からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰

聖徒が逆戻りしてはならないもの

テーマは 『 聖徒が逆戻りしてはならないもの 』 です

【ガラテヤ4章8-11節】

しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。

ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。

あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。

あなたがたのために私の労したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。

たましいが救われることは、この世で一番すごいことです。


しかし救われた人でさえ、その価値がわからない人が多いです。

その原因は “救いの尊い恵み” を安っぽい恵みに変えてしまった 多くの間違えた教えがあったからだと思います。


『(キリストを)信じると告白さえすれば、もれなく天国に入る』 という教えが、人々に誤解を与えてあります。


信仰告白をして、新しい人としてキリストに似る者になるならば問題ないですが、古い人のまま生きながら天国へのチケットを手に入れたと安心している人は大変な錯覚をしています。


天国の道は広い道ではなく狭い道です。

信仰によって歩む道です。


後ろを振り向かず天に向かって歩む道です。


【ルカの福音書9章62節】

するとイエスは彼に言われた。「だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」

救われた聖徒たちが いのちの道、天国への道をまっすぐに進むためには、逆戻りしてはならないものがあります。




むなしいものに従う




役にも立たず、救い出すことも出来ない むなしいものに従って、わきにそれてはならないことです。(第1サムエル記12章21節)

それはむなしいことであり、救いから逆戻りすることです。




従順から不従順へ




神に対する従順から不従順に逆戻りしてはならないです。


不従順は神から離れ、再び罪の奴隷になることです。

それは善から悪に逆戻りすることです。




古い人の行為




古い人の行為に逆戻りしてはならないです。


【第2ペテロ2章21-22節】

義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったです。

彼らに起こったことは、「犬は自分の吐いた物に戻る」とか、「豚は身を洗って、またどろの中にころがる」とかいう、ことわざどおりです。




行いによる救いを得ようとする




神の恵みの代わりに、行いによって救いを得ようと逆戻りしてはならないです。


形式的な信仰や宗教の霊に縛られた人たちは、知らぬ間に行いで救いを得ようとしますが、“救いは 信仰によって神の恵みで受ける” ものです。


行いによって救われる人はいません。




真理から偽りへ




真理から偽りに逆戻りしてはならないです。


終わりの時代は 多くのにせ者が現れ、真理を偽りに変えます。

それに惑わされて真理を離れる人も多くなります。


【第2テモテ4章3-4節】

というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。



この世を愛する




この世を愛して世に逆戻りしてはならないです。


この世から救い出されたのに、世に逆戻りすることは サタンの支配下に逆戻りすることです。

サタンは大喜びです。


このようにならないために、救いがどのようなものか、もう一度真剣に考えないといけないです。


【使徒の働き26章18節】

それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』



弱い信仰の初歩




弱い信仰の初歩のところに逆戻りしてはならないです。


【第1コリント3章1-3節】

さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。

私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。

あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。


このように、もし逆戻りするならば、神から、恵みから、救いから、天国からも離れることになります。


逆戻りして得るものは何でしょうか?

それによって、たどり着く所はどこですか?


救いの恵みを捨てるほど、それが価値あるものでしょうか?


これこそ真剣に考えないといけないことです。


十字架によって私たちを救い出して下さった主の尊い恵みを決して無駄なものにしてはならないです。


救いの達成を目指して進む者になりましょう。
アーメン (・∀・)


2018.10.13
聖日礼拝メッセージ

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主のみこころを悟り、実行する

テーマは 『 主のみこころを悟り、実行する 』 です

【エペソ5章16-17節】

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

教会に通い、聖書のことばを聞いても、悟りがないと、みことばによる成長は期待出来ません。


いつも私の中にある一つのことばがあります。

そのことばで、悟りがどれほど重要であるかを認識しています。


【詩篇49編20節】

人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。

しかし、悟りを得ても 何もしないならば、その悟りが何になるでしょうか?



チャンスを得たならば、チャンスを生かす人が “知恵ある人” です。

悟りを得たならば、その悟りを生かす人が知恵ある人です。


チャンスを得ても、悟りを得ても、活かして用いない人は愚か者です。


一番の悟りは、主の御心を悟ることです。


主が、私たちに何を望んでおられるのかを知らないと、主のみこころに従って生きることは不可能です。


ですから今回は 主のみこころが何かを知らせたいと思います。

そして それを悟った人は、この時代の中でそれを実行することです。


実行すると悪い時代の中に生きていても、主のみこころを行いながら、主と共に歩むことが出来ます。




あわれみを示すこと




【ルカの福音書6章36節】

あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

罪人であった私たちが救われたのも、主のあわれみによります。

そして主は あわれみ深い方でしたので、罪人、弱い者、ないがしろにされた人たちに対して手を差し伸べて助けて下さいました。


主は私たちもあわれみ深い者になって、そのように温かい手を差し伸べることを望んでおられます。


あわれみを示さない人に対しての主のことばもあります。


【ヤコブ2章13節】

あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。



正義と公正を行うこと




主は アブラハムを選んだ理由をこのように語りました。


【創世記18章19節】

わたしが彼を選び出したのは、彼がその子らと、彼の後の家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公正とを行わせるため、主が、アブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである。」

