からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰

私たちの信仰は大丈夫なのか

テーマは 『 私たちの信仰は大丈夫なのか 』 です

【第1コリント9章27節】

私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

直接会ったことはないですが、間接的に知っている あるクリスチャンの奥様が、愛する娘の病死をきっかけに 信仰を捨てた話を聞きました。

もちろん その奥様も熱心に宣教活動をしたクリスチャンでした。


最近その奥様が数年前から教会にまったく行かず、信仰からも離れたことを聞いてびっくりしました。

そして悲しくなりました。「まさか」と思いました。


本人も、自分自身が神も信仰も捨てて、神に敵対する者になるとは想像もしなかったと思います。


私たちもいつ自分がそうなるかは誰も知らないと思います。

他人も信頼出来ないですが、自分自身も信頼出来ないです。


昨日の心と今日の心が違うので信頼が出来ないです。



「あなたの信仰は大丈夫ですか?」に どのような答えをしますか?


私は「大丈夫じゃないです」と素直に言えます。

信仰が波乗りする時があります。


良い時は大丈夫でも、良くないことが起きると自分の信仰がどう変わるかが心配です。

私たちの信仰を揺れ動かすものが色々あります。


それに気付くことも信仰の失格者にならないために必要です。




神より もっと愛するものがありますか




神より愛するものが存在するならば、その信仰は大丈夫ではないです。


アブラハムが祝福の人になったのは、厳しい神のテストに合格してからでした。

大事な1人息子イサクを神にささげてからでした。


神はその子をいけにえとしてささげるように言いました。

父親として自分の子のいのちに手を下すことは簡単に出来るでしょうか。


しかしアブラハムは神のことばに従いました。

殺す直前に神が彼を止めました。


神は彼が誰を一番愛するのか、恐れているのかをテストしました。

その後に神様は彼を大いに祝福しました。



娘の死で神から離れたその人も、それまではアブラハムの話は耳にタコが出来るほど聞いたと思います。

素晴らしい信仰だと、心では(アブラハムを)尊敬したと思います。

神を一番と思っていたのに、神を一番愛する愛が 自分にないことを証明する結果になりました。


この愛の問題に失敗すると、みんなが信仰のテストに失敗します。


一度、愛の問題で失敗した弟子シモン・ペテロに主が現れて質問しました。


「ヨハネの子シモン。あなたはこの人たち以上に、わたしを愛しますか。」

ペテロは二度目には失敗しませんでした。




肉の思いが霊の思いよりも強いですか




カイン、イシュマエル、エサウとアベル、イサク、ヤコブの違いが分かりますか。


前者は世俗的で肉に属する者で、後者は神を愛する霊に属する霊的な者です。

同じ信仰ある家庭で、信仰も受け継ぎましたが、彼らの人生は分かれていきました。


肉に属する者になり、信仰をないがしろにした者たちと、肉のものよりは上にある聖いもの、霊的なものに関心が高く、神を愛しながら生きた者に分かれました。


自分の思い、自分の欲、自分の判断が強い人は肉の思いが強い人です。


その人たちは苦い根を持っています。

それは古い人の根っこです。そこから肉の行いが始まります。


それは「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興」です。


しかし霊の思いは、それとは まったく違います。

その人たちは御霊によって生きています。


霊の思いは愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。


肉の思いは、信仰を堕落させ、神の国を相続出来ないようにします。


しかし霊の思いは、御霊の実をたくさん結ぶので、神に役立つ者、神の国にふさわしい者になります。




神への非難の思いがありますか




神への非難の思いは信仰に致命的です。


娘を失った人が信仰から離れた原因は、きっと神への非難の思いが強かったと思います。

「なぜ私の娘のいのちを助けず取ったのか」と。

神を 盗人、殺人をした悪い神である思いが彼女の心になかったと言えるでしょうか。


「すべてのことについて感謝しなさい」と言われていますが、それが日々守られてあるでしょうか?

守られていないと思います。




ヨナの姿を通して神への非難の思いの危険性をみたいと思います。


神のことばに不従順して嵐に会い、魚に飲まれて、魚のお腹に入り、生き地獄を体験しました。

神が助けて下さらなかったならば、誰も知らない所で死んだと思います。


しかし、神の憐れみで助かったので 彼は第二の人生を送るようになりました。

二度いのちを得たことが小さいことでしょうか?


一生感謝してもしきれない恵みなのに、あっという間に忘れてしまう恩知らずの姿を私たちはヨナ書で見ることが出来ます。


ニネベの人たちを滅ぼす計画が神から出て、彼はそれを神の命令でニネベの町の人々に伝えました。


しかし予想もしなかったことが起こりました。

彼らが本気でそのことばを受け止め、断食しながら神の前に悔い改めました。


神は彼らの姿を見て滅ぼす計画をやめました。

それで彼は不機嫌になり、神への不満が、神への非難に変わり、神にそれをぶつけました。




私たちは自分に悪いこと、思い通りにならないことがあると神を非難します。

そして他人に良いことや、祝福があると、それも妬んで神を非難します。


自分一人のいのちは大切なのに、十二万以上の人間と多くの家畜のいのちに対しては惜しむ心がヨナにはまったくありませんでした。


自己中心的な人間は、神の心には関心がなく、自分が中心で回らないと神に対して不機嫌です。


自分を助けた神の恵みはすっかり忘れて、不満を言う者になったことが悲しいですね。


自分たちにも、ヨナの姿があります。

これが私たちの信仰を汚染させ、ダメな信仰にしてしまいます。


ですから私たちは神や人と戦うのではなく、自分の中にいる強い敵と戦わないと、それに自分がつまずきます。


神や人につまずいたと言えますか?

よく考えるならば自分が自分の信仰につまずいています。


神や人への苦い思い、肉の思い、世を愛する心はあるのに、肝心な信仰がないのです。


これが一番の問題です。
アーメン ヽ(TдT)ノ


2018.5.6
聖日礼拝メッセージ

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勝利した人たちが使うことば

テーマは 『 勝利した人たちが使うことば 』 です

【ピリピ4章13節】

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

環境が 人に勝利をもたらすのではなく、
“健全な信仰と思考を持って勝利のことばを使う人” が勝利を勝ち取ります。


今日のことばは、使徒パウロが語ったことばでした。


パウロの置かれた環境は、常に “最悪な環境” でした。

福音を伝えるのが彼の使命ですが、常に反対、妨害、迫害の環境での働きでした。


肉体的にも死の連続の状況でしたが、なぜ そのような中でも、彼は福音によって世界を変える勝利の働きが出来たでしょうか?

もちろんパウロだけではなく、聖書にはパウロと同じく勝利を得た人々が多く出てきます。


彼らに共通するものは、健全な信仰と思考、そして常に勝利のことばを使ったことでした。


私たちは、主のことばに関心があります。


主のことばで力を受けたり、慰めを受けたり、励ましを受けたりします。

そして主のことばに頼ります。


主はどうでしょうか?


