からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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キリスト

復活も主のことば通りに

テーマは 『 復活も主のことば通りに 』 です

【ヨハネの福音書10章17-18節】

わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」

この言葉が話された時は、まだ何も始まっていませんでした。

ですから、この言葉を理解する者は誰もいませんでした。


聞いた多くの者が「あれは悪霊につかれて気が狂っている」と言いました。

私たちも同じことを言ったと思います。


しかし十字架の死と復活を知ってから、その意味が分かりました。



イエス様の死も、自発的なものでなかったならば、その死で人類を救うことは出来ませんでした。


父のみこころを知り、自発的に従ったので、人類を救うための十字架の死を遂げました。

そして その死は、新しいいのちの始まりのためでした。


すなわち ご自分の死は、罪の中で滅びるしかない人間に 救いの恵みを与え、自分自身が栄光の体で復活したことは信徒たちに永遠のいのちの保証を与えるためでした。



【第1コリント15章12-16節】

ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。

もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

“死からよみがえる” と主から聞いても信じなかった弟子たちは、自分たちの目でよみがえった主を見てからは皆が証人になり、復活を大胆に伝える者になりました。


福音の中で主の復活が もしないならば、いのちのないものになり、それを伝える人たちも一番哀れな者たちです。

なぜなら、死んで裁かれて終わるという希望のないものになるからです。


主は死から栄光の体によみがえりました。

主にあって死ぬ者たちも栄光の体によみがえる望みがあります。


これこそが最高の望みです。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.4.21
イースター礼拝メッセージ

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キリストの犠牲、死、復活の預言

テーマは 『 キリストの犠牲、死、復活の預言 』 です

【ルカの福音書18章29-34節】

イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者で、だれひとりとして、

この世にあってその幾倍かを受けない者はなく、後の世で永遠のいのちを受けない者はありません。」

さてイエスは、十二弟子をそばに呼んで、彼らに話された。「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子について預言者たちが書いているすべてのことが実現されるのです。

人の子は異邦人に引き渡され、そして彼らにあざけられ、はずかしめられ、つばきをかけられます。

彼らは人の子をむちで打ってから殺します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」

しかし弟子たちには、これらのことが何一つわからなかった。彼らには、このことばは隠されていて、話された事が理解できなかった。

イエス様が地上に来られた目的は色々ありますが、目的の一つに神のことばを教えることが入ってありました。


主の教えはそれまで聞いたことのない驚くべき教えでした。

人々は権威ある教えと感じました。


聞く耳がないと何一つ悟りませんが、聞く耳があるならば、悟ることが出来、主のことばはいのちのパンになります。



福音書の中に真理の教えがたくさんありますが、今日の本文では一つの教えと二つの預言があります。


まずは “犠牲” に対する教えです。


主ご自身が最大の犠牲を払って人間となって地上に来られましたし、また大きな犠牲を払うことがこの時予定されてありました。

十字架の犠牲です。




犠牲に対する教え




犠牲は必ず行動が伴います。

行動が伴わない犠牲はありえないです。


私たちが主に従って行こうとする時には、必ず犠牲が必要になります。


主に従うことは、この世の流れに逆らうことになりますので、その時に犠牲が必要です。


手放さないといけないもの、離れないといけないもの、優先しなければならないものが出て来ます。

決断して行動する時に犠牲が出てきます。




キリストの死と苦難の預言




キリストが死ぬことは旧約時代から預言者を通してずっと預言されていました。


ですからイエス様は自分がどんな苦しみを受け、死ぬかを詳しく知っていました。

旧約聖書での主の預言です。


【イザヤ書53章3節】

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

【イザヤ書53章7節】

彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

【イザヤ書53章9節】

彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。

【詩篇22編16節】

犬どもが私を取り囲み、悪者どもの群れが、私を取り巻き、私の手足を引き裂きました。



キリストの復活の預言




【詩篇16編10節】

まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。

イエス様ご自身も復活に対して前もって預言しました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

【マタイの福音書17章23節】

そして彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」

【マタイの福音書20章18-19節】

「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは人の子を死刑に定めます。

そして、あざけり、むち打ち、十字架につけるため、異邦人に引き渡します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」


このようにキリストに対する預言は、すべて正確に成就しました。

もし預言と間違ったことが起こったならば、イエス様はメシヤではありません。


しかしすべて預言通りになりましたので、イエス・キリストはメシヤです。

これを否定する人が間違えています。


預言と一致した方はイエス・キリストしかいません。

この方が罪人たちを救うために来られた救い主です。


信仰をもって信じて救われますように。
アーメン ( ̄ー ̄)


2019.3.31
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敬虔のための鍛錬

テーマは 『 敬虔のための鍛錬 』 です

【第1テモテ4章7-9節】

俗悪で愚にもつかぬ空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛錬しなさい。

肉体の鍛錬もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている経験は、すべてに有益です。

このことばは、真実であり、そのまま受け入れるに値することばです。

イエス・キリストを信じて救われた人は 以前の生き方、価値観で生きてはいけないことを神のことばで知っています。


【第2コリント5章17節】

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

新しく造られた者なので、新しい生き方、価値観、人格が必要です。


新しい人には第二の本性が必要です。

すなわち、敬虔こそが第二の本性です。


神と人との関係、生き方において キリストの心と人格を現わしていくのが敬虔な生活です。



主はこの “敬虔” を、別のことばでも表現して下さいました。


【マタイの福音書5章13-14節】

あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。

あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。

【マタイの福音書5章16節】

このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。


地の塩、世の光として生きる生活は、敬虔抜きで出来るものではありません。


敬虔への鍛錬はキリストに似ていくためのものです。



たとえば、「主は怒るのにおそく、恵み豊かである。」ので、感情的になって怒りを爆発する人ならば、自分の怒りを押さえ、感情的にならないように 自分の心を落ち着かせ、平和を作るように訓練することです。