世が堕落して悪くなればなるほど、主の民はその中で正義と公正を行わなければなりません。


富のために、権力のために、食物のために、不正と不義と手を組むことは、魂を売る行為です。


主の預言者たちに見習って公義を叫び、実践しなければなりません。

この戦いは激しい霊的戦いが伴いますが、主は私たちがその戦いをするように言われました。




愛を示すこと




主は愛です。

そして その愛を私たちは受けています。


【ヨハネの福音書13章34-35節】

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

私たちもその愛に見習って互いに愛し合いましょう。




私たちが信仰によって生きること




終わりの悪い時代になればなるほど、見られなくなるのが信仰です。


悪がはびこる世界では 悪魔が強く働いています。


そして人々は堕落し、自分の思いのままに生きるので信仰をもって生きることがとても大変になります。

それで信仰から離れる人が多くなります。


イエス様が今の時代に対して次のように話しました。


【ルカの福音書18章8節】

あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」

【マタイの福音書17章17節】

ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。

ですから自分の魂が堕落しないためにも “信仰” が必要です。



人々が信仰を物笑いの種にする時でも、信仰ある人は神への信頼を捨てません。

神を裏切ることも出来ないですし、自分の魂を粗末にすることも出来ないです。


最後まで信仰を守り通すことが出来るように、強い信仰を持たなければなりません。

永遠のいのちと天国が懸かってあるからです。


今日はこのように主の御心が何かを話しました。


聞くだけで終わるのではなく、実践することで主のみこころを悟ったことを主に見せましょう。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2018.9.23
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主にそむいてはならない

テーマは 『 主にそむいてはならない 』 です

【民数記13章25節-14章12節】

四十日がたって、彼らはその地の偵察から帰って来た。

そして、ただちにパランの荒野のカデシュにいるモーセとアロンおよびイスラエルの全会衆のところに行き、ふたりと全会衆に報告をして、彼らにその地のくだものを見せた。

彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがこのくだものです。

しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。

ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」

そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

しかし、彼といっしょに上って行った者たちは言った。「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」

彼らは探って来た地について、イスラエル人に悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。

そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。

全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。

イスラエル人はみな、モーセとアロンにつぶやき、全会衆は彼らに言った。「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがました。

なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」

そして互いに言った。「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろう。」

そこで、モーセとアロンは、イスラエル人の会衆の全集会の集まっている前でひれ伏した。

すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、

イスラエルの全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。

もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。

ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

しかし全会衆は、彼らを石で打ち殺そうと言い出した。そのとき、主の栄光が会見の天幕からすべてのイスラエル人に現れた。

主はモーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

わたしは疫病で彼らを打って滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」

モーセは主に申し上げた。「エジプトは、あなたが御力によって、彼らのうちからこの民を導き出されたことを聞いて、

この地の住民に告げましょう。事実、彼らは、あなた、主がこの民のうちにおられ、あなた、主がまのあたりに現れて、あなたの雲が彼らの上に立ち、あなたが昼は雲の柱、夜は火の柱のうちにあって、彼らの前を歩んでおられるのを聞いているのです。

民数記13章と14章では様々な人間模様を見ることが出来ます。


ここに限らず、75億人に当てはめても いずれかの部類に自分たちは入りますね。

細かく分けるとキリがないので、3種類の人生に分けてみたいと思います。




◎いなご意識の人生




いなご意識を持っている人は、力も能力も実力もない人だと思うかも知れませんが、人はうわべで判断したらいけないです。

この いなご意識は、“内面にあるもの” です。


【民数記13章33節】

「私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」

いなご意識を持っていることを、はっきりと見せた10人は、どのような人たちでしたか?

彼らは、いなごのようには見えなかった人たちでした。


【民数記13章3節】

モーセは主の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。

偵察に行くために選ばれた12人は、みんな “民のかしら” でした。

彼らにいなご意識があるとは、誰も知らなかったと思います。



いなご意識は、不信仰の目で物事を見て、判断する人の中にあります。


神を信じると言いながらも、いなご意識を持っている人も多いです。


彼らは明るい面よりは暗い面をよく見ます。

そして、「出来る」と言うよりも「出来ない」ということばをよく使います。


失敗意識と恐れが強いです。

いなご意識をもった10人は、次のような報告をしました。


【民数記13章28節】

しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。

恐れと不信仰の目で見たので、大きくて強いものに圧倒され「これはダメだ。」と結論づけました。



自分の中にあるいなご意識が問題なのに、それを問題とは思わず、環境や人のせいにします。


こういう意識を持っている人は、神の祝福もカナンの地にも入ることが難しいです。

なぜなら彼らは、偉大な神を まるで自分と同じレベルの “いなごのような神” と思うからです。


自分がいなごでも、神を象のように大きな神と思うならば 何を恐れる必要がありますか?




