からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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偽善

救われた人の生き方と神の要求

テーマは 『 救われた人の生き方と神の要求 』 です

【第1ペテロ1章13-17節】

ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、

あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。

それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。

また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。

信じる人も信じない人も、あらゆる目的で聖書を読んでいます。


聖書は 正しく言うならば、信じる人のために神が与えてくださった神のことばです。


【第2テモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

聖書には 信じる者への教えと戒め、命令などがたくさんあります。

今日の本文からも それらのものを受け取ることが出来ます。


救われた者がどのように生きるべきか と、神の要求を知ることが出来ます。


人間にとって一番大切で、重要で、必要なものは何か知っていますか?


それはイエス・キリストに出会う事、キリストに会ってたましいが救われること、そして日々 神を知ることです。


これ以上に価値あるものはありません。


もちろん神に対して、救いに対して 無知であった時は、そうは思いませんでした。

神を知り、救われた後に初めてその重要性、価値を知りました。


人を罪や無知、滅びから救い出した神は、その人がどのように生きるべきか、神が求めるものは何かを教えて下さいました。






神が人々を救った後に、その人に要求する最も大切なものが二つあります。


1つは、“私たちが聖なる者になること”、そしてもう1つは、“神に栄光をささげること” です。


救われる前の人間の姿は、神に対しては無知、不従順、不信仰、そして様々な欲望に従って歩んでいました。

それはむなしい生き方でした。


なぜなら神の裁きの日には、その生き方によって裁かれ、永遠の滅びと永遠の死を迎えるからです。


神は、すべての人間が そのような生き方をして滅びていくので、あわれみ深い神はイエス・キリストによる救いの道を用意して下さいました。


“救い” は全世界の人々に差別なく開かれてあります。


【ローマ10章13節】

「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。

しかし、救われた後は “新しい生き方をしなければならない” と明確に教えています。

救われたことは、神の子どもになったことを意味します。


神の子どもは神に似る者にならなければならないです。


すなわち聖なる者になることです。


これを知らない人が多いです。

神は選民にしたイスラエルの民に、それを繰り返して要求していました。


【レビ記11章44-45節】

わたしはあなたがたの神、主であるからだ。あなたがたは自分の身を聖別し、聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。地をはういかなる群生するものによっても、自分自身を汚してはならない。

わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した主であるから。あなたがたは聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。」

【レビ記19章2節】

「イスラエル人の全会衆に告げて言え。あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。

【レビ記20章7-8節】

あなたがたが自分の身を聖別するなら、あなたがたは聖なる者となる。わたしがあなたがたの神、主であるからだ。

あなたがたは、わたしのおきてを守るなら、それを行うであろう。わたしはあなたがたを聖なる者とする主である。



聖なる者になるためには、私たちの内側を変えなければなりません。


イエス様は 厳格に宗教儀式を守りながら、自分を敬虔な者と思っていたパリサイ人、律法学者、祭司たちに対して「偽善者、まむしのすえども、蛇ども」と呼びました。

さらに、白く塗った墓、外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいであると叱りました。


彼らには地獄に行くとも言いました。

それは彼らが、主が期待する聖なる者でなかったからです。


彼らは内側をきよめることには関心が無く、人によく見せたい思いだけで 偽善の仮面をかぶった生き方をしていました。


彼らは 心と行いを見て、公正に裁く神の存在を無視していました。

神は人が無視したから無視される方ではなく、厳しくその行いに対して裁きます。



信じる者は、以前と変わらない生き方をするのではなく、聖なる者になるための努力を日々しなければなりません。


再臨するキリストを迎えたいならば なおさらです。

自分の人格を変えることから始めないといけないです。


霊肉ともに汚れないように、シミがつかないように、偽善にならないように、神の前に恥かしくないように正しく、真実に、従順に生きることです。


自我を捨て、悪い習慣を捨て、悔いた心を主の十字架の祭壇にささげ、祈りで自分を整え、みことばの黙想によって自分自身を訓練していく時に、内側はますます聖なるものに変わっていきます。


また次の箇所にもあります。


【詩篇1編1節】

悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。

生き方によって罪から離れることです。


そうしていくならば、だんだん内側が変わり、それによって人格が変わっていきます。






神に栄光をささげる生活を神は要求します。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

このように言われました。


私たちがキリストにあって信仰をもって歩み、愛をもって行い、希望をもって 主と共に歩みながら主の喜ぶことをするならば、それによって主に栄光をささげることができます。


難しく考えないで主が喜ぶことをするならば、主もそれを喜びます。

主が喜ぶことが、主に栄光をささげたことになります。


神に栄光をささげる生活をしていますか?