主は、私たちのことばに関心があります。

ことばを聞いて、私たちの信仰や考え方を知ります。


勝利を得た人たちのことばには とても力があり、自信があり、希望があり、神への信頼がありました。

パウロは困難に直面しても、弱音を吐きませんでした。


なぜなら、共におられる主に 完全に信頼していたからです。


自分が受けた使命は、主からの使命なので、そこに失敗があるとは考えていませんでした。

どんなに環境が悪くても、自分は必ず勝利すると宣言して働きました。


ローマでは、次のように勝利について語りました。


【ローマ8章35-37節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、剣があるから と、主から離れる人は勝利者ではなく、“敗北者” です。


【第2ペテロ2章19-20節】

人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。

主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。

環境に左右される人は 信仰があったとしても、結局は環境に倒されて勝利することが出来ません。


勝利する人たちは 環境ではなく、主に信頼し、みことばに信仰を築き上げ、健全な思考をもって、環境に向かって勝利のことばを使います。


「私は必ず勝利者となる。圧倒的な勝利者となる。私は私を強くして下さる方によって、どんなことでも出来る。

決してサタンが喜ぶようなことばは使いません。


他に勝利した人たちのことばも聖書にありますので紹介します。




ヨセフ




ヨセフが語ったことばです。


【創世記45章5節】

今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。

もし このようなことばではなく、恨みのことばで彼らを恨んだり、復讐したならば、ヨセフは勝利者にはなりませんでした。




カレブ




【民数記13章30節】

そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

多数が否定的な思いで、絶望的なことばを使っても、
カレブは最後まで勝利のことばを言いました。


神は カレブのことばを心に留め、彼には勝利を与えました。


しかし絶望的なことば、つぶやきに対しては このように語りました。


【民数記14章28-29節】

あなたは彼らに言え。これは主の御告げである。わたしは生きている。わたしは必ずあなたがたに、わたしの耳に告げたそのとおりをしよう。

この荒野であなたがたは死体となって倒れる。わたしにつぶやいた者で、二十歳以上の登録され数えられた者たちはみな倒れて死ぬ。

私たちは自由にことばを使うことが出来ます。

しかし、自分が使ったことばの実を刈り取るのは、自分自身であることを忘れてはいけないです。




ダビデ




戦う前に、すでに勝利宣言のことば使ったダビデのことばです。


【第1サムエル記17章47節】

この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」

全イスラエルが恐れていたゴリヤテに対して、恐れなかったのは ダビデだけでした。

神は彼に勝利を与えました。


ゴリヤテを恐れていたサウル王のことばと比較してみましょう。

使うことばが違いました。





サウル




【第1サムエル記17章33節】

サウルはダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」

普段どのようなことばを神様に、自分自身に、他人に使っていますか?


あなたが使ったことば通りの将来が あなたを待っています。

そして蒔かれたことば通りのことを刈り取ります。


勝利したいならば、環境が変わるのを待つのではなく、あなたの信仰、思考、ことばを変えて下さい。


そうするならば勝利の人生を送ることが出来ます。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.4.8
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常に前進していくためには

テーマは 『 常に前進していくためには 』 です

【ピリピ3章12-16節】

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。

それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。

新年になると、さらなる成長を目指して 新しい計画や目標を立てる人が多いです。


今年も すでに2ヵ月が過ぎましたが、順調に計画通りに進んでいますか。

それとも三日坊主で終わりましたか。


計画通りに進んでいる人より、思うように進んでいない人の方が多いと思います。

進んでいない様々な理由はあると思います。


しかし、環境よりも 自分自身に理由がある人が多いと思います。



みなさんはどう思いますか?

環境のせいですか。それとも自分のせいですか?


常に前進していく人は、素晴らしいと思います。

その人たちは環境が良いから、または運が良いので、問題なく前進していると思いますか?


今日のことばを語ったパウロは、あらゆる面から尊敬できる人で、学ぶべきところがたくさんあります。


いつも悪い環境で、迫害や反対、殺そうとする人たちまで いたにも関わらず、どのようにして いつも前進することが出来たでしょうか?



今日は、前進できた秘訣を学びます。

本文には 立ち止まった姿がなく、つねに前進していく姿が見られます。


  • 一事に励んでいる
  • ひたむきに前のものに向かって進み
  • 一心に走っている
  • 進むべきです

ここには、後退する姿も、わき見をする姿も、立ち止まった姿も、あきらめた姿もありませんでした。


伝道者として多忙な生活をしていました。

たくさんの迫害で体も弱かったです。


ゆっくり休める所もない不便な生活をしていましたが、彼は前進して実を結び、信じる者に手本を見せました。




信仰を日々 新しくする




信仰は 神の言葉の種をもらって、それを心の畑に植え、それを成長させ、実を結んでいくことです。


信仰があるか ないか、良い信仰か 悪い信仰かは、結ぶ実によって分かります。


良い信仰は良い実を結びます。

しかし、悪い信仰は悪い実を結びます。


良い信仰は、真理である神のことばを受け入れ、植えて、成長させて実を結びます。

良い信仰は常に前進していきます。


良い信仰のために、いつも自分の信仰の状態を診断して 悪い所は直し、良い所は伸ばします。


信仰を新しくしていきます。

決して白く塗った墓のようにはしません。


いつまで経っても良い実を結ばない信仰は 問題があります。

その人たちの中には 生ぬるい信仰、形式的な信仰があります。


生ぬるい信仰と 形式的な信仰は、中身を変えず うわべだけを白く塗って信仰生活します。

イエス様は、その人たちに向かって、“白く塗った墓のようだ” と言いました。



前進するためには、信仰を “常に新しくする” 必要があります。


信仰を新しくするためには、正しい選択が必要です。


堕落したこの世は、真理よりも偽りが溢れています。

真理よりは、偽りを受け入れ 信じることが多いです。


十字架の救いの道を選ばず、滅びと死の広い道を選ぶ人が圧倒的に多いです。


偽りは、信仰生活にダメージを与えます。

信仰をむしばみます。



ですから 前進するためには、善と真理を選ぶことです。

常に新しくしないと、偽りに導かれて歩むことになります。


毎日 真理の道を確かめながら、自分が真理に導かれているか どうかを確認していきます。


パウロは人々にみことばを教えましたが、自分にも厳しくみことばを適用しながら生きました。

日々自分の信仰を新しくして神のことばに従い、神と共に歩みました。




ビジョンを再確認する




ビジョンは生きるために必要です。

ビジョンがある人と、ない人は 生き方が違います。


自殺する若者が多いのはとても残念です。

生きる目的がないので、いのちを断ちます。


たとえ目的があったとしても、それは目に見える目的だったと思います。

そして うまく行かない時に絶望して、自らいのちを断ってしまいますね。



パウロはいつもいのちが狙われました。

しかし彼はそれを恐れませんでした。


彼には明確なビジョンがあったからです。

それは、自分が作り出したビジョンではなく、主から受けたビジョンでした。


そのビジョンは、いのちが尽きるまで続くビジョンでした。

“生きるにしても 死ぬにしても、主のために” これが彼のビジョンでした。


人の魂を救うために 福音を人々に伝えることが、彼のビジョンでした。



パウロは、イエス様から このようなビジョンをいただきました。

『 私の名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、私の選びの器 』


このビジョンを受けてからは、すべてが順調だったでしょうか?
―― とんでもないです。


最初からユダヤ人、異邦人たちに いのちを狙われ、絶えず迫害を受けました。


うまく行かない状況の中で、疑いや挫折がなかったと思いますか?