◎すぐ失望する人生




すぐ失望する人生の耳には、否定的なことばしか入ってきません。

消極的な意見だけに反応します。


希望ある報告に対しては嫌な反応しかなかったのに、絶望的な報告に対しては敏感に反応しました。


積極的な発言をした二人に対しては石で打ち殺そうとしたのに、消極的な発言をした10人に対しては賛同しました。

こういう人はすぐに失望します。


もちろん彼らにも “いなご意識” があるので、波長が合いますね。

そして自分と違う意見には敵対し拒否し、受け入れることが出来ないです。



こういう人は自分が直接見ていなくても、否定的な報告にだけ反応し、否定的な反応と絶望をすぐに現します。


「そこにはまことに乳と蜜が流れています。」と言われた時に、それを神の奇跡と祝福と思って喜んでいたら良かったのに、その言葉には反応せず、
いなご意識を持った人たちが言った「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。」ということばでは、すぐに反応して泣きわめきながら、次のようにつぶやき出しました。


【民数記14章2節】

「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。

そして神の悪口まで言いました。

そのことばは神を侮ることばであり、神に背くことばです。


彼らのことばを聞いた主が次のように語りました。


【民数記14章11節】

この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

たくさんの奇跡を過去に体験したにもかかわらず、何か問題に直面すると、背の高い住民や、高い城壁よりも 神を小さく見て「神様も無理でしょう?」という思いがあるので、すぐに絶望してしまいます。


問題にぶつかるたびに弱音を吐き、否定的なことば、絶望的なことばを語る人は多いです。


患難の中で耐えることが出来ないタイプです。


そして、それを神のせい、人のせいにします。

このような人もカナンの地に入ることは難しいです。




◎信仰によって生きる人生




目の前に高い城壁がそびえたっていても、背が高くて強い住民がいても、信仰によって生きる人は 次のような姿です。


【民数記14章9節】

その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

信仰によって生きる人はすべてを信仰の目で見ます。


信仰の目で見ることは、神の約束を信じて物事をみて判断します。


信仰によって生きる人は高い城壁を超え、死の恐れを超え、救いの神に頼り、大胆です。


【申命記1章29-30節】

それで、私はあなたがたに言った。「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。

あなたがたに先立って行かれるあなたがたの神、主が、エジプトにおいて、あなたがたの目の前で、あなたがたのためにしてくださったそのとおりに、あなたがたのために戦われるのだ。

このように信仰によって生きる人は、良い面をみて、可能性を見て、神の力を見ます。


信仰ある人は、これをすべての場面に適用します。


信仰によって生きたダビデの告白です。


【詩篇27編1-3節】

主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。

悪を行う者が私の肉を食らおうと、私に襲いかかったとき、私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。

たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。

信仰によって生きる人といなご意識とすぐ絶望する人生とを比べてみて下さい。

ことばも生き方も その後の人生も全く違います。


信仰によって生きた人生は、勝利の人生になりました。


彼らがそれを証明してくれました。

信仰によって生きた2人、ヨシュアとカレブはカナンの地に入りました。



他の人たちは荒野で死にました。

歴史が記録してあります。


神の国も信仰によって生きた人が入る国です。


信じる者のために神が備えた国ですから、信仰によって生きた人に入る資格が与えられます。


主にそむいて生きることは、祝福の地を自ら拒むことになります。

それで良いでしょうか?
ヽ(TдT)ノ


2018.9.16
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宣教は霊的戦いから始まる

八戸ノ里キリスト教会より ワンコイン英会話教室のお知らせ

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
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神に願った二つの事

