からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰

イエス・キリストの十字架事件

テーマは 『 イエス・キリストの十字架事件 』 です

【ヘブル12章2節】

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

聖書の核心はイエス・キリストの十字架です。


旧約聖書はイエス・キリストの十字架を啓示し、新約聖書はイエス・キリストの十字架事件が実際に完成したことを見せてあります。


十字架事件は昔、エルサレムで起きた一つの事件で片づけるようなものではなく、神の人類を救う計画と教会、神の国の完成に関する偉大な計画でした。


イエス・キリストの十字架は世界歴史の中心です。

人間が歴史の中心ではありません。


十字架のない宗教はむなしいし、十字架のない宗教には救いといのちはありません。

十字架なしに栄光の冠もありません。



キリストの十字架を正しく悟るならば、十字架こそ人類に神が与えた最高の祝福であることがわかります。


そして信仰によって十字架の祝福を信じるならば、その祝福を受けることが出来ます。


キリストの十字架に関する聖書箇所を読むと、十字架の全貌が見えてきます。




十字架に関する聖書箇所




【マタイの福音書26章2節】

「あなたがたの知っているとおり、二日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」

【ルカの福音書23章26節】

彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

【ヨハネの福音書19章25節】

兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。

【マタイの福音書10章38節】

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。

【マタイの福音書16章24節】

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1ペテロ2章24節】

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

【エペソ2章16節】

また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。

【ガラテヤ6章14節】

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

【へブル6章6節】

しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。

アーメン ヽ(TдT)ノ

2019.4.14
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いっさいの思い煩いを主にゆだねる

テーマは 『 いっさいの思い煩いを主にゆだねる 』 です

【第1ペテロ5章7節】

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

思い煩いは 現実に問題があるからというより、霊的問題のほうが大きいです。


心配、恐れ、悩みなどは私たちを滅ぼそうとする “サタンの仕業” です。

サタンはいつでも人々を騙し、惑わし、盗みます。


ですからサタンに騙され、思い煩い、恐れるならば、それは信仰が薄いことです。


思い煩いから解放されるために、私たちが取るべき態度があります。




苦難や心配事があった時の態度




苦難にあった時に人々が見せる態度は色々あります。


そこから必死に逃れようとする人、まるで この世が終わったかのように心配で眠れない人、
苦難は私を強くするための神の良い計画だと思い、さらに神に近づき、自分の重荷を主の前に下ろし、思い煩いをいっさい主にゆだねる人がいます。


一番良い態度は、いっさいの思い煩いを主にゆだねる事です。


主の荒野の学校を卒業するならば、次には主が備えた祝福があります。




神を信頼して、いっさいの思い煩いをゆだねる




信仰を働かせることは、真理である神のことばを信じることです。


人々は思い煩いがあると一人で悩んだり、また他人に頼ろうとします。

自分の思い煩いを人にゆだねようとします。


しかし、この姿こそ信仰が薄いと言われる姿です。


私たちは人を信頼することが愚かなことであると知っていながらも、人に信頼して失敗することが多いです。


【エレミヤ書17章5-8節】

主はこう仰せられる。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。

そのような者は荒地のむろの木のように、しあわせが訪れても会うことはなく、荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。

主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。

その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。

思い煩いから解放される一番の方法は 神に頼り、神を信じることです。




神の力を信じる




【マタイの福音書6章27節】

あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

私たちは一生懸命 心配しますが、主はそれを見て 心配が無用であることを教えています。

そして主の思いを語りました。


神はすべてをご存知で、私たちを愛し、私たちに良くして下さる方です。


【マタイの福音書6章30-31節】

きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。

私たちには出来ないことでも 神には出来ます。


私たちには難しいですが、神には簡単です。


私たちには複雑過ぎることも、神には単純です。


私たちには答えが見つからないですが、神は答えを持っておられます。


私たちは心配しても何一つ変えることが出来ませんが、神にはどんなことでも変えることが出来る力があります。



ですから神は、私たちが神の力を信じていっさいの思い煩いを主にゆだねることを願っておられます。

私たちが信仰によって思い煩いを主にゆだねるならば、何でも主はして下さいます。
アーメン (*´∇`*)


2019.3.24
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試練から勝利へと

テーマは 『 試練から勝利へと 』 です

【ヤコブ1章2節-4節】

私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。

【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


“試練” と聞くだけで、心が重たくなります。


試練を歓迎する人は一人もいません。

しかし、歓迎しなくても 各自の人生には 必ず試練があります。


人々は試練そのものよりも、自分がその試練に耐えられるかどうかを心配します。



試練に対しての神の教えが、今回の本文にあります。

試練に会った時に、それを喜びなさいと教えた理由は何でしょうか?


