からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰

時を分別して未来を準備する

テーマは 『 時を分別して未来を準備する 』 です

【第1列王記20章20-22節】

彼らはおのおのその相手を打ったので、アラムは逃げ、イスラエル人は追った。アラムの王ベン・ハダデは馬に乗り、騎兵たちといっしょに、のがれた。

イスラエルの王は出て来て、馬と戦車を分捕り、アラムを打って大損害を与えた。

その後、あの預言者がイスラエルの王に近寄って来て言った。「さあ、奮い立って、これからなすべきことをわきまえ知りなさい。来年の今ごろ、アラムの王があなたを攻めに上って来るから。」

先週は「時を分別する知恵」に対してメッセージを伝えました。


分別する知恵だけで終わってしまうならば、何の役にも立ちません。

その知恵をもって未来を準備しないといけないです。


未来を決定するのは自分の態度です。


自然災害など自分では予測出来ないこともありますが、予測して自分で未来のために準備出来ることもあるので、その場合は しっかり準備することが大切です。


未来に悪いことが起きても、私たちの態度によって良いことにもなりますし、良いことが起きても、私たちの態度によって悪いことにもなります。



本文で主の預言者が語った預言は良い知らせでしたか?

―― 良い知らせではなかったです。


「来年の今ごろアラムの王が攻めて来る」という悪い知らせでした。



しかし預言のことばをよく考えてみると、それに対して前もって準備をしておけば大丈夫だという意味にもなります。


そのことばを聞いたアハブ王は 戦争の準備をしていたので、次の戦いでも勝利することが出来ました。

そのように準備することで、未来を良くすることが出来ます。


未来を準備するために、私たちは何をしたら良いのかを今日は学びます。




多くの情報を得ること




今は何もかも目まぐるしく変化しています。

何が変化していくのかに対して 多様な情報を知るならば、新しい変化に対して、準備することが出来ます。


デジタル時代になるだけで社会、世界のシステム、経済、教育、仕事が変わります。

アナログ時代にとどまっていては取り残されます。

会社も倒産します。国も破綻する時代です。


世界を引っ張る七つの会社は、すべて情報関連の会社です。

IT関連の会社です。



「これからなすべきことをわきまえ知りなさい」ということは、その情報を得てどのように行動すべきかを決めることです。


ここで必要なのがまた 『神の知恵』 です。

地上の情報は地上で得ますが、天の情報は聖書から得るので、聖書をよく読んで下さい。



預言者エリヤが知らせたのは天の極秘情報です。

極秘情報を聞いて、準備したので、後にアハブは勝利することが出来ました。


情報を持たないと成功はないです。

国々や企業が極秘情報を得るために莫大なお金を使う理由は それによって上に立ち、利益を得るためです。




過去を点検して、未来を準備する




過去を点検するのも、未来の変化に成功するためです。

未来は違う世界から飛んでくるものではなく、過去と繋がってあります。



今回のコロナウイルスは、過去にあった『サーズウイルス(SARS)』と 『マーズウイルス(MARS)』と関係性があります。

サーズもマーズも、今回のコロナウイルスも似た点が多いです。

発熱、咳、息切れなどの呼吸器官がやられて死亡するケースが多いです。



世界がこの病気で今も大変ですが、韓国が今回うまく対応できた理由は、過去にサーズとマーズの経験があったからです。


その時も感染が広がったので、そこから学んで、マスクや呼吸器、防護服の準備、医療システムを整えたので、今回のコロナウイルスの時にうまく対処することが出来ました。

もう新規感染者はほとんど出なくなりました。


過去の経験と自分たちの過去の態度をよく調べることで未来を準備することが出来ます。



独裁者たちの結末はよく似ています。

しかし独裁者たちはそこから学ぶこともなく、同じ道を辿ります。

自分はうまくやっていけると思う傾向があります。


自分をよく調べるためには神の目で自分を調べることです。


【詩篇26編2節】

主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。



肯定的な信仰をもって積極的に行動すること




未来を準備する時に、未来の変化に対処できる 新しい自分を準備しないといけないです。

自分が変わらないと明るい未来はないですね。


しかし自分が新しく変わろうとする時に 一番それを邪魔するのも自分自身です。

情報を得ることも、良い計画を立てるのもそんなに難しいことではないです。



しかし自分が変わることは意外と難しいですね。

行動が伴わないといけないからです。


行動しようとする時に過去の失敗やトラウマなどで、急ブレーキを踏む人が多いです。

そして無理だと止めてしまいます。


一番の失敗は何もしないことです。行動せずにいると後がしんどくなります。



未来は確実に来るのに、何も準備ができていないので 適応できず苦労します。

未来がないならば 何もしなくて良いですが、良い未来を期待するならば、変化をためしていかないといけないです。


未来を予測しながら、肯定的な信仰を持って行動しましょう。



預言者のことばを聞いたアハブは恐れることなく、次の勝利のために戦う準備をしました。


もし彼が以前の勝利で高慢になり、預言者のことばを無視して何も準備しなかったり、恐れて準備せずにいたならば、戦争に負けて悲惨な状況になったと思います。


未来を準備する人は何も恐れる必要がありません。


準備する姿勢は信仰の姿勢なので、信仰ある人を神は祝福して下さいます。
アーメン (・∀・)つ


2020.5.10
聖日礼拝メッセージ

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恐れないで信仰を持ちなさい

テーマは 『 恐れないで信仰を持ちなさい 』 です