テーマは 『 神に願った二つの事 』 です

【箴言30章7-9節】

二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。

不真実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。

私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

貴重な真理を学ぶためには、神のことばを聞くことが一番です。

次に、神と深い交わりをした信仰の人々の姿勢から学ぶことです。


本文はアグルの祈りですが、祈りの内容から神への信仰の姿勢を学ぶことが出来ます。

アグルが願った二つのことで、私たちは真理を学ぶことが出来ます。



神のみこころにふさわしく生きることを願う




それは物質的なものよりは、精神的なものに より大きな価値を置いていることがわかります。


【箴言30章8節】

不真実と偽りとを私から遠ざけてください。

このように願いました。

不真実と偽りは、永遠に価値のないものを求めて生きる時に出て来るものです。


むなしい心で生きると、人間は不真実な者になりますし、自分の利益ばかり求めると 相手に嘘をつきます。


それによって罪が生まれ、神の御心にふさわしく生きることが出来ないです。


神を自分の主人として いつも思って生きる人は、神のみこころにふさわしく生きることを第一に求めます。




神を敬い、神に栄光をささげる人生を願う




【箴言30章8-9節】

貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。

私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。

アグルは、富と貧しさから来る誘惑とつまずき、危険性を知っていましたので、それに自分か引っかかることがないように祈りました。


富を得ることは悪いことではないですが、誘惑と危険性がたくさんあります。



まずは物質の豊かさによって高慢になりやすく、自分に恵みを与えた神を忘れやすいです。


すでにこの危険性に対して神は警告しました。


【申命記8章12-14節】

あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、

あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、

あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そういうことがないように。

【申命記8章17節】

あなたは心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」と言わないように気をつけなさい。

豊かになると過去の苦しかったことを忘れて 高慢になりやすいですし、小さいことへの感謝も忘れてしまいます。






また貧しい者は、貧しさのために他人を騙したり盗んだりして罪を犯し、罰を受けて神の御名を汚すことがあります。

または貧しさのために神につぶやき、つまずいたりすることもあります。


貧しさの中でずっと生きると、神に敵対する人々から嘲られることがあります。


ですから、日々の糧が与えられるように神に祈ることです。


また貧しい生活の中で落胆して悲しい顔つきで生きるのではなく、希望をもって熱心に働いて立ち上がるように努力も必要です。



アグルはこれらのことを知っていたので、富や貧しさで神を敬い、神に栄光をささげる生活に支障が出ないように神に願いました。


富と貧しさによって神を忘れることもあれば、信仰生活がなまぬるくなる傾向もあります。


ですから私たちも、アグルがそれらを警戒して神に願ったように 自分たちも警戒し、神に願うことが必要です。


人間は環境の支配を受ける存在です。

環境の変化によって腐敗し堕落し、罪を犯し、高慢になり、神を忘れることは いくらでも起こります。


ですから、いつも神が喜ぶことが何かを考え、御心にふさわしく生きることを心掛けなければなりません。
(*゚∀゚)っ


2018.6.24
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私たちの信仰は大丈夫なのか

テーマは 『 私たちの信仰は大丈夫なのか 』 です

【第1コリント9章27節】

私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

直接会ったことはないですが、間接的に知っている あるクリスチャンの奥様が、愛する娘の病死をきっかけに 信仰を捨てた話を聞きました。

もちろん その奥様も熱心に宣教活動をしたクリスチャンでした。


最近その奥様が数年前から教会にまったく行かず、信仰からも離れたことを聞いてびっくりしました。

そして悲しくなりました。「まさか」と思いました。


本人も、自分自身が神も信仰も捨てて、神に敵対する者になるとは想像もしなかったと思います。


私たちもいつ自分がそうなるかは誰も知らないと思います。

他人も信頼出来ないですが、自分自身も信頼出来ないです。


昨日の心と今日の心が違うので信頼が出来ないです。



「あなたの信仰は大丈夫ですか?」に どのような答えをしますか?


私は「大丈夫じゃないです」と素直に言えます。

信仰が波乗りする時があります。


良い時は大丈夫でも、良くないことが起きると自分の信仰がどう変わるかが心配です。

私たちの信仰を揺れ動かすものが色々あります。


それに気付くことも信仰の失格者にならないために必要です。




神より もっと愛するものがありますか




神より愛するものが存在するならば、その信仰は大丈夫ではないです。


アブラハムが祝福の人になったのは、厳しい神のテストに合格してからでした。

大事な1人息子イサクを神にささげてからでした。


神はその子をいけにえとしてささげるように言いました。

父親として自分の子のいのちに手を下すことは簡単に出来るでしょうか。


しかしアブラハムは神のことばに従いました。

殺す直前に神が彼を止めました。


神は彼が誰を一番愛するのか、恐れているのかをテストしました。

その後に神様は彼を大いに祝福しました。



娘の死で神から離れたその人も、それまではアブラハムの話は耳にタコが出来るほど聞いたと思います。

素晴らしい信仰だと、心では(アブラハムを)尊敬したと思います。

神を一番と思っていたのに、神を一番愛する愛が 自分にないことを証明する結果になりました。


この愛の問題に失敗すると、みんなが信仰のテストに失敗します。


一度、愛の問題で失敗した弟子シモン・ペテロに主が現れて質問しました。


「ヨハネの子シモン。あなたはこの人たち以上に、わたしを愛しますか。」

ペテロは二度目には失敗しませんでした。




肉の思いが霊の思いよりも強いですか




カイン、イシュマエル、エサウとアベル、イサク、ヤコブの違いが分かりますか。


前者は世俗的で肉に属する者で、後者は神を愛する霊に属する霊的な者です。

同じ信仰ある家庭で、信仰も受け継ぎましたが、彼らの人生は分かれていきました。


肉に属する者になり、信仰をないがしろにした者たちと、肉のものよりは上にある聖いもの、霊的なものに関心が高く、神を愛しながら生きた者に分かれました。


自分の思い、自分の欲、自分の判断が強い人は肉の思いが強い人です。


その人たちは苦い根を持っています。

それは古い人の根っこです。そこから肉の行いが始まります。


それは「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興」です。


しかし霊の思いは、それとは まったく違います。

その人たちは御霊によって生きています。


霊の思いは愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。


肉の思いは、信仰を堕落させ、神の国を相続出来ないようにします。


しかし霊の思いは、御霊の実をたくさん結ぶので、神に役立つ者、神の国にふさわしい者になります。




神への非難の思いがありますか




神への非難の思いは信仰に致命的です。


娘を失った人が信仰から離れた原因は、きっと神への非難の思いが強かったと思います。

「なぜ私の娘のいのちを助けず取ったのか」と。

神を 盗人、殺人をした悪い神である思いが彼女の心になかったと言えるでしょうか。


「すべてのことについて感謝しなさい」と言われていますが、それが日々守られてあるでしょうか?

