からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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人間

主の時

テーマは 『 主の時 』 です

【第2ペテロ3章8-10節】

しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

私たちの時間の測定方法は、1日を24時間にして日、月、年、世紀と数えていきます。

その時間は 私たちのいのちの時間、すなわち “肉の時間” です。


神様はそのような時間測定はしません。

“永遠” とは、時間を気にしない領域です。


主は永遠に存在する方なので1日が千年のようで、千年が1日のようです。


しかし被造物の世界で 主が働く時には、主は時を定めて働きます。

自由気ままに働くのではないです。


聖書を読むと、いつも主は時を決めて みわざを現しました。

それは主ご自身のためではなく、人間に約束と希望を与えるために そのようにしたと思われます。


主は時間の中で生きる人間に、もう一つの時間が存在することを教えました。


それは、“主の時” です。

神様は、主の時がもっと重要であることを教えています。


その時間とは 数えるための時間ではなく、“主のみこころがなる時” のことを言います。


主の計画が行われる日のことを言います。


もし私たちが人間の時間だけを考えるならば、神のみこころの時とズレが生じます。

そうすると、神のみわざを見逃したり、時を見分けることも、時を用いることも出来ないです。


【伝道者の書3章1節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

ここで言う “時” も、人間が決めた時ではなく、主が決めた時です。


知恵ある人は この時をよく見分け、その時を最大に用います。


救い主イエス・キリストがこの世に来られるという預言は、すでに創世記3章15節にありました。


【創世記3章15節】

わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。

それから長い時間が過ぎました。

それは人間にとって長い時間で、主の時が来た時に イエス様が約束の救い主として この地上に来られました。

しかし30年間は活動しませんでした。


そして主は、ご自分の時に 公の活動を始めました。


カナの婚礼に招かれた時も、
母マリヤが「ぶどう酒がありません」と イエス様に言った時に、
主は「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。私の時はまだ来ていません」と言われました。


少しの差だとしても、人の時ではなく、主の時に働くことを明確にしました。


主を信じる人は、特に主の時を優先しなければなりません。


主に導かれて動き、私たちの先を行かれる主に従っていかないといけないです。


勝手に飛び出して、主に対して「(主が)私について来なさい」ではいけないです。




主の再臨の時




これから注目しないといけないのは、“主の再臨の時” です。

主は再び再臨すると約束しました。


主の再臨は信じる者には喜びの日ですが、同時に この世が主によってさばかれる日でもあります。


再臨の時の様子で、まずは “空中再臨” です。


【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

そして、次の箇所は “地上再臨” の時の様子です。


【ゼカリヤ書14章3-4節】

主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。

地の王たちは主に逆らい、国々も民たちも悪を行っている姿を 主は知っていますが、なぜ いま裁かないでしょうか?


主は時間をかけて、麦と毒麦を分ける作業をしておられます。

そして毒麦として分けられた悪人たちに対しては、「厳しく裁く」と宣言しました。


「いつ再臨がありますか?」と 人々は正確な時間を教えて下さいと願いました。

しかし、主はこのように答えました。


【マタイの福音書24章36節】

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい、あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