試練そのものを見た時には、それは決して良いものではないですが、“あるもの” を活かすことで 試練から勝利を得ることが出来るからです。



その “あるもの” とは、忍耐と希望です。


これは試練から勝利への過程に 必ず必要です。



試練から勝利を得る者もいれば、試練から失敗を刈り取る人もいます。

試練の中で、つぶやきと絶望だけであるならば、人生は失敗で終わってしまいます。


しかし同じ試練の中でも、忍耐と希望で貫く人は 勝利を手に入れることが出来ます。


4人の人物でそれを証明します。

ヨセフ、ダビデ、ヨブ、イエス様です。



4人とも受けた試練は、私たちが受けた試練よりも はるかに辛い試練でした。


【 ヨセフ 】

ヨセフの試練は、兄弟たちに売られて奴隷になったことでした。

それも外国へと売られました。


お父さんに特別に愛され、何一つ不自由のない生活から、一瞬にして奴隷になってしまいました。


【 ダビデ 】

ダビデは、何度も国を敵から救った英雄なのに、サウル王の嫉妬によって いのちが狙われ、何年もさまよいながら逃亡生活を続けていました。


自分の国には隠れる居場所すらありませんでした。


【 ヨブ 】

ヨブは、とても恵まれた人生を送っていましたが、ある日、津波のような大きな試練に会いました。


持っていた財産すべて、子ども10人、しもべたちまでもが 一日のうちに津波に飲み込まれたかのように消えていきました。

そしてヨブ自身も、治らない辛い病気にかかってしまいました。


自分が生まれた日を呪ったほど激しい試練に会いました。


【 イエス様 】

イエス様は恵みを与えた人々から裏切られ、侮辱され、むち打たれ十字架の上で死を遂げました。






この4人は試練の中で潰れたでしょうか?

彼らは潰れるどころか、大きな勝利を得ました。


彼らが受けた試練は、彼らを偉大な人物にし、その人生を通して神の栄光を現し、神のみこころを全うし、信仰の巨匠になり、試練の中にいる人々を 今も励ましています。


特にイエス様は 十字架の上で「完了した」と勝利宣言をしました。

何が 4人をそのように勝利へと導いたでしょうか。



彼らは試練の中で 決して弱音を吐かず、つぶやくこともせず、堕落した生活もせず、主に頼って祈りながら ひたすら忍耐しました。


そして救いの神が必ず試練から救い出して下さるという揺るがない希望を抱いていました。



それが試練を 勝利へと導く強い原動力になりました。

試練の中で勝利した者の告白が聖書には多くありますが、その中にあることばです。



【詩篇118編15-18節】

喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。主の右の手は力ある働きをする。

主の右の手は高く上げられ、主の右の手は力ある働きをする。

私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。

主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。

【詩篇118編21節】

私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、私の救いとなられたからです。


試練の中にいますか?


救いの神を見上げて、希望をもって忍耐すれば、救いの神の力ある働きによって死ぬことなく、生きて勝利を宣言することが出来ます。

アーメン (*´∇`*)