パウロは、その思いに支配されないために、いつも主から聞いたビジョンを再確認しながら前進していきました。



主のことばは変わりません。

状況が悪くても、主からのビジョンは変わりません。主は真実な方ですから。


主からビジョンをもらった人は、死に至るまで前進していきます。


前進出来ていない人は、ビジョンを失くした人です。

取り戻さないといけないです。




心を入れ替える




心を入れ替えないと、かたくなな心になります。

うなじのこわいものになります。


心を入れ替えない人は、心を閉ざして生きる人です。


自分の基準、判断、肉の思い、苦い根で いっぱいの心は “死んだ心” です。


肉の思いは憎しみ、妬み、高慢、敵に対する復讐心、のろいの剣などです。

それは冬のような心です。


季節は、冬の後には春が来ます。

そのように、心の季節も変えていかないといけないです。


憎しみや不信などで 氷のように冷たくなった冬の心に、春のような温かい 聖霊の恵みの風を受け入れ、心を新しくしていかなければなりません。


神様は愛と恵みと赦しを備えて待っておられます。



心を開いて、自ら反省して 心を引き裂き、悔い改めることです。


人の心を新しくするのも、神の愛と恵みと赦しを受けるのも、“悔い改め” の通路を通って入って来ます。



悪い思いを入れたままでは 苦い根が心に深く降ろされて、そこからあらゆる悪いものが実を結びます。

冷たい心は愛と恵みがない心です。


悔い改めるなら聖霊の風と愛と恵みの季節が自分の心にも来ます。



心を入れ替える人だけが、心も軽くなって前進することが出来ます。

神の恵みなしに、私たちは天国に向かって歩くことが出来ないです。


世のものや自分の力や努力で前進出来るのではないです。

それで進んでも 長続きしないです。


しかし信仰、ビジョン、心をいつも新しくするならば、常に前進することが出来ます。


神の国に向かって、

そして 目標に向かって ――。


アーメン v( ̄∇ ̄)v

2018.3.4
聖日礼拝メッセージ

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災難を新しい挑戦のチャンスに

テーマは 『 災難を新しい挑戦のチャンスに 』 です

ハレルヤ。

主の恵みと守りが、今日もありますように祈ります。


災難を新しい挑戦のチャンスだと考えたことがありますか?


地震や火災、また戦争などによって建物が破壊され、がれきの山になり、灰になっている姿を見ると、ため息が出ますし、悲しくなり辛くなり、絶望的になります。


しかし、ある人たちは災難を新しい挑戦のチャンスだと思って立ち上がります。



1941年、発明家であるトーマス・エジソンの実験室で火災が発生しました。

それによって数知れないほどの多くの道具と彼が長い間力を注いで研究した資料などが すべて燃えてしまいました。


彼の息子チャールズが走っていくと、
父エジソンは、恐ろしい勢いで燃えている実験室を見ていました。


びっくりしたチャールズに、エジソンは こう聞きました。

「ママはどこにいるのか?早く探して、こっちに連れてきなさい。

こういう光景は2度と見ることが出来ないから。」


その翌日、彼が夢と希望が灰に変わってしまった姿を見て、こう語りました。


「破壊は何と有益なものであるのか。私たちが間違ったものを灰にしてしまったから、神様に感謝します。私たちは再び挑戦をします。」


開かれた意識の所有者が 災難を受けた時、こういう態度を取るのを通して、本当の信仰がどういうものであるのかも見せてあります。






ヨブも すべてのものを失った時、彼の本当の信仰を神様に見せました。


子ども10人を亡くしました。

財産もすべて失くしました。


しかし、彼はその中でも一言も不平不満を言わずに、そういうものに対して執着心を見せませんでした。

その中でも神様に感謝を捧げ、神を礼拝し、神様を求めました。


その災難の中で、彼が絶望だけしていたならば、どういうことになったでしょうか?

ヨブの妻は、彼にひどいことを言いました。


「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか?神をのろって死になさい。」


ヨブがこの災難を新しい挑戦の機会だと思わないで、
絶望的な目で見たならば、その言葉を聞いて、自殺したかも知れないです。


しかし、ヨブはそういう思いを持たず、新しく挑戦しました。

信仰によって再びはじめました。


そうすると神様は、彼に以前よりも2倍の祝福を与えてくださいました。



私たちにも様々なことが起こると思います。


しかし、私たちはどんな時でも、それを新しい挑戦のチャンスだと思って 立ち上がるならば、神様が道を開いてくださいますし、力を与えてくださいますし、祝福も与えてくださいます。
アーメン (*´∇`*)


2017.10.1
3分テレフォンメッセージ

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ダビデの礼拝に対する態度

テーマは 『 ダビデの礼拝に対する態度 』 です

【第1歴代誌16章1-4節】

こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中に安置した。それから、彼らは神の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

ダビデは、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ終えてから、主の名によって民を祝福した。

そしてイスラエルのひとりひとりみなに、男にも女にも、それぞれ、丸型のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を分け与えた。

それから、レビ人の中のある者たちを、主の箱の前で仕えさせ、イスラエルの神、主を覚えて感謝し、ほめたたえるようにした。

ある人の信仰が、良い信仰か そうではないかは 何を見て分かりますか?

それは、礼拝態度を見ると分かります。


礼拝をないがしろにする人、形式的な礼拝で済ませる人の信仰は、良い信仰ではないです。

しかし礼拝を大切にし、真剣に取り組んでいる人は 良い信仰を持っています。


ダビデは良い信仰を持っている人ですが、その信仰が 礼拝にそのまま現れました。


ダビデが神の箱を運び込み、安置した天幕は モーセの荒野の幕屋とは違って、簡単な幕屋でした。

神殿が出来るまでの借り住まいのような天幕でした。


しかし、そこでささげられた礼拝は 本当に素晴らしい礼拝でした。

なぜならダビデは 神が求めておられる真の礼拝者であったからです。


イエス様は礼拝に対して次のように語りました。


【ヨハネの福音書4章23-24節】

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

ダビデには真の礼拝者の姿がありました。

ダビデはどのような礼拝を 主にささげたでしょうか?


神への喜びと感謝が礼拝に現れていました。


神に全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ、主の名によって民を祝福し、そして和解のいけにえの一部を民にも与えて 喜びの祝宴をしました。


礼拝になくてはならないものは、“神への感謝と献身と喜び” です。


ダビデの礼拝には、それが溢れていました。


ダビデは いつも主の前に礼拝がささげられるように、主の前に仕える奉仕者を選び、いつも神に賛美をささげるようにしました。


賛美リーダーを立て、聖歌隊も作りました。

賛美隊が出来たのは、この時が初めてでした。


彼らは毎日の日課として 朝ごとに、夕ごとに絶えず主をほめたたえていました。

神への礼拝を どれほどダビデが大切に考えていたかが分かります。


そして主に仕える者たちにさせたのは、“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” でした。


聖歌隊を作った目的は、礼拝をさらに敬虔なもの、聖なるものに導くためでした。

この時に作った聖歌隊は、ヘロデが建てた神殿が破壊されるまで続きました。



“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” は礼拝の重要な部分です。


ダビデは聖歌隊が神の前で賛美出来るように、賛美も作りました。

8節から36節にある賛美は ダビデが直接書いたもので、それを聖歌隊に渡して歌わせました。


詩篇96編、105編、106編にも書かれています。

そこでも “主を覚えて感謝し、ほめたたえる” 内容がありました。


主を覚えることは 主のみわざを思い出し、公的に宣言し、記念として広く伝えることです。


神の偉大なみわざ、主のよくして下さったことを何一つ忘れず覚えることは大切です。


そして主に感謝することです。

感謝には「認める、告白する、ほめる」という意味も含まれてあります。


また主をほめたたえることです。

「ハレルヤ」は “主をほめたたえる” という意味です。


【イザヤ書41章16節】

あなたは主によって喜び、イスラエルの聖なる者によって誇る

という言葉がありますが、“主を喜ぶ、主を誇る” ことが主をほめたたえることです。






人間が造られた目的は何でしょうか?