主は人々からひどいことばで侮辱され、悪口を言われても怒らず、黙っていました。


それが主の人格でした。

敬虔な姿でした。


敬虔の鍛錬のためには、神に近づく訓練が必要です。


【ヤコブ4章8節】

神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち、心を清くしなさい。

毎日努力した分だけ、私たちは敬虔な姿になります。


敬虔のための鍛錬こそ、永遠のいのちに至る一番有益な道です。
アーメン (・∀・)


2019.3.10
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圧倒的な主の愛

テーマは 『 圧倒的な主の愛 』 です

【ローマ8章35-39節】

私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、

高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

キリストの愛は世界にある すべての愛を全部合わせた愛よりも 大きな愛だと私は思っています。

ですから、その愛を “圧倒的な愛” と表現しました。


この “圧倒的な愛” に勝てるものは一つもないです。


その愛で私たちを愛するために、キリストはこの世に来て下さいました。


罪がないことを除いては、私たちと同じものになりました。

そしてその愛を余すところなく表して下さいました。


神はキリストを通して、どれほど私たち人間を愛しているかを見せて下さいました。

その圧倒的な愛を私たちは知らなければなりません。




救いの根源は圧倒的な主の愛である




【ヨハネの福音書3章16-17節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

【第1ヨハネ3章16節】

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。

ひとり子イエス様を、罪人である私たちの “救い” のために与えて下さった愛は 普通の愛ではなく、人間には存在しない “圧倒的な愛” です。


それによって救いを可能にしました。


「なぜ私のような者のために そんなことをしましたか?」と聞くならば、主はこのように答えるでしょう。


―― あなたを愛しているから ――



愛するのに条件があるならば、それは条件的な愛であって、純粋な愛にはなりません。


神の愛は純粋な愛で圧倒的な愛です。

そしてその愛にはものすごいパワーがあります。
引き離さないパワーです。


その愛を知っているならば、この世でどんな患難や苦しみがあっても恐れる必要がありません。


なぜならば離さないほどの強い神の愛で愛されているからです。


キリストの愛は、皆さんが抱えている患難、苦しみ、危険、剣よりも決して小さなものではありません。

すべての問題を圧倒する愛です。



自分が抱えている苦しみや問題によって 主から離れようと考えているならば、それは主の愛にまだ気付いていないです。


しかし反対に、放蕩息子のように問題の中で、主の愛に気付くならば幸いです。


主が話された放蕩息子の例えは、皆さんも知っています。

お父さんの愛に改めて目覚めたのは彼が無一文になってからでした。


すべてに恵まれていた時には まったく気付いていませんでした。

ですから財産をもらって遠くに離れて行きました。



すべてを失って誰からも愛されることなく、1人で困っていた時に、お父さんの愛を思い出しました。

それで家に帰ることを決心しました。もちろん不安と恐れもありました。

お父さんが自分を受け入れてくれるかどうかは分からないので、しもべの1人になっても良いと思って帰りました。


彼が帰った時に、思っても見なかったお父さんの愛溢れる歓迎を受けて彼はびっくりしました。

その時、やっとお父さんの愛が どれほど強い愛であるのかを実感しました。




聖徒は主の愛を実体験によって
確信することが必要である





患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣などは、実際に救いを妨害するためのサタンの攻撃によるものとして現れることも多いです。

また信じる者を倒す目的でそのような試練が来ます。


そのような厳しい状況の中でも、神の愛を確信する人だけが、自分の救いと信仰を守って勝利することが出来ます。


主の愛に対しての確信がない人は、厳しい状況の中で耐えることが出来ず、主の愛を疑って、主から離れて行きます。


愛よりも強いものはないです。

神様がひとり子キリストをお与えになったほどに自分を愛しておられると思うならば、目の前の患難が主の愛より大きく見えることはないです。


迫害が主の愛を奪い取るような強力なものには見えません。



殉教した人たちは、自分を愛する主の愛をどこでも感じるので、むしろ死ぬことも喜んでいました。

神の絶対的な愛と天国への確信を持っていたので、彼らはいのちが取られてもキリストから離れませんでした。


私たちを愛しておられる主が、苦しみの中にいる愛する者たちを見捨てることなどありえないことです。


それを彼らもみな信じていました。


【第1ヨハネ4章7-11節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

福音を異邦人に伝えたパウロは、コリントの信徒たちに手紙の最後にこのように言いました。


【第1コリント16章24節】

私の愛は、キリスト・イエスにあって、あなたがたすべての者とともにあります。

主の圧倒的な愛を体験した人は、人もこのように愛することが出来ます。

アーメン (。・ω・)ノ゙


2018.9.2
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復活がもたらした祝福

テーマは 『 復活がもたらした祝福 』 です

【第1コリント15章12-19節】

ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。

もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。そうだったらあなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