2019.1.27
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アブラハムから学ぶ従順する信仰

テーマは 『 アブラハムから学ぶ従順する信仰 』 です

【創世記22章1-14節】

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。

神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。

それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る」と言った。

アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。

イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。

私たちが直面する多くの問題の原因になるのは、神に対する不従順の罪です。


神のことばに素直に従えば発生しなかった問題のほとんどが、神に従わなかったことが原因で発生します。

今まであった問題や苦難には、自分や家族の誰かの不従順の罪があったことを否定出来ません。



ですから問題の解決を願うならば、不従順の罪を悔い改めて 心を入れ替え、従順する人にならなければなりません。


アブラハムは 私たちに従順の模範を見せてくれた “信仰の人” です。

従順とは何かを見せてくれました。



創世記22章は、アブラハムにとっては人生最大の試練の時でした。

とんでもない大きな問題が降りかかって来ました。

それも、神から直接来た試練なので、神に助けを求めるわけにもいかなかったです。


神にも相談出来ないからといって、人間に相談しても解決するわけがないです。


このような大変な試練をどのように乗り越えたのかを見ると、そこにあるのは “神への従順” でした。




神のことばに対して 一切つぶやかず従順したアブラハム




アブラハムが神から受けた命令は、到底 理解も納得も出来ない命令でした。


「自分の子を全焼のいけにえとしてささげなさい」 と命令されたら、私たちはどうしますか?


まずは自分の耳を疑い、神ではなくサタンからだと思うでしょう。

「神がそんなことを言うはずがない」と思うのが当然ではないでしょうか。


そこから様々な思いが巡り、それを神にぶつけるのが普段の私たちのやり方です。



しかしアブラハムは違いました。

私たちは自分の思いと神の思いが違う時には、いつも不従順の道を選びます。

不従順の習慣が根強く残っているからです。


しかしこの時のアブラハムの辞書には、“不従順” という文字がなかったと思われます。

一言も言わず、彼は従順しました。


信仰の土台は神のことばです。


そして生きた信仰は、みことばへの従順です。

神のことばに有無を言わなかったのがアブラハムでした。




従順の実践が早かったアブラハム




アブラハムは神の命令があった翌朝、すべての準備をしてイサクを連れて、神が示す所に出かけて行きました。


アブラハムが感情もない石のような心の持ち主でしょうか?

また、息子を愛さないお父さんでしょうか?



アブラハムにとってイサクは愛してやまない存在でした。

また神の約束の子で、100歳の時に生まれた かけがえのない存在です。


神の命令に従うにしても、神に「しばらく息子と過ごす時間を下さい」とお願いするのが平凡な人たちの願いだと思いますが、アブラハムには そういうことがなかったです。


命令にはすぐに従うと思っていたのでしょう。

そして息子と共に時間を過ごしたら、きっと神に従うことは出来なくなると思ったでしょう。



従順を遅らせると、必ず誘惑するものが近づいてきて誘惑します。

サタンはいつもチャンスを狙って近づきます。


私たちが迷う時、モタモタしている時に、甘いことばを持ち込んできて、従順出来ないように邪魔をします。


これに引っかかる人が実に多いです。

アブラハムは惑わされないために、また不従順を警戒して すぐに実行に移したと思います。



従順は後回しせず、すぐに実践することです。


「神様を信じなさい」と言っても、「いつか信じます」と言う人は なかなか信じません。


しかし決断する人は、その時から信仰が芽生えてきます。

従順は早ければ早いほどしやすいです。


遅れれば遅れるほど 従順出来なくなります。



怠け者で不従順が身についているならば、その命令さえも忘れてしまいます。

行いが伴わない信仰は “死んだ信仰” です。

死んだ信仰がその人を救いますか?