【第2テモテ1章7節】

神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。

今、世界を恐れの霊が覆ってあることは知っていますね。


目に見えないウイルスに感染することを非常に恐れている人がたくさんいます。

外に出るのも、人に会うのも、物に触れることも恐れる人が多いです。


そしてコロナだけではなく、違う事でも人々は恐れています。

何に対して恐れを持っているでしょうか?


貧困の恐れ、失敗の恐れ、愛する人を失う恐れ、死の恐れ、病気の恐れ、自由を失う恐れ、人からの非難に対する恐れ、年を取ることへの恐れなど様々な恐れがあります。



恐れはまったく役立たないもので、反対に私たちの成功や幸せ、健康などを邪魔するものです。

恐れは神から来たものではありません。






神が私たちに与えたものは臆病の霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。

神は人間が恐れに弱いことを知って、恐れに負けないようにみことばを与えて下さいました。


【イザヤ書41章10節】

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。

【ヨハネの福音書16章33節】

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

主は世にあって多くの患難があることもご存知です。


人々は患難を恐れるので、患難が来ると心に大きな負担を感じます。

精神的に、肉体的に苦しみます。



しかし神を知っているならば、思い出すべきことがあります。


“この世で起こるすべてのことは神がなさること” です。


すなわち神の許可なしには起こらないことです。

それを信じることが信仰です。



恐れは、私たちが神のことばを信じず、神と一致せず、神と共にいないからです。


恐れは自分の霊的状態、神との関係をもろに表します。

「神を信じる」と言いながら、恐れおののいているならば、あなたが信じる神はどこにいますか?



主が共にいるならば、なぜ恐れる必要があるのか と自分に聞いてみて下さい。


恐れは信仰の敵です。

恐れは聖霊の敵です。


恐れは信仰を奪い、聖霊を心から追い出します。






荒野でイスラエルの民に悪影響をもたらした恐れの正体を見ます。


カナンの地を偵察した12人が同じものを見て、10人対2人に意見が分かれました。


10人はカナンの地の城壁や強い人たちを見て恐れをもって帰りました。

恐れの目で見ると 彼らは巨人に見え、自分たちはいなごのように見えました。


それで民に対してこのように報告しました。

「あの民の所には攻め上れない。あの民は私たちより強いから」


全会衆はそれを聞いて、恐れに覆われて夜通し泣きわめきました。

そして不信仰のことば、つぶやき、否定的なことばをたくさん言いました。



しかし、信仰の人ヨシュアとカレブの2人はそれを見てびっくりして、

主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

と、はっきりと言いました。

2人にはまったく恐れがありませんでした。



しかし恐れに覆われた民は、2人の言うことを信じないで、2人を石で打ち殺そうとしました。

それを見た主が、突然モーセに言われました。


【民数記14章11-12節】

主はモーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

わたしは疫病で彼らを打って滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」

恐れの原因が不信仰であると言われました。

恐れは自分が誰を信じているのか、誰と共にいるのか、誰を見ているのかをあらわします。



神への信仰が強いと、恐れは消えて行きます。

心に恐れの居場所がないからです。


見えるものに頼って生きる者は絶えず恐れをもって生きますが、信仰によって生きる人は平安をもって生きます。


自分に対する神の約束を信じ、恐れを追い出しながら勇敢に生きるならば、その人はその信仰によって勝利することが出来ます。


神がその人を守り、助けて下さるからです。






1929年に始まった世界的大恐慌は20世紀の中で最も深く、最も深刻な世界的な経済不況でした。

アメリカの株価の暴落から始まりました。


回復まで2年はかかりました。


国際貿易は50%減少し アメリカの失業率は23%、他の国では33%まで上昇しました。


その時のアメリカの大統領がルーズベルト大統領で、彼によって最悪の大恐慌は克服出来ました。


就任演説で語ったことばの中に「我々が恐れなければならないものは、ただひとつ。恐れそのものだ」があります。

恐れがあると人々は自制力と判断力を失います。



何かの問題で恐れが生じた場合、多くの人は「とにかくこの問題を取り除いて下さい。」と慌てながら祈ります。

それは信仰の祈りではありません。


このように祈るべきです。


「神様。私はこれに対してどのような信仰の行動をしたら良いか教えて下さい。」


危機や試練の中では 恐れではなく、信仰で判断し、行動出来る知恵を神に求めて下さい。

信仰は 可能なことのためにあるのではなく、不可能のためにあります。


不可能の前で 信仰は力を発揮します。

不可能の前で自分の信仰が試されます。



「あなたの信仰はどこにあるのか。なぜ恐れるのか」と主が聞きます。



私たちに力と愛と慎みの霊を与えて下さった神に感謝しながら、信仰の目を開くと恐れは静まります。

「主の御名によって命じる。恐れよ、静まれ。」


信仰によって歩む生き方こそが患難を乗り越える力になります。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2020.4.26
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後悔しない人生