守られていないと思います。




ヨナの姿を通して神への非難の思いの危険性をみたいと思います。


神のことばに不従順して嵐に会い、魚に飲まれて、魚のお腹に入り、生き地獄を体験しました。

神が助けて下さらなかったならば、誰も知らない所で死んだと思います。


しかし、神の憐れみで助かったので 彼は第二の人生を送るようになりました。

二度いのちを得たことが小さいことでしょうか?


一生感謝してもしきれない恵みなのに、あっという間に忘れてしまう恩知らずの姿を私たちはヨナ書で見ることが出来ます。


ニネベの人たちを滅ぼす計画が神から出て、彼はそれを神の命令でニネベの町の人々に伝えました。


しかし予想もしなかったことが起こりました。

彼らが本気でそのことばを受け止め、断食しながら神の前に悔い改めました。


神は彼らの姿を見て滅ぼす計画をやめました。

それで彼は不機嫌になり、神への不満が、神への非難に変わり、神にそれをぶつけました。




私たちは自分に悪いこと、思い通りにならないことがあると神を非難します。

そして他人に良いことや、祝福があると、それも妬んで神を非難します。


自分一人のいのちは大切なのに、十二万以上の人間と多くの家畜のいのちに対しては惜しむ心がヨナにはまったくありませんでした。


自己中心的な人間は、神の心には関心がなく、自分が中心で回らないと神に対して不機嫌です。


自分を助けた神の恵みはすっかり忘れて、不満を言う者になったことが悲しいですね。


自分たちにも、ヨナの姿があります。

これが私たちの信仰を汚染させ、ダメな信仰にしてしまいます。


ですから私たちは神や人と戦うのではなく、自分の中にいる強い敵と戦わないと、それに自分がつまずきます。


神や人につまずいたと言えますか?

よく考えるならば自分が自分の信仰につまずいています。


神や人への苦い思い、肉の思い、世を愛する心はあるのに、肝心な信仰がないのです。


これが一番の問題です。
アーメン ヽ(TдT)ノ


2018.5.6
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勝利した人たちが使うことば

テーマは 『 勝利した人たちが使うことば 』 です

【ピリピ4章13節】

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

環境が 人に勝利をもたらすのではなく、
“健全な信仰と思考を持って勝利のことばを使う人” が勝利を勝ち取ります。


今日のことばは、使徒パウロが語ったことばでした。


パウロの置かれた環境は、常に “最悪な環境” でした。

福音を伝えるのが彼の使命ですが、常に反対、妨害、迫害の環境での働きでした。


肉体的にも死の連続の状況でしたが、なぜ そのような中でも、彼は福音によって世界を変える勝利の働きが出来たでしょうか?

もちろんパウロだけではなく、聖書にはパウロと同じく勝利を得た人々が多く出てきます。


彼らに共通するものは、健全な信仰と思考、そして常に勝利のことばを使ったことでした。


私たちは、主のことばに関心があります。


主のことばで力を受けたり、慰めを受けたり、励ましを受けたりします。

そして主のことばに頼ります。


主はどうでしょうか?


主は、私たちのことばに関心があります。

ことばを聞いて、私たちの信仰や考え方を知ります。


勝利を得た人たちのことばには とても力があり、自信があり、希望があり、神への信頼がありました。

パウロは困難に直面しても、弱音を吐きませんでした。


なぜなら、共におられる主に 完全に信頼していたからです。


自分が受けた使命は、主からの使命なので、そこに失敗があるとは考えていませんでした。

どんなに環境が悪くても、自分は必ず勝利すると宣言して働きました。


ローマでは、次のように勝利について語りました。


【ローマ8章35-37節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、剣があるから と、主から離れる人は勝利者ではなく、“敗北者” です。


【第2ペテロ2章19-20節】

人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。

主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。

環境に左右される人は 信仰があったとしても、結局は環境に倒されて勝利することが出来ません。


勝利する人たちは 環境ではなく、主に信頼し、みことばに信仰を築き上げ、健全な思考をもって、環境に向かって勝利のことばを使います。


「私は必ず勝利者となる。圧倒的な勝利者となる。私は私を強くして下さる方によって、どんなことでも出来る。

決してサタンが喜ぶようなことばは使いません。


他に勝利した人たちのことばも聖書にありますので紹介します。




ヨセフ




ヨセフが語ったことばです。


【創世記45章5節】

今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。

もし このようなことばではなく、恨みのことばで彼らを恨んだり、復讐したならば、ヨセフは勝利者にはなりませんでした。




カレブ




【民数記13章30節】

そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

多数が否定的な思いで、絶望的なことばを使っても、
カレブは最後まで勝利のことばを言いました。


神は カレブのことばを心に留め、彼には勝利を与えました。


しかし絶望的なことば、つぶやきに対しては このように語りました。


【民数記14章28-29節】

あなたは彼らに言え。これは主の御告げである。わたしは生きている。わたしは必ずあなたがたに、わたしの耳に告げたそのとおりをしよう。

この荒野であなたがたは死体となって倒れる。わたしにつぶやいた者で、二十歳以上の登録され数えられた者たちはみな倒れて死ぬ。

私たちは自由にことばを使うことが出来ます。

しかし、自分が使ったことばの実を刈り取るのは、自分自身であることを忘れてはいけないです。




ダビデ




戦う前に、すでに勝利宣言のことば使ったダビデのことばです。


【第1サムエル記17章47節】

この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」

全イスラエルが恐れていたゴリヤテに対して、恐れなかったのは ダビデだけでした。

神は彼に勝利を与えました。


ゴリヤテを恐れていたサウル王のことばと比較してみましょう。

使うことばが違いました。





サウル




【第1サムエル記17章33節】

サウルはダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」

普段どのようなことばを神様に、自分自身に、他人に使っていますか?