すぐ従う人に神の祝福があります。




アブラハムは盲目的に従順したのではなく、疑わず確信をもって従順しました




この信仰はこの出来事の前からアブラハムにありました。

100歳の時に子どもが生まれると聞いた時、アブラハムが見せた信仰です。


【ローマ4章20-21節】

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。

そしてその信仰通り 100歳の時に、息子イサクが生まれました。

そして、「その息子をささげなさい」と言われた時にも、アブラハムには別の信仰の確信がありました。


それは、“神には神の良い考えがある” と疑わずに確信していました。



イサクが「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

と聞かれた時に「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」と答えました。


人間的には、アブラハムは息子を全焼のいけにえにしなければならない現実が苦しくて心を引き裂かれる思いがあったと思います。


しかし、そのことよりも上に置いたのが神への従順、神への愛、神への信頼でした。



偉大な信仰は、平凡な生活の中で生まれるものではないです。


激しい試練の中で、神を疑わず信じて行動する時に生まれるものです。


偉大な信仰は、誘惑に勝利した信仰です。

神のことばを守り抜いた信仰です。


このような信仰を見て、神は共にいて下さり祝福を与えます。



従順したアブラハムに神がかけた言葉は,本当に祝福の言葉でした。


【創世記22章16-18節】

わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、

わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。

あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」


不従順の罪を捨てて、アブラハムの従順の信仰を学びましょう。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.12.2
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信仰の人、義人の道

テーマは 『 信仰の人、義人の道 』 です

【詩篇1編1-3節】

幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に 着かなかった、その人。

まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。

その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。

今の時代は信仰のない時代です。

信仰のない時代だからこそ、主は信仰ある人を求めておられます。


義人を捜しても義人を見つけることが難しいので、主は義人を求めています。


私たちは神の前に信仰ある人でしょうか?

義人の道を歩んでいる人でしょうか?



信仰ある人は神がおられることを認めます。

そして心に 神を主人として迎え入れ、真剣な心で主の御前に出て行きます。


真剣に神を求める人に神は報いを与えて下さいます。


信仰は、唯一の神だけを求め、その神を信じ、その神に従って生きます。


宗教心と信仰を間違ってはいけないです。

宗教心のある人は多いが、神が認める信仰の人はあまりいません。


信仰がないならば、どんなに熱心に生きたとしても、神に認められることも、神の国に入ることも出来ません。



信仰の人こそが義人です。

神が認める義人です。


そして信仰の人は義人の道を歩みます。


信仰の人は幸いな人であり、義人の道を歩む人は幸いな人です。



義人の道と悪者の道はまったく違います。


義人が立ち上がると社会は明るいですが、悪者が立ち上がると社会が暗いです。



社会はどんどん光を失って、さらに暗くなってきました。

罪によって染まった社会に必要なのは悪人ではなく、義人です。


義人の光が、真理の光が必要です。



義人は悪者のはかりごとに歩まず、主のみこころに従って歩みます。

罪人の道に立たず、みことばの上に堅く立って、その教えを喜びとして歩みます。


真理の光に導かれて歩みます。


義人は嘲る者と歩まず、神と共に歩みながら神中心、神に栄光をささげる人生を歩みます。



信仰のない この世で、信仰によって生き、信仰によって働き、光として輝く義人を 主は求めます。


そしてその人に良い報いを与えて下さいます。

豊かな実を結ぶ人生になるように、助けて下さいます。


信仰の人、義人の道を歩む人を目標にして歩みましょう。
アーメン (・∀・)


2018.11.11
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信仰の競走を続ける

テーマは 『 信仰の競走を続ける 』 です

【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

駅伝で走る選手たちが何よりも心掛けているのは、早くタスキを次の選手につなぐことです。


お正月になると、多くの人々がテレビを通して箱根駅伝を二日間視聴します。

ハラハラドキドキしながら観ています。

その中で一番心が痛むのは、遅れてタスキを渡した選手たちが泣き崩れる場面ですね。


誰もがいのちを懸けて必死に走ります。

周りを見ながら、休みながら走る選手は 今まで見たことがありません。

全選手が全力で前に向かって走っていきます。






この姿は私たちが信仰に適用しても良い姿です。


私たちには、私たちよりも先に走った信仰の先祖たちがいます。

そして、その先祖たちの前には 私たちの主イエス様がいのちを懸けて走りました。


イエス様からタスキをもらった先祖たちも 必死に走って、そのタスキを私たちに渡しました。

ですから私たちも、それを次の選手たちに渡すために必死に走らないといけないですね。


辛くてやめたくなる時もあります。

疲れて休みたくなる時もあります。

ですから忍耐が必要です。


忍耐できないならば その競争に失敗します。



日本各地でマラソン大会が開かれていますね。

それに参加する人たちはすぐに分かります。

昼でも夜でも街をよく走っています。


夏の暑い時も汗をかきながら走っています。

マラソン大会に参加してゴールするためには 日々体を鍛え、走り続けないと、参加してもゴールまでは とても難しいです。

誰もが本当に必要なものだけを身に着けて走っていました。


競争するのに まとわりつくものがあるならば、どんなに不便でしょうか。

ですから最小限のものだけを身に着けます。



信仰の競走を邪魔するものには何があるでしょうか?