テーマは 『 後悔しない人生 』 です

【ヤコブ4章13-17節】

聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう」と言う人たち。

あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。

むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」

ところがこのとおり、あなたがたはむなしい誇りをもって高ぶっています。そのような高ぶりは、すべて悪いことです。

こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行わないなら、それはその人の罪です。

2020年は歴史に残る年になりますね。

今まで経験しなかったことを いま世界の人々が同時に経験しているからです。


そしてコロナウイルスによって、人々の考えが色々と変わってきたと思います。

今日の聖書のことばにあることを実際に体験しています。


人間はあす何が起こるか分からないこと、そして人のいのちも消えていく霧に過ぎないことを実感しています。


コロナウイルスによって多くの人々が突然亡くなりました。

体の苦しみだけではなく、不完全燃焼の人生のことで苦しんだ人や後悔しながら亡くなった人もたくさんいると思います。


ですから生きている人間は、今まで通りの生き方ではなく、自分の人生を真剣に考えないといけないです。


何を食べるか、何を飲むか、何を着るかを真剣に考えるのではなく、自分の存在そのものを考えることです。


後悔しない賢い人生のために どのように生きるべきかを考えることです。


みことばは その道を私たちに教えています。




信仰によって生きる




信仰によって生きることは、神のみこころを知り、御心に従って生きることです。


自分が立てた計画に従って生きるのではなく、自分の人生に対する神の計画を知り、それに従うことです。


自分の思い、計画を優先する人は、神のみこころに関心がありません。


そのような人たちが一番後悔する人生を送ります。

一生懸命努力して生きても、神のみこころとは反対の道を歩むので、神の前に評価されることはないです。


砂の上に家を建てた人のようになります。

風を追うような人生です。



神が自分の主人であるならば、自分が主人のようにふるまってはいけないです。

しもべとして主人のみこころを行うことです。




神が与えて下さった使命に忠実に生きる




このような生き方は、聖書に出て来る信仰の人々から学ぶことが出来ます。


【ピリピ2章13-17節】

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。

すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。

それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、

いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。

たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてとともに喜びます。


試練があっても最後まで主を裏切らず、主に従って生きる姿が忠実な姿です。




互いに愛し合いながら生きる




自分も他人も愛さない人、自分は愛しても他人は愛せない人は不幸な人です。


愛のない心は潤いのない砂漠や荒野のような心です。

いばらとあざみ、とげがあります。



しかし、愛のある心はオアシスのような心です。

そこには喜び、潤い、安らぎがあります。


愛の神である主が共におられます。

その愛は神から来るものです。


【ヨハネの福音書15章12節】

わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。


人生は短いので、愛し合うことに時間を使うことです。

それを憎しみ合いながら生きたならば、後悔のない良い人生だと言えるでしょうか?