人間が考えるような時は教えませんでした。

神の時に実現されるので、人間に教える必要もないです。


ただ盗人のように来るから しっかりと主の時を用意して待ち望みなさいと言われました。




救いと恵みの時




【第2コリント6章2節】

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

自分の耳に、誰かを通して福音が伝えられた時が、“神の恵みと救いの時” です。


その時を逃してしまい、救われることもなく、永遠の滅びに入った人がどれほど多いか分かりません。

地獄は、永遠に自分の胸を叩きながら後悔する場所です。


「あの時、神が救いの手を伸ばしたのに、私がその手を振り切ったから、こんな辛い場所に来てしまったんだ」と、泣き叫びます。


神の救いの時、恵みの時を無視しつづけて救われないまま死ぬならば、永遠に救いはないです。


死んでからは救いも恵みも受ける時は来ないです。




悔い改めの時




自分が悔い改めたいからと言って、いつでも悔い改めることが出来るわけではないです。


悔い改めも、“神の恵み” がないと出来ません。

口先だけの悔い改めは悔い改めではないです。


罪を悲しみながら心を引き裂く悔い改めこそが 本物の悔い改めです。


【第2コリント7章9-10節】

今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。

神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

世の事で悲しみながら泣く者は多いです。

しかし、泣くから問題が解決されるわけでもないです。


本当に私たちが悲しみながら泣かないといけないのは、自分の罪を悔い改めながら泣くことです。


すると、神から罪の赦し、救い、平安を受けることが出来ます。



神から「神に立ち返って悔い改めなさい」と言われた時には「今ですか?後で悔い改めをします。」とは言わないで下さい。


“後で” という思いは、サタンから来る 誘惑の思いです。


私たちは明日の事は分かりません。

“今” という時に、悔い改めも 救いも 恵みも受けないといけないです。

神はあわれみ深い方ですから、忍耐しながら待っておられます。


今の時を無駄にしないようにしましょう。


なぜなら、天の恵みの窓が閉まる時が来るからです。

救いに至る狭い門が閉ざされる時が来ます。


その時は 終わりの時であり、裁きの時です。


自分はまだ若いから大丈夫だと思っていますか?

自分の時ではなく、主の定まった時に すべてが起こります。


ですから主の時を知るために 知恵を求めて下さい。
v( ̄∇ ̄)v


2018.2.18
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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こんな時はどうすればいいのか

テーマは 『 こんな時はどうすればいいのか 』 です

【ヤコブ5章13-15節】

あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。

あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。

信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。

パソコンやスマホ、電化製品などを買うと、その製品の使い方や困った時の解決方法などが書かれている分厚い説明書が必ず付いてきます。


小さい文字で あまりにもたくさん書いてあるので、ほとんどの人は説明書をあまり読まないですね。

しかし困った時は 説明書を調べます。


すると そこに解決方法が書かれているので助かることが多いです。

造った人が1番その製品に対して詳しいので、きちんと解決方法を知っています。


聖書は私たちのことを “神の作品” だと呼んでいます。

すなわち人間は 神の手によって造られた作品です。


ですから私たちを1番よく知っているのは神様です。


神は(すべてを造った)創造主ですので、被造物のことを全て知っておられます。


造られた者として どのように生きるべきかを神が教えないと、私たちは分からないです。

そのことを聖書だけが正しく教えています。


神から言われた通りに生きる人は、人間を造った神の目的にふさわしく生きる人です。


神はまた 人間に何か問題が生じた時に一番有効な解決方法も創造主は持っておられます。


すでに創造主を信じ、聖徒になった人たちは 神が示した有効な解決方法を常に用いることです。

今回の本文は、その中の一部分ですが、私たちが使うと 大いに役立ちます。





苦しんでいる人は祈りなさい




私たちの人生には 多くの苦しみがあります。

別れや失敗、病気、貧困、悩み等々。


その時の一番の解決策は、まず神に祈ることです。


「祈るだけで解決されるのか」と言う人は、祈りのパワーをまったく知らない人で、神がどれほど偉大で力ある方であるかを知らない人です。
また、神がどれほど自分のことを愛しているかを知らない人です。