世のものに対する人間の欲、人生の悩み、罪、私たちを縛る様々な規則などです。


これらは私たちにまとわりついて自由を奪い、邪魔をして競争が出来ないようにします。

これらに気をつけないといけないです。






信仰の競走は それらの障害物を乗り越えて、神の所に走っていくことです。


ゴールにはすでに競争を終えて勝利した勝者たちが次の勝者たちを心待ちにしています。


十字架の苦難を乗り越えて その道を走り終えた信仰の完成者であるイエス様が喜びをもって待っていらっしゃいます。


その手には栄光の冠を持ってくださっています。

イエス様は勝利者として神の右に着座されました。



主の弟子ステパノが反対者たちに迫害されていた時に、ステパノは聖霊に満たされ、人々を見ず、天を見つめイエス様を見ていました。

実際に神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見ました。


イエス様は彼が信仰の道を走り終えようとしていることを知りました。

そして迎えるために立ち上がっていました。


これを見たステパノはどんなに嬉しかったでしょうか。

ステパノは主に叫びました。


【使徒の働き7章59節】

主イエスよ。私の霊をお受け下さい。

イエス様こそ、私たちが到達しなければならない目標点です。


そこに行くためには右にも左にも逸れてはいけないですし、そして後ろに退くことがあってもいけないです。



絶えず信仰の競走をする時に疲れることもあります。

それでも聖徒たちは座り込んだり、疲れ果ててしまったりしてはいけないです。


その時にこそ、イエス様がどれほど忍耐しながら私たちに模範を見せて下さったのかを考えながら、自分たちも苦難と逆境を乗り越えるように励まなければなりません。


怠けたい誘惑、走りたくない誘惑、罪からの誘惑によって広い道に戻って行く人も多いです。

一度その道に入ってしまうと、なかなかそこから戻ることが難しいです。


しかし私たちは忍耐して昔のことは忘れて、ひたすら前のことだけを考え、決して後ろには退かず、他の競争者たちと励まし合い、勇気を与えながら共に走れるように最善を尽くすことです。



箱根駅伝一つを見ても、彼らは一年間 毎日多くの距離を走り続けています。

毎日最善を尽くしています。

永遠のいのちが懸かってもいないのに、あのようにいのちを懸けています。



それなのに永遠のいのちが懸かっている私たちが適当に走っていながらも 簡単に永遠のいのちが入ってくると思うならば、それは間違いです。


召して下さった方のことをいつも思いながら、信仰の競走を続けることです。
アーメン (=゚ω゚)人(゚ω゚=)


2018.11.3
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聖徒が逆戻りしてはならないもの

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【ガラテヤ4章8-11節】

しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。

ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。

あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。

あなたがたのために私の労したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。

たましいが救われることは、この世で一番すごいことです。


しかし救われた人でさえ、その価値がわからない人が多いです。

その原因は “救いの尊い恵み” を安っぽい恵みに変えてしまった 多くの間違えた教えがあったからだと思います。


『(キリストを)信じると告白さえすれば、もれなく天国に入る』 という教えが、人々に誤解を与えてあります。


信仰告白をして、新しい人としてキリストに似る者になるならば問題ないですが、古い人のまま生きながら天国へのチケットを手に入れたと安心している人は大変な錯覚をしています。


天国の道は広い道ではなく狭い道です。

信仰によって歩む道です。


後ろを振り向かず天に向かって歩む道です。


【ルカの福音書9章62節】

するとイエスは彼に言われた。「だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」

救われた聖徒たちが いのちの道、天国への道をまっすぐに進むためには、逆戻りしてはならないものがあります。




むなしいものに従う




役にも立たず、救い出すことも出来ない むなしいものに従って、わきにそれてはならないことです。(第1サムエル記12章21節)