あなたが使ったことば通りの将来が あなたを待っています。

そして蒔かれたことば通りのことを刈り取ります。


勝利したいならば、環境が変わるのを待つのではなく、あなたの信仰、思考、ことばを変えて下さい。


そうするならば勝利の人生を送ることが出来ます。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.4.8
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常に前進していくためには

テーマは 『 常に前進していくためには 』 です

【ピリピ3章12-16節】

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。

それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。

新年になると、さらなる成長を目指して 新しい計画や目標を立てる人が多いです。


今年も すでに2ヵ月が過ぎましたが、順調に計画通りに進んでいますか。

それとも三日坊主で終わりましたか。


計画通りに進んでいる人より、思うように進んでいない人の方が多いと思います。

進んでいない様々な理由はあると思います。


しかし、環境よりも 自分自身に理由がある人が多いと思います。



みなさんはどう思いますか?

環境のせいですか。それとも自分のせいですか?


常に前進していく人は、素晴らしいと思います。

その人たちは環境が良いから、または運が良いので、問題なく前進していると思いますか?


今日のことばを語ったパウロは、あらゆる面から尊敬できる人で、学ぶべきところがたくさんあります。


いつも悪い環境で、迫害や反対、殺そうとする人たちまで いたにも関わらず、どのようにして いつも前進することが出来たでしょうか?



今日は、前進できた秘訣を学びます。

本文には 立ち止まった姿がなく、つねに前進していく姿が見られます。


  • 一事に励んでいる
  • ひたむきに前のものに向かって進み
  • 一心に走っている
  • 進むべきです

ここには、後退する姿も、わき見をする姿も、立ち止まった姿も、あきらめた姿もありませんでした。


伝道者として多忙な生活をしていました。

たくさんの迫害で体も弱かったです。


ゆっくり休める所もない不便な生活をしていましたが、彼は前進して実を結び、信じる者に手本を見せました。




信仰を日々 新しくする




信仰は 神の言葉の種をもらって、それを心の畑に植え、それを成長させ、実を結んでいくことです。


信仰があるか ないか、良い信仰か 悪い信仰かは、結ぶ実によって分かります。


良い信仰は良い実を結びます。

しかし、悪い信仰は悪い実を結びます。


良い信仰は、真理である神のことばを受け入れ、植えて、成長させて実を結びます。

良い信仰は常に前進していきます。


良い信仰のために、いつも自分の信仰の状態を診断して 悪い所は直し、良い所は伸ばします。


信仰を新しくしていきます。

決して白く塗った墓のようにはしません。


いつまで経っても良い実を結ばない信仰は 問題があります。

その人たちの中には 生ぬるい信仰、形式的な信仰があります。


生ぬるい信仰と 形式的な信仰は、中身を変えず うわべだけを白く塗って信仰生活します。

イエス様は、その人たちに向かって、“白く塗った墓のようだ” と言いました。



前進するためには、信仰を “常に新しくする” 必要があります。


信仰を新しくするためには、正しい選択が必要です。


堕落したこの世は、真理よりも偽りが溢れています。

真理よりは、偽りを受け入れ 信じることが多いです。


十字架の救いの道を選ばず、滅びと死の広い道を選ぶ人が圧倒的に多いです。


偽りは、信仰生活にダメージを与えます。

信仰をむしばみます。



ですから 前進するためには、善と真理を選ぶことです。

常に新しくしないと、偽りに導かれて歩むことになります。


毎日 真理の道を確かめながら、自分が真理に導かれているか どうかを確認していきます。


パウロは人々にみことばを教えましたが、自分にも厳しくみことばを適用しながら生きました。

日々自分の信仰を新しくして神のことばに従い、神と共に歩みました。




ビジョンを再確認する




ビジョンは生きるために必要です。

ビジョンがある人と、ない人は 生き方が違います。


自殺する若者が多いのはとても残念です。

生きる目的がないので、いのちを断ちます。


たとえ目的があったとしても、それは目に見える目的だったと思います。

そして うまく行かない時に絶望して、自らいのちを断ってしまいますね。



パウロはいつもいのちが狙われました。

しかし彼はそれを恐れませんでした。


彼には明確なビジョンがあったからです。

それは、自分が作り出したビジョンではなく、主から受けたビジョンでした。


そのビジョンは、いのちが尽きるまで続くビジョンでした。

“生きるにしても 死ぬにしても、主のために” これが彼のビジョンでした。


人の魂を救うために 福音を人々に伝えることが、彼のビジョンでした。



パウロは、イエス様から このようなビジョンをいただきました。

『 私の名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、私の選びの器 』


このビジョンを受けてからは、すべてが順調だったでしょうか?
―― とんでもないです。


最初からユダヤ人、異邦人たちに いのちを狙われ、絶えず迫害を受けました。


うまく行かない状況の中で、疑いや挫折がなかったと思いますか?