キリストの復活は、ただの驚きではなく、信じる者たちに どれほど大きな祝福をもたらしたか分かりません。


信じる人々は、その素晴らしい祝福を知らなければなりません。

イースターは “祝福の日” です。


受難週には、キリストの受難について伝えましたが、
復活の日である今回は、復活がもたらした祝福は何かを伝えます。




敵に対する完全勝利




十字架の苦難も復活も、父なる神の救いの計画に最初からありました。

それによって救いは完成します。


キリストは十字架の苦難を受け、そして復活もしましたので、救いの計画は完成しました。


救いの計画を妨害しようとしたサタンの計画は、“復活” によって失敗で終わりました。

キリストの敵に対する完全な勝利は、信じる者にも同じ勝利をもたらしました。


詩篇23編は、キリストの苦難と復活がもたらした重要な預言があります。


【詩篇23編5節】

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

私たちは、私たちを迫害した敵が見ている前で、主が私たちのために用意して下さるごちそうの食事、主にきよめられた美しい姿、そして あふれる恵みの前に 感激する日が必ず来ます。




再臨の主が来られる




イエス様は すでに来られた方であり、再び来られる方です。

以前は、私たちと同じ姿で地上に来られましたが、将来は復活した体で来られます。


今は聖霊として私たちの中におられる方ですが、将来は復活の体で再臨なさいます。


【ヨハネの福音書14章18-19節】

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻ってくるのです。

いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。

主を否定する人は 主を見ることがないですが、信じる者は天国で永遠に主を見ます。




本物の福音を伝える証人になる




なぜイエス・キリストの福音だけが本物の福音でしょうか?


私達のために死に、私達のために復活した方は、イエス・キリスト以外には いないからです。


【使徒の働き4章12節】

この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

【使徒の働き16章31節】

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」


救いもないのに、(他の宗教にも)まるで救いがあるかのように伝えることは、人を騙すことです。


しかしキリストの証人は、救いがある本物の福音を伝えています。

復活した主は 弟子たちに力を与え、証人にすると約束しました。


【使徒の働き1章8節】

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」



十字架の苦難は復活につながる




十字架の苦難は険しいものでした。

しかし、その後にあるものが “復活のいのち” でした。


【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

復活のいのちは、キリストを信じることで得ることが出来ます。

キリストの復活は、人間の理性では信じることが出来ません。


ですから、“信仰” によって、信じられないことを “信じる” のです。


ある人は 目の前で起きたことに対しても、「信じられない」と言います。


2千年も前に起きたキリストの復活は、信仰によって信じることが出来ます。


【ヨハネの福音書3章36節】

御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。



主のための労苦は無駄にはならない




世の宗教は、死人に対しての供養や 死人に対しての献身を要求し、それによって “報いを得る” と言います。

それに疑いを持たずに信じる人が とても多いです。


死人に一体 何が出来ると思いますか?


彼らがどんな祝福を持っていますか?

死人が、生きている人のために一体 何が出来ますか?


もし、キリストが 復活 しなかったならば、これと同じことです。

すべてが むなしくなります。


しかし キリストは “復活” したので、結果が違います。


【第1コリント15章58節】

ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。

このように キリストの復活は、素晴らしい祝福を私たちに もたらしました。


ですから、私たちも 復活のいのちに望みを抱いて、荒野の道を歩むことが出来ます。


アーメン v( ̄∇ ̄)v

2018.4.1
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主の十字架の苦難と臨終

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【マタイの福音書27章45-50節】

さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、「この人はエリヤを呼んでいる」と言った。

また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。

ほかの者たちは、「私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることにしよう」と言った。

そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。

過去の苦しい記憶を、いつまでも覚えていることは良くないことです。

なぜなら、その記憶が 今の幸せも消してしまうからです。


それがあったから今の幸せがある と、肯定的に思うならば問題はないですが、過去の苦しい記憶に支配されているならば、その苦しみは いつまでも続きます。

ですから、良かったことは長く覚えていても、辛い記憶は早く忘れることが良いです。



イエス様は主のことで、私たちが忘れてはならないことがあると語りました。


“主がよくして下さったことと、主の十字架の苦難を忘れてはならない” ことです。


主が受けた苦しみは 主が覚えるのではなく、私たちが覚えることです。

そうしないといけないです。

「主が受けた苦しみを、いつまでも覚えてそれを記念とすること」は主からの命令でもあります。


主の十字架の死がなかったならば、罪人が救われる根拠も保証もありません。


罪人たちを救うために、主がどれほどの恥辱と苦難を実際に受けたかを知らないならば、救いの価値も分かりません。


主ご自身がどれほどの犠牲を払ったのかを、もう一度 この受難週に考えたいと思います。

主の十字架の苦難と臨終の姿を伝えます。




十字架にかかった時刻




十字架にかかったのは 午前9時でした。

そして、臨終までかかった時間は 6時間でした。

正午から3時までは ユダの全地が暗くなりました。


なぜ暗くなったでしょうか?


神の子を十字架につけて殺したユダヤ人に対する “神の厳しいさばきのしるし” とも言えます。


昔、エジプトに対して 神がさばきを下した時に、暗闇を送ったことがありました。


【出エジプト記10章21-23節】

主はモーセに仰せられた。「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみにさわれるほどにせよ。」

モーセが天に向けて手を差し伸ばしたとき、エジプト全土は三日間真っ暗やみとなった。

三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。

イスラエル人を迫害したエジプトの民に、神はさばきを下しました。

そして主イエスを迫害し殺したイスラエルの民に対しても、主は同じくさばきを行います。


その “しるし” としての暗やみと言えます。




最後に何を叫んだのか




主は死ぬ前に、最後の力を振り絞って何を叫んだでしょうか?