神は、愛を知らない人を神の国には入れません。


なぜなら神の国に一番ふさわしくないからです。

その人は神を知らない人だからです。






今までの自分の生き方を変えることは簡単ではないです。

しかし裁きの時に主の前に立つことを考えてみて下さい。


そしてこの世での時間は短いですが、死んでからは永遠の時間が始まります。


暗闇の世界か、光の世界かどちらかに行きます。


【第2コリント5章7-10節】

確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。

私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています。

そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。

なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚

2020.3.22
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神の引き算

テーマは 『 神の引き算 』 です

【マタイの福音書19章29節】

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

神は私たちのたましいを救い、私たちを神の人として立てるために 人生の荒野に追いやって そこで厳しい訓練をします。


神の訓練の中で 神がまずなさることが “引き算” です。


引き算はそのことば通りに自分の人生で引き算を始めます。

私たちから一つ一つ引きます。


本文にあるように、人々から家、兄弟、姉妹、父、母、子、財産などの引き算を始めます。


実際に聖書の人物で神がどのような引き算をしたのかを見たいと思います。




アブラハムの場合




神が彼の人生に現れて語ったことばです。


【創世記12章1節】

主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。

まず彼から故郷、親戚を引きました。


22章ではさらに大きな引き算をしました。

それは「愛する息子イサクをささげなさい」ということばでした。


彼から息子の引き算をしました。


アブラハムはそれに抵抗せずに神の引き算に従いました。


それによって神に用いられる人物になりました。




ヨセフの場合




神はヨセフに神の素晴らしい計画があることを早くから教えました。


神はその計画のために彼の人生から引き算を始めました。

愛する母が彼の人生から引かれました。


父の愛を受けましたが、妬みをもった兄弟たちによって 今度は愛する父から引き離されました。

それによって父が引き算されました。


犯罪人でもないのに犯罪人にされて、人々からも引き離されました。

頼れる人はだれもいなくなりました。




ヨブの場合




ヨブは一番の大金持ちで子宝に恵まれていました。


彼の人生から まず引き算されたのが財産でした。

すべてが引かれました。


次には子ども全員を引きました。

その後にヨブの健康を引きました。


この他にも神に用いられたすべての人物に 神は引き算をしました。




神が引き算をする理由




神が引き算をする理由は何でしょうか?


肉の物を取り除くためです。

肉の物は聖霊に敵対するからです。


また自分の計画ではなく、主の計画の人生を生きるようにするためでした。


聖霊に満たすため

神だけに信頼する者にするため

神の働きをさせるため

神を恐れ、神を一番愛する者にするため

神を知る者にするため


信仰の人、神の人にするためでした。


【ヨブ記23章10節】

しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。

アーメン (。・ω・)ノ゙


2020.1.26
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聖徒の霊的戦い

テーマは 『 聖徒の霊的戦い 』 です

【マタイの福音書11章12節】

バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。

1人の魂が救われて神の国に入るまでは様々な霊的戦いがあります。

それを知っている人もいれば、知らない人もいます。


エジプト(この世)で奴隷生活をした選民イスラエルの人々が そこから救い出され約束の地カナンに入るまでは様々な戦いがありました。


その過程を見て私たちが神に救われ、神の国に入るまでもそれと似た霊的戦いがずっとあることを知らなければなりません。

どのような霊的戦いがあるのかを学びたいと思います。





まずは みことばで霊的戦いがあることを教えました。


【エペソ6章10-13節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

聖徒たちは神から力を受け、神の武具を取り、主にあって戦う時にだけ勝利することが出来ます。


これが戦う時の基本姿勢です。

基本姿勢もない中での戦いは無謀な戦いになります。


そしてすべての戦いは主の戦いであることも知らないといけないです。


【第2歴代誌20章15節】

彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。



サタンとの霊的戦い




サタンとの霊的戦いがあります。

血肉の戦いではなく、霊的存在であるサタンとの霊的戦いがあります。


サタンは信じる者を絶えず攻撃するので油断せずに戦わないといけないです。


【ヤコブ4章7節】

ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

サタンのえじきにならないために、サタンに立ち向かわないといけないです。




この世との戦い




この世との戦いがあります。


【第1ヨハネ2章15節】

世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。



自分との戦い




自分の古い自我との戦いがあります。


【エペソ4章22節】

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、

霊的戦いに勝利しないと霊的成長はもちろんありませんし、反対に信仰も衰退します。

再びサタンの前に無力な者になってしまいます。


ですから必ず勝利しないといけないです。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.12.8
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人生の選択をどう決めるか

テーマは 『 人生の選択をどう決めるか 』 です


聖書にはいろんな人物の人生が書かれているが、もしあなたの人生が書かれるとしたらどう書かれるだろうか?

一度考えてみてください。


今日は聖書を読みながら いろんな人の生き方、信仰の姿を見て、自分自身と照らし合わせてみてください。


(自分が)どういうタイプであるのか ――。

また、どういう風になるべきであるのか。





【箴言31章で語る しっかりした女とは】


箴言は『知恵の書』であり、人生をどのように生きるのか、人生の中で必要な知恵が書かれています。


その一番最後である箴言31章では、「しっかりした女」「すばらしい女」がどんな女性であるのかを書いてある。

実はこの具体的な答えが聖書に書かれてある。


ヘブライ語の聖書は今私たちが持っている聖書の順番と中身が異なっている。


今の旧約聖書は、基本的に時系列に沿って並べられている。

しかし、原語であるヘブライ語の聖書は、聖書をジャンルごとに分けていて、箴言の次に来るのがルツ記である。


つまりは、箴言31章で語る「しっかりした女」の具体例は、実はその次のルツであった。





【3人のメイン人物とその家族について:ルツ記】


今日は そのルツ記を読みながら、3人のメイン人物の生き方とその家族についてみていきましょう。


そして、メイン人物の生き方を見ながら 私たちはどういった生き方が自分たちと近く、どういった姿を目指すべきなのかを見ていきましょう。





【ルツ記1章】

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。

<名前の意味>

  • エリメレク:私の神は王
  • ナオミ:心地よい
  • マフロン:病気がち (“sickly”)
  • キルヨン:虚弱 (“weakly”)
  • ベツレヘム:パンの家

