からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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創造主

神の目から見た私たちの姿

テーマは 『 神の目から見た私たちの姿 』 です

ハレルヤ
主の守りが今日もありますように。


悪いことをする人が 悪人であることは言うまでもありません。

しかし、神の目に一番悪人に見える人は 神に対する恐れがない人です。


ただ単に神を恐れないのではなく、人間と歴史に対する神の主権を認めないで、神の権威に挑戦し、神を否定する人を 神は悪人と呼んでいます。


詩篇36編に彼らについての言葉があります。


【詩篇36編1-4節】

罪は悪者の心の中に語りかける。彼の目の前には、神に対する恐れがない。

彼はおのれの目で自分にへつらっている。 おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで。

彼の口のことばは、不法と欺きだ。彼は知恵を得ることも、善を行うこともやめてしまっている。

彼は寝床で、不法を図り、よくない道に堅く立っていて、悪を捨てようとしない。

悪人がなぜ自分の罪と悪に気付かないでしょうか?

悪人は 自分たちの悪行を自ら正当化するだけではなく、自分たちの悪行に対しても神の懲罰は決してないと確信して さらに罪を犯し続けます。


しかし神は、彼らが隠れたところで行うことまでも すべて知っておられます。

神の最後の審判の時に、彼らは神の怒りの裁きを免れることはありません。


【ローマ2章16節】

私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。

神を知らない人、信じない人たちは 神を敬うこともなければ、神の言葉に従うこともしないし、すべてにおいて自分の心のままに生きるようになるので、神が喜ばないことを平気に行いますし、また 神の裁きも信じません。


聖徒たちは 創造主に対する信仰が、善と悪、永遠のいのちと滅び を左右することを知って、神に仕えましょう。


そして神の目に愚かな者、悪人になることがないようにしましょう。
(・◇・)ゞ

2014.8.22
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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神の計画と神の願い

テーマは 『 神の計画と神の願い 』 です

【エペソ1章3-6節】

私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。

すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。

それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。

本文には、神の人類に対する壮大なプロジェクトがあります。

その計画を立てたのは神であり、このプロジェクトは変わることもなく今も続いています。

このプロジェクトはイエス・キリストの誕生、十字架の苦難、復活、昇天によってその内容が明らかになりました。


みなさんは神の人類に対する計画を知っていますか?