答えは次の箇所にあります。


【イザヤ書43章21節】

わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。

すなわち人間は、“神への礼拝者” として造られました。


その目的通りに霊とまことを持って礼拝をささげる人は、造られた目的通りに生きている人で、礼拝をしていない人は、神の目的に反する生活を送っていることになります。


そのような礼拝では、神に喜ばれるはずがありません。


ダビデは素晴らしい礼拝者として生涯を送りました。

神は、ダビデに対して 主のみこころにかなう人だと言われ、素晴らしい礼拝者でした。


真の礼拝者になるためには、このことを心掛けないといけないです。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

私たちに救いと希望を与えて下さった神に 栄光と感謝をささげることは当然です。


【ヘブル13章15-16節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

善を行うことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。

【第1歴代誌16章36節】

ほむべきかな。イスラエルの神、主。とこしえから、とこしえまで。それから、すべての民はアーメンと言い、主をほめたたえた。

神をほめたたえるのはとこしえまでです。


ダビデの賛歌に対して、民は “アーメン” と ほめたたえました。


“アーメン” は、他の人のことばに同意する時、また その人の人格に対する信頼の表現です。

祈りのことばや賛美に対して「まことにその通りです。」と同意するのが、“アーメン” です。


ダビデは幕屋でいつも礼拝がささげられるようにして、神に栄光をささげました。



信仰のない悪い王が登場すると、神への礼拝がないがしろにされ 国全体が堕落していきました。

しかし信仰の良い王が登場すると、まず初めに 神への礼拝が回復しました。


真の礼拝者たちは たましいが豊かに祝福されますし、礼拝の中でも いつも恵まれます。


礼拝をささげても、恵みも喜びも感じないならば、礼拝態度が良くないからです。

信仰をもって主を覚えて感謝し、主をほめたたえるならば 恵まれないわけがないです。


主は 今も真の礼拝者を探しています。
アーメン (・∀・)つ


2018.1.21
聖日礼拝メッセージ

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何を感謝するのか

テーマは 『 何を感謝するのか 』 です

【詩篇103章1-5節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。

詩篇103編は、波乱万丈の人生を生きた ダビデ王が書いた箇所です。


103編は全部で22節ありますが、1節はこのように始まりました。


【詩篇103編1節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

そして22節は、次のことばで終わりました。


【詩篇103編22節】

主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。

これで分かるように、詩篇103編は「神の恵みに対する感謝の賛美」です。

ダビデは、どんな時にも 絶えず神に感謝の賛美をささげた人物でした。


感謝の賛美は、神がとても喜ぶいけにえなので、ささげるように言われています。


【ヘブル13章15節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

神の恵みを知っている人は誰でも、神に感謝の賛美をささげることが出来ます。

それも絶えずささげることが出来ます。


私たちは何を 神に感謝すべきでしょうか?





すでに受けた恵みに感謝すること




地上で神の恵みを受けていない人は、1人もいません。

すべての人は神が造った世界で、色々な恵みを 生まれながら受けています。


たとえ過酷な環境の中で生まれたとしても、神が最初からそのような環境にしたのではなく、良い環境だったところを人間が破壊して悪くしましたし、人間の罪と悪によって良いものを得られなくなったことが多いです。


信じる者は、“特別な恵み” を神から受けました。

本文にもあるように、


罪が赦されたこと、死から命に移され救われたこと、神の裁きの代わりにあわれと恵みと愛を受けたことに感謝しなければなりません。


そして、霊肉とも癒されたこと、サタンから解放されたことも、私たちが受けた恵みです。


このことを忘れず、絶えず神に感謝をささげることです。


感謝を忘れる時から罪が始まります。


イスラエル人が そのことを見せました。


長い間、エジプトで苦しんでいた民を 神はあわれんで、エジプトに厳しい災いを下して、イスラエル人を救い出しました。


そして追跡して来たパロとその軍勢に対しても裁きを下し、イスラエル人が無事に紅海の海を渡れるようにしました。

完全な救いでした。


その恵みを受けた直後に、モーセとイスラエル人は神に感謝の賛美をささげました。


【出エジプト記15章1-3節】

そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。

主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。

主はいくさびと。その御名は主。

このように主が喜ぶ感謝の賛美をささげました。

しかし3日後には別の姿がありました。それは “主の恵みをすっかり忘れた姿” でした。


3日間、荒野を歩きましたが、水がなく、マラに来ましたが、その水は苦くて飲めませんでした。


すると民は次のようになりました。

民はモーセにつぶやいて、『私たちは何を飲んだら良いのですか。』と言いました。


受けた恵みのことは すっかり忘れて、現実の問題を見て つぶやきました。

これが人間の弱さであり、罪深さです。


受けた恵みをすぐに忘れることが多く、すぐ つぶやくので、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」と言われてあります。


「受けた恵みなんか無い」という人は 大ウソつきであり、目が見えない人であり、良心が麻痺した人です。





今受けている恵みに感謝すること




現在受けている恵みに感謝するためには、満ち足りる心を伴う “敬虔” が必要です。


【第1テモテ6章6-10節】

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。

私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。

衣食があれば、それで満足すべきです。

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

毎日、様々なニュースに接する度に 感謝することが多いです。


自然災害や事件、事故がない日はありません。

悲惨な目に遭った人が、特別に悪い人で 罪深いからでしょうか?


そんなことはないです。そういうことは誰にでも起こることです。

たまたま その人たちが そういう目に遭っただけで、自分たちも いつ どんな目に遭うかは誰も知らないです。


ですから、苦しみに遭っている人には 憐れみの心を持ち、いま自分が守られていることに対しては、感謝をささげないといけないです。


日々の食べ物があることが本当に感謝です。
家があることも感謝です。


トイレがあることも感謝です。
インドでは、トイレのある家が53%です。

他の貧しい国に行けば、もっとひどく トイレも水道も何もないです。


そこに生まれた人は、一杯の水でも感謝します。

それも また人々と分け合います。


快適な環境にいながら感謝しないと、本当に罰が当たりますね。


信仰の自由がある今、生きていることも感謝です。

この状況が いつ変わるか分かりません。


大きな患難がないこともすごく感謝です。


感謝できる恵みがいま存在しているのに、欲張りの心が働いて感謝出来ずにいるならば、その人は結局、悲しい末路を迎えることになります。





これから受ける恵みに感謝すること




これから受ける恵みに感謝するためには、神の約束を信じる信仰が必要です。

神の約束は保証された祝福であり、恵みです。


たとえ苦難の中にいる人でも、神の約束を知り、その約束を信じるならば 希望が出て来ます。

希望ある人は その保証された約束を信じて、苦難の中でも感謝することが出来ます。


苦難の中には、絶望だけがあるのではありません。


神は そこに “約束” という恵みを送って下さいます。


それを受け取る人は、恵みに感謝し、それによって勝利することが出来ます。

アブラハムの例を見ます。


【ヘブル11章17-19節】

信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。

神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、

彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。

アブラハムは約束を信じたので、イサクをささげるように 神から言われた時に、パニックになることもなく、神のことばに従順しました。


神は彼の信仰を祝福し、イサクの代わりになる一頭の雄羊を用意していました。

アブラハムは初めからそのことは知りませんでした。


祭壇の薪の上にイサクを載せ、刀を振り上げた時に 神が知らせて下さいました。


神が良いことをして下さったので、アブラハムはその場所をアドナイ・イルエ(主の山には備えがあるという意味)と名づけました。


約束に対する信仰、感謝を伴う従順があったので、神は特別な祝福を与えて下さいました。


神は特別な祝福を与えると約束して下さいました。

どのような人に与えるでしょうか?


