからだと言われました。


4歳の時から体幹筋を強くするトレーニングをやっていると言われました。

毎日トレーニングで体幹筋を鍛えたので体がまったくブレないし、それによって早く走ることが出来たと言われました。


体幹筋は、体の胴体部分で内臓を支える機能とともに、運動時にバランスを取るため骨格筋を動かす際の最初に動かす筋肉です。


この筋肉が弱ると運動が不安定になり、バランスが取りにくく、体がブレてつまずいたりします。

それぐらい体幹筋は体を支える重要な筋肉です。

トレーニングによって鍛えることが出来ます。



ブレないクリスチャンになるためには、私たちの心に体幹筋のような霊の筋肉が必要です。


今日の本文には “どのようにしたら霊の筋肉を訓練によって付けることが出来るか” のヒントになることばがあります。




いつも主にあって喜ぶことです




別のところでも同じことばが語られてあります。


【第1テサロニケ5章16節】

いつも喜んでいなさい。

主の外にいるならば、このことば通りに生きることは不可能です。


しかし主にあって生きるならば出来ます。



罪赦された事、神の子どもになった事、救われた事、主の守りと恵みと助けがある事、これらのことだけでも喜ばずにおられるでしょうか。


それらのものは いのちよりもお金よりも、健康よりも、成功よりも大切なものです。

一番価値あるものです。


それを自覚しているならば、自分を幸せな者と思って喜ぶことが出来ます。




寛容な心を持つことです




どのような心が 寛容な心でしょうか?


寛容な心は、“広い心” です。

そして一番広い心は、次のような心です。


【マタイの福音書5章44-45節】

しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。


イエス様は、神の敵として生きていた私たちを赦し、受け入れ、愛して下さいました。

このように 先に模範を見せて下さいました。


寛容な心をすべての人に知らせなさいと言われたことは、すべての人に対して寛容であることです。

嫌いな人にも、敵にも寛容であることです。


私たちも広い心になれるように、人を赦す訓練、受け入れる訓練が必要です。




思い煩わず、感謝と祈りを絶えずささげることです




思い煩いは、受けた過去の恵みを忘れた時、神に頼らない時に出やすいものです。


思い煩わないためには 過去に受けた主の恵みを絶えず思い起こし、主に頼ることです。

そこから出て来るのが感謝であり、祈りです。


私たちは元々恵みを受ける資格がない者です。

反対に呪いを受けて当然の罪人です。



高慢な人は、自分には恵みを受ける資格があると思うので、主の前でも偉そうにします。

ですから神は高慢な者を忌み嫌い、御前で退きます。


使徒パウロは、絶えず主に感謝と祈りをささげました。

過酷な環境の中でも それが出来た理由は何でしょうか?


彼は主のあわれみと恵みを知り、その後に、自分の高慢を徹底的に砕きました。


パウロの告白でそれが分かります。


【第1コリント15章8-10節】

そして、最後に月足らずで生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。

私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

救いの恵みを これほどまでに感謝しながら生きている人はあまりいないと思います。


あれほどのたくさんの主の働きをしながらも、これほどまでに謙遜で、主に頼った人物はいないです。

主のために死ぬ時も喜びながら死にました。

霊の軸がまったくブレなかったです。



私たちも パウロの中にあったものがあるならば、どんな環境の中でもその信仰はブレることはないでしょう。

人につまずくことも、倒れることもないと思います。


神のことばを口にする者がクリスチャンではないです。

サタンでさえも神のことばを頻繁に使いながら人々を惑わします。


クリスチャンは イエス様から学び、みことばを実践しながら、ますますイエス様に似る者となり、キリストの香りを放つ者にならないといけないです。


これらのものが備えられるならば、神の平安が心と思いを守って下さると約束して下さいました。


心と思いに神の平安がないならば、何かが欠けてあるからです。

足りないものを訓練して備えましょう。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.2.17
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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主の懲らしめは愛のむち

テーマは 『 主の懲らしめは愛のむち 』 です

【ヘブル12章4ー12節】

あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまで抵抗したことがありません。

そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。

主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」

訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。

もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。

さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

ですから弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。

聖書には神の祝福と叱責と呪いが書かれてありますが、どちらが多いと思いますか。


私たちを愛する神だから祝福が多いと思いますか?

意外にも聖書には叱責と呪いのことばが2倍以上も多いです。


すると神は意地悪く恐ろしい神でしょうか。

そうではないです。

神は愛の神であり、恵み豊かな神です。


ならば なぜ叱責と呪いの言葉が多いでしょうか。

その理由を神が親子関係をたとえにして説明して下さいました。


私たちには生んで育ててくれた親がいます。
みなさんが小さい時から今まで、親からほめられたことが多かったでしょうか。

叱られたり、怒られたりしたことが多かったでしょうか。


きっと叱られ、怒られたことが多かったと思います。


一番の理由は親の言うことを聞かないことが一番の原因だと思います。


叱られると「ごめんなさい。」と言った後に すぐまた同じ過ちを犯します。

そして親はイライラしてまた怒ります。これの繰り返しです。


その結果、ほめられることより、叱られたり、叩かれたりすることが多いです。


親ではない他人からはどうでしょうか?