正しいこと、神が喜ぶ生活をしていますか?

そのことを気にしながら生きていますか?


主は恵み豊かな方ですが、今度は裁き主として再臨なさいます。


自分を聖別しながら、神の栄光のために生きるならば、主がいつ来られても問題はありませんが、何もしてないならば、わざわいになります。
アーメン (*゚∀゚)っ


2018.2.11
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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聖徒が警戒すべきもの

テーマは 『 聖徒が警戒すべきもの 』 です

【ルカの福音書12章1-3節】

そうこうしている間に、おびただしい数の群衆が集まって来て、互いに足を踏み合うほどになった。イエスはまず弟子たちに対して、話しだされた。「パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです。

おおいかぶされているもので、現されないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。

ですから、あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。

【ルカの福音書12章13-21節】

群衆の中のひとりが、「先生。私と遺産を分けるように私の兄弟に話してください」と言った。

すると彼に言われた。「いったいだれが、わたしをあなたがたの裁判官や調停者に任命したのですか。」

そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」

それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。

そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』

そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。

そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。 さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』

しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』

自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

9月5日(金)に、スマホを使用していた最中に、突然大きな音とともに表示画面が変わったので、びっくりしました。
きっと、大阪に住んでいる皆さんも同じ体験をしたと思います。

それは、大阪府民880万人に一斉送信された緊急地震速報の避難訓練のお知らせメールで、2度もありました。

自宅はマンションの9階なので、たとえ津波が来ても安全な場所ですが、1階に住む人たちはどうしているのかと思い、外の訓練の様子が気になり 窓から見下ろしましたが、何一つ変わっておらず避難訓練に参加している人は、1人もいませんでした。


南海トラフ巨大地震は、近い将来 必ず起こると言われていますが、いつも情報を聞きながらも、「まだまだ大丈夫だろう。」と思ったり、どうしたら良いのか分からないからと、考えないようにしている人が意外と多いかも知れません。

私は必要なものは備えましたが、何の対策も警戒もしていない人は地震が起きた時、本当に大変だと思います。
私たちはこれらのことも気にしながら、知恵を用いて対策をしなければなりません。


本文のことばは、イエス様が弟子たちに教えられた大切な戒めですが、これは私たちの信仰生活に対する警告であり、私たちを倒そうとするものからの避難訓練でもあります。

この訓練は、日々していかなければならないもので、何かが起きてからでは遅いのです。


これは、いつか起きる巨大地震のようなものではなく、日々私たちを襲ってくる、あらゆる誘惑から自分自身を守るために必要な訓練のことです。


今回は、何をどのように警戒して訓練をしていくのかを学びます。




(1)外側と内側とが違う信仰生活を警戒する




外側と内側とが違う信仰生活のことを一言で言うならば、偽善的な信仰生活のことです。

ルカの福音書12章1-3節で主が語りました。

パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです。

おおいかぶさっているもので、現されないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。

ですから、あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。

この人たちは宗教的に敬虔に見えますし、祈りも奉仕も熱心にしますので、すごく信仰があるように見えますが、心の中には貪欲、嫉妬、高慢、憎しみや汚れた思いがそのまま残っています。 

肉の思いを捨てることをせず、見える部分だけを、きよく見せようとしても、それは偽善に過ぎません。

イエス様は、いつもそのように生きているパリサイ人たちに「目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。」と語っていました。


パリサイ人は当時、宗教に一番熱心な保守的な人たちでした。
人々は彼らを尊敬していましたが、イエス様は彼らの偽善を知って暴露し、人々が騙されないようにしました。

偽善は本心を隠しての行動ですが、いつか主の前に立った時には裸にされるように、すべてのおおいが取り除かれて全てが明るみに出されます。

そして偽善的な行動には、神からの報いもありません。反対に さばきが待っています。


【マタイの福音書6章1節】

人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。

ですから、自分の信仰生活の中に偽善的な要素があるかどうかを、よく調べるのが重要です。


主の前に真実な姿で生きるように心掛けなければなりません。




(2)所有物に対する貪欲にも警戒する




所有物に対する貪欲にもよく警戒をしなければなりません。(13-21節)

本文は、財産分配の問題解決のために来た人を通して、イエス様は人間がどこに価値を置くべきかを教えています。

イエス様は、財産分配の問題の解決よりは、その後に続く金持ちのたとえ話を通して、すべての人の心にある貪欲を指摘して根本的な問題の解決を提示しました。

私たちが根本的な問題を解決しないならば、1つの問題が解決されたとしても、また新たに似たような問題が起こります。

「何で次から次へと同じ問題が起きるのか?」と困惑しますが、自分の中に常に問題の根本的な原因があるからです。


クリスチャンの中でも、この根本的な問題が解決されず、貪欲な心のままで生きている人が多いです。
それがあるので神様を第一に出来ませんし、誘惑に弱いですし、神様が恵みを与えても、その恵みの価値を知らないでこぼしてしまいます。

お金のほうがもっと大切だと思うようになります。

イエス様の教えから、発見される教訓は何でしょうか?