パウロは、その思いに支配されないために、いつも主から聞いたビジョンを再確認しながら前進していきました。



主のことばは変わりません。

状況が悪くても、主からのビジョンは変わりません。主は真実な方ですから。


主からビジョンをもらった人は、死に至るまで前進していきます。


前進出来ていない人は、ビジョンを失くした人です。

取り戻さないといけないです。




心を入れ替える




心を入れ替えないと、かたくなな心になります。

うなじのこわいものになります。


心を入れ替えない人は、心を閉ざして生きる人です。


自分の基準、判断、肉の思い、苦い根で いっぱいの心は “死んだ心” です。


肉の思いは憎しみ、妬み、高慢、敵に対する復讐心、のろいの剣などです。

それは冬のような心です。


季節は、冬の後には春が来ます。

そのように、心の季節も変えていかないといけないです。


憎しみや不信などで 氷のように冷たくなった冬の心に、春のような温かい 聖霊の恵みの風を受け入れ、心を新しくしていかなければなりません。


神様は愛と恵みと赦しを備えて待っておられます。



心を開いて、自ら反省して 心を引き裂き、悔い改めることです。


人の心を新しくするのも、神の愛と恵みと赦しを受けるのも、“悔い改め” の通路を通って入って来ます。



悪い思いを入れたままでは 苦い根が心に深く降ろされて、そこからあらゆる悪いものが実を結びます。

冷たい心は愛と恵みがない心です。


悔い改めるなら聖霊の風と愛と恵みの季節が自分の心にも来ます。



心を入れ替える人だけが、心も軽くなって前進することが出来ます。

神の恵みなしに、私たちは天国に向かって歩くことが出来ないです。


世のものや自分の力や努力で前進出来るのではないです。

それで進んでも 長続きしないです。


しかし信仰、ビジョン、心をいつも新しくするならば、常に前進することが出来ます。


神の国に向かって、

そして 目標に向かって ――。


アーメン v( ̄∇ ̄)v

2018.3.4
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災難を新しい挑戦のチャンスに

テーマは 『 災難を新しい挑戦のチャンスに 』 です

ハレルヤ。

主の恵みと守りが、今日もありますように祈ります。


災難を新しい挑戦のチャンスだと考えたことがありますか?


地震や火災、また戦争などによって建物が破壊され、がれきの山になり、灰になっている姿を見ると、ため息が出ますし、悲しくなり辛くなり、絶望的になります。


しかし、ある人たちは災難を新しい挑戦のチャンスだと思って立ち上がります。



1941年、発明家であるトーマス・エジソンの実験室で火災が発生しました。

それによって数知れないほどの多くの道具と彼が長い間力を注いで研究した資料などが すべて燃えてしまいました。


彼の息子チャールズが走っていくと、
父エジソンは、恐ろしい勢いで燃えている実験室を見ていました。


びっくりしたチャールズに、エジソンは こう聞きました。

「ママはどこにいるのか?早く探して、こっちに連れてきなさい。

こういう光景は2度と見ることが出来ないから。」


その翌日、彼が夢と希望が灰に変わってしまった姿を見て、こう語りました。


「破壊は何と有益なものであるのか。私たちが間違ったものを灰にしてしまったから、神様に感謝します。私たちは再び挑戦をします。」


開かれた意識の所有者が 災難を受けた時、こういう態度を取るのを通して、本当の信仰がどういうものであるのかも見せてあります。






ヨブも すべてのものを失った時、彼の本当の信仰を神様に見せました。


子ども10人を亡くしました。

財産もすべて失くしました。


しかし、彼はその中でも一言も不平不満を言わずに、そういうものに対して執着心を見せませんでした。

その中でも神様に感謝を捧げ、神を礼拝し、神様を求めました。


その災難の中で、彼が絶望だけしていたならば、どういうことになったでしょうか?

ヨブの妻は、彼にひどいことを言いました。


「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか?神をのろって死になさい。」


ヨブがこの災難を新しい挑戦の機会だと思わないで、
絶望的な目で見たならば、その言葉を聞いて、自殺したかも知れないです。


しかし、ヨブはそういう思いを持たず、新しく挑戦しました。

信仰によって再びはじめました。


そうすると神様は、彼に以前よりも2倍の祝福を与えてくださいました。



私たちにも様々なことが起こると思います。


しかし、私たちはどんな時でも、それを新しい挑戦のチャンスだと思って 立ち上がるならば、神様が道を開いてくださいますし、力を与えてくださいますし、祝福も与えてくださいます。
アーメン (*´∇`*)


2017.10.1
3分テレフォンメッセージ

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ダビデの礼拝に対する態度

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【第1歴代誌16章1-4節】

こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中に安置した。それから、彼らは神の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

ダビデは、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ終えてから、主の名によって民を祝福した。

そしてイスラエルのひとりひとりみなに、男にも女にも、それぞれ、丸型のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を分け与えた。

それから、レビ人の中のある者たちを、主の箱の前で仕えさせ、イスラエルの神、主を覚えて感謝し、ほめたたえるようにした。

ある人の信仰が、良い信仰か そうではないかは 何を見て分かりますか?