他人は、ほめる言葉しか言わないです。


「かわいい、えらい、いい子ね」
このように言うのはなぜですか。

自分の子でもないし、育てる義務もないので、気持ちの良いほめことばを気軽に言えます。


しかし、自分の子にはそうはいかないです。

親として責任を持ってしっかりと育てないといけないので、しつけも必要ですし、また立派に育ってほしいので、間違えたことに対しては口うるさく言う時が多いです。


子どもを愛するので 他人の子には言わないことばも自分の子には分かるまでしつこく言います。


呪いの言葉も 本気ではないですが、腹が立って言う時もありますね。

きつい言葉に傷つくこともあったと思いますが、“何をしても何も言われないこと” は幸せな事でしょうか?


そのような人は 幸せな者ではなく、私生子であると言われました。

それは自分に関心を示す者がいなく、放置された状態です。


この世で一番哀れな人は自分に関心を持ったり、心配してくれる人が一人もいない人です。


悪いことをした時に、きちんと叱ってくれる人がいることは幸せなことです。


神は私たちを愛するだけではなく、心配もして下さいます。

神は私たちのことを “子” と呼んでいます。


神を信じて本当に救われた人の身分は「神の子」です。
キリストの贖いによって神の子になりました。



【ローマ8章15ー16節】

あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。

私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

神は永遠に私たちの霊の父です。

ですから私たちに対する思いが、肉の親とは比べられないほど大きいですし、愛も大きいです。


それで神は、愛する子どもが不従順した時には懲らしめます。

そして懲らしめる時にも、神は私たちのことを考えながら懲らしめますので、それが何かをみことばで学びたいと思います。




1.私たちの益のため




不従順の道の最後は滅びであり、呪いです。


神はだれよりも そのことを知っておられるので、懲らしめて霊の子どもである私たちを正しい道に導きます。


私たちは元々不従順の子らでしたので、神を信じた後もそのままの態度で生きることが多いです。


“神の子” という身分だけが変わり、生活や態度は以前と変わらないならば、神がそれを黙認するでしょうか。


神の子になったならば、神に従って生きることが当然です。


主人が変わったのに、どうして今も 昔の主人の言うことを聞いて従っているのでしょうか?

それはおかしいことですが、多くのクリスチャンは神様と言いながらも、実際に従うのは昔の主人であるサタンのことばです。


それを神様が良しとするでしょうか。

不従順や、間違えた道、悪いことから立ち返らせるために、苦難を与えたり、しもべの口を通して叱責の言葉を語ったりします。


友達や先輩の話にはよく従うのに、親のことばには「うるさい、うざい。」と言いながら反抗する子が多いですね。

育てたのは親なのに言う事を聞かないことは悪いことです。


滅びから救い出したのに、感謝もせず、悪いことは全部神のせいにしながら反抗する子に対して 神は黙ってはおられないです。

その子には懲らしめ、むちを当てます。

そして誰によって生かされているのかを見せます。


神は救われてないたましいを見て悲しみますが、同時に救われた人々の不信仰や不従順を見て、さらに苦しみます。


アメリカで 親は教会に通うのに、子どもが来なくなった理由を聞きました。


1番目の理由は教会に神がいなかった。

2番目は親が教会に通っても、信じない人と同じ生活をしているので(神を)信じる必要がないと答えました。


(子どもたちは 親が)神の言葉に従順しない姿を見ていました。

これは大きな問題です。


信じるならば、神を敬い、神の言葉に従うことです。

従うことが神に一番喜ばれ、祝福を受ける道です。


神は私たちが祝福を受ける者にしたいので懲らしめという愛の鞭も使います。

愛の鞭に打たれても何とも思わない人、反抗する人たちに対して 神様は私生子のように放置します。


神はその者に対して無関心になります。これが捨てられることです。




2.苦難の中でも忍耐しながら実を結び、天国の平安を持つため




神の子は神の相続者であるので、神から後でたくさん良いものを受け取ります。


【ローマ書8章17節】

もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

相続者として恥じることのない者にするために、神が苦難を通らせて私たちの内にある不純物を取り除いたり、また聖なる者にするために懲らしめを与えます。


【ヨハネの福音書16章33節】

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

来月には夏のオリンピックがあります。

それに参加する選手たちは、いま遊ぶことも休むこともなくハードな練習をしながら監督やコーチに毎日叱られたり、怒られたりしていると思います。

泣きながら忍耐しているのは、栄冠を手に入れるためです。


私たちも栄光ある姿になるため、聖い者になるために、弱くて不完全な霊的弱点を直していかなければなりません。


神は私たちを助けて下さいますが、それに取り組まなければならないのは私たちです。


私たちが変われば変わるほど 私たちは成長し、きよめられて御霊の実を結ぶことが出来ます。


神の国には汚れたままの姿で入ることは出来ません。

きよめられた姿で入ります。


御霊の実こそが本物の神の子であることを証明させてくれます。


【ヨハネの福音書15章2節】

わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。

この刈り込みが試練だったり、懲らしめだったりします。


神から懲らしめを受ける時の心構えを教えて下さいました。


主の懲らしめを軽んじてはならないことと弱り果ててはならないことです。


なぜならば、神は私たちを憎んでいるのではなく、私たちを愛して、私たちの益のために、神の国を相続させるために、良い実を結ぶように霊の父として訓練していることだと教えて下さったからです。


ですから弱った手と衰えたひざとをまっすぐにすることです。
( ̄‥ ̄)=3


2016.7.17
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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