からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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イスラム教

聖書に出てくる地域教会②

テーマは 『  聖書に出てくる地域教会② 』 です

【第2コリント8章1-5節】

さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。

苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、

聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。

そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。

先週に続いて、今週も 聖書に出てくる地域教会に対して伝えます。


メッセージを準備している時に、イギリスで10年間活動している宣教師の話を聞いて、本当にショックでした。


これまでに5千以上の教会が消え、多くの教会だった建物がイスラムのモスクになり、宣教の父と呼ばれたウィリアム・ケアリーを記念して建てた教会までも、今はイスラムのモスクになったという話でした。


そして、多くのクリスチャンがイスラム教に変わったと聞いてさらにショックでした。

なぜそうなったのかについては、別の機会に話したいと思います。


そして聖書に出てくる地域教会があったところのほとんどがイスラム化しました。
エルサレムにも多くのアラブ人がいて、ソロモン神殿があった場所にイスラム寺院の黄金のドームがあります。

イスラム教徒はそこで礼拝をしているので、これらの現実を見ると、とても悲しくなります。


なぜこうなってしまったのかは、クリスチャンたちに責任があり、神に責任はありません。

当時の信徒たちの信仰や活動を、今の自分たちの姿と比べると大きな差があります。


そのことに気付かないと、信仰はさらに形式的になって衰退し、いつか神に対して背を向け、場合によってはイスラム教に変わる人たちも多く出てきます。



20世紀は民主主義と共産主義の戦いがあり、そして共産主義は消えていきました。


しかし21世紀はイスラム教とキリスト教が対立する時代になります。


有力な人たちが口を揃えてそのように話していますし、実際それが始まったことも私たちは見ています。

キリスト教が優勢ではないです。
毎年2千万人のイスラム教徒が増えていると言われています。


イエス様が次のように語りました。


【マタイの福音書24章9節】

そのとき、人々は、あなたがたを苦しいめに会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。

クリスチャンが迫害されることは、イスラム教の勢力が強くなることを意味します。


今もISの人たちは異教徒にイスラム教に改宗することを要求しますが、それを断ると すぐに連れ出して殺します。

既にたくさんの人々が殺されました。


ですから、私たちが本来あるべき姿に戻らないと、堕落して取り返しのつかない事になってしまいますので、今日も教会の姿を真剣に学んでいきましょう。





マケドニヤの諸教会




マケドニヤ教会は、今のマケドニヤ共和国ではなく、ギリシャ北部にあるバルカン半島の地域にある教会でした。

パウロは幻に招かれてマケドニヤに行きました。そのいきさつは、使徒の働き16章にあります。


【使徒の働き16章9節-10節】

ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。

パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。

出かけて行った最初の町がピリピで、マケドニヤ地方にある一番大きな町でした。

マケドニヤの諸教会とは、その地域にあるピリピ教会、テサロニケ教会、べレア教会を含めて言います。


ピリピ教会は、パウロの伝道によってヨーロッパで最初に出来た教会でした。

最初に信徒になった人は、紫布の商人でルデヤという女性でした。


ピリピの看守やその家族、また献身的な女性信徒たちがその教会のメンバーでした。


マケドニヤ教会にはギリシャ人やローマ人が多くいて、ユダヤ人は少なかったです。

ピリピ教会は献身においても信仰の深さにおいても他の教会よりも優れていました。



その当時、教会は外部からも迫害がありましたし、社会の中でも不利な立場にありましたので、経済的にもとても貧しかったです。

しかしその中でもマケドニヤの諸教会は素晴らしいことをしました。


それは その極度の貧しさの中でも、ききんのために苦しんでいるエルサレムの信徒たちのために献金をささげたことでした。

それも 頼まれたからではなく、困っていることを聞いて、自ら進んで 力以上に惜しみなく捧げました。


この献金の姿勢はパウロが褒めるほどの模範的な姿でした。

信仰は献金にすごく反映されます。


信仰がある人たちは、自分が持っているものは神から与えられたものであるという認識があるので、神のみこころに従ってそれを使います。そして天に自分の宝を積み上げます。


しかし信仰が薄い人たちは、自分の物という認識が強いので、惜しむ心があり嫌々ながら捧げます。そして天よりは地上に蓄えることに熱心です。

もちろん施しにもあまり関心がないです。


献金や施しは、たくさん持っているからといって出来るのではないです。

基本的に(お金や物をたくさん)持っている人はケチな人が多いですし、施しにも消極的です。


教会でも同じことが言えます。ケチな姿勢を変えない限り、喜んですることは出来ないです。


献金や施しは、神の恵みに対する “感謝の表現” です。

神と隣人に対する愛がある人は自発的にします。
イエス・キリストの犠牲と愛の精神を現す方法として ささげものをします。


ピリピ教会は主のためだけではなく、主のしもべであるパウロのためにも何でもしてあげたいと願った教会でした。

それについてパウロは、ピリピ教会に手紙を送りました。


【ピリピ4章14-16節】

それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。

ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。

テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。

それによってパウロはとても励まされたと思います。

パウロが投獄されたことで、失望したり 弱くなったりもしましたが、パウロの働きに愛をもって協力した教会でした。


そしてベレア教会に対して、次の箇所に書かれています。


【使徒の働き17章11-12節】

ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。

そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。

マケドニヤの諸教会から学べるのは 喜んで献金や施しをすること、また熱心にみことばを聞き、毎日聖書を調べること、教会や主のしもべに協力する姿です。


その人や教会に与えられる祝福は次の箇所にあります。


【ピリピ4章18-19節】

私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。

また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。

主に捧げる人は主が祝福します。

しかし 主にささげることをケチる人には、主の祝福の約束は来ないです。





コリント教会




コリント教会の姿は、【コリント人への手紙】を読むと よく分かります。

聖書に出てくる教会の中でも、一番問題が多かったかも知れません。


【使徒の働き18章】に コリント教会がどのようにして出来たのかが書かれています。

パウロはコリントで、アクラとプリスキラ夫婦と一緒に働きをしました。
そこでもユダヤ人からはすごく迫害を受けましたが、多くのコリント人が救われました。


パウロは主の命令によってコリントに1年半いながら神のことばを教え続けました。
しかしコリント教会には多くの問題がありました。

それは彼らの社会背景にも問題があり、コリント人の気質にも問題がありました。


コリントは港で商業都市でした。
ローマの世俗文化が盛んでしたし、偶像崇拝、哲学的宗教、性道徳に とても乱れていました。

その中で人間関係も打算的で殺伐としていました。


キリスト教の福音を簡単に受け入れはしましたが、彼らはコリント文化の否定的な影響を清算出来ず、パウロがいる間は教会に秩序がありましたが、パウロが新しい宣教地を求めて教会を離れると、信徒たちはあらゆる誘惑や間違った教え、また罪の中に巻き込まれるようになりました。


そこで教会の中に分裂や性的罪が起こったり、聖餐式でも無節制な態度を見せました。

またパウロの使徒職に対しても疑う者たちがいました。


真理でない世のものが教会に入り、様々な問題が生まれました。

これはコリント教会だけの問題ではないですね。
偶像崇拝を長くしてきた人やそういう文化の中で育った人々は同じく直面する問題です。


日本はコリントと似たような社会です。
世俗文化や偶像崇拝が盛んであり、性道徳も乱れています。

クリスチャンになっても、それが清算出来ない人が多いです。


日常的にぶつかることが多いので つい妥協して周りの人たちと調子を合わせることが多いです。

それが本人にとっても楽です。
しかし救われた人にそれはふさわしくない姿です。


パウロは問題の多いコリント教会に対し、様々な問題について何が正しいのかを真理のことばで教えました。

第1と第2の長い手紙を送りました。


コリントの手紙を読んでみて下さい。ただ、時代背景もあるので解釈には気をつけて下さい。

手紙の最後に、パウロは 警告と勧めのことばを送りました。


【第2コリント13章5節】

あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか。―あなたがたがそれに不適格であれば別です。―

信仰に立っているかどうかは、自分がキリストに属しているかどうかをよく調べることです。


信仰歴が長い人でも自分の中に主がおられるかどうかに対して確信が持てず疑う人たちもいます。
自分の信仰をはっきりしないといけないです。


【第2コリント13章7節】

私たちは、あなたがたがどんな悪をも行わないように神に祈っています。それによって、私たち自身の適格であることが明らかになるというのではなく、たとい私たちは不適格のように見えても、あなたがたに正しい行いをしてもらいたいためです。

悪を悔い改めて正しい行いをするように勧めています。


【第2コリント13章8節】

私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。

真理に逆らってはいけないと警告しました。

真理に逆らうことはイエス・キリストと福音の真理に逆らうことです。


【第2コリント13章11-12節】

終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。

聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。

まだ教会の分裂の傷を完全に克服していないコリント教会に対して、教会の一致と聖徒の交わりを希望してパウロは聖徒たちを激励しました。

これらの警告と勧めのことばは、コリント教会だけに向けられるものではありません。


自分の中でも悔い改めて立ち返らなければならないものはないのかを考えることです。


今は悔い改めのチャンスです。赦しを受けるチャンスです。

また、初心に帰る時です。信仰を新しくするチャンスです。


教会の姿は自分たちの姿でもあります。

良いものは取り入れ、直すべきところは直していきましょう。
( -д-)ノ

2015.7.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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曜日別の祈りです(リニューアルしました)
今日の祈り