(ナオミたちの立場は)その当時に “未亡人” になるということで、今の時代で言うホームレスと同じ立場。

働くことも家も何もなく、生きるためには社会に頼るしかない。


<ベツレヘムからモアブまでの距離>

110~160kmぐらい離れていて、移動するには1週間はかかった。

その当時は何も連絡手段はないのと、交通手段も整ってはいないので、一度移動するのはとても大変なことでした。





【ナオミ】


ナオミは旦那エリメレクとベツレヘムにいた。


飢きんの際に、神様に選ばれた国を離れ、異邦の地であるモアブに移った。

自分たちの考えでは、ユダを離れ、モアブに行くことで飢きんを逃れられると思った。


しかし、そこで待ち受けていたのは 自分たちが想像していた明るい未来、満ち足りる未来ではなかった。

旦那エリメレクが死んだ。


それから2人の息子、マフロンとキルヨンはモアブ人の妻、ルツとオルパを迎え入れたが、子どもができることもなく、二人息子も死んだ。


ただ、神様からは決して離れなかった。


神様の主権を認め、神様が与え、神様がとられることを信じていた。


どんなにつらくても神様への信仰を捨てはしなかった。


自分の考えで歩むことはあったけれども、神様とは一緒に生きていた。





【オルパ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。

でも姑ナオミが「元に戻ってもいいんだよ」と言われた時に元に戻ることした。


つまり、元の自分がいた場所、家族、友人、知人、そしてもともと自分が信じていた神々に戻った。


一度は「神様と共に歩もうかな」、と思いながらも、自分の元の生活、安定、楽さを選択し、元に戻ってしまった。





【ルツ】


モアブ人であり、ユダから来たナオミの息子と結婚し、旦那を亡くしたが、それでも姑についていこうとした。


姑に「引き返しなさい」と言われたが、決して引き返そうとしなかった。


ルツが求めていたのは、自分がもともと住んでいたところ、家族、友人と生きるのではなく、嫁ぎ先で、特に姑ナオミを通して神様を見た。


どんなにつらい思いをしても、旦那を亡くし、息子を亡くしても神様を離れずに、神様が必要を与えてくださると信じて、神様の元に帰ろうとする姑の生き方を見、その姑に一生ついていくことを決め、その生きる神様と一緒に生きることを決めた。


たとえ、異邦の地で誰も知り合いがいなくて、人種差別に会ったとしても、家がなく、その日食べられるものがあるかどうかもわからないホームレスの状態であったとしても、生きている神様、そしてそれを信じる姑と一緒に生きていくことを選んだ。


信仰によって人生を選択した。





【ルツの選んだ人生の結末】


ナオミの親族であるボアズと結婚した。

このボアズのお母さんは、実はラハブであった。


ルツは結婚前に、ボアズから「しっかりした女(ルツ記 3:11)」と呼ばれた。


息子オベデを産み、オベデはエッサイ、エッサイはダビデの父であった。

つまり、ルツはダビデのひいおばあちゃんにあたり、また後にこの血筋から私たちの主イエスキリストが生まれた。


旦那を失い、実の家族や地元の友達とも離れ、家も食べ物も何もないところから、神様はすべてを与えた。

主の家族を与え、旦那を与え、息子を与え、ダビデのひいおばあちゃん、そして主イエス・キリストに続くように祝福された。


何もないところから始まり、信仰で選んだ人生は神様によって祝福されるものとなった。




【あなたの生き方は?】


あなたの生き方は、どの人に一番似ていますか?