【詩篇103編11-13節】

天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。

東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。

父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。

主を恐れる人に特別な祝福を与えます。

次の箇所にもあります。


【詩篇103編17-18節】

しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、

主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。

そして主は主を恐れる者に恵みと憐れみとの冠をかぶらせ、一生を良いもので満たされます。


過去に受けた恵み、いま受けている恵み、これから受ける恵みに感謝する私たちになれますように。
アーメン (*´∇`*)


2017.11.19
収穫感謝礼拝メッセージ

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ルツはどんな信仰を持っていたのか

テーマは 『 ルツはどんな信仰を持っていたのか 』 です

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。


ルツと言う人が持つ信仰が どのようにして生まれたのか、
異邦人であったルツが どのようにしてイエス様の系図に入るようになったのかを 今回は学びたいと思います。


また、ルツを通して働く神の救いの計画は何でしょうか?




ルツの信仰がどのようにして生まれたのかを
本文で知ることが出来ます




彼女が生まれ育ったモアブは、様々な神と呼ばれるものがあり、真の神を知らず、むしろ神が忌み嫌う偶像の神を熱心に信じていました。


モアブとイスラエルの関係と言えば、過去にイスラエルを呪うように モアブの王バラクが悪の力を持つバラムを呼んだこともありました。

荒野でもイスラエルの行く手を妨害したこともありました。

ですから両国は良い関係ではなく、むしろ敵対する悪い関係でした。


しかし、ルツという女性は 自分の国に移住して来たユダヤ人家族に出会い、そこの息子と結婚しました。


それまで偶像崇拝をしていたルツが、信仰ある家庭に嫁ぎました。


それによって ルツは信仰を持つようになりました。

それがルツの人生を大きく変えるきっかけになりました。



女性は結婚することで、それまでとは違う生活が始まることが多いです。

特に東洋ではさらに強いです。


嫁は、嫁ぎ先の宗教、習わしなどをそのまま受け入れなければならない 昔からの暗黙のルールがありました。

先進国ではだいぶ変わり、今は嫁の立場がもっと強くなっているところもあります。


しかしルツは結婚した時に、今まで自分が信じていたのとは違う神、違う信仰を受け入れる覚悟を決めて嫁いだと思います。


そのルツの結婚生活に、不幸なことが起こりました。

舅も旦那も義理の弟も亡くなり、三人の女性だけが残されました。

三人は弱い立場の やもめになりました。


若い二人の嫁は、旦那が死んだからと言って姑から離れて実家に帰ることも出来ない時代でした。

ですから最初、ナオミは 二人の嫁を連れてベツレヘムに戻ろうとしました。


でもナオミは考え直して、二人の嫁を自由にすることを決めました。

そしてそのことをはっきり二人の嫁に伝えました。


最初は二人の嫁もその提案にびっくりしました。

多分そういう話を周りから聞いたこともなかったと思います。


ですから戸惑い 受け入れませんでしたが、ナオミのさらなる勧めで決断しなければならなくなりました。

その結果、オルパはモアブに残ることになり、ルツは強い意思で姑と一緒に行くことにしました。






なぜルツはそのような決断をしたのでしょうか?

現実的にナオミと一緒に行くことは、ルツにとってどのような得があるでしょうか。


人間的には愚かな決断でした。

なぜかと言うと、自らいばらの道を選んだからです。
そこはどう見ても、苦難しか見えない道ですから。


姑の面倒を一生診ないといけない 誰もが選びたくない道を、彼女は自分の意思で選びました。


昔から今に至るまで嫁と姑の問題は多くの人が抱える大きな問題です。


特に東洋ではもっと深刻です。

今でも “嫁が、舅や姑の介護をすべきだ” と考える人が多いですね。


その役割をしたくないし、何で旦那が死んでからも その家族の世話を嫁がしないといけないのかと、納得いかない多くの嫁たちが、旦那が死んだ後に籍を抜いて旦那の家族と訣別する人がどんどん増えています。


介護は大変だからです。

心が優しいか、優しくないかの問題ではないですね。

いつ終わるか分からない “いばらの道” だからです。


ルツはなぜ そのような決断をしたでしょうか?

心の優しい女性だから仕方なくそのような決断をしたでしょうか。
―― そうではなかったです。


ルツは心優しい女性ですが、それが決断の根源ではなかったです。

すると何を基準にして決断したでしょうか?


彼女の決断は、人の目にはとても愚かな決断に見えます。


何のためにわざわざそんな苦しい道を選ぶのか分からないと人々が言うでしょう。


ユダヤに行けば差別も受けるし、知り合いもいないし、生活の基盤もないし、再婚できる望みもほとんどないのに、何のために行くのかとみんなは思ったでしょう。

モアブに残るのが一番良いと全員が言ったかも知れません。






もし皆さんなら、また皆さんの娘のことならば、ナオミと行くように勧めるでしょうか?

むしろ思い止まるように、必死に説得すると思います。

安定した苦労のない生活を人々は一番求めるからです。


ルツにはそういう考えがなかったでしょうか。

当然あると思います。


でも彼女は、常識的な考えで決断したのはありません。

安定した生活を一番の優先にしたわけでもありません。

人々があまり考えない “違う考え方” をしました。


多くのクリスチャンも、このような決断の時には、世の人と変わらない決断をします。


しかし ルツは、捨てるべきものと絶対捨ててはいけないもの、全部を失っても絶対失いたくないものが何かを考えました。


そして、そこに残ったものを彼女は選びました。
それは何でしょうか?


それは真の神を選ぶことであり、その神を信じる信仰を選ぶことが一番であると考えてモアブを離れ、ナオミと一緒にユダヤに行く決心をしました。


信仰がそのように導きました。

彼女の決断は、信仰から出た決断でした。

彼女のことばでわかります。


【ルツ記1章16節】

あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

ここで神の話が出てきました。

ルツは選民の中に入ることを願っていました。



真の信仰とは何でしょうか?


