からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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偶像

神の栄光を横取りしてはならない

テーマは 『 神の栄光を横取りしてはならない 』 です

【使徒の働き14章11-18節】

パウロのしたことを見た群衆は、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」と言った。

そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼んだ。

すると、町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、雄牛数頭と花飾りを門の前に携えて来て、群衆といっしょに、いけにえをささげようとした。

これを聞いた使徒たち。バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら

言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。

過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むことを許しておられました。

とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」

こう言って、ようやくのことで、群衆が彼らにいけにえをささげるのをやめさせた。

神が人間を造った一番の目的は“神の栄光のため” でした。


【イザヤ書43章7節】

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。

ですから、もし人間がその目的通りに生きていないならば、その人は神に逆らう人生を生きています。

造られた目的を知らないと、神のみこころに従って歩むことは不可能です。


人間を造った神は 聖書を通して、その目的を私たちに教えて下さいました。


しかしその目的を知ったとしても神の栄光を横取りするならば、それは神を冒涜することになります。




神に栄光をささげる姿




パウロとバルナバは 神に選ばれ、宣教師としての働きをしていました。


神は、パウロに奇跡や癒しを行う力を注いで下さいました。

パウロはイエス様に出会うまでは病人を癒したことも、奇跡を起こしたこともありませんでした。


しかしイエス様に出会ってから、多くの癒しや奇跡を行い、人々に知られるようになりました。


ある時、パウロは生まれつき足のなえた人を癒しました。

すると群衆は、彼らが人間ではない神であると声を張り上げました。


そして二人は突然、ギリシャ神話に出て来る神になってしまいました。

パウロがヘルメス、バルナバがゼウスになりました。


そしてゼウス神殿の祭司や群衆も、二人にいけにえをささげようとしました。


もし二人がそれを受け入れたならば、彼らは 人々の上に神として君臨することも可能でした。


しかし、このことで一番危機感を感じたのは二人でした。

どれほど二人がびっくりしかと言えば、衣を裂いて叫びながら人間宣言しました。


自分たちは神ではなく、神のしもべであることを伝えました。

二人はとんでもない騒ぎが起こったことでびっくりしたと思います。


これらのことは、サタンの策略だったと思います。


サタンは、自分が神になりたくて堕落した存在です。

アダムとエバは、このサタンの策略に負けたので堕落しました。


神の栄光を横取りしようとしたことで、彼らは神から刑罰を受けました。


神が受けるべき栄光を 自分が受けることは、神のものを盗むことです。


主の弟子ペテロにも似たような経験がありました。


主の導きで、百人隊長コルネリオに会いに行きました。

当時の力関係で言うならば、ペテロがコルネリオよりも下です。


しかし同じく神からの導きを受けたコルネリオは、ペテロが自分の家を訪ねた時に、すぐさま出向いて、ペテロの足元にひれ伏して拝みました。

プライドの高い人ならば 天狗になる瞬間です。


しかしペテロは驚いて彼を起こして「お立ちなさい。私も一人の人間です」と 神の栄光を盗みませんでした。


主の働きの中でも、このような誘惑が多いです。

自分を高く評価する瞬間、サタンはその思いにつけ込みます。


ある牧師が天国へ行った時に、すでに召された有名な牧師に会ってみたいとイエス様にお願いをしました。

すると主の表情が雲ってきて、しばらく沈黙が流れました。


その後、静かに「彼は ここにはいない」と言われました。

一瞬、意味が分からなかったそうです。


召された牧師は有名な方で、とても素晴らしい働きをしたからです。


その後、地獄の牢獄の中に閉じ込められた その牧師を、主が見せて下さいました。


「なぜ あの牧師はあそこにいますか?」
あり得ない状況に戸惑いながら主に聞くと、


主からの答えは「彼は私の栄光を横取りしたからだよ。」

牢獄にいる牧師が叫びました。


「主の栄光を横取りしてはならない!」




主の栄光を横取りした聖書の人物は




【使徒の働き12章21-23節】

定められた日に、ヘロデ王は王服を着けて、王座に着き、彼らに向かって演説を始めた。

そこで民衆は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。

するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。

虫にかまれたことが直接的な死因ですが、それより先にあった出来事が死因に結び付き、神の栄光を横取りしたことでした。


神が死因を教えて下さらなかったならば、死因は虫にかまれて死んだかわいそうな人として記録されたと思います。

この罪は誰でも犯しやすい罪です。


私たちの自我の中には、アダムの罪の性質があります。


神になりたい欲望があります。


ですから、主の働きをする人でも 自我を捨てないと、いつでも 口では “神に栄光” と言いながら、自分が栄光を受けることを喜びます。


素晴らしい業績を残し、人々に尊敬されている主のしもべたちは、常にこの誘惑にさらされています。

高慢になると主の栄光を自分のものにします。


謙遜になることが必要ですが、自分を砕かないと謙遜にならないので、偉くなるにつれて誘惑に負けていく人が多いです。


【マタイの福音書7章22-23節】

その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。



神が偶像崇拝を忌み嫌う理由




偶像は人間の手の作品であり、人間が造った神です。


まことの神にこそ栄光をささげなければならない人間が、自分たちで造った(偶像の)神を神として拝みながら、それに栄光をささげる姿に、(まことの)神は我慢が出来ないです。


生きた人間や死んだ先祖たちを拝む行為も、神の栄光をむなしいものにささげる行為であるので、神はそれに対して必ず刑罰を与えると警告してあります。


【出エジプト記20章4節】

あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。

偶像崇拝は 神の栄光を台無しにする姿であります。


【ローマ1章23節】

不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。

偶像崇拝によって栄光を受け 喜ぶのは、神になりたくて神に逆らった“サタン” です。


サタンは神の栄光を横取りするために人々を惑わし、次々と偶像の神を造らせ、サタンが栄光を受けています。


栄光を受けるべき方は、主お一人です。


【詩篇24編8節】

栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。

【詩篇24編10節】

その栄光の王とはだれか。万軍の主。これぞ、栄光の王。

私たちは自分は取るに足りない者であることを自覚し、すべての栄光を主にささげましょう。


アーメン (・∀・)


2018.4.15
聖日礼拝メッセージ

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ルツはどんな信仰を持っていたのか

テーマは 『 ルツはどんな信仰を持っていたのか 』 です

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。


ルツと言う人が持つ信仰が どのようにして生まれたのか、
異邦人であったルツが どのようにしてイエス様の系図に入るようになったのかを 今回は学びたいと思います。


また、ルツを通して働く神の救いの計画は何でしょうか?




ルツの信仰がどのようにして生まれたのかを
本文で知ることが出来ます




彼女が生まれ育ったモアブは、様々な神と呼ばれるものがあり、真の神を知らず、むしろ神が忌み嫌う偶像の神を熱心に信じていました。


モアブとイスラエルの関係と言えば、過去にイスラエルを呪うように モアブの王バラクが悪の力を持つバラムを呼んだこともありました。

荒野でもイスラエルの行く手を妨害したこともありました。

ですから両国は良い関係ではなく、むしろ敵対する悪い関係でした。


しかし、ルツという女性は 自分の国に移住して来たユダヤ人家族に出会い、そこの息子と結婚しました。


それまで偶像崇拝をしていたルツが、信仰ある家庭に嫁ぎました。


それによって ルツは信仰を持つようになりました。

それがルツの人生を大きく変えるきっかけになりました。



女性は結婚することで、それまでとは違う生活が始まることが多いです。

特に東洋ではさらに強いです。


嫁は、嫁ぎ先の宗教、習わしなどをそのまま受け入れなければならない 昔からの暗黙のルールがありました。

先進国ではだいぶ変わり、今は嫁の立場がもっと強くなっているところもあります。


しかしルツは結婚した時に、今まで自分が信じていたのとは違う神、違う信仰を受け入れる覚悟を決めて嫁いだと思います。


そのルツの結婚生活に、不幸なことが起こりました。

舅も旦那も義理の弟も亡くなり、三人の女性だけが残されました。

三人は弱い立場の やもめになりました。


若い二人の嫁は、旦那が死んだからと言って姑から離れて実家に帰ることも出来ない時代でした。

ですから最初、ナオミは 二人の嫁を連れてベツレヘムに戻ろうとしました。


でもナオミは考え直して、二人の嫁を自由にすることを決めました。

そしてそのことをはっきり二人の嫁に伝えました。


最初は二人の嫁もその提案にびっくりしました。

多分そういう話を周りから聞いたこともなかったと思います。


ですから戸惑い 受け入れませんでしたが、ナオミのさらなる勧めで決断しなければならなくなりました。

その結果、オルパはモアブに残ることになり、ルツは強い意思で姑と一緒に行くことにしました。






なぜルツはそのような決断をしたのでしょうか?