そして、どの姿を目指しますか。


人生は毎日大きなことも、小さなことも選択の連続です。


大きいことで言うと、結婚相手を選ぶ時や離婚を考えた時、転職しようとした時や、病気になった時にどのように反応し、どのように生きることを選択しますか。


目に見える範囲で、現実を見て、楽な方、安全な方、この世の人が勧める方に進むのか、それとも神様を中心に信仰で選ぶのか ――。


小さなことで言うと、今日何をするか、仕事に対してどう接するか、家族や友人にどう接するか。



例えば、これから初詣の季節になった時にどうするのか。

仏教徒の家族に墓参りやお寺などで参拝しようと誘われた時、連れていかれた時にどうするのか。


断るのが怖い、周りに悪口を言われたり変な目をされるのが嫌だから、ノンクリスチャンと同じことをするのか。


それとも例え何か言われたとしても、人々に嫌がられたとしても、生きる神と生きることを選択し、信仰で選択をするのか。


しっかりした女はいるか。

知恵ある人はいるか。


神様はあなたの生き方を喜ばれているか。


これからあなたは何を基準に日々の選択をして生きますか。
アーメン (・∀・)つ


2019.11.10
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主に従うこととは

テーマは 『 主に従うこととは 』 です

【第2テモテ4章16-18節】

私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。

しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私は獅子の口から助け出されました。

主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。

口先だけで「主に従います」と言うのは簡単です。

言うだけで何もしなくて良いですから。


しかし、実際に主に従って歩むことは簡単ではなく、とても難しいです。

なぜなら主が歩んだように歩まないといけないからです。



主の使徒・パウロは、「主に従って歩む」ことが、どういう事かを身をもって現した人でした。

イエス様のように生きてイエス様のように死にました。


イエス様からビジョンと使命を受け、イエス様と親密な関係を結び、共に歩みました。


そして主が 弟子や従って来たすべての者に捨てられたように、パウロも捨てられました。


そしてイエス様のように彼らを赦しました。

主を愛し、人を愛する愛をそのまま見せました。



イエス様は、人のために この世に来られ、人に仕えましたが、人の手によって十字架にかけられ死にました。


十字架の上で父なる神に祈りました。

「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」


パウロも自分を見捨てた人たちに対して「彼らがさばかれることがありませんように。」と願いました。

イエス様に似た姿がありました。


イエス様に出会った後のパウロの生き方、心、働き、愛、すべてはイエス様の中に見られるものでした。

違うところはありませんでした。



主に従うことは、主と同じ生き方をすることです。

違う生き方ならば、別々の道を歩んでいることを意味します。


主と同じ生き方は、みことばの知識だけでは100%無理です。


知識だけでは主の心を知ることが出来ません。

理解も出来ません。


十字架の知識を持っていても 十字架にかかった主の心や痛み、苦しみを知ることは出来ないです。


自分が同じ経験をして初めて共感し、知ることが出来ます。



主に従った人々は、主と同じことを実行しました。

無条件の愛、犠牲的な奉仕、心からの服従、完全な自己否定、しもべとしての謙遜がありました。


信仰と愛、希望をもって、神に栄光をささげながら自分の十字架を負ってビジョンと使命を全うしました。

天の御国にふさわしい者になりました。


アーメン ヽ(^o^)丿

2019.9.1
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最後まで走りぬく

テーマは 『 最後まで走りぬく 』 です

【伝道者の書 3章1-14節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

働く者は労苦して何の益を得よう。

私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

私たちが今 生きている人生は平坦ではありません。


「救われていたら、いつも良いことばかり」、「問題なんか起こらない」、「ずっと平安であり、幸せである」わけではないのです。



実際に聖書にはこのように死ぬ、失う、殺す、崩す、投げ捨てる、引き裂く、戦う時があると書かれていて、現に私たちの人生でも これは起こっているのです。

その時々は、苦しいものであり、楽なものではありません。


私達が生まれる時があり、癒やされる時があり、喜ぶときがあり、収穫する時があり、それぞれがその時にかなっているように、これらの困難も時にかなっているのです。






私たちは生きていると、いずれ死にます。

その死ぬタイミングは誰にもわからないのです。


急に事故で亡くなる場合もあれば、病気で徐々に亡くなる場合もあります。


命は神様が握っているものであり、その “時” は神様にしか分かりません。



生きていれば苦しみもありますし、そしていずれは死ぬのです。

その中で私たちがすべきことは何でしょうか?


それは神様が与えてくださった使命に対して 忠実に働き、喜び楽しむことなのです。


また、真理を知り、神様のみことばを かみしめて生きることです。



神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

神様がなさることは時に私たちは全く理解できない時もあります。

ただ、神様のなさることはすべて時にかなって美しいのです。






例えば、イエス様をこの世に送り、罪人のために身代わりになって死ぬことは普通に考えてありえないことなのです。


ご自分の息子を、罪のない息子を、否定し拒絶し侮辱し痛めつけ 裏切り苦しめる者たちのために わざわざ十字架につけさせるのです。


ペテロもそれが理解できなかったのです。

なぜイエス様が捕まえられて苦しみを受けないといけないのか。


十字架にかけられるその瞬間だけを見ると むごく、ひどい、あり得ないことなのです。



ですが、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」のです。


神様がそのようにイエス様をわざわざ罪人のためにこの世に送り、十字架にかけさせたのは、罪人を救うためであり、解放するためであり、死に打ち勝って勝利をおさめ、栄光を受けるためでありました。


私たちが永遠に神様とともに生きるために、自らを犠牲にして来てくださったのです。



私たちの目には見えないことがたくさんあります。

生きていて理解できないこと、辛くてしんどいことがあるのです。


「何でこんなことが?」「なぜ私ばかりこんなに苦しむの?」
そう思うことがたくさんあります。


それでも、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と信じる信仰が必要です。


神様にゆだねながら、私たちは今 神様に与えられた使命をしっかり果たすことです。

その中で喜びを得ることなのです。






もう一つ、人生を生きていくための秘訣があるので、みことばを見ていきます。


【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

忍耐を持って最後まで走りぬくことが大切です。


天の御国に行くその最後まで、信仰のレースを走り抜かないとだめなのです。

途中で信仰のレースをやめることは、神様と一緒に生きないことであり、御国に行かないことであります。


どんなに辛かろうが、私たちは走り抜かないといけないのです。



陸上のレースでも走り切らないと記録は残らないのです。

どんなに有名な選手であったとしても、レースの途中で終わってしまうと、それは意味がないのです。


むしろタイムが遅かったとしても最後まで走り抜いた者に栄冠がいくのです。



最後まで走り抜く方法を神様は ここで語ってくださっています。


―いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けること―信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないこと です。



陸上のレースで大きなかばんを担いでる人、重荷を背負ったまま本番に臨む人を見たことがありますか?