それは、礼拝態度を見ると分かります。


礼拝をないがしろにする人、形式的な礼拝で済ませる人の信仰は、良い信仰ではないです。

しかし礼拝を大切にし、真剣に取り組んでいる人は 良い信仰を持っています。


ダビデは良い信仰を持っている人ですが、その信仰が 礼拝にそのまま現れました。


ダビデが神の箱を運び込み、安置した天幕は モーセの荒野の幕屋とは違って、簡単な幕屋でした。

神殿が出来るまでの借り住まいのような天幕でした。


しかし、そこでささげられた礼拝は 本当に素晴らしい礼拝でした。

なぜならダビデは 神が求めておられる真の礼拝者であったからです。


イエス様は礼拝に対して次のように語りました。


【ヨハネの福音書4章23-24節】

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

ダビデには真の礼拝者の姿がありました。

ダビデはどのような礼拝を 主にささげたでしょうか?


神への喜びと感謝が礼拝に現れていました。


神に全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ、主の名によって民を祝福し、そして和解のいけにえの一部を民にも与えて 喜びの祝宴をしました。


礼拝になくてはならないものは、“神への感謝と献身と喜び” です。


ダビデの礼拝には、それが溢れていました。


ダビデは いつも主の前に礼拝がささげられるように、主の前に仕える奉仕者を選び、いつも神に賛美をささげるようにしました。


賛美リーダーを立て、聖歌隊も作りました。

賛美隊が出来たのは、この時が初めてでした。


彼らは毎日の日課として 朝ごとに、夕ごとに絶えず主をほめたたえていました。

神への礼拝を どれほどダビデが大切に考えていたかが分かります。


そして主に仕える者たちにさせたのは、“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” でした。


聖歌隊を作った目的は、礼拝をさらに敬虔なもの、聖なるものに導くためでした。

この時に作った聖歌隊は、ヘロデが建てた神殿が破壊されるまで続きました。



“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” は礼拝の重要な部分です。


ダビデは聖歌隊が神の前で賛美出来るように、賛美も作りました。

8節から36節にある賛美は ダビデが直接書いたもので、それを聖歌隊に渡して歌わせました。


詩篇96編、105編、106編にも書かれています。

そこでも “主を覚えて感謝し、ほめたたえる” 内容がありました。


主を覚えることは 主のみわざを思い出し、公的に宣言し、記念として広く伝えることです。


神の偉大なみわざ、主のよくして下さったことを何一つ忘れず覚えることは大切です。


そして主に感謝することです。

感謝には「認める、告白する、ほめる」という意味も含まれてあります。


また主をほめたたえることです。

「ハレルヤ」は “主をほめたたえる” という意味です。


【イザヤ書41章16節】

あなたは主によって喜び、イスラエルの聖なる者によって誇る

という言葉がありますが、“主を喜ぶ、主を誇る” ことが主をほめたたえることです。






人間が造られた目的は何でしょうか?

答えは次の箇所にあります。


【イザヤ書43章21節】

わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。

すなわち人間は、“神への礼拝者” として造られました。


その目的通りに霊とまことを持って礼拝をささげる人は、造られた目的通りに生きている人で、礼拝をしていない人は、神の目的に反する生活を送っていることになります。


そのような礼拝では、神に喜ばれるはずがありません。


ダビデは素晴らしい礼拝者として生涯を送りました。

神は、ダビデに対して 主のみこころにかなう人だと言われ、素晴らしい礼拝者でした。


真の礼拝者になるためには、このことを心掛けないといけないです。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

私たちに救いと希望を与えて下さった神に 栄光と感謝をささげることは当然です。


【ヘブル13章15-16節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

善を行うことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。

【第1歴代誌16章36節】

ほむべきかな。イスラエルの神、主。とこしえから、とこしえまで。それから、すべての民はアーメンと言い、主をほめたたえた。

神をほめたたえるのはとこしえまでです。


ダビデの賛歌に対して、民は “アーメン” と ほめたたえました。


“アーメン” は、他の人のことばに同意する時、また その人の人格に対する信頼の表現です。

祈りのことばや賛美に対して「まことにその通りです。」と同意するのが、“アーメン” です。


ダビデは幕屋でいつも礼拝がささげられるようにして、神に栄光をささげました。



信仰のない悪い王が登場すると、神への礼拝がないがしろにされ 国全体が堕落していきました。

しかし信仰の良い王が登場すると、まず初めに 神への礼拝が回復しました。


真の礼拝者たちは たましいが豊かに祝福されますし、礼拝の中でも いつも恵まれます。


礼拝をささげても、恵みも喜びも感じないならば、礼拝態度が良くないからです。

信仰をもって主を覚えて感謝し、主をほめたたえるならば 恵まれないわけがないです。


主は 今も真の礼拝者を探しています。
アーメン (・∀・)つ


2018.1.21
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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