自分が信じた真の神を、最後まで信じて従うことです。


「いのちの道が険しく狭い道である。」と言われた理由がそこにあります。


その道に入る人は、たくさんのものを持って入ることが出来ないです。

むしろ多くのものを犠牲にしなければならない道です。


安定した生活や家族、人々からの非難も 将来の夢も犠牲にしないといけないこともあります。

それでも良いと思う人が その いのちの道を選びます。


それが真の信仰であり、尊い決断をさせる決め手になります。






犠牲にするのは無理と思うならば、信仰の決断は出来ないです。

絶対に手放せない何かがあるならば、決断の時は それに優先権を与えてしまいます。

そして信仰は形だけの信仰になります。


神や信仰は失っても、あるものは失いたくないという思いで決断するならば、真の信仰とは言えないですね。


真の信仰は、救いに至る信仰です。


どんな時にも神への信仰、愛、献身があります。


一度手にした信仰を絶対に手放さず、神の選びにふさわしく生きようと日々励んでいます。


ルツが姑ナオミについて行ったのは、続けて神を信じるためでした。


自分の国に残るなら、まったく信仰生活が出来ないことを彼女は知っていました。

毎日 偶像崇拝する生活が根付いていたからです。

ですから そこを離れなければならなかったです。


モーセがパロの所にとどまって贅沢な生活をするより、神の民と共に苦しみを受けることを選んだのと原理は同じです。


ルツは、ナオミに自分の人生をささげたのではなく、神に自分の人生をささげました。

そして彼女が選んだ道は、未来のない絶望な道ではなく、神の祝福を受ける祝福の道でした。


これは信仰のない人には見えない道です。


生ぬるい信仰、堕落した信仰を持つ教会、信徒はいつも広い道を求め、広い道を選びます。

そして世にあるものをたくさん手に入れようとします。

教会はさらに大きい教会を目指します。


そのために、個人の生活や教会に人間の考え、方法、やり方がいっぱい入って来ます。

そして、それらを喜んで用います。


しかしそれは神が示した道ではありません。






ルツは神への正しい信仰をもって正しい道を選びました。

神の保護のもとに身を避ける人を神は喜びます。

そして神ご自身がその人を祝福します。


ルツは実際食べるものを得るために朝から晩まで苦労して働きました。

それでも彼女は喜んで働きました。


しばらくして神の憐れみと恵みが彼女に注がれ、素敵な男性ボアズを 神はルツに与え、家庭を持つようにしました。

彼女は以前よりも はるかに祝福された女性になりました。


そしてその子孫にはダビデが生まれました。

またメシアであるイエス・キリストも生まれました。

神は彼女の真の信仰に答えて下さいました。


伝説によれば、ナオミにもう一人いた嫁オルパはどのようになったでしょうか?


彼女には信仰が見られませんでした。

ですから人間的な決断をして安定した道を選びました。


やがて彼女も ある男性と結婚し、その子孫にゴリヤテがいるという話です。


後の時代に、ルツの子孫ダビデと、オルパの子孫ゴリヤテは戦い、ダビデは 神に敵対した勇士であるゴリヤテを殺しました。


一人の信仰の決断は、後の子孫までに影響を与えます。


神を選んだルツの決断が正しい決断であることは、神ご自身が証明して下さいました。


それによって異邦人がキリストの系図に載る素晴らしい祝福と永遠のいのち、神の民になる祝福、平安な家庭まで築く祝福を受けました。


彼女の信仰と決断を、愚かだと誰が言えるでしょうか?


新約聖書で、パウロは信仰の決断をした人と しなかった人の違いをこのように語りました。


【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1コリント1章23-24節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。

アーメン v( ̄∇ ̄)v

2017.11.12
聖日礼拝メッセージ

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家族の救いのための祈り

テーマは 『 家族の救いのための祈り 』 です


家族の中に、まだ救われていない人がいて、救いのために祈る人は多いと思います。

私自身も兄弟の中に、まだ救われていない家族がいるので、そのために祈っています。


家族が救われるために、いくつか参考になることを伝えます。



まず、伝道は主の命令であることを覚えましょう。

イエス様がクリスチャンに与えた最高の命令は伝道です。


伝道は全世界より尊いたましいを救いに導いて、永遠のいのちを得させることだからです。


自分だけ救われて、家族の救いにはまったく関心がないクリスチャンも今まで見てきました。


それは神様の命令に背くことです。


必ず家族にも伝道しなければなりません。



家族に対する私たちの目標は、神の栄光であることを知りましょう。

神様が私たちをクリスチャンにしたのは、神の栄光のためです。


神様が家族を救うのも、神の栄光のためです。



私たちは家族に対して嫌な思いがあると、「救われなくても良い」という思いまでしますが、それは自分の個人的な感情であって、神のみこころではありません。


神は誰一人、滅びることを願いません。

むしろ皆が救われることを願っています。


家族が救われることに対して、確信を持ちましょう。


家族は神の約束によって救われることがあります。


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」


このことばを覚えましょう。





イエス様を信じたことで、ご主人から激しい迫害を受けた婦人がいました。

聖書は火の中に投げられ、出られないように髪の毛も切られ、暴力も受けました。


しかし、その婦人はそれでも台所で泣きながら、夫の救いのために祈り続けました。


ある時、その祈りが夫の心に深く刺さりました。

それから一緒に教会に行き、誰よりも熱心な信徒になり、奥さんをとても大事にする旦那に変わりました。





家族の救いのためには、絶えず祈ることが必要です。


人間の罪が、サタンの妨害があるので簡単に導かれないことも多いです。


ですから霊的戦いのための祈りも必要です。
絶えず祈ることです。




また、伝道に対する落胆は、神のみこころではありません。

落胆する人は、神のみこころを成し遂げることができません。


祈りはじめたものの、答えがすぐ無いことで、失望して祈らなくなる人も多いですが、 落胆せずに祈ることです。


家族の前に、変えられた姿を見せることです。


信仰は聞くことから始まるので、聖書のことばを家族によく語るようにしましょう。


また、聖徒たちの集まりに家族を招待することも良い方法です。

神の家族に触れることで、心が変わることがあります。


そして家庭の中でも神を礼拝してください。


家庭の中に神が働くようにするのも、家族の 救いのためです。
(・∀・)つ


2016.8.27
3分テレフォンメッセージ

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勝利の三つの要素

テーマは 『 勝利の三つの要素 』 です

【エペソ6章10-15節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪魔に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

キリストは、人類を贖う計画を持って地上に来られた時に サタンの激しい抵抗と妨害を受けました。

キリストの働きは サタンにとって一番嫌なことでした。


汚れた悪霊に取りつかれた人が、イエス様を見た時に大声でこのように叫びました。


【ルカの福音書4章34節】

「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」

イエス様は次のように言いました。


【ルカの福音書4章35節】

「黙れ。その人から出て行け」

このように言うと、悪霊はすぐに出て行きました。

サタンは 人間のことは恐れないですが、イエス様には恐れていました。


イエス様は サタンに勝利して救いを完成し、人類が救われる道を備えることが出来ました。


私たち信じる者にとって、勝利は 世の基準の勝利とはまったく違います。


神は世の人々が考えている勝利を “勝利” と認めたことは一度もありませんでした。


大統領になったから、金持ちになったから、教授になったから、ノーベル賞をもらったから、その人たちが勝利者でしょうか?

神の目には、それはどうでも良いくらい何の価値もないものです。


神が考える勝利とは、世に勝ち、サタンに勝ち、自我に勝って 自分に与えられた “神からの使命” をまっとうすることです。


勝利を目指している信徒たちに、主は勝利に必要な要素を教えて下さいました。




堅く立つ




13節に、『 堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』

14節には、『 しっかりと立ちなさい。』


と書かれてありますが、
堅く立つ姿は 服従する姿ではなく、抵抗する姿であり 戦う準備が出来た姿です。


誰に向かって堅く立つべきでしょうか?
―― サタンです。


信徒たちが、いつも攻撃してくる悪魔を恐れて抵抗しないならば、サタンの奴隷になります。


堅く立って抵抗しなければなりません。


信徒が最初から悪魔に手を出すことはないです。

平和を愛する国が、初めから他国を攻撃することはないです。


人を愛する人が、他人を先に攻撃することもないです。


ですが、攻撃されても 抵抗せずにいるのが良いことでしょうか?