それはむなしいことであり、救いから逆戻りすることです。




従順から不従順へ




神に対する従順から不従順に逆戻りしてはならないです。


不従順は神から離れ、再び罪の奴隷になることです。

それは善から悪に逆戻りすることです。




古い人の行為




古い人の行為に逆戻りしてはならないです。


【第2ペテロ2章21-22節】

義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったです。

彼らに起こったことは、「犬は自分の吐いた物に戻る」とか、「豚は身を洗って、またどろの中にころがる」とかいう、ことわざどおりです。




行いによる救いを得ようとする




神の恵みの代わりに、行いによって救いを得ようと逆戻りしてはならないです。


形式的な信仰や宗教の霊に縛られた人たちは、知らぬ間に行いで救いを得ようとしますが、“救いは 信仰によって神の恵みで受ける” ものです。


行いによって救われる人はいません。




真理から偽りへ




真理から偽りに逆戻りしてはならないです。


終わりの時代は 多くのにせ者が現れ、真理を偽りに変えます。

それに惑わされて真理を離れる人も多くなります。


【第2テモテ4章3-4節】

というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。



この世を愛する




この世を愛して世に逆戻りしてはならないです。


この世から救い出されたのに、世に逆戻りすることは サタンの支配下に逆戻りすることです。

サタンは大喜びです。


このようにならないために、救いがどのようなものか、もう一度真剣に考えないといけないです。


【使徒の働き26章18節】

それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』



弱い信仰の初歩




弱い信仰の初歩のところに逆戻りしてはならないです。


【第1コリント3章1-3節】

さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。

私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。

あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。


このように、もし逆戻りするならば、神から、恵みから、救いから、天国からも離れることになります。


逆戻りして得るものは何でしょうか?

それによって、たどり着く所はどこですか?


救いの恵みを捨てるほど、それが価値あるものでしょうか?


これこそ真剣に考えないといけないことです。


十字架によって私たちを救い出して下さった主の尊い恵みを決して無駄なものにしてはならないです。


救いの達成を目指して進む者になりましょう。
アーメン (・∀・)


2018.10.13
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主のみこころを悟り、実行する

テーマは 『 主のみこころを悟り、実行する 』 です

【エペソ5章16-17節】

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

教会に通い、聖書のことばを聞いても、悟りがないと、みことばによる成長は期待出来ません。


いつも私の中にある一つのことばがあります。

そのことばで、悟りがどれほど重要であるかを認識しています。


【詩篇49編20節】

人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい。

しかし、悟りを得ても 何もしないならば、その悟りが何になるでしょうか?



チャンスを得たならば、チャンスを生かす人が “知恵ある人” です。

悟りを得たならば、その悟りを生かす人が知恵ある人です。


チャンスを得ても、悟りを得ても、活かして用いない人は愚か者です。


一番の悟りは、主の御心を悟ることです。


主が、私たちに何を望んでおられるのかを知らないと、主のみこころに従って生きることは不可能です。


ですから今回は 主のみこころが何かを知らせたいと思います。

そして それを悟った人は、この時代の中でそれを実行することです。


実行すると悪い時代の中に生きていても、主のみこころを行いながら、主と共に歩むことが出来ます。




あわれみを示すこと




【ルカの福音書6章36節】

あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

罪人であった私たちが救われたのも、主のあわれみによります。

そして主は あわれみ深い方でしたので、罪人、弱い者、ないがしろにされた人たちに対して手を差し伸べて助けて下さいました。


主は私たちもあわれみ深い者になって、そのように温かい手を差し伸べることを望んでおられます。


あわれみを示さない人に対しての主のことばもあります。


【ヤコブ2章13節】

あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。



正義と公正を行うこと




主は アブラハムを選んだ理由をこのように語りました。


【創世記18章19節】

わたしが彼を選び出したのは、彼がその子らと、彼の後の家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公正とを行わせるため、主が、アブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである。」