今回はその計画の内容と神の願いに対して学びたいと思います。



■神の計画の内容について■



1.イエス・キリストの恵みによって人類を罪から贖う計画




人間は創造主に出会うまでは人間の始まりや、尊厳、役割、堕落や罪がどのようなものであるのか、そして自分に贖いが必要であることも知ることが出来ません。

創造主に出会わないと、でたらめなことを聞いても分別がつかず 信じてしまいます。


そして人々は、人間がサルから進化しているという進化論を疑うことなく信じています。

もしも、それが事実であるならば、今もサルは進化を続けなければなりません。
サルはサル、人間は人間であるので、まったく別物です。

創造主に出会って初めて人間は神の作品であり、その目的は神の栄光を現す存在として造られたことが分かります。


【エペソ2章10節】

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。

しかし、創世記3章に最初の人間であったアダムとエバが神の命令に自ら不従順することによって 神の前に罪を犯しました。

罪とは神の言葉に対しての違反行為を意味します。

人間は神の祝福と神の愛を受ける存在として造られましたし、神様に栄光をささげる特別な存在でもありました。

それなのに、神様からしてはならないと命じられたことに対して違反しました。


その違反によって神との関係が壊れ、祝福を失い、その代わりに死、呪い、労苦、罪の奴隷、サタンに支配されるようになりました。


それによって、まったく希望のない絶望状態になりました。
しかし、それを見てかわいそうに思ったのも神様でした。

そして死と絶望状態の中に陥ってしまった人間を救う神のプロジェクトが始まりました。

そのプロジェクトの中心的な存在がイエス・キリストでした。


次の箇所に全貌があります。


【ヨハネの福音書3章16-17節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

人間が神に対して罪を犯し堕落していても、人間に対する神の愛は変わりませんでした。
救いは神の愛そのものです。

救いを受けることは神の愛を受け止めることです。救いを拒むことは神の愛を拒むことと同じです。

その愛を拒み続けることは永遠に自分自身を神から離す行為です。

それによって罪の結果である死を免れることがなく、神の怒りを招くことになります。


救いは人間として生まれたならば、誰にでも必要です。
なぜなら神の前に違反行為をしてない人は1人もいないからです。

しかし救いは私たちの努力によって得られるものではなく、神がすでにキリストにあって用意した恵みを信じて受け取ることです。


救いとは無関係であった人が救いを受ける過程をエペソ書2章で知ることが出来ます。


【エペソ2章1-9節】

あなたがたは自分の罪過と罪との中で死んでいた者であって、

そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。

私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、

罪過の中で死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです――

キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。

それは、あとに来る世々において、そのすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。

行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

救いは、(私たちの)努力も資格も罪の状態も関係なく、救いを求めるすべての人に神のプレゼントとして与えられます。

これは尊いプレゼントなので必ず受け取る必要があります。

自分が罪ある人間であることを告白し、イエス・キリストが救い主であることを信じるならば恵みとして救いを受けます。




2.私たちを選び、神の子にして、素晴らしい祝福を相続する者にする計画




救いは、罪によって神との関係を分離された人間が 再び神と和解して新しい関係になることですが、その関係は最も親密な関係である“父と子の関係”、すなわち神の家族になることです。

神の家族になるということは神と共に生きることです。

神から遠く離れていた者が神と共に生きる者になると、今までとは違う生活になり、日々 神様と個人的な交わりをします。

神様は神の子どもたちに素晴らしい祝福を相続させる計画をもっています。


そのことを神のことばで確認します。


【ヨハネの福音書1章12節】

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

【ガラテヤ3章26節】

あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。

【ガラテヤ4章6-7節】

そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。

ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

神から相続するものは天にあるすべての霊的祝福です。
この霊的祝福は私たちが想像も出来ないほどの素晴らしい祝福です。


イエス様が弟子たちに「私の父の家には住まいがたくさんあります。」と話したこともあります。

これは天国の話ですね。
また、黙示録にも私たちが相続するものがたくさん書かれています。

すべてが素晴らしい祝福です。神の家族になった者だけがその祝福を相続することが出来ます。


日本では死んだら誰でも天国に行くような話をよく聞きます。

「天国に行ってもお酒を飲んだり、マージャンをしてください」と、まるで地上と同じ生活をするように言いますが、その根拠はどこにあるのでしょうか?

また地獄の話も聞きますが、それなら地獄は誰が行くでしょうか?

明確な根拠もないのに、そのように言うのは “そうあってほしい” という希望があるからだと思います。


そういうわけで明確な根拠があるものを信じたら心配なく天国に行けます。




3.地の果てにまで証人として主に仕えさせるための計画




イエス・キリストは十二弟子を選びました。

彼らは特別に偉い者でもなく、どこにでもいるような平凡な人々でした。

その人たちを主は3年間訓練して証人として世に遣わしました。

イエス様はすべての人が救われることを願って弟子たちに出て行って福音を伝えるように命じました。


【マルコの福音書16章15-16節】

それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

【マルコの福音書16章19-20節】

主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。

そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。

弟子たちは証人としての働きを いのちを懸けてしました。

平凡な人たちでしたが、主の命令に従って出て行った時に、主は彼らに力を与え、その働きが出来るようにして下さいました。


信じる者はすべて弟子にならないといけないです。

弟子とはイエス様に従う人ですが、それだけではなく、生活の中でイエス様の姿を再現していく人たちです。

主から学んだことを実行していき、また主に似る者になることです。


最初の弟子たちによって救われた人々も次々と弟子になりました。


【第2テモテ2章2節】

多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。

【第2テモテ2章9-10節】

私は、福音のために、苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばは、つながれてはいません。

ですから、私は選ばれた人たちのために、すべてのことを耐え忍びます。それは、彼らもまたキリスト・イエスにある救いと、それとともに、とこしえの栄光を受けるようになるためです。