―― そうではないです。


抵抗しないならば、征服されてしまいます。


その時は、しっかりと立って 勝利のために抵抗し (サタンを)追い出さないといけないです。

主のように「黙れ。出て行け。」と厳しく対抗することです。


ことばだけでは力がないので、神の武具をしっかりとつけてから戦います。


善を行っていてサタンの攻撃を受けた時も、堅く立ってそのサタンに抵抗しないといけないです。


ダニエルと3人の友が そのようにしました。

まことの神を捨てて、人間が建てた金の像を拝むことは出来ないと はっきりと断りました。


断る者は、火の燃える炉の中に投げ込まれることを知っていても 抵抗しました。


いのちを懸けて抵抗しました。

そして燃える炉に投げ込まれましたが、結果は彼らの勝利で終わりました。


ありえない光景を 人々が見ることになりました。


【ダニエル書3章24-25節】

そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」

すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

勝利者の姿が そこにありました。


彼らは信仰の上に堅く立って、サタンに抵抗したので、神の助けを受け、神の偉大さを人々の前で現しました。


【第1ペテロ5章9節】

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

しかし悪を行うように 誘惑された時には、ヨセフがしたように そこから逃げなければなりません。


誘惑は 甘いもので、肉の思いをそそります。

ですから、そこから早く逃げることです。


【創世記39章12節】

それで彼女はヨセフの上着をつかんで、「私と寝ておくれ」と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に渡し、逃げて外へ出た。



祈り求める




勝利は、自分だけの力で獲得できるものではありません。


勝利は簡単に手に入らないので、助けと協力が必要です。


大きな大会に出る選手が、1人で すべてをしてメダルを取れるでしょうか?

監督、コーチ、家族、仲間の協力と助けによってメダル獲得を目指します。


私たちの信仰、霊的生活、人生の勝利のためには 神の助けと協力は、なくてはならないものです。


助けを、祈りによって神に求めます。


イエス様も弱い弟子たちを助けるために神に祈りました。

その祈りを 神が聞いて下さったので、弟子たちは失敗から立ち直ることが出来ました。


【ルカの福音書22章31-32節】

シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

【マタイの福音書17章21節】

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。

【ピリピ書4章6節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。



目を覚ます




目を覚ますことは 見張りをしていること、用心していること、準備された状態です。


泥棒や強盗が来ることを知って、万全の警備をしているならば 持ち物は安全です。


しかし隙があるならば、やられてしまいます。

サタンは盗人であり、強盗です。


魂やいのちを盗みます。信仰を盗みます。平安と希望を盗みます。財産や健康を盗みます。

人間が持っているものを何でも盗みます。


ですから、盗まれないように目を覚まして見張ります。

(サタンは私たちを)誘惑して目をくらませ、眠らせます。


誘惑されて眠ってしまったサムソンは、すべてを失いました。

サタンの奴隷にされてしまいました。



目を覚ましていないと、一番困ることは何でしょうか?


主の空中再臨の時に、主がおられる所に上げられず、地上に残され 恐ろしい患難を受けますし、信仰生活も出来なくなります。


このように、最悪な状態 になります。

ですから “目を覚ましていなさい” と、主は繰り返して語っておられます。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【第1コリント16章13節】

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。

【使徒の働き20章31節】

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

【第1テサロニケ5章8節】

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

【ヨハネの黙示録3章2節】

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

【ヨハネの黙示録16章15節】

――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――

私たちの人生は、地上だけで終わりではなく、霊の世界が次に待っています。

それも現実です。


ですから主は、私たちに 地上では “旅人、居留者” として生活しなさい と言われました。


そして、神の国は勝利者が入る国なので、勝利を目指して歩むように言われました。


また勝利者が得る報いがどんなに素晴らしいものかも教えて下さいました。

黙示録2章から4章の中に書かれてありますので、確認のためにも読んでみて下さい。


“堅く立つ、祈り求める、目を覚ます” ことは、キリストに仕えるためのチャンスを得るためにも そうしないといけないです。


祈らない人、眠っている人、サタンに負けている人が 主のために働くことは出来ないです。


役に立つしもべになるためにも、この三つの要素は必要です。
( ̄‥ ̄)=3


2017.10.8
聖日礼拝メッセージ

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主導権は誰が握っているのか

テーマは 『 主導権は誰が握っているのか 』 です

【第1サムエル記17章1-11節】

ペリシテ人は戦いのために軍隊を召集した。彼らはユダのソコに集まり、ソコとアゼカとの間にあるエフェス・ダミムに陣を敷いた。

サウルとイスラエル人は集まって、エラの谷に陣を敷き、ペリシテ人を迎え撃つため、戦いの備えをした。

ペリシテ人は向こう側の山の上に、イスラエル人はこちら側の山の上に、谷を隔てて相対した。

ときに、ペリシテ人の陣営から、ひとりの代表戦士が出て来た。その名はゴリヤテ、ガテの生まれで、その背の高さは六キュビト半。

頭には青銅のかぶとをかぶり、身にはうろことじのよろいを着けていた。よろいの重さは青銅で五千シェケル。

足には青銅のすね当て、背中には青銅の投げ槍。

槍の柄は機織りの巻き棒のようであり、槍の穂先は、鉄で六百シェケル。盾持ちが彼の先を歩いていた。

ゴリヤテは立って、イスラエル人の陣に向かって叫んで言った。「おまえらは、なぜ、並んで出て来たのか。おれはペリシテ人だし、おまえらはサウルの奴隷ではないのか。ひとりを選んで、おれのところによこせ。

おれと勝負して勝ち、おれを打ち殺すなら、おれたちはおまえらの奴隷となる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。」

そのペリシテ人はまた言った。「きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。」

サウルとイスラエルのすべては、このペリシテ人のことばを聞いたとき、意気消沈し、非常に恐れた。

【第1サムエル記17章16節】

例のペリシテ人は、四十日間、朝早くと夕暮れに出て来て姿を現した。

聖書の中には 数多くの戦いがあり、すべての戦いは 実際にあった戦いでした。


本文は その中の一つの戦いですが、今の時代の私たちにも教える教訓があります。

この戦いはペリシテとイスラエルの戦いでした。


ペリシテには、ゴリヤテという強い戦士がいて、彼の身長は286㎝でした。


ギネスブックに記載された人の中で一番背の高い人はロバート・ワドローという人で272㎝でした。


ゴリヤテはさらに高い身長でした。

身長だけではなく、力も強かったです。


彼のよろいは、57キロほどの重さがありました。

槍の穂先の重さは、6.8キロありました。


このように正確に書かれているのは、実際に起きた戦いだからです。


恐ろしい姿です。

四十日間、朝晩出て来て威嚇するから、サウル王も イスラエルのすべての人々も意気消沈し、非常に恐れていました。


この時、主導権を握っていたのは誰でしょうか?

ゴリヤテです。


ゴリヤテはその力を見せつけながらイスラエルを脅していました。

イスラエル人は恐れて声を出すことも出来ずに絶望していました。

彼らには希望がありませんでした。


この時のイスラエル人の問題は何でしょうか?