みんな薄く軽いユニフォームを着ているだけで、荷物は何一つ持たずに全力で走っています。


私たちが走り抜くこのレースでは、すべての重荷と罪を捨てて走らないといけません。


重荷を担いだまま、罪を背負ったまま走るのは とても大変であり、走り抜くことは不可能なのです。






何のために自分でその重荷を抱えようとするのですか。

何のために罪を持ったまま生きようとするのですか。


それが私たちを助けてくれるでしょうか。


―― いいえ、そんなことはありません。


私たちは信仰のレースを走り抜くためには、一切の重荷、罪を捨て去らないといけないのです。



そして、それにはもう一つ大切なこと、「イエスから目を離さないこと」です。


イエス様から目を離すこととは、“イエス様以外のものを見ていること” です。

つまりは、イエス様を見上げないといけないのに、人を求める、問題を見る、罪を見る、環境を見ることです。


人を見ている間、問題や自分の罪、環境を見ているということは、つまりはイエス様から目をそらしているということなのです。



一生懸命 人を見て求めると、罠にかかります。

神様よりも人のことを大切に思い始めるのです。


人に愛されること・認められることを先に求めるのです。

問題や環境ばかりを見ても、問題は解決されません。


罪ばかりを見ても、それから免れることはないのです。






私たちが必要なのは、イエス様を見ることです。


イエス様を見、イエス様の生き方・人生を見ることで知恵が与えられ、慰めが与えられ、元気が与えられ、勇気が与えられ、愛が与えられるのです。


イエス様は私たちが通った以上、(今まで)経験した、またこれから経験する試練以上の試練と困難、苦しみ、死をすべて受けた方なのです。

それでも走り抜いたのは、その先にある “栄光・命・復活・喜び” をずっと見ていたからです。



私たちもイエス様を見上げ、イエス様のように “その先にあること” を見るのです。


【へブル12章10-11節】

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

試練は失望に終わることはありません。


人間の目や価値観では すぐに分からなくても、もはや生きている間に分からなかったとしても、耐え忍び、最後まで走り抜くことで、平安の義の実を結ぶのです。



神様の中で強くありましょう。

ますますイエス様を見上げましょう。


注意散漫にならず、イエス様を見上げましょう。

そして、信じ、ゆだねることです。


神様のなさることはすべて時にかなって美しい、ということばをかみしめ、味わっていきましょう。


アーメン (・∀・)

2019.8.25
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悪魔が喜ぶ人、嫌いな人

テーマは 『 悪魔が喜ぶ人、嫌いな人』 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

悪魔の存在は 堕落した御使いです。

もともとは良い者だったのに、神に逆らって堕落すると、とんでもない悪い者になりました。


その悪魔は、人間に罪を犯すようにそそのかす者です。


神は、人間を神のみこころに従って生きるように造りました。


それなのに悪魔は絶えず、人間が神に逆らって生きるように誘惑します。

この悪魔の誘惑から逃れる者は1人もいません。



イエス様さえも悪魔の誘惑に会いました。

信仰ある人たちも みんな悪魔の誘惑を受けました。


悪魔は、(神を)信じる者の敵なので 立ち向かいなさいと主から言われました。

勝利するためには敵のことをよく知っておかなければいけないです。


今回は、敵を知るために、悪魔が好きな人と嫌いな人を学びます。




悪魔が喜ぶ人




悪魔は罪を犯す人を喜びます。


京都の放火事件で、人々はことばを失うほど悲しんでいますが、悲しまないのは、犯人と悪魔ですね。

もちろん悪魔の心を持っている人間は喜んでいると思います。


人間ならば 人間の心が必要ですが、犯人には人間の心がありません。

人の死を喜ぶ悪魔の心しかないです。


悪魔は悪魔の心を持って罪を犯す人間をとても喜びます。

神は罪を忌み嫌いますが、悪魔は罪が大好きです。


悪魔は、神が忌み嫌うことを行う者が大好きです。



箴言6章には、神の忌み嫌うことが書かれてありますが、これらを行う者は悪魔に喜ばれています。


【箴言6章16-19節】

主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。

高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、

邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、

まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いをひき起こす者。

罪を犯す者は絶えず、悪魔に餌を与えて悪魔に力を与える者です。

悪魔を獅子と表現しましたが、獅子も餌を得ないと力が出ないし、最後は死にます。


悪魔が喜ぶ罪を犯して餌を与えながら悪魔に勝つことは可能でしょうか?