神様からの警告のことばです(新コーナー)
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

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今日の「いのちのパン」

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

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キリスト教とイスラム教の違い

【ヨハネの福音書3章16-21節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

イスラム諸国やイスラム教に対しては毎日聞いていますが、その内容はニュースでもあまり教えないので、今日は正しく学びたいと思います。


イスラム国が「キリスト教との宗教戦争」と勝手に言い出して戦いを挑んでいますが、 彼らの姿がイスラム教を代表しているのではありません。

先入観だけでイスラム教を誤解するのではなく、彼らが信じている宗教とキリスト教とは何が違うのかを知ることが大切です。


現在、約12億人のムスリムが存在するとされています。
それは世界人口の約5分の1に相当します。

そしてその数は増加しています。


いずれはキリスト教を抜き、世界最大数の教徒をかかえる宗教となる見込みです。




創始者について



<イスラム教>

ムハンマド :
彼は40歳の時に、メッカの近郊にあるヒラー山の洞窟で、大天使ジブリール(ガブリエル)から預言者として選ばれ、それから23年の間、断続的に啓示を受けたという。


<キリスト教>

イェス・キリスト :
旧約聖書で預言されたメシアであり、聖霊によって神の子として生まれる。


【ルカの福音書1章26-33節】

ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。

この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。

御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」

しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。

すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。

ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。

その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。

彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」



信仰の対象



<イスラム教>

アッラー(神:唯一絶対神を指す言葉・・・イスラム教によればアッラーはキリスト教とユダヤ教が信じる神と同じ神。 アラビア語を母国語として使うキリスト者は神さまをアッラーと呼ぶ。


<キリスト教>

父なる神、イェス、聖霊(三位一体の唯一神)


【Ⅰテモテ2章5節】

神は唯一です。また神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イェスです。




聖典



<イスラム教>

コーラン(イスラム教徒はモーセ5書[ 創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記 ]、詩編、イエス・キリストの福音書を信じる。しかし自分たちが信じるコーランが優先と主張する)


<キリスト教>

旧約聖書、新約聖書




信仰の規範



<イスラム教>

信仰告白: “アッラーの他に神なし。 ムハンマドはアッラーの使徒なり。”という言葉を唱える。

ムスリムは日に5度の礼拝の度にこの言葉を唱え、不動の信仰心を養う。

イスラム教は1日5回の礼拝、年に一度の断食(ラマダン期間)、巡礼、ザカート(慈善)が義務となっている。


<キリスト教>

信仰告白:

【ローマ書10章9-10節】

なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。




罪と救いに対して



<イスラム教>

イスラム教規範を厳格に守ることと、救いは自分の努力で得られると教える。


<キリスト教>

主の名によって罪を悔い改めるならば許される。

救いは自分の罪を悔い改め、キリストを自分の救い主として信じて受け入れる時に神の恵みによって救われる。

自分の努力や律法を守ることでは救われない。




教理の相違点



-神様について-

キリスト教とイスラム教で共通する神は全知全能、主権者である。

しかし違う点は、アッラーは人格を持っている神でも、愛の神でも、恵みの神でもなく、さばきの神、怒りの神である。




-聖書について-

イスラム教徒は聖書が神から来た聖典とは認めるが、自分たちが嫌うところが出ると拒否する。

聖書の内容でコーランと一致するものは真理と言うが、違うと聖書が歪曲されたと言う。




-天国と地獄について-

<イスラム教>

終末論においても、やがて世界の終末が訪れ、神による最後の審判を経て、天国または地獄に行くことは同じであるが、イスラム教はアッラーとムハンマドに従った人は天国へ行くが、イスラム教に反対した人は地獄の刑罰を受けるという。

アッラーと預言者は信じたが自分が犯した罪が贖われず死んだ人はしばらくは地獄に行くが一定期間刑罰を受けた後にアッラーの慈悲によって解放されて天国に入ると教える。


<キリスト教>

【ヨハネの黙示録20章11-15節】

また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。

また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。 死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。

海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

【Ⅰヨハネ5章20節】

しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。
 

2015.2.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

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