力がない事ですか。ゴリヤテのような戦士がいないことですか。

それとも、強力な武器がないことですか。


この中の、どれでもないです。


神と彼らの関係が一番問題でした。


彼らは過去に たくさんの戦いで神が助けて下さったのに、その神をすっかり忘れていました。


ですから神が見えず、力のある1人の人間に みんなおびえていました。


どの戦いも見た目は 人間と人間、国と国の戦いに見えますが、実際は “霊的戦い” です。







戦いを仕掛けて来たペリシテは、悪い力から出ていました。

北朝鮮の場合も悪い力から出ています。

国民を餓死させても戦争の準備しかしないです。


悪の力を活発に働かせていて、それで自分たちの目的を達成しようとする時には悪いものが主導権を握っているように見えます。

相手を恐れていることは、相手が主導権を握っていると思うからです。


連日テレビで、北朝鮮のミサイル発射や これからのことを軍事専門家や評論家などが話していますが、内容を聞くと、北朝鮮が主導権を握っていると彼らも語っていました。


経済制裁を受けても、構わずミサイル発射を続ける北朝鮮の姿には異常さがあります。

手に負えない一匹オオカミのように見えます。


周りの国々を悩ましています。


アメリカも色々なシナリオを持っていますが、戦争のリスクが高すぎるので、すぐに実行出来ないことを北朝鮮も知っているので、やりたい放題の状態です。

金正恩は このゴリヤテのように、世界を相手に威嚇し続けています。


ミサイルを飛ばしても今は誰も止めないですし、核ミサイルもあるので、主導権が北朝鮮の金正恩の手にあるように見えますが、果たしてそうでしょうか?



ゴリヤテの運命を見るならば、先に何があるのかが楽しみでもあります。

四十日間、状況はまったく変わらず、緊張状態が続きました。


そしてイスラエルには敗北感が強くなっていきました。

しかし、1人の人物の登場によって、状況が大きく変わりました。


その人物は、若い青年で 羊飼いであるダビデです。


彼は戦いに参加している兄たちに お父さんの指示で食べ物を届けるために来ました。

そして、その時に初めてゴリヤテを見ました。


彼のせいでイスラエル人の戦士たちが勇気もなく、みんな意気消沈している姿を見ました。

ダビデがゴリヤテを見て最初に発したことばがあります。


【第1サムエル記17章26節】

「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ者には、どうされるのですか。この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは。」

“割礼を受けていない” と彼が話したのは、神の契約の民でない異邦人が、生ける神に戦いを挑んでいるのかと思ったからです。


そしてダビデは決断し、そこにいたサウル王に言いました。


【第1サムエル記17章32節】

「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう。」

恐れがみじんもない大胆さです。

すると、サウル王は このように言いました。


【第1サムエル記17章33節

「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」

このことばは、サウル王の経験と知識から出たことばでした。


神に頼らない人は、すぐこのように環境や自分の経験、知識に頼ります。

それが正しい判断だと思ってしまいます。


神に頼る人とは考え方が違います。

彼は絶望的な状況の中でも まだ自分の問題に気づいていなかったです。


神から離れた人間は 強い人を恐れ、環境を恐れます。


恐れによって妥協して選ぶ和平と平和は、必ず奴隷的で屈辱的な結末を招きます。


妥協して偽りの平和を得ても、いつかは恐れている者の餌食にされます。


北朝鮮が狙っているのもそれと似ています。

韓国を飲み込むために、アメリカ軍を韓国から撤退させようと色々策略を立てて行動しています。

そのために偽りの平和条約をアメリカと結びたいですね。






本文に戻ると、ダビデは若いし、見た目は ゴリヤテの相手になるような者ではないのに、どこから そのような勇気が出たでしょうか?


彼には信頼する方がいました。


そしてその方がいつも自分とともにいることを知っていました。

彼が信じる神でした。


その神は、戦いに強い “勝利の主” です。


体験した者はわかります。


強い信仰を持っていたダビデは、すでにゴリヤテから主導権を奪っていました。

ダビデはサウル王のことばも気にせず、ゴリヤテに向かって行きました。


ゴリヤテはダビデを見た時、彼をさげすみました。

ダビデが若くて、戦士には見えなかったからです。


子どもに見えたので、ダビデに向かって次のように言いました。


【第1サムエル記17章44節】

「さあ、来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう。」

ダビデは、それに対して このように言いました。


【第1サムエル記17章45、47節】

「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。

この戦いは主の戦いだ。主はお前たちをわれわれの手に渡される。」

結果は 皆さんも知っているように、ダビデが ゴリヤテを殺しました。


ダビデに力があったからではなく、神が彼を助けて下さいました。


神は全地の主で、歴史を動かしておられる方です。

すべての戦いにいつも神の力が働きました。


国々が堕落し、神に逆らう時には 悪い者や悪い国を用いて侵略させ 懲らしめを与えました。


その後、悪い者や悪い国も 自分たちの罪でさばきを受けました。


悪い者は悪いことに用いるために生かしています。

良い人は良いことのために用いるのが神のやり方です。


神はゴリヤテを使って、神から離れたイスラエルの民を懲らしめました。

しかし神に頼っている信仰の人・ダビデを通して、神の力をペリシテ人にもイスラエル人にも見せつけました。


戦争の主導権を握っているのは人間ではなく、主です。


アメリカも 日本も 北朝鮮も 韓国も、神の目には堕落しています。

貪欲、高慢、性的堕落、不道徳、汚れ、腐敗、偶像崇拝、偽り、人権侵害など ひどい状態です。


ノアの洪水が起こる前よりも さらに悪い状態です。


神は人々の目を覚ましたいと願っておられます。


私たちはミサイルばかり見るのではなく、目を開いて目の前の現実をよく見なければなりません。


目があっても見ず、耳があっても聞かないまま生きてきたので、サタンの誘惑や惑わしを受けて堕落した生活をしています。


平和ぼけしているので、その間に悪者たちは戦争の準備に専念し、ミサイルや核を開発して いま世界の平和を壊しています。

しかし決して北朝鮮が主導権を握っているわけではないです。


全地の主が握っています。


周りの国々も、しっかり国を守るための努力と共に、悪から離れ、神が期待することをするならば、神はその国々を助けますが、そうしないならば いつか戦争は起こり、すべてが破壊されてしまいます。


私たちが本当に恐れなければならないのは、核でもミサイルでもなく、“主” です。


【第2歴代誌7章13-14節】


もし、わたしが天を閉ざしたため、雨が降らなくなった場合、また、いなごに命じてこの地を食い尽くさせた場合、また、もし、わたしの民に対して疫病を送った場合、

わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。

このようにするならば状況は変わります。


【第2歴代誌7章19-20節】

しかし、もし、あなたがたがそむいて、あなたがたに授けたわたしのおきてとわたしの命令とを捨て去り、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、

わたしが彼らに与えた地から、彼らを根こぎにし、わたしがわたしの名のために聖別したこの宮をわたしの前から投げ捨て、これをすべての国々の民の間で、物笑いとし、なぶりものとする。

そむいたままならば、さらに悪いことが起こりますので 自分たちの生き方を見直し、主に立ち返り、助けと守りを祈りましょう。
ヽ(TдT)ノ


2017.9.17
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