「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」でした。

これは詩篇22編1節の成就でした。


「わが神、わが神。どうして、わたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。


父なる神との結びつきが強かった主の口から出る このことばは、イエス様の “霊の叫び” でした。



母親に捨てられた時に、幼子が「ママ、行かないで」と泣き叫ぶ時の叫びと、お腹が空いて泣き叫ぶ声が同じでしょうか?

捨てられた時の叫びは、恐れと不安、孤独から来る たましいの叫びです。




神のひとり子イエス様が、なぜ父なる神から捨てられ辛い目に会わないといけなかったでしょうか?


それは “人類の罪の問題と罪の深刻性” でした。


そして「その人類を贖うための大使命」が、イエス様に懸かっていたからです。


人類の罪を背負って 十字架にかかったイエス様は、罪に対する裁きをその身に受け、死ななければなりませんでした。


愛の目だけで見るならば、神がイエス様を十字架につけて見捨てることは出来ません。


しかし罪に対して正しい裁きを行う神の目で見るならば、捨てられて死刑を受けることは罪に対する当然の報いでした。

そこには 少しの憐れみも愛もありませんでした。



十字架でのイエス様は、神の裁きを受ける姿でした。

神の裁きを受けなければならないほど、人類の罪は深刻でした。



イエス様が受けた苦しみは、恐ろしい肉体の苦しみがありました。

そして人々から受けた侮辱やののしり、あざけり、愛する者たちの裏切りによる 精神的な苦しみがありました。


しかし、最もイエス様が感じた苦しみは、しばらくの間でも父なる神と断絶しなければならない “霊的苦悩” でした。


しかし、主は 全人類のために 自分を贖いのいけにえとしてささげることを決心したので、すべての苦しみをその身に受け、最後まで主の御心に従順しました。


深刻な混乱と苦しみの中でも、ただ父なる神を見上げ、すべてを委ねたので真の勝利を得ることが出来ました。




主の臨終の姿




主は最後に、もう一度大声で叫んで息を引き取りました。

どのようなことばが最後のことばになったでしょうか。


【ヨハネの福音書19章30節】

イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

「完了した」は、自分の使命をすべて成し遂げたという “勝利宣言” でした。


人生を全うした意味ではありません。

主は33歳という若さでした。寿命を全うして死ぬ年ではありません。


神のみこころを全うするために来られ、その働きを終えたという意味です。

そして、続いて語ったことばが 次の箇所にあります。


【ルカの福音書23章46節】

イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。

自分のたましいを、いのちの主権者である父なる神に委ねました。


神が受け取ったイエス様の霊は、どんなに尊い霊でしょうか。

もし宝石に例えるならば、光輝いて見ることが出来ない輝きのある霊だと思います。


罪のために汚れて暗くなった人類の醜い霊とは到底比べることも出来ないものです。

父なる神の手に委ねられた主の霊は、再びいのちを得て 世の光としてよみがえります。


来週はイースターです。


主は、私たちのために十字架にかかって死に、また 私たちのためによみがえりました。

そのことを信じていますか?

アーメン ヽ(TдT)ノ


2018.3.25
受難週礼拝メッセージ

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サタンの策略を知る必要がある

テーマは 『 サタンの策略を知る必要がある 』 です

【第2コリント2章11節】

これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません。

サタンが存在していること、実際に活動していること、そしてどこで何をしているのか知っていますか?

サタンはどんな策略を持っているのか知っていますか?


人々の中にはサタンの存在を全面的に否定する人もいれば、(存在は)認めていますが、サタンに対して何も知らない人もいると思います。

また、ある人はサタンに対して詳しい人もいると思います。



サタンは存在しています。

霊の存在なので、目には見えませんが確かに存在しています。


悪魔とも悪霊とも呼ばれ、今も活発に年中無休で熱心に働いています。

良いことのためではなく、悪いことのために働いています。


その熱心な働きぶりを聖書は次のように言っています。


【第1ペテロ5章8節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

人間を食い尽くすために、この世界で活発に働いています。

サタンは最初から目的を持って働き、その働きを成功させるために あらゆる策略を立て、それを使って成功を収めています。


サタンの働きの目的を、イエス様はご自分の目的と比較しながら教えて下さいました。

サタンを盗人に例えました。


【ヨハネの福音書10章10-11節】

盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。

わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

本当にその通りの働きを イエス様も、そしてサタンもしました。

サタンはどのような人に対しても良いことはしません。


初めは良いことをしているかのように見せかけますが、最後は盗んだり、殺したり、滅ぼして終わります。


そのために多くの策略を持ってあります。



私たちがサタンに騙されないためには、サタンの策略を知らなければ 必ず騙されてひどい目に会います。


次の箇所にも 策略のことばがあります。


【エペソ6章11節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

悪魔は攻撃する策略を立てます。

ですから悪魔の攻撃に負けないためには、悪魔の策略を知る必要があります。






たとえば、平昌オリンピックが始まると 韓国と北朝鮮の間に南北融和ムードが広がりました。


どう見ても 偽の平和なのに、これが真の平和への道だと騒いでいる韓国の文大統領、オリンピックを利用して平和攻勢をかける北朝鮮の腹黒い策略、この策略に騙されないトランプ大統領。


トランプ大統領は 北朝鮮の策略を知り、彼らの本質を見抜いているので、史上最も強い制裁をこの時期に表明しました。


単に国と国との対決だと思いますか?
――そうではありません。

陰で活発に働くのはサタンの力です。






サタンが巧妙な策略で働く目的は何でしょうか?