現実的にナオミと一緒に行くことは、ルツにとってどのような得があるでしょうか。


人間的には愚かな決断でした。

なぜかと言うと、自らいばらの道を選んだからです。
そこはどう見ても、苦難しか見えない道ですから。


姑の面倒を一生診ないといけない 誰もが選びたくない道を、彼女は自分の意思で選びました。


昔から今に至るまで嫁と姑の問題は多くの人が抱える大きな問題です。


特に東洋ではもっと深刻です。

今でも “嫁が、舅や姑の介護をすべきだ” と考える人が多いですね。


その役割をしたくないし、何で旦那が死んでからも その家族の世話を嫁がしないといけないのかと、納得いかない多くの嫁たちが、旦那が死んだ後に籍を抜いて旦那の家族と訣別する人がどんどん増えています。


介護は大変だからです。

心が優しいか、優しくないかの問題ではないですね。

いつ終わるか分からない “いばらの道” だからです。


ルツはなぜ そのような決断をしたでしょうか?

心の優しい女性だから仕方なくそのような決断をしたでしょうか。
―― そうではなかったです。


ルツは心優しい女性ですが、それが決断の根源ではなかったです。

すると何を基準にして決断したでしょうか?


彼女の決断は、人の目にはとても愚かな決断に見えます。


何のためにわざわざそんな苦しい道を選ぶのか分からないと人々が言うでしょう。


ユダヤに行けば差別も受けるし、知り合いもいないし、生活の基盤もないし、再婚できる望みもほとんどないのに、何のために行くのかとみんなは思ったでしょう。

モアブに残るのが一番良いと全員が言ったかも知れません。






もし皆さんなら、また皆さんの娘のことならば、ナオミと行くように勧めるでしょうか?

むしろ思い止まるように、必死に説得すると思います。

安定した苦労のない生活を人々は一番求めるからです。


ルツにはそういう考えがなかったでしょうか。

当然あると思います。


でも彼女は、常識的な考えで決断したのはありません。

安定した生活を一番の優先にしたわけでもありません。

人々があまり考えない “違う考え方” をしました。


多くのクリスチャンも、このような決断の時には、世の人と変わらない決断をします。


しかし ルツは、捨てるべきものと絶対捨ててはいけないもの、全部を失っても絶対失いたくないものが何かを考えました。


そして、そこに残ったものを彼女は選びました。
それは何でしょうか?


それは真の神を選ぶことであり、その神を信じる信仰を選ぶことが一番であると考えてモアブを離れ、ナオミと一緒にユダヤに行く決心をしました。


信仰がそのように導きました。

彼女の決断は、信仰から出た決断でした。

彼女のことばでわかります。


【ルツ記1章16節】

あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

ここで神の話が出てきました。

ルツは選民の中に入ることを願っていました。



真の信仰とは何でしょうか?