神は決して人間を強い者として造ったわけではなく、神に依存しながら生きるように造りました。


ですから人間は、苦しみがあると すぐに落胆し、つぶやきます。

その状態ならば苦しみが増すだけです。


ですので、神は私たちに 「助けるから苦しい時は一人で悩まないで わたしに祈りなさい。」 と解決方法を教えて下さいました。


祈ると、苦難を乗り越える力を神様から受けることが出来ますし、神のみこころを発見出来ますし、また神様から慰めを受けますし、そして助けられます。


聖書には実際にそのようにして神の恵みを受けた多くの聖徒たちの姿が出てきます。


【詩篇91編15節】

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

神様はこのように約束して下さいました。

そして そのように苦しみの時に 主に祈った現代の聖徒たちも、主の助けを受けました。


ジョージ・ミュラーは、94歳までイギリスで孤児院を経営した立派なクリスチャンでしたが、彼を有名にしたのは 5万回の祈りが答えられたことでした。


お金がない中での孤児院経営は大変ですが、彼は資金集めのためにチャリティー募金活動などをしたことがありませんでした。


彼が孤児院を維持するためにやったことは 神への祈りだけでした。

神はそのすべての祈りに答えて下さり、孤児たちを養うことが出来ました。


私も皆さんも 苦しい時に神に祈って助けてもらった証はたくさんあります。


神の言葉は真実です。神の約束も真実です。





喜んでいる人は賛美しなさい




良いことに対して1人で喜んでいる人がいます。

良いことがあったのに証をしない人もいます。


恵みと祝福を隠して、自分1人で楽しむ事でも喜ぶことでもありません。


良い恵みを与えて下さった神には 必ず栄光と感謝をささげることです。


それが神に賛美をささげることです。

歌を歌うだけが賛美ではなく、賛美する香は “神を礼拝すること” です。


礼拝の中には感謝がありますし、祈りがありますし、賛美がありますし、献金があります。


私たちが受けた恵みに対して黙っていることは罪です。

なぜなら、神に栄光をささげない行為は “恩知らずな者” だからです。


恵みを “恵み” として認識していないので “罪” と言えます。

神の恵みに感謝して、神に賛美をささげることがとても大切です。


苦しい時に神に祈ることはたくさん出来るのに、祝福された後に 神に賛美をささげる人は少ないです。






四つの福音書を読むと、様々な人の姿が出てきます。


苦しんでいる人、病気の人、悪霊に取りつかれた人などが みんなイエス様の所に助けを求めて集まってきて、皆が癒されました。

しかし感謝し、神を賛美した人は1割程でした。


10人の らい病人が癒された時に、感謝して主を賛美した人は1人だけでした。

それも、ノンクリスチャンでした。


ユダヤ人は選民でしたが、サマリヤ人は選民ではありませんでした。

選民ではないサマリヤ人が、わざわざイエス様の所に戻って来て 主にひれ伏して感謝し栄光をささげました。

これは、クリスチャンが感謝していなかったことになります。


神の恵みを一番受け、誰よりも恵みを知っているはずなのに なぜ感謝しなかったでしょうか?


クリスチャンは神からの恵みを “当たり前” と思う傾向があります。


“特別” という認識が足りないです。
恵みを受けるのが自分の権利だと思っています。


「それを いちいち言葉や行動で表さないといけないですか?」と思っているならば、賛美しなさいと言われた神のことばに逆らっている姿になります。


神様はそのような姿を喜ばないです。

恵みを受けて喜んでいるならば、まず神に賛美しなさいと言われました。


神にきちんとお礼を伝えて、栄光をささげることが聖徒としてすべきことです。




病気の人は祈ってもらいなさい




これは苦しんでいる人に祈りなさいということを、さらに強調したことでもありますが、それは病気にかかった人は苦しんでいる人だからです。

本人が祈るだけではなく、なぜ教会の指導者を招いて祈ってもらいなさいと言われたでしょうか。


医者でもなく 教会の指導者を招いて祈ってもらいなさいというのは、医者は要らないというわけではないです。


ヤコブは 優先順位のことを言いました。

医者を招く前に、まず神を求めるようにと勧めています。


教会の指導者は信徒を世話する者です。そして、聖徒のためにとりなしをする者です。

ですから信徒が病気の時には必死に神に祈ります。


私たちを造った神様ほど、人体に対して詳しい方は存在しません。


そして主は癒し主ですので、その神に まず先にお祈りすることは当然です。


その例が旧約聖書にあります。


【第2歴代誌16章12節】

それから、アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気にかかった。彼の病は重かった。ところが、その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた。

なぜこのことが聖書に書かれていると思いますか?


アサ王が、神の前にいつも悪を行う 神を知らない王だったならば、わざわざ聖書に書く必要はありません。

しかしアサ王は20人いたユダの王の中でも 四人の良い王のうちの1人でした。


もともとは神が喜ぶことを行った王であり、信仰もありました。


しかしだんだんと信仰が弱くなっていきました。

そして病気になった時に神を求めることをせず、医者を求めました。

その行動が間違えていたので、わざわざ聖書に書いて残しました。


聖徒が病気になった時に、私たちは まず何をすべきかを その箇所と今回の本文のことばで教えています。


病人にオリーブ油を塗ったのは古代社会の慣習でもありました。

治療の効果を得るためでありますが、聖書では油は神の恵みのしるしとして言われてありますので、病人に対して神様が関心を持って治療を行っていることを見せるためでもありました。


このように書かれているからと、今も必ず油を用いて祈る必要はないです。
なぜなら時代背景が変わりましたから。


イエスの名によって祈る時に神は病人を癒すことが多いです。


信仰による祈りに、神は奇跡で答え、病人を癒します。


不信仰や疑いを持って祈っても 癒しは起こりません。

神が働かないからです。


病気の中には、罪から来た病気もありますが、それが祈った人によって示され、本人が悔い改めると主がその罪を赦し、病気を癒すこともあります。


私も病人のために祈ることが多いですが、ある時には神がその人の罪を示す時があります。

すると その時は悔い改めるように勧めます。

悔い改めた後に癒された人たちもいます。


このように神様は「こういう時にはこのようにしなさいと」私たちに詳しく教えて下さったので、そのやり方を使うと間違いがないです。


自分が神様より良い方法があるならば別ですが、果たしてもっと良い方法があるでしょうか?
(゚Д゚) !!

2016.1.31
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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