根本的な目的は、人間に罪を犯させ、神の働きを妨害し、惑わして混乱を起こし、罪に定めて永遠の滅びの道に陥れることです。


そのために嘘、偽り、惑わしの策略を企てます。


真理と真実を “偽り” に変え、人を騙します。

この策略は最初から成功しました。


アダムとエバを騙しました。

彼らはサタンに騙されて神のことばを疑い、神のことばを信じず、逆らいました。


サタンのこの策略は、いつも活発に使われてあります。

騙される人が多いので、一番多く使われています。


真理と真実を はっきり知らないと、嘘にすぐ騙されてしまいます。


本人は騙されていることにも気付かないことが多いです。



旧約聖書ネヘミヤ記6章で、サタンの策略が どのようなものなのか知ることが出来ます。


ネヘミヤに罪を犯させ、神の仕事を妨害しようとする策略が出て来ますが、その策略を見抜いて騙されず、神の仕事を完成させていくネヘミヤの姿が ここにあります。


【ネヘミヤ記6章1-19節】

さて、私が城壁を建て直し、破れ口は残されていないということが、サヌバラテ、トビヤ、アラブ人ゲシェム、その他の私たちの敵に聞こえると、――その時まで、私はまだ、門にとびらを取りつけていなかった――

サヌバラテとゲシェムは私のところに使いをよこして言った。「さあ、オノの平地にある村の一つで会見しよう。」彼らは私に害を加えようとたくらんでいたのである。

そこで、私は彼らのところに使者たちをやって行った。「私は大工事をしているから、下って行けない。私が工事をそのままにして、あなたがたのところへ下って行ったため、工事が止まるようなことがあってよいものだろうか。」

すると、彼らは同じようにして、四度も私のところに人をよこした。それで私も同じように彼らに答えた。

サヌバラテは五度目にも同じようにして、若い者を私のところによこした。その手には一通の開封した手紙を持っていた。

それには次のように書いてあった。「諸国民の間に言いふらされ、また、ゲシェムも言っているが、あなたとユダヤ人たちは反逆をたくらんでおり、そのために、あなたは城壁を建て直している。このうわさによれば、あなたは彼らの王となろうとしている。

また、あなたはエルサレムで、自分について宣言させるために、預言者たちを任命して、『ユダに王がいる』と言わせている。今にこのようなことが王に聞こえるであろう。さあ、来なさい。いっしょに相談しよう。」

そこで、私は彼のところに人をやって言わせた。「あなたが言っているようなことはされていない。あなたはそのことを自分でかってに考え出したのだ」と。

事実、これらのことはみな、「あの者たちが気力を失って工事をやめ、中止するだろう」と考えて、私たちをおどすためであった。ああ、今、私を力づけてください。

私がメヘタブエルの子デラヤの子シェマヤの家に行ったところ、彼は引きこもっており、そして言った。「私たちは、神の宮、本堂の中で会い、本堂の戸を閉じておこう。彼らがあなたを殺しにやって来るからだ。きっと夜分にあなたを殺しにやって来る。」

そこで、私は言った。「私のような者が逃げてよいものか。私のような者で、だれが本堂に入って生きながらえようか。私は入って行かない。」

私にはわかっている。今、彼を遣わしたのは、神ではない。彼がこの預言を私に伝えたのは、トビヤとサヌバラテが彼を買収したからである。

彼が買収されたのは、私が恐れ、言われるとおりにして、私が罪を犯すようにするためであり、彼らの悪口の種とし、私をそしるためであった。

わが神よ。トビヤやサヌバラテのあのしわざと、また、私を恐れさせようとした女預言者ノアデヤや、その他の預言者たちのしわざを忘れないでください。

こうして、城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。

私たちの敵がみな、これを聞いたとき、私たちの回りの諸国民はみな恐れ、大いに面目を失った。この工事が、私たちの神によってなされたことを知ったからである。

また、そのころ、ユダのおもだった人々は、トビヤのところにひんぱんに手紙を送っており、トビヤも彼らに返事をしていた。

それは、トビヤがアラフの子シェカヌヤの婿であり、また、トビヤの子ヨハナンもベレクヤの子メシュラムの娘を妻にめとっていたので、彼と誓いを立てていた者がユダの中に大ぜいいたからである。

彼らはまた、私の前でトビヤの善行を語り、私の言うことを彼に伝えていた。トビヤは私をおどそうと、たびたび手紙を送って来た。

敵はあらゆる策略を企てて、しつこくネヘミヤを攻撃しましたが、ネヘミヤは彼らの本質を見抜いていたので、騙されず、一切の妥協もせず、一歩も彼らに近づかず、最初から決めた通りの神の働きに専念しました。