①人生の真の価値は財産にあるのではなく、永遠のいのちを所有することにあります。

皆さんのいのちは何でしょうか?お金ですか?

すべての人に共通するものが1つあります。
私たちの人生は、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。どんなに長生きをしても、100年ちょっとです。

先日、交通事故で死亡した韓国ガールズグループのウンビさんは21歳で、まだ若いです。
死は何の前ぶれもなく、突然起きました。


私たちも、明日のことは分かりません。生きているか、死んでいるか――

金持ちでも貧しい者でも、死の前では無気力な存在です。

財産が私たちの命を守るために、死を止めることができるでしょうか?

それにもかかわらず、財産を人生の目的として貪欲になっているのは愚かなことですが、それに気づかない人も多いです。


②すべての富も命も、主の手の中にあり、私たちの人生は、神の管理人としての使命があります。

豊かさは神の恵みと祝福によるものであり、いのちも神の主権的な手にかかっているのです。


③自分に与えられた富を貧しい者のために使う人は、天に宝を積む人で、神さまはその人のことを豊かな人だと語りました。

愚かな金持ちのように、自分のためだけに使うならば、必ず神さまのさばきにあいます。
なぜなら、神の目的に逆らって生きたからです。

“貪欲”とは、愚かな金持ちを通しても分かったように「自分の所有や感情の満足を追求するために、絶えず生まれる欲」です。


貪欲におちた人は霊的に見えない者になり、霊の世界も分からず、自分の肉の欲のままに歩むようになり、信仰生活もつまらないです。

物質世界の中で、もっとも私たちが警戒しなければならないものは この貪欲です。






ですから、貪欲に対して聖書の多くの所で教えています。


【詩篇39編6節】

まことに、人は幻のように歩き回り、まことに、彼らはむなしく立ち騒ぎます。人は、積みたくわえるが、だれがそれを集めるのかを知りません。


【ハバクク書2章9節】

わざわいだ。自分の家のために不正な利得をむさぼり、わざわいの手からのがれるために、自分の巣を高い所に据える者。

将来の不安対策として蓄えるので、「これでも足りない」と、いつも不満足な状態です。


【Ⅰテモテ6章9-11節】

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。

しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。

貪欲はあらゆる悪の根であると教えます。


【コロサイ3章5節】

ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。

貪欲はそのまま偶像礼拝になります。

偽善的な信仰生活をしている人の中にあるものは、この貪欲が原因です。

神様を第一に求める人のように見せかけながら、心の中では別のものを熱心に求めています。

イエス様のところに来て財産分配の問題を解決して下さいと頼んだ人も、イエス様をメシアとして崇めたのでもなく、イエス様を利用して自分が財産をもっと貰いたいという貪欲の思いの方が強かったのです。


また貪欲は、使うべき所にも使わず、ひたすら集める人だけが持っているものだと思ってはいけないです。

自分の欲望や物欲のために自分の収入以上に使う人の中にも貪欲があります。借金までして手に入れます。
この貪欲は、そのまま偶像崇拝になりますので、本当に私たちが警戒をしなければなりません。


偽善的な信仰生活と貪欲には深い関係があります。この世と神を求める二股状態です。

うまく続けられると自分で思っていても、結果は「愚かな者」と主から言われるようになります。


他にも聖書には警戒すべきものがありますが、今回は最も警戒が必要な偽善と貪欲について話しました。
貪欲は私たちの中で持っていない人はいないほど、根が深いものです。

(自分の中には)存在しないと思っていても自分の心を掘っていけば、どんどん出てきます。


探し出して捨てていくのが、警戒して訓練をしている姿です。

私たちがみことばに従って、神を喜ばせるならば、神様は私たちに必要なものを備えてくださる方です。
欲しい物よりも、生きる為に必要なものを与えて下さいます。それを信じて、必要なものは神様に求めましょう。

そして、偽善と貪欲は捨てましょう。
(*・ω・)ノ

2014.9.7
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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