自分が信じた真の神を、最後まで信じて従うことです。


「いのちの道が険しく狭い道である。」と言われた理由がそこにあります。


その道に入る人は、たくさんのものを持って入ることが出来ないです。

むしろ多くのものを犠牲にしなければならない道です。


安定した生活や家族、人々からの非難も 将来の夢も犠牲にしないといけないこともあります。

それでも良いと思う人が その いのちの道を選びます。


それが真の信仰であり、尊い決断をさせる決め手になります。






犠牲にするのは無理と思うならば、信仰の決断は出来ないです。

絶対に手放せない何かがあるならば、決断の時は それに優先権を与えてしまいます。

そして信仰は形だけの信仰になります。


神や信仰は失っても、あるものは失いたくないという思いで決断するならば、真の信仰とは言えないですね。


真の信仰は、救いに至る信仰です。


どんな時にも神への信仰、愛、献身があります。


一度手にした信仰を絶対に手放さず、神の選びにふさわしく生きようと日々励んでいます。


ルツが姑ナオミについて行ったのは、続けて神を信じるためでした。


自分の国に残るなら、まったく信仰生活が出来ないことを彼女は知っていました。

毎日 偶像崇拝する生活が根付いていたからです。

ですから そこを離れなければならなかったです。


モーセがパロの所にとどまって贅沢な生活をするより、神の民と共に苦しみを受けることを選んだのと原理は同じです。


ルツは、ナオミに自分の人生をささげたのではなく、神に自分の人生をささげました。

そして彼女が選んだ道は、未来のない絶望な道ではなく、神の祝福を受ける祝福の道でした。


これは信仰のない人には見えない道です。


生ぬるい信仰、堕落した信仰を持つ教会、信徒はいつも広い道を求め、広い道を選びます。

そして世にあるものをたくさん手に入れようとします。

教会はさらに大きい教会を目指します。


そのために、個人の生活や教会に人間の考え、方法、やり方がいっぱい入って来ます。

そして、それらを喜んで用います。


しかしそれは神が示した道ではありません。






ルツは神への正しい信仰をもって正しい道を選びました。

神の保護のもとに身を避ける人を神は喜びます。

そして神ご自身がその人を祝福します。


ルツは実際食べるものを得るために朝から晩まで苦労して働きました。

それでも彼女は喜んで働きました。


しばらくして神の憐れみと恵みが彼女に注がれ、素敵な男性ボアズを 神はルツに与え、家庭を持つようにしました。

彼女は以前よりも はるかに祝福された女性になりました。


そしてその子孫にはダビデが生まれました。

またメシアであるイエス・キリストも生まれました。

神は彼女の真の信仰に答えて下さいました。


伝説によれば、ナオミにもう一人いた嫁オルパはどのようになったでしょうか?


彼女には信仰が見られませんでした。

ですから人間的な決断をして安定した道を選びました。


やがて彼女も ある男性と結婚し、その子孫にゴリヤテがいるという話です。


後の時代に、ルツの子孫ダビデと、オルパの子孫ゴリヤテは戦い、ダビデは 神に敵対した勇士であるゴリヤテを殺しました。


一人の信仰の決断は、後の子孫までに影響を与えます。


神を選んだルツの決断が正しい決断であることは、神ご自身が証明して下さいました。


それによって異邦人がキリストの系図に載る素晴らしい祝福と永遠のいのち、神の民になる祝福、平安な家庭まで築く祝福を受けました。


彼女の信仰と決断を、愚かだと誰が言えるでしょうか?


新約聖書で、パウロは信仰の決断をした人と しなかった人の違いをこのように語りました。


【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1コリント1章23-24節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。

アーメン v( ̄∇ ̄)v

2017.11.12
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神様を尊ぶならば、神様も私を尊ぶ

テーマは 『 神様を尊ぶならば、神様も私を尊ぶ 』 です

【Ⅰサムエル記2章30節】

それゆえ、―イスラエルの神、主の御告げだ―あなたの家と、あなたの父の家とは、永遠にわたしの前を歩む、と確かに言ったが、 今や、―主の御告げだ―絶対にそんなことはない。わたしは、わたしを尊ぶ者を尊ぶ。わたしをさげすむ者は軽んじられる。

皆さんはこのことばに同意しますか?それとも同意しませんか?

同意するならば、その人は神様のことをよく知っていますし、自分が何者なのか自己認識も出来ている人でしょう。


神様とはどのようなお方でしょうか?

一言で説明出来るような神様ではありませんが、
「主は天と地と海とその中のいっさいを造った方」、「われらの主は偉大であり、力に富み、その英知は測りがたい」、「主はあわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、 恵みとまことに富んでおられる方」


この偉大な神様が造ったのが人間です。人間が造られた目的は次の箇所です。


【イザヤ書43章7節】

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。

私たちがこれらのことを明確に認識し、そのとおりの関係の中で正しく生きるならば問題ないと思います。

その人はどのような状況の中でも神をほめたたえ、神を尊び、喜んで神に仕えながら神に栄光を捧げるでしょう。
ある意味、それが自分の使命だと思うでしょう。“それが人間として生まれた目的だ ”と。


皆さんはどのように思っていますか?

ある人は「私は一度きりの人生を神のために生きることは嫌だ。」
また ある人は「別に造ってと頼んだ覚えがないし。勝手なことを言わないで。」と、皆さんはどうですか?

(従って生きるか生きないかは別にして)神を知り、人間の存在の意味が分かっているので、このようなことばは口にしないと思います。


神様は誰に今回のテーマ箇所のことばを語ったのでしょうか?