そして いつも神に祈り、神に助けとあわれみを求めました。

そのようにして崩れた城壁の修復を52日で完成させ、敵に勝利することが出来ました。


サタンの策略を知るためには、何よりもサタンの本質を見抜くことです。


サタンは悪そのものです。サタンの中に、善は存在しません。


神のことばを引用して使っても、サタンは “悪” そのものです。

「盗む、殺す、滅ぼす」以外にないです。


ですからサタンがどんなに美しい姿で現れたとしても、本質は何一つ変わりません。


平和を語っても、それは “策略” であって “真実” ではありません。

策略を知れば知るほど、相手の動きを見抜くことが出来ます。


【第2コリント11章13-15節】

こういう者たちは、にせ使徒であり、人を欺く働き人であって、キリストの使徒に変装しているのです。

しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。

ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさわしいものとなります。

アーメン ( ̄‥ ̄)=3

2018.2.25
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主の時

テーマは 『 主の時 』 です

【第2ペテロ3章8-10節】

しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

私たちの時間の測定方法は、1日を24時間にして日、月、年、世紀と数えていきます。

その時間は 私たちのいのちの時間、すなわち “肉の時間” です。


神様はそのような時間測定はしません。

“永遠” とは、時間を気にしない領域です。


主は永遠に存在する方なので1日が千年のようで、千年が1日のようです。


しかし被造物の世界で 主が働く時には、主は時を定めて働きます。

自由気ままに働くのではないです。


聖書を読むと、いつも主は時を決めて みわざを現しました。

それは主ご自身のためではなく、人間に約束と希望を与えるために そのようにしたと思われます。


主は時間の中で生きる人間に、もう一つの時間が存在することを教えました。


それは、“主の時” です。

神様は、主の時がもっと重要であることを教えています。


その時間とは 数えるための時間ではなく、“主のみこころがなる時” のことを言います。


主の計画が行われる日のことを言います。


もし私たちが人間の時間だけを考えるならば、神のみこころの時とズレが生じます。

そうすると、神のみわざを見逃したり、時を見分けることも、時を用いることも出来ないです。


【伝道者の書3章1節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

ここで言う “時” も、人間が決めた時ではなく、主が決めた時です。


知恵ある人は この時をよく見分け、その時を最大に用います。


救い主イエス・キリストがこの世に来られるという預言は、すでに創世記3章15節にありました。


【創世記3章15節】

わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。

それから長い時間が過ぎました。

それは人間にとって長い時間で、主の時が来た時に イエス様が約束の救い主として この地上に来られました。

しかし30年間は活動しませんでした。


そして主は、ご自分の時に 公の活動を始めました。


カナの婚礼に招かれた時も、
母マリヤが「ぶどう酒がありません」と イエス様に言った時に、
主は「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。私の時はまだ来ていません」と言われました。


少しの差だとしても、人の時ではなく、主の時に働くことを明確にしました。


主を信じる人は、特に主の時を優先しなければなりません。


主に導かれて動き、私たちの先を行かれる主に従っていかないといけないです。


勝手に飛び出して、主に対して「(主が)私について来なさい」ではいけないです。




主の再臨の時




これから注目しないといけないのは、“主の再臨の時” です。

主は再び再臨すると約束しました。


主の再臨は信じる者には喜びの日ですが、同時に この世が主によってさばかれる日でもあります。


再臨の時の様子で、まずは “空中再臨” です。


【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

そして、次の箇所は “地上再臨” の時の様子です。


【ゼカリヤ書14章3-4節】

主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。

地の王たちは主に逆らい、国々も民たちも悪を行っている姿を 主は知っていますが、なぜ いま裁かないでしょうか?


主は時間をかけて、麦と毒麦を分ける作業をしておられます。

そして毒麦として分けられた悪人たちに対しては、「厳しく裁く」と宣言しました。


「いつ再臨がありますか?」と 人々は正確な時間を教えて下さいと願いました。

しかし、主はこのように答えました。


【マタイの福音書24章36節】

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい、あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

人間が考えるような時は教えませんでした。

神の時に実現されるので、人間に教える必要もないです。


ただ盗人のように来るから しっかりと主の時を用意して待ち望みなさいと言われました。




救いと恵みの時




【第2コリント6章2節】

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

自分の耳に、誰かを通して福音が伝えられた時が、“神の恵みと救いの時” です。


その時を逃してしまい、救われることもなく、永遠の滅びに入った人がどれほど多いか分かりません。

地獄は、永遠に自分の胸を叩きながら後悔する場所です。


「あの時、神が救いの手を伸ばしたのに、私がその手を振り切ったから、こんな辛い場所に来てしまったんだ」と、泣き叫びます。


神の救いの時、恵みの時を無視しつづけて救われないまま死ぬならば、永遠に救いはないです。


死んでからは救いも恵みも受ける時は来ないです。




悔い改めの時




自分が悔い改めたいからと言って、いつでも悔い改めることが出来るわけではないです。


悔い改めも、“神の恵み” がないと出来ません。

口先だけの悔い改めは悔い改めではないです。


罪を悲しみながら心を引き裂く悔い改めこそが 本物の悔い改めです。


【第2コリント7章9-10節】

今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。

神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

世の事で悲しみながら泣く者は多いです。

しかし、泣くから問題が解決されるわけでもないです。


本当に私たちが悲しみながら泣かないといけないのは、自分の罪を悔い改めながら泣くことです。


すると、神から罪の赦し、救い、平安を受けることが出来ます。



神から「神に立ち返って悔い改めなさい」と言われた時には「今ですか?後で悔い改めをします。」とは言わないで下さい。


“後で” という思いは、サタンから来る 誘惑の思いです。


私たちは明日の事は分かりません。

“今” という時に、悔い改めも 救いも 恵みも受けないといけないです。

神はあわれみ深い方ですから、忍耐しながら待っておられます。


今の時を無駄にしないようにしましょう。


なぜなら、天の恵みの窓が閉まる時が来るからです。

救いに至る狭い門が閉ざされる時が来ます。


その時は 終わりの時であり、裁きの時です。


自分はまだ若いから大丈夫だと思っていますか?