不可能です。




悪魔が嫌いな人




悪魔を落胆させ、餌を与えない人を悪魔は嫌います。


私たちが悪魔に勝利するためには、絶えず悪魔を落胆させ、悪魔を飢え死にさせなければなりません。

悪魔が嫌いなことがあります。


それは私たちが神のみこころを行うことです。


すなわち神を喜ばせることをするならば、悪魔は怒り狂います。

嫉妬、妬みに燃え、攻撃もします。


しかし 私たちはそんな悪魔を恐れず、さらに神のみこころを行うことです。



どのように生きたら悪魔に嫌われる人になるでしょうか?


【第1テサロニケ5章15-18節】

だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

人に悪を行い人間関係が壊されることを悪魔は好みますが、私たちがいつも善を行うならば悪魔はその人を憎みます。

悪魔の心を受け入れる人は、他人に平気に悪を行います。


しかし神のみことばに従って善を行うならば神は喜び、悪魔は嫌います。



いつも喜ぶ人は、悪魔に嫌われます。

誘惑しても倒れないからです。


クリスチャンが悪魔の誘惑に陥りやすいのは環境を信仰の目で見ず、人間的な目(不信仰な目)で見るからです。


環境を見てつぶやいて罪を犯す場合が多いです。

悪魔は次のような人が嫌いです。


【ハバクク書3章17-19節】

そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。

しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。

私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。指揮者のために。弦楽器に合わせて。

環境よりも大切な主が私たちを愛し、私たちを救って下さったことを考えるならば、どんな環境の中でも喜ぶことが出来ます。

ハバククも 厳しい環境の中で、このことばを告白しました。



どんな環境の中でも喜ぶ人を悪魔は嫌います。

私たちが神を呪い、神から離れることを願って様々な攻撃をするのに、効き目がないので嫌います。






また悪魔は、祈る人が大嫌いです。


私たちが落胆したり、疑ったりして祈らないことを願っているのに、絶えず神の前に出て祈ると 自分たち(悪魔)の作戦が無効になるので嫌いです。


悪魔は、私たちが神の助けなしに生きるように仕向けますが、それに騙されてはいけないです。



また悪魔はすべてのことについて感謝する人が嫌いです。


悪魔はつぶやく人が好きです。

つぶやく人の中に入りやすいからです。

つぶやく人は悪魔から見ると使いやすいです。


しかし感謝すると出番がなくなります。

悪魔の力が無力になります。



“霊的力がないから悪魔に立ち向かえない” と嘆く必要はありません。


感謝するならば、悪魔の力を奪い取ることが出来ますし、無力化することが出来ます。


感謝せずに、つぶやく人は悪魔を巨人にする人です。

しかし感謝する人は悪魔をイナゴにする人です。



悪魔との戦いで、悪魔を倒したいならば、悪魔から嫌われる人になり、悪魔を失望させる人になることです。

そして神に喜ばれる人になるならば、悪魔は次のような状態になります。


【申命記28章7節】

主は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。

悪魔を恐れるのではなく、神を恐れる者になって、悪魔に勝利する者になりましょう。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.7.21
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イエス・キリストの十字架事件

テーマは 『 イエス・キリストの十字架事件 』 です

【ヘブル12章2節】

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

聖書の核心はイエス・キリストの十字架です。


旧約聖書はイエス・キリストの十字架を啓示し、新約聖書はイエス・キリストの十字架事件が実際に完成したことを見せてあります。


十字架事件は昔、エルサレムで起きた一つの事件で片づけるようなものではなく、神の人類を救う計画と教会、神の国の完成に関する偉大な計画でした。


イエス・キリストの十字架は世界歴史の中心です。

人間が歴史の中心ではありません。


十字架のない宗教はむなしいし、十字架のない宗教には救いといのちはありません。

十字架なしに栄光の冠もありません。



キリストの十字架を正しく悟るならば、十字架こそ人類に神が与えた最高の祝福であることがわかります。


そして信仰によって十字架の祝福を信じるならば、その祝福を受けることが出来ます。


キリストの十字架に関する聖書箇所を読むと、十字架の全貌が見えてきます。




十字架に関する聖書箇所




【マタイの福音書26章2節】

「あなたがたの知っているとおり、二日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」

【ルカの福音書23章26節】

彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

【ヨハネの福音書19章25節】

兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。

【マタイの福音書10章38節】

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。

【マタイの福音書16章24節】

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1ペテロ2章24節】

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

【エペソ2章16節】

また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。

【ガラテヤ6章14節】

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

【へブル6章6節】

しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。

アーメン ヽ(TдT)ノ

2019.4.14
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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