世が堕落して悪くなればなるほど、主の民はその中で正義と公正を行わなければなりません。


富のために、権力のために、食物のために、不正と不義と手を組むことは、魂を売る行為です。


主の預言者たちに見習って公義を叫び、実践しなければなりません。

この戦いは激しい霊的戦いが伴いますが、主は私たちがその戦いをするように言われました。




愛を示すこと




主は愛です。

そして その愛を私たちは受けています。


【ヨハネの福音書13章34-35節】

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

私たちもその愛に見習って互いに愛し合いましょう。




私たちが信仰によって生きること




終わりの悪い時代になればなるほど、見られなくなるのが信仰です。


悪がはびこる世界では 悪魔が強く働いています。


そして人々は堕落し、自分の思いのままに生きるので信仰をもって生きることがとても大変になります。

それで信仰から離れる人が多くなります。


イエス様が今の時代に対して次のように話しました。


【ルカの福音書18章8節】

あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」

【マタイの福音書17章17節】

ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。

ですから自分の魂が堕落しないためにも “信仰” が必要です。



人々が信仰を物笑いの種にする時でも、信仰ある人は神への信頼を捨てません。

神を裏切ることも出来ないですし、自分の魂を粗末にすることも出来ないです。


最後まで信仰を守り通すことが出来るように、強い信仰を持たなければなりません。

永遠のいのちと天国が懸かってあるからです。


今日はこのように主の御心が何かを話しました。


聞くだけで終わるのではなく、実践することで主のみこころを悟ったことを主に見せましょう。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2018.9.23
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主にそむいてはならない

テーマは 『 主にそむいてはならない 』 です

【民数記13章25節-14章12節】

四十日がたって、彼らはその地の偵察から帰って来た。

そして、ただちにパランの荒野のカデシュにいるモーセとアロンおよびイスラエルの全会衆のところに行き、ふたりと全会衆に報告をして、彼らにその地のくだものを見せた。

彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがこのくだものです。

しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。

ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」

そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

しかし、彼といっしょに上って行った者たちは言った。「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」

彼らは探って来た地について、イスラエル人に悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。

そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。

全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。

イスラエル人はみな、モーセとアロンにつぶやき、全会衆は彼らに言った。「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがました。

なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」

そして互いに言った。「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろう。」

そこで、モーセとアロンは、イスラエル人の会衆の全集会の集まっている前でひれ伏した。

すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、

イスラエルの全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。

もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。

ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

しかし全会衆は、彼らを石で打ち殺そうと言い出した。そのとき、主の栄光が会見の天幕からすべてのイスラエル人に現れた。

主はモーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

わたしは疫病で彼らを打って滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」

モーセは主に申し上げた。「エジプトは、あなたが御力によって、彼らのうちからこの民を導き出されたことを聞いて、

この地の住民に告げましょう。事実、彼らは、あなた、主がこの民のうちにおられ、あなた、主がまのあたりに現れて、あなたの雲が彼らの上に立ち、あなたが昼は雲の柱、夜は火の柱のうちにあって、彼らの前を歩んでおられるのを聞いているのです。

民数記13章と14章では様々な人間模様を見ることが出来ます。


ここに限らず、75億人に当てはめても いずれかの部類に自分たちは入りますね。

細かく分けるとキリがないので、3種類の人生に分けてみたいと思います。




◎いなご意識の人生




いなご意識を持っている人は、力も能力も実力もない人だと思うかも知れませんが、人はうわべで判断したらいけないです。

この いなご意識は、“内面にあるもの” です。


【民数記13章33節】

「私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」

いなご意識を持っていることを、はっきりと見せた10人は、どのような人たちでしたか?

彼らは、いなごのようには見えなかった人たちでした。


【民数記13章3節】

モーセは主の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。

偵察に行くために選ばれた12人は、みんな “民のかしら” でした。

彼らにいなご意識があるとは、誰も知らなかったと思います。



いなご意識は、不信仰の目で物事を見て、判断する人の中にあります。


神を信じると言いながらも、いなご意識を持っている人も多いです。


彼らは明るい面よりは暗い面をよく見ます。

そして、「出来る」と言うよりも「出来ない」ということばをよく使います。


失敗意識と恐れが強いです。

いなご意識をもった10人は、次のような報告をしました。


【民数記13章28節】

しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。

恐れと不信仰の目で見たので、大きくて強いものに圧倒され「これはダメだ。」と結論づけました。



自分の中にあるいなご意識が問題なのに、それを問題とは思わず、環境や人のせいにします。


こういう意識を持っている人は、神の祝福もカナンの地にも入ることが難しいです。

なぜなら彼らは、偉大な神を まるで自分と同じレベルの “いなごのような神” と思うからです。


自分がいなごでも、神を象のように大きな神と思うならば 何を恐れる必要がありますか?