自分の時ではなく、主の定まった時に すべてが起こります。


ですから主の時を知るために 知恵を求めて下さい。
v( ̄∇ ̄)v


2018.2.18
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目的別みことば

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救われた人の生き方と神の要求

テーマは 『 救われた人の生き方と神の要求 』 です

【第1ペテロ1章13-17節】

ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。

従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、

あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。

それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。

また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。

信じる人も信じない人も、あらゆる目的で聖書を読んでいます。


聖書は 正しく言うならば、信じる人のために神が与えてくださった神のことばです。


【第2テモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

聖書には 信じる者への教えと戒め、命令などがたくさんあります。

今日の本文からも それらのものを受け取ることが出来ます。


救われた者がどのように生きるべきか と、神の要求を知ることが出来ます。


人間にとって一番大切で、重要で、必要なものは何か知っていますか?


それはイエス・キリストに出会う事、キリストに会ってたましいが救われること、そして日々 神を知ることです。


これ以上に価値あるものはありません。


もちろん神に対して、救いに対して 無知であった時は、そうは思いませんでした。

神を知り、救われた後に初めてその重要性、価値を知りました。


人を罪や無知、滅びから救い出した神は、その人がどのように生きるべきか、神が求めるものは何かを教えて下さいました。






神が人々を救った後に、その人に要求する最も大切なものが二つあります。


1つは、“私たちが聖なる者になること”、そしてもう1つは、“神に栄光をささげること” です。


救われる前の人間の姿は、神に対しては無知、不従順、不信仰、そして様々な欲望に従って歩んでいました。

それはむなしい生き方でした。


なぜなら神の裁きの日には、その生き方によって裁かれ、永遠の滅びと永遠の死を迎えるからです。


神は、すべての人間が そのような生き方をして滅びていくので、あわれみ深い神はイエス・キリストによる救いの道を用意して下さいました。


“救い” は全世界の人々に差別なく開かれてあります。


【ローマ10章13節】

「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。

しかし、救われた後は “新しい生き方をしなければならない” と明確に教えています。

救われたことは、神の子どもになったことを意味します。


神の子どもは神に似る者にならなければならないです。


すなわち聖なる者になることです。


これを知らない人が多いです。

神は選民にしたイスラエルの民に、それを繰り返して要求していました。


【レビ記11章44-45節】

わたしはあなたがたの神、主であるからだ。あなたがたは自分の身を聖別し、聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。地をはういかなる群生するものによっても、自分自身を汚してはならない。

わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した主であるから。あなたがたは聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。」

【レビ記19章2節】

「イスラエル人の全会衆に告げて言え。あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。

【レビ記20章7-8節】

あなたがたが自分の身を聖別するなら、あなたがたは聖なる者となる。わたしがあなたがたの神、主であるからだ。

あなたがたは、わたしのおきてを守るなら、それを行うであろう。わたしはあなたがたを聖なる者とする主である。



聖なる者になるためには、私たちの内側を変えなければなりません。


イエス様は 厳格に宗教儀式を守りながら、自分を敬虔な者と思っていたパリサイ人、律法学者、祭司たちに対して「偽善者、まむしのすえども、蛇ども」と呼びました。

さらに、白く塗った墓、外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいであると叱りました。


彼らには地獄に行くとも言いました。

それは彼らが、主が期待する聖なる者でなかったからです。


彼らは内側をきよめることには関心が無く、人によく見せたい思いだけで 偽善の仮面をかぶった生き方をしていました。


彼らは 心と行いを見て、公正に裁く神の存在を無視していました。

神は人が無視したから無視される方ではなく、厳しくその行いに対して裁きます。



信じる者は、以前と変わらない生き方をするのではなく、聖なる者になるための努力を日々しなければなりません。


再臨するキリストを迎えたいならば なおさらです。

自分の人格を変えることから始めないといけないです。


霊肉ともに汚れないように、シミがつかないように、偽善にならないように、神の前に恥かしくないように正しく、真実に、従順に生きることです。


自我を捨て、悪い習慣を捨て、悔いた心を主の十字架の祭壇にささげ、祈りで自分を整え、みことばの黙想によって自分自身を訓練していく時に、内側はますます聖なるものに変わっていきます。


また次の箇所にもあります。


【詩篇1編1節】

悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。

生き方によって罪から離れることです。


そうしていくならば、だんだん内側が変わり、それによって人格が変わっていきます。






神に栄光をささげる生活を神は要求します。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

このように言われました。


私たちがキリストにあって信仰をもって歩み、愛をもって行い、希望をもって 主と共に歩みながら主の喜ぶことをするならば、それによって主に栄光をささげることができます。


難しく考えないで主が喜ぶことをするならば、主もそれを喜びます。

主が喜ぶことが、主に栄光をささげたことになります。


神に栄光をささげる生活をしていますか?

正しいこと、神が喜ぶ生活をしていますか?

そのことを気にしながら生きていますか?


主は恵み豊かな方ですが、今度は裁き主として再臨なさいます。


自分を聖別しながら、神の栄光のために生きるならば、主がいつ来られても問題はありませんが、何もしてないならば、わざわいになります。
アーメン (*゚∀゚)っ


2018.2.11
聖日礼拝メッセージ

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人が失ったものを回復させて下さった主

テーマは 『 人が失ったものを回復させて下さった主 』 です

【ヨハネの福音書14章6節】

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

「イエス・キリストをなぜ信じますか。」
「イエス・キリストが何をしてくれましたか。」と 聞かれたなら、何と答えますか?


信じる理由はあると思います。

理由もなく信じることはないです。


「イエス・キリストは何をしてくれましたか?」という質問にも きちんと答えられますか?