このように証人たちの働きによって福音は全世界に広がって行きます。


【マタイの福音書24章14節】

この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

ここに神様の願いが込められてあります。

救いの対象は全世界の人々です。


救いの良い知らせを人々に聞かせて魂を救うのが神様の願いです。


救いを受ける者は最初から決まっていると言う人もいますが、聖書は次のように書いています。


【第1テモテ2章4節】

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

すべての人が救われることが神の最大の願いです。

そして次のように救いの門を開いておられます。


【マタイの福音書11章28節】

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

【ヨハネの黙示録3章20節】

見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。

すべての人の救いに主は関心があります。

救いの恵みを与えたいと願って今も人々を招待しています。


主の声を聞いて心に招くならば その人は救いを受け、神の家族、御国を相続する者、主の証人になります。

―― 救いを受けていますか?
救いは物ではありません。


自分の存在を “どこに所属させるか” です。

まことの神の所属になることが救いであります。
(*´∇`*)

2015.6.28
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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曜日別の祈りです(リニューアルしました)
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主は万物の主権者

テーマは 『 主は万物の主権者 』 です

【イザヤ書40章10-17節】

見よ。神である主は力をもって来られ、その御腕で統べ治める。見よ。その報いは主とともにあり、その報酬は主の前にある。

主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。

だれが、手のひらで水を量り、手の幅で天を推し量り、地のちりを枡に盛り、山をてんびんで量り、丘をはかりで量ったのか。

だれが主の霊を推し量り、主の顧問として教えたのか。

主はだれと相談して悟りを得られたのか。だれが公正の道筋を主に教えて、知識を授け、英知の道を知らせたのか。

見よ。国々は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島々を細かいちりのように取り上げる。

レバノンも、たきぎにするには、足りない、その獣も、全焼のいけにえにするには、足りない。

すべての国々も主の前では無いに等しく、主にとってはむなしく形もないものとみなされる。

創世記から黙示録までを読んでみると、はっきりと見えてくる神の姿があります。

神はすべての万物を創造した方ということだけではなく、すべての被造物の中で、いつでもご自分が願うように全てのことを行う主権を持っておられます。
時間、出来事、自然万物、人間、サタンを含め、全ての霊的存在などに対して、主権を持っておられます。


神様がみこころを立て、計画を練り、実行に移していく時に、その決定を誰も止めることも、変えることも、遅らせることも出来ません。

神が世界を創造した時に、そこに相談相手や顧問がいたでしょうか?

神はご自分の主権で全てを造りました。


そして、最初の人間であるアダムをちりで造り、アダムから取った骨でエバを造る主権を持っていました。


私たちは創世記1章から神が創造主であることだけに目を留めるのではなく、それが全て出来たのは神だけであり、絶対的な主権者であることを知らなければなりません。

神が主権者であることを知るのと知らないのとでは、どれほど大きな影響を私たちの人生にもたらすのか、測り知れないです。


【イザヤ書40章10節】

見よ。神である主は力をもって来られ、その御腕で統べ治める。見よ。その報いは主とともにあり、その報酬は主の前にある。

神は主権者ですので 人々に命令を下し、犯した罪に対しては罰を下し、従う者に対しては報いを与え、世が始まった時から今に至るまで人類を統べ治め、契約を結び、また祝福を約束する主権を持っておられます。


神の主権がどのように働いたのかを聖書でみると、まずアダムに対して次のように命じました。


【創世記2章16-17節】

神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

エデンの園にある全てのものは、神が造ったものであります。
彼は当然のように主権者に従わなくてはいけませんが、アダムはその命令にそむいて木の実を採って食べたので、主権者である神は 死を下しました。