◎すぐ失望する人生




すぐ失望する人生の耳には、否定的なことばしか入ってきません。

消極的な意見だけに反応します。


希望ある報告に対しては嫌な反応しかなかったのに、絶望的な報告に対しては敏感に反応しました。


積極的な発言をした二人に対しては石で打ち殺そうとしたのに、消極的な発言をした10人に対しては賛同しました。

こういう人はすぐに失望します。


もちろん彼らにも “いなご意識” があるので、波長が合いますね。

そして自分と違う意見には敵対し拒否し、受け入れることが出来ないです。



こういう人は自分が直接見ていなくても、否定的な報告にだけ反応し、否定的な反応と絶望をすぐに現します。


「そこにはまことに乳と蜜が流れています。」と言われた時に、それを神の奇跡と祝福と思って喜んでいたら良かったのに、その言葉には反応せず、
いなご意識を持った人たちが言った「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。」ということばでは、すぐに反応して泣きわめきながら、次のようにつぶやき出しました。


【民数記14章2節】

「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。

そして神の悪口まで言いました。

そのことばは神を侮ることばであり、神に背くことばです。


彼らのことばを聞いた主が次のように語りました。


【民数記14章11節】

この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。

たくさんの奇跡を過去に体験したにもかかわらず、何か問題に直面すると、背の高い住民や、高い城壁よりも 神を小さく見て「神様も無理でしょう?」という思いがあるので、すぐに絶望してしまいます。


問題にぶつかるたびに弱音を吐き、否定的なことば、絶望的なことばを語る人は多いです。


患難の中で耐えることが出来ないタイプです。


そして、それを神のせい、人のせいにします。

このような人もカナンの地に入ることは難しいです。




◎信仰によって生きる人生




目の前に高い城壁がそびえたっていても、背が高くて強い住民がいても、信仰によって生きる人は 次のような姿です。


【民数記14章9節】

その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

信仰によって生きる人はすべてを信仰の目で見ます。


信仰の目で見ることは、神の約束を信じて物事をみて判断します。


信仰によって生きる人は高い城壁を超え、死の恐れを超え、救いの神に頼り、大胆です。


【申命記1章29-30節】

それで、私はあなたがたに言った。「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。

あなたがたに先立って行かれるあなたがたの神、主が、エジプトにおいて、あなたがたの目の前で、あなたがたのためにしてくださったそのとおりに、あなたがたのために戦われるのだ。

このように信仰によって生きる人は、良い面をみて、可能性を見て、神の力を見ます。


信仰ある人は、これをすべての場面に適用します。


信仰によって生きたダビデの告白です。


【詩篇27編1-3節】

主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。

悪を行う者が私の肉を食らおうと、私に襲いかかったとき、私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。

たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。

信仰によって生きる人といなご意識とすぐ絶望する人生とを比べてみて下さい。

ことばも生き方も その後の人生も全く違います。


信仰によって生きた人生は、勝利の人生になりました。


彼らがそれを証明してくれました。

信仰によって生きた2人、ヨシュアとカレブはカナンの地に入りました。



他の人たちは荒野で死にました。

歴史が記録してあります。


神の国も信仰によって生きた人が入る国です。


信じる者のために神が備えた国ですから、信仰によって生きた人に入る資格が与えられます。


主にそむいて生きることは、祝福の地を自ら拒むことになります。

それで良いでしょうか?
ヽ(TдT)ノ


2018.9.16
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宣教は霊的戦いから始まる

八戸ノ里キリスト教会より ワンコイン英会話教室のお知らせ

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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