もし知らないならば、明確に知る必要があります。


イエス様は、私たちが もっと主を知ってほしいと願って、いつも自分のことを教え、また実際の働きを通して見せました。

本文でも自分が誰なのかを教えて下さいました。


イエス様がなぜ「道、真理、いのち」でしょうか。


それにはどのような意味があるでしょうか?


それを知るためには 創世記を読まないと理解が出来ません。


創世記を読むと、人間は本来 何を持っていたのかを知ることが出来ます。

神が最初の人間であるアダムを造った後に、何をしたでしょうか?


【創世記1章27-28節】

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

【創世記2章8-9節】

神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。

神は人間に被造物を支配する権威と祝福を最初から与えました。

何一つ不足がない祝福でした。


何の心配や不安もない生活を送れるように、神が祝福して下さいました。

しかし、“ひとつだけ” 気を付けるように言われたことがありました。


【創世記2章16-17節】

神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

エデンの園は平和で祝福に満ちていましたし、人間は何の不自由もなく暮らしました。


創世記2章までは完璧な世界でした。






しかし そこに忍び寄るものがありました。


蛇ですが、ただの蛇ではなく、サタンが入っていました。

とても悪い目的を持って近づきました。


そして人間を “偽り” で惑わし始めました。

それに対して、人間は あまりにも簡単に惑わされてしまいました。


“善悪の知識の木” は、人間が神のことばに従順するかどうかを試すための木でありました。


人間は、“神による被造物であること” を忘れず、いつも覚える必要がありましたし、神のことばに従う義務がありました。



悪魔はそれを知って、人間を誘惑するために近づきました。

神が禁じた善悪の木に対して、悪魔は次の箇所で言いました。


【創世記3章4-5節】

そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

あなたがたがそれを食べる時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

このことばは真実でしょうか?

それまで人間は 神様のことばしか聞いていませんでした。


ですから、サタンのことばが “新鮮” に聞こえたかも知れないです。

それが とても魅力的なことばだったので、余計に耳を傾けました。


神のようになりたいので、食べたくなったのでしょう。

そして、「食べても死ぬわけがないだろう」 と思ったことでしょう。


偽りが真実に、真実が偽りに聞こえました。


しかし食べた後、彼らは騙されたことに気づきました。

神になったわけでもなく、反対に恥ずかしい思い、不安、神へ恐れが出てきました。



そして神が現れ、彼らに警告した通りのさばきを下しました。


【創世記3章23-24節】

そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。

こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。

天国のようなエデンの園から追い出された人間には 地獄のような苦しい生活が待っていました。

天国を知っているからこそ、地獄のような生活は惨めだったと思います。


神が祝福として与えたすべてのものを人間は一瞬にして失いました。


いのち、神との交わり、エデンの園、平安、地を支配する権威、清さなど、良いものを全て失いました。

どんなに悔いても “後の祭り” でした。


失ってから その大切さを知ることが多いです。


しかし人間の力で失ったものを取り戻せたでしょうか?

―― 取り戻せなかったです。
人間には、そんな能力や力もないです。


そしてサタンは、人間を騙したことを謝って償ったでしょうか?

サタンは人間を騙して堕落させたことを喜び、そして人間を支配する者になりました。


それによって人間は、“惨めさと絶望しかない” 状態になりました。


そこで、このことを残念に思った方がいました。

それは人間を造った神でした。


人間の堕落がなかったならば、救いの計画は要らなかったはずです。

しかし堕落してしまったことで すべてが変わってしまいました。


そして人間は堕落によって、神を大いに失望させました。


でも人間は反省もせず、失ったものだけで苦しんでいました。

取り戻す すべがなかったからです。






そこで愛の神は、人間を永遠に捨てることをせず、再び人間が失ったものを取り戻す方法を考えました。


無力な人間の代わりに 神の力で、失ったいのち、閉ざされた天国への道、相変わらずサタンに騙されている人間を救い出すための大プロジェクトを始めました。


その働きに一番ふさわしい方は、神のひとり子・イエス様しかいませんでした。


ですからイエス様は、その働きをするために神に遣わされて人間となって地上に来られました。


そして偽りの中で生きている人間に 真理を語り、偽りの正体も明らかにしました。


【ヨハネの福音書8章44-47節】

あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

しかし、このわたしは真理を話しているために、あなたがたはわたしを信じません。

あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。

神から出た者は、神のことばに聞き従います。ですから、あなたがたが聞き従わないのは、あなたがたが神から出た者でないからです。」

そしていのちを与える主であることも知らせました。


【ヨハネの福音書5章24節】

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

真理しか語らない方ですから、このことばも真理であり真実です。


イエス様ご自身も、十字架で死んだままで終わったのではなく、死の力を持つ悪魔に勝利して “復活” しました。


ですから信じる者にも復活のいのちを与えることが出来ます。


そしてイエス様によって天国への道も開かれました。


【ヨハネの福音書14章3節】

わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。

このようにイエス様は地上に来られ、人間が失ったすべてものを取り戻しました。


そして、信じる者に イエス様は取り戻したものを回復させて下さいます。


【ヨハネの黙示録22章13-14節】

わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」

自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。

イエス・キリストが地上に来られた目的は これ以外も多いですが、すべて私たち人間のためであることを知り、信じ、感謝する者になりましょう。


この恵みを受け取る人が幸いです。
アーメン ヽ(TдT)ノ


2017.12.24
クリスマス礼拝メッセージ

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