多くの人は、神が最初から善悪の知識の木を造らなかったらアダムが罪を犯すこともないし、人間に死がくることもなかったのに…と、造った神が悪いと言います。

これは、人間側が自分たちの立場で言うことばであり、神が主権者であることを、認めない発言です。


主権者に対して言うことを聞くのが義務であって、神に対してあれこれ言う資格が、私たちにはありません。

自分たちの不従順を、神のせいにしてはいけないです。


また神は、人間が完全に堕落し暴虐で満ちていた姿を見て、全ての人間を滅ぼす決心をし、大洪水を送りました。
これも神の主権です。

また地上で再び人を増やす計画を持って、ノアとその家族を選ぶ主権を持っていました。

神は人を殺し、人を生かす全ての主権を持っておられます。




ハンナ




サムエルの母ハンナは霊的に素晴しい洞察力を持っていました。

神が主権者であることを、このように語りました。


【Ⅰサムエル記2章6-10節】

主は殺し、また生かし、よみに下し、また上げる。

主は、貧しくし、また富ませ、低くし、また高くするのです。

主は弱い者をちりから起こし、貧しい人を、あくたから引き上げ、高貴な者とともに、すわらせ、彼らに栄光の位を継がせます。まことに、地の柱は主のもの、その上に主は世界を据えられました。

主は聖徒たちの足を守られます。悪者どもは、やみの中に滅びうせます。まことに人は、おのれの力によっては勝てません。

主は、はむかう者を打ち砕き、その者に、天から雷鳴を響かせられます。主は地の果て果てまでさばき、ご自分の王に力を授け、主に油そそがれた者の角を高くあげられます。」

ハンナは不妊の女で、子供を産むことが出来ず、子供をたくさん産んだペニンナから、すごくいじめられていました。

その中でハンナは子供を産めない体であることで、神に文句を言ったのではなく、神の主権は何でも出来ると信じたので、大胆に神に 子供が授かることを願いました。


神は彼女の願いどおりに子・サムエルを与え、その後も何人もの子供を与えて下さいました。胎を閉じるのも開くのも神の主権です。

また、神には不可能はありません。



神はまたアブラハムという人を選んで、祝福を与える主権を持っておられます。

なぜアブラハムが選ばれたのでしょうか?
そんなに素晴らしい祝福を私にくれたら良いのにと、多くの人が思ったでしょう。

しかし、人を選ぶのも、すてるのも、神の主権です。


私たちには、人に対するねたみと高慢があるので、神の選びに対して、不満を持っている人が教会の中でも多いです。

「あの人より、私が偉いのに」、「あの人より私が先なのに」、「あの人より私の方がもっと知識があって、奉仕もしているのに」など、 神の人選びや、賜物、祝福などに対して、納得できないと怒る人も少なくないです。

そしてつまずき、神から離れる人もいます。


それは、神が全てを思いのままになさる主権者であることを認めていない態度であります。

本当に認めるならば、神の主権を尊重し、みこころのままにしてくださいと、受け入れなければなりません。


人間の思いが、神の主権の上に立つことはいけないことです。




イエス様




イエス様でさえ、十字架の死を目の前にして次のように祈りました。

「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください。」

神の御子であるイエス様でさえも、父なる神の主権を認めました。


私たちが、神の主権を認めながら、生きることはとても大切です。

これから世界に起こる全てのことも、神の主権がその上にあります。


悪者の働きも、主の主権がゆるした範囲で、ゆるされた時に行われます。

神が見た世界は、今日の本文にあるように、

国々は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島々を細かいちりのように取り上げる。レバノンも、たきぎにするには、足りない。

すべての国々も主に前では無いに等しいものです。


【Ⅱペテロ3章8節】

主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

また、このように、たとえ人が千年生きても、主の目に一日のようであるなら、100年生きたとしても、神の前にある私たちの人生は1時間のようなもので、それくらい短い人生を私たちは生きています。

主が造った世界の中で主に与えられた命を持って、主がゆるした時間の中で生きる私たちは、主の主権を認め、主の主権に服従する人生を生きていきましょう。


この主権者を絶対に軽く見てはいけません。
そして、その前で高ぶってもいけないことを、心にしっかりと刻みましょう。
(・◇・)ゞ

2014.9.21
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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