エリ祭司でした。エリはアロンの子孫として生まれました。
アロンは神によって大祭司と任命され、そして大祭司になるのはアロンの子孫だけだと神様が決めていました。

大祭司は民の中でも一番神に近づき、一番神に仕え、神に栄光をささげる務めを任された人です。

素晴らしい特権であります。そして誰よりも重い責任も与えられていました。
その家系で生まれることは、また素晴らしいことです。


そのエリはきちんと務めを果たしてきたでしょうか?
2人の息子も一緒に祭司として働きをしていましたが、神のみこころにふさわしい働きをせず、

残念ながらこの人たちは自分たちの立場を悪用し、醜い罪や到底 赦されない罪を平気に神の前で行いました。

主を侮り、全く恐れる心も尊ぶ姿もありませんでした。
神様は彼らを赦すことも受け入れることも出来ませんでしたので、彼らに与えられていた約束も祝福もすべて取り消し、彼らに死を宣告しました。

皆さんはこのことを不当だと思いますか?それとも神のなさったことに同意しますか?


人間としての使命や働き人としての責任を果たさないならば、何事もなかったかのように終わることはなく、責任を取らなければなりません。






2001.9.11のアメリカ同時多発テロ事件は未だに はっきりと覚えています。
テロによって3,025名が死亡、6,291名の負傷者が出ました。

ワールドトレードセンターの2つのビルが爆破され、火災も発生し炎上する中、救助に向かった消防士や警察官たちは建物が崩れ落ちる中、人々を避難させながら、自分たちは建物の中に 入って行きました。「早く逃げなさい!」と人々に言いながら、自分たちは火が燃える中に入って行きました。


彼らがなぜ自分たちの命を顧みずそのような行動を取ったのでしょうか?
それは彼らの使命であるからです。

彼らが消防士や警察官になった時には、危険があっても飛び込んで人を助けると心に決めているからです。

そして彼らはどのようになったでしょうか?343名の消防士、23名の警察官が亡くなりました。

さらに、その時は生きていましたが、建物が崩れる時に降ってきたコンクリートパウダーから出た有害物質によって多くの消防士や警察官が癌になり亡くなっている報告があります。

彼らが使命に生きている姿がここにあります。


私たちは神からの使命に対してどのように生きているでしょうか?

彼らのように使命に燃えていた若者たちの姿がダニエル書に出てきます。


ダニエルの3人の友人は神を尊び、神に従って歩むことを自分たちの生きる目的・使命と考えて生きていました。

彼らに大変な試練が来て、彼らは捕虜の身でした。
ネブカデネザル王は金の像を造って、それを拝まない者は火の燃える炉の中に投げ込むように法令を作りました。


しかし、3人は命を捨てなければならない時でも最後まで神を尊び、王の法令も大切ですが、その法令よりもさらに尊い神の命令をもっと尊重しました。


十戒の第2の戒めである「偶像を拝んではならない」という命令を守るために、彼らは次のような名言を残しました。


【ダニエル書3章16-18節】

シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはネブカデネザル王に言った。「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。

もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。

しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

王はこのことばに怒りが収まらず、炉を普通より七倍熱くせよと命じました。
そして3人はその火の中に投げ込まれました。彼らはその後、どのようになったでしょうか?

神様が彼らを助けてくださいました。これはまさに奇跡でした。


【ダニエル書3章27節】

火は彼らのからだにはききめがなく、その頭の毛も焦げず、上着も以前と変わらず、火のにおいもしなかった。

このように彼らの様子が書かれています。


金の像を造った王もビックリして神をほめたたえました。


【ダニエル書3章28節】

「ほむべきかな。シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、 神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。

これがまさに「わたしは、わたしを尊ぶ者を尊ぶ」と語った主のことばが実現されたことです。

私たちは神様が自分に対しての扱いが不当のように思われて、神に文句を言ったり、呟いたりしますが、その前に自分が今まで神様に対してどうだったのかを考えましょう。


「たくさん祈ったのに…」が良い報いを受ける条件ではありません。
神ご自身に対してどうだったのか?これが最も大切です。


【申命記8章6節】

あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。

【詩篇91編14節】

彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。

【詩篇145編18-20節】

主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。

また主を恐れる者の願いをかなえ、 彼らの叫びを聞いて、救われる。

すべて主を愛する者は主が守られる。しかし、悪者はすべて滅ぼされる。

【詩篇147編11節】

主を恐れる者と御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。


私たちが主を愛し、主を恐れ、主を尊び、主の命令を守って 主を呼び求めるならば、主は約束のことば通りにしてくださいます。

しかし、その反対のことをするならば、エリに与えたように みことばに書いている約束も、個人的に語ったことばも神様は取り消します。

その点を注意しなければなりません。


自分自身の様神への態度が、そのまま自分自身に返ってきます。
(゚∇゚ ;)エッ!?

